作:◆l8jfhXC/BA
一度目。売られそうになって、眼を調べられた。
……村人が大勢死んだ。実父母が自殺した。──でも、ベスポルトがいた。
二度目。養父となったベスポルトが重傷を負った。黒衣に殺されそうになった。
……村人が大勢死んだ。黒衣が死んだ。──でも、サリオンがいた。
三度目。─────────────────────────────誰もいない。
夢と現実の境界線を放浪する。熱と寒気と痛みが身体を侵す。
はっきりと意識を自覚することも出来ず、深く眠ることも出来ない境界の虚ろ。
何回目の夢なのか、あるいは何回目の現実なのか、それを考える暇もなく、フリウ・ハリスコーは静かに落ちていった。
ただもうそこには──無力な子供は、いなかった。
そこは荒野だった。生えていた草が蹂躙され、荒れ果てた土地。
そこには死体があった。髭を生やした偉丈夫が死んでいる。
(父さん?)
数ヶ月前に、帝宮の人工林で死んだはずの父──養父。ベスポルト・シックルド。
(じゃあ、これは夢だね)
数ヶ月前の、約束を守れなかった自分がいる夢の世界。信じる方法がわからず、彼を守れなかった自分。
両目を閉じて眠る、その骸の顔に手を触れる。
夢だからであろう、温かくも冷たくもなく、曖昧な感触だけが指先に伝わった。
ただ屍臭だけがはっきりと鼻を刺激している。血はもう流れていない。
(……あれ?)
夢だから──いや、それとは違う違和感がある。何かが曖昧なところにいるような、気持ち悪い感覚。
血は流れていない。それでいいはずだ。
(えっと……)
血は流れていない。
血は流れていない。
血は流れて──────いない?
「あ」
気づく。手を触れている顔は養父のものではない。
髭を生やした偉丈夫。だがまったくの別人だった。──彼は、自分が殺した、
「あ、」
思わず手を引っ込める。刹那、
「────っ!?」
首がごろりと転がり、見開いた眼がこちらをのぞき込む。今更のように、血が流れ出した。
「あ────」
あっという間に鮮血が足下を包む。温かくも冷たくもなく、曖昧な感触が伝わった。
赤い液体は荒野を蝕み続ける。男の目がじっと見ている。ちぎれた首の付け根から白い骨が
「あああああああああああああああああ!」
自らの絶叫で飛び起きた。
最初に目に入ったのは赤ではなく、鮮やかな木々の緑だった。──血は流れていない。
(夢……だよね)
実際には念糸で遠距離から殺した。血には触れていないし、骨も見えなかった。今のはすべて妄想だ。
「でも、殺したのは現実。それからは逃げちゃいけない。忘れちゃいけない……」
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
荒い息が収まらない。心臓の音がうるさい。悪寒がする。屍臭が相変わらず鼻を刺激している。
(…………あれ? 臭い?)
これは夢ではない。
だが、辺りには今まで気づかなかったのが嘘のような、濃厚な血の臭いがただよっていた。
(近くに、死体がある)
見に行くべきだろうか。
殺人者は、自分を見逃しているほどなので近くにはいないと思うのだが──やはり、まだ身体を動かす気にはなれなかった。
(死体って言えば……あたし、放送聞いてないね)
死者の名前を無慈悲に羅列するという放送。気絶から即座に戦闘に巻き込まれていたので、ずっと忘れていた。
(あの人は……大丈夫だよね。呼ばれてないよね?)
ミズーが死ぬことなど信じたくない。
だが、辺りを包む屍臭が否応なく“死”を連想させてしまう。
(死ぬわけがない。武器なんてなくても、あの人は十分に戦える。……でも、さっきみたいな人とかと会っちゃったら、
──だめだ、そんなことを考えちゃいけない。あたしは信じなきゃいけない)
一度不安を持ってしまうと、それが膨らむのは容易だった。
疑念を抱く自身を責めるように、心臓の音がうるさく身体に響く。
(…………確かめるだけ。それで落ち着くなら、その方がいい。確かめるだけ。あたしは信じてる……)
悪寒に耐えるように身体を抱いて、立ち上がる。
「────!」
途端に、今まで消えていた火傷と骨折の痛みが身体を責めた。熱い。痛い。寒い。
「確かめるだけ、あたしは信じてる……」
そのつぶやきの声は、自分でも驚くほど小さかった。
言葉も動作も存在する、現実の世界で。
フリウ・ハリスコーはふたたびそれらを拾って歩き出した。
先程殺人を犯した時と、同じ理由がきっかけになっていることには気づかずに。
ミズー・ビアンカの存在だけが、今の彼女を支えているとは気づかずに。
そしてここでは、それがどんなに脆いものなのかわからずに。
【A-5/森の中/1日目・11:40】
【フリウ・ハリスコー】
[状態]: 精神的に消耗。右腕に火傷。顔に泥の靴跡。肋骨骨折。
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)
[道具]: デイパック(支給品一式)
[思考]: 屍臭のする方向へ
[備考]:第一回の放送を一切聞いていません。茉理達の放送も聞いていません。
ベリアルが死亡したと思っています。ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。
2005/07/16 改行調整、三点リーダー・ダッシュ一部削除
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