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第228話:覚悟の成り立ち

作:◆J0mAROIq3E

 床に座って食事を摂りながら、ふと詠子が口を開いた。
「さっき法典君は“異世界の戦闘民族”って言ったよね。どういう見解かな?」
「おやおや、自説を固めるために意見を聞きたいのならそう言ってほしいところだね。
 実際のところ、私より多くのモノが見える君ならばかなり真実の近くにいるのではないかね?」
「そうでもないんだけどなぁ。私の透見は世界っていう物語を楽しむためだけのものだからね」
「ふむ。物語を楽しむためならば尚更、本質的な情報が得られていると思うのだが」
「ふふ、やっぱりあなたは誤魔化されてはくれないんだねぇ。
 ……うん、でも本当にまだよくは分かってないんだよ。まだ一章第二節ってところかな」
「登場人物も出揃ってはいない、か。それに関しては同感だね。まだ情報が足りない。
 ……だが開会式の様子、ギギナ君などを見ても、こう……過剰にメルヘンだったね?」
「最初の二人が死んだときの“刻印”も、私の知る限りのどの魔術とも違ったものだったよ」
「そこで、だ。……例えば君と私は同じ世界の人間かね?」
「その証明は難しいけど……地球の、日本だよね?」
「ああ。時間は2005年。IAIのとある部署で世界を回している」
 UCATに関しては、一応伏せた方がいいだろうと判断した。
 が、これに対し詠子は意外な反応を見せた。
「……IAIっていうのは?」
「出雲航空技研。出雲社の子会社の一つでそこそこ名の知れた企業だが……知らないかね?」
「私だってそんなに社名を知っているわけじゃないけど……有名だったら、聞いたことぐらいはあるとおもうなぁ」
 困ったように、肩をすくめる。

「少し見えてきたか。では詠子君の所属……ああ、学校などで構わないが、聞かせてくれるかね?」
「房総半島にある羽間市の聖創学園大学付属高校の3年生だけど、これだけじゃ分からないよね」
 市名も、学校名も、聞いた覚えのないものだった。
「……どうやら確定したようだ」
 そしてもちろん、詠子は尊秋多学院の名を知らなかった。

「ふむ、ここでも異世界人とコンタクトが取れるとは……異世界というのも珍しくないのかもしれないね」
「並行世界っていうのかな。ふぅん、面白いねぇ」
 まったくここに来てからは驚きばかりだった。
(見たところ恐らく遺伝子レベルまで私たちと変わらぬようだが。
 いや何より驚くべきは詠子君は年上か。小柄で無邪気で不思議な年上女性とはまた……)
「おお快なり! いや失敬。少し汚れた哀れな御老体の思念が取り憑いたようだ。
 ともあれ、名簿を見る限りで似た言語基盤から名付けられた人間も多様な異世界から集められたとすると……どうなるだろうね?」
「それはこれの開催者のことかな?」
「それもあるし、そこからこれの目的や脱出方法をひねり出せないかと考えている」
「うーん……」
 詠子は紙を取り出すと、膝の上でさらさらと文字を連ねた。
『体に入った刻印から定期的に何かが出ている→多分音声、体調などが主催者側に筒抜け』
「ああ――盗聴のことなら知っている」
 佐山は堂々と主催者に宣告した。

「法典君は時々勢いで喋ってるんじゃないかぁって思うんだけど、どうかな」
 言葉ほどに呆れた様子は見えず、反応は眉尻が下がる程度のものだった。
「ははは私は理性と英知の鬼だよ? まぁこれを見たまえ」
 佐山は懐から小さな機械を取り出す。
 大豆ほどの大きさのそれは、よくよく見ると監視カメラだと知れた。
 そのレンズに佐山は目一杯顔を近づける。
「ここで見つけた。盗聴器の類はないことから何らかの形で音声データは送られていると思った。
 これほどの技術は私の世界にはないし、動力も電気的なものとは限らないがね。
 上手く隠したつもりだろうが、プロの私に言わせればまだまだだね。
 いいかね。盗撮のカメラとは小賢しく物の陰に隠すのではなく賢く心の陰に隠すものだ。
 加えてあの位置では脱衣シーンを得られたとしても肝心な部分を素敵な位置から撮れない。
 せっかくなので私見を述べるとこの隠し方は機能的であっても美学がない。
 もう一度言おう。ま・だ・ま・だ・だ・ね。おお快なり!
 ふふふ隠れた趣味の暴露というのも素晴らしいね詠子君」
「航空技研の、盗撮班なのかな?」
「いやいや私が盗撮・盗聴を行うのは新庄君ただ一人だよ。
 本人にもきちんと開示してあるからそう貶されたものではない」
 重々しく頷き、監視カメラを自分の顔を見上げる位置に固定。
『これで筆談も問題ない。隠し事なら徹底的にやろうではないか』
 顔を下に向けず、そう記した。

「さて、脱出以前にどれほどの拘束性があるのかもまだ不明な段階だからね。
 残念ながら脱出の方法はここでは置いておこう」
「それに、脱出したところでまた連れてこられると思うよ」
「『連れてくる』。ふむ、どうやって?」
「スタートのときの移動から考えて、魔術的方法だとは思うよ。
 私達の世界では『神隠し』っていって、人を私の見ているような世界に連れていく方法が、ある」
 どうやる、どのような存在がやる、何のためにやるか詠子は言わなかった。
「では……君の見ている世界と君が存在している世界の関係はどんなものかね」
「私の視る世界は人が作った物語で出来ているからね。うーん、どうだろう。
 知っている人はその世界を怖がるね。私は“それ”と一緒に生きてきたから、仲良くすればいいと思うんだけど」
「つまりそのコンタクトはあまり友好的ではない、と?」
「そうだね。……それはとても悲しいことだけど」
「ふむ……私の住む世界は10の異世界と戦争をして勝利し、現在その戦後処理に追われている。
 どの世界の住人にも譲れないものがあり、しかしお互いに幸いであろうとしている。
 思うに、どのような関係であれ異世界に干渉できる術があるのならば、今回のこれは唐突すぎる」
「本来ならそれ以前に何らかの接触を持っているはず、ってことかな?」
「その通り。何故119人の私たちなのか。何故殺し合いなのか。何故これほどに脈絡がないのか。
 これら全ての“何故”にそれぞれ答えはあると思う」
「かつての剣闘士みたいに戦わせて楽しむだけ、という考えはあると思うんだけど」
「それは最も理解し難く、理解しやすい理由ではあるが……
 これだけの人数を、恐らく多くの異世界から掻き集めるリスクに足る理由とは思えない。
 もちろんまったく思考基盤の違う人間が主催してるわけではないことを前提として、だが」

「実験、例えば干渉できる世界の中での最強を見つけようとした、っていうのはどう?」
「実のところ、それは真っ先に否定したい。
 私の世界だけ見ても子煩悩の軍神やこの期に及んで右翼の魔法使いなど、強烈な面々が跋扈している。
 客観的に見て世界での知名度、戦闘能力などは進化途中の私より格段に上だろうね。
 そしてそれでは装備品をわざわざばらけさせる理由もない。
 何より……失礼ながら、詠子君は特殊な能力を持っていても戦闘向けとは言えないと思うが?」
「そう。私は確かにあるけど見えない、そういう世界を見るだけだからね。
 銃やそれ以上のものは元より、普通の男の子の腕っ節にも敵わないと思うよ。
 でももしいろんな世界から無作為に選んだとしたら?」
「――それでは素敵に無敵な私及びまロいマスターである新庄君が当選するのもおかしい。
 世界一無敵な私と世界一まロい新庄君、だよ? おのれまロみ収集家か開催者めっ!」
「ちょっと同じ日本語でも齟齬があるみたいだけど、そうだね……儀式はどう?」
「それは即座に否定するわけにはいかない、あり得る話だね。儀式に限らず宗教的な理由という線は」
『だが私はこう思っている』
 カメラに対して変わらぬ様子を見せながらペンを走らせ、口はブラフのための装置へと変換。
「度が過ぎた宗教が殺人行為に至るのはそう珍しくはないし、」
『とある何かを備えた人間を見つける実験、それには同意する。しかしそれは戦闘力ではない』
「それであればあらゆる疑念を無視してこのゲームの開催理由ともできよう」
『それは、運命とも言えるものに干渉する能力、危機的状況をどうにか何とかする能力ではないだろうか』

『運、ってことかな?』
「血と死を以てして行う儀式というのも使い古した話だがね。それこそ魔女の領分だ」
『快い字だね→『運』。ともあれそう言い換えることもできるだろう。
 戦闘能力も技量も知略もあらゆる要素を超越し、最悪を幸いへと導く存在。
 それを見つけるための篩というのが現時点での私の予想だ』
「血も死も最も神聖視される構成物であり、現象だもんね」
 それを用いた儀式を元の世界で再開するために帰るのだ、とは勿論言わない。
『悪くはない考えだとは思うけど、飛躍しすぎてる気はするかな』
「そう。悪魔でも召喚するのか神でも慰撫するのかは知らないがね。ともあれ――」
『だから君の詩と同じく、現時点ではただの戯言だよ。
 この仮説がいい感じに正解であろうと、口頭でのブラフが面倒にも正解であろうと――』
 苦笑。
「――私たちに出来ることは一つ。
 何があろうとも、己の予測できないことごとくに立ち向かわなければならない」
 カメラの向こうへその覚悟を告げ、思う。
 もし幸いへの鍵を探しているのだとして、黒幕は自分たち以上の窮地に立たされているのだろうか、と。
 それは、交渉材料になるだろうか、と。

【E-5/北東の森の中の小さな小屋の中/1日目・07:30】

【佐山御言】
[状態]:健康
[装備]:Eマグ、閃光手榴弾一個、メス
[道具]:デイパック(支給品一式)、地下水脈の地図
[思考]:1.仲間の捜索。2.市街地でサッシー捜索

【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:1.元の世界に戻るため佐山に同行。2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に

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