作:◆eUaeu3dols
音叉を叩く。
甲高い音が小さな締め切った箱の中に響く。
音は箱の壁の一方に付いた測定器で測定され、
あるいは箱の壁面と、壁面の穴から突っ込んだ音叉を持つ手にぶつかり消える。
それを何度か繰り返した後、サラ・バーリンは手元の紙に数字を書き込んだ。
「……ふむ」
出発した時の転移先が学校の近くだった事は僥倖だ。
彼女はすぐさま学校に入り込むと、2階に有った理科室に居座った。
そこでまずは護身用に爆弾や煙幕、催涙弾、睡眠薬などを作り、
ついでにごく簡単な手術出来るようにメスなどをありがたく頂いた。
次に、実験を行った。
刻印の付けられた手を、赤外線に晒し、氷水で冷やし、光に当て、音を当て、
匂いを調べ、舐めて味を調べ、更に魔術的にも念入りに研究し、徹底的にデータを取った。
そして、それらをびっしりとレポートに纏めた。
「これで武器は出来たな。さて……少し調べ物をするとしよう」
一人呟くと、サラは3階の図書室へと向かった。
草木も眠る丑三つ時。
その時間の学校は本来、暗闇で包まれているものだ。
だが、この殆ど人が居ない学校は、ほぼ全ての明かりが煌々とついていた。
その為、明かりがついていたとしても何処に人が居るかは判らなかった。
ほぼ同時刻に1階で静かに人が殺されていた事にも誰も気づかなかった。
だから、彼女がそっと静かに引き戸を開けて図書室に入った時、
2人はこの学校で初めて互いに他人と遭遇した。
「おや、先客が居たか」
「………………」
サラの入室に空目は一度だけ本から顔を上げたが、またすぐに読書に戻った。
サラも気にする事無く、書架から目的の資料を数冊選び出し、空目の向かいに座る。
しばらくの間、互いに話しかけもせず、静かに時間が流れた。
サラは紙束をテーブルに放りながら、唐突に言った。
「ここは貴重な書が多いな」
空目は何か物を書きながら答える。
「そうだな。量は不足しているが、質は余りある」
「科学も私の居た世界より発達しているようだ」
「そうか」
違う世界を示唆する言葉だが、そっけなく返される。
「ところで、きみのランダム支給品は何だったのかね?」
「あなたの方は何だったのだ?」
「そうだな、わたしから答えるべきだろう」
サラは少し言葉を止め、大きく吹いた。
「なんと巨大ロボットだ」
「そうか。それは豪気なことだ」
「……もう少し、派手に反応してもらえないだろうか」
肩を落とすサラ。空目はしばらく沈黙した。
カリカリという音がした。
「使い物になるのか、それは?」
「いや、ならないだろう。……きみの方は何を支給された?」
「【原子爆弾】と書いてある」
「使ったら自分も含めてさようならか」
「そんな所だ。何の意味もない」
互いに、どこか上の空で会話を続ける。
あまり意味の無い会話だった。
そして。
「わたし達は危険なカードを手にした」
最後にサラが一言発し、会話は始まった時の様に唐突に終わった。
サラは空目の前に、紙束と一枚の白紙を無造作に置いた。
『どう思う?』
頭にそう走り書きがされたそれには細かい文字とグラフが密に書き込まれていた。
空目は軽く一瞥し、白紙の頭に走り書きをして返す。
『俺は物理学にはさほど詳しくない。だが、刻印の事だな?』
『そうだ。恐らく盗聴されている』
『そうか』
空目はなんともないという様子で紙を返した。サラは質問を送った。
『驚かないのだな?』
『俺達は既にまな板の上に乗っている。むしろ盗聴だと判明した事は良い事だ』
サラは少しペンを止め……すぐに再開した。
『読心までされていると思うか?』
『可能性は低い。盗聴の意味が無い。有り得なくは無いが、対処不能。考慮外事項だ』
『他に推測できる事は?』
今度は空目がペンを止め、少し考え込んだ後に答えた。
『刻印の発動は手動式だ。開始時に炎の矢を放った魔術師が生かされている』
それは一瞬の事だ。斬りかかった男達の片方の恋人は、一本の炎の矢を投じていた。
気づいたのはサラと、一緒に同じ方向を見ていたダナティア。他に数人程度だろう。
恐らく、薔薇十字騎士団は恋人だけを殺した方が愉快な事になると考えたのだ。
サラは胸がムカムカするのを感じた。
『直に発生する禁止地域も同じかもしれん。現在位置を把握し、侵入したら爆破だ。
24時間死者が発生しなければ全滅する事から、俺達の生死も把握されている』
『わたしは魔術師だが、魔術を制限されているのを感じる。これも刻印の影響か?』
『その可能性は高いが、断言できない。この“箱庭”の力かもしれん』
『解除方はどう見る?』
『少なくとも、殺し合いで発生する腕を切り落とす程度では効果が無いはずだ。
魂と癒着しているのだろう。魔術的処置で除去するしかない。俺は力になれん』
『ありがとう。とても参考になった』
サラは筆談を打ち切ると、宣言した。
「わたし達は危険なカードを手にした」
このカードは危険だ。管理者にとって危険視されうるにも関わらず、反撃には程遠い。
(まだまだ劣勢という事か)
(しかし、この青年は一体何者なのだ?)
歳はおそらくサラより4〜5歳年下という所だろう。
確かにサラは100年に一人の天才と呼ばれながらも、応用力は不足すると自認していた。
だが、空目の推測は知識の応用とかそういったレベルではない。
確かにある程度はサラも辿り着いていた答えだが、一部はまるで……
(まるで答えから式を組み上げたようだ)
どこか自分に近しい物を感じて話しかけたのだが、これは正解だった。
分野と性質の違う2人の天才は互いに補完しあい、刻印の性質を概ね把握した。
そこで、サラはようやくうっかり忘れていた事に気づく。
「わたしはサラだ。サラ・バーリン」
「空目恭一。空目で構わん」
『切り札捜し』
【D−2(学校内3階図書室)/1日目・04:30(話し合い終了時点)】
【サラ・バーリン(116)】
[状態]: 健康
[装備]: 理科室製の爆弾や煙幕を幾らか。及び、メスや鉗子など少々。
[道具]: 支給品一式/巨大ロボット?※1(詳細真偽共に不明)
[思考]: 刻印の解除方法を捜す。その為に移動するかを考え中。
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいた。刻印はサラ一人では解除不能。
【空目恭一(006)】
[状態]: 健康
[装備]: 図書室の本(読書中)
[道具]: 支給品一式/原子爆弾と書いてある?※2(詳細真偽共に不明)
[思考]: 書物を読み続ける。ゲームの仕組みを解明しても良い。
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいた。
※0:話の展開上、ランダム支給品は全く無関係な物である可能性有り。
※1:フルメタルパニックのASが考えられる。他にデパートの山積み超合金玩具など。
※2:キノの旅より出典? 他に花火や原子爆弾型アクセサリなど。