作:◆CDh8kojB1Q
島の南端、禁止エリアによって半ば隔離状態になっている神社。
その社務所にて、お下げの科学者が刻印解除の構成式と悪戦苦闘していた。
「むう、何度解除構成式を起動させようとしても失敗するな。
やはり俺とヴァーミリオンの知識だけでは刻――おおっと。脳内の英知が溢れ出てるな」
ぶつぶつ喋りながら刻印の盗聴機能を思い出しては慌てて自分の口を塞ぐ。
辺りには式の記されたメモの切れ端が散らばり、刻印解除の構成式を少しでも完成させようとする、
自称・天才科学者――コミクロンの努力が見て取れた。
「パズルを組み立てようにもピースが足りん。いつもの俺ならエレガントかつスマートに
解決できる問題のはずなんだが……そうか! 主催者は俺の輝く知性すら制限したに違いな――」
「んなわけねえだろ」
コミクロンの背後のソファの上で、ヴァーミリオン・CD・ヘイズが上体を起こして目をこすっていた。
「お目覚めか、ヴァーミリオン」
「17:15か。I−ブレインは機能回復したみたいだ……って、結構寒いな」
ソファから立ち上がったヘイズはジャケットを探して――向かいのソファで眠る火乃香を視界に捕らえた。
(元、重傷患者のお姫様から布団を奪う事は……できねえな)
そのまま首をコキコキと鳴らしながら周囲を見回し、窓が無い事を思い出し、最後に雨音を知覚した。
「気温が下がってるのは雨の所為か」
極寒の世界の住人であるヘイズにとって、シティ・ロンドン以来の降雨だ。
ヘイズはしばしの間感慨深げに瞑目した後視線を下ろして、
コミクロンの周囲に散らばるメモの切れ端に気づいた。
「頑張ってるじゃねえか天才科学者。成果は上がってるのか?」
机の上のカロリーメイトが幾分少なくなった事を確認しながらヘイズは問いかけた。
コミクロンは脳内と紙上とで、随分長い間刻印と戦闘行為を繰り広げていたらしい。
「ふっふっふっ。安心しろヴァーミリオン。この大天才に"無為"は存在しない」
いつものごとく笑みを浮かべたコミクロンが、自分の額をびしりと指差した後、
『長期に渡る調査と思考の結果、この刻印は現時点では絶対に解除不可能ということが判明した』
と、手元の紙に書き付け、目の前の赤髪の男へ手渡した。
ヘイズはしばらく沈黙した後、紙を破り捨てて厳かに宣告した。
「……よし。殴っていいな? むしろ殴らせろ」
解除不可能? そんな事は午前中から分かってるだろうが!
脳内でツッコミを入れながら、ヘイズは言葉どうりに拳を固める。
(I-ブレイン25%で起動)
そのまま馬鹿を打ち倒すべく、I−ブレインを起動させて最適動作を導き出すと同時に、
「待て、ヴァーミリオン。早まるな。これは現状の再確認、言うなれば前座だ」
動作開始ぎりぎりのタイミングで、焦燥あらわにした馬鹿が静止をかけた。
ヘイズはコミクロンとはゲーム初期からの付き合いだが、今初めてコミクロンが言っていた
知人――キリランシェロの悲哀に共感する事ができた。そんな気がした。
とりあえず二人は机を挟んで対面し、改めてコミクロンのメモを眺めた。
机上の紙には構成式の断片や、刻印構造の立体化に失敗した図形が乱雑に書き込まれている。
その内の一枚、メモと化した紙の空白部分にヘイズは言葉を書き付ける。
『じゃあそろそろ本題に入ってくれ。ただ、短い有機コードをつないだまま机を見下ろすのも面倒だぞ。
かと言って、筆談すると紙がもったいねえな』
盗聴機能を警戒してのメッセージだ。刻印については当然言及できない。
ヘイズ問いに対してコミクロンはふっふっと笑い、
「良し、じゃあ前振り無しで言うぞ」
『無問題だ。便宜上、刻印の事を"火乃香の脳"とでも名づけて会話するか?』
この提案に対してコミクロンは『諾』と紙に記すと、ヘイズに視線を合わせた。
目がじゅう血してるぞ、とヘイズは言ってやりたかったが今は関係ないので保留する。
「これを見てくれ。"火乃香の脳"の構造を図式化して失敗した物なんだが……」
コミクロンの指し示したメモには中央が空白化した図形が描かれている。
自分達の知識ではそこまでしか刻印の図式化は不可能だったらしい。
ヘイズは複雑極まる刻印を図式化したコミクロンの努力に感嘆しつつ、
「真ん中が虫食い状態だな。つまり、俺達の世界の技術はこの"火乃香の脳"の根幹を
理解する事が出来無いってか?」
「その通りだ。天才を称する俺にとっては悔しい限りだが……」
「気にすんな。"火乃香の脳"の構造なんて本当は解析不可能じゃなきゃいけねえんだからな」
大げさに肩をすくめてみせるヘイズ。
動作につられてコミクロンも同時に苦笑し、
「ふっ、確かにな。"火乃香の脳"を解析可能な俺達みたいな存在の方が稀有ってトコか。
じゃあ次にこれを見てくれ…………」
その後しばらく"火乃香の脳"に対しての討論と考察の結果、
二人は"火乃香の脳"の解析には、魂自体に食い込んでいるらしいその機能を
無力化できる人物や、生体医学に精通した人物が必要な事、その他の不確定な
箇所の機能についてある程度の予測を立てる事に成功した。
「人体に精通した人物が発見できない場合は、俺が何とか考えてやる。
他の箇所の機能が明確になるにつれて、解読可能な箇所が増えるかも知れんからな」
「じゃあ演算と構成式の仮想の起動実験はこっちが引き受けるぜ」
直後、気が緩んだコミクロンは吐息とともに背後の椅子に倒れこんだ。
無理も無い。ヘイズ達が寝ている間中ずっと刻印の研究に打ち込んできたからだ。
ギシギシと椅子の背もたれを鳴らしがら、自称・天才科学者は悲運を嘆いた。
「あー、全く何でこの天才がこんな目に……まあ、激怒したティッシに
追い掛け回されるより、当人比で1.8倍ほど楽なんだがな」
「腕を斬られてその感想かよ……そのティッシって奴の恐ろしさは良く分かった。
まあ、カロリーメイトでも食ってろよ。放送聞いたら移動するかもしれねえからな」
ヘイズが手渡したカロリーメイトを受け取りながら、コミクロンはなおも呟く。
「腕か……魔術に制限が無けりゃあ楽につなげたんだが」
それを聞いたヘイズは、即座にギギナと名乗った男との闘争を思い出した。
向けられた殺意。煌く刃。轟く咆哮。飛び散る血流。苦悶の声……。
あの時自分は襲撃に焦り、無二の協力者たるコミクロンは重傷を負った。
あと一歩、破砕の領域の展開が遅れたら二人してあの世行きだっただろう。
だが、それでも、自分は謝罪しなければならない。
「……コミクロン」
「何だ? いきなり改まって」
「ギギナの斬撃、あれは俺のミスだ。あの時俺が焦っていなけりゃあ、
最初から破砕の領域でギギナの手を直接解体して、お前は五体満足でいられたんだ」
「…………ほれ」
うつむいた視線の先にカロリーメイトが突き出されて、
「腑抜けた顔を見せるなよ。女にふられた直後のハーティアみたいだぞ。
もしくは、ティッシとアザリーの両方に詰め寄られたキリランシェロか……。
まあ、カロリーメイトでも食ってろよ。放送聞いたら移動するかもしれんからな」
つい先ほどの自分の言葉が返ってきた。
「換骨奪胎しやがって……」
そう呟くヘイズの顔は苦々しくも微笑んでいた。
(後悔しても始まらない……か)
今更だが、ヘイズは己の非を悔いているのは自分だけでは無い事に気づいた。
コミクロンや火乃香だって自身に架せられた制限によって
苦境に立たされている事に違いは無い。
現に、眼前のコミクロンはシャーネの死に対して今でも自分を責めているはずだ。
きっと自分達以外の参加者も、能力制限に苦しんでいるはずだ。
ヘイズは右手を眼前にかざし、あらん限りの力を持って拳を固めた。
――いつもと同じ握力だ。身体に制限は無い。
(I−ブレインの能力低化が何だってんだ? 元々俺は魔法なんか使えねえ。
生まれた時と同じ様に、世界は俺に何ら期待を抱いちゃいない。
期待外れの……欠陥品だ)
ヘイズは拳を開いて、ゆっくりと視線をコミクロンに向ける。
正面に座る天才は、いまだにカロリーメイトを吟味していた。
眼前でもそもそとカロリーメイトをかじるコミクロンに、
ヘイズは何故か微笑さを感じた。
「"火乃香の脳"か。全く、めんどくせえ難物だよな」
何となくもらした感想に、お下げの頭が反応する。
「同感だな。中枢に手が出せない限り進展は望めん。出口の無い迷路みたいだ」
微妙な例え方だな、とヘイズは苦笑しながら近くのソファに腰を下ろした。
自分が熟睡できただけあって、なかなか良い座りごこちだ。
「あとは地道に人探し……だな」
「ああ。だが、この大天才すら解析にてこずる"火乃香の脳"について、
機能を熟知している人物など存在するのか?」
(I-ブレインの起動率を35%に再設定)
「ざっと演算してみたが、5〜7人程度がいいとこだな」
「俺達が最初に出会えたのが不幸中の幸いか……"火乃香の脳"の構造解析なんかより、
人造人間を徹夜で組み立る方がまだマシってもんだぞ」
二人は同時に吐息を吐いた。
火乃香はいまだにソファの上で眠っているはずだ。
もしも彼女に話を聞かれていたならば、二人とも無事では済まないだろう。
片結びと青髪化の危機は現在進行形で存続している。
「残り80余人の内、"火乃香の脳"の構造解析が可能なのは5〜7人か。先は長いな……」
「しかも制限時間付きだ。この先もっと死ぬだろうからな」
その時、ヘイズの脳内時計が17:30を告げた。
休憩終了まで、あと三十分だ。
【戦慄舞闘団】
【H-1/神社・社務所の応接室/17:30】
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや貧血。寝起きでちと寒い。
[装備]:
[道具]:有機コード 、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。
【火乃香】
[状態]:浅く睡眠中。やや貧血。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:"火乃香の脳"が何だって……?(微妙に話を聞いてたり、聞いてなかったり)
【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、エドゲイン君、刻印解除構成式のメモ数枚
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着直しました。へこんでいるが表に出さない。
[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
行動予定:放送まで休息・睡眠
※応接室のドアは開きません。破壊するのは可能。
カロリーメイトは凸凹魔術士が完食しました。
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