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第316話:Cross Point

作:◆69CR6xsOqM


「あぁああああぁ嗚呼ああああああぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!」
「何っ!?」
ガギィンッ
咆哮、そして金属音。
硬質化した祐巳の右の爪が振り下ろされた吸血鬼を弾き返す。
不意を突かれ、カーラは体勢を崩してしまった。
その隙に懐に入った祐巳の拳が心臓を正確に撃ち抜く。
「ぐ……は……っ!」
胸に白い竜麟が浮かび上がり、心臓を傷つけるまでは至らない。
しかしそれでも一瞬、呼吸を止められてしまった。
そしてさらに追い討ちをかけてくる祐巳。鋭さを増した爪を持った五指を振りかぶる。
魔術を行使するには時間が足りない。
瞬時にそう判断したカーラは吸血鬼を盾にして呼吸を整える。
衝撃。
小さな見た目に合わない、その異常なほどの膂力にカーラは吹き飛ばされてしまう。
接触した瞬間に吸血鬼を発動させようとしたのだが、
祐巳の想像以上のスピードに呼吸を整えるのが間に合わなかった。
何とか空中で体勢を整えて着地し、祐巳の方を見る。
今度はすぐには襲い掛かってはこなかった。
うなり声を上げながらこちらの様子を見ている。
『まずいわね。身体能力ならこの竜の子が最高位だと思っていたけれど
 あの娘のほうが若干上回ってしまっているよう。
 魔術で勝負をつけたいけれど、あの娘の速さを出し抜くのは少々難しいわね。
 あの娘、先ほどとはまるで雰囲気が違う。説得や、詐術は……通じそうにない。
 どうすれば…』
「アアアアアアアアアアアアアァァァァアァ!!」
ほんの数秒の思考時間しか与えられず、再び祐巳は咆哮をあげながら襲い掛かってくる。
自分の魔力を補佐するリングやアミュレットは今はない。
通常の戦士が相手ならばどのような手練であろうとも、
剣を撃ち合いながら呪文を唱える自信はあった。
自分の剣士としての技量はかつての英雄たちと遜色ない位置にあるはずだからだ。

しかし彼女の速度と膂力は尋常ではない。まさに魔獣のそれだった。
攻撃を凌ぐことが精一杯で呪文に集中するどころではない。
意識を防御から一瞬でも逸らせば、その瞬間にこの強靭な爪で引き裂かれてしまうだろう。
相手が無力を装っているからとて、不用意に接近しすぎたことが失策だった。
しかしまだ勝機はある。
彼女はまるで狂戦士のように闘争本能のみで撃ちかかって来ており、そこには技もなにもない。
よって速度にさえ慣れてしまえば、攻撃の軌道を読むことは可能になる。
それに実際のところ、カーラは勝つ必要はない。
このまま殺されても、次の肉体が目の前の少女に移るというだけのことなのだ。
しかし一つの懸念がある。それは相手が二つの意識を持っているらしいこと。
弱き少女の心と理性無き獣の心。
今まで、一つの肉体に二つの精神を擁する相手を支配した例は無かった。
そこにどんなイレギュラーが起きるか判らない以上、敗北はなるべく避けたい。
『私は負けるわけにはいかない。
 なんとしてもフォーセリアに帰還し、再び灰色の均衡に世界を導かねばならないのだ』
そしてその時は訪れた。
カーラの誘いにかかって祐巳が繰り出した右の一撃は見事に空を切り、決定的な隙を曝け出す。
その一瞬を逃さずに左側面から吸血鬼を繰り出すカーラ。
しかし祐巳の反射速度はその致命のはずの一撃をも上回った。
空を切った右腕の下をくぐるように左手が現れ、吸血鬼を受け止めてしまう。
刃を握り締め、さらに右の腕を振りかぶる祐巳。
そして、カーラは微笑んだ。全ては目論見どおり。
ぐん、と吸血鬼に力が送り込まれその能力が発動する。
その剣に刻まれた……接触した相手を瞬時に切り刻む能力が。
カーラはその接触の時間を半秒だけでも作り出せばよかったのだ。
祐巳の全身に裂傷が生まれ、鮮血が迸る。
カーラは勝利を確信する。しかしそこに一つの誤算があった。
全身が血塗れになっても祐巳は怯まずに右腕を振り下ろしたのだ。
「そんなっ!?」
裂傷が生まれる際の衝撃によって攻撃の軌道は逸らされたものの、
その一撃はカーラの額冠を弾き飛ばしていた。

カランッ キィン どさっ

乾いた音を立てて落ちる額冠と吸血鬼。重い音を立てて崩れ落ちる少年の肉体。
自分に対する悪意が消えたことによって満足したのか、祐巳は黙って佇んでいる。
その身体に生まれた裂傷はすでに治癒が始まっていた。
数分もしないうちに傷口は全て塞がり、そして……祐巳は目を覚ました。
「……あれ、私は……?」
周囲を見渡し、そして蒼白になる。
少年が倒れていた。
この少年がいつ現れたのかは全く記憶に無い。
意識の無かった自分。そして倒れている少年。
それを見て蘇る少女を殺した……悪夢。
「そんな!大丈夫ですか、しっかりしてください!」
慌てて少年の身体を抱き起こしてみる。
……生きていた。呼吸も心臓の鼓動も正常だった。
ところどころに裂傷があるけれど、どれも深刻なものではなかった。
安堵する。それと同時に再び涙が溢れ出してきていた。
また自分は人を傷つけてしまったのだ。
また一つ罪を重ねてしまった。やはり自分は消えなければならないのだろう。
怖い。でも勇気を振り絞らなければならないのだ。
もう誰も傷つけない覚悟を決めなければならないのだ。
震える全身を止めようと心臓の辺りの衣服ををぎゅう、と握り締める。
【その必要はないわ】
「えっ?」
不意に聞こえた声に周囲を見回す祐巳。
【あなたの望みは何? 私なら、それを叶えてあげられるわ】
その声は、地面の上の額冠から聞こえてきた。
カーラもまた賭けに出たのだ。このまま放置されても目覚めた竜の子に砕かれるは必至。
自分は彼の願いを裏切ったのだから。
ならば結果が不確定とはいえ、祐巳を支配することを選ぶしかない。

「私の……願い?」
【そう、あなたは泣いていましたね。それは叶わぬ願いがあるからではないのですか?】
核心を突かれる。
祐巳は項垂れ、懺悔のつもりで話始めた。
「私は、力が欲しかったんです。お姉さまを、友達を守る力が。
 理不尽に死んでしまった友達の分も生きる力が。そして私はその力を手に入れたはずでした。
 でも……それは私には制御できなかった。そのせいで……」
一人の少女を死に至らしめてしまった。。
【そう、それはとても哀しく、辛いことでしたね。
 自らに釣り合わぬほどの大きな力は須らく破壊への導火線となってしまう。
 均衡を外れた力はそれほどに危険なのです。
 福沢祐巳。わたしを受け入れなさい。そうすれば新たな力ともにあなたの願いは叶えられるでしょう】
祐巳は恐る恐る額冠を拾う。
「本当に、できるんですか?私がみんなを救うことが……」
【あなたは食鬼人というとても強い肉体を手に入れました。
 しかしそれを制御するにはあなたの精神は脆弱にすぎたのでしょう。
 わたくしは魔女。力を制御する術は他の誰よりも深く理解しています。さあ】
そうだ。私の心が弱かったから私は自分の力に負けてしまったのだ。
それならば……。
祐巳は目を閉じ、静かに額冠を装着した。
「やめろぉっ!」
突然の制止の声と風切り音。
背後から伸びてきた腕を祐巳は鋭い身のこなしで回避した。
「ちっくしょう!遅かったか」
「もう目覚めたのね。流石竜の子といったところかしら」
そう、そこにいるのはカーラの呪縛から解き放たれた竜堂終だった。
「よくも俺の気持ちを裏切ってくれたな。
 俺もどうかしてたけど、あんたはもっと酷いぜ!さあ、その女の子を放せ!」
「悪いけど、今はあなたに構っている暇はないの。この娘の力に慣れないといけないから」
祐巳……いや、祐巳の肉体を手に入れたカーラは不敵に微笑むと呪文を唱え始めた。
終はそれを見るや否や、カーラに向かって突っ込んでいく。

先ほどまで自分自身がカーラだったのだ。彼女の魔法の恐ろしさはよく理解していた。
能力を制限された自分が耐え切れる攻撃ではないということも。
それならば魔法の完成前に額冠を奪い取るしかない。
しかしカーラの唱えていた呪文は攻撃のためのものではなく、終の予想よりも早く詠唱が終わった。
詠唱が終了したと同時にカーラは巨大な鳥に変化し、終の間合いの届かない場所まで舞い上がったのだ。
カーラが単独での長距離移動に使用するロック鳥への変化だった。
「あ?きったねえ!」
カーラはそれに応えることもなく、南の方へ飛び去っていく。
終は放置されていた吸血鬼を拾い上げ、空へと構えた。
あの距離、制限されているとはいえ自分のライフルアームならばまだ撃墜は可能だ。
だが結局は断念し、吸血鬼を降ろす。
そしてもうカーラは目視のかなわない場所まで飛び去って行ってしまった。
カーラは許せない。しかしカーラに憑かれている少女には罪はないのだ。
カーラを通してみた少女の涙が思い返される。
「絶対に助けてやるからな。待ってろよ」
決意を音に出して風に乗せる。
兄である竜堂始が死に、家族同然であった鳥羽茉理が死んで、目標を見失ってしまった終だが
新たな目標を持って胸に熱いものがこみ上げてくる。
「家訓曰く恨みは十倍返し。待ってろよカーラ」
そして終は走り出した。まずは仲間だ。
自分ひとりではやれることにも限界がある。
カーラの存在を広め、助けてくれる人を募るのだ。その為には人が集う市街地を目指すことにした。
彼の瞳にもう、迷いはなかった。

一方、カーラは島の南端まで飛ぶつもりが、あまりの消耗の激しさに途中で着陸せざるを得なくなっていた。
変化を解いて、森の中に着地する。
その瞬間眩暈に襲われた。思わず膝を突いてしまう。
血が足りないのだ。傷口は塞がっているものの、失血を取り戻せるわけではない。
食事をし、休養を取らなければならない。
市街地へ赴けば食糧の問題は無い。しかし今の状態で人の密集する市街地は危険だ。

デイパックから地図を取り出し開く。現在地はF-4。すぐ南に城があるらしい。
人がいないとは言い切れないが、市街地よりはマシだろう。
少数ならば説得する自信もある。何より今はか弱い少女の姿なのだから。
そう方針を決め、進もうとした時再び眩暈に襲われる。
今度は無様に両手を地に突いてしまい、強烈な嘔吐感が込み上げてきた。
少し自分の状態を甘く見ていたかもしれない。思いのほか精神力を消耗してしまっている。
肉体を手に入れてからこれまでの短い時間に連続で魔法を使いすぎてしまったようだ。
特に変化魔法での消耗が著しい。これからは逃げるにしても方法を考える必要があるだろう。
加えて、肉体が不安定な状態での強引な治癒による体力消耗。
最悪の状態で自分は憑依してしまったらしい。辛うじて嘔吐を堪え、自嘲する。
「ふふふ、これが彼と、この娘への裏切りの報い、かしらね。
 だけど、それでも私は倒れるわけにはいかない……必ず世界を理想へと導いてみせる。
 黒でも、白でもない灰色の世界へ」
そう呟いて、カーラは城へと向かって足を踏み出した。

【F-4/森の中/一日目、12:18】
【福沢祐巳(カーラ)】
 [状態]:看護婦 魔人化 失血による貧血 精神、体力共に深刻な消耗
 [装備]:サークレット 保健室のロッカーに入っていた妙にえっちなナース服(血まみれ)
 [道具]:ロザリオ、デイパック(支給品入り)
 [思考]:早急に休養を取る/フォーセリアに影響を及ぼしそうな参加者に攻撃
                   (現在の目標、坂井悠二、火乃香)

【C-4/崖の上/一日目、12:18】
【竜堂終】
 [状態]:あちこちにかすり傷 かなりの疲労
 [装備]:ブルードザオガー(吸血鬼)
 [道具]:なし
 [思考]:市街地へ向かい仲間を探す/カーラを倒し、少女を救う

2005/05/11 修正スレ99

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