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第289話:誰が駒鳥殺したの? それは―

作:◆lmrmar5YFk

森を抜ける途中、数発の銃声と誰かの怒号が聞こえた。
恐ろしくてその場を足早に立ち去った祐巳には、だからそれが彼女を必死に探している哀川潤だとは分からなかった。
同じく、片一方の潤たちも自分たちが避難したビルのすぐ裏手を祐巳が通過した事に気づかなかった。
海岸からひたすら南下した祐巳は、幸い誰と遭うこともなく最初に子爵たちと別れた地点にまでたどり着いた。
―尤もこの場合、幸運だったのは祐巳に遭わなかった他の参加者の方かもしれないが。

そこは、あまりに不自然な色に染められていた。赤赤赤。まるでテレビで見た赤い絨毯の様に、一面の赤。
初めは、その場に子爵が寝転んででもいるのかと思った。祐巳の目の前には、それほどに異様な量の血溜りが広がっていたから。
けれど近づけば、それが彼ではなくただのぶちまけられた血液だとは容易に分かった。
立ち上るむせ返るような血の臭いに、思わず広げた手で鼻を押さえる。また気分が悪くなりそうだ。
「どうして…」
確かこの辺りは子爵たちと別れた場所、すなわち例の傷ついた少女を寝かせておいた場所のはずだ。
その彼女の代わりに血の池があるという事は―。
祐巳は、思い当たった最悪の結論に目を見開き両手で肩を抱いた。ぶるぶると、寒くも無いのに身体が震える。
一体誰が。それに、子爵はどこに行ってしまったのだろう。見た目に反して紳士的なあの人が彼女を殺したとは考え難い。
けれど、ここにいないということはまさか…。
祐巳は思う。こんな状況の中で、少しでも良く接してくれた人は出来る限り信じていたいと。
誰かを嫌疑の目で見るのは、祐巳が最も嫌うことだから。
お馬鹿だ単純だとからかわれながらも、他人の言うことを決して疑わないのが自分だから。
けれど、本当にそれでいいの? 頭の中で、自問自答が繰り返される。

事実、開始直後にも信頼していた相手から襲われかけた。あの時の聖様の口元から覗いていた長い牙は忘れようにも忘れられない。
…吸血鬼。人の生き血を求めて徘徊する夜の闇の住人たち。
ファンタジーの世界で暮らしているわけでない自分でも、物語などでそれが恐ろしい存在なのだとは知っている。
―いくら子爵が善い人に見えても、所詮は吸血鬼なんじゃ?
私に『食鬼人』についてを教えたのも、私と潤さんをあそこから離れさせるため? …あの人を喰らうのに、私たちの存在が邪魔だったから。
祐巳の脳裏に、赤黒く浮遊する血の塊が少女の身体に覆い被さって血を抜き取る姿が浮かぶ。
それは、鮮烈なイメージを伴って祐巳を襲った。
まさか、そんなことはない。子爵さんが自分に、そして瀕死だった彼女に向けた心配の言葉が偽物には思えない。あの人はきっと、そんな悪い人じゃない。
祐巳はぶんぶんと頭を左右に振ってその馬鹿げた想像を振り払った。
しかし、脳内で芽生えた小さな疑惑が完全に消えることは無く、そのため再度子爵を探し始めることはどうにも躊躇われた。
もし今子爵さんに会ったら、ポーカーフェイスが大の苦手な自分は、きっと恐れと不信の目で見てしまうだろう。
それは何よりも嫌だ。もしあの人が純粋に私を気にかけていたんだとしたら、そんな事は絶対にしたくない。
反対に悪人だったとしたら、そもそも一人で会うだけでも危険だ。
祐巳は子爵を探すことを止め、潤たちがいるはずの倉庫へと向かうことを決めた。
再び歩き出そうとして、しかしその足が数歩行ったところでふと止まる。祐巳はデイパックからロザリオを取り出し、両手できゅっと握り締めた。
目を閉じて膝をつくその姿は、先刻アメリアが死の淵で祈ったそれとどこか酷似していた。
(あなたは一体、どんな人だったの? 名前は? 年は?)
彼女について何も分からない、何も知らない。けれど一つだけ確実に言えるのは誰かに殺されていい人など居ないということ。
理不尽に命を奪われたのであろう彼女を、祐巳は心の奥から悼んだ。

目を開いた祐巳は、合わせた両手をゆっくりと離すと、今度こそ立ち止まることなくその場に広がる血溜りを後にした。
―本来純白であるべきはずの自身のナース服が、その朱色の海と同じ色に染まっていたことには気づかずに。

【D−4/草原/一日目、10:30】
【福沢祐巳】
 [状態]:看護婦 魔人化 記憶混濁
 [装備]:保健室のロッカーに入っていた妙にえっちなナース服(血まみれ) ヴォッドのレザーコート
 [道具]:ロザリオ、デイパック(支給品入り)
 [思考]:お姉さま・潤さんに逢いたい みんなを守ってみせる 聖様を救う 食鬼人のことは秘密 子爵に対して疑念を抱く
 [補足]:自身がアメリアを殺したことに気づいていません

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