作:◆pTpn0IwZnc
タイムリミットがあるからには、最大限に時間を有効利用する必要がある。
自分の持てるあらゆる技能を駆使し、効率良く人を殺さねばならない。
「どこまで歩くんです?」
傍を歩くキノが訊く。
「あの森に着いたら小休止しつつ作戦を話す。引き続き警戒を緩めるな」
言われるまでもない、といったふうにキノは頷いた。
森の中。二人は当面の安全を確保し、話を始める。
「おまえはトラップ作りは得意か?」
「……いえ」
唐突な質問に、とりあえずは首を振っておく。
「そうか。ではおまえの役割は、適当な木を見つけその先端を尖らせる事だ。できる限り鋭利な槍を作れ。
そのナイフで支障があるようなら、こちらのサバイバルナイフを貸してやる」
「何をするつもりなんですか?」
大方の想像はついたが、詳しく尋ねる。
「俺達だけではカバーできる範囲に限界がある。獲物を探しつつ罠を仕掛けていくのが効果的だ」
「なるほど。それで、どんな罠を?」
小動物を捕獲するならば、スネアが最適だ。
スネアとは、釣り糸・ワイヤ等で作った輪を動物の首や足に引っかける罠である。
だが、人間相手では効果が弱い。徒党を組んでいるとなると、なおさらだ。
デッドフォール――餌を取った動物に上から重量物を落とす罠――は手間が掛かりすぎる。
ならば、今回使う罠は。
「スピアトラップを仕掛ける。手早く生産でき、効果の高い罠だ」
ジェスチャーを交え、宗介はその罠の詳細について説明し始めた。
スピアトラップの構造は単純だ。
先端を尖らせたスピアを、曲げられた枝等に固定する。
獲物が餌を取ったり、ピンと張られた『ライン』に引っかかったりすると、
即座に槍がその身体に突き刺さる、という罠である。
「――――以上だ。付け加えるならば、ベトナム戦争でベトコンが使った罠として有名でもある」
と、宗介は説明を締めくくった。
「べとこんとかは良く分かりませんが……分かりました。それで、どこにその罠を仕掛けるつもりですか?」
「今の所、禁止エリアは南に集中している。南に居た参加者が北上する、もしくはしている可能性は高い。
さらにここ一帯の森林は島の中心部に当たる。人の行き来は多いと推測できるだろう。
以上の理由により、この辺りに広がる森林内で人が通りやすい箇所に、いくつかの罠を仕掛けるつもりだ」
あの地下墓地に近い事もここに罠を仕掛ける理由の一つだったが、話す必要は無いので黙っておく。
「水を求めてやってきた人、見晴らしの良すぎる平原から避難して来た人にグサリ、という訳ですか」
「肯定だ」
無感情なキノの声に、こちらも無感情な声が応える。
「質問等無ければ、早速作業を開始する」
「……ボクの作業には関係無いですけど、トラップに使うワイヤーとかはどうするつもりですか?」
二人ともワイヤーや釣り糸のたぐいは持っていない。疑問に思ってキノが問うと、
「それには、これを使う」
むっつり顔のまま表情を変えず、宗介はデイパックを指し示した。
見つけた木の先端を削りつつ、横目で宗介を見やる。
彼は器用にデイパックを解体し、トラップ用の『ライン』を作っていた。
確かにこのデイパックは頑丈だ。
どんな支給品が入っていても耐え得るよう設計されているのだろうか。
何の繊維を使っているのか分からないが、よっぽどの事が無ければ破れそうにない。
この生地を使って獲物を引っかける『ライン』を作る。
罠を看破されないよう細くかつ強靱なものを作らねばならないが、彼ならば可能だろう。
何気なさを装って作業をしつつ、
宗介にとって死角になる地点へとキノは足を進める。
(この人は、危険だ)
罠も作り慣れている。そして、戦い慣れている。おそらくは自分よりも。
先程の戦闘では張り合えたが、次はどうだろうか。
今はまだバレてはいないようだが、自分の性別が彼に知られたら?
男女の力の差が目に見える形で現れる接近戦、それも武器を使えない状況での格闘戦に持ち込まれたら?
その時点で自分の負けだ。
いつどのように彼の気が変わるかは分からないのだ。
火力ではおそらくこちらが勝っているが、安心などとてもできない。
いっそ、今の内に――
地面に木を立て掛け、キノは片手で作業を続ける。
先程までの風景と変わらないよう、シュッシュッと木を削る音もそのままに、
もう片方の手で『銃』を用意する。
何気なく、本当に何気なく宗介に『銃』を向け――
引き金を、引いた。
木を削る様子がなかなかサマになっている。
両手で作業を進めるキノを、宗介は目の端に映していた。
一時的に同盟を結んだとはいえ、全く油断はできない。
いつどちらとも寝首を掻かれるか分からない、砂のように脆い同盟関係なのだ。
その同盟相手が作っている鋭い木の槍。
それを凶器として使用するスピアトラップ。
地下墓地の女のような化け物には効かないかもしれないが、並の人間がこの罠にかかればひとたまりも無い
十中八九、命を落とすだろう。
並の人間――
かなめは、地下墓地に囚われている限り大丈夫だ。
もっとも、あの女が約束を守るのかどうかという根本的な問題もある。
あの女からかなめを奪還、もしくはあの女を斃す方法も考えておかねばならない。
今の所は全く妙案が浮かばないのだが……。
テッサは、ウィスパードの知識を扱えるとはいえ、宗介やクルツのようなサバイバル技能は無い。
それどころか、何の障害物も無い道で突然すっ転ぶほどの運動音痴だ。
もし彼女が単独で行動しているのなら、この罠に掛かる可能性は十二分にある。
テッサの命を奪うかもしれない罠。
テッサが罠に掛かっていたなら、自分はその首を切り取ってかなめを救いに行くのだろうか。
(それでも、俺は……)
あの日あの時、<アーバレスト>の掌の上で。
自分は確かに一方を選び、もう一方を見捨てた。
最後の最後、このゲームで生き残って欲しいのは――
刹那、懊悩する宗介をぞくりとした感覚が包む。
戦場に生きる兵士だからこそ感じられるもの。
だが、感覚に対する身体の反応が、一拍遅れた。
(間に合うかっ?)
咄嗟に飛びずさるが、引き金は既に――
「……ぱぁん」
「……何のつもりだ」
油断なくソーコムピストルを構え、宗介が誰何する。
じとり、と冷や汗が背を伝った。
「何って、ちょっとした冗談じゃないですか」
キノが楽しそうに言う。
『銃』の形を模した指を宗介に向け、もう一度『ぱぁん』と指鉄砲を撃った。
「笑えん冗談だ。……次に紛らわしい真似をした場合は容赦無く撃つ」
忌々しく吐き捨て、宗介は銃を下ろした。
「怖いなあ……」
溜息を吐いて、キノは呟いた。
(やはり、この人は強敵だ。決定的な隙が出来るのを待つしかない)
(少年のような態をしているが、この男は危険だ。機を待ち片を付ける)
二人が似た考えを抱いていたことは、互いに知るべくもなかった。
ミッション開始より約58分が経過。
「時間だ。今完成した罠で最後にする」
森の中を短距離移動・罠設置を続ける間、幸か不幸か他の参加者には出会わなかった。
刻一刻と、タイムリミットが近づく。
焦りは失敗を生む。それを経験から知っている宗介は、冷静さを維持しようと努める。
そこへキノが、
「罠の設置も終わった事ですし、早いうちに人が密集してる場所を狙いませんか?
ボクとあなたがいつまで共闘できるかも分かりませんし」
抜け抜けと物騒な話を持ちかけた。
「同意する。では、作戦の詳細を検討しよう」
情動の感じられない声で、宗介が答えた。
時間が無い宗介にとって、それは願ってもいない提案だ。
二人は互いの持つ情報を擦り合わせ、狙うべき場所を協議する。
多くの人が集まっていそうな場所。二人での挟撃に適した場所。
学校、海洋遊園地、商店街……。
「じゃあ、最初のターゲットは学校という事でいいですか?」
「肯定だ。距離もここから近い。……では、直ちに作戦を開始する」
そして、二人の殺人者は学校へ――
【D-4/森の中/1日目/13:35】
【キノ】
[状態]:通常 。
[装備]:カノン(残弾無し)、師匠の形見のパチンコ、ショットガン、ショットガンの弾2発。
:ヘイルストーム(出典:オーフェン、残り7発)、折りたたみナイフ 。
[道具]:支給品一式×4
[思考]:最後まで生き残る。 /行動を共にしつつも相良宗介を危険視。
【相良宗介】
[状態]:健康。
[装備]:ソーコムピストル、コンバットナイフ。
[道具]:荷物一式、弾薬。
[思考]:かなめを救う…必ず /行動を共にしつつもキノを危険視。
[備考]:D-5の湖周辺の森林内、人が通りそうな場所に罠(スピアトラップ)有り。数は不明。
設置された時間は12:30〜13:30頃。
2005/07/16 修正スレ124-5
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