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ラノベ・ロワイアル Part8
1 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/03/04(土) 10:16:30 ID:2lz5eb45
"こ の ス レ を 覗 く も の 、 汝 、 一 切 の ネ タ バ レ を 覚 悟 せ よ"
(参加作品内でのネタバレを見ても泣いたり暴れたりしないこと)

※ルール、登場キャラクター等についての詳細はまとめサイトを参照してください。


――――【注意】――――
当企画「ラノベ・ロワイアル」は 40ほどの出版物を元にしていますが、この企画立案、
まとめサイト運営および活動自体はそれらの 出版物の作者や出版元が携わるものではなく、
それらの作品のファンが勝手に行っているものです。
この「ラノベ・ロワイアル」にそれらの作者の方々は関与されていません。
話の展開についてなど、そちらのほうに感想や要望を出さないで下さい。

テンプレは>>1-10あたり。

2 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/03/04(土) 10:17:23 ID:2lz5eb45
ラノベ・ロワイアル 感想・議論スレ Part.17
(感想・NG投稿についての議論等はすべて感想・議論スレにて。
 最新MAPや行動のまとめなども随時更新・こちらに投下されるため、要参照。)
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1134227788/

まとめサイト(過去ログ、MAP、タイムテーブルもこの中に。特に書き手になられる方は、まず目を通して下さい)
ttp://lightnovel-royale.hp.infoseek.co.jp/entrance.htm

過去スレ
ラノベ・ロワイアル Part7
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1128869221/
ラノベ・ロワイアル Part6
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1120488255/
ラノベ・ロワイアル Part5
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1116618701/
ラノベ・ロワイアル Part4
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1114997304/
ラノベ・ロワイアル Part3
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1112542666/
ラノベ・ロワイアル Part2
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1112065942/
ラノベ・ロワイヤル
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1111848281/

避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/4216/

3 名前:参加者リスト(1/2) 投稿日:2006/03/04(土) 10:18:04 ID:2lz5eb45
2/4【Dクラッカーズ】 物部景× / 甲斐氷太 / 海野千絵 / 緋崎正介 (ベリアル)×
1/2【Missing】 十叶詠子 / 空目恭一×
2/3【されど罪人は竜と踊る】 ギギナ / ガユス× / クエロ・ラディーン
0/1【アリソン】 ヴィルヘルム・シュルツ×
1/2【ウィザーズブレイン】 ヴァーミリオン・CD・ヘイズ / 天樹錬 ×
2/3【エンジェルハウリング】 フリウ・ハリスコー / ミズー・ビアンカ× / ウルペン
1/2【キーリ】 キーリ× / ハーヴェイ
1/4【キノの旅】 キノ / シズ× / キノの師匠 (若いころver)× / ティファナ×
3/4【ザ・サード】 火乃香 / パイフウ / しずく (F)× / ブルーブレイカー (蒼い殺戮者)
1/5【スレイヤーズ】 リナ・インバース / アメリア・ウィル・テラス・セイルーン× / ズーマ× / ゼルガディス× / ゼロス×
1/5【チキチキ シリーズ】 袁鳳月× / 李麗芳× / 李淑芳 / 呉星秀 ×/ 趙緑麗×
3/3【デュラララ!!】 セルティ・ストゥルルソン / 平和島静雄 / 折原臨也
0/2【バイトでウィザード】 一条京介× / 一条豊花×
1/4【バッカーノ!!】 クレア・スタンフィールド / シャーネ・ラフォレット× / アイザック・ディアン× / ミリア・ハーヴェント×
1/2【ヴぁんぷ】 ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵 / ヴォッド・スタルフ×
2/5【ブギーポップ】 宮下藤花 (ブギーポップ) / 霧間凪× / フォルテッシモ× / 九連内朱巳 / ユージン×
1/1【フォーチュンクエスト】 トレイトン・サブラァニア・ファンデュ (シロちゃん)
0/2【ブラッドジャケット】 アーヴィング・ナイトウォーカー× / ハックルボーン神父×
2/5【フルメタルパニック】 千鳥かなめ / 相良宗介 / ガウルン ×/ クルツ・ウェーバー× / テレサ・テスタロッサ×
3/5【マリア様がみてる】 福沢祐巳 / 小笠原祥子× / 藤堂志摩子 / 島津由乃× / 佐藤聖
0/1【ラグナロク】 ジェイス ×
0/1【リアルバウトハイスクール】 御剣涼子×
2/3【ロードス島戦記】 ディードリット× / アシュラム (黒衣の騎士) / ピロテース
1/1【陰陽ノ京】 慶滋保胤

4 名前:参加者リスト(2/2) 投稿日:2006/03/04(土) 10:18:57 ID:2lz5eb45
3/5【終わりのクロニクル】 佐山御言 / 新庄運切× / 出雲覚 / 風見千里 / オドー×
1/2【学校を出よう】 宮野秀策× / 光明寺茉衣子
1/2【機甲都市伯林】 ダウゲ・ベルガー / ヘラード・シュバイツァー×
0/2【銀河英雄伝説】 ×ヤン・ウェンリー / オフレッサー×
2/5【戯言 シリーズ】 いーちゃん× / 零崎人識 / 哀川潤× / 萩原子荻× / 匂宮出夢
2/5【涼宮ハルヒ シリーズ】 キョン× / 涼宮ハルヒ× / 長門有希 / 朝比奈みくる× / 古泉一樹
2/2【事件 シリーズ】 エドワース・シーズワークス・マークウィッスル (ED) / ヒースロゥ・クリストフ (風の騎士)
1/3【灼眼のシャナ】 シャナ / 坂井悠二× / マージョリー・ドー×
1/1【十二国記】 高里要 (泰麒)
2/4【創竜伝】 小早川奈津子 / 鳥羽茉理× / 竜堂終 / 竜堂始×
1/4【卵王子カイルロッドの苦難】 カイルロッド× / イルダーナフ× / アリュセ / リリア×
1/1【撲殺天使ドクロちゃん】 ドクロちゃん
4/4【魔界都市ブルース】 秋せつら / メフィスト / 屍刑四郎 / 美姫
4/5【魔術師オーフェン】 オーフェン / ボルカノ・ボルカン / コミクロン / クリーオウ・エバーラスティン / マジク・リン×
1/2【楽園の魔女たち】 サラ・バーリン× / ダナティア・アリール・アンクルージュ

全117名 残り57人
※×=死亡者

【おまけ:喋るアイテム他】
2/3【エンジェルハウリング】 ウルトプライド / ギーア× / スィリー
1/1【キーリ】 兵長
2/2【キノの旅】 エルメス / 陸
1/1【されど罪人は竜と踊る】 帰ってきたヒルルカ
1/1【ブギーポップ】 エンブリオ
1/1【ロードス島戦記】 カーラ
2/2【終わりのクロニクル】 G-sp2 / ムキチ
1/2【灼眼のシャナ】 アラストール&コキュートス / マルコシアス&グリモア×
0/1【楽園の魔女たち】 地獄天使号×
2/4【撲殺天使ドクロちゃん系列】 井戸のイド君× / クヌギの松田君× / 地下道の壁 / 愚神礼賛

5 名前:ゲームルール(1/2) 投稿日:2006/03/04(土) 10:19:34 ID:2lz5eb45
【基本ルール】
全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
勝者のみ元の世界に帰ることができる。
ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
ゲーム開始時、プレイヤーはスタート地点からテレポートさせられMAP上にバラバラに配置される。
プレイヤー全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる。
開催場所は異次元世界であり、どのような能力、魔法、道具等を使用しても外に逃れることは不可能である。

【スタート時の持ち物】
プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を支給される。
「多少の食料」「飲料水」「懐中電灯」「開催場所の地図」「鉛筆と紙」「方位磁石」「時計」
「デイパック」「名簿」「ランダムアイテム」以上の9品。
「食料」 → 複数個のパン(丸二日分程度)
「飲料水」 → 1リットルのペットボトル×2(真水)
「開催場所の地図」 → 禁止エリアを判別するための境界線と座標も記されている。
「鉛筆と紙」 → 普通の鉛筆と紙。
「方位磁石」 → 安っぽい普通のコンパス。東西南北がわかる。
「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
「デイパック」→他の荷物を運ぶための小さいリュック。
「名簿」→全ての参加キャラの名前がのっている。
「ランダムアイテム」 → 何かのアイテムが一つ入っている。内容はランダム。

6 名前:ゲームルール(2/2) 投稿日:2006/03/04(土) 10:20:26 ID:2lz5eb45
※「ランダムアイテム」は作者が「エントリー作品中のアイテム」と「現実の日常品」の中から自由に選んでください。 
必ずしもデイパックに入るサイズである必要はありません。
エルメス(キノの旅)やカーラのサークレット(ロードス島戦記)はこのアイテム扱いでOKです。
また、イベントのバランスを著しく崩してしまうようなトンデモアイテムはやめましょう。

【「呪いの刻印」と禁止エリアについて】
ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「呪いの刻印」を押されている。
刻印の呪いが発動すると、そのプレイヤーの魂はデリート(削除)され死ぬ。(例外はない)
開催者側はいつでも自由に呪いを発動させることができる。
この刻印はプレイヤーの生死を常に判断し、開催者側へプレイヤーの生死と現在位置のデータを送っている。
24時間死者が出ない場合は全員の呪いが発動し、全員が死ぬ。
「呪いの刻印」を外すことは専門的な知識がないと難しい。
下手に無理やり取り去ろうとすると呪いが自動的に発動し死ぬことになる。
プレイヤーには説明はされないが、実は盗聴機能があり音声は開催者側に筒抜けである。
開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると呪いが自動的に発動する。
禁止エリアは2時間ごとに1エリアづつ禁止エリアが増えていく。

【放送について】
放送は6時間ごとに行われる。放送は魔法により頭に直接伝達される。
放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去6時間に死んだキャラ名」「残りの人数」
「管理者(黒幕の場合も?)の気まぐれなお話」等となっています。

【能力の制限について】
超人的なプレイヤーは能力を制限される。 また、超技術の武器についても同様である。
※体術や技術、身体的な能力について:原作でどんなに強くても、現実のスペシャリストレベルまで能力を落とす。
※魔法や超能力等の超常的な能力と超技術の武器について:効果や破壊力を対個人兵器のレベルまで落とす。
不死身もしくはそれに類する能力について:不死身→致命傷を受けにくい、超回復→高い治癒能力

7 名前:投稿ルール(1/2) 投稿日:2006/03/04(土) 10:21:01 ID:2lz5eb45
【本文】
 名前欄:タイトル(?/?)※トリップ推奨。
 本文:内容
  本文の最後に・・・
  【名前 死亡】※死亡したキャラが出た場合のみいれる。
  【残り○○人】※必ずいれる。

【本文の後に】
 【チーム名(メンバー/メンバー)】※個人の場合は書かない。
 【座標/場所/時間(何日目・何時)】

 【キャラクター名】
 [状態]:キャラクターの肉体的、精神的状態を記入。
 [装備]:キャラクターが装備している武器など、すぐに使える(使っている)ものを記入。
 [道具]:キャラクターがバックパックなどにしまっている武器・アイテムなどを記入。
 [思考]:キャラクターの目的と、現在具体的に行っていることを記入。
 以下、人数分。

【例】
 【SOS団(涼宮ハルヒ/キョン/長門有希)】
 【B-4/学校校舎・職員室/2日目・16:20】

 【涼宮ハルヒ】
 [状態]:左足首を骨折/右ひじの擦過傷は今回で回復。
 [装備]:なし/森の人(拳銃)はキョンへと移動。
 [道具]:霊液(残り少し)/各種糸セット(未使用)
 [思考]:SOS団を全員集める/現在は休憩中

8 名前:投稿ルール(2/2) 投稿日:2006/03/04(土) 10:21:40 ID:2lz5eb45
 1.書き手になる場合はまず、まとめサイトに目を通すこと。
 2.書く前に過去ログ、MAPは確認しましょう。(矛盾のある作品はNG対象です)
 3.知らないキャラクターを適当に書かない。(最低でもまとめサイトの詳細ぐらいは目を通してください)
 4.イベントのバランスを極端に崩すような話を書くのはやめましょう。
 5.話のレス数は10レス以内に留めるよう工夫してください。
 6.投稿された作品は最大限尊重しましょう。(問題があれば議論スレへ報告)
 7.キャラやネタがかぶることはよくあります。譲り合いの精神を忘れずに。
 8.疑問、感想等は該当スレの方へ、本スレには書き込まないよう注意してください。
 9.繰り返しますが、これはあくまでファン活動の一環です。作者や出版社に迷惑を掛けないで下さい。
 10.ライトノベル板の文字数制限は【名前欄32文字、本文1024文字、ただし32行】です。
 11.ライトノベル板の連投防止制限時間は20秒に1回です。
 12.更に繰り返しますが、絶対にスレの外へ持ち出さないで下さい。鬱憤も不満も疑問も歓喜も慟哭も、全ては該当スレへ。

 【投稿するときの注意】
 投稿段階で被るのを防ぐため、投稿する前には必ず雑談・協議スレで
「>???(もっとも最近投下宣言をされた方)さんの後に投下します」
 と宣言をして下さい。 いったんリロードし、誰かと被っていないか確認することも忘れずに。
 その後、雑談・協議スレで宣言された順番で投稿していただきます。
 前の人の投稿が全て終わったのを確認したうえで次の人は投稿を開始してください。
 また、順番が回ってきてから15分たっても投稿が開始されない場合、その人は順番から外されます。

9 名前:追記 投稿日:2006/03/04(土) 10:23:46 ID:2lz5eb45
【スレ立ての注意】
このスレッドは、一レス当たりの文字数が多いため、1000まで書き込むことができません。
512kを越えそうになったら、次スレを立ててください。

――――テンプレ終了。

10 名前:第三回放送 ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/03/04(土) 10:40:52 ID:2lz5eb45
時計の針が午後6時を指すと同時に、生存している全ての参加者に声が聞こえた。
それを待っていた者にも、一時でも忘れていた者にも、等しく放送が耳へと届く。
「諸君、第三回放送の時間だ。
まずは死亡者の発表を行う。
皆、よく殺し合いに励んでくれているらしくとても良い経過を出してくれている。
知り合いや出会った人間、あるいは敵や仇の名が無いか確認してくれたまえ。

 004緋崎正介、006空目恭一、008ガユス、016キーリ、024しずく、
 031袁鳳月、032李麗芳、035趙緑麗、042シャーネ・ラフォレット、
 043アイザック・ディアン、044ミリア・ハーヴェント、048霧間凪、049フォルテッシモ、
 053アーヴィング・ナイトウォーカー、054ハックルボーン神父、
 059テレサ・テスタロッサ、076宮野秀策、082いーちゃん、084哀川潤、085萩原子荻、
 095坂井悠二、096マージョリー・ドー、102カイルロッド、116サラ・バーリン
 ……以上24名。

少しやりやすくしたとはいえ第一回放送を超えるとは思わなかった。
次に禁止エリアを発表する。
19:00にC−8、21:00にA−3、23:00にD−6が禁止エリアとなる。
次の放送の時に何人の名を呼ぶ事になるか、実に楽しみだ。
その調子で励んでくれたまえ」
上機嫌なような嘲笑うような、そんな声が徐々に遠ざかり、放送は終わった。

[備考]
18:30に霧が晴れ視界が開けます。
空に月が昇りますが、雲は立ちこめたままでとても暗くなります。

11 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/03/04(土) 12:02:31 ID:qtgpPU5L
>>1
乙ですよ〜。

12 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/03/04(土) 12:52:36 ID:1jsrfW2q
>>10おツー

13 名前:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc 投稿日:2006/03/04(土) 17:03:28 ID:ziBfPiff
 頭に響いてきた音がある。
(……これは)
 パイフウは身を強張らせた。聞き覚えのある、嫌味な声だった。

『諸君、第三回放送の時間だ――』

(放送――もう、そんな時間)
 視界は依然霧に閉ざされているが、先行する子供達もが立ち止まったのを気配で知る。
 恐らくは、別行動を取っている“潤さん”とやらが気になっているのだろう。
 そしてそれは、こちらも同じだった。
(……ほのちゃん……)
 少女のことを、想う。
(……呼ばれないわよね……?)
 沁み込んで来る感情――恐れを理性で殺しながら、パイフウは願う。
 火乃香が生きていることを。
 そして同時に思考する。今が殺し時だ、と。
 “潤さん”が生きていれば、安堵によって隙が生まれる。死んでいれば、嘆きによって隙が生まれる。
 どちらにせよ、殺すならば――
(今が、チャンス)
 思考の間にも、声は無情に名前を読み上げていく。死者の名前を。
『――031袁鳳月、032李麗芳――』
 呼ばれなかった。
 生きている。
 火乃香は生きている――
「……よかった」
 安堵の為に呟きが漏れたが、問題はない。距離があるし、相手も放送を聞くのに集中しているはずだ。
 パイフウはウェポン・システムを構え、外套の偏光迷彩を切って――この霧では意味がない――子供達との距離を詰め始める。
 気配だけでは場所が特定できないが、声でも出せば判る。銃声でこちらの場所も気取られる可能性があるが、それは構わない。一人でも多く殺さなければいけないのだから、多少の無茶は覚悟の上。
 殺せる。

14 名前:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc 投稿日:2006/03/04(土) 17:04:08 ID:ziBfPiff
 見ず知らずの子供を殺すことに罪悪感を覚えないでもないが……
(貴方たちも死にたくはないでしょうけど――わたしにも、大事なものがあるの)
 胸中で呟いて、パイフウは歩を進めた。


        ○


 予感はあった。だからこそ、絶望しない。

『――043アイザック・ディアン、044ミリア・ハーヴェント――』

 別れていた二人の名を放送で呼ばれても――つまりは二人の死亡を知らされても、フリウは絶望を抱かなかった。
 代わりに胸中で渦巻いているのは、諦観だった。
 当たって欲しくない予感が当たる。約束されて欲しくなかった未来が約束されて過去となる。
 人によってはそれを絶望と呼ぶのかもしれない。
 どちらでもいい。そんなものに区別をつけても意味はないのだから。
 隣の少年も、似たようなものだろう。足元にいる犬のようなドラゴンとやらも。

『――084哀川潤、085萩原子荻――』

 どうしようもないことが起きて、どうしようもなくなった。それだけのことだ。
(大したことじゃないよね)
 虚ろな穴の穿たれた思考で、フリウは結論づけた。
 死は、誰もが等しく持っている。持っている限り、奪われることは覚悟せねばならない。そして持っているならば、それを更に増やそうと誰かのそれを奪うことだって出来る。誰にでも。
 死ぬこととは、誰もが知らない内に結ばれた契約のようなものだろう。自分が奪われたくないから、奪うことを禁じてルールとした。越えてはいけない一線として刻み、それを誰もが守ってくれると信じて、自分もまたそのルールを守る。
 誰かが、越えてはならない一線を越えてしまった。禁忌たることを行ってしまった。
 それであの三人は死んだ。
 誰にでも、出来ることなのだ。

15 名前:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc 投稿日:2006/03/04(土) 17:04:57 ID:ziBfPiff
(一番弱いはずのあたしにだって、できちゃうこと。あたし以外の誰がやったっておかしくない)
 アイザック・ディアン。ミリア・ハーヴェント。高里要。哀川潤。チャッピー。
 誰にだって出来る。誰にだって出来てしまう。誰もが越えることの出来て、越えてはならない一線。

『――その調子で励んでくれたまえ』

 『越えられる』ことだって、誰にでも出来る。
 あの三人は越えられてしまった。もう居ない。還って来ない。奪われたものは、取り返せない。
 だからこそ――
「進もう」
 渇いたような声で言った。視界を妨げるように横たわる霧が、その声を呑み込む。
 口に出してみて、その台詞が何の意図も持ってないことに気付く。フリウは苦笑した。
 意図などない。やりたいことも、なすべきことも、なにもかもがないのだから。
 黒髪の少年が、小さく言う。怯えを抑えたような声音で。
「どこに?」
 問われて初めて、フリウは行き先を考え始めた。
 この島に、もはや安全な場所など存在しないだろう。
 ならば最低限、雨風を防げる場所がいい。屋根のある建造物。つまりは当面の目的地だった、
「学校で、いいかな」
 呟きが白い霧を歪ませて、
「――危険が危ないデシ!」
 白竜の叫びが、白霧を切り裂いて。
 少年が、白竜に突き飛ばされたのを感じた。
 破裂音。
 高速で――避けるどころか視認することすら難しいほどの速度で飛んできた何かが、白竜を貫いた。
 白い霧に妨げられる視界に、赤い花が咲いた。
 それは何だろうか、と見れば、
「――チャッピー……!?」
 チャッピーが赤いものをぶちまけて、宙を飛んでいた。
 ミリアが持っていた武器。彼女らが言うところの『銃』による攻撃だろうと、フリウは予測する。
 ともかく敵を見極めようと立ち上がりかけて、
「フリウ、駄目――」

16 名前:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc 投稿日:2006/03/04(土) 17:05:34 ID:ziBfPiff
 少年が黒髪を振りかざし、かかった鮮血を飛ばしながら、こちらを突き飛ばし――
「――ぁ」
 銃声。




        ○




 体当たりでフリウを突き飛ばし、一緒に地面を転がる。かつて無礼な男に捕らえられた時と同じように。
 銃声が響き、何かが高速で大気を突き破っていった。
 ……危なかった。
 安堵と同時に、怒りが生まれる。
 立ち上がり、霧の白界の先にいるはずの相手を睨む。
「なんで」
 呟きを殴るように三度目の銃弾が飛来し、霧を巻いてどこかへと抜けていく。
 四度目、五度目。銃声が連打し、同じ数だけ霧に渦を描く。その渦さえも長くは残らない。風に乱され、消えていく。
 再度、呟きを漏らした。
「なんで……」
 奥歯を噛み締める。砕けてもいいほどに噛み締めるが、痛みは来ない。
 肩に重みを感じて振り向けば、フリウが厳しい瞳でこちらを見つめる。
 足に触れたのはロシナンテ。白い毛皮のほとんどを赤く染めて、しかし気丈な瞳を向けてくる。
 その両方に頷きを返して、要は大きく息を吸い、目を閉じた。
 霧に閉ざされた白い視界から、真っ暗な闇が視界に変わる。
 天変する。

17 名前:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc 投稿日:2006/03/04(土) 17:06:37 ID:ziBfPiff
 体が変わる――人にあらざる姿へ。四足を持った獣の――麒麟の姿へと。
 霧を祓うように黒いたてがみを一振りし、フリウへと視線を向けて体を傾ける。
 彼女は驚いた様子だったが――、乗ってと一声かければ頷きを返した。
 人の重みを体で感じたと同時に、視界の隅にいた白い仔犬――仔ドラゴンの姿が変わる。ドラゴンと呼ぶに相応しい巨体へと。
 負っていたはずの傷はいつの間にか消えている。
 要は穢れ無き白色を持つ竜と視線を合わせ、同時に頷いた。首を上げ、暗くなり始めた空を見上げる。
 暗雲に包まれた空。黒の絵具を水でとかしたような曇天を仰ぎ見て、二人が飛んだ。
 飛ぶ。心地よい感覚が体を支配する。
 背には少女。隣には白竜。
 失った人はいる。もう逢えない人はいる。
 だがそれでも――
 下を見た。大地がある。街があり、森があり、川があり、海がある。それらを覆っていた霧は、いつの間にか消え去っている。
 ……なぜだろう。
 疑問はあったが、それよりも気になるものを見つけた。
 一人の男。
 見たことのある顔で、テレビに出ていた悪い人たちが持っていたような、拳銃をもっている。
 ……あれで、撃ったんだ。
 怒りが生まれた。
 が、それを動きとする前に、隣の白竜が動作で止めた。
 ……うん、そうだよね。
 やられたからやりかえす。そんな簡単な理屈ですらだれかを殺してしまえるから、あの人たちは死んでしまった。
 いのちをうばうことは、いけないことなのだ――
 空を駆ける。
 自由な空。暗い雲を抜け、欠けた月の光を浴びて、夜の風と戯れる。
 どこまでもいける――
 なんでもできる――

「――慈悲ではない。慈悲などではないのだよ」

18 名前:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc 投稿日:2006/03/04(土) 17:07:54 ID:ziBfPiff
 聞き覚えのない、闇の音色を帯びた声が響く。
 だが、それが聞こえているということが、理解できない。

「本来ならば『彼』の役目なのだがね。君の庇った少女も知る、獣の業火」

 ふと気付く。背負った少女の重さが、無いことに。
 そういえば、あの男。撃ってきたあの男に、なぜ見覚えがあったのか。
 誰だったか……

「あれによる傷は深い。正直なところ、『零時迷子』の少年には感謝している」

 ふと気付く。隣を飛んでいた白竜の気配が無いことに。
 ……思い出した。
(僕がまだ蓬山にいたころ、僕を捕まえようとした……)
 無礼な男。こんなところにまで来ていたのだろうか――

「『現実』にこんな真似をされては困るが――」

 ――そんなはずがない。
(ああ、そうか)
 認める――確かに、そんなことはない。
 そして――やはり、こんなことはない。
(命はこんな簡単に奪えてしまえるから、だから)
 自覚してしまえば、すべては終わる。あっさりと。
 空は綺麗だった。雲の上に在る、月の出る夜空。
 その夜空が、嗤う。

19 名前:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc 投稿日:2006/03/04(土) 17:08:45 ID:ziBfPiff

「――『幻想』ならば、好きに見てくれて構わないよ」


 ――だから、奪ってはならないのだ。

 空が、





        ○






 立ち上がりかけた姿勢から突き飛ばされたことで、地面を二回ほど転がった。
 回る視界の中で、フリウは見せ付けられた。
 飛んできた何かが少年の頭に直撃し、破砕する。
 少年は実は人間ではないらしいと聞いていたが、砕かれて飛び散るものは人間と大差ない。
 白い霧の中、黒い花びらに赤い花弁の花が咲く。
 鮮やかな赤色は血液。肉片が硬質さを持って地面にめり込んだのは、骨がついていたからか。散じる髪の毛は焦げてちぢれている。嗅覚を蹂躙し始めているのはその臭いだろう。あるいは、端的にいって屍臭か。
 頭が吹き飛んで生きていられる人間が――いや、生物がいるはずもない。
 今、二人が死んだ。

20 名前:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc 投稿日:2006/03/04(土) 17:09:29 ID:ziBfPiff
 頬に飛んで来た要の血を拭い取って、舐める。血の味。死の味。怒りが生まれた。証明出来ようもない怒りが。
 許せるはずがない。
 射線の先に、敵はいる。フリウは尻餅をついた体勢から起き上がり、念糸を紡ごうと集中する。
 念糸にとって距離は大した問題ではない。集中し、糸を繋げ、思念を込めれば念糸は発動する。
 例え霧に阻まれていようと、相手がいるのであれば、念糸は紡げる。
(――いる!)
 繋がったのを信じて、フリウは思念を込めた。

「っ……」

 念糸の手ごたえと同時に、かすかなうめき。
 フリウは念糸を繋いだ方角へと駆け出す。
 視界を阻む霧を煩わしく思いながら、走る。
 息は荒い。荒くすることで、不快な霧を少しでも吸い込めると信じているかのように、フリウは走る。
 と、地面から突き出た石につまづき、倒れ掛かる。瞬間、先ほどまで頭のあった位置を何かが通り過ぎていった。
「こっの……!」
 崩れた体勢を戻して駆け出しながら、再度、念糸を紡ぐ。今度は手ごたえはあっても声はあがらなかった。
 だが、どうでもいいことだった。ただ、攻撃の来た方へ、念糸を繋いだ方へと走る。
 見えたものは。
 一人の女だった。白い外套を羽織り、両腕が異様な方向へと捻じ曲がった、黒髪の女。折れた腕で、地面に落ちた銃らしきものを拾おうとしている――
 フリウはその銃らしきものに念糸を繋ぎ、捻った。人を殺す――いや既に殺した――武器が、ただの鉄屑へと変貌する。
 女の判断は迅速だった。

21 名前:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc 投稿日:2006/03/04(土) 17:10:06 ID:ziBfPiff
 折れた両腕を無視して、こちらへと飛びかかってくる。が、痛みのせいか、やはり動きは鈍い。
 蹴りが来た。怪我人とも思えない威力の蹴りを、フリウは交差させた両腕で受け止めた。
 激痛と、聞きたくない音とが響く。外側になっていた右腕にヒビが入ったのだろう。
 女は蹴り足を戻して、上に振り上げた。踵落しの初動。その瞬間に、フリウは体ごと女に体当たる。
 左半身を庇った右半身での体当たりは、当然のように傷ついた腕に響いた。
 絡み合って地面に倒れ、起き上がる前に念糸を紡ぐ。傷ついた腕の痛みが集中を邪魔するのを何とか堪えて、フリウは相手の右脚を捻り折った。もう何回目か判らない、人体を壊した手ごたえが伝わる。
 やはりうめき声はなかった。フリウは三歩を下がり、苦悶をあげる女と視線を合わせる。
「――殺すなら殺しなさい」
 言葉の裏には強さが見えた。
 四肢のうち三つまでを折られても、女の切れ長の双眸には強さが残っている。
 形の良い朱唇が言葉を紡ぐのを、フリウは他人事のように見ていた。
 自分の喉が震えて音を出すのを、フリウは他人事のように聞いた。
「殺す?」
 吐き出された言葉は単純なものだった。殺す。一線を越える。既に越えた。
 怒りのままにここまでやったが、具体的に何かをするまでは考えていなかった。
 この女を殺す。簡単なことだった。念糸で首を捻ればそれで終わる。あの水晶の剣を持った大男のように。
 破壊精霊を開放するのもいいだろう。一撃で、全てを壊す。あの赤い瞳で炎を放ってきた男のように。
 生かしておけば、また誰かを殺すかもしれないのだから。
 それとも――このまま、何もせずに立ち去るか。
 この女を殺したところで、既に殺された二人は還って来ない。それに復讐なんてものを、彼らは望まないだろう。
 生かしておいても、両腕と片足を折られた女では、誰かを殺すよりは殺される対象にしかならないだろう。
 どちらも、フリウ・ハリスコーにとって大した違いはない。

22 名前:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc 投稿日:2006/03/04(土) 17:10:43 ID:ziBfPiff
 殺すのは――賢い。ここで彼女を殺せば、この後の犠牲を減らせる。
 生かすのは――愚か。ここで彼女を生かしても、この後に死ぬ可能性が高い。
 だがどちらも同じこと。
(どっちも同じ……ことなら)
 こちらの決意が定まったのに、気付いたのだろう。女は片足を引き摺りながら、逃げ出した。その足は遅い。
「通るならばその道。開くならばその扉。吼えるならばその口」
 歩き出しながら、水晶眼に念糸を繋ぐ。口から紡ぎ出す開門式が、霧の中を滑っていく。
「作法に記され、望むならば王よ。俄にある伝説の一端にその指を、慨然なくその意志を」
 霧の中を走る女は、白い外套のせいでそろそろ姿が見えなくなってきていた。フリウは歩調を早め、女を追う。
「もう鍵は無し――」
 蹂躙するための最後の言葉を言う前に、フリウは一瞬だけ考えた。
 本当に、これを選んでいいのか。
 一瞬だけの思考は、一瞬に応えられるだけの答えしか生まない。
(――どっちも同じなら、いいじゃない)
 決め付けて、フリウは開門式の言葉を吐き出した。
「――開門よ」



「フリウしゃん駄目デシ!!」



「成れ――ぇ?」
 呼び止める声に、フリウは振り向いた。振り向いてしまった。
 破壊しか映らない水晶眼に一瞬だけ映ったのは、

23 名前:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc 投稿日:2006/03/04(土) 17:11:59 ID:ziBfPiff
「……あ」
 血塗れでこちらに向かって叫んだ白竜の姿だった。血塗れで、よろめいて、それでも生きていた彼。
 だが。

『我が名はウルトプライド――』

 音も無く現れた銀色の巨人が霧を破って拳を打ち下ろす。
 朱の混じったちっぽけな白い彼に、破壊が叩き込まれる。

『我は破壊の主――』

 その存在の生存を安堵する間もなく、破壊精霊はそれを破壊した。
 血が飛び、肉が舞い、赤黒く染まった白の毛皮が霧の中に踊る。
 その全てすら、破壊の拳が砕いていく。
 後には、破壊痕しか残らない。

『我が言葉は――』

 何も残らない。銀色の精霊が雄叫びを上げる。
「え――」
 思考が停止し、フリウは何もない場所を見続けた。破壊精霊の宿る水晶眼で。
 精霊は、何もないその場所を執拗に殴りつける。何度も、何度も。
 犯罪の痕を消そうとするかのように。
 だが、破壊精霊でそれをすることに意味はない。破壊精霊ウルトプライド。太古の魔神。強大な力しか持たないこの精霊は、破壊しか出来ない。破壊することしか。
 地面が幾重にも穿たれ、振動で霧が晴れた頃になってようやく、フリウは閉門式を唱えた。

24 名前:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc 投稿日:2006/03/04(土) 17:12:39 ID:ziBfPiff
 水晶眼ではない、何の力も持たない右目で、惨状を眺める。
 地面に刻まれた破壊痕は、墓標のように見えなくもない。
 小さく、うめく。
「そっか」
 呼気だけで放たれたそのうめきは、また視界を埋めつつあった霧の中に溶け込んだ。
 暫くしてから、フリウは虚ろを含んだ声音で言った。一線を越えた言葉を。
「同じことなら、壊しちゃえばいいんだ。全部」
 ゆっくりと、フリウは歩き出した。破壊痕を背に、何処へとも知れぬ場所へと歩を進める。
 足取りは軽い。雲の上を歩くかのように。あるいは薄氷の上か、谷間に張られた綱の上か。似たようなものだ。
 ヒビの入った右腕が痛みを訴えている。熱を伴った痛みが体を蝕んでいるのを無視して、フリウは喉を震わせた。
 口から滑り出る言葉は、なぜか自分のものではない、誰かの言葉のように感じられた。
「壊せばいい。こんなお遊びも。それに乗る人たちも」
 そして自分も。
 フリウ・ハリスコーは歩き出す。一線を越えた先を、真っ直ぐに。
 まずはあの女を壊そうと、そう考えながら。


     ○


(甘かった)
 パイフウは折れた片脚を引き摺りながら、少しでも距離を離そうと体を動かす。
 子供だから。他人だから。知り合いが死んでいたから。
 子供だから甘く見た。他人だから手加減した。知り合いが死んでいたから苦しまさずに殺してやろうと思った。
 背後から、雄叫びと爆音が響く。

25 名前:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc 投稿日:2006/03/04(土) 17:13:21 ID:ziBfPiff
 非力な子供なら殺すのは楽。
 見ず知らずの他人なら容赦する必要もない。
 知り合いが死んで哀しんでいる連中なら、その隙を突けばいい。
 だというのに――
(甘かった!)
 その代償としての負傷が、体を苛んでくる。痛み。熱。恐れ。
 気で治療すれば少しは楽になるだろうが、それが出来るような状況ではない。
(一人でも多く――殺さなければ、いけないのに)
 天然痘に冒されたエンポリウム・タウン。そして火乃香。
 他の全てを皆殺しにしてでも、守りたいと思うもの。
 連続する地響きと大気の振動に身体が共振し、折れた骨の痛みが増す。
 痛みは無視できる。それと同じように、感情を無視することも可能なはずだった。
 可能であるはずのことができない。なぜか。
(それは――)
 震動が収まった。そもそも何が起こっていたかも判らないが――恐らくは、あの少女。
 フリウと呼ばれていた少女の左眼に何かが隠されており、それが使われたのだろう。何かに。
 背を向けて逃げ出したあの時に、誰かが少女の背後に近寄っていたのは、知っていた。
 その誰かに使われたのだろう。少女の左目が。あの教会に居た『主』なる者と同じような感覚を受ける何かが。
(私は安堵してる。『あれ』が自分に使われなかったことを、安堵してる)
 『あれ』が何なのかは判らない。が、こちらの骨を三本も捻り折ってきた糸より、マシなものであるはずがない。
(――急ぐ必要がある)
 この霧では、距離を取ればそうそう見つけられたりはしないだろう。
 気配を探りながら、藻掻くように霧の中を進んでいく。
 先の見えない霧は、この状況に相応しい舞台装置だといえた。何があるか判らない。誰が死ぬかも判らない。
 もし――

26 名前:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc 投稿日:2006/03/04(土) 17:14:33 ID:ziBfPiff
(……ほのちゃんが、死んだら)
 それはありえない。あるはずがない。彼女が死ぬはずがない。
 それに、ディートリッヒとの取引の中には火乃香のことも入っている。火乃香が――考えたくないことだが――死んでしまったら、言うなりになっている必要はない。
 火乃香が死んでしまったら、自分が誰かを殺す必要はない――
「――え」
 気付いた。
 身体の違和感。理性と感情のずれ。その原因。
 火乃香の為に誰かを殺す。
 言い換えれば、その誰かが殺されるのは、火乃香の所為となる。
 間接的に、火乃香に殺人を背負わせることになるのだ。
(矛盾……だからこその迷いか)
 火乃香の為にすることで、彼女に罪を被せようとしている。
 それを拒否する思いがあったから、今、こうなっているのか。
「馬鹿な女ね、わたしは」
 自嘲して、荷物を置いてきてしまったことに気付く。
 武器といえばメス程度しか残っていなかったが、地図に名簿に時計、水に食糧。方位磁石に懐中電灯。
 そして――火乃香のカタナ。
 どれも入用なものだ。
 取りに戻ることは出来ない。もしフリウという少女に鉢合わせすれば、片脚の折れた身体でどれだけ抵抗できるか。
(進むしかないわね)
 進む。
 まずは当面の安全を確保し、傷を治療した後に、武器と物資を探す。可能ならば――反主催者で纏まっているようなグループに、無力を装って入り込む。そして頃合を見て、
「殺す」
 呟きが霧に流れる。
 それが実行できるかどうかについて、彼女は考えなかった。
 そんなことを考えても、楽しくない。

27 名前:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc 投稿日:2006/03/04(土) 17:15:24 ID:ziBfPiff
【C-2/平地/1日目・18:20】

【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052) 死亡】
【高里要(097) 死亡】

【フリウ・ハリスコー(013)】
[状態]: 右腕にヒビ。
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし 包帯
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mm・缶詰などの食糧)
[思考]: 全部壊す。
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。

[備考]:高里要の死体からやや離れたところに、無残な破壊痕が出来ています。
    破壊痕の近くにデイパックが落ちています。中身は
    支給品一式・パン12食分・水4000ml、メス 、火乃香のカタナです。

【C-3/商店街/1日目・18:20】
【パイフウ(023)】
[状態]:両腕・右脚骨折
[装備]:外套(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:なし
[思考]:1.傷の治療。2.火乃香を捜す 3.主催側の犬として殺戮を 
[備考]:外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
    さらに高速で運動したり、水や塵をかぶると迷彩に歪みが出来ます。

28 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/03/09(木) 04:02:32 ID:dXcBw/NO
保守

29 名前:紫煙―smoke―(1/2) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/03/12(日) 16:36:05 ID:H4kzZLgU
 島を覆い始めた霧の中、甲斐氷太はA-2にある喫茶店の前に立っていた。
(さて、今度こそ誰か隠れててくれねえもんかね)
 適当に周囲を探索して回り、しかし誰とも会わないまま、甲斐は今ここにいる。
 途中、争うような喧騒を耳にしてはいたが、甲斐は無視した。いかにもカプセルを
のませにくそうな参加者にわざわざ会いにいく気は、とりあえずない。逃げるために
遠ざかるつもりも、とりあえずないが。
 今のところ、甲斐の目的は、悪魔戦を楽しめそうな相手を見つけることだった。
 風見とその連れを殺したいとも思ってはいるが、再戦できるかどうかは運次第だ。
 故に、甲斐はただ黙々と探索を続けていたのだった。
(……ウィザードの代わりなんざ、いるわきゃねえけどな)
 カプセルは、のめば誰でも悪魔を召喚できるというようなクスリではない。
 悪魔を召喚する素質のない参加者にカプセルを与えても、悪魔戦は楽しめない。
 何が素質を決定している因子なのか、甲斐は明確には知らない。しかし、精神的に
不安定な者は悪魔を召喚できるようになりやすい、という傾向なら知っていた。
 戦えない者なら、この状況下で精神的に安定しているとは考えにくく、悪魔を召喚
できるようになる可能性が高い。また、そういう相手にならカプセルをのませやすい。
(弱え奴が隠れるとしたら、こんな感じの、中途半端な場所の方が好都合だろ)
 立地条件のいい場所には人が集まりやすい。誰にも会いたがっていない者ならば、
他の参加者が滞在したがりそうな場所を避けてもおかしくない。
 この辺りの市街地は、便利すぎず、かといって不便すぎることもない。
 大都会というほどではないものの、それなりに建物があって隠れ場所には困らず、
物資を調達しやすそうだ。しかし、島の端なので逃走経路が限られており、遮蔽物の
乏しい西には逃げにくい。強さか逃げ足に自信がある者なら、ここより南東の市街地に
向かいたがるだろう。この場所ならば、弱者が隠れていても不思議ではない。
 『ゲーム』の終盤から殺し合いに参加しようとする者や、休憩しにきた殺人者も、
ひょっとしたら隠れているかもしれないわけだが。
 カプセルを口に放り込み、甲斐は喫茶店の扉を開けた。

30 名前:紫煙―smoke―(2/2) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/03/12(日) 16:39:07 ID:H4kzZLgU
 結局、喫茶店には誰も隠れていなかった。
(面白くねえ)
 どうやら、現在A-2の市街地には他の参加者がいないらしい。
 甲斐は苛立たしげに舌打ちし、いったんここで小休止することにした。
(もう、いっそのこと……いや、それとも……)
 思案しながら甲斐は煙草を取り出し、口にくわえて、店のガスコンロで点火する。
 煙が吸い込まれ、吐き出される。
(あー、くそ、体のあちこちが痛え)
 喫煙の合間にカプセルを咀嚼する姿は、どうしようもなくジャンキーらしい。
 しばらくすると、東の方から盛大な破壊音が聞こえてきた。
 破壊音が近づいてこないと確認し、甲斐はそのまま煙草を吸い続けた。

【A-2/喫茶店/1日目・17:55頃】

【甲斐氷太】
[状態]:左肩から出血(銃弾がかすった傷あり)/腹に鈍痛/あちこちに打撲
    /肉体的に疲労/カプセルの効果でややハイ/自暴自棄/濡れ鼠
[装備]:カプセル(ポケットに十数錠)/煙草(1/2本・消費中)
[道具]:煙草(残り11本)/カプセル(大量)/支給品一式
[思考]:次に会ったら必ず風見とBBを殺す/とりあえずカプセルが尽きるか
    堕落(クラッシュ)するまで、目についた参加者と戦い続ける
[備考]:『物語』を聞いています。悪魔の制限に気づいています。
    現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。

31 名前:逢魔〜DarkestHour(1/4) ◆jxdE9Tp2Eo 投稿日:2006/03/13(月) 17:52:07 ID:RUF7eM0D
完全に日が沈んだ中、快適そうに伸びをする美姫、ついに彼女の時間が到来したのだ。
かぐわしき夜の香気を味わう彼女だが、何かを感じたのだろうか?
アシュラムを招きよせて何かを命ずる。
「以前から目をつけていた者に出会えそうじゃ…お前は宗介らをつれて控えておれ、よしと言うまでは
姿を出してはいかぬぞ…それから宗介よ」
美姫は宗介を呼び止めて囁く。
「これから私が出会う者の姿、しかと見ておくがよい」
「それはどういう…」
「わからぬか、そなたら2人生き残るには私をも踏み台にせねばならぬかもしれぬということよ
これから出会う者たちの力量を見ることは重要ではないのか?」
宗介はやや驚いた風に首を傾げたが、先にアシュラムが御意と呟くと宗介らを伴い…物陰へと潜んでいく、
そして…。

千絵を担いでマンションへと戻ろうとしている時、リナは異様な気配を感じた。
(この気配…)
それは吸血鬼だったころの千絵の気配と非常に似通っていた。
「さっそくビンゴってわけね」
にやりと笑うリナ、かなり強力な吸血鬼であることは予想できるが…
懐の十字架に触れる、こいつで脅せばいいだけだ。
まずはその顔を拝見しよう、リナは気配の元へと向かった。

(うわ…)
夜の公園でいざ対面し、雲の間からわずかに漏れる月明かりに照らされた美姫の顔を見て、
感嘆の言葉を漏らすリナ…これほど美しい女性は見たこともないし、これから見ることもないだろう。
それにこの溢れる気品は何だろうか?
(だめよ、正気を保たないと)
ぶんぶんと首を振って、気分を切り替えようとするリナを楽しそうに見やる美姫。
「伴侶については気の毒であったの、その後どうしておった」

32 名前:逢魔〜DarkestHour(2/4) ◆jxdE9Tp2Eo 投稿日:2006/03/13(月) 17:53:22 ID:RUF7eM0D
「どういたしまして…ガウリィだけじゃなくてゼロスもアメリアもゼルガディスも死んだわ」
「ほう、それは気の毒にの」
「はぁ!」
他人事な物言いに声を荒げるリナ。
「アメリアを殺したのはあんたの手下でしょうが!そうやって自分の部下使って生き残ろうとしてんでしょう!」
「わたしも死ぬのが怖いのでな…それともおまえは他の誰かが生き残ろうと思う意思を否定するのか?」
白々しく言い返す美姫、

「だが思い違いをしておる。私は誰一人直接手は下しておらぬ、
文句があるのならばその聖とかいう娘に言うがよい」
「責任を転嫁するの!」
「ほう?ならば問う、お前たちも戦う術は学んでいよう、その力で過ちを犯した場合
その責は誰が追わねばならぬ?力を行使した者であって、それを授けた者ではあるまい」
「それは…」
詭弁だが的を得ている、言い返せない。
「わたしは確かに一人の娘に悦びを与えた、だがその与えられたものをどう使うかは
あの娘個人の勝手じゃわたしは何も預かり知らぬ」

「じゃあアンタは何もやっちゃいないというの?」
「その通りじゃ、重ねて言うがわたしは何一つしておらぬ、まぁ午睡の最中銃を突きつけられたり、
 大上段に立ったぶしつけな交渉を持ちかけられたことはあったがの」
ぬけぬけと言い放つ美姫、普段のリナならば許しはしないところだが、
美姫の美しさと放たれるカリスマといってもいい雰囲気に圧倒されて二の句が告げない。
「じゃあ…話題を変えましょ、あたしも無用な争いはこの際避けたいの、だから…
アンタのこれまでの事に関して目を瞑る代わりに手を組まない?…元に戻して欲しい仲間がいるのよ」
「そうじゃな…」
リナの申し出に美姫の目が意地悪く光り、そして彼女はテーブルに素足を投げ出した。

33 名前:逢魔〜DarkestHour(3/4) ◆jxdE9Tp2Eo 投稿日:2006/03/13(月) 17:54:38 ID:RUF7eM0D
「ならば土下座せよ、それからその口でこの足に接吻せよ…そしてこう言うのだ
お美しい姫君よ、非才にして非礼な私の力では仲間を救うことができません、
どうかどうかあなた様のお力で私の仲間を救っていただけないでしょうか?
お願いいたします、との」
「アンタ何いってんの…」
リナの歯軋りの音が夜の庭園に響く。
周囲の空気が凍りつく、かなめが息を呑む、宗介すらも固唾を呑んだ。
「できぬのか?」
「ふざけんじゃないわよ!」
もう耐えられない、こちらとしては譲歩に譲歩に重ねてやったのだ、それを…付け上がるにも程がある。
幸い、こちらには切り札がある。
「この天才美少女魔道士、リナ=インバースが薄汚い化け物風情に膝を屈するわけないじゃないの!」

「本音が出おったわ」
予想していたかのように美姫がまた微笑み、リナはあわててその顔から視線をそらす。
「散々えらそうな口利いていても、アンタの弱点なんか、とうにお見通しなんだからね!」
その言葉と同時にリナは懐から手製の十字架を取り出し、美姫に突きつける。
「ぐっ…」
今度は美姫が後ずさる番だった。
「どう?ザコの分際でよくもへらず口叩いてくれたわね!何が土下座よ!足に接吻よ!ああん?
いい!顔だけは勘弁してあげるから、この十字架を心臓に押し当てられたくなければ
おとなしく従うことね!わかった!?…だからまずは髪の毛で隠してるほうの顔をみせ…」

「わ…わかった…それで」
リナの天地が逆転する。
「気は済んだかの?」
自分が背負い投げを食らったと気がついたのは、地面に叩きつけられてからだった。

34 名前:逢魔〜DarkestHour(4/4) ◆jxdE9Tp2Eo 投稿日:2006/03/13(月) 17:57:28 ID:RUF7eM0D
「そのような玩具が四千の齢を重ねた私に通じるはずがないであろう?
流水も大蒜も白銀も陽光すらもわたしには何の妨げにもならぬ」
多少のハッタリが入っているのだが、その言葉を聴いたリナの顔に明らかな狼狽が走る。
美姫はくぃとリナの顎を掴んでそして耳元で囁く。
「さて、手の内を晒しあったところでもう一度問おう…どうする?」
リナは無言でまた顔を逸らす。
「己もあの者たちと同じか?己を優位におかねば何も話せぬか?その上、一時の恥と友の命、天秤にすら掛けられぬか?」
一つ一つの言葉がリナに重くのしかかる。

「行くぞ、見込み違いもいいところじゃ…この者ならば」
(わたしを滅ぼすにふさわしき者の1人と思っておったのにの)
と誰にも聞こえぬように呟くと背中を向けた美姫の言葉にアシュラムが従い、
ついで物陰から宗介とかなめが姿を現す。
リナから遠ざかるその姿は隙だらけだ…反射的にリナは呪文を口ずさみ始める。
「黄昏よりも… 」
「ほう?大義もなしにわたしを討つか、ならばお前も所詮は大言を吐くだけの殺人者じゃの…私を討ちたくば
悠久の時を生きる吸血鬼を討つのならばそれにふさわしき礼を尽くせ…
さもないかぎりわたしはお前の望む土俵には決して上がらぬぞ」
心技体すべてにおいて打ちのめされたリナに呪文を唱える意思はのこっていなかった。

美姫が立ち去った後、へたりこむリナ…何も出来なかった。
「あたしは…アイツには勝てない…だって」
正確には違う…たしかに強大だが竜破斬か神滅斬を直撃させればおそらく物理的に倒すことは可能だろう…しかし。
リナの脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ、もちろんその姿も声も美姫のものとはまるで似つかない、だが
まぎれもなく…それは…。
「アイツ…姉ちゃんと…おんなじだ」

35 名前:逢魔〜DarkestHour(まとめ) ◆jxdE9Tp2Eo 投稿日:2006/03/13(月) 17:59:02 ID:RUF7eM0D
【D-6/公園/1日目/18:15】
【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識(姉の面影を重ねています)
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。まずはシャナ対応組と合流する。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

【D-6/公園/1日目/18:15】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:島を遊び歩いてみる。

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具]:冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る/現在の状況に迷いあり


36 名前:逢魔〜DarkestHour(まとめ) ◆jxdE9Tp2Eo 投稿日:2006/03/13(月) 18:01:02 ID:RUF7eM0D
【相良宗介】
[状態]:健康、ただし左腕喪失
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る、かなめを死守する
【千鳥かなめ】
[状態]:通常
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも

37 名前: ◆jxdE9Tp2Eo 投稿日:2006/03/13(月) 18:01:37 ID:RUF7eM0D
長らくお待たせしました、本投下しました。

38 名前:すべては凍え燃えゆく(1/15)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/03/16(木) 00:14:43 ID:e8c16w3j
 どこか応答がぎこちないクエロと、それを心配するクリーオウ、それに彼女らに話を聞きつつ歩幅を合わせるせつらは、結局城には程遠いD−4で放送を聴くこととなった。
 各自荷物を置いて紙と鉛筆を取り出し、そばにあった地上への階段に座って時を待つ。
 そして、声が響いた。
『──以上24名』
(悠二もサラも、死んじゃったんだ……)
 どう足掻いても覆せない事実に、クリーオウはただ震える身を抱きしめた。
 数時間前に会話した人間が、数十分前に身を挺して自分を逃がしてくれた人間が、ここでは容易く失われてしまう。
『──その調子で励んでくれたまえ』
 絶望に囚われていると、いつの間にか放送は終わっていた。結局ただ聴き流すだけで何もメモできなかった。
 死者の名に線を引くという行為でさえ、二番目の空目の名で止まってしまっていた。
「ごめんクエロ、メモしたものを見せ……」
 自分とは違い冷静に聞けていたであろう彼女に呼びかけ──その顔を見て、言葉を失う。
 彼女は泣いていた。
 感情が凍ったと形容できそうな、何かを押しとどめるように不自然なほど硬くなった表情で、両の目から涙をこぼしていた。
 左手に鉛筆を持ち、視線を名簿に落としたまま、無音で動作を止めている。
「…………ああ、ごめんなさい、呼んだ?」
 長い沈黙を挟んだ後、彼女は反応した。
 涙を拭い、どこか強ばっている笑みを浮かべたままこちらの方を向く。
「……クエロ、大丈夫?」
「ええ、ちょっとショックが大きかっただけ。……あなたも、聞き逃したの?」
「あ、うん」
「そう……せつら、悪いんだけど放送の内容を教えてくれない?」
「はい。まず死者は──」
 放送前と何ら変わらぬ態度で、せつらは淡々と放送を再現した。
 それを今度は聞き逃さぬよう、胸中で自身を叱咤し線を引いていく。
 最後に禁止エリアの場所と時間を書き込んで、鉛筆を置いた。
「……とにかく、早くピロテースと合流したいわね。彼女が得た情報と合わせて、今後何が出来るかを考えなければいけない」
 同じく書き終わったクエロが、紙と鉛筆をしまって立ち上がる。
 その表情は硬いままだったが、先程のような不自然さはもうなくなっていた。

39 名前:すべては凍え燃えゆく(2/15)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/03/16(木) 00:16:09 ID:e8c16w3j
「その前にやることがあるんですが、いいですか?」
 と、そこへせつらが声を掛けた。
「ピロテースのところへ行くよりも、先に?」
「はい。状況把握に時間がかからなければ、放送前に済ませたんですが。あ、クリーオウには先に行ってもらうけれど」
「え?」
 意外なことを言われ、クリーオウは思わず聞き返した。
 彼のその発言の意味を考えた後、問う。
「……わたしに見られたくない、ってこと?」
「見られたくないというより、見たくないものを見ることになるかもしれないから」
「見たくないものって、何? 確かにわたしはみんなより打たれ弱いと思うけど……仲間はずれになるのは嫌って、学校にいた時も言ったよ」
「……クリーオウ、サラとせつらが神社に行ったときの話を覚えてる?」
「神社の時って……あ」
 数時間前の会議のことを思い出し、クエロが何を言いたいのかを理解する。
 彼らは神社に行った時、そこで見つけた死体で“実験”をした。
 禁止エリアの正確な位置を確かめるために、そこに死体を放り込み、刻印を意図的に発動させたのだ。
 そして昼の会議で、地下でも死体が見つかれば、その実験を行うことが決まっていた。
「僕が最初に地底湖を調査したときには、あの墓はなかった。
いざというときの逃走経路に出来るかもしれないし、出来るときに早めに確認した方がいいでしょう」
 死体で禁止エリアを調べることは、会議中に不承不承ながらも同意したことだった。
 結局、墓を暴くことが許し難い行為だと思えてしまうのは、自分の感覚──様々な意味で弱い、足手まといの感情だけの問題なのだから。
「……わかった。でも、わたしもここに残る。
わたしだけ見たくないものから目を反らしていいのは、変だと思うから。いいよね、せつら?」
 その感情を振り切って、結論を出した。肉体的な問題以外で、弱さを理由に特別扱いされるのは嫌だった。
 クエロが意外そうな顔をして、せつらが困った風に頭を掻く。

40 名前:すべては凍え燃えゆく(3/15)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/03/16(木) 00:18:06 ID:e8c16w3j
「いや、確かに気遣いの意味もあったけど……先に城の地下に行って、ピロテースさんと連絡をとって欲しかったから」
 しかし肯定の言葉を待っていると、当人から意外な役目を求められた。
「それなら、私の方が適役じゃない? あなたよりは早くないけど、クリーオウにわざわざ走ってもらうよりはいいと思うわ」
「クエロさんにはもし禁止エリアが発動した場合、それを見てもらいたいので。
“咒式”というものの知識があれば、発動した状況から新たに何かがわかるかもしれない」
「ああ、そういうことね。過剰な期待はしないでもらえるとありがたいけど……クリーオウ、それでいいかしら?」
 すまなさそうな顔をして、クエロが了承を求める。
 確かにピロテースといち早く接触するのは重要なことだし、何もわからないのにただ実験を見ているよりは役に立つことが出来る。
「……うん。なら、先に行くね。ピロテースと一緒に待ってるから」
 覚悟が無駄になった感はあったが、これ以上わがままを言うのはやめておいた。
 懐中電灯を取り出してデイパックを背負い、一人細い通路へと歩き出す。
 一度振り向いて二人に目で別れを告げた後、その奥にある墓の方へも視線を向けた。
(あなたの思いは、無駄にはしないから。……でも、ごめんなさい)
 胸中で呟いた後、ふたたび薄闇へと足を踏み出した。


                        ○


「……それで、何? わざわざ嘘をついてまで、クリーオウに知られたくないことは?」
「あれ、気づいてましたか」
 クリーオウの気配が消えたのを確認してせつらが口を開こうとすると、相手に先手を打たれた。
 デイパックと懐中電灯を床に置き、クエロはやや不快そうな面持ちでこちらを見ていた。
 ──クリーオウに言った“禁止エリアを調べるため”に先に行って欲しいというのは、彼女と一対一で話すための嘘だった。
 そもそもその“実験”は、学校から地底湖へと移動した際に既に行っていた。
 クリーオウに言ったこととは異なり、その段階で既に墓があったので、ありがたく使ったのだ。
「地底湖でクリーオウを待っていたとき、議事録のことを思い出して見に行ったもの。……ひどいものね」
「地上の時とまったく同じ結果でした。逃亡ルートには使えそうにないですね」

41 名前:すべては凍え燃えゆく(4/15)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/03/16(木) 00:19:06 ID:e8c16w3j
 死体を操作して禁止エリアに踏み込ませたところ、午前と同じように刻印が発動し、死体は血をまき散らした。
 サラがいないため検分しても意味がなく、また埋葬し直す時間も惜しかったため、その死体は放置しておいた。
 ただ墓を掘り返したままにしておくのは何なので、死体が着ていた青いウィンドブレーカーのみを実験前に回収し、それを元の場所に軽く埋め直しておいた。
「もしあの墓がなければ、空目の死体でも同じ事をしたの?」
「ええ、まぁ」
 その後に軽く弔いはするが。
「……確かに必要なことだったとは思うわ。でも仲間の、それに死者の気持ちを平気で踏みにじるような真似は──」
「仲間を踏みにじったのは、あなたも同じだと思いますけど」
 話がずれそうなところで、やっと本題を言った。

「……なんですって?」
「ゼルガディスさんのことです」
 茫洋とした雰囲気を変えぬまま、せつらは即答する。
「……確かに不本意だけど、あの状況じゃ私に疑いがかかるのはしょうがないと思うわ。でも、根拠もなしに言いがかりをつけるのは──」
「根拠はこれです」
 そう言って、デイパックの中に入れておいた“根拠”を地面に放り投げた。
「これは……」
「薬莢です。ゼルガディスさんの死体の隣に落ちてました。あなたの支給品の弾丸のものですよね?」
 彼の死体は、島の最西端に位置する砂浜に打ち捨てられてあった。
 その岩の身体は胸部を境に輪切りにされ、腕も二の腕の半分から下が断たれていた。デイパックも背負われたまま真っ二つになっていた。
 すべての断面が完全に炭化しているところを見ると、高温の刃のようなもので胸部のラインを腕ごと一気に切り裂かれたらしい。
 そしてそのそばには、見覚えのある鈍色の弾丸が──弾頭部が存在せず、空になった薬莢だけになったものが落ちていた。
「これがあったと言うことは、あの場で“魔杖剣”が使われたことになります。
でもあなたは、使う機会もなくただその場から逃げたと言いました。実際に防御障壁を発生させたのなら、隠す必要はないのに」
「……」
「この弾丸を、誰が、何に、何のために使ったのか。そしてなぜ使われたことを隠したのか。それを聞かせてくれませんか?」

42 名前:すべては凍え燃えゆく(5/15)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/03/16(木) 00:20:46 ID:e8c16w3j
 空目とサラが死んだ襲撃については、クリーオウがいたため嘘はつけないし、状況からして作為的に事態を悪化させる機会もなかっただろう。
 だがゼルガディスの件は彼女しか生存者がおらず、さらに一つ減った弾丸などの不自然な点もあった。
 そこに空薬莢という物的証拠が加われば、疑いは確信となる。
(本当は合流してからのつもりだったけれど……)
 城に到着して会議を終えた後に、ピロテースと共に彼女の真意を問う予定だった。
 だが再会した直後の彼女の様子や、放送での動揺の仕方──空目の名前ではなく、その次に呼ばれた“敵”と言った男の名に反応したことが気にかかった。
 動揺した原因は、彼女と口論していたあの青年が言った“復讐”という言葉にあてはめれば想像は出来る。
 問題はその反応自体──激情と言うほかない強い感情を無理矢理抑え込んで、今にも爆発しそうな状態になったことだった。
 その激情も今はまったく感じられないが、逆にいつ爆発してもおかしくないと考えられた。ゆえに、早めに対処することに決めた。
「……わかったわ」
 しばしの沈黙の後、クエロは応答した。
 そして、
「私が、ゼルガディスに、彼を殺すために使った。隠した理由は言わなくてもいいわよね?」
 かなりあっさりと、すべてを認めた。

「……それじゃあ代わりに、理由を聞いてもいいですか?」
「疑われすぎて邪魔になったから。これで満足?」
「うーん、まぁ」
 左手を魔杖剣を差した腰に当て、右手でナイフを弄びながら彼女は笑みを見せている。
 粘り強く反論してくるか有無を言わさず攻撃してくると思っていたのだが、随分と余裕があるようだ。
「でもあれは、お互いに運が悪かっただけよ? あんな事がなければ二人仲良く帰ってくるつもりだったもの」
「その後は?」
「どうせあいつの疑念は晴れないだろうし、やっぱり隙を見て殺したでしょうね」
 肩をすくめてクエロは答えた。
 その言動は、数時間前にまさにその男のことで号泣していた人間のものとは到底思えない。


43 名前:すべては凍え燃えゆく(6/15)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/03/16(木) 00:23:37 ID:e8c16w3j
「それで、私をどうするつもり?」
「僕の要求を飲んでくれれば、特にどうもしません」
「あら、ずいぶんと甘いのね?」
「あなたは保身のための殺人はしても、基本的には大人しく一つの団体の中に留まっていますし。結局、脱出さえ出来ればその行程はどうでもいいんじゃないですか?」
「……ええ、そうよ」
 彼女への信用が、心情的な問題ではなく完全に利害によるものに変わるものの、警戒を強める以外はその対応に変わりはない。
「同盟の仲間と彼らに敵意を持たない人に対して危害を加えず、さらに脱出のために真面目に動いてくれること。
この二つを約束してくれるのなら今までと変わりなく協力出来ますし、僕もあなたの諸々の嘘に関して誰にも言いません」
「それだけ?」
「あ、僕の仕事の邪魔をしない、というのも追加で」
「……」
 弾丸を渡してもらうという条件もつけたかったが、下手に取り上げるとかえって危険だろう。
「……もしゼルガディスの知り合いと出会って、さらに私が彼を殺したことがばれてしまったら?」
「許してもらうのが一番でしょうけど、だめなら敵討ちされてください」
「……あなたなかなか香ばしい性格してるわね。……要求を呑まない、と言ったら?」
「強硬手段で」
「そんな眠そうな声で言われても、脅しにならないわよ?」
「はあ」
「……サラといいあなたといい、何で私はこうずれた人間に振り回されるのかしら」
 反応に少し困ると、クエロは半眼になって溜め息をついた。
 そして呆れたような口調で、続ける。
「条件は確かにいいけれど、問題はあなた自身。こんな状況の中でそんな態度を取れる──すべてを悠然と構えて受け止められる人間を、私は信用できない。
どうせ私の件も、隙を見てピロテースにあっさり話すつもりでしょう?」
「さて」
 ばれた。
「そこは力強く弁解すべきところでしょうに。……まぁいいわ。こちらの答えは、最初から決まっているもの」
「どっちに?」
「言うまでもないでしょう?」
 挑発するように彼女は言った。
 冷たく鋭い黒瞳をこちらに向け、肉食獣を思わせる笑みを浮かべている。
「そうですか」
 それにもせつらは短く答え、右に下げていたワイヤーを走らせた。

44 名前:すべては凍え燃えゆく(7/15)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/03/16(木) 00:25:08 ID:e8c16w3j

 クエロが短剣を抜き放ち、その引き金に指を掛ける前に、せつらはワイヤーをしならせつつ大きく右に跳んでいた。
 ゼルガディスの死体から類推した本当の魔杖剣の力──高温の刃を伸ばす、もしくは飛ばせる能力を警戒しただめだった。
 腕とデイパックごと胴体を切断する術は強力だが、その内容を知られているために、対策を打たれることを彼女は危惧しているはずだ。
 それゆえに彼女が一番に狙ってくるのは──戦闘開始直後、防御の布石を打たれる前に速攻で倒すという手だろう。
(さて、この後は──あれ?)
 彼女は身を伏せて首を狙った一閃を回避し──同時に持っていた短剣から、あっさりと手を放した。
 そして右手のナイフを逆手に持ち替え、低い体勢のままこちらに向かって疾駆する。
「そんなに撃って欲しかった?」
 地面に落ちた短剣を前方に蹴り跳ばし、悪戯めいた微笑を浮かべてクエロが言った。その余裕の色しかない笑みを見て、疑問が増す。
 ワイヤーを避けられたことはまだいい。
 質がいいとはいえ、やはり妖糸と比べると鈍く、太すぎ、重すぎるため、技術に追いついていない。それに、これも制限なのか“私”が出てこない。
 それでも見切るだけの技量があるということは、彼女が言った“あまり戦えない”というのは大嘘になるが。
 問題はわざわざ魔杖剣を放ったことだ。
 不要とばかりに引き金を引きもしないで捨てるのは、その使える術の威力からして不自然すぎる。
「せかさなくても、ちゃんとあなたも彼と同じ目に遭わせてあげるわよ?」
 新たに閃いたワイヤーに髪を数房持っていかれながらも、彼女は軽い口調で言葉を投げかける。
 その発言の意図がわからぬまま、せつらは鋼線を走らせる。狭い洞窟内に張られていくそれは、彼女の薄褐色の肌に数本の朱線を刻んだ。
 しかし痛みに顔をしかめることもなく、クエロは右に跳躍。足を狙った一閃が、革靴の一部をそぎ落とす。
 着地点にも既に張られていた別の線も、空中で身体を捻って回避。数センチずれた場所に受け身を取り、即座に立ち上がり疾走を再開する。

45 名前:すべては凍え燃えゆく(8/15)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/03/16(木) 00:26:37 ID:e8c16w3j
(接近戦を狙っている? 効果が予想されているとはいえ、リーチの大きい術を使った方が楽なのに)
 クエロの現在の武器は、ナイフと自身の肉体のみ。全方位をカバー出来るこちらに比べると、ひどく頼りない。
 彼女に十分な戦闘能力があるとしても、時間が経過すればするほど空間ごと“糸”に絡め取られてしまう。
 だが彼女は、まるで時間稼ぎをするかのようにワイヤーを避け続けている。
(あの短剣が手元にあれば、術の準備時間を稼ぐためとも考えられるけれど……)
 ワイヤーを動かす指は休めずに、しかし頭の隅で疑問を浮かべ続ける。
 この状況を打開できるのはあの術しかないはずなのに、それを彼女は戦闘開始直後にいきなり捨てた。
 もし効果を知られたくらいで使えなくなる術だとしても、持っているだけではったりとして十分機能するはずだ。
 それに短剣自体としても、少なくともただのナイフよりは使い道がある──
「……」
 そこまで考えてふと思いつき、新たに鋼線を手繰る。クエロの右手──ナイフを握っている手首に狙いを定め、引く。
 すると彼女は大きく身体を捩ってその死線を避け──しかし代わりに左肩が別の線に当たり、その肉の一部が宙に飛んだ。
(……本当に?)
 今までと比べるとやや大振りな動きと、その表情にわずかに浮かんだ焦燥を見て、単なる思いつきが半信半疑程度になる。
 ……彼女がゼルガディスを何らかの特殊能力で殺害したことと、魔杖剣を何らかの目的で使ったこと。
 これらは同一だと状況から自然に考えていたが、もしそれが違ったら。
 あの場にあった他の道具──たとえば、先程からずっと手放していないナイフの方にその効果があったとしたら。
 あのナイフはクリーオウの支給品だが、彼女がクエロと出会った直後にそちらの方へと手渡されたらしく、以後はずっとクエロが所持している。
 彼女の言い分も見た目自体もただのナイフだが、戦力確認の際も軽く流されて、誰もそれを実際には確認していない。
 そして学校に戻ってきた際には彼女の手元から消えており、サラが調査する機会もなかった。


46 名前:すべては凍え燃えゆく(9/15)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/03/16(木) 00:27:48 ID:e8c16w3j
(魔杖剣で殺したとあっさり認めたことや、それを躊躇無く捨てたことは、こちらの注意を完全に魔杖剣に惹きつけるため。
砂浜に落ちていた弾丸の用途は本当に防御障壁で、それで何らかの攻撃を防いだ後に、ナイフを媒体にして術を使ったと考えれば──。
でも、それならやっぱり弾丸を使ったことについて隠す必要はないし、魔杖剣は捨てずにそのままナイフを使った方が意表をつける。
そもそもそれを言うなら、今は使えないらしい“咒式”とやらも本当は使えて、それで不意を討ったとも考えられる)
 つく必要のない嘘と、する必要のない行動が重なり合い、疑い出すときりがない。
 先程の焦燥でさえ、彼女の今までの行動からすれば造作もなく演技出来るだろう。
 どれが本当でどれが嘘か。もしくはすべて嘘なのか。
 そんなことを気にせずに彼女をさっさと始末するのが一番の解決策だが、疑念を抱いてしまったせいで思い切った行動に移れない。
「このナイフが気になるの?」
 と。
 その疑念を読み取ったのか、クエロが蔑むような口調で問いかけてきた。
「そんなに気になるのなら──」
 声と同時に彼女の足が何かを蹴り放った。白い光を伴い、高速でこちらに飛んでくる。
 それが地面に放置されていた彼女の懐中電灯だと気づく前に指が動き、捕縛する。
「あげるわ!」
 視界を覆った光が邪魔をし、一瞬彼女の位置を捕捉出来なくなる。
 鋼線の圧力で軋んだ塊を地面に叩きつけ、濃さを増した闇の中でふたたび人影を視認したときには、また何かが飛んで来ていた。──ナイフ。
 懐中電灯のように絡め取るのは容易だ。だが、思考の隅の疑念がそれを許さない。
 一瞬の逡巡の後、せつらは天井へと伸びる鋼線の一つを引いた。
 刹那黒衣が宙に舞い、滑空する。行き先は地上へ伸びる階段の、出口に当たる上蓋の取っ手。
 そしてその下を、ちっぽけな刃が通り過ぎた。
 今まで細心の注意を払っていたそれは、何の現象も起こさぬまま、背後にあった禁止エリアの中へと消えて、小さな水音を立てた。
 警戒が無駄に終わった事に対し、少しの安堵と徒労感を覚えつつ、地上へと帰るために別のワイヤーを引く。
 しかし大地へと滑る間に、また声が聞こえた。
「いい線行ってるけど、もっと根本的なところから見直さないとダメよ? ──ねえ、クリーオウ?」


47 名前:すべては凍え燃えゆく(10/15)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/03/16(木) 00:30:01 ID:e8c16w3j
(────まさか?)
 呼ばれるはずのない人名に、新たな疑念とそれを即座に否定する思考が拮抗する。
 ……彼女はゲーム開始当初にクエロに出会い、行動を共にしたと言った。ゼルガディスと出会ったときには既に二人一緒だった。
 その事実とクエロの演技力が彼女にもあると考えれば、確かにありえないことではない。
 だが。
(……違う)
 疑念を振り切り、地に足をつけた。
 具体的な根拠は、肯定の側と否定の側のどちらにもない。ゆえにこの状況で一番信じられるもの──己の実力をせつらは信じた。
 人の気配がクエロ以外に感じられないことと、それに人捜し屋としての人を見る目を。
「まぁ、そこまで馬鹿ではないわよね。別にいいけど」
 つまらなそうな呟きと共に、クエロが肉薄する。逡巡と降下の間に、かなりの距離を稼がれていた。
 背広を血と汗で濡らし、肌には無数の創傷と擦過傷が刻まれているものの、まだ限界には見えない。かなりタフらしい。
「十分、時間は稼げたしね?」
 朱唇をつり上げ、クエロは嗤った。
 その左手には──捨てたはずの、魔杖剣が。
(いつの間に?)
 疑問とほぼ同時に答えは出た。──あの懐中電灯の時だ。
 懐中電灯の光とそれ自体の処理で行動を阻害して、前方に蹴っておいた短剣を回収。ナイフと嘘で気をそらしつつ左手を死角に持って行ったらしい。
(なら、今までのはすべて──)
 彼我の距離を一気に縮めようとするクエロに対し鋼線を放つも、彼女は短剣でそれを受け止め、反らす。火花が散るほどの速度だが、刃は欠けない。
 ──すべてはこちらに接近するためのフェイク。遠距離攻撃だと思っていたのが、そもそもの間違いだったらしい。
 一度捨てることによって気を反らし、さらにふたたび回収して術を準備するまでの時間を、その捨てたことから発する疑念を増幅させることによって稼がれた。


48 名前:すべては凍え燃えゆく(11/15)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/03/16(木) 00:32:02 ID:e8c16w3j
「さよなら」
 クエロの言葉とほぼ同時に、せつらはふたたび宙を舞った。
 行き先は同じく階段の上蓋。もちろんそれだけではすぐに追いつかれる。ゆえに真上に到着する前に、もう一本別のワイヤーを操作する。
 両手の中指を引いた瞬間、辺りが完全な闇に包まれた。
 最後に残った光源──クエロの背後に放置してあった、自身の支給品の懐中電灯をワイヤーで破壊したためだ。
 この地下には明かりが一切無い。元から闇に目が慣れているものでなければ、支給品の懐中電灯に頼るしかない。
 そしてどんなに夜目が利くものであろうと、いきなり照明を落とされれば判断は遅れる。
「っ!」
 彼女の舌打ちの音と地を駆ける音を耳に入れつつ、ワイヤーを手繰る。
 真上に到着。すぐに闇に慣れた目でクエロの姿を視認する。一足遅れて階段に到着するところだった。
 元から夜目には自信があった。懐中電灯をわざわざ出したのも自分のためではなく、他の参加者に出会ったときに警戒心を抱かせないためだった。
 彼女が上蓋の真下に短剣を向け、その指が引き金を引くのも確認。
 その瞬間、刀身の先端にネオンを思わせる紫光が灯り、取っ手に掴まったままのせつらを照らし出した。
(電撃……いや、プラズマ?)
 その色と光、それにゼルガディスの死体の状況から推測する。今更わかったところで、防御できるものではないが。
 回避するも道は少ない。飛び道具ではなかったが、人体とデイパックを貫く程度のリーチがあることは確実だ。
 右か左か、それとも真上に留まるか。もしくは──。
 術が展開するまでの、一呼吸の時間。
 その瞬間の半分を思考に費やした後、せつらは自身の全体重を支えるワイヤーから、己の指を抜き放った。
 身体が支えを失い、土の上へと自由落下していく。これなら切断のラインに被ることはない。
 そして正面に向けられたままの刃の先端を高速で見送った刹那、
(な──)
 上でも下で右でも左でもなく、真正面に。
 刃ではなく、網のように。
 視界全体に紫電の壁が発現し、せつらの身体を灼いた。


                           ○





49 名前:すべては凍え燃えゆく(12/15)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/03/16(木) 00:33:55 ID:e8c16w3j

 神経が比喩でなく本当に焼き切れそうになる感覚に、クエロは片膝をついて耐えた。
 午前とは違いゼルガディスの魔法は喰らっておらず、十分な睡眠も取ったものの、それでも平常の数倍はある脳への負担はやはりきつい。
 さらに余裕と焦燥の演技を切り替えつつ咒式を紡ぎ、なおかつ高速で走るワイヤーを避けるという作業は吐き気さえ伴う疲労となって、肉体を苛んでいる。
(予想はしていたけど、つらい状況ね……)
 地面に落ちている二つの薬莢を拾い、湖のある方へと投げ捨てつつ思う。
 回収する暇がなかった薬莢のことには気づいていたし、それをせつらが見つける可能性もわかっていた。そのために地底湖でクリーオウを待つ間に咒弾も装填しておいた。
 ……ゼルガディスに〈電乖天極光輪嶄(アリ・オクス)〉を使用してわかった、現在の咒式の問題点は二つ。
 演算能力の低下と、発動後の遅延だ。
 第七階位の咒式とはいえ、発動までに三十秒以上もかかるのは自分としては遅すぎる。
 ただ咒式を紡ぐという行為は、魔杖剣の柄に手を掛ける以外の目立った行動を伴わないため、剣そのものかそれを持つ腕を狙われない限りは阻害されにくい。
 問題は後者だ。
 意図的に発現させた状態で止めることはあるものの、本来は引き金を引けば光速で対象に向かうのが電磁系咒式だ。
 それなのにここでは、ゼルガディスが刃に灯った紫光に反応して、剣を正面に構えるという行動が出来る程の遅延が発生していた。
 使う咒式の効果を知られている相手に対しては、必殺になりえない可能性が出てきたのだ。
 本来ならまだしも、現在は第七階位を一度撃っただけで脳にかなりの支障が出る。避けられるか防がれるかすれば敗北は必至だ。
(本当に、制限さえなければもっと楽にいけたんだけど)
 ある程度闇に慣れた目で、正面にあるせつらの死体を見る。
 高熱に晒された身体の全体が、黒く炭化して蒸気を上げていた。人体を根こそぎ灼いた臭いが、嗅覚を刺激し続けている。
 彼の持っていたワイヤーも、同じく炭化し焼き切れて落ちていた。彼の死体から遠い部分は被害を受けていないが、その丈はあまりなく、もう使い物にならないだろう。


50 名前:すべては凍え燃えゆく(13/15)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/03/16(木) 00:35:17 ID:e8c16w3j
 ──電磁電波系第七階位〈雷環反鏡絶極帝陣(アッシ・モデス)〉。
 超高密度のプラズマを鏡状態にした複数の超磁場で閉じこめた壁を、限定空間内に発生させる咒式。
 本来の目的は物理防御だが、その障壁に直に触れれば、当然尋常ではない熱量にすべてを灼き消されることになる。
 すべてはこの咒式を使うために、彼に接近するためのフェイク。
 そして、彼に“ゼルガディスを殺した効果”──〈電乖天極光輪嶄〉を使わせると思わせるためのフェイクでもある。
 一度別のものに思考を誘導させることによって、効果が知られている能力を是が非でも使いたいと確信させる。
 それにより昼に言ってあった障壁という使い道を完全に嘘と思い込ませ、攻性に使われる可能性を無視させる。
 “線”ではない“面”の攻撃に、対応できなくしたのだ。
(……また言い訳を考えないといけなくなったわね)
 彼を殺しただけではゲームは終わらない。奴らを倒すか満足させるかしなければ、元の世界に変えることは出来ない。
 そしてそのためには、人数が大幅に減ったとはいえあの同盟の人材と人脈を利用する必要がある。
 たとえそれが、自分の一番の目的に支障が出るとしても。
 このくだらないゲームから脱出するためには、必要なことだ。
 でも。
「こんなくだらないことでっ……!」
 放送を聞いてからずっと抑え続けてきた激情が溢れ、拳を地面に打ち付けた。
 ……臨也に会ってから懸念していたことは杞憂に終わることなく、至極あっさりと放送で告げられた。
 008 ガユス、と。
 元同僚であり、元恋人であり、すべてを奪い、裏切った人間。
 まだ死者の無念は晴らされていないというのに、彼は呼ばれた。
 まだ自分の苦痛はおさまっていないというのに、彼は殺された。
 彼がこんなところで死んでいい理由など何一つないというのに、奪われた。
「殺し合いゲーム? 心の証明? そんなことのために私の想いは──私の憎悪は無駄になったと言うの!? ふざけないで!」
 ただ虚空に向けて叫ぶ。
 握った拳の爪が皮膚を破り、生暖かい血液が指の合間から流れ落ちた。


51 名前:すべては凍え燃えゆく(14/15)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/03/16(木) 00:36:32 ID:e8c16w3j
 行き場がなくなった憎悪が、対象を変えて増幅していく。
 愚かな問いかけを持ちかける精霊とやらに対して。その友と言い彼に協力する刻印の制作者に対して。
 何らかの形で監視し今も嘲っているであろう管理者達に。ガユスを殺した張本人であろう臨也に。本来の復讐の一端であるギギナに。そしてこの世界そのものに。
「…………」
 感情を外に出し切り、肩で息を整える。その息遣いの音がやけに滑稽に聞こえ、歯噛みした。
 ここでどんなに足掻いても、すべての根源である主催者達には何の害も及ぼせない。
 いつもと違い、物語の外側に〈処刑人〉として配置されたわけではないのだ。ただの無力な紡ぎ手としてここにいる。
「……なら」
 だんだんと熱が冷め、落ち着きが戻ってくる。
 未だ内に燻る炎はそのままに、思考だけを冷たく走らせる。
 そして完全に冴えた頭で答えを導き出すと、それが狂気に近いことを自覚しつつ、口に出した。
「……それなら、乗ってあげる。このゲームにも、証明とやらにも。
もちろん無謀なことをするつもりはない。休息を取って情報収集した後に、ね。
でもそれは〈処刑人〉としてではなく、ただの復讐者として。
何かを取り戻すためではなく、すべてを奪うために。誰かのためではなく、ただ私だけのために」
 呪詛のように強く、続ける。
「ただ憎悪だけをもってこのゲームを終わらせ、その感情の強さで心の存在を証明してあげる。
──そしてすべて終わった後に、〈処刑人〉としてあなた達を殺すわ。たとえ文字通り住む世界が違おうとも、どれだけ時間がかかろうとも、必ず」
 姿の見えない俯瞰している者達に対し、憎悪をこめた低い声で呼びかける。
 ただの自己完結した宣言ではなく、約束を取り交わすように。ただの脅迫ではなく、死そのものを契約させるように。
「あなた達はただそこで見ていればいい。欲しいものがあるならいくらでもあげる。
でも私の想いだけは、この憎しみだけは失わせない! たとえまた奪われたとしても、何度でも滾らせて叩きつけてやる!」
 叫んだ声が反響し、それが完全に消えるまで、クエロはずっと虚空の闇を睨み続けた。
 そして辺りに静寂が戻ると立ち上がり、荷物を回収した後にゆっくりと、城への道を歩き出した。
 後にはただ、闇を焦がす熱だけが残った。


52 名前:すべては凍え燃えゆく(15/15)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/03/16(木) 00:37:26 ID:e8c16w3j

【107 秋せつら 死亡】
【残り 54人】


【E-4/地下通路/1日目・18:10頃】
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:右腕に火傷。
[装備]:強臓式拳銃『魔弾の射手』
[道具]:デイパック(支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン4食分・水1000ml)
    缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]:ピロテースと合流するために城の地下へ。
    みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい
[備考]:アマワと神野の存在を知る

【D-4/地下通路入口/1日目・18:30頃】
【クエロ・ラディーン】
[状態]:相当な肉体的疲労(いつ気絶してもおかしくないレベル)。
    咒式は一度休息しないと使えそうにない。
    全身に切り傷と擦り傷多数。背広が血で汚れ、切り刻まれている。
[装備]:魔杖短剣〈贖罪者マグナス〉(高位咒式弾×1装填済)
[道具]:デイパック(懐中電灯除く支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン6食分・水2000ml)、
    “無名の庵”での情報が書かれた紙
[思考]:ひとまずピロテース達と合流。
    休息・情報収集後、機を見てゲームに乗る。
    ギギナと臨也は楽には殺さない。憎悪をもって心の証明を。
[備考]:アマワと神野の存在を知る

※景の死体がD-3に移動され、刻印が発動しました(時間は15:30〜16:00の間)。ウィンドブレーカーのみが風見の作った墓の下に。
※ゼルガディス殺害時&せつら殺害時に使用した弾丸の空薬莢二つがD-3地底湖に投げ捨てられました。ナイフも同じく沈んでいます。
※ブギーポップのワイヤーがD-4に放置されています。但し大半が炭化し焼き切れて使い物にならない状態。
 せつらのデイパック(懐中電灯除く支給品一式、地下ルートが書かれた地図・パン5食分・水1700ml)も同じくD-4に。

53 名前:虚偽を頭に笑みを浮かべよ(1/8) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/03/16(木) 17:35:58 ID:uTw1l65z
 九連内朱巳は思考する。
 今ここで裏切りたくなるような利点が相手にないということ、それを彼女は信じる。
 ついさっき会ったばかりの相手の、あるかどうか判らない良心を信じるつもりなど、
彼女にはない。
 朱巳は視線を巡らせる。
 神社で休憩していた三人には、なんとなく悪人ではないような印象があった。
 善人を演じているのかもしれない。本物の善人なのかもしれない。善人を演じている
なら、故意にそうしているのかもしれないし、無自覚にそうしているのかもしれない。
 三人の間には信頼関係があるように見える。お互いの裏切りを少しも疑っていない
ような雰囲気がある。もしも演じているのだとすれば、かなりの演技力だ。
 短時間での見極めは不可能だと結論し、朱巳は判断を保留した。
 とりあえず、今はまだ三人とも危険そうには見えない。それだけ判れば充分だった。
 朱巳に利用価値がある限り、この三人は朱巳の敵にはならない。
 無論、利害が一致しなくなれば、すぐに敵同士へと逆戻りだが。
 朱巳は視線を連れに向ける。
 ヒースロゥ・クリストフは“罪なき者”を守らずにはいられない。演じているのでは
なく彼は本当にそういう性分をしている、と朱巳は推測する。
 朱巳が“罪なき者”であり続ける限り、ヒースロゥは朱巳を守ろうとするだろう。
 ひょっとすると朱巳が足手まといになってヒースロゥは死ぬかもしれないわけだが、
朱巳の助言がなければ彼は休憩しないで他の参加者を探し回っていたかもしれないし、
その結果、万全とは言い難い状態で誰かと戦って殺されていたかもしれない。
 対等かどうかはともかく、持ちつ持たれつの関係ではある。
 ヒースロゥの言動からは、義理堅い性格が垣間見えていた。
 恩を売っておけば、きっと彼は恩返しをしてくれるだろう。

54 名前:虚偽を頭に笑みを浮かべよ(2/8) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/03/16(木) 17:36:48 ID:uTw1l65z
 ヒースロゥに「ここは任せて」と言い、朱巳は三人に向かって話す。
「こっちがそっちに投降したわけだから、まずはこっちの情報から教える。あたしの
 名前は、九連内朱巳。こいつがヒースロゥ・クリストフだってのは、さっき本人が
 言ってた通り」
 既に主導権を握られているのだから、まずは従順な態度を見せて油断させておこう、
という作戦だった。
 三人も、それぞれ自分の名前を告げた。それを記憶し、朱巳は語り始める。
「あたしが送られた場所は海岸沿いの崖だった。座標で言うなら――」
 嘘は必要なときに必要なだけつくべきだ。故に、朱巳は必要以上の嘘をつかない。
 話し始めてすぐに、ヘイズが何かをメモに書いて朱巳に渡した。
『そのまま続けてくれ。だが、話の内容には気をつけろ。呪いの刻印には盗聴機能が
 ある。反応はするな。筆談してるとバレちまう。「奴らに聞かれると困ること」が
 書いてあるメモを渡すから、読んでみてくれ』
 平然と話しながら朱巳は頷き、そのメモをヒースロゥに渡す。彼は目を見開いたが、
すぐに落ち着いた様子で首肯してみせた。
 屍刑四郎に同行してヒースロゥと会ったところまで朱巳は語り、ヒースロゥに視線で
合図する。今度は彼が、朱巳や屍と遭遇する以前の出来事を語り始めた。
 その間に朱巳は渡されていたメモを熟読し、返事を書く。
『刻印に盗聴機能があっても、それ以外に監視手段がないという証拠にはならない。
 すごい技術で作られた豆粒くらいの監視装置があちこちに仕掛けられてたりするかも
 しれないし、すごい魔法か何かで常に見張られているのかもしれない。考えすぎかも
 しれないから筆談は続けるけど、「筆談すれば大丈夫だ」なんて思わない方がいい』
 朱巳からメモを受け取った三人は、それぞれ苦い顔をした。
 参加者たちは全員、無理矢理『ゲーム』に参加させられて、“主催者の気が変われば
今すぐ即死させられても不思議ではない”という状態にまで追い詰められている。
 この島に連れてこられている時点で、既に一度、主催者側に完敗したも同然だ。
 ちょっとやそっとで主催者側を出し抜けるはずがないし、そう簡単に『ゲーム』から
脱出できるはずもない。

55 名前:虚偽を頭に笑みを浮かべよ(3/8) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/03/16(木) 17:38:05 ID:uTw1l65z
 さらに朱巳はメモを渡す。
『奴らは「プレイヤー間でのやりとりに反則はない」なんて言うような連中だから、
 この筆談がバレても今すぐどうにかされる危険性は低いはず。本当に危なくなるのは
 あんたたちが刻印を解除できるようになってからでしょうね。残念ながら、あたしも
 ヒースロゥも刻印解除の手掛かりになるような情報は知らないから、まだ先の話よ』
 手掛かりを知らない程度のことで朱巳たちを見限れるほどの余裕など、今の三人には
ない。ここは正直に手札を晒すべきところだ、と朱巳は状況を分析する。
「ずいぶん冷静なんだね」
「慌てるだけで事態が好転するなら、いくらでも慌ててみせるよ」
 火乃香が言い、朱巳が応じる。
『誰がどんな切り札を隠していたとしても、今さら驚いたりしない』
 言い添えるように差し出されたメモを読み、火乃香は興味深げに朱巳を観察した。
「A-3で、紫色の服を着た男に戦いを挑まれた。そいつはフォルテッシモと――」
「あいつに会ったのか?」
 ヒースロゥの説明をヘイズが遮った。五者五様に皆が驚く。
「空間を裂いて攻撃してくる野郎だろ? だったら間違いない」
「知っているのか!?」
 反射的に尋ねたヒースロゥに、感情を抑えた声音でヘイズは語る。
「海洋遊園地で戦った。あいつに仲間が一人殺されたよ。必死で両足に傷を負わせて、
 さっさと退散しようとしたら、あいつを残してきた方から別の襲撃者が現れた」
「な……では、フォルテッシモは――」
「さぁな。生きてるのか死んでるのかオレは知らねぇが、どうせもうすぐ放送で判る」
 一瞬、皆が口を閉ざす。ただし、それぞれ沈黙の意味は違う。
「本当なの?」
「ああ、歯車様に誓って嘘じゃない」
「もしも嘘だったとしたら、嘘でした、なんて正直に答えるはずねぇだろうけどな」
「本当だよ」
 朱巳の問いにコミクロンが答え、ヘイズと火乃香が続く。
 ヒースロゥと朱巳は「……歯車様?」と異口同音につぶやきつつ、困惑している。
「ま、それはさておき、続きを話してくれるか」
 ヘイズの言葉に、呆然とした表情でヒースロゥは頷いた。

56 名前:虚偽を頭に笑みを浮かべよ(4/8) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/03/16(木) 17:38:47 ID:uTw1l65z
 朱巳や屍と会ったところまでヒースロゥが語り終え、再び朱巳が語り手になる。
「ヒースロゥの探してる十字架っていうのは――」
 朱巳は要点だけを手短にまとめて話していく。
「で、あたしたちが休憩してたら、そこへ無駄に整った顔立ちの剣士が現れたわけよ。
 屍の支給品だった椅子がその剣士の宝物だったらしくて、なんか勝手に誤解した末に
 問答無用で襲いかかってきたんだけど、あたしが説得してどうにか丸くおさめた。
 最終的には椅子を持って嬉しそうに去っていったわ、その剣士。名前は、ええと……
 ギギナ・ジャーなんとかっていう感じで、とにかくやたらと長かったのは憶えてる。
 ……作り話に聞こえるでしょうけど、本当だからね」
 しゃべりながら朱巳は肩をすくめてみせる。ヒースロゥも「本当だ」と主張する。
 あからさまに嘘くさい嘘を今つきたくなるような理由など、朱巳たちにはない。
 この三人は疑いながらも一応信じるだろう、と朱巳は予想していた。
「……ギギナにまで会ってたのか」
「……まさか、あんたたちも?」
 こんな展開は、さすがの朱巳でも予想外だったが。
「俺の右腕が動かないのは、あの野蛮人に斬られたからだ。正直、死ぬかと思ったぞ。
 しかし、あんなの説得できるのか? それに、椅子があいつの宝物だと?」
 首をかしげるコミクロンを、ヘイズと火乃香が同時に見た。
「そういう嗜好をした奴がいても、別におかしくはねぇな」
「世の中には、いろんな人がいるよね」
「ちょっと待て、お前ら、どうして俺を見て納得する!? この大天才を、椅子好きの
 人斬りなんて奇々怪々なシロモノと同列に扱うとは何事だ!」
 騒々しく叫ぶ自称大天才を無視して、ヘイズと火乃香は朱巳に問う。
「で、どうやって言いくるめたんだ?」
「降伏して戦う気をなくさせた、とか?」
 唇の前に人差し指を立て、朱巳は言った。
「内緒」
「……そーか」
「……ま、いいけど」
 ヘイズも火乃香も、結局それ以上は問い詰めなかった。

57 名前:虚偽を頭に笑みを浮かべよ(5/8) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/03/16(木) 17:39:38 ID:uTw1l65z
 朱巳とヒースロゥがほとんどの情報を話し終えた頃、三人が朱巳に言った。
「ところで、あんたの支給品は何だったの?」
「そーだな、それに関しては何も聞かせてもらってねぇな」
「まだ確認してないとか言ったら、指さして笑うぞ」
 ヒースロゥは無言で様子を窺っている。
 12時間に36名も死んでいる現状では、初対面の相手を警戒したくなって当然だ。
 この状況下で嘘をつくなと怒るほどヒースロゥは狭量ではない、と朱巳は判断する。
 四人の視線が向く先で、朱巳は笑って嘘をつく。
「これが、あたしの支給品」
 朱巳がデイパックから取り出して床に置いたのは――霧間凪の遺品である鋏だった。
「馬鹿と鋏は使いようって言うけれど、役に立つと思う?」
 さっき朱巳が「森で回収できた道具は鉄パイプだけだった」と言ったときと同じく、
ヒースロゥは朱巳の嘘を否定しなかった。
「その鋏に説明書は付いてなかった?」
「説明書? へぇ、そんなものが付いてる支給品もあるんだ? それは知らなかった。
 あたしの鋏にもヒースロゥの木刀にも屍の椅子にも、説明書は付いてなかったよ。
 誰が見ても一目瞭然だから、付いてなかったのかもね」
 火乃香が尋ね、朱巳が答えた。今度は朱巳が三人に訊く。
「この鋏があたしの支給品だってこと、信じてくれた?」
「ああ。オレが引き当てたトイレの消臭剤に比べれば、まともな支給品だしな」
 ヘイズが言い、火乃香やコミクロンも朱巳に頷いてみせる。
 三人の反応を朱巳は盲信しない。三人が朱巳の話を信じたということだけではなく、
ヘイズの支給品がトイレの消臭剤であるということに関しても、彼女は半信半疑だ。
 味方を巻き込みかねないとか、たった一度だけしか使えないとか、そういう武器を
ヘイズが隠し持っている可能性もある、と朱巳は思う。そして、三人は朱巳に対して
同じような印象を持っただろう、と計算する。お互いが手札を伏せている限り、手札の
優劣はお互いに判らない。伏せられた手札は、互角の影響力を双方に与える。
 手札が本当はどんなにつまらないものであっても、伏せていれば相手には判らない。

58 名前:虚偽を頭に笑みを浮かべよ(6/8) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/03/16(木) 17:41:56 ID:uTw1l65z
「だったら……お互いにデイパックの中身を全部出してみせたりする必要はないね。
 なんか“そうでもしないと信じられない”って感じがして嫌でしょう?」
 朱巳の提案に、三人は顔を見合わせ、やがて代表するように火乃香が言う。
「そうだね。お互いに自己申告だけで充分」
 下手に雰囲気を悪くするよりは現状を維持した方がいい、と判断した結果だろう。
 妥当な答えだ、と朱巳は胸中で評する。
 刻印解除の可能性がある限り、朱巳たちが三人を裏切る利点はないに等しい。
 裏切られる危険が少ない以上、三人としては共闘を選ぶべきだ。隠し事をしている
程度のことで朱巳たちを見限れるほどの余裕など、今の三人にはない。
 あたしは三人に疑われている、と朱巳は思う。
 だからこそ、上手くいった、と朱巳は感じる。
 疑心暗鬼で曇った目には、朱巳の隠しているものがさぞかし恐ろしげに映るだろう。
隠しているパーティーゲーム一式を見せたとき、それが単なる玩具だと見破られても、
「はったりを見破られたような演技をしてみせているだけで、こいつはまだ何か隠して
いるんじゃないのか?」という疑念は消えまい。そこに朱巳のつけいる隙がある。
 三人に「こいつらを裏切ったら何をされるか判らない」という印象を与えられれば、
いざというとき、捨て駒にされる心配をあまりせずに朱巳は行動できる。
 朱巳はサバイバルナイフも隠し持っているが、それも嘘をつくための布石だった。
 例えば、隠していたサバイバルナイフで攻撃すると見せかけて『鍵をかけて』やれば
詐術の説得力が補強される。隠してあった刃物は切り札に見え、それを囮にした『鍵を
かける能力』は真の切り札に見えるだろう。ただ『鍵をかけて』みせるよりも確実に、
相手は朱巳に騙される。念入りに隠せば隠すほど、すごいものが隠されているように
錯覚させやすくなる。その分だけ、詐術こそが真の切り札だとバレにくくなるはずだ。
「さて、放送が終わったら、今度はそっちの情報を教えてもらいましょうか」
 朱巳は不敵に笑って言う。欺くために、朱巳は笑う。

59 名前:虚偽を頭に笑みを浮かべよ(7/8) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/03/16(木) 17:42:43 ID:uTw1l65z
【H-1/神社・社務所の応接室前/1日目・18:00】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。いざという時のためにナイフを隠す。
    エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。戦慄舞闘団との交渉。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳について行く。相手を警戒しながら戦慄舞闘団との交渉。
    エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。マーダーを討つ。
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム備考]:鋏が朱巳の足元に、鉄パイプがヒースロゥの近くに転がっています。

60 名前:虚偽を頭に笑みを浮かべよ(8/8) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/03/16(木) 17:43:25 ID:uTw1l65z
『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、刻印解除構成式のメモ数枚
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。へこんでいるが表に出さない。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       行動予定:嘘つき姫とその護衛との交渉。
       騎士剣・陰とエドゲイン君が足元に転がっています。
       朱巳の支給品は鋏だと聞かされています。
       朱巳たちが森で回収できた道具は鉄パイプだけだと聞かされています。

61 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/03/20(月) 02:55:27 ID:zVlkaHr+
hosyu

62 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/03/24(金) 01:53:59 ID:Dt3fllHM


63 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/03/26(日) 01:54:03 ID:twvl0NpS


64 名前:Spine chiller(1/6) ◆GQyAJurGEw 投稿日:2006/03/27(月) 14:37:20 ID:0fWP5XP5
「ハーハッハッハッハ!」
 殺し合いの行われているはずの島に、場違いな哄笑が響き渡る。
「さすがボルカン様だ! 見たか、この華麗なる戦略的撤退を!!」
 声の主はまるで子供のように小さい。地人のボルカンであった。
 彼は後ろを振り向いた。追ってくる人影はない。
 それを確認し、安堵の息をつき――
「うむ、俺様にふさわしい剣だな」
 手にするブルートザオガーを恍惚とした表情で見つめた。が、彼にとっては少し重いようで両手は震えている。
 しかしそんなことを本人は気にもとめていない様子で、ひたすら剣の輝き見つめながら歩いている。
 こんなことをしていれば、前からやって来る者に気付かないのも道理だろう。

 ――どっ

 いきなり何かにぶつかり、ボルカンは勢いよく地面に仰向けに倒れた。
「ぐえっ」
 打った頭を片手でさすりつつ、立ちふさがった何かに抗議する。
「貴様っ! このボルカン様に――…………」



「…………」
「…………」
 周囲を沈黙が支配した。ボルカンの表情は「ボルカン様に……」のところで固まっている。
 重苦しい沈黙を先に破ったのはボルカンであった。

65 名前:Spine chiller(2/6) ◆GQyAJurGEw 投稿日:2006/03/27(月) 14:38:13 ID:0fWP5XP5
「あー、えー、その……なんでもありません。さようなぁぁぁぁ!」
 ボルカンは逃げようとするが、首を思いっきり掴まれたためできない。さらにそのまま空中に持ち上げられた。
「な、なにをするっ! こんなことをしてただで済むと思うのか!?
 いやいやいや、ごめんなさい許して!」
 喚き散らす地人を隻眼が見つめた。冷たい視線で。まるで“凍らせる”ような。
 男はゆっくりと口を開いた。
「……お前は」
 直後、ボルカンは硬直した。
 声に込められた凄まじいものを感じたからだ。
「……乗っているのか?」
「い、いえ! まさかっ!」
「……」
 男は目を細めた。ボルカンは震え上がった。あの魔術師ですら、“これ”に比べたらまだマシだった。
 男はしばらくボルカンを見つめ、
「どうやら、嘘ではないようだな。すまなかった」
 そう結論し、ボルカンを解放した。ちゃんと足を地につけさせ、首から手を離した。敵でないと分かれば先程のように乱暴にはしないらしい。
「う、うむ。ではこれにて失礼――」
 怯えながらも早々と立ち去ろうとするが、ボルカンは男に肩を掴まれた。

66 名前:Spine chiller(3/6) ◆GQyAJurGEw 投稿日:2006/03/27(月) 14:39:08 ID:0fWP5XP5
「待て」
「ひぃ! な、何にも悪いことなんてしてませんってぇ!?」
「お前はこの先――市街地の中心部からやって来た。……ついさっき、派手な音がしたはずだが?」
「あ、あれは……」
 ボルカンはこれまでのことを話した。もちろん自分に都合の悪いところは虚構を混ぜて。
「ほう、するとその巨大な女が?」
 “巨大な女”と言ったところでかすかに男の口が歪んだのを、ボルカンは気付いたかどうか。
「そ、そうだ! あいつが俺様をこんな目に……!」
 と、頭のたんこぶを指差して強調するボルカン。
「そうか」
 それから男は市街地の中心部の方面を見て、
「行くぞ」
「……は?」
「行く当てはないのだろう。一人で行動するより、俺といた方が安全だ」
「いや、それは」
 躊躇ったのは男に対する畏怖ゆえだが、ボルカンはいや待てと考え直した。
 見たところ、男はかなりの実力者だ。彼が“手下”となれば心強い。いざとなったら囮として、自分は逃げ出せばいい、と。
「うむ! よろしく頼む。俺様はマステュリュアの闘犬、ボルカノ・ボルカン様だ!」
「屍刑四郎――」

 ――

 突如、頭に響くような声が聞こえてきた。二人ははっと周囲を見回したが誰もいない。

67 名前:Spine chiller(4/6) ◆GQyAJurGEw 投稿日:2006/03/27(月) 14:40:09 ID:0fWP5XP5
 すぐに、それの正体に気付いた。
 ――放送だ。
「そうか、もうそんな時間か。……移動は後だな」
 花柄の服の隻眼の男――屍はその場に腰を下ろし、ディパックから必要なものを取り出した。


 死者の名が呼ばれていく。その度にボルカンと屍は参加者表に印をつけていった。
 計24回。
 どちらの知り合いも、マークされることはなかった。

 ――次の放送の時に何人の名を呼ぶ事になるか、実に楽しみだ
 ――その調子で励んでくれたまえ

 それからボルカンは参加者表をさった見渡し、
 次の放送ではあの魔術師が呼ばれてくれ――
 そう思ったところで、ボルカンの体が震えた。
 寒さでなく、別の理由で。
 彼は参加者表から屍の方へと視線を向けた。そして、さらに震え上がった。
 屍からは凄まじい気が発せられていた。
 それは主催者に対する怒気であり――殺気であった。
 まさに、ボルカンは“凍った”。恐怖の表情を浮かべたまま。

68 名前:Spine chiller(5/6) ◆GQyAJurGEw 投稿日:2006/03/27(月) 14:40:47 ID:0fWP5XP5
 それを溶かしたのは、他ならぬ屍の低い声だった。
「行くぞ」
 その言葉でボルカンは緊縛から解放させられた。
 急いでボルカンは荷物をまとめ始めた。屍は既に準備を整えていた。
 ボルカンの支度が終わると、二人はすぐに歩き出した。びくびくしながらも、彼は屍の後を追う。
「…………」
 そして今更気付いた。
 向かっている先は、さっきボルカンが逃げてきた方向だということに。
「……あの……」
「なんだ?」
「そっちは怪物がいるところ……」
「そうだ、化物退治に行くところだ」
 回れ右をして逃げようとするが、首を掴まれた。
「安心しろ、いざとなったらおれを置いて逃げても構わん」
「…………」
 なぜこんな目に遭っているのだろう。
 自問の自答はこうだった。
「……全部あの魔術師が悪い」




69 名前:Spine chiller(6/6) ◆GQyAJurGEw 投稿日:2006/03/27(月) 14:42:36 ID:0fWP5XP5
【A-3/市街地/一日目/18:05】

【屍刑四郎】
[状態]:健康 生物兵器感染
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1800ml)
[思考]:化物退治に市街地中心部へ向かう ゲームをぶち壊す マーダーの殺害
[備考]:屍の服は石油製品ではないので、影響なし

【ボルカノ・ボルカン】
[状態]:たんこぶ 左腕部骨折 生物兵器感染
[装備]:かなめのハリセン(フルメタル・パニック!) ブルートザオガー(吸血鬼)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1600ml)  
[思考]:全部あの魔術師が悪い
[備考]:ボルカンの服は石油製品ではないので、生物兵器の影響なし

※:生物兵器について
約10時間後までに接触した人物の石油製品(主に服)が分解されます。
10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます。
感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します。

70 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/03/31(金) 21:07:28 ID:MRnWvN8+
hosyushitokuka

71 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/04/04(火) 12:23:18 ID:vTIQDl0O
h

72 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/04/09(日) 02:55:02 ID:8B9Qi+6h
保守

73 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/04/11(火) 20:53:14 ID:MTUpZuZ+
保守

74 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/04/18(火) 07:21:39 ID:Vne+mdEM
あまりにも過疎なのであげ

75 名前:利害の一致だけですが 1  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/04/18(火) 17:37:24 ID:gs12uTEb

「――次の放送の時に何人の名を呼ぶ事になるか、実に楽しみだ。
その調子で励んでくれたまえ」


「……24人も死んだのか」
 頭に響いた放送の残滓が消える間もなく、ヒースロゥが呟いたのを朱巳は聞いた。
 ヒースロゥの知人であるEDなる人物の名が呼ばれる事はなかった。
 それでもこの騎士は、このゲームに参加している“罪なき者”に訪れた理不尽な死を
 恨まずにはいられないようだった。
「しかも本当に統和機構の『最強』が撃破されてるなんて……予想外もいいとこじゃない。
あの男も霧間凪も退場するが早過ぎよ」
 誰にともなく呟いて朱巳は正面を見た。
 ここは神社社務所のとある部屋――応接室だ。
 彼女の視線の先、テーブルを挟んで向かい合ったソファの上には眉をひそめたバンダナの少女が
 座っていて、その背後には赤毛の男と三つ編みおさげの少年が突っ立っていた。
 
 眼前の彼らに対して朱巳はなかなか上手くやれているはずだ。
 相手に着かず離れずの距離を取って対話し、不利な事柄は何一つ明かしてはいない。
 もともと手札は相手の方が多いのだから、まともに情報交換していてはこちらが不利になるだけだ。
 故に、少ない手札をいかに用いてどれだけ相手から情報を引き出せるか、それのみが重要となる。
 しかも、相手が握っているのは「刻印の解除式」という複雑な代物で、
 ゲームから脱出したい者にとって必要不可欠な情報だ。
 ここで得た情報は、第三者との交渉において役立つだろうと朱巳は確信していた。

 そんな彼女にとって、剣士らしきバンダナの少女とその背後に立つ赤毛の男が主な交渉相手だが、
 どうやら場数を踏んでいるらしく簡単に朱巳の掌の上で踊ってくれほどのバカではないようだ。
 やはり『鍵をかける』のは奥の手として取っておくのが良いだろう。
 むしろ念入りに隠す事で、奥の手としてすごいものが隠されているように錯覚させて、
 詐術こそが真の切り札だとバレにくくさせた方が朱巳とって好都合だ。

76 名前:利害の一致だけですが 2  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/04/18(火) 17:38:22 ID:gs12uTEb
 交渉を任せてくれたヒースロゥといえば朱巳の隣に座して相手の回答を吟味し、
 ときたま再質問する程度だった。
(それでも足を鉄パイプに掛けてるのよね……)
 彼が取っているのは、パイプをいつでも足先で任意の場所へ蹴り上げられる体勢だ。
 眼前の三人との出会いがあまり友好的でなかった事をヒースロゥは未だに気にしているのだろうか。
 その用心は相手にとって威圧以外の何でもないが、対話に支障が出るほどでもない。
(――むしろあたしがもっと警戒すべきね。赤毛の奇妙な技が直撃したら致命傷は確実……ったく、面倒ね)
 
 男が使った謎の攻撃は、朱巳の眼前で石を跡形もなく粉砕――もしくは解体した。
 これに対して朱巳は、赤毛の手から放たれる超音波か何かが
 対象を振動崩壊させるのだろうと推測を立てている。
 詳細は不明だが、攻防一体にして不可視な時点で危険極まりない。
 ひょっとして魔法士と名乗ったこの男、実はMPLSなのかもしれない。
 だとしたら統和機構と何らかの関わりを持っているのだろうか?
 もしも統和機構の一員ならば、始末屋などに従事している強力なMPLSか、
 一撃必殺の技を持つ暗殺タイプの合成人間かのどちらかだろう。
 小耳に挟んだ事すらない相手だが、統和機構はあまりに巨大すぎて
 朱巳ですら規模の把握は全く不可能であり、組織のどこかに『最強』級の怪物がいても可笑しくはない。
 「本当に異世界の住人で、統和機構に全く関係無い人物でした」という可能性が最も高いのだが、
 とにかく正体不明の実力者に対して隙を見せるのは危険すぎ――。

「あああああああああ!!」

77 名前:利害の一致だけですが 3  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/04/18(火) 17:39:48 ID:gs12uTEb
 唐突に部屋内の沈黙と朱巳の思考を破ったのは、天を仰いだ白衣の少年だった。
「そんなっ! そんなバカな……しずくといーちゃんが死んだだと!?」
「ひょっとして、あんたのお仲間?」
 絶叫する少年に向かってすかさず朱巳は問いを投げかけた。
 もし、相手の精神に綻びができれば――そこに朱巳のつけいる隙がある。
 詐術の必要も無いまま、舌先だけで相手を誘導できるかもしれない。
しかし――、
「あー、いや、ちょっとばかし理由があってコイツはその二人にご執心なんだ。
むしろしずくってやつと繋がりがあるのは――」
「しずくはあたしの知り合いだよ。そんなにベタベタした付き合いじゃなかったけど……いい子だった」
 ヘイズと名乗った男の言葉を遮ったのは目を伏せた少女――火乃香。
 小鳥は空を飛べたのかな、と呟きながら天井を見上げた彼女に
 立っている男二人が気の毒そうな視線を投げかけたのを朱巳は見た。
 ゲームの中で始めて出合った他人に対してこういう風に同情できるという事は、
 彼らはそれだけ互いに馴染んだ存在なのだろう。
 放送前から朱巳が保留していた疑問――彼らの信頼は演技か否か――はここで氷解した。
(間を引き裂くのは難しいわね。ま、今はコイツらとは特に敵対してないし
利害の一致でも協力してくれるんなら簡単に潰れない連中こそ必要とすべきね……)
 チームワークができる連中と手を組んでおけば、終盤、参加者が減った時に何かと頼れるかもしれない。
 それに、バラバラな個が集った集団と違っていて、彼らには芯……のようなある種の結束感がある。
 これは集団を形成した参加者の多くが危惧する、『裏切り』という深刻な事態を
 容易に回避できるという利点につながる。
 結束力のある集団とのパイプ――これ利用しない手は無い。
 あの『最強』を退けるほどの連中ならば、そのうち役に立つ時が来るだろう。


「で、あんた達、他に知ってて名前呼ばれたやつはいるの? 
あたしは霧間凪とフォルテッシモだったんだけど」
 問いに最も早く応じたのは白衣の少年――コミクロンだった。

78 名前:利害の一致だけですが 4  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/04/18(火) 17:40:22 ID:gs12uTEb
「幸か不幸か誰一人として俺の知人は参加してない。
まあ、この大天才たる俺以外にチャイルドマン教室からの参加者が来ていたなら、
深刻な環境破壊にして凶悪な人的被害が発生していたであろう確率はざっと見積もっても98%を超えてる。
キリランシェロやハーティアを含めてこの数値なんだから恐れ入るな……!」
「……質問から脱線しまくりな上にふんぞり返ってるバカはどうでもいいとして、
オレの方には一人だけ知人がいた――」
 胸を張ったコミクロンに続いて、その横にいるヘイズがやれやれ、と言った風情で口を開く。
 交渉が始まる前からどことなくやる気の無さそうな態度を貫いているが、
 飛び道具を有するこの男こそ、朱巳にとっては厄介なのだ。
 不信な動きを見せようものなら、指先一つで命を奪ってみせるだろう。
「――012番 天樹錬……即死だったみてえだ。朝一番に放送で名前を呼ばれたぜ」
「おいヴァーミリオン! なんでお前は知性溢れる俺の合理的思考に基づく画期的な――」
「うるせえ! お前こそ話の腰を折って砕いて脱線させるんじゃねえ!」
「合理的だと言ってるだろ! 多少の紆余曲折を得つつも正しき終点に帰結すべく――」

「お黙り」

「「…………」」

 火乃香の一括とともに一瞬だけ放たれた殺気が応接室を氷点下の世界に変えた。
 瞬間――、
「!」
 今まで沈黙を保っていたヒースロゥが動きを見せた。
 もっともその動きを捉えたと言っても、朱巳には彼が僅かに姿勢を下げたようにしか見えないのだが、
 恐ろしく腕の立つこの騎士は、殺気を感知した刹那の瞬間に三挙動くらいはしているのだろう。
 どうやらヒースロゥには、朱巳には分からない“異常な気配”から殺気まで含めてそれらを感知し、
 それに対応できる才能があるらしい。
 一流戦士の感性とでも言うのだろうか。

79 名前:利害の一致だけですが 5  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/04/18(火) 17:41:13 ID:gs12uTEb
 そのヒースロゥが攻撃体勢に入ると同時に、それまでいがみ合っていた魔術士を名乗る二人は
 完全に氷結し、同時に沈黙。
 コミクロンは頭を抱えて一歩後退し、傍らで踏みとどまっているヘイズの顔も青く染まっている。
 朱巳には窺い知れないが、暗黙の掟――片結びと頭髪青染めの危機――が子分二人を
 蝕んでいるからだった。

 沈黙から数瞬後、その起点である少女は僅かに舌を出して微笑した――きっと謝罪だろう。
 それに対して朱巳は唇の端を吊り上げ、ささやかな返答を返す。
 そのまま視線を横に流すと、ヒースロゥはすでに警戒を解除していた。


 場の空気を確認した朱巳が先程の返答の続きを促すと火乃香は頷き、
「……じゃあ、正しき終点に帰結するようにあたしがまとめると、
コミクロンに知人はいなくて、ヘイズの知り合いは死んだ。
あたしにはしずく以外に二人の顔見知りがいて、現在生存中。但し、乗ってるかどうかは不明。
で、仲間だったシャーネ・ラフォレットはフォルテッシモに殺された……ここまで分かった?」
 まるで、こっちは包み隠さず話すからそっちも同様にしろ、と言っているかのような確認の仕方だった。
 まあ、実際にそういう意図が含まれているのだろうと朱巳は推測する。
 無問題だ。もともと朱巳は隠し通すほど重要な情報を持っていない。
(あんた達が勝手に手札を見せてくれるなら、それこそ御の字なのよねぇ……)
 
「――続けていいわよ」
「オーケイ、続ける。
放送から察するに遊園地でフォルテッシモは死亡。で、そいつを倒したと思われるマージョリー・ドーって女も
あたし達とぶつかった後にどこかで死亡。後ろに立ってる二人が危険視してるギギナってやつは生存中。
最後に、面識は無いけどあたし達はとある事情からクレア・スタンフィールドって男を捜してる。こんな感じ」
「ふーん。なんか喧嘩売られまくりじゃない……まあいいわ、こっちの番ね。
あたし達の方はこのヒースロゥがEDって男を捜してる以外に言うべき事は……屍のやつくらいね」
 放送前にあの刑事について少し、彼らに話しておいた。
 EDを探すおまけ程度に見つけてくれれば十分だ。

80 名前:利害の一致だけですが 6  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/04/18(火) 17:42:39 ID:gs12uTEb
「屍……放送前も聞いたけど、あんまり縁起の良い名前じゃないね」
「無愛想だけど、なかなかイカした外見をしてる自称刑事の大男よ。
犯罪者は取り締まる〜、とか何とか言いながらブラついてるんじゃないかしら?
あと、医者とせんべい屋はゲームに乗る事は無いはずだ、って呟いてたわよ」
 そうと聞くなりコミクロンはへイズに顔を向け、対してヘイズは手を広げて僅かに肩をすくめて見せた。
 朱巳が予測していたとおり「全然・さっぱり」のジェスチャーだ。
「107番、108番らしいわよ」
「せつらに……メフィストってやつか?」
「――そうね。遠くからでも一目で分かるほどの美男だとか」
 そこまで喋ってから、ふと朱巳は考えた。
 先程の様にヒースロゥは交渉相手に対して無駄に警戒心を抱いている。
 戦場では当然かもしれないが、このゲームでは絶対に他集団との協力が必要だ。
 このまま集団内でギスギスされると正直、やりにくい。
 そのヒースロゥが義理堅い性格をしている事は放送前に確認済みだ。
 ここでヒースロゥと彼らの中を取り持っておけば、いつか協同戦線を張る場合に不協和音が
 生じなくなるのではないか。

「そう、見た目……ヒースロゥ、この際あんたが捜してるEDって男の事を教えてあげたほうがいいんじゃない?」
「――そうだな。いくらあいつが調停士とはいえ、ここは口先で生き残れるほど甘い場所ではないようだ。
約半数の参加者が脱落しているという事実――俺達が捜すだけでは再開は困難だな……」
 そして窒息しそうな沈黙の後、僅かにしぶった感があるが、
 捜して欲しい人物がいる――、とヒースロゥは切り出した。
「名をエドワース・シーズワークス・マークウィッスルと言って、妙に似合った仮面を付けている。
背は高めだが痩せていて、闘争にまつわる要素は皆無。比較的に穏やかで丁寧な口調の男だ」
「調停士……って言ってたけど、その人は交渉人か何かを?」
「そんなところだ。詳しくは『戦地調停士』と言って、弁舌と謀略で停戦を取りまとめる。
説得と交渉のプロだ」

81 名前:利害の一致だけですが 7  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/04/18(火) 17:43:23 ID:gs12uTEb
「そいつだけか?」
 コミクロンの質問にたいしてヒースロゥは朱巳に視線を向けてきた。
 彼の言いたい事は分かる。エンブリオだ。
 朱巳は伏せておきたかったのだが、今のヒースロゥのしぐさから相手が何かを察するのは明白だ。
 こちらを信頼させるためなら仕方がない、と割り切るしかない。
 エンブリオの事をばらせば相手は朱巳が全ての手札を見せたと思うだろう。
 そして、彼女の切り札を見落とす事になる。

「まだ、あるのよね。エンブリオって呼称されてるエジプト十字が」
 これが最後の手札だとばかりに朱巳は喋る。
「あの『最強』――フォルテシモが持ってた十字架で、とんでもない価値を秘めてるはずよ」
「へえ、どんな?」
「やすやすと喋ると思う? 手に入れられたら、教えてあげるわよ」
「どういう形だ? エジプトなんて俺は知らんぞ」
「あたしも知らないね」
「……オレは知ってるぜ。2188年3月、アフリカの各シティの同調暴走で大陸と一緒に
消し飛んだはずだ。エジプトのシティはカイロ……だったか? 今は万年雪に埋もれてる」
「な、アフリカが消し飛んだって……どういう意味よ!」
 朱巳の驚嘆をよそにヘイズは淡々と語る。
「そのまんまだ。大戦終期にそれが起こって人類は焦り……もういいだろ。話を戻せ」
「……まあ、いいわ。こんな形よ」
 スラスラと紙に書かれたエジプト十字架を見てヒースロゥが補足した。
「あの男が探してみろ、と言っていたのだから支給品として配給されていると考えるべきだな。
先程言われたとうりに、重要な器物と見て間違いは無い」
 ヒースロゥの説明を聞くと三人は少し押し黙った後に、捜索には協力すると答え、
「但し、こっちにも捜して欲しい人物がいるんだ――」
 と、切り出してきた。火乃香がしゃべり、それと同時に男二人がメモを渡してくる。
 
『オレ達が捜して欲しい人物、ってのは特定の個人じゃあねぇんだ。ある条件を満たすやつ――
“刻印”について何か知っているやつ、解除しようとしているやつの事だ』
『悔しい事に、ヴァーミリオンと大天才たる俺の頭脳を持ってしても手に余る。正直、ピースが足りん。
パズルのピースが増えれば、そこから解読可能な箇所が増えるかも知れないけどな』

82 名前:利害の一致だけですが 8  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/04/18(火) 17:44:21 ID:gs12uTEb
「……交換条件って事ね。構わないわよ」
「じゃあ、あたしも教えとく。
023番 パイフウ、
黒くて長い髪に物憂げな眼に通常時は気だるそうな動作をしてる女性。かなり美人で背も高い。
025番 ブルー・ブレイカー、
蒼い装甲の――ロボットって、言って通じる? 最初に集められた場所でも
思いっきり集団から浮いてたし、たぶん一目で分かる」
「――カタギな名前じゃないわね。その人達の事、さっき『乗ってるかどうか不明』って言ってたけど
強さのほどはどーなのよ?」
 驚嘆を押し殺して朱巳は返す。
 ロボットなんて未来的存在が参加している? 冗談ではない。もしも二頭身のネコ型だったら――
 リアルでそんな物がうろついているなら、発見した瞬間に朱巳は吹き出してしまうだろう。
 考えるうちに本当に笑いそうになったのでひとまず妄想を頭からたたき出し、気付かれないように深呼吸。
 思考が回復したので冷静に分析してみる。
 ヒースロゥや朱巳の武器は致命打に欠ける。もしロボットなんぞが敵にまわったらかなりまずい。
 殺し合いに参加するほどのロボットだ。朱巳の世界のメーカー製品よりずっと高性能だろう。
 
 質問に対して火乃香は間を空けずに返答してきた。ただ一言『強い』と。
 ロボットなどとは元々仲間だったのだろうか? 朱巳の思考は推測の域を出ない。
「はっきり言って両者ともに万能だね。武器さえあればどんな距離にも手が届くし、近接戦も一流。
殺すと決めたら引かないから、真正面からぶつかるのはお勧めできないよ」
 淡々と述べる火乃香の後ろで、『ロボット! 機械! 歯車様!』と目を輝かせている白衣の少年に
 視線を流しつつ朱巳は一枚のメモを差し出した。
 男二人への返答だ。
『“刻印”云々の事は承諾するけど、あたしたちが他の相手に深く突っ込まれた場合はどうするのよ?
あたしたちは相手に質問されても返答できない』
 さらに、
「かなりの実力者って事ね。じゃあ二つ目、その人達って組むような性格? 
あたしの独断で、単体で動いてる人物は危険って判断してるんだけど」
 火乃香に再質問した。
 眼前ではメモを受け取ったヘイズが、脳内世界に突入していたらしいコミクロンの白衣を引っ張り、
 二、三の問答の後に幾枚かのメモを取り出した。

83 名前:利害の一致だけですが 9  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/04/18(火) 17:45:08 ID:gs12uTEb
 それを朱巳の方に差出して机に並べ、指で突付く。
「これを持ってけ。思考実験の産物だから参考程度にしかならねえが……分かる奴には分かる」
「言っとくが俺達も太っ腹じゃないから全部のメモは渡さんぞ。それはコピーで、量産できるから渡すんだ」
「原文は金庫の中って訳?」
「ああ、それも世界で一番安全だ」
「随分と自信家じゃない。そういう奴に限って足元すくわれて馬鹿を見るって、知ってる?」
「ふっふっふ、心配ご無用。この大天才には愚問過ぎるな。安全性は抜群だ! なにしろ――」
 不適に笑うコミクロンはそのまま人先指を高々と掲げ、
「なにしろ全情報はこの大天才の頭に刻まれているのだからな!」
 そのまま頭に指先を当てる。
 本人は格好良いつもりだろうが、お下げを垂らして額に指を当てながら満足げに笑う姿は
 朱巳から見て馬鹿そのものだ。
 有頂天であろうコミクロンは朱巳とヒースロゥの視線を受けて更に続ける。
「強引には引き出せんし、書き換えも容易! これ以上安全な――がっ! 痛いぞヴァーミリオン!!」
「うるせえ! おもいっきり相手に誘導されてるじゃねぇか!」
「むう、この大天才の数少ない弱点を突かれたか……。だが勘違いするなヴァーミリオン。
これは饒舌なだけであって決して誘導尋問に引っかかったわけでは無いと
激しく主張したいだけだが火乃香の視線が突き刺さるのでお前に一歩譲っておこう」
 途中で主張が百八十度転換したコミクロンだが、“刻印”の情報が脳内にあるとは一言も漏らしていない。
 盗聴されても、『火乃香の知人の情報などが頭に詰まっている』としか理解されないだろう。
 朱巳が想定したほどの馬鹿では無いようだ。それでも見事に誘導に引っかかったわけだが。


「さっきの質問はそのメモに書いてあるけど、一応口から言っとくよ。
利害が一致するなら集団に加わるかもしれない。ただBBは効率的・合理的な判断から。
もう一人は気分屋だから趣味の面が強いね。男嫌いだし」
 渡されたメモには当然、そんな事は書かれていない。
 あるのは複雑な式――そして紙の端に『刻印解除構成式05』と書かれているので、
 刻印解除の構成式の五番なのだろうと朱巳は推測した。
 構成式とは何か。何が五番なのかは朱巳には分からない。

84 名前:利害の一致だけですが 10  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/04/18(火) 17:45:54 ID:gs12uTEb
 メモは01〜05の連番なので、続けて読解すれば分かる奴は分かる。但し、続きはコミクロンが保持しているので
 五枚だけでは刻印の解除は不可能。
 ならば当然、読解できる者は続きを求めてコミクロンに会いに行かなければならず、
 必然的にコミクロン等と協力体制を取らざるえない。
 朱巳が持っていても同様で、単体での刻印の完全解除は不可能だ。
 重要な交渉材料にはなるが、切り札にはならない微妙な資料。要するに協力者を集めるためのエサだ。
(あたしにこれをばら撒いて来いって事ね……良い度胸じゃない)
 コミクロン等は協力者を集って構成式を完成させる事を望んでいる。
 だが、見ず知らずの朱巳に協力を求めるくらいに焦っている。参加者の半数が死亡しているならば当然だろう。
(ふん、どうせなら有効利用させてもらうわよ。メモで渡したって事はいくらでも複写して良いって事でしょうし)
 今の朱巳に出来る事はこのメモでより多くの情報を釣り上げる事と、彼等に協力するふりをして
 刻印解除のおこぼれを掠め取る事くらいだ。

【H-1/神社・社務所の応接室前/1日目・18:15】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。いざという時のためにナイフを隠す。
     エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。戦慄舞闘団との交渉。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳について行く。相手を警戒しながら戦慄舞闘団との交渉。
     エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。マーダーを討つ。
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム備考]:鋏が朱巳の足元に、鉄パイプがヒースロゥの近くに転がっています。

85 名前:利害の一致だけですが 11  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/04/18(火) 17:46:25 ID:gs12uTEb
『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、刻印解除構成式のメモ数枚
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。へこんでいるが表に出さない。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       行動予定:嘘つき姫とその護衛との交渉。
       騎士剣・陰とエドゲイン君が足元に転がっています。
       朱巳の支給品は鋏だと聞かされています。
       朱巳たちが森で回収できた道具は鉄パイプだけだと聞かされています。

86 名前:脱出狙いですが……何か? 1  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/04/18(火) 17:50:39 ID:gs12uTEb
 相手の手札は想像以上に多かった。
 故に下手に抵抗せず、今は彼等にイニシアチブを渡しておくべきだろう。
 彼等はお人よしの感が有る。自分が優位に立ったからといって横暴なまねや裏切りはしない人物だろう。
 相手がこちらの足元を見ないで対等な立場での交渉を臨んでいるなら、
 朱巳としては願ったりかなったりだ。
 こちらが逆の立場なら相手の弱みに付け込んで三倍ほどの無理難題を提示している。
「情報の提供に感謝するわ。で、次に会うのは何時頃にするのよ?」
「……良い感じに話が通じるな。オレ達は霧が晴れるまで動くつもりはねぇよ」
 結構、結構、と言った感じでヘイズが頷いてくる。

 切り札は――『鍵をかける』のは今ではない。相手はこちらを信頼した。
 奥の手は、奥にしまったままで良い。あえて何もしない事が彼等を安心させるだろう。
 朱巳と彼等が協同している間は、コイツは安全だと、相手にそう思わせておくべきだろう。

「じゃあ、島を反対方向に一周しない? 場所と時間を指定して相手が来ない事にイラつくよりはましでしょ?」
「相手が来ない……ね。ひょっとしてあたし達を甘く見てる?」
「全然。こんな風に交渉してて時間食ったりするじゃない? 何にせよ待つのが面倒だって言ってんのよ」
「言うじゃねえか。まあ、構わねぇが、引っかき廻してくれるなよ」
 こちらに対して微妙に釘を刺しながら、ヘイズが地図を開き始めた。
 朱巳は取得したメモをデイパックにしまい、
「せいぜい期待してなさい。で、あたしとしては右回りに進みたいのよ」
「――理由を聞こうか」
「単純に屍がそっちに行ったからよ。合流して情報交換したいってのは理由として充分でしょ?
あと、元来た道ってのもあるわね。いざという時に地の利を生かしたいのよ」
「なるほど、勝手知ったる道程を戻るって事か。遊園地の歯車様を離れるのは惜しいが……
確かに一理有るな、俺は異議無しだ」
「あたしも構わないよ。あと、島の下部には行く必要無いね。F-4、5、6辺りの木や木片に
メモ貼り付ければ十分意図は伝わるし」
「上部と下部をつなげてるのはあそこしか無ぇからな。移動してるなら嫌でも目に付くだろ。
あと、市街地は上部エリアに多いってのも重要か。市街地巡りなら補給に来てる連中とも会えるしな」

87 名前:脱出狙いですが……何か? 2  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/04/18(火) 17:51:13 ID:gs12uTEb
「……話が済んだなら俺はもう行くぞ」
 一段落した所で、ヒースロゥが立ち上がった。
 しかもいつの間にか手には鉄パイプが握られ、デイパックも肩に掛けられている。
 あまりにも動作が自然体だったので朱巳を始め、この場の誰もが違和感を感じなかったのだ。
「あんた霧が出てるのに行く気?」
「問題無い。霧の中をやって来たのだから戻るのも容易だろう」
「――ったく、待ちなさい。あたしもすぐに行くから」
 朱巳がデイパックに手を掛けた時、
「なあ、あんた」
 部屋の奥から風の騎士に向けて声が飛んできた。
「何だ」
 声の主は赤い男。
 互いに向けられた視線に臆する事無く騎士と魔法士は相対し、
「ちょっと知りたい事があるんだが、良いか? そんなに時間は取らせねぇ」
「構わないが――今までの会話からして俺の出番があるとは思えんな」
「出番が無かったからこそ、今になって聞いとくのさ」
 そう言ってヘイズは床に置いてある剣――火乃香の騎士剣を手に取った。
 その構えに力は無く、殺気や害意を示す要素は皆無だ。
 そのまま無造作に、やる気の無さそうな表情と足取りでヒースロゥへと詰め寄り、
「あのギギナと戦ったんだろ? 渡り合うコツみたいなもんを教えてくれねぇかな?」
「生半可な意ではあの戦士の相手は勤まらないぞ」
「何も対策立てないよりはマシだろうが。理屈が通る相手じゃねえってのは分かってる。
次に会った時は確実に戦闘になるからな、やられっぱなしは性に合わねぇ」
「……いいだろう。まずは小手調べだ」


 瞬間、騎士が一歩を踏み込んだ。
 一般人にとっては空間が圧縮したかのような速度で間合いを詰め、
「これをしのげないなら門前払いだ!」
 『風』の異名どうりに烈風の速度で横薙ぎの一閃を放つ。
 それは元の世界にてヒースロゥが幾多の悪を葬ってきた、必殺の一撃。
 制限によって本来の剣速には及ばないが、それでも圧倒的な威圧を持ってヘイズに迫る。

88 名前:脱出狙いですが……何か?   ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/04/18(火) 17:51:53 ID:gs12uTEb
 対して魔法士は――、
「確かに速いな。だが……」
 全く物怖じせぬ意を持って、手に持った騎士剣をかち上げる。
 だが、ヘイズはヒースロゥに対してパワー、スピードともに劣る。
 まともに迎撃しようとすれば押し切られるのは明白だ。それでもヘイズの顔には自信がみなぎっている。
 その根拠は一つ。
「こいつはとっくに予測済みだ!」
 ヒースロゥが斬りかかる前からヘイズは全てを知っていた。
 火乃香とヒースロゥが打ち合った時の剣戟音から速度とタイミングを解読し、骨格の稼動範囲、
 力んだ筋肉、僅かな構え、それら相手の事前情報全てを統合し、未来を予測し、最適な対応を行える身体。
 魔法を一切使えないこの男を支えた圧倒的な演算能力は伊達ではなかった。

 二人の男、その力の行き着く先で、鉄パイプと騎士剣が衝突した。
 と、同時に小気味良い金属音が応接室に響き、騎士と魔法士の鼓膜を打つ。
「いい反応だ……」
 そしてヒースロゥの鉄パイプが僅かに上に逸れた。
 瞬速の剣戟に対して打ち上げたヘイズの剣は垂直ではなく、ある角度を持って打ち出されていた。
 それはヒースロゥの剣を止めるのではなく、最初から軌道をずらす事に主眼を置かれた一刀であり、
 それによってベクトル方向を修正された剣は、本来の位置を大きく外れてヘイズの頭上を通過する。
 全ては最適なタイミング、角度、力、速度を持って成された必然の結果。
 故に、隙の生じたヒースロゥに対してヘイズが反撃するのも必然だった。
「小手先返しだ!」
 鉄パイプより騎士剣は短く、軽い。取り回しが容易な分だけ、ヘイズの斬り返しは速かった。
「甘いな」
 ヘイズの威勢を風の騎士は一言で切り捨て――、
「騎士の取り得が剣だけだと思うな!」
 蹴り上げた先、騎士のつま先はヘイズのわき腹を捕らえる。
 ――はずだった。相手の身体が横へ流れるまでは。
 着弾の直前にヘイズは蹴りの軌道を予測して回避行動を取っていたのだ。
 その回避した体の隙をヒースロゥは見逃さなかった。鉄パイプを持たぬ左手を前に突き出し、
 逸れたヘイズの身体を小突く。それだけでヘイズの放った一撃は回避され、騎士剣は額すれすれを通っていく。
 両者が一発ずつ剣戟を放ったところで、その視線が交錯した。

89 名前:脱出狙いですが……何か?   ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/04/18(火) 17:54:03 ID:gs12uTEb
 相手の力量を双方がある程度確認し合った瞬間――、
「続けるか?」
「いや、十分だ」
 ほぼ同時に距離を取った。

 全ては五秒と掛からずに決着した。しかも応接室の僅かな空間内での出来事だ。
「初見にも関わらずあの一撃に対応する技量か……確かに言うだけの事はあるな」
「見込みあり、ってとこか?」
「ああ、これならあの男に圧倒される事は無いだろう。だが、おまえは乗り越える気でいるんだな?」
「一対一で、とは言わねぇがな。この三人でぶつかるならそこまで遅れをとる事はないだろうが、
それでも万が一ってのは起こりうるからな。対策くらいは立てるべきだろ」
「戦うコツ、か。都合の悪い事にあの戦士には弱点らしい弱点は見当たらない」
「あんたでもお手上げか」
「攻防速ともに超一流だからつけ込むとしたら唯一つ。その気質と見るべきだろう」
「気質――野生じみててやたらと好戦的な所か」
「そうだ。闘争を好むその嗜好にこそあの男の全てが表れているな」
「ああ――そう言えば第一声が、貴様らは強き者か? 次が、誇り高きドラッケンの戦士〜だった気がするぞ
よーするにあの怪人は根っからの戦士気質か」

 ギギナはひたすら闘いを求める。ドラッケン族としての矜持を持ち、その誇りを侮辱することを許さない。
 ヘイズ達には初見においてすでにそのヒントは示されていた。
 対してヒースロゥはギギナと剣を重ねる事で、その気質を見出したのだ。
 衝突する鋼の間から相手の心情を読み取る――それは一流同士が成しえる技なのだろう。
「あの戦士に対するならば、強制的に隙を作らせるしかない――エサを眼前にぶら下げてやれ」
「矜持故にギギナは絶対に退かない――食いつかせて、カウンター……か」
「攻撃は自身が相手に対して優位に立つ安堵の瞬間だ。待ちに待った留めの一撃なら、なおさらだろう」
 ヒースロゥが示唆した戦法とは、
 とにかく相手の意図する戦運びに巻き込まれるな。じらして、飢えさせて、苛立たせてから
 ギギナの前に極上のエサを差し出してやれ。絶対に飛びつかざるをえない好機の瞬間を作って、
 それをしのいで強引にギギナに隙を生じさせて、討て。
 隙が無いなら闘争を好むその気質を利用して作ってしまえと、そういうことなのだろう。

90 名前:脱出狙いですが……何か? 5  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/04/18(火) 17:55:37 ID:gs12uTEb
「――綱渡りだな。あー、助言には感謝するぜ」
「それは生き残って会える時まで取っておけ、死ねば何の意味も無い」
 ヒースロゥが振り返ると、朱巳がデイパックを持って立っていた。
 二人が戦っていた間に済ませてしまったらしい。
「何ぼさぼさしてんのよ? もう行くんでしょ?」
 そう言ってつかつかと扉に向かい、そこを開けると、
「じゃ、せいぜい頑張んなさいよ」
 あっさりと出て行ってしまった。ヒースロゥもやや遅れてそれに続く。
 最後に一言、
「順当ならば灯台あたりでかち合うだろうな……では、さよならだ」
 
 こうして突然の乱入者は去って行った。
 同時に、それまで応接室に漂っていた雰囲気も吹き飛ばされて消えていた。
「風……だったね」
「同感だ。詰まってた何かが綺麗に掃除されちまった」
 コミクロンは地図を見た。左回りのルート上には、
「倉庫、小屋、教会、マンション、港、そして灯台か……BBとやらは何処に居るんだ?」
 歯車を思う少年に返って来た答えは、一つ。
「「そんなの、知らん」」


【H-1/神社・社務所の応接室前/1日目・18:30】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ 、鋏
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、針、糸
     刻印解除構成式の書かれたメモ数枚
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。いざという時のためにナイフを隠す。
     エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。メモをエサに他集団から情報を得る。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他
     もらったメモだけでは刻印解除には程遠い

91 名前:脱出狙いですが……何か? 6  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/04/18(火) 17:57:36 ID:gs12uTEb
【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:鉄パイプ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳について行く。
     エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。マーダーを討つ。
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム行動予定]:パイフウとBBを探してみる。右回りに島上部を回って刻印の情報を集める。


『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:そろそろ移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:健康。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:そろそろ移動。刻印解除のための情報or知識人探し。

92 名前:脱出狙いですが……何か? 8  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/04/18(火) 17:58:06 ID:gs12uTEb
【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
     刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:そろそろ移動。刻印解除のための情報or知識人探し。 BBに会いたい。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。左回りに島上部を回って刻印の情報を集める。

93 名前:メロンパン(1/15) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/04/19(水) 18:59:16 ID:83Ikd83b
シャナは走り続けていた。
客観的にみればもう走っているとは見えない歩くような速度で、しかし走っていた。
思考はまるで地獄の釜のようだった。
悲哀、憎悪、食欲、意志、誇り、絶望、殺意、自棄。
種々の感情が煮え滾り、溶け合い、ただただ力だけを生みだしている。
前に進め。奴を追え。奴を殺せ。
それが彼女の心にくべられた最後の薪なのだから。
それに水を差したのは脳裏に響く残酷な放送だった。
『諸君、第三回放送の時間だ。まずは死亡者の発表を行う』
放送が死者の名を読み上げていく。
(うるさい)
判ってる。判っているんだ。
だから言うな。聞かせるな。考えさせるな。
今はこの殺意だけを抱いていたいのだから。
しかし管理者がそんな想いを汲み取ることはありえない。
『059テレサ・テスタロッサ――』
「――――っ!!」
知っている名前が混じり、読み上げは進む。
沸騰する思考はその内容を理解できないのに、それでも言葉は脳裏に焼き付いていく。
『082いーちゃん――』
知らない名前、聞いた事が有る名前、多くの死者の名前が羅列される。
そして呼ばれる事が一番判りきっている、その名前が呼ばれた時。
『095坂井悠二――』
ピシリと――何かにヒビが入った。

「シャナ!」
「シャナさん!」
背後と前方から声がする。
その声に立ち止まり、シャナは自分が歩き続けていた事に気づいた。
あのマンションのすぐ近くに立っている。
この周辺の霧は不思議と薄く、そのおかげでぼんやりながらマンションが見えていた。

94 名前:メロンパン(2/15) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/04/19(水) 19:00:23 ID:83Ikd83b
だけどそんな事はどうでもいい。
目の前に居る保胤とセルティ、背後から息を切らせながら追いついたベルガーの事も。
自失状態にあって歩き続けていた事も、最早意味の無い事なのだ。
それでも言う。
「どいて。敵を追ってるんだから」
前方から心配げな声がかかる。
「待ってください。あなたの腹部には散弾銃の欠片とやらが残っているのでしょう?
 これ以上の激しい運動は危険です」
「問題ない。もう痛くない」
これは本当だ。
零崎との戦闘と追撃で腹部の散弾銃の欠片は大きく暴れ回り、内蔵を傷つけた。
だがその傷は、前の時よりも更に急速に塞がっていった。
ある欲求を強めて。

      血を啜れ

(……うるさい)
浮き上がってきた不快な言葉を抑え込み、沸き立つ思考の底に押し戻す。
それはダメだ。それだけはイヤだ。
その位なら怒りと殺意に身を任せた方がずっとマシだ。
「零崎はエルメスに乗って逃げたんだ。その様じゃ追いつけない」
背後からは冷静な指摘が飛んだ。
それだって判っている、けど。
「捜せばいい。ずっと走ってはいられない。いつか何処かで休むはず」
「そんなもの道を2度3度曲がられたら終わりだ。
 追いかけられて逃げたのに一本道の途中で休むとも思えない」
「それでも、見つかる可能性は零じゃない」
「……冷静になるんだ、シャナ。今は動いても無駄だ」
「私は……!!」
ベルガーもシャナを無理に抑える事はシャナにとって危険だと判っている。
だがそれでも、今はシャナを行かせる事の方が危険に思えた。
シャナがどれだけ傷ついてしまったかは語る必要も無く明白だったのだから。

95 名前:メロンパン(3/15) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/04/19(水) 19:01:24 ID:83Ikd83b
「それに、やらないといけない事も有るだろう」
「やらないといけない事?」
「ああ」
ベルガーは袂に抱えたマントの包みを見せる。
何故気づかなかったのか。
そこからはこんなにも食欲を掻き立てる芳しい香りが漂って……
ひうっ
それが何であるかに気づいて息を呑み、奇妙な声が漏れた。
マントには大きな赤い染みが広がっている。
「早く埋葬してやろう」
それは坂井悠二の遺体だった。

「……要らない」
震えを抑えて声を絞り出す。
「悠二はトーチだから、お墓なんて作ってもその内に消えて、存在すらも忘れられる。
 意味が無い」
だから、悠二の物を遺す事など何一つ出来はしない。
「それはよく知らないが、君の記憶からは消えないんだろう?」
「私の記憶にしか残らない」
「それなら十分に意味がある。君が前に進むために、埋葬という区切りは必要だ」
「前に……」
前に進む? そうだ、進まなければならない。
だが――何処へ? それが判らなかった。
折れた心はもはやその行く先を示さない。
「そうですね。埋葬は使者の為であり、生者の為でもあります」
保胤はそれを言う事に意味が有るか少し迷いつつも続けた。
「それに彼の魄は、極簡易であれ埋葬すれば悪霊と化す事はまず無いと言っていい。
 心のどこかで死を覚悟していたのかもしれません」
「……そう」
彼の言う魄だの悪霊だのはよく判らない。
でも悠二が死を覚悟していたというなら……自分も『ちゃんと』しなければならない
その想いは少しだけシャナを保たせてくれた。

96 名前:メロンパン(4/15) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/04/19(水) 19:01:55 ID:83Ikd83b

     * * *

埋葬する場所に選んだのは近くの森だった。
「ここで良いだろう。そう遠くまで歩き回るわけにもいかない」
「墓の形式は私の知る物の略式で良いですね?
 古い物ですが、“彼”の国の形式です」
こくり、こくりとベルガーと保胤の言葉にシャナは頷く。
それを待ってベルガーはシャナに“包み”を差し出した。
「……降ろすぞ。そっちを持て」
「うん」
二人でそっと、病人を扱うように丁寧に、死者を包んだマントを地面に降ろす。
ゆっくりと水に濡れ柔らかくなった大地に坂井悠二を……
「…………あっ」
その時、二人の身長差と緊張、地面のぬかるみがちょっとした失敗を生みだした。
少し傾いた包みから何かが転げ落ちたのだ。
一瞬『悠二だった一部』が転げ落ちたのかと緊張し、すぐにそれが勘違いだと気づく。
それは奇跡的に血に濡れてすらいなかった。
包みから転げ落ちた小さな包みを拾い上げてベルガーは首を傾げる。
「悠二の荷物だな。これは……」
シャナは驚愕に目を見開く。
別に有って絶対におかしい物というわけではない、だが自然には有り得ないそれは……
「メロンパン、か?」
「…………私の、好物」
「……そうか」
ベルガーは包みを確認すると、シャナにメロンパンを差し出した。
重いほどに想いが詰まったそれを、そっとシャナに委ねる。
「食べるか?」
シャナは、震える手を伸ばして。
坂井悠二からの最後の贈り物を受け取った。


97 名前:メロンパン(5/15) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/04/19(水) 19:02:59 ID:83Ikd83b
『他の遺品はどうする?』
すっと目の前にセルティの言葉が差し出された。
ベルガーは少し考え、シャナに声をかける。
「他の遺品も整理しておくぞ」
シャナがメロンパンを食べている今の内に、それを済ましてしまいたい。
シャナが頷くのを確認して、悠二の入った包みからデイパックを取りだした。
血に濡れ、悠二の体もろとも大きく引き裂かれたデイパック。
細切れにされたわけではないのだから、中には無事な物もないわけではない。
それでもメロンパンの包みが無事だったのは運が良いと言うべきなのだろう。
(本当にこれは『幸運』な『偶然』なのかね)
ベルガーは疑問を感じた。
佐山の言葉はあの時は少々極論に思えたが、今の状況が本当に偶然なのか、
そして本当に僅かでも幸いが混じっているのかは疑問に感じざるをえない。
疑問に感じた所で自力で答えを出す材料も答えてくれる者もありはしないのだが。
ベルガー達は静かに、そして速やかに遺品の整理を続ける。
デイパックには他にも幾つかのメロンパン――しかしこれは袋が破れ、血に濡れていた。
それにそれなりの量の支給品とは違う保存食と、眠気覚ましのガム。
ペットボトルはお茶の物に替わっていた。
「どうやら彼は大量に食料を調達できる場所を通ったようですね」
「多分、西の市街地のどこかだろう。そっちの方なら色々見つかりそうだ」
囁き声を互いに交わす。
(……なんだ、これは?)
セルティは小さなスーパーのビニール袋の中から、畳んで束ねてあった紙束を見つけた。
紙束は一枚と3つの紙束に分けられている。
セルティはそれが重要な物だと気づき、二人の服の袖を引き注意を引いた。

一枚は地図。しかしそれには薄ぼんやりと別のものが記載されている。
(……地下水脈の地図)
酷く劣化してまともに見えないが、どうやらこの島の地下には空洞が広がっているらしい。
もしかすると地下通路や、それ以外の人工施設も有るのかもしれない。


98 名前:メロンパン(6/15) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/04/19(水) 19:04:07 ID:83Ikd83b
紙束の一つ目は『物語』についての数枚の記述。
坂井悠二の信じる通りならば、刻印の無力化に繋がる……『かもしれない』。
「……さて、役に立つのかね」
僅かに“何かに憑かれたような”狂熱さえ感じさせる説明にベルガーは困惑する。
「立つかもしれません。思うより冷静だったようです」
保胤が指で示したそこには警告が記されていた。
『次の紙に物語の本体を記載します。危険性は上に書いた通りです。』
「……ひとまずは後回しだな」
『物語』の本体は読まずに次の束に進む。

二束目。
この束は最も枚数が多い。
その内容は世界への考察と、脱出への足掻き。
坂井悠二が書き残したゲームとの戦いの記録だった。
このゲームが始まってから自分がどんな道筋を辿り、どんな人間と出会ったのかという事。
城に現れたディードリッヒの事。自らの中にある零時迷子の事。
魔界医師メフィストと出会い、他の参加者より一つ多く施されていたという制限が外された事。
血だまりの中から拾い上げた水晶の剣の事。
(水晶の剣?)
指差されたその単語に、ベルガーは怪訝に首を振った。
死体の周辺にそんな物は見かけなかった。
佐山の武器は槍で、零崎は奇怪な鋏だ。
宮下藤花という少女は非武装で……武器を持っている様子は無かった。
(どこかに隠していたのか? それとも……坂井悠二があそこに着く前に手放したのか?)
少し疑問が湧いてその後を適当に流し読みしたが、関連する記述は見当たらなかった。
二束目をよく読み込もうと思った時……三束目の見出しが目に飛び込んだ。

『※:この島の外について』

(な……に……?)
絶句が三つ重なった。
二束目に比べれば少ない枚数の三束目の見出しにはそんな文字が踊っていた。

99 名前:メロンパン(7/15) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/04/19(水) 19:06:07 ID:83Ikd83b
慌てて次のページを開きその内容に目を通す。

『二束目で書いた通り、僕はどうやら他と比べても過剰らしい制限が掛けられていた。
 更に後で気づいた事だけれど、その制限により僕はもう一つ力を封印されていた。
 いつの間にか体内に入っていた誰かの血が見せる物だ。
 今思えば、廃屋で手に入れたペットボトルの水に僅かに同じ物を感じていた。
 参加者の誰か……多分、そこに一緒に置いてあった『物語』の製作者の物だ。
 学校で出会った空目恭一の話から推測するなら“魔女”十叶詠子の物だと思う』

記述は続く。

『その二つを封じていた制限が、ドクター・メフィストにより外された時の事。
 過剰な封印の反動からか、一瞬だけ凄く色んな物が見えた。
 例えば刻印に盗聴機能が有る事。例えば……世界の外の事』

ゲームの深層にある真相を抉りだす禁断の記述。

『だけど、ドクター・メフィストにも話せなかった。これを書く前も迷った。
 この事が“多くの参加者を絶望させて破局を加速させる”ように思えたから。
 それでもこのゲームの参加者達の中に希望が有る事を信じて、
 そして希望を知っている人に届く事を祈って、僕はその全てを記載する事にする』

彼らは最後のページをめくろうとし……ふと、背後のシャナを振り返った。

100 名前:メロンパン(8/15) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/04/19(水) 19:07:15 ID:83Ikd83b

      * * *

「………………」
シャナは受け取ったメロンパンの包みをじっと見つめ……ややあって、包装を破いた。
芳ばしい網目が入った、果汁の入っていないタイプのメロンパン。
ぴりぴりと開いた破り目からメロンパンを出すと、外側のクッキー部分を少しずつ囓る。
奇跡的に完全な気密を保った上に潰れてもいなかったメロンパンは、
シャナの大好きなカリカリという食感をしっかりと残し、
口の中に入ってすぐにメロンパン特有の甘い香りが鼻腔まで立ちこめた。
この香料臭さの無い自然な甘い香りもシャナが重視するポイントだ。
咀嚼すれば甘い味が口内いっぱいに広がって、香りと相まった適度な甘さを堪能する。
よく噛んで呑み込むと、今度は食べた所から覗いたパン生地にかぶりつく。
しっとりとしたパンが生み出すモフモフという食感が返り、
柔らかで落ち着いた甘みとパン生地の香りが口の中に広がった。
そのままメロンパンの円を直線に削るようにモフモフとした生地の部分を食べる。
その後でまた、カリカリとしたクッキーの部分を囓るのだ。
『こうすることで、バランスよく双方の感触を味わえる』
得意ぶって悠二にメロンパンの食べ方を講釈した時の事を思いだす。
(早く、食べないと)
本当はもっとゆっくり味わって食べたいけれど、こんな霧の中ではパンはすぐに湿気てしまう。
二口、三口、四口……もう、湿気出した。
どういうわけかしょっぱさまで混じり始めている。
(潮風のせいだ)
ここは島だ、潮風が吹いて来てもおかしくない。
きっとそうに違いない。
湿気始めたメロンパンが不味くなってしまわない内に食べてしまおうと、
カリカリ、モフモフと、囓って、かぶりついて、メロンパンを平らげていく。
(いつもみたいに、笑顔で)
だってメロンパンを食べている時はいつも笑っていられた。
“育ち故郷”である天道宮に居る頃に養育係であるヴィルヘルミナがくれていた頃から、ずっと。

101 名前:メロンパン(9/15) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/04/19(水) 19:08:20 ID:83Ikd83b
(笑って……)
“育ち故郷”である天道宮を出た時のメロンパンも、旅立つのだと笑う事が出来た。
悠二と出会う御崎市に辿り着くまでの戦いの日々でも、メロンパンを食べる時は笑う事が出来た。
御崎市について、悠二に出会ってからは……
もっともっと、心の底から満足感を溢れさせて笑っていられた。
幸せの象徴だ。
今、こうしてメロンパンを食べている間は笑ってないと嘘だ。
(だから、私は泣いてなんかいない)
そう言い聞かせる。
湿気たのは霧のせいで、しょっぱいのは潮風のせいだ。
(ぜったいに、涙なんかじゃない)
「う……うう…………」
せっかくの、悠二に貰った、悠二が残してくれた、とびっきりのメロンパンなのに、
もうカリカリでもモフモフでもなくて、味も香りも何も判らなくなっている。
だけど残すなんて出来るわけがない。
もう悠二は居なくて、だからこれが悠二がくれる、最後の――
「……う…………ひっく…………」
ビショビショにふやけてしょっぱくなってしまったメロンパンを、必至になって呑み込む。
顔の表情を出来る限り笑顔にしようと引きつらせる。
「私は……泣いてなんか……」
口に出して自分に言い聞かせようとする。
「泣いて……なんか…………」
止まらなかった。
「あ…………」
既にひび割れ、折れていた心は、今度こそ完全に――

「わあああああああああああああああああああああああああぁっ!!」

決壊した。




102 名前:メロンパン(10/15) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/04/19(水) 19:09:46 ID:83Ikd83b
(そう。悠二は……死んだ)
裂かれた死体を見て。
殺人者に遭遇して。
放送を耳にして。
遺品を手にして。
完膚無きまでにそれを理解した。理解させられた。
(悠二が……死んだんだ……)
何よりも大好きだった少年はもう居ない。
そこにある残滓さえ、日を経れば全て消えてしまう。
紅世の関係者以外の全ての記憶から消え、死体や戸籍も消えていく。
後には何も残らない。
何かを遺す事さえできない。
(そんなのイヤ)
悠二の死体が包まれたマントを見つめると、心の奥から声が響いた。

――血を啜れ

(……いっそ、それでも良いのかもしれない)
もしも悠二の血を吸えば、悠二の何かを遺せるだろうか。
もしも悠二の血を吸えば、その力で零崎を捜し出して殺せるだろうか。
それは彼女、フレイムヘイズが戦ってきた悪、紅世の従の所業。
フレイムヘイズになるものとして生まれ、フレイムヘイズになる事を選び、
フレイムヘイズとして生きてきた彼女にとって死よりも最悪の行為。
だが同時に、一人の少女であるシャナは彼を求めていた。
強く、同時に弱いシャナのその弱さは、行為を求めていた。
(アラストールの声は聞こえない。
 冷静なテッサは死んでしまった。
気高いダナティアでもテッサを守れなかった。
ダナティアの大切な仲間だというサラも死んだ。弔詞の詠み手も、死んだ)
咎める者も救う者も居なくなった。
全ての偶然が悪意を持ってシャナを追いつめた。
遂にシャナは悠二を包んだマントに屈み込み……

103 名前:メロンパン(11/15) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/04/19(水) 19:10:38 ID:83Ikd83b
「――シャナ。君は坂井悠二を二度殺すのか?」
ベルガーが食い下がった。
セルティと保胤、そしてベルガーがその行為を否と言う。
「二度、殺す……?」
悠二はもう死んでいる。なのに何を……
「彼の遺志が残っています」
「遺志……?」
保胤の言葉が虚を突く。
「こいつは、誰かに殺された場合の事さえ考えていた」
ベルガーは“二束目”をシャナに投げ渡した。
「このゲームを打破するために出来る事は無いか。
 そう考えて……死ぬまでに自分が考えた事、通った道筋すら、
そのレポートには全部書き込んである」
「ぇ……!?」
このゲームが始まってから死ぬまでの間に悠二がどんな道筋を辿り、
どんな事を考え、どんな人と出会ったかが、全て記載されたレポート。
物語と禁断の記述以外の全てが記載された二束目。
「悠二が何を考え、何を託したかはそれを読めば判るはずだ。
 ……そこに込められた想いを、殺しちゃいけない」
それは悠二から遺された何かと、ベルガーの言葉。
その二つはシャナに浸み入り、励まし、支え、叱咤する。
挫けるな。
立ち上がれ、前に進め、まだおまえは終わっていない。

「ありがとう、ベルガー。保胤にセルティも、ありがとう」

シャナは本当に心から礼を言った。
心配してくれた、気遣ってくれたベルガーと仲間達に。

「でも……ごめん」


104 名前:メロンパン(12/15) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/04/19(水) 19:12:06 ID:83Ikd83b
シャナはベルガーの思いやりに感謝すると同時に、怖れた。
ほんの数十秒前、シャナは完全に吸血衝動に身を委ねていた。
もう耐えられず……ベルガーの血をも求めてしまうかもしれなかった。
悠二以外の誰かに助けられることまでも恐かった。
悠二を失って苦しんでいるのを悠二のせいだと言ってしまうようで嫌だった。
「悠二は置いていく。……埋葬して」
血塗れの悠二を見る度、未練と欲望、衝動が膨れ上がる。
自分が壊れていく。悠二を汚していく。
だから辛うじて、それを認めた。
「置いて……いく? おい、シャナ……」
だけど、レポート一束じゃあまりに心細かった。
だから……
「ダメだ! 待て、シャナ!」
悠二の遺体に近づこうとしたベルガーの一瞬の隙を突き、シャナは信じがたい速度で駆けた。
狙いは一つ、坂井悠二のデイパック。
理性的判断などではなかった。
単に悠二の物を一つでも多く持っていきたかった、それだけだ。
目の前にセルティが、保胤が立ち塞がる。
シャナは贄殿遮那を抜き放ち、セルティへと叩きつける!
セルティはそれに反応しギリギリで鎌の柄だけを作り受け止め……
(峰打ち……!?)
斬るためではなくはね除ける為の打撃は重く、セルティの体を吹き飛ばす。
保胤もセルティの下敷きとなり道が開いた。
シャナは半ば裂けたデイパックを僅かに残された中身ごと抱え、飛んだ。
跳躍ではない真上への飛行だ。
炎の翼を翻し、一気に上空へと舞い上がる。
『待て、シャナ!』
「待ちなさい、シャナ!!」
幾つもの声を振り切り、シャナは霧の夜へと消えた。

     * * *


105 名前:メロンパン(13/15) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/04/19(水) 19:12:51 ID:83Ikd83b
悠二のデイパックの中に残っていたのは血に濡れた食料だった。
袋が破れ血を吸い込んだメロンパンが5つ。
同じく袋が破れた、血に濡れた保存食が3食分。濡れてない物が2食分。
元々は更に有ったのかもしれないが、穴の空いたデイパックに残っていたのはそれだけだった。
(これ……全部、悠二の血…………)
悠二の何かを求める想いと煮え滾る吸血衝動が混ざり合いつつあった。
僅かに正気を取り戻した心は吸血を否定する。
悠二から血を吸いたくなくてデイパックだけを持ってきたのだ。
悠二の血に堕落しないその為に。
なのに目の前には悠二の血に濡れた食料が有った。
(考えればすぐ判った事じゃない)
血塗れで破れたデイパックの中に血塗れの食料が回収されずに残っていた。
それは起きて何の不思議も無い事だ。
(早く、捨てなきゃ……)
悠二の血を見ていたら、その匂いを嗅いでいたら、その水音を聴いていたらダメになる。
血に触れてしまい、すくって飲んでしまいそうになる。
その味に堕ちてしまいそうになる。
だから捨てよう。そう思い、しかし――
(死人の血でも、ダメなの?)
――迷いが過ぎった。
かつて出会った“屍拾い”ラミーを思い出した。
死者の力だけを集め、世界に影響を与えない無害な紅世の従。
シャナとアラストールは害の無い存在だとして逆にラミーを守りさえした。
(あんな風に、誰にも迷惑をかけなければそれでいいじゃない。
 フレイムヘイズの役目は世界の歪みを正す事、化け物を狩る事じゃない)

弱った心に、その甘えが染み込んでいった。

甘い、あまい、アカイ誘惑が染み込んでいった。




106 名前:メロンパン(14/15) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/04/19(水) 19:13:42 ID:83Ikd83b
シャナは取りだしたメロンパンの包みをじっと見つめ……ややあって、包装を破いた。
芳ばしい網目が入った、果汁の入っていないタイプの……赤く濡れたメロンパン。
ぴりぴりと開いた破り目からメロンパンを出すと、外側のクッキー部分を少しずつ囓る。
包装が破れ斑模様に血を吸ったメロンパンは、カリカリという食感を僅かに残してくれた。
口の中に入ってすぐに濃密な血の匂いが鼻腔まで立ちこめた。
濃密すぎる血の香りは、それが悠二の物だと思うと悲しく、なのに愛おしかった。
咀嚼すれば血の味混じりの甘い味が広がって、自分が何を食べているのかが判らなくなる。
よく噛んで呑み込むと、今度は食べた所から覗いたパン生地にかぶりつく。
しっとしとしたモフモフという食感に時折ニチャニチャという嫌な響きが混じる。
柔らかで落ち着いた甘みと濃厚で鉄の味のする血の香りが口の中に広がった。
そのままメロンパンの円を直線に削るようにモフモフとした生地の部分を食べる。
その後でまた、カリカリとしたクッキーの部分を囓るのだ。
『こうすることで、バランスよく双方の感触を味わえる』
得意ぶって悠二にメロンパンの食べ方を講釈した時の事を思いだす。
今ではカリカリにもモフモフにも血の嫌な、なのに気にならない食感が混ざる。
悠二はもう居ないけれど、悠二の血の味はシャナを甘く慰めてくれた。
(まるで悠二がギュッとしてくれているみたいで……)
ふと気づくと手が真っ赤に染まっていた。
口元も血だらけだった。
メロンパンに付いていた血が付いたのだ。
それだけだと判っていて、でも……悲鳴をあげた。

シャナはまだ、メロンパンを笑いながら食べてはいなかった。

     * * *

少しだけ、別の話をしよう。
坂井悠二の、最後の不幸についての話だ。
坂井悠二の最大の不幸は、シャナに巡り会う事も出来ず殺された事だろう。
だがその不幸は死後にもう一つ追記される事となった。
それは悠二がシャナの為に想いと優しさを篭めて遺した物が、
少女を奈落に突き落とす最後の一押しとなった事だった。

107 名前:メロンパン(15/15) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/04/19(水) 19:15:54 ID:83Ikd83b

そう、少年と少女は運が悪かった。
そうとしか言い様が無いほどに運が悪く、全ての偶然に牙を剥かれた。
「…………帰ったのか、ダナティア」
「ええ、一歩遅くね」
ダナティアは帰還した。
近くまで来た時点で透視で霧の向こうを見据え、仲間達の居場所を確認。
その状況が危急である事に気づき、転移で帰還するも……間に合わなかった。
『…………あと少しが、届かなかった』
ダナティアの胸でコキュートスは悔やみの言葉を発した。
それはアラストールにとって珍しいことだ。
それでも思わずそんな言葉を発していた。
少しして、背後の茂みを掻き分け更に数名が顔を出す。
リナ・インバース。
彼女に担がれた意識不明の海野千絵。
魔界医師メフィスト。
藤堂志摩子。
竜堂終。
もし霧が晴れていれば何らかの手段で追跡が出来たかもしれない。
もしリナの帰還がもう少し早ければ、高速飛行魔法で追えたかもしれない。
もしダナティアの帰還がもう少し早ければ、幾つかの対策は有った。
コキュートスを渡し安静を計っても良い、メフィストの治療を受けさせても良い。
その要因はどれも一つ違えば結果が違ったものだ。
海野千絵に逃げられなければリナはシャナを止めるのに参加し追跡を行えた。
美姫と出会わなければリナはもう少し戻っていた。
そしてそれはダナティアにも同じ事が言える。
小早川奈津子のバクテリア騒ぎが無ければ、誰かが志摩子を抱えて急ぐ選択肢が有った。
もし、もしも。
幾つもの、無数の仮定。
だが届かなかった今となっては――その全てに意味が無かった。



108 名前:メロンパン(1/報告3) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/04/19(水) 19:16:56 ID:83Ikd83b
【F-5/森/1日目・18:30】
【大集団】
【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は多少回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 シャナの吸血鬼化の進行が気になる。

【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:平常
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:平常。
[装備]:鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
    PSG−1(残弾ゼロ)、マントに包んだ坂井悠二の死体
    悠二のレポートその1(異界化について)
    悠二のレポートその3(黒幕関連の情報(未読))
[思考]:悠二を埋葬する/シャナを助けたいが……見失った。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました


109 名前:メロンパン(2/報告3) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/04/19(水) 19:18:14 ID:83Ikd83b
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:コキュートス/UCAT戦闘服(胸元破損、メフィストの針金で修復)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る

【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし/衣服は石油製品
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

【Dr メフィスト】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:不明/針金
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1700ml)/弾薬
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る

【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識(姉の面影を重ねています)
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。

【竜堂終】
[状態]:打撲/上半身裸/生物兵器感染
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し祐巳を助ける




110 名前:メロンパン(3/報告3) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/04/19(水) 19:19:51 ID:83Ikd83b
【F-5周辺/??/1日目・18:30】
【シャナ】
[状態]:吸血鬼状態突入。吸血痕と理性はまだ有り。
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
    悠二の血に濡れたメロンパン4個&保存食3食分、濡れていない保存食2食分、眠気覚ましガム
    悠二のレポートその2(大雑把な日記形式)
[思考]:せめて人を喰らう事はしないように
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼の再生能力と相まって高速で再生するが、その分だけ吸血鬼化が進む。
     吸血鬼化はいつ完了してもおかしくない。

111 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/04/25(火) 12:47:48 ID:6UAQBNRn
保守

112 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/04/30(日) 03:07:17 ID:gfE0yPi5
保守

113 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/05/02(火) 17:49:20 ID:bJwR3I7P
スレ・保守

114 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/05/02(火) 22:38:44 ID:RkqRvOWJ


115 名前:灰色の虜囚(1/12) ◆685WtsbdmY 投稿日:2006/05/05(金) 19:13:18 ID:yA03YTWi
 名も無き小さな島がある。
 何処とも知られぬ偽の“海”に浮かぶ奇怪な島だ。
 内部に囚われた者達にとっては、まさしく呪われた島ともいうべき場所だろう。凄惨な殺し合いを
強要され、それに勝ち残る他に生きる術は無いのだから……
 その島の南部の平原には城が建っている。石造りの堅固な構造をしており、規模こそ小さいが城壁まで
備える立派なもので、その点だけ見ればこれを城と称するのに何の不足も無い。しかしその一方で、
周囲に重要な施設があるわけでもなく、島の交通の要衝にもなりえないこともまた、明白な事実だ。
あまりに十分“すぎる”機能と、それに見合うだけの目的の欠如。この不釣合いが、島の他の施設と同じく、
見る者にどこか作り物めいた印象を与えずにはいられなかった。
 すでに日没が近いが、陽の光は深い霧に阻まれて届かず、薄闇の中にぼんやりと浮かぶ城を訪れる者は
誰もいない。その内部を動き回る者もおらず、すべての部屋が静寂に満ちていた。だが、まったくの無人
というわけではない。
 二階の一室、魔法で封じられた扉によって守られた場所に、一人の少女の姿があった。
 少女は身じろぎもせずに椅子に腰掛け、考え込むような視線を窓の外へと向けている。部屋の明かりは
点けられておらず、その姿が定かではない中で、ただ、額の額冠(サークレット)にはめこまれた
深紅の宝石だけが、怪しい光を放っていた。

                    ○


116 名前:灰色の虜囚(2/12) ◆685WtsbdmY 投稿日:2006/05/05(金) 19:14:22 ID:yA03YTWi
 カーラが目覚めたのは17時過ぎのこと。すでに、睡眠をとり始めてから、4時間が経過していた。
 現在の状況はカーラにとって思わしいものではない。これまでに出会った者のほぼ全てから敵対視
されており、しかも、そのうち幾人かには正体が露見している。情報の提供者もおらず、遠見の水晶球
すら持たない以上はカーラ自身が参加者たちに接触していく必要があるが、雨に続く濃い霧に阻まれて
城外へ出る決心がつかずにいた。
 天候を操作するという選択肢は早々に放棄された。あの“神野陰之”との出会いから得た結論だ。
この島の天候を操っているのがかの者であるならば、カーラの行使しうる最大の魔力で〈天候制御〉
の呪文を唱えたところで徒労に終わることはまず間違いないだろう。
 結局、カーラは霧が薄くなるまでの時間を状況の整理に使うことにした。18時の放送も近く、安全な
場所で考えを深めるというのも悪くはないように思えたからだ。
 カーラは窓の外へと向けていた視線をはずし、自分の支配する福沢祐巳の肉体を眺めわたした。
 まず、最初に行うべきは、現在自分が行使しうる力の把握だ。休息によって疲労からはほぼ回復したと
いっても良く、安定と引き換えの運動能力の低下以外に身体上の問題は無い。
 だが、魔法についてはどうだろうか。すでに、呪文の詠唱に要する精神力の増大には気付いていたが、
今思えばそれだけということは無いように見える。
 少なくとも、この場にあるが故の制約として〈隕石召喚〉の呪文は使えまい。そもそも、この世界の
夜空に輝く星々が星界に属するものかも疑わしいが、島の“外”から内へと物質の移動を行うことは、
その逆と同様に許されないだろう。
 もっとも、これなどは大した問題ではない。原因と結果が十分に予測可能だからだ。
 むしろ、以前の戦いにおいて〈魔法の縄〉が破られたことの方がはるかに重要な意味を持つ。あの時、
巨人族の力をもってすら逃れることのできない束縛から老人は脱した。一方で、〈火球〉やその他の
呪文は、その効果を減じることの無いまま発動している。原因は不明だが、結界などの影響とは無関係に
特定の呪文だけが効果を表さないという可能性を常に意識しておく必要があるということだ。

117 名前:灰色の虜囚(3/12) ◆685WtsbdmY 投稿日:2006/05/05(金) 19:15:14 ID:yA03YTWi
(身体的な能力にはそれなりに期待できるとしても、魔法については注意が必要。
 そして、……この額冠はどうなっているのかしら?)
 例えば、だ。古代王国の亡霊たる自分が、五百年もの長きにわたってその存在を維持しえたのは、
器の肉体を滅ぼした者は次の器として支配されるという魔力が額冠に付与されているからに他ならない。
だが、――あたかも参加者たちの如く――そこに何らかの手が加えられている可能性もありうるの
ではないだろうか?
 傍証は有る。本来、器となる肉体を持たずしてはカーラとて何もできない。しかし、この世界では、
付近にいる人間に語りかけることはできたし、その結果、竜堂終や福沢祐巳は額冠を装着し、その肉体を
支配されることとなった。このゲームを仕組んだ者にとってその方が都合の良いからだろうと気にも
留めていなかったが、ならば、他の部分にも彼らの都合で手が加えられていたとしも何の不思議も無い
はずだ。
(そう、それこそ……)
 記憶の欠如や“失われずに残っている”記憶、自分がここにいる理由ですら、そういった作為
――都合の良いようにカーラを動かすための操作の一環――の結果であるのかもしれない。
改竄された記憶を持つ者ほど操りやすいものは他に無いだろう――それが可能ならばの話だが。
(あの神野とやらになら、できるのかもしれないわね)
 そう呟いて、カーラはこの件についてそれ以上考えるのをやめた。
 どのみち確かめる方法は無い。参加者たちのように刻印がなされているとすれば、解析のための呪文に
反応して呪いが発動する恐れがあるからだ。
 それに、彼らがあくまでこちらを参加者同様に扱うというならば、今はそれに従って動くだけのこと。
参加者として身を守り、参加者として他の参加者を操り、参加者としてゲームをつぶせばいい。
それは確かに困難なことではあるが、まったくの不可能ではない。そのことをカーラはある一人の戦士に
よって何度も思い知らされている――もっとも、その男もこの世界においては死を迎えたことを忘れる
気は無いが。
 依然として霧は晴れず、そして……三回目の放送が始まった。

                    ○


118 名前:灰色の虜囚(4/12) ◆685WtsbdmY 投稿日:2006/05/05(金) 19:17:18 ID:yA03YTWi
 放送によって、袁鳳月と趙緑麗、坂井悠二、サラ・バーリンの死が明らかになった。
 カーラの正体を知る者の数自体は減ったが、肝心の藤堂志摩子、竜堂終、ダナティアの三人がいまだに
健在であり、依然として状況が好転したとは言い難い。
 ただ、坂井悠二が消えてくれたことは僥倖だった。これで火乃香と、あの“神野陰之”に集中できる。
 神野は……その言を信じるならば、時空にとらわれず、助力を願い出るものにその強大なる力を貸す、
正に神のごとき存在だ。以前考えたとおり、これに対抗するために火乃香は使えるだろう。だが、神野に
挑む前に死んでしまう可能性も無いわけではないし、こちらの都合の良いように動いてくれる保証もない。
終あたりと接触されて、命を狙っていることに気づかれるようなことにでもなれば、カーラにとっても
危険な存在になりうる。他にも何らかの形で対抗手段を用意しておく必要があるだろう。
(“人”よりも“物”の方が扱いやすい……そう、例えば、“魂砕き”ならどうかしら?)
 魔神王の不滅の魂すらも打ち砕き、消滅せしめたかの魔剣なら、神野に対しても致命的な一撃を加え
られるかもしれない。
 もちろん、自分を傷つけられるような武器をわざわざ支給品に加えておくとは考えにくいし、
少なくとも、その力を弱めるように手を加えるぐらいのことはしているはずだ。だが、黒衣の将軍の名が
名簿に記されている以上、考慮はしておいても損は無い。もし、存在するなら、それを振るう手とともに
早急に確保すべきだろう。
 同様に、役に立ちそうな物品があればなるべく手に入れ、その機能を把握しておきたいところだ。
有用な品を自分に都合良く動いてくれる参加者にわたしていくというのは、事態を望ましい方向へと
動かすのには十分に有効な手段となる。

119 名前:灰色の虜囚(5/12) ◆685WtsbdmY 投稿日:2006/05/05(金) 19:18:11 ID:yA03YTWi
(けれど……)
 カーラは眉をひそめた。刻印がある限り、それらの手立ての全ては無意味だ。火乃香だろうと、
“魂砕き”を手にした戦士だろうと関係ない。神野は、その一撃が届く前に呪いを発動させるだけの
ことだろう。
 結局、刻印の解除方法を手に入れなければどうにもならない。古代語魔法にも、呪いを含む一切の
魔力を打ち消す呪文があるが、それはいわば正攻法であり、効果を現すためには刻印をなした者の魔力を
打ち破る必要がある。
 だが、それは不可能だ。
(……ならば鍵は十叶詠子)
 彼女は神野の正体について知っているのみならず、刻印についても何かをつかんでいるようだった。
加えて、――“法典”とか言っていたか――ダナティア同様に参加者を結集させて、神野やアマワに
相対しようとする者のことも知っているらしい。もし、手を組むならば、こちらの正体を知り、いずれ
敵対を余儀なくされるダナティアよりも良い相手だろう。
(もっとも、先程の放送で名前を呼ばれなかったとも限らないのだけれど)
 ふと、窓の外を見やると、霧はだいぶ薄くなっており、出発しても良い頃合のように思えた。
 カーラは、傍らに置いておいた角材をつかんで立ち上がった。一見すると椅子の脚にしか見えないが、
魔法の発動体としての魔力を付与してある。別段必要なものというわけではないが、なまじ魔法の知識が
ある者が相手ならば目くらましにはなるだろうと思い作成しておいたものだ。
 上位古代語の文言を呟き、両腕を複雑に動かして呪文を紡いでいく。その最後の言葉とともに透視の
呪文が完成した。目の前の扉の外の廊下、反対側の部屋の内部、さらにその向こうの様子が、カーラの
意思に従い次々と脳裏に浮かび上がってくる。

120 名前:灰色の虜囚(6/12) ◆685WtsbdmY 投稿日:2006/05/05(金) 19:20:04 ID:yA03YTWi
 それに気づいたのは、城の内部を探り、城の周囲を大雑把に見渡してもう一度階下を見下ろしたときの
ことだった。笑みを浮かべて扉に駆け寄ると、そっと囁く。
「ラスタ」
 開き始めた扉をすり抜け、階段を慎重に、しかし素早く駆け下りる。幸い、現在、城の内部には自分
しかいないから多少の音は問題にならない。それより、呪文の効力が続いている間に目的の場所に到達
しておきたかった。
 一階に降り立ち、扉をいくつかくぐって厨房に入った。この間も、魔法の感覚は捉え続けている。
厨房の真下にある地下室、そこからさらに地下へと向かって続く階段。そして、その先に一人でたたずむ
妖魔の姿を。
 カーラは厨房の床にしつらえられた扉の前に立った。地下室に下りるには、この奥のはしごを降りれば
よいが、その前に一つだけ済ませるべきことがあった。手にした棒杖(ワンド)を振り上げ、呪文の
詠唱を開始する。
「……我が目は真実のみを見て、我が耳は真実のみを聞く」

                    ○

 放送から十五分。いまだに誰も姿を見せないことにピロテースはいらだっていた。
 そもそも、放送で空目とサラの名が呼ばれてしまったことが忌々しい。一時とはいえ手を組んだ者が
倒れたことに対する悔やみもあるが、そればかりではない。組んでいる者の人数が減れば、裏切りや
外部からの攻撃に晒された際の危険度はその分増すことになる。それこそ、ついにクエロが裏切って、
二人を殺害した可能性すらあるのだ――もっとも、それならばクリーオウが生きているはずもないとも
思えたが。
 いっそのこと、同盟を解消してしまった方が良いのではないのかとすら思えてくる。休息だけなら、
木々の精霊(エント)の力を借りて避難所を作ればいい。木々の生い茂る森の中でなら周囲の景色に
まぎれ、他の参加者から襲撃を受ける心配はまず無い。

121 名前:灰色の虜囚(7/12) ◆685WtsbdmY 投稿日:2006/05/05(金) 19:20:58 ID:yA03YTWi
 だが、実際にそうするわけにはいかない理由が二つあった。
 まず、せつらとの連絡を失うわけにはいかないというのが一つ。(多少、酔狂なところがあるとしても)
彼の協力がアシュラムと出会うためには非常に役立つことは否定できない。次に、城内を探索し、拠点と
することを諦めたくないというのがもう一つ。城は目立つ分、そこにアシュラムがいる可能性も、
これから訪れる可能性もわずかながらある。しかし、自分一人では探索も休息も危険すぎてできたもの
ではない。
 ピロテースは、北へ続く通路のその奥の闇を見つめてため息をついた。待つことしかできない現在の
状況が歯がゆい。
「話がしたいのだけれど、そちらに行ってもよいかしら? 闇の森の妖魔よ」
 突然降ってきた声に、はじかれるようにしてピロテースは立ち上がった。木の枝を構えて周囲の様子を
探るが誰もいない。
 当然だ。声は、城内へ通じる階段の上から響いてきた。その主の姿など、ここから見えるはずもない。
しかし、ならばなぜ、相手はこちらを“闇の森の妖魔”と断言できるのだろうか。
「何者だ?」
「私の名に意味などないわ。ただ、ロードスに縁のある者と思ってもらえれば結構よ」
 投げかけた言葉は、ただ、〈姿隠し〉の呪文を唱える時間を稼ぐつもりのものでしかないはずだった。
しかし、それに対する返答を、ピロテースは無視するわけにはいかない。ピロテース自身はロードスに
ついて、誰かに話したことなど一度も無い。ならば、声の主は本当にかの島の出身者なのか、
それとも……。
「降りてくるがいい。ただし、ゆっくりとな」
 返答の代わりに、階段の上からは足音が響いてきた。魔法によるものか、それとも何らかの道具による
ものなのかは分からないが、おそらく相手にはこちらの姿が見えている。それならば、こちらから姿が
見える場所にいるほうが対処もしやすいはずだ。
 ピロテースは木の枝を握った右手を背中に隠し、聞こえてくる足音に集中した。硬い靴底と石造りの
床が立てる音は次第に高くなり……

122 名前:灰色の虜囚(8/12) ◆685WtsbdmY 投稿日:2006/05/05(金) 19:22:20 ID:yA03YTWi
 姿を現したのは一人の少女だった。粗末な貫頭衣に身を包み、片手に短い木材を携えている。
奇妙なのはその額にいただかれた額冠。それには人の双眸を模した文様が彫りこまれており、まるで
四つの瞳に見つめられているような錯覚に陥らされた。
「用件は?」
 ピロテースはそれを睨み返して訊ねた。どうということもない少女に見える。だが、魔法の使い手
である可能性もある以上、油断はできない。風の精霊力の働いていないこの場所で、〈沈黙〉の呪文は
使えないのだから。
「限定的な協力関係の樹立と、情報の交換」
「名も明かさない者を信用するとでも?」
「思わないわ。
 けれど、黒衣の将軍の身の安全を確保したいという点であなたと私は協調できるのではないかしら」
 内心の動揺を悟られまいとするピロテースの努力を見透かしてか、少女はうすく笑んで後を続けた。
「もし、そうならば、この話はあなたにも益があるはず。
 限定的な協力関係というのはね、六時間後、次の放送までに私が黒衣の将軍に出会ったら、
 身の安全を確保してここに連れてきてあげようということ。
 もちろん、あなたが私の用事をすませてくれるように約束してくれればの話だけれど」
 少女はそこで再び言葉を切り、こちらの様子を窺ってきた。ピロテースが手で先を促すと、
うなずいて“用事”について語りだす。
「あなたは十叶詠子という少女について同じようにしてくれればいい。
 『“祭祀”が“闇”について問いたがっている』と言えば通じるはずよ。
 それと、火乃香という少女について。これは身柄を確保する必要はないわ。
 現況について調べてくれればそれで十分」
 “十叶詠子”という人物については空目から話を聞いている。彼の説明によれば、係わり合いになる
のはかなり危険な手合いとのことだった。ならば、その身の安全を確保しようとする目の前の少女もまた、
自分にとっては警戒すべき人物ではないのか? はたしてこの申し出、受けてよいものなのだろうか?

123 名前:灰色の虜囚(9/12) ◆685WtsbdmY 投稿日:2006/05/05(金) 19:24:04 ID:yA03YTWi
「……いいだろう。その二人の特徴について聞こう」
 結局、疑念よりもアシュラムと合流できる可能性を少しでも増やしたいという思いが勝った。
少女の話に耳を傾け、その内容を記憶にとどめる。
 こちらは一人であちらは二人。しかも、少女の言を信じるならば、アシュラムの身柄の確保は
その元々の予定のうちにある。取引としては不利なようにも見えるが、積極的に動く必要が無いことを
考えればさしたる問題にはならない。唯一、十叶詠子と実際に遇ってしまった場合を除いては。
「……次は、情報の交換といきましょうか。あなたの現在の仲間について――」
「それは断る」
「義理堅いこと。別に他意はない。彼らと私で争いになっては困るでしょう?」
 拒絶の言葉に苦笑する少女に、ピロテースは鋭く告げた。
「信用していないと言ったはずだ。それとも、裏がないと証明できるとでも?」
「そうね。確かにそんなことはできない。
 でも、あなたの返答の対価が、黒衣の将軍についての情報だとしたらいかが?」
「アシュラム様について知っているのか!?」
「おちつきなさい。それを聞きたければ、私の質問に答えるのが先よ」
 ぎり、と音が鳴るほど奥歯を噛み締めて、ピロテースは怒気をはらんだ視線を少女に向けた。
一方の少女といえば、それをひるみもせず受け止めて、ただ冷ややかに見つめ返すばかり。
 数秒か、数十秒か。張り詰めた空気の中で対峙し……
「私、は――」
「言う必要はないわ。私の質問に答える気でも、そうでなくてもね」
 沈黙を先に破ったのはピロテース。しかし、その言葉を遮り、少女は告げた。
「ごめんなさいね。
 私の無礼、詫びたところで許せるものではないでしょうけれど、それでも謝らせてもらうわ」
「先ほどの質問の答えは、あなたが言う必要があると思えるようになったときに聞かせてもらえればいい。
 最後まで言わなくてもいい。その代わりに他の質問に答えてもらう。
 藤堂志摩子、竜堂終、ダナティア。この三人の中に会った者はいる?」

124 名前:灰色の虜囚(10/12) ◆685WtsbdmY 投稿日:2006/05/05(金) 19:25:01 ID:yA03YTWi
 ピロテースは深く息を吸き、吐いて呼吸を整えた。自分の忠誠や信義、誇りをもてあそばれたことに
対する怒りは深く、容易にぬぐえるものではない。だが、それに身をゆだねたところで何の意味がある
だろうか。今はまだ、相手に従って会話を続けるほかないのだ。
 他の二人は知らないが、確かダナティアはサラの仲間だったはず。しかし、大雑把な特徴を
聞いているだけで、会ったことは一度もない。
 少女の意図はわからないが、そのまま答えても問題は無いだろう、とピロテースは判断した。
「いないな」
「なら、“魂砕き”の所在について心当たりは?」
 心当たりがまったく無いというわけではないが、それを教えてやるつもりはピロテースには毛頭もない。
即座に否と答えた。
「見たこともない?」
「あれは、アシュラム様の物だ。もし目にするようなことがあれば、なんとしてでも取り返している。
 そんなことより、私はお前の質問に答えた。そろそろ、そちらの情報について話すべきではないのか?」
 食い下がってきた少女にピロテースは怪訝なものを覚えたが、これ以上こちらを怒らせるつもりは
ないということか、苛立たしげにそう告げてやると今度はあっさりと引き下がった。
「その通りね。夜明け前のことよ……」
 少女は語った。G-8の物見やぐら周辺で、一人の少年がアシュラムと遭遇したこととその顛末、
そして、アシュラムの傍らにいた女のことを。
 如何なる偶然か、その女の特徴に合致する者をピロテースは知っている。詠子やダナティア同様、
直接会ったことがあるわけではなかったが、極め付けに危険な人物としてだ。
(せつらに会わなければならない理由が増えたな……)
 彼ならこの情報を最大限に役立てることができるはずだ。今は、何よりもアシュラムの様子がおかしい
ことが気がかりだった。
 その次は、城と、その周辺地域の状況についての情報交換が行われた。少女が、説明のために鞄から
紙と鉛筆を取り出そうとしたとき、警戒したピロテースが棒杖を捨てさせるという一幕はあったが、
それ以外は衝突も無く、ピロテースは城の内部に関する情報を得、代わりに地下道を南に進めば洞窟に
出ること、城の周辺には現時点ではほとんど人がいないと考えられることをかいつまんで説明した。

125 名前:灰色の虜囚(11/12) ◆685WtsbdmY 投稿日:2006/05/05(金) 19:26:49 ID:yA03YTWi
そして……
「私からの最後の質問だ。
 赤い服を着た気の強い栗色の髪の女と、目つきとガラの悪い黒髪黒尽くめの男に出会ったことは?」
「残念ながらないわね。詳しく教えてもらえれば、連れてきてあげてもよいけれど?」
「無用だ。
 言っておくが、私はこれ以上お前とは話したくない。
 余計な世話を焼く暇があるなら、先に自分の最後の質問の内容でも考えるがいい」
「嫌われたものね」
 肩をすくめてそう言うと、少女はなにやら考え込むようなそぶりを見せた。数秒の間そうしてから、
手にした紙に鉛筆を走らせつつ口を開く。
「……魔力や、それに類する力に精通している者に心当たりは?」
 放られた紙が床に落ちる前に、ピロテースはさっと左腕を伸ばしてそれを捕まえた。一瞬だけ
少女から視線をはずし、流麗な書体で書かれたロードスの共通語の文に目を通す。
 その目が、すうっ、と細くなった。
『管理者の耳から逃れることはできぬゆえご容赦を。この世界と、刻印について調べたい』
 この島に解き放たれてからしばらく、頭にあったのは、いかにしてアシュラムの元にたどりつくか
というただそれだけで、その後のことなど念頭に無かった。今思えばずいぶんと浅はかなことだ。
それに気づかせてくれたという点だけでも、“仲間”たちには感謝してよいだろう。
 しかし、「この世界からの脱出方法を探す」と言ったゼルガディスは殺された。“異界”について
言及した空目も、それによって刻印が無効化できる可能性を示唆したサラもだ。彼らは刻印や
この世界について何かをつかんでいたのかもしれない――サラや空目は自分たちの会話が筒抜けになって
いると気づいていた節がある――が、最早何もできない。一方自分といえば、生きてはいるが刻印に
ついて何も打つ手はない。
 ならば、――今もって目の前の少女を信用する気にはなれなかったが――なすべきことは一つだ。
 木の枝が、石造りの床に落下して乾いた音を立てた。ピロテースはため息をついて右手を差し出し、
少女がほうり投げた鉛筆を受け取ると、手にしたままの紙の余白に必要な事項について書き付けた。
「……私は会ったことはないが、先程の二人はかなり高度な魔法を操るらしい。
 他にも、メフィストという男がいる」

126 名前:灰色の虜囚(12/12) ◆685WtsbdmY 投稿日:2006/05/05(金) 19:27:25 ID:yA03YTWi
 ピロテースの手から離れた紙は、宙でくるりと一回転して少女の足元に滑り込んだ。
『刻印について調べているらしい』

                    ○

 霧が晴れた後も、変わらず城は静寂に満ちている。
 その城門から、月明かりに照らされた草原へと一つの影が躍り出た。
 森に入ろうというのか、影はすぐに道をそれて東へと走る。夜目の利く者ならば、その影が一人の
少女であるとすぐに分かっただろうし、あるいはその額に奇妙な形をした冠を認めることができたかも
しれない。
 少女は森の縁にたどり着くと、そのまま奥へと進んでいく。その姿は木々に隠れ、たちまちのうちに
見えなくなってしまった。
 
 
 行動を再開してから最初に出会った参加者が、アシュラム配下のダークエルフとは運が良かった。
こちらは相手の手の内を知っているし、取引材料もある。おまけに、行動を共にしている者もいる様子で
交渉相手としては申し分なかった。
 もっとも、必要な情報が不足なく得られたというわけではない。魔法の使い手であるという二人の名
までは聞き出すことができなかったし、メフィストについても、外見的な特徴について教えてもらった
程度にすぎない。“仲間”についても最後までしゃべらなかった。
 “刻印”を餌にちらつかせてもこの程度。ずいぶんと嫌われてしまったようだが、提供された情報に
嘘はない――あったとしても、あらかじめ唱えておいた呪文の効果によってすぐにそれと気づいたはずだ。
 例外と言えば“魂砕き”についてだが、あの魔剣の威力を知る者ならば当然の反応といえばそのとおりで、
気にするほどではないだろう。少なくとも、こちらを積極的に騙す気はなさそうだった。今後も情報交換の
相手として期待できるかもしれない。
 いずれにせよ、あの様子なら黒衣の将軍と刻印のどちらか、あるいはその両方の情報を求めて、次の
放送の時には再び城の地下に姿を現すだろう。その時に、こちらの頼みを果たしてくれていることを
祈るばかりだ。





127 名前:灰色の虜囚(状態表) ◆685WtsbdmY 投稿日:2006/05/05(金) 19:28:35 ID:yA03YTWi
【G-4/城の地下/1日目・18:35】

【ピロテース】
[状態]: 多少の疲労。
[装備]: 木の枝(長さ50cm程)
[道具]: 蠱蛻衫(出典@十二国記)
支給品2セット(地下ルートが書かれた地図、パン10食分、水3000ml+300ml)
アメリアの腕輪とアクセサリー
[思考]: アシュラムに会う。邪魔する者は殺す。再会後の行動はアシュラムに依存。
    武器が欲しい。G-5に落ちている支給品の回収。
(中身のうち、水・食料品と咒式具はデイパックの片方とともに17:00頃にギギナにより回収)
    もうしばらく待っても誰も来なければ、単独行動を始める。
[備考]: クエロを強く警戒。刻印に盗聴機能があるらしいことは知っている。


【G-4/城の地下/1日目・18:40】

【福沢祐巳(カーラ)】
[状態]: 食鬼人化、あと40分の間、耳にした嘘を看破する呪文(センス・ライ)の効果が持続。
[装備]: サークレット、貫頭衣姿、魔法のワンド
[道具]: ロザリオ、デイパック(支給品入り/食料減)
[思考]: フォーセリアに影響を及ぼしそうな者を一人残らず潰す計画を立て、
     (現在の目標:火乃香、黒幕『神野陰之』)
     そのために必要な人員(十叶詠子 他)、物品(“魂砕き”)を捜索・確保する。
[備考]: 黒幕の存在を知る。刻印に盗聴機能があるらしいことは知っているが特に調べてはいない。

128 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/05/09(火) 22:29:02 ID:bZwQZrl9
捕囚

129 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/05/13(土) 13:17:57 ID:SkTDGMxg


130 名前:空想科学世紀のシンパシー(1/3) ◆MXjjRBLcoQ 投稿日:2006/05/15(月) 21:17:11 ID:wHT+dogz
 二人を見送ってすぐ、あたしたちも神社を後にした。
 地下道を見つけたりとひと悶着はあったけど、結局あたしたちはどんよりとした雲の下を進んでいる。
 少しの物珍しさであたしは空を見上げながら。後ろの二人は解除式を解きながら。
 コミクロンの長い解説によるとによるとアレはほんとは雲ではなく霧だそうだ。
 さっきまでの霧が風に流され空へと帰っているとのこと。ここの天気は砂漠よりも繊細で表情が豊かだ。
 水溜りにわざと足を踏み入れながら、あたしは歩いた。
 雨上がりの空気には包み込むような暖かさがあった。風はほとんどない。
 むせるような草の香りに、あたしは額に意識を少し振り分けた。
 草や樹から蒸気が、香りが、気が、立ち昇って大気を満たしていた。その圧倒的な気配に心が震える。
 気づけば、コミクロンが不思議そうな、不気味そうな目でこちらを見ていた。
 まるで理解不能のようなものを見る視線。
 あたしはただ空を見上げた。日はとうに暮れている、だんだんと空は明度を失っていく。
 こういう視線はボギーで慣れてる。
 なんだかんだで最後はわかってくれるという信頼も、ある。
 あたしは笑って、最後にちょっとだけヘイズを見た。
 ヘイズのは、違う。理解を含んだ視線、受け入れて、自分もそれを楽しんでいる視線だ。
 こっちも知ってる視線。でもなんというか慣れない。体がなんだか「コチコチ」になる。
 ちょっとだけ、あの顔、やわらかい笑みがちらつくからだ。
「ヴァーミリオンもそうだが一体何が珍しいというのだ……
 どんな辺境から来たらそうなるのか、さすがに大陸一の哲学者足るべき俺にも想像できん」
 コミクロンの言葉にあたしとヘイズは一瞬きょとん、となった。
 他人の事情は聞かず語らず、辺境のルール。でもあいにくココは辺境じゃない。
 あたしとヘイズは顔を見合わせた。その目がしかたねーといっていた。
「一言で言えば、」
 そこだけ言って止まった。あたしを庇ったんだ、と判ってしまった。
 霧はもう晴れた、といっても低いところだけでのこと。
 丘の木々は白いもやを、煙羅煙羅と纏っている。ちょっと息苦しそうにも見える。
「地獄みたいなとこだ」


131 名前:空想科学世紀のシンパシー(1/3) ◆MXjjRBLcoQ 投稿日:2006/05/15(月) 21:17:48 ID:wHT+dogz
 そう答えて、一房の青い髪を指先に絡めた。
 ちょっとかっこいい、と思うと急になんだかこっぱずかしくなった。
 様になってると心の中で言い直すことにしておく。
 ヘイズはそのまま指を弄ぶようにくるくると回す。どこまで信じれるように話せるか迷ってる。そんな風に思えた。
「十年ほど前にな、空が青くなくなった。そっからは戦争だ。結局自分たちの惑星をめちゃくちゃにして終わったよ」
 結局答えはひどく抽象的で簡潔なものだった。それでも、全てが秘密のイクスとはここで決定的に違った。
 ヘイズが空を仰ぐ。釣られてあたしも首を後ろに倒した。
 空は鉛色。星もなければ、月も出てない。森があっても緑はない。
 ひどく不透明なコントラストの世界だ。あたりはまだ微かに明るい、けど輝くものが一切ない。
 一切合切が輪郭だけになってしまったような虚脱感。
「もっとも俺は元の青空を見たことはねぇけどな」
 ヘイズの言に誇張はない、と思う。直感だ。
 ここは過去だ。
 世界はひとつじゃないってことをあたしは知っている。
 確かに、直接は関係ないかもしれない。
 でも、もっと本質的に、あたしやヘイズにとって生きていく先じゃなくて、後ろにある場所だ。
 あたしとヘイズの間でひどく冷たいラインが走っているのを感じた。
「当然、生きているのは人間だけだ」
 でも、そこから流れてくるヘイズの世界は、あたしのよりももっと深いところにある気がする。
 いうなれば、淵が近いんだ。
 湿気を吸ったタンクトップが心なしか、重い。
 この共感はちょっと怖い。
「ふーん」
 あたしは気のない返事を装って首を前に戻す。
 ヘイズがどんな表情をしているのか、気にならないといえば嘘になるけど。
 それよりもヘイズの声のさばさばとした気配、懐かしさだけの、わだかまりのない気配を信じることにする。
 感傷はあんまりガラじゃない。
「ちょっとまて、ヘイズ? 貴様一体いくつなんだ」
「   あ、」
 声が漏れた。言われてみると確かにそうだ。珍しく現実的なコミクロンの突っ込みよりも驚きだ。

132 名前:空想科学世紀のシンパシー(3/3) ◆MXjjRBLcoQ 投稿日:2006/05/15(月) 21:19:22 ID:wHT+dogz
【H-1とG−1の境界辺り/海岸近くの平原/1日目・18:40】


『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:どうやってごまかす?
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:健康。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:ヘイズっていくつ?

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
     刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:辻褄が合わん、これだから(取るに足らない愚痴なので以下省略
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。左回りに島上部を回って刻印の情報を集める。

133 名前:嘘つきは語り手にしておく・b(1/12) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:18:25 ID:dqZldjCz
 神社にいた三人との交渉をどうにか終えて、あたしたちは来た道を戻っている。
 三人に会う前、木の枝に引っかけておいた上着は、そのまま置いていくことにした。
傘の代わりに使ったせいでずぶ濡れだから、乾くまでは邪魔になるだけだろうと思う。
 辺りは夕闇に覆われ始めていた。雨は止み、霧は晴れたけれど、雲に遮られて月は
見えそうにない。あたしは立ち止まり、デイパックを開けて懐中電灯を取り出した。
「あの三人の話をどう思う?」
 ヒースロゥが、三人から渡されたメモを指さしながら、あたしに訊いてきた。
 刻印解除構成式とやらのことを尋ねたいらしい。
 会話を盗聴しているらしい連中には、「火乃香の知人に関する情報をどう思うか」と
尋ねたように聞こえているはずだった。
 一応「刻印の仕組みについてはさっぱり判らない」と彼には前もって伝えてある。
 それを彼が信じたかどうかは、この場合、あまり関係ない。
 問題は“あの三人に嘘をつかれているかどうか”ということ。
 構成式については理解不能だけれど、腹の探り合いなら、あたしの専門分野だ。
「鵜呑みにするのは論外だけど、深読みしすぎるのも危険なのよね」
 肩をすくめて苦笑する。交渉の席では“まったく疑っていない”という態度を見せて
おいたけれど、当然それは演技だった。
「半信半疑といったところか」
「どっちかというと信じてるわ。だいたい六信四疑くらい」
「根拠は何だ?」
「女の勘、ってことにしときましょうか」
 ヒースロゥの眉間には、しわが寄っている。やはり、まだ少し警戒しているらしい。
 利害が一致している以上、共存共栄できるならお互いに利用しあうべきなんだから、
無駄に警戒されすぎても困る。ま、油断していい理由にはならないけど。
 とにかく、ちょっと解説しておいた方がいいか。
「メモに書いてあることが嘘だっていう証拠はないし、嘘じゃないという証拠もない。
 あいつらは『解る奴には解る』なんて言ってたけど、『誰にも解らない』って結果に
 なったとしても、ちっとも不自然じゃないのよ。今のところ、何も断定はできない。
 でも、デタラメにしては内容が細かいような気もするのよね。ボロを出さないように
 したいなら、もうちょっと情報量を減らしてきそうなものなんだけど」

134 名前:嘘つきは語り手にしておく・b(2/12) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:20:54 ID:dqZldjCz
「だが、そう感じるように仕向けられているのかもしれない」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。考えても答えは出ないわよ」
 半数以上の参加者が既に故人となっている。
 メモの内容を理解できそうな参加者が、もう全員殺されている可能性だってある。
 出会った相手が特殊な能力を使えたとしても、その能力では刻印を解析できないかも
しれない。
 けれど同時に“参加者は誰も刻印の解析ができない”という可能性もある。仲間を
集めるために「刻印の解析ができる」という嘘をつかれた、と考えることもできる。
嘘だとしたら、“本当に刻印を解析できる誰か”が現れたときに立場が悪くなるけど、
「殺し合いをやめさせたかったから仕方なく騙した」とでも主張すれば、交渉次第で
どうにか罪を軽くできるはず。情状酌量の余地は充分すぎるほどある。
 黙考するヒースロゥに対して、気楽そうな表情を作って向けてみせる。
「これがきっかけで優秀な人材が集まれば、とりあえずそれでいいわよ。あの三人、
 手を組む相手としては上々だし」
 あたしは最初から、過度の期待をしていない。
「見たところ、殺し合いを楽しんでいる手合いではなさそうだった……だが……」
 ヒースロゥが顔をしかめ、わずかにうつむく。
 そんな態度の原因には、心当たりがある。
 しばらく逡巡したけれど、今ここで指摘しておくことに決めた。
「さっきの放送が、そんなに気になる?」
 一瞬、彼が視線をこちらに向け、すぐにそらした。やっぱり図星か。
「死者の数が多すぎる。これまでは『乗って』いなかった者たちが、次々に『乗って』
 いるのかもしれない」
 確かに、あの三人は今のところ味方だけど、最後まで味方だという保証はない。
「そうね。でも、死者のうち少なくとも二人は『乗った』参加者だった。あたしたちが
 知らない死者だって、返り討ちにされた殺人者なのかもしれないじゃない」
 判っている。そうだったとしても、ヒースロゥの不安が消えないことくらい。
「そうだったとしても、もう誰も死なないという結論にはならない。これからも誰かが
 きっと殺されていくだろう」

135 名前:嘘つきは語り手にしておく・b(3/12) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:23:23 ID:dqZldjCz
 あたしもそう思う。だからこそ、あたしは彼と行動を共にしている。
 故に、いざというとき彼が躊躇しないように、今ここで思考を誘導させてもらおう。
「生き残ってる殺人者が極悪人ばかりだったら、あんたは何も悩まずに戦えるのにね」
「何が言いたい」
 あたしはいきなり立ち止まる。続いて歩みを止めたヒースロゥの背中に、世間話でも
するかのように語りかける。
「例えば、楽しくも嬉しくもないけれど殺してる殺人者がいるかもしれない。普通の
 人間は誰もがそうなる必然性を秘めている。死にたくないから。生きていたいから。
 元の世界に帰りたいから。24時間ずっと誰も死ななかったときには、全員の刻印が
 発動するのよね。“誰も死ななかった”って放送が三回続いたら、殺したくなくても
 殺そうとする参加者が、たぶん大量に現れる」
「…………」
 ヒースロゥは振り向かない。前を向いたまま、彼は鉄パイプを握る手に力を込めた。
「例えば、この島にいる誰かを守るために、その誰か以外の全員を死なせようとしてる
 殺人者だっているかもね。殺して殺して殺しまくって最後には自殺するつもりで、
 愛に生きて愛に死ぬ気の、それ以外に選択肢を見つけられなかった参加者が」
「…………」
 ヒースロゥは振り向かない。彼が今どんな顔をしているのか、あたしには判らない。
「例えば、絶望のあまり発狂して、ありとあらゆるものをメチャクチャにしたいとか
 考えるようになった殺人者がいてもおかしくない。この『ゲーム』に参加させられた
 せいで、極限まで追い詰められて壊れちゃった参加者が」
 挑発的な口調で、奮起を誘う声音で、あたしは言葉を投げかける。
「そういう連中を殺してでも、悲劇を終わらせる覚悟はある?」
 ヒースロゥは振り向かない。彼は、ただ前だけを見ている。
「どんな理由があろうとも……俺は、『乗った』者を許すつもりはない……!」
 そう言い放ったヒースロゥの声からは、強い意志が感じ取れた。
 あたしは無造作に片手を上げ、彼に向かって腕を伸ばし、目に見えない何かに指先で
触れるような仕草をしてみせ――そのまま何もせずに手を引っ込めた。
「……おい」
 一瞬で振り返ったヒースロゥが、何か言いたげにあたしを見ている。

136 名前:嘘つきは語り手にしておく・b(4/12) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:24:59 ID:dqZldjCz
「やめた。その決意には『鍵をかけて』あげない。迷いは自力で克服してちょうだい」
 飄々とした態度で応答し、ヒースロゥの隣を通過して、あたしは先に進む。
 罪人への憤りを固定したら、むやみに敵を深追いしたがるようになるかもしれない。
決断力が向上した分だけ判断力が劣化してしまっては、あまり意味がない。
 後ろから、苦笑するような吐息が聞こえた。

 あたしたちは市街地へ戻ってきた。もうすぐ海洋遊園地の出入口に到着する。
「!」
 隣を歩いていたヒースロゥが、不意に何かを察知した。
 あたしたちは素速く背中合わせの位置に移動し、小声で必要最低限の会話をする。
「敵?」
「単独行動しているらしい。殺気は感じない。おそらく気づかれていない」
 相手の探査能力は、一般人と同等かそれ以下ね。だからって安心はできないけど。
「そいつを囮にした襲撃者は?」
「いないはずだ。万が一いるとすれば、襲われるまでどうしようも……ん?」
 説明が途切れ、背中越しに怪訝そうなつぶやきが聞こえた。あたしは短く彼に問う。
「何?」
「気配の主が海洋遊園地に向かった」
「潜伏するつもりかしら」
「とりあえず会ってみるか」
「そうね」
 彼の剣技と身のこなしを思い出し、あたしは頷く。
 ヒースロゥがいれば、遭遇者に襲われたとしても対処できるはずだ。勝てなくても、
逃げるくらいは可能だろう。
 あれでも「普段のようには体が動いてくれない」などと本人は言っていた。冗談の
ような話だけど、その言葉のどこにも嘘はないようだった。
 そんなに強かったヒースロゥでさえ、故郷の世界で無敵だったわけじゃないらしい。
 彼の故郷は、普通の生物が平凡に暮らしているだけの場所だとは言い難かった。
 なんだかよく判らないものに人が殺されていく世界を、あたしは簡単に想像できた。
 でも、嫌な世界だとは感じない。

137 名前:嘘つきは語り手にしておく・b(5/12) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:27:29 ID:dqZldjCz
 特別な何かなんて、あってもなくても人は死ぬ。栄養補給ができなくなれば死ぬ。
大量に失血すれば死ぬ。重要な器官を潰されれば死ぬ。呼吸ができなくなれば死ぬ。
滑って転んで頭をぶつけただけでも死ぬときは死ぬ。
 あたしだって、いつどこで死んでもおかしくない。
 これまでもこれからも、いつまでもどこまでも、死の恐怖は身近にある。
 どんな世界で生きたとしても、それは少しも変わらない。
 忍び足で移動しながら、ふと思う。
 この島から生きて出られるとしたら、ひょっとすると、未知の世界へと自由に行ける
ようになるかもしれない。そんな移動手段が手に入ったとしても不思議はない。
 そうなったら、いろんな世界をあちこち旅してみる、っていうのも悪くないかな。

 あたしたちの尾行は、数分で気づかれたようだった。
「わたしに用があるなら、出てきたらどうですの?」
 問題の人物は今、海洋遊園地の真ん中で、懐中電灯を使ってこちらを照らしている。
 遭遇者は、東洋風の装束を着た、銀の瞳と長い髪を持つ少女だった。
 あたしたちの知らない参加者だ。火乃香の知人でもない。
 逃げようとする様子はない。勇敢な性格だからか、絶望しているからか、それとも
『乗った』参加者だからか。
 ヒースロゥが姿を見せると、少女は忌々しげに口元を歪めた。
 ……嫌な予感がする。違和感があるのに、その原因が把握できない。
 あたしは今、物陰に隠れ、ヒースロゥと少女との対峙を覗き見ている。
 弱そうな外見のあたしと真面目そうな言動のヒースロゥが一緒にいれば、無害そうな
印象を相手に与えられるかもしれない。ただし、神社での一戦と同じく、ヒースロゥに
対する足枷としてあたしが利用されてしまうおそれもある。
 とりあえず、あたしは伏兵として待機中だった。神社のときとは違い、今度の相手は
一人きりなので、こういう作戦を選ぶ余裕があった。
 たたずむ少女から距離をとり、鉄パイプを構えて、ヒースロゥが声をかける。
「お前は『乗って』いるのか?」
「殺し合うつもりはない――そう答えれば信じるんですの?」
 会話が成立する程度には理知的な相手らしい。理知的な殺人者かもしれないけど。

138 名前:嘘つきは語り手にしておく・b(6/12) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:29:48 ID:dqZldjCz
「いや、疑う。明らかに『乗った』と判るなら、疑う余地はなくなるわけだからな。
 言っておくが、俺は『乗って』いない。だが、殺人者が相手なら戦う気だ」
「……正直な方ですのね、あなたは」
 ヒースロゥを値踏みするように眺めながら、少女が口を開く。
「こちらからも、一つ訊いていいでしょうか?」
 油断なく相手を見据えたまま、ヒースロゥが応じる。
「答えられる内容なら答えよう」
 ゆるやかに、穏やかに、湿った風が吹き始めていた。
 真剣な口調で、少女は問う。
「あなたには、守るべき相手がいますか?」
 尋ねる声は、どこか悲しげに響いたような気がした。
 ……嫌な予感がする。首筋を悪寒が這い回っている。
 ヒースロゥは堂々と頷き、即答した。
「ああ」
 そして、あたしは見た。
 答えを聞いた少女が、銀の瞳に冷たい光を浮かべる瞬間を。
 懐中電灯が少女の手を離れて落下し、地面に転がる光景を。
 長い髪を風になびかせて、少女が後ろへと跳躍する様子を。
 跳躍しながら少女が文言を紡ぎ、紙片を撒き散らす過程を。
「臨兵闘者以下略! 絶火来々、急々如律令!」
 紙片が激しく燃え上がり、空中に炎の塊が生まれ、数秒で消滅する。
「……!」
 いち早く状況を把握するため、あたしは五感を研ぎ澄ませる。
「お前は――殺人者か!」
 ヒースロゥが叫んでいる。とっさに伏せて、攻撃をやりすごしたようだ。どうやら
無傷らしい。一秒で起き上がり、再び鉄パイプを構えている。
「くっ!」
 少女が片手に紙片を広げる。まるで手品師のような、熟練した挙動だった。
 よく見ると、紙片の正体は、奇妙な文字や紋様が記されたメモ用紙らしい。
 呪符……のようなものなんだろうか?

139 名前:嘘つきは語り手にしておく・b(7/12) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:32:15 ID:dqZldjCz
 呪符がないと攻撃できないように見せかけて、いきなり予備動作なしに炎を放ったり
するかもしれない。余計な思い込みは捨てた方が無難か。
 弱点は“技の制御に難があること”だろうと思う。
 一撃必殺を狙ったにしては、発火が早すぎた。呪符が適切な位置まで届くより先に、
技が暴発したような印象があった。そのせいで攻撃に失敗したらしい。
 敵は遠距離攻撃に向いた能力の使い手で、たぶん能力を制御しきれていない。
 近づくことさえできれば、勝機は充分にある。
 ヒースロゥは怒っていた。すさまじい怒気の余波が、ここまで伝わってきている。
「それは、お前が殺した犠牲者の顔と姿なのか? 正体を現したらどうだ」
 ヒースロゥの問いを聞き、少女は興味深げに目を見開いた。
「この顔自体はわたしの顔ですけれど……何故、この姿がまやかしだと判りました?」
 吐き捨てるようにヒースロゥは言う。
「どこにも血がついていないように見えるが、お前からは血の匂いがする」
「なるほど。風上に陣取ったのは失策でしたわね」
 少女が襟首の辺りから呪符を剥がして捨てると、その姿が紫色の煙に包まれた。
 煙が消えた後に立っていたのは、確かに同一人物だった。けれども、細部がまったく
違っている。銀の双眸は氷のような眼光を放っていたし、装束を染める色彩は致命的な
ほどの失血を連想させた。しかし、彼女自身は怪我をしていない。あれは他者の体から
流れ出た血の跡だ。
「何故『乗った』? あいつらが本当に約束を守るとでも思っているのか?」
 少女の視線とヒースロゥの視線が交錯する。
「ええ……だからこそ、あなたはわたしの敵ですわ」
 二人の声を聞きながら、あたしは飛び出す準備をする。彼女が攻撃を放とうとした
瞬間に視界内へ姿をさらせば、きっと注意を引けるはず。わずかにでも隙ができれば、
後はヒースロゥが何とかしてくれると思う。

140 名前:嘘つきは語り手にしておく・b(8/12) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:35:55 ID:dqZldjCz
「抵抗をやめて投降するというなら、殺しはしない」
 そう言って、ヒースロゥは刻印を指さしてみせた。
「俺たちに協力すれば、一人ではできなかったことが、できるようになるだろう」
 指先が刻印の上を横切る。刻印解除を意味する動作だ。少女はそれを正しく理解した
ようだった。わずかに目を細めて、彼女は嘆息する。
「信用できませんわね」
「交渉決裂か」
「ええ」
 会話しながら、二人はそれぞれ武器を構え直す。まさに一触即発だった。
「ならば、お前をここで討つ」
「あなた一人では、わたしには勝てませんわよ。臨兵闘者――」
 飛び出すなら、今だ。
 ヒースロゥの背後へ現れると同時に、あたしは口の中で適当に言葉をつぶやく。
 ちなみに、あたしの手には今、扇状にトランプが広げられている。
「!」
 少女があたしに気づいて驚く。彼女の視線が、あたしの手元と口元を往復した。
 相手が符術使いだからこそ、このはったりは抜群の効果を発揮した。
 騙せたことを確認し、戦場の外へ向かって、あたしは全力疾走を開始する。
 次の瞬間、炎の燃え盛る音が聞こえてきた。ヒースロゥに対する牽制攻撃だろう。
動揺しているせいなのか、さっきよりも見当違いな位置で呪符が発火したようだった。
 あたしは少女の視界内を真っ直ぐに通過し、また物陰に隠れて様子をうかがう。
 ヒースロゥが一気に間合いを詰め、鉄パイプを振り上げようとしていた。
 水溜まりから飛沫を舞い上げ、水音と共に彼は突進する。
 少女は慌てているらしく、何枚も呪符をこぼしながら、それでも新たな呪符を掴む。
「臨兵闘者以下略! 電光来々、急々如律令!」
 後ろへと跳躍しながら、少女は呪符を投げつける。呪符が雷を生み、光り輝く。
 その直後には、もうヒースロゥの手から鉄パイプが消えていた。
 空中で、投げ捨てられた鉄パイプに電撃が当たり、火花を散らしている。
 一流の戦士は皆、そうすべきだと思った瞬間に躊躇なく武器を手放せる。武器を使う
ことと武器に頼ることは違う。その違いを知らない者は、強者たりえない。
 ヒースロゥは、武器に拘泥しなかった。

141 名前:嘘つきは語り手にしておく・b(9/12) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:38:48 ID:dqZldjCz
「……!」
 でも、勝ったのは少女の方だった。
 ヒースロゥは意識を失い、水溜まりの上に倒れて動かなくなった。
 認めたくはないけど認めるしかない。どうやら、敵の方が一枚上手だったらしい。
 呪文を唱える前に、彼女は地面に呪符を落としていた。投げつけた呪符を囮にして、
彼女は地面の呪符にも雷を発生させた。足元の水溜まりがヒースロゥへ電撃を伝えた。
跳躍していた彼女が着地したときには、既に決着がついていた。
 隙だと思っていたものは、罠だった。
 横たわるヒースロゥのそばに立ち、少女があたしに語りかける。
「あなたの相棒は、まだ生きていますわよ。単に気絶しているだけですから、わたしを
 撃退できれば死なずに済むでしょうね」
 得意げな様子でも喜んでいる様子でもない、淡々とした声音だった。
「あなたはこれからどうしますの? わたしと戦いますか? それとも、彼を見捨てて
 逃げますか? どちらを選んでも構いませんわよ」
 三秒だけ考えて結論を出した。物陰に隠れたまま、あたしは返事をする。
「どっちも選ばない。あたしは取引を提案する」
「あらあら、面白いことを言う人ですわね」
 意外そうな、そして愉快そうな声が返ってきた。上手くいくかもしれない。
 さぁ、ここからが正念場ね。
「こっちが提供できるものは“あたし”で、あんたに提供してほしいものは“彼”よ」
 あたしは彼女に姿を見せる。手には何も持っていない。掌を広げて示し、頭の後ろで
両手を組んでみせる。トランプは今、ポケットの中に入っている。
 すぐに武器を構えることはできないけれど、武器を捨ててはいない。安心はさせず、
警戒もさせず、様子を見たくなるように仕向ける。
 少女は黙って呪符を構えている。「続けなさい」という意思表示だろうと解釈した。
「あたしたち二人をしばらく殺さないでくれるなら、あたしはあんたの捕虜になる」
 緊張も焦燥も胸中に封じ込め、あたしは交渉人の役を演じる。
「抵抗はしないし、情報の出し惜しみもしない」
 勿論、嘘だけどね。できることなら、ギギナみたいに『鍵をかけて』説得したい。
教えても問題なさそうな情報しか伝える気はないし、バレない程度に嘘だってつく。

142 名前:嘘つきは語り手にしておく・b(10/12) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:39:52 ID:dqZldjCz
 無害な弱者を装いながら、あえて余裕たっぷりの口調で、あたしは捕虜の必要性を
説明する。
「この『ゲーム』の終盤には、“ひたすら隠れ続けてる相手を24時間以内に探し出して
 殺さないと刻印が発動する”なんて事態が待ってそうだとは思わない? そんなとき
 捕虜がいれば、捕虜を殺して時間を稼いだ後、隠れてる参加者をゆっくりと探せる」
 少女が無言のまま構えを解く。今も呪符は持ったままだけど、悪くない反応だった。
 親しげに、あたしは彼女に笑顔を見せる。
「いざというときの保険として、確保しておいて損はないんじゃない?」
 少女が口を開いた。
「わたしがその取引を拒んだら、どうしますの?」
 当然、その質問は想定済みだった。あらかじめ答えは用意してある。
「あたしは今すぐ自殺する。あんたの足元にいる男は、あたしよりも頑固で意地っ張り
 だから扱いにくいわよ。情報提供者としての価値は、あたしの方が上でしょうね」
 本当に取引を拒まれたら、はったりを駆使して抵抗するつもりだけど。
 あたしと少女は対話する。お互いに腹を探り合う。
「とりあえず捕虜になって好機を待ちたい、というわけですわね」
「怖くなんかないでしょう? あんたは強いんだから」
「そう言われて調子に乗るほど、わたしは子供じゃありませんわよ」
「それは残念」
 この交渉で窮地を切り抜けられないなら、かなり困ったことになる。
 さて、彼女はどう出るだろうか。
「決めました。彼もあなたも、今は殺さないであげましょう」
 あたしは、用心深く少女の様子をうかがう。
「交渉成立ってこと?」
「いいえ、わたしは逃げますわ」
「……え?」
 予想外の答えだった。一瞬、あたしは呆気にとられた。
「わたしを殺しにいらっしゃい。仲間を集め、知恵をしぼり、死にもの狂いで復讐しに
 おいでなさい。……遊び心を忘れてしまうほど、わたしは大人じゃありませんの」
 少女は、嬉しそうに笑っていた。
「きっと、楽しい殺し合いになりますわね」

143 名前:嘘つきは語り手にしておく・b(11/12) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:41:50 ID:dqZldjCz
 タチの悪い冗談みたいに、そのまま少女は走り去ってしまった。北側の出入口から
海洋遊園地の外へ向かうつもりのようだった。
 追いかけるべきだとは思えなかった。ヒースロゥを放置するわけにもいかなかった。
結局、あたしは彼女の背中を黙って見送った。
 もう灯りはない。地面に転がっていた懐中電灯は、少女が回収していった。
 辺りはすっかり暗くなっている。夜空は雲に隠されていて、月も星も見えない。
「ハードね、まったく――」 
 闇の中へ、あたしの溜息が拡散していった。

【F-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ/鋏/トランプ
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1300ml)/トランプ以外のパーティーゲーム一式
    /缶詰3個/針/糸/刻印解除構成式の書かれたメモ数枚
[思考]:とりあえずヒースロゥを物陰に運ぶ/ヒースロゥが目覚めたら移動を再開する
    /パーティーゲームのはったりネタを考える/いざという時のためにナイフを隠す
    /ゲームからの脱出/メモをエサに他集団から情報を得る
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ・10面ダイス2個・20面ダイス2個・ドンジャラ他。
    もらったメモだけでは刻印解除には程遠い。

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:気絶中(身体機能に問題はない)/水溜まりの上に倒れたせいで濡れている
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳を守る/マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム方針]:エンブリオ・ED・パイフウ・BBの捜索。右回りに島上部を回って刻印の情報を集める。
[チーム備考]:鉄パイプが近くに転がっています。二人とも上着を脱いでいます。
       二人の上着は、ずぶ濡れの状態で神社の木の枝に放置されました。

144 名前:嘘つきは語り手にしておく・b(12/12) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:42:58 ID:dqZldjCz
【E-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】

【李淑芳】
[状態]:????
[装備]:懐中電灯/呪符(5枚)
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン4食分・水800ml)
[思考]:????/北側の出入口から海洋遊園地の外へ出る/どこかに隠れて呪符を作る
[備考]:第二回放送をまったく聞いておらず、第三回放送を途中から憶えていません。
    『神の叡智』を得ています。服がカイルロッドの血で染まっています。
    夢の中でアマワと会話しましたが、契約者になってはいません。
    『君は仲間を失っていく』と言って、アマワが未来を約束しています。

※詳細は【嘘つきは語り手にしておく・a】を参照してください。

145 名前:嘘つきは語り手にしておく・a(1/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:44:43 ID:dqZldjCz
 目が覚めたのは、第三回放送が始まる少し前でした。
 そのとき陸は眠っていて、結局、あの犬は放送が終わるまで起きませんでした。
 放送が始まるまで、わたしは願っていました。どうか皆が生きていますように、と。
 祈ってはいませんでした。祈るべき相手がいませんから。
 それに、わたしたちは己を神と呼ぶ者たちですから。
 世界を創造したわけでもなく、全知全能でも不滅でも無敵でもなく、普通の人間より
少し長く生きられて、普通の人間より少し力がある、ただそれだけの存在ですけれど、
それでもわたしには、神を名乗る者としての矜持があります。
 放送を聞いていたときのことは、あまり詳しく思い出せません。聞こえてはいたはず
ですけれど、死者の総数も禁止エリアの位置も憶えていません。
 友と姉が殺されたことを、その放送で知りました。
 今も生き残っている参加者は、わたしの知らない人ばかりです。
 キザで変態で軽薄で女好きでしたのに、何故だか星秀さんは憎めない方でした。
 カイルロッド様は強くて優しい方で、最後までわたしを守ってくださいました。
 チビでカナヅチで未熟でも、義兄と呼ぶなら鳳月さんがいいと思っていました。
 杓子定規で融通が利かない反面、緑麗さんは懸命に努力する格好いい方でした。
 しょっちゅうケンカしましたけれど、わたしは麗芳さんのことが大好きでした。
 皆、死んでしまいました。
 そのとき、わたしが何を考えていたのか、もう自分でも判りません。
 ひょっとすると、何も考えたくなかったのかもしれません。
 気がついたときには、部屋の中が滅茶苦茶になっていました。
 どうやら、わたしが滅茶苦茶にしたようです。
 わたしは泣いていました。涙が止まらなくて、何もかもが歪んで見えました。
 泣き声が勝手に口からあふれ出て、まともにしゃべることさえできませんでした。
 ひどく暗鬱な何かが、わたしの内側を隅々まで満たしていました。
 とにかく、わたしは、とても疲れていました。

146 名前:嘘つきは語り手にしておく・a(2/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:46:30 ID:dqZldjCz
 今になって思えば、陸には申し訳ないことをしたものです。
 あの犬は、わたしが落ち着くまで、部屋の端で静かに耐えていました。
 第三回放送でシズさんの名前が呼ばれたかどうか、ずっと考えながらです。
 わたしの錯乱を、陸は一言も責めませんでした。
 いつも笑っているような顔が、どうにも寂しそうに見えました。
 その頃になって、ようやくわたしは陸の怪我に気がつきました。
 薄情な話だと自分でも思います。あまりの浅ましさに、我ながら吐き気がします。
 陸の背中からは血が流れ出ていて、白い毛皮が少し赤くなっていました。
 わたしのせいです。
 わたしは陸に謝りました。何度も同じ言葉を繰り返しました。
 陸は無言のまま首を左右に振り、目を閉じて溜息をつきました。
 許すという意味だったのか聞きたくないという意味だったのか、今でも判りません。
 格納庫で得た『神の叡智』には、様々な知識が収められていました。その中から、
わたしは異世界の術について調べました。故郷では、傷は秘薬で治すと相場が決まって
いましたから、わたしは治癒の術に関しては疎いんです。異世界の知識から治癒の術を
学ぼうとして、わたしは無我夢中で『神の叡智』をあさりました。
 平安京とかいう都で使われているという、簡単な血止めの符術なら、一応わたしにも
使えそうでした。ただ血を止めるだけの術で、傷が消えるわけでも活力が蘇るわけでも
ない、応急処置のための術でした。それでも使えないよりはいいと思いました。
 わたしの治療を、陸は拒みませんでした。大きな傷ではありませんでしたが、血は
なかなか止まってくれませんでした。案の定、大したことはできないようです。
 止血が終わった後、わたしは陸を気絶させました。治療の際に、電撃を発するための
呪符をこっそり貼りつけておいたので、それほど難しいことではありませんでした。
 夢の中で、アマワはわたしに未来を約束しました。『君は仲間を失っていく』、と。
 誰がわたしの仲間なのか考えて決めるのは、あの不可解な御遣いです。
 わたしの仲間だとアマワが判断すれば、わたしたちがお互いをどう思っていようが
関係なく、その“仲間”は殺されていくでしょう。

147 名前:嘘つきは語り手にしておく・a(2/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:47:56 ID:dqZldjCz
 わたしは、陸を死なせたくありませんでした。
 故に、わたしは陸の敵になろうと決めました。
 隠れていた建物の中で発見した、奇妙な格好の人形を使って、わたしは下僕を作り
ました。呪符を貼りつけて呪文を唱え、かりそめの命を与えて操ったわけです。
 ごく普通の人間よりも弱く、自律的に考えて行動できるような知能はなく、いきなり
単なる人形に戻ってしまうかもしれない、そんな下僕しか今は作れません。
 戦力という意味では、同じだけの労力で炎や雷などを生み出した方が便利です。
 しかし、それでも下僕は必要だったので、あえて作りました。
 下僕は、わたしの命令だけでなく陸の命令にも従うように設定しておきました。
 ここは半魚人博物館という施設らしく、その“ヌンサ”という人形は半魚人を模して
作られた物のようでした。外見は、大きな魚に人間の手足が生えたような感じ、とでも
表現すると判りやすいでしょうか。『神の叡智』によると、そういう種族のいる世界が
どこかにあるそうです。
 陸へ宛てた手紙を書いて、わたしは“ヌンサ”の脇腹に貼りつけました。
 手紙には、下僕に関する説明と、たくさんの嘘が書いてあります。
 これから殺し合いに参戦して優勝を目指すつもりだとか、シズさんを狙うのは最後に
しておくとか、邪魔をしても構わないけれど無駄だとか、そういった内容です。
 あれを読んで、陸がわたしを憎んでくれればいいんですけれど。
 “ヌンサ”の手に紙袋を持たせたりもしました。施設内の土産物屋にあった物で、
写実的に描かれた“ヌンサ”が「さあ、卵を産め」と言っている絵柄でした。
 紙袋には、手持ちのパンと水をそれぞれ半分ずつ入れておきました。餞別です。
 命令すれば、パンの袋やペットボトルのフタを“ヌンサ”が開けてくれるでしょう。
 わたしは“ヌンサ”に陸を運ばせて、南側の出入口から海洋遊園地の外へと一緒に
出ました。そして、H-2へ陸を運ぶよう“ヌンサ”に命令し、姿が見えなくなるまで
見送りました。
 あの様子なら、きっと無事に到着しただろうと思います。

148 名前:嘘つきは語り手にしておく・a(3/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:48:53 ID:dqZldjCz
 ふと気づくと、わたしは無意識に視線を空へ向けていました。
 この島では、どんなに空を見上げても、その先に天界はありません。
 どこか人のいない場所へ行きたいと思いました。
 それからどうするつもりだったのかは、もう忘れてしまいました。

 追跡者の存在に気づいたのは、海洋遊園地の中に入った後でした。
 殺されるかもしれないと思い、死をあまり怖がっていない自分に呆れました。
 でも、何もせずに殺されるつもりは最初からありませんでした。
 もしも相手が殺人者だったなら、相討ちになってでも殺してみせるつもりでした。
 わたしは涙を拭きました。
 追跡者がどんな人物なのか見極めるため、わたしは自分に呪符を貼り、呪文を唱えて
姿を偽りました。変身の術を応用して、自分自身に化けたことになります。血まみれの
衣服や普通ではない精神状態を、“普段の自分”に化けて隠したわけです。

 呼びかけに応じて現れた、鉄パイプを持つ男は、どうやら悪党ではなさそうでした。
騙そうとか欺こうとか、そういう雰囲気を彼からは感じませんでした。
「あなたには、守るべき相手がいますか?」
「ああ」
 わたしが失ってしまったものを、彼は失っていませんでした。
 そのとき、この人ならアマワを討てるかもしれない、と思いました。
 真に強くなれるのは、誰かを守るために戦う者だけです。
 誰が何と言おうと、わたしはそう信じています。
 だから、わたしは殺人者を演じました。
 不意打ちを狙って失敗したように見せかけ、戦いを挑みました。
 わたしと彼は、敵同士になりました。
「何故『乗った』? あいつらが本当に約束を守るとでも思っているのか?」
「ええ……だからこそ、あなたはわたしの敵ですわ」
 アマワが約束した未来に、もう誰も巻き込みたくはありませんから。
 わたしとの戦いを通じて、もっともっと強くなってほしいですから。
 わたしを倒せないようでは、アマワを討つことなどできませんから。

149 名前:嘘つきは語り手にしておく・a(5/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:51:01 ID:dqZldjCz
 いきなり乱入者が現れたときには、さすがに少し驚きました。
 手元が狂って、鉄パイプの彼に術を直撃させてしまうところでしたけれど、どうにか
当てずに済みました。本当に危ないところでした。
 乱入者は、鉄パイプの彼の仲間でした。相棒が接近戦を仕掛けやすくなるように、
注意を引いて隙を作らせようとしたんでしょう。
 戦いは、それほど長引きませんでした。
 威力を抑えた電撃で、鉄パイプの彼を、わたしは気絶させました。
 さもなければ、わたしは瞬殺されていたことでしょう。それでは意味がありません。
 捨て石になるのも踏み台にされるのも構いませんけれど、無駄死にするのは嫌です。
 相手の動きがもう少し速かったら、敗れていたのはわたしの方だったでしょう。
 手の内をかなり知られた以上、次に戦えば、わたしが負けることになると思います。
 乱入者の彼女に、わたしは問いかけました。
「あなたはこれからどうしますの? わたしと戦いますか? それとも、彼を見捨てて
 逃げますか? どちらを選んでも構いませんわよ」
「どっちも選ばない。あたしは取引を提案する」
 仲間を見捨てて逃げるようなら、どこまでも追いかけて全力で殺すつもりでした。
 そうならずに済んで、とても嬉しく思いました。
「わたしを殺しにいらっしゃい。仲間を集め、知恵をしぼり、死にもの狂いで復讐しに
 おいでなさい。……遊び心を忘れてしまうほど、わたしは大人じゃありませんの」
 外道らしく見えるように、邪悪そうな顔で笑っておきました。
「きっと、楽しい殺し合いになりますわね」

 北に向かって走りながら、わたしは涙を拭きました。
 生きている間に、やるべきことを済ませておこうと思います。
 役立ちそうな情報を書き記し、託せるように残しましょう。
 書き終わるまでは、なるべく死なずにいたいものです。
 そのために、まず、どこかに隠れて呪符を作ろうと決めました。
 わたしは玻璃壇を――島の詳細な立体地図を思い出して悩みます。
 隠れ場所は、どこにするべきでしょうか。

150 名前:嘘つきは語り手にしておく・a(6/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:52:08 ID:dqZldjCz
 どこに行くかは迷っていますけれど、どこかに行くこと自体を躊躇してはいません。
 禁止エリアに突っ込んでしまうかもしれませんけれど、動かないという選択肢は既に
ありえません。もはや、わたしは逃亡者なのですから。
 あの二人のような参加者が他にもいれば、その人たちとも敵対したいところです。
 ちょっと悲しい生き方ですけれど、寂しくはありません。
 わたしが憶えている限り、わたしの仲間は、わたしと共にあり続けるんですもの。

【E-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】

【李淑芳】
[状態]:精神的におかしくなりつつあるが、今のところ理性を失ってはいない
[装備]:懐中電灯/呪符(5枚)
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン4食分・水800ml)
[思考]:殺人者を演じ、戦いを通じて団結者たちを成長させ、アマワを討たせる
    /役立ちそうな情報を書き記す/北側の出入口から海洋遊園地の外へ出る
    /どこかに隠れて呪符を作る
[備考]:第二回放送をまったく聞いておらず、第三回放送を途中から憶えていません。
    『神の叡智』を得ています。服がカイルロッドの血で染まっています。
    夢の中でアマワと会話しましたが、契約者になってはいません。
    『君は仲間を失っていく』と言って、アマワが未来を約束しています。

※海洋遊園地内の、F-1にある半魚人博物館の一室が、滅茶苦茶に荒らされました。
※血止めの符術は、陰陽ノ京に“初歩の術”として登場したものです。
※陸(気絶中/背中に止血済みの裂傷あり)と紙袋(パン4食分・水800ml入り)が、
 “ヌンサ”(淑芳の手紙つき)に運ばれてH-2へ移動しました。

151 名前:嘘つきは語り手にしておく・a(7/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/05/17(水) 23:53:00 ID:dqZldjCz
【F-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ/鋏/トランプ
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1300ml)/トランプ以外のパーティーゲーム一式
    /缶詰3個/針/糸/刻印解除構成式の書かれたメモ数枚
[思考]:とりあえずヒースロゥを物陰に運ぶ/ヒースロゥが目覚めたら移動を再開する
    /パーティーゲームのはったりネタを考える/いざという時のためにナイフを隠す
    /ゲームからの脱出/メモをエサに他集団から情報を得る
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ・10面ダイス2個・20面ダイス2個・ドンジャラ他。
    もらったメモだけでは刻印解除には程遠い。

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:気絶中(身体機能に問題はない)/水溜まりの上に倒れたせいで濡れている
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳を守る/マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム方針]:エンブリオ・ED・パイフウ・BBの捜索。右回りに島上部を回って刻印の情報を集める。
[チーム備考]:鉄パイプが近くに転がっています。二人とも上着を脱いでいます。
       二人の上着は、ずぶ濡れの状態で神社の木の枝に放置されました。

152 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/05/20(土) 08:21:52 ID:e8xsHfvV
捕囚

153 名前: ◆wvQIyOr1qY 投稿日:2006/05/20(土) 14:19:44 ID:e8xsHfvV
【ふむ、この様子ならば約束の時間には十分間に合う。
あの淑女達との談話を早々に切り上げて、帰路を急いだ甲斐が有ったと言うものだ】
 島を白の天蓋が覆う中、かつて湖底であった体積した泥の上にて血文字を刻むのは、
 グローワース島が前領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵その人だった。
 濃霧の天蓋で視界が悪く、体積した泥で動きを制限されているものの、その移動は緩まない。
 とある仮面の男と再会するために、地下通路の出入り口まで移動する必要が有ったからだ。
 港から休む事無き強行軍はなかなかのエネルギーを消費するのだが、
【一旦、約束を承諾したからには、紳士がむざむざ遅刻するわけにもいくまい……!】
 と、流暢に文字を形作りながらもその進行に迷いは無い。
 あの仮面の青年は湖底と周囲の森を探索すると言っていた。
 己より先に地下通路に到着しているであろう事は簡単に推測できる。
 さらに、麗芳なる少女とも面会する予定だ。
 初対面の淑女にはことさら礼儀を持って相対するのは、爵位持つ者として当然の義務と言えよう。
 だが、集合時間までにはしばらくの余裕がありそうなので、子爵が遅刻という失態を犯す危険性は
 現在のところ低下した。
 他に、EDと麗芳の両者が殺害されて集合場所に現れないかもしれないという問題と、
 己は集合地点たる地下通路の明確な位置を知らないという問題が生じていたが、
 先の問題において子爵はどうしようもないので、ただ二人の武運をを祈るのみだ。
 それに対して、後の方の問題はほどなく解決した。
【ほう、雨水の雫は大地を進んで流れを作っている。この場はかつて湖があり
底に体積したものは粘土質の地面であるならば、水は地表を行くのだろう!】
 ならば、収束した雨露はどこに向かうのだろうか。
【簡単である! 水とは常に下へ向かうもの、流れの先には穴があるに違いない!】
 湖底中に溜まった水の大半は、小流となって排水溝たる地下通路に流れて行く。
 ならば子爵は水の流れに沿って進めば良いだけだった。
 要領よく進めば、ほどなくして大地の洞に行き当たるだろう。

154 名前: ◆wvQIyOr1qY 投稿日:2006/05/20(土) 14:21:06 ID:e8xsHfvV
 その頃、子爵の目指す先の地下通路にて静かな問答が行われていた。
「では、あなた方は無闇に殺人を犯すつもりは無いと仰るのですね?」
「現在の行動方針は先に述べた。しかし、自衛行為その他脱出に至る為の
最適手段であるならば、その限りではない」
 男が問い、機械が応じた。
 この二人は子爵に先立って地下通路に到着したEDと、諸事情により移動のできないBBだった。
 そうして相対した二人の脚部を湖底から流れ落ちる雨水が濡らしている。
 子爵の推理どうり、湖底に降った雨は地下通路を排水溝にして流れて行くようだ。
 だが、今の二人の眼中には水に漬かる脚など映っていない。
「双方、方針は理解し合えたようですね。質問を続けても良いですか?」
「問題無い」
 即座に返事が返った事を満足しながら、EDは頭の中で現状を整理してみた。

 EDが集合場所に移動した時に、地下通路の出入り口付近で争った形跡を発見した。
 雨によって削れていたが、足跡から大体の立ち回りと闘争の終末を理解したEDは、
 しばらく躊躇していたものの結局は地下通路に降りる事を選択した。
 その時に何をされたのか、詳細は今でも良く分からない。
 入り口をくぐった瞬間に意識が飛んで、気がつくと岩壁に押し付けられていた。
 扉の影に隠れていた何者かが、自分を掴んで引っ張ったらしい事に推理が追いついたので、
 身動きの取れない状況から何とか非武装を証明して、対話へと持ち込むことに成功した。
 相手が論理的だったのも幸いだったが、この時ばかりはED自身、己の弁舌を頼もしく思った。
 蒼い殺戮者と名乗ったその相手を見た瞬間、EDは心奪われた。
 界面干渉学の研究者たるEDにとって、鋼の身体を持つ異界者は絶好の研究対象だったからだ。
 先走りそうな心を抑えて、EDは蒼い殺戮者に質問を開始し、現在へと至る。

155 名前:密談は鬼嫁が寝ているうちに 3  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/05/20(土) 14:22:44 ID:e8xsHfvV
「あなたは見るからに窮屈そうですが……ここに留まる理由は何です?
外は霧に包まれていましたが、こんな所に留まるよりは他の建造物に非難した方が
何かと便利ですがね――例えば、灯台などは?」
 どうです? と問うたEDに対してBBは少々の沈黙の後に、
「付いて来い」
 と、簡素に告げた。そしてBBは狭い通路内で上手に反転し、奥の方へと移動してゆく。
 EDは着いていこうと即座に判断し、懐中電灯を残して自分の荷物を通路の扉付近に置いた。
 これなら子爵や麗芳が入ってきた時に、奥にいる自分の存在を知るだろう。

 歩き始めてすぐにEDは荷物を置いてきた事を正解だと思った。
 地下通路は置くに進むにつれて薄暗く、電灯の明かりも心もとない。
 それに加えて、流れる雨水がEDの脚を引っ張った。一歩が重く、その道程は不安に満ちている。
 これで荷物を担ごうものなら転倒は必至だった。
 そんなEDに比べて、先へと進むBBは特殊な知覚を有しているのか、その歩調に迷いは無く、
 通路下部を流れる水をものともしていない。闇を切り裂く刃の如くEDを先導していた。
 
 そして突然BBは立ち止まる。
「ここだ」
 EDは先行者の身体の奥を見通して、先の質問の答え――BBの事情を知った。 
「なるほど、負傷者を抱えていたのか」
 EDの視線の先には、セミショートの髪をした少女が岩壁の窪み――地下に通路を
 形成した時に落盤などで生じたものだろう――に横たわっている姿が見えた。
 瞑った瞳と、胸が規則的に上下している事から、睡眠中だろうと判断できる。
 彼女は何らかの理由で活動に支障をきたしているらしい事をEDは察した。
 地下通路から脱出して灯台などに移動するには、BBは彼女を抱えることに成る。
 当然、奇襲されてもとっさの反撃はできないだろう。それに比べて通路ならば
 襲撃者の行動や進路は制限される。警戒は容易だ。

156 名前:密談は鬼嫁が寝ているうちに 4  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/05/20(土) 14:23:54 ID:e8xsHfvV
「察したようだな」
 BBはあくまで必要最低限にしか語らないようなので、EDは幾つか問いかけた。
 彼女の状況や自分に出来そうな事などを
 答えは相変らず簡潔だったが、言葉に飾りが無い為にEDは即座に理解した。
 曰く、BBと彼女は戦闘行為を行った後に、小休止して地底湖方面に進むつもり
 だったらしい。しかし、少女が少し休む、言ってと睡眠を取り始めてしばらくすると
 BBは少女の身体に異常を感じたと言う。熱を探知するセンサーが、
 健康体には見られない発熱を察知したらしい。
 EDにとって好ましくない事だが、BBは本来ならば戦闘・破壊を主任務にしていたらしい。
 人体を壊す事はできても治す事は不得意なのだそうだ。
 然るべき医療措置を取れないので、BBは少女を安静にさせるべく付近を警護していた。
 EDが過去に麗芳に告げたとおり、地下通路は隠れて休むのには最適な場所だ。
 BBの立場を考えると、彼の判断はそこまで悪い物では無い。
 本来予定していた地底湖方面への移動は、水の流れからして危険と判断して中止し、
 右にも左にも行けないまま、現在まで至るとの事だった。

「彼女が自身の損害報告を行えるならば対処も可能なのだが、現状は睡眠中だ」
「少し、様子を見ても構いませんか? 人の身である僕なら何か分かるかもしれない。
それに、何か不審な行動を取ったら叩きのめして結構ですから」
「その申し出を受けよう」
 EDは屈んで彼女の額に手を当てたり脈を取ったりして、しばらくするとBBへ向き直った。
 こつこつ、と仮面を指先で叩き、結論を告げた。
「僕は医者ではないので断定はしかねますが――これは風邪の一種だと推測できますね」
「致死症の類では無いのか?」
「原因は疲労と体温の変化による免疫機能の低下と簡単に判断できますよ。
その他打撲や擦過傷、切り傷などが見られますが、直接の原因はやはり免疫低下のようだ」
 BBの視覚センサーに映るEDは、謎を解き明かした名探偵の如くご機嫌だった。

157 名前:密談は鬼嫁が寝ているうちに 5  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/05/20(土) 14:24:24 ID:e8xsHfvV
 EDはその後、僕に任せて下さい、こんな時の為に支給されたかのような物品が有るんです、と
 告げて再び少女に近づいた。
「但し、これ以上この人をこの場に置いておくのは危険ですね。傷口が化膿する可能性が
有りますし、未知の菌に侵されてしまうかもしれない……」
「やはり移動すべきか」
「そのようだ。まずは清潔な部屋と寝台、それに起床後に栄養価の高い食事などが必要でしょう」
 EDの言葉を聞いて、BBはすぐさま少女を腕に乗せた。爆弾を運搬するかの如き慎重さだ。
 それを見たEDは、BBは戦闘主体とは言えそこまで警戒すべき存在では
 ないのかもしれないと考えた。少なくとも、BBは論理の通じる賢い存在だ。
「運搬は俺が行うが、おまえには周囲の警戒を依頼する」
「その程度の事は引き受けても構いませんが……僕は戦闘の方はからっきしでしてね。
いざと言う時はあなたにお任せしますよ」
「了解した」
 そこまで聞いてEDは地下通路を戻り始めた。足元の水は心無し水位を増しているように見える。
 BBの判断は正しかったようだ。彼らが地底湖方面に進んでいたら、きっと腰まで水に浸かる
 はめになっていただろう。地上の雨は地下へと浸水しているからだ。
 そんな事を考える内に、出入り口の光が見えてきた。もはや懐中電灯は必要無いな――、
 などとEDが明かりを消そうとした時、
「前方に動体反応だ」
 背後からのBBの忠告が耳に入った。だがEDは止まらない。
 確信に近い思いを持って光を目指して進んでゆく。
「心配ご無用。僕の目には何の人影も映らない――しかし動体反応を持つ者。
そんな人物に心当たりがあります……ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵! よくぞご無事で」

 BBはEDが進む先、出入り口へとセンサーを集中させた。そして見つける。
 先行してゆくEDの眼前、デイバック付近に蠢く不自然な血流を
 そしてその血流は地に広がって一つの意思を紡ぎだした。

158 名前:密談は鬼嫁が寝ているうちに 6  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/05/20(土) 14:25:34 ID:e8xsHfvV
【そちらこそ無事で何よりだ、エドワース・シーズワークス・マークウィッスル君! ところで背後に控える
彫像の如き存在は何者なのだ? そしてその腕に抱えられた少女が麗芳嬢でよろしいのかね?
いや、再会してそうそうに質問攻めにしては失礼だろうか】
「いえいえ、そんな事は無いんですよ。なんと言ってもこの僕自身、語りたい事柄がもう、喉の上まで
迫っているんだ。談笑したくてたまらない。ですが、惜しい事に今はそんな猶予は無いんですよ。
とある事情で灯台へと急がなければならない。麗芳さんにもメモを残して知らせなければ。
ああ、時が全てを解決すると言うけれど、その時間が足りないと言うのは全く腹立たしい事ですね!」
 そう言いながらもEDは懐中電灯をしまって、代わりに取り出したメモにスラスラと麗芳へ
 宛てたメッセージを書き記していく。
「まずは子爵、背後の彼と彼女は処々の事情で安全な場所を求めていましてね。
僕が灯台を薦めたとだけ言っておきましょうか」
【なんと、探求であったか! ならば救済の手を差し伸べるのが道理と言うもの……我輩が
先導を引き受けた!】
 言うが早いか子爵は地下通路の外へ飛び出して行く。
 その後に続いてEDと蒼い殺戮者が地下から退散する。
 蠢く血流、仮面の男、少女を運搬する機械の巨人……列をなして濃霧を突っ切るその群は
 ただただ珍妙な存在だった。

【B-7/地下通路/1日目・17:50】

【奇妙なサーカス】
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:健康
[装備]:仮面
[道具]:支給品一式(パン3食分・水1400ml)、手描きの地下地図、飲み薬セット+α
[思考]:同盟を結成してこのイベントを潰す/このイベントの謎を解く
    ヒースロゥ、藤花、淑芳、鳳月、緑麗、リナ・インバースの捜索
    第三回放送までに麗芳と灯台で合流する予定/少女(風見)の看護
    暇が出来たらBB(機械の人)を激しく問い詰めたい。小一時間問い詰めたい
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ

159 名前:密談は鬼嫁が寝ているうちに 7  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/05/20(土) 14:26:29 ID:e8xsHfvV
【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:戦闘や行軍が多ければ、朝までにEが不足する可能性がある。
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最後を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている 。
    EDらと協力してこのイベントを潰す/仲間集めをする/灯台までEDとBBを誘導する
    DVDの感想や港で遭った吸血鬼と魔女その他の事を小一時間語りたい
[補足]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    この時点で子爵はアメリアの名前を知りません。
    キーリの特徴(虚空に向かってしゃべりだす等)を知っています。

【風見千里】
[状態]:熟睡。右足に切り傷。あちこちに打撲。
    表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり。濡れ鼠。
[装備]:グロック19(残弾0・予備マガジン無し)、カプセル(ポケットに四錠)、
    頑丈な腕時計、クロスのペンダント。
[道具]:支給品一式、缶詰四個、ロープ、救急箱、朝食入りのタッパー、弾薬セット。
[思考]:BBと協力する。地下を探索。仲間と合流。海野千絵に接触。とりあえずシバく対象が欲しい。

【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:少々の弾痕はあるが、異常なし。
[装備]:梳牙
[道具]:無し(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:休憩を提案。風見と協力。しずく・火乃香・パイフウを捜索。
    脱出のために必要な行動は全て行う心積もり。 灯台へ風見を運んで行く。

160 名前: ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/05/20(土) 14:27:51 ID:e8xsHfvV
なんか最初のほう、トリをミスってるしタイトル無いし〜〜 もうだm(ry

161 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/05/22(月) 21:57:11 ID:CHJoj8do
捕囚

162 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/05/25(木) 20:12:57 ID:Kb5qNAMz
捕囚

163 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/05/28(日) 23:15:32 ID:0lGziYs1
捕囚

164 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/06/01(木) 08:18:42 ID:nop8/Rth
補習

165 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/06/04(日) 19:45:31 ID:hfwBYK1y
捕囚

166 名前:間隙の契約(1/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:22:30 ID:G2sunfSb
名が呼ばれている。
友の名。知らない名。幾つもの名が呼ばれている。
それらは全て、死者の名だ。
『031袁鳳月、032李麗芳、035趙緑麗……』
メフィストと志摩子の仲間である2人と、更にそのまた仲間の1人は殺された。
だが、間に挟まった仲間のまた仲間の名を除けば覚悟していた名だ。
メフィストは残念に思いながらも、志摩子は悲しく想いながらも、その三名を受け止めた。
『082いーちゃん……』
ピクリとダナティアの眉が動き、しかし手は正確にその名に横棒を引いた。
「知り合いかね?」
メフィストの問いにダナティアは短く応える。
「ええ、そうよ。この島に来てから少しだけの」
『095坂井悠二……』
これも皆が覚悟していた名だ。
だが、皆が知っていた名だ。
一度も出会っていないダナティアにとってさえ、その名は重い意味を持っていた。
(彼の死はシャナを追いつめてしまう)
シャナは悠二と合流し助けるのは脱出のついでだと言い切っていた。
「私の目的はこの島からの脱出。悠二は、……そのついで」――と。
しかしその姿が本来の姿ならば、その前にどうしてああも心乱れていたのだろう。
あの冷淡な言葉こそが、普段はそこまで冷静な人間を焦らせたという証明なのだ。
「………………」
コキュートスは黙して何も語らず、ただその内の光が焦るように明滅している。

死者の名は続く。そして……死亡者の末尾に一つの名を加えた。
「116サラ・バーリン」
ハッと、皆の視線が1人に集中する。
それは夢から醒めたダナティアが、何故かその部分だけ筆談で話した参加者の――
彼女と同じ世界から来た最も信頼のおける仲間であり親友であるという名前だった。
ダナティアは声を上げない。表情も変えない。
涙を見せず、怒気を発しもせず。
ただ、静かに放送を聞いていた。

167 名前:間隙の契約(2/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:24:49 ID:G2sunfSb


その名を聞き、線を引いた。
危惧したほどに震えず、真っ直ぐな線を引いた。
ダナティアにとってその名の意味は大きい。
(誤算だったわ)
ダナティアはこれまでハデに動いてきた。
盗聴されている事に薄々気づきながらゲームの妥当宣言をした。
仲間を集め集団を作ろうともした。
それは僅かなりとも管理者達に彼女を意識させる事に繋がるはずだ。
そうすればその影で“サラか他の誰かが刻印を外す”という希望が有った。
(どれだけ集団を作っても刻印が外れなければ意味が無い。
 刻印が外れても1人しか残ってなければ意味が無い)
サラが脱出に向かい行動し、同じ結論に辿り着き、刻印を外す為に動くのは不確かな事だ。
ダナティアはその不確かを信じて行動していた。
そしてサラもその不確かを信じて行動していた。
「互いが互いを信じ生き続けていた事はあの夜会において証明した」
『だが生き続ける事は証明できなかった』
呟きに応えが返った。
聞き慣れた、しかし聞いた事がない、安心出来るはずの、しかし歪な声が。
いつの間にかそれまでと比較してもなお異様な濃霧が周囲を覆っていた。
全てがただ白に塗りつぶされている。
すぐ近くに居るはずのメフィスト達の姿さえ見えない。
耳鳴りがする程に静謐な、ただ白い、真っ白い世界。
自分一人だけの世界。
地面に接した足下さえ定かでないのに、足下の水たまりだけがくっきりと見えていた。
水たまりに写るのはダナティアとそして……
「じっと鏡を見ていると、そこにはきっと厭なものが映る」
ダナティアは『物語』の一節を口にした。
鏡像が、応えた。
『鏡は水の中とつながっていて、そこには死者の国が在る』
水たまりの向こう側には見慣れた姿が立っていた。

168 名前:間隙の契約(3/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:25:49 ID:G2sunfSb

何度も見た姿だった。
共に学び、共に歩み、共に戦い、距離を置き、近づかれ、信じず、信じた姿だった。
だが彼女に投げかける名は最早その姿を示す名ではなかった。
それはあまりにも歪んだ存在だった。
姿は変わらない筈なのに存在そのものが、存在という定義自体が間違った存在だった。
「思ったより早く会えたわね。未知の精霊アマワ」
水たまりの向こう、逆しまの大地に立つそれは応えた。
『君には私がサラ・バーリンではない事を証明できない』
その声は何処までも無数の思い出の中のそれと同じだった。
にも関わらず、無数の思い出の中のそれとは何処までも違っていた。
「あたくしは現実から逃避する気はなくてよ
『それが現実だとどうして証明できる?』
ダナティアは言葉を返す。
「あたくしは放送でサラの死を知った」
『その言葉をどうして信じられる』
「あたくしはこの世界の死者が黄泉返りを禁じられている事を知った」
『その言葉をどうして信じられる』
「あたくしは物語の闇の奥底に主催者が居る事を知った」
『その言葉をどうして信じられる』
逆しまの大地からそれは嘲るように言葉を返す。
ダナティアはその全てに答えた。
「あたくしが決めたわ」
声が、止んだ。
水たまりに幾つもの波紋が浮かび、映る像が歪み乱れる。
冷たい霧は全てを覆っていた。
ダナティアの心は硝子のように硬く鋭利に凍り揺らがなかった。
まるでサラの魔法で全て凍り付いてしまったように。
しかしそこには、確かに心が有った。
胸の奥から重く響く冷たい痛み、それこそが彼女の心。
この静謐さこそが、彼女の本当の怒りと悲しみ。


169 名前:間隙の契約(4/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:26:59 ID:G2sunfSb
『おまえは契約を相続した』
再び唐突に、言葉が聞こえた。
幾つもの波紋に水たまりの像が千切れ、歪んだ言葉を紡ぎ出す。
「おまえが決めないでちょうだい。契約というのはなんなの」
『サラ・バーリンが行うはずだった契約だ』
「サラが……?」
『サラ・バーリンは愚かで、そして賢かった』
水たまりを波紋が埋め尽くし、次々と言葉が紡がれる。
『彼女はわたしを理解しなかった』
『理解しない事でわたしを理解した』

――わたし達4人が集まったのは稀有な事だろう。
  しかし残っている参加者の誰かがこの場所に辿り着く可能性は“必然”だったはずだ。
  …………だが、もしも――
 ――だが、もしもこれが間違いならば。
全てが確かな必然だったというのが間違いならば。
 全ての元凶はその間違いの中に潜んでいる、そんな気がした――

『彼女は地図の全てを既知で埋め尽くそうとした』
『故にわたしは彼女の前に現れる筈だった』
『だが彼女は死んでしまった』
『だから彼女は契約の資格を失った』
『わたしは彼女と共にわたしを探索した少年に問い掛けた』
『だが少年もまた死んでしまった』
『だから彼は契約の資格を失った』
『だがおまえはまだ生きている』
『だからおまえは契約を相続した』
そして、御使いの言葉が始まった。
『わたしは御遣いだ。これは御遣いの言葉だ、ダナティア・アリール・アンクルージュ。
 この異界の覗き窓を通して、おまえはわたしと契約した』

170 名前:間隙の契約(5/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:27:39 ID:G2sunfSb
「歪んだ鏡は現実を映さない、そこには違う世界が広がっている……」
ダナティアはまた物語の一節を諳んじた。
ギーアの炎はまだ意味を残し、未知の精霊を異界に封じ続けている。
『質問を一つだけ許す。その問いでわたしを理解しろ』
一つだけ許された、神野が真似た質問。
ダナティアは即答した。この問答を支配する為に。
「おまえを終わらせる答えは存在するかしら?」
『今は、無い』
アマワの返答は無情だった。
その答えは過去かあるいは今この瞬間に失われ、そしてまだ生まれていない。
「だけど、存在した。あるいは生み出す事が出来るなら」
ダナティアはアマワに言葉を突きつけた。
「必ず、その答えをおまえの鼻先に叩きつけてやるわ」
アマワはもう答えなかった。
『さらばだ。契約者よ、心の実在の証明について思索を続けよ』
存在すらも幻だったかのようにアマワは姿を消し

『次に禁止エリアを発表する……』
第三回放送は続いていた。
対話は現実に置いて一瞬の間隙に滑り込んでいたのだ。
ダナティアは地図に禁止エリアを記し始めた。

     * * *

放送は終わった。
今回の放送で古くからの友の死を耳にしたのはダナティアだけだった。
だから終と志摩子は心配に思い、そっとダナティアの表情を覗き見た。
その表情は放送の最中と変わらない冷徹なまでの無表情だ。
二人はそれこそがダナティアにとって特別な表情であるのだと気がついた。
26名というあまりにも多い死者の名が作り出した重い空気。
ダナティアはそれを切り裂こうとでもいうようにキッと東の空を睨む。
まるでその先に何かが見えるように。

171 名前:間隙の契約(6/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:29:01 ID:G2sunfSb
だが、現実には真っ白い濃厚な霧が視界を覆っているだけだ。
それでも宣言する。
「行くわよ。あたくしの仲間に合流するわ」
「そこに患者が居るのならば私は何処へでも行こう」
メフィストが同意し、また、終と志摩子も異論が有るはずが無い。
4人は東へ向けて、霧を裂いて歩き出した。

歩き出す中、ダナティアの胸元から一言の疑問が掛かる。
「先ほどの事を相談しないのか、皇女よ?」
その言葉でダナティアはコキュートスを身につけていた事を思いだした。
コキュートスだけは先刻のアマワとの対話も聞いていた。
「今は後回しよ。あなたもその方が良いでしょう?」
「……その通りだ」
異界でのつかみ所の無い不可思議はこのゲームに核心に迫る事柄だ。
だがそれ以前に、彼らの目前には多くの問題が山積みされていた。
それも一刻の猶予を争う事柄だ。
だから相談の前に歩き続ける。
もっとも、一般人である志摩子の足に合わせたその歩みはそう早いものではなかった。
それでも四人は着実に足を進め、長い石段を降り……目的地に着く少し前で止まった。
「こんな所で会えるとは、運が良いのかしらね。相良宗介」
「おまえは……テッサを死なせた……!」
「え……?」
そこに居たのは相良宗介と千鳥かなめ。
「アシュラムさん……」
「おまえは…………っ」
そして、黒衣の騎士の姿だった。

ダナティアと終は相良宗介と千鳥かなめを見つめた。
宗介はかなめの前に出てダナティア・アリール・アンクルージュと終を睨み、
かなめは宗介の後ろから、しっかりとそれらを見つめた。
全てから目を逸らすまいとするように。

172 名前:間隙の契約(7/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:30:08 ID:G2sunfSb
やがて、最初に口を開いたのはダナティアだった。
「状況からして後ろの娘が千鳥かなめかしら。二人とも生きていたのね、祝福するわ」
(祝福だと……)
つくづく彼女は得体が知れなかった。
そもそもどうして敵である自分を助けたのか。
「そういえばまだ自己紹介をしていなかったわね。
 あたくしはダナティア・アリール・アンクルージュ」
「俺は竜堂終だ」
若干の警戒を続けながら、終も同じように名を名乗る。
「この前は言いそびれたけど、あたくしはこのゲームを壊すために人を集めているわ。
 あなた達、乗る気は無くて?」
「なに……?」
困惑し、しかしすぐに結論を出す。
この女の行動原理は信用できない。
テッサと共に戦いをやめろと言う一方で、戦いの最中は容赦の無い力を振るった。
そして結果的にであれテッサの死の原因となった。
その一方で彼を助け、自らを憎めと言った。
そこまでなら本当に戦いを止めさせようとしているお人好しかも知れない。だが。
「……それなら何故、大佐の服を着ている」
宗介は指摘する。
「大佐は死んだ。それならおまえは死者から服を剥いだ事になる」
「ええ、その通りよ」
ダナティアは事も無げに答えた。
「あたくしは彼女の遺体から服を剥いで身に纏ったわ。
 彼女の遺体は今、シーツにくるんで埋葬してある」
(ぬけぬけと言う……)
彼女が本当に危険人物だという証拠は全く無い。むしろ白に近い。
だが、彼女に比べれば美姫はまだ判りやすい相手だ。
美姫は危険人物だが、欲望のままに行動するという点で筋が通っている。
(不確定要素は極力避けなければならない。
 俺だけでなくかなめにまで危険が及ぶとなれば尚更だ)

173 名前:間隙の契約(8/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:30:54 ID:G2sunfSb
更にもう一つ信用出来ない点がある。
宗介は竜堂終を指差した。
「それに……その男は俺の仲間を殺した男だ。信じられるわけがないだろう」
「違う! あれは俺じゃねえんだ!」
全力で否定する終。
(さっきの零崎という男と同じ勘違いか? いや……)
今度は絶対に間違いない。真っ昼間、確かに奴に襲われた!
「おまえがいなければオドーは死ななかった!」
「口出させてもらうわ。それは正しいけど間違っていてよ」
それを止めたのはダナティアだった。
「彼は操られていたのよ。人を乗っ取るサークレット、灰色の魔女カーラに。
 だからその間に犯した罪を彼に問うのはお門違いというものよ」
「サークレットに操られていただと……?」
確かにあの時、彼の額には奇妙なサークレットが輝いていた。
このゲームの不可思議さは既に身に浸みている。
だが、そんな荒唐無稽な言葉を信用しろというのか。
そう言い返そうとした宗介の前に手が出され、制される。
「待って。この人、何かを人のせいにする嘘は言わないわ」
「チドリ……?」
困惑する。何故彼女がそんなことを言えるのか。
「続きを聞かせて。ダナティア」
「……? ええ、良いわ」
かなめの様子にほんの少しだけ困惑し、しかし気を取り直して説明をする。
灰色の魔女カーラという名の魔女の意志が宿るサークレットが有る事。
それは知り合いのとある参加者の支給品から出て、終の手に渡った事。
そしてダナティアは終の次の所有者と思しき人物に出会ったという。
「保証するわ。カーラはまだどこかに存在している」


174 名前:間隙の契約(9/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:31:38 ID:G2sunfSb
宗介は迷っていた。
(ダナティアは本当に信用できるのか?)
もし信用できるなら彼女に与するという選択肢も無いではない。だが。
「宗介。無理しないで」
「チドリ……俺は無理など……」
「ううん、無理してる。理由は判らないけどそう思う」
「………………」
確かに宗介にはダナティアと手を結びづらい理由が有った。
ダナティアを善人だと、信用できる仲間だと認めづらい理由があった。
『あたくしを憎みなさい、相良宗介』
(そうだ、俺はおまえを憎みたい)
宗介にはダナティアを憎めるだけの理由がある。
テレサ・テスタロッサを殺したのは風の槍だったのだから。
そして、敵であったダナティアを憎む事に抵抗は無い。
だが、もしも生き残る可能性が高いならやはり彼女に付くべき……
「あたしはあなたと同じ道を歩まない」
その迷いをかなめが止めた。
「あなたと一緒に行けばソースケは傷付くわ」
「待てチドリ。俺の事はどうでもいい」
「誤解しないで、ソースケ。あたしが嫌なの!
 ソースケが傷付く人と一緒に行く事も!
 テッサの死の原因となった人と一緒に行く事も!」
宗介は息を呑む。
「待てよ、それは……!」
「悪いけど黙っていてちょうだい、竜堂終。これはあたくしと彼らの問題だわ」
いきり立つ終をダナティアが止め、先を促す。
「それにあなたもあたし達に割く時間は無いはずでしょ。
 集団のメンバーを取り合うような時間はね」
かなめは続ける。
「あの人……美姫さんは少し前、吸血鬼を1人、人間に戻したわ」
「なんですって?」

175 名前:間隙の契約(10/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:32:43 ID:G2sunfSb
「小物さが見苦しいって言って。あと、吸血鬼だった時に1人殺してる人だって。
 学生服の、でもあたしと同じくらいの身長だったと思う」
ダナティアは少し考え、結論する。
(学生服は同じでも身長が明らかに違いすぎる。シャナじゃない、だけど無関係とも思えない)
「その人はこの道の向こうから来た。
 あと美姫さんはついさっき、気になる奴が居るって言ってそっちに行った」
千鳥かなめが指差す道は北、合流地点の方角に伸びている。
「そっちに行くんでしょう、ダナティア。
 急いで行かなくて良いの?」
「急いで行かなければいけないわね」
出会いは唐突、そして別れも唐突。
「最後に一つ教えてもらうわ、千鳥かなめ。
 このゲームで、美姫によって出た死者は居るかしら?」
「……直接手を掛けた人は、まだ居ないと思う」
「そう、ありがと」
この質問を最後に、彼女達は別れた。

     * * *

志摩子は黒衣の騎士アシュラムを見つめた。
黒衣の騎士は目の前の少女を見つめた。
このゲームに来てから最初に出会い、語らい、彼に安らぎを与えた少女。
だが、今のアシュラムは美姫の騎士だ。
もし彼女達が美姫の害となりうるならば……
『その忠誠は──その感情は、果たして本当に自分の意志なのかね!?』
思考が断絶する。
『何らかの理由で隙が出来た……たとえば、かばうべき誰かがいたのではないかね!?』
白衣の少年の言葉が脳裏にこだまする。
『もう一度問おう! キミのその感情は、本当に自分の意思なのかね!?』
(俺は……!!)
感情の猛りを押し殺し、短い言葉を発した。
「……去れ。おまえ達に用は無い」

176 名前:間隙の契約(11/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:33:31 ID:G2sunfSb
だが、退かない。
志摩子も彼女を守るように立つメフィストも退こうとはしなかった。
「ごめんなさい、アシュラムさん。あなたとはもう一度だけ話をしたいんです」
「ならば早くしろ。あの方の用が終われば、俺は行かねばならん」
美姫は少し用があってこの場を外しているらしかった。
その方が良かった。彼女は美姫を苛立たせてしまうだろうから。

「私は最初、あなたがそのままでも良いのかもしれないと思っていました」
そのまま、という言葉が何を指すのかはわざわざ言わなかった。
「あの人はとても悲しい人です。
 だから誰かが一緒に居る事は、それが単なる所有でもあの人を慰めるかもしれない。
 そしてそれ以上に、あなたが何かに苦しんでいたのも本当だった。
 だから、アシュラムさんが苦しまないならそれでも良いのかもしれないって思ったんです」
志摩子は未だに美姫を悪と言う事が出来ない。
彼女を許せないと思う。絶対に許せないと思う。
それなのに憎みきる事が出来ないでいた。
「けれど、アシュラムさんは結局は苦しんでいる」
「俺は……これで良いのだ」
返る言葉に迷いが混じった。
「アシュラムさん……」
志摩子はその迷いを問いつめたりはしなかった。
ただ、少し話題を変える。
「アシュラムさん。この島に来た時に話した、私の友人や義姉達の事は覚えていますか」
「…………ああ」
「その内、4人はこのゲームに参加させられていました」
アシュラムは言葉に詰まる。
確かに聞いた名が有った。名簿、放送、そして――
「1度目の放送では由乃さんの名前が呼ばれました。
 私の古くからの大切な親友で、時々とても大胆な事をする人でした。
 2度目の放送では祥子さまの名前が呼ばれました。
 一つ上の先輩で、私の親友にとって一番大事な人で、気が弱く、でも優しい人でした」

177 名前:間隙の契約(12/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:34:25 ID:G2sunfSb
志摩子の独白は続く。
「もう一人、私の親友の祐巳さんは人の身を捨てた末に体を乗っ取られました。
 サークレットに宿る灰色の魔女カーラという人が祐巳さんを操っているそうです。
 とても表情豊かで、見ていて穏やかな気持ちになれる人でした」
(灰色の魔女カーラだと……?)
アシュラムはその名を知っていた。
それはベルド陛下に仕えていた魔術師の名だ。
確かに覚えている、彼女の額には奇妙なサークレットが飾られていた……。
「そしてお姉様は、佐藤聖は――」
そう、その名も知っている名だった。
だがその名を聞いたのは放送ではなく……
「言うな、志摩子」
「――あの人、美姫の牙にかかり吸血鬼になってしまったんです」
制止は届かず、独白は最後の言葉を迎えた。
志摩子の瞳からはとめどなく涙が流れていた。
(俺の知る者が、俺の仕える者が、彼女を傷つけた)
その事実はアシュラムを一層迷わせる。
「志摩子。おまえは、俺を憎んでいるのか?」
「いいえ」
彼女は元凶である美姫すらも憎めずにいた。
ならば何故。
志摩子は答える。
「私は何人もの友を喪い、あるいは傷付いていきました。
 一人も再会する事すらできないで、知らない所で死んでいった。
 友達だけじゃありません。
 一緒に居た仲間も、出会った敵ではない人も、知らない所で死んでいった。
 こんな思いは誰にも感じてほしくありません」
「……もし仮に死ぬのが同じだとすれば、目の前で死なれるよりはマシだろう」
アシュラムは切り返した。
「俺はあの方に挑んだ者を、一人斬った」
「!」
志摩子は息を呑んだ。

178 名前:間隙の契約(13/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:35:03 ID:G2sunfSb
「宮野という少年だった。
 奴は美姫と交渉を行い、俺は美姫に従い戦い、その男を切り捨てた。
 その男の……親友かそれ以上である少女と、仲間達は退いた。
 おそらくは心に傷を残しただろう」
心は未だ迷いつつも、その言葉に負い目は無かった。
最後の一太刀は逆上し我を忘れた一太刀だった。
それでもなお、戦いの結果として敵を殺める事に迷いは無い。
「それに……俺に仲間は居ない」
そのまま志摩子を畳みかけようとする。
彼女が美姫の騎士と関わる意味などなにも無い。
「俺は一人でこのゲームに送り込まれた。
 敵なら居たがあの会場で死んでいる。仲間など居はしない」
そう、火竜山での戦いの直後にこの島に来た彼に仲間は居ない。
たとえこの島の誰が死のうとも自分には関係の無い事だ。
「一緒に居た方々は違うのですか?」
「あの二人は我が主と共に居る事で生き残ろうとしているに過ぎん。
 俺には関係のない事だ」
「誰が死のうと関係無いのかね? 例えば彼女、志摩子君が死んでも?」
メフィストが口を挟んだ。
アシュラムは志摩子を見る。目に納め、そして
「…………無い」
答えを返す。
――だが。
「それならあなたは、どうしてそんなにも苦しんでいるのですか?」
その内の迷いはもはや志摩子にも見えた。
握り締めた両手が、
引き締めた口元が、
瞳に映る揺らぎが、
彼の迷いを可視とする。
志摩子は彼の迷いに問い掛けた。

179 名前:間隙の契約(14/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:36:05 ID:G2sunfSb
「あなたは騎士なのでしょう?」
「……そうだ」
アシュラムは美姫に従う騎士だ。
再び騎士として生きようとしている。
「私は騎士という道がどういう生き方か、詳しくは知りません。ですが」
それでも。
「自らの意志以外をもって主君に仕えるのは、騎士の生き方なのですか?」
「………………」
言い返すことは出来なかった。
志摩子の言葉は稚拙で、純粋で、それ故にこそ鋭い。
(そうだ。こんな事で騎士は名乗れん)
騎士は主君に仕え、忠誠を誓うものだ。誰に言われてでもなく、自らの意志で。
だからこそ命令に従い人を殺め、主君の身を護り、主君の為に尽くすのだ。
なのに彼の今の忠誠は逃避であり強制だ。
美姫の術に屈し、抗わずに受け入れて術中から抜けだそうとはしなかった。
彼女に従っていれば再び騎士としての生き方を歩める気がして。
(――そんな偽りの忠誠が何になる)
それではどこまで行っても偽りにしかなりえない。
全てを失ったのに生きているフリをしているだけだ。
この島に来る前となんら変わらない。
生きる屍だ。
「……そうだな。このままでは結局の所、俺は死んだままだ」
その事に気づいた途端、あれほど絶対に思えた美姫への忠誠が霧散していった。
あまりにも呆気なく、まるで全てが夢幻だったように。
「術は解けたようだね」
「ああ」
メフィストの言葉に答える。
今だ周囲は濃霧に包まれている。
しかしアシュラムには、頭の中に滞っていた濃霧が少し晴れた気がした。

180 名前:間隙の契約(15/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:37:07 ID:G2sunfSb
「アシュラムさんはこれからどうするのですか?」
良ければ私達と――そう言おうとした志摩子を制して言う。
「俺は直に美姫と話をせねばならない。
 だが俺はおまえ達に多く、美姫にもまだ一つの恩がある。
 おまえ達と美姫は今は会わずに去ってもらう」
「昼の棺を護ってなお不足かね? 心を操られた仇も有るだろう?」
メフィストの問いを首を振って否定する。
「あれは仇などではなかった。あれは俺の弱さ、俺の逃避だ」
志摩子を護り身を晒した隙をつけこまれた。
だが、つけこまれたのは背後に居た志摩子という存在だけではない。
同時に自らの弱さにもつけこまれた故に破れたのだ。
その両方を宮野秀策の告発にして弾劾の言葉が抉っていた事に彼は気づいた。
「だから俺は、何れ美姫と相対せねばならん」
そして問い掛け、決めるのだ。
和解か、争いか、それとも離別かを。
「…………それに」
「それに……なんですか?
「……いや、なんでもない」
それに、あの恐るべき、忌まわしき、そして悲しき吸血美姫を見捨てる事は出来ない。
美姫への忠誠は最早無くとも、想う気持ちが何一つ無いわけではないのだ。
(美姫は強いが、悲しく、寂しい)
本人の前で露わにすれば怒りを買うだろうその内情は、同情や憐憫に近い物だった。
同時に自らがそのような感情を抱いている事に小さな驚きを覚えた。
美姫は術により忠誠を植え付けて彼を従えたというのに。
(志摩子の優しさが俺にまで移ったのかもしれんな)
アシュラムは微かに呟き、微かに……笑みを浮かべて、言った。
「さらばだ、志摩子と志摩子の仲間達よ。
 互いに生き残り続けたならば、また逢おう。
 次こそは友として」

     * * *


181 名前:間隙の契約(16/17) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:38:40 ID:G2sunfSb
「ほう、瞳が変わっておる」
リナ・インバースとの邂逅を終えた失望の美姫は、アシュラム、そして宗介達と歩き出す。
すぐにアシュラムが何か変化を迎えた事に気がついた。
「私と入れ違いで誰ぞ数人居おったな。そやつらのせいか?」
濃霧の中ですぐ近くに、姿は確認できず、だが間違いなく誰かが居た。
相手から避けるならわざわざ会うまでもないと見逃したが、つまらぬ相手ではなかったらしい。
アシュラムは明らかに、そして相良宗介と千鳥かなめも何かを話したようだった。
「そうだ。俺は己を取り戻した」
アシュラムの返答に美姫は僅かに怪訝に聞き返す。
「ならば何故、まだ私と共に居る?」
「恩と、そしてけじめのためだ」
アシュラムは美姫を見つめた。
「ほう、恩とけじめとな。我が身を求めてとは言うてくれぬのか?」
美姫はアシュラムの視線を受けながら衣服をはだけて見せた。
艶めかしい白い肌、艶やかな紅い唇、艶やかな赤い瞳までもが直視した者を狂わせる。
その美貌は人の物ではなく、全ての人を惑わせる、抗えぬ魔性の誘惑。
だが、アシュラムは僅かに歯を噛み締めただけだった。
断固とした意志を言い放つ。
「俺はもう、何者の物にもならぬ。たとえ神にとて俺は渡さぬ」
美姫は黙り込んだ。
「……ふ……くく…………くふふふふふふふっ、はははははははははははは!!」
そして、高らかに声を上げて笑った。
偶々出会った闇を抱えた殺人鬼は言葉に従わず姿を隠した。
待ち受けた吸血鬼はあまりに小物だった。
目を付けていた者には失望させられた。
だが五つの首を命じた相良宗介は一つも狩れずともその意志と絆を示し、
なによりずっと身近に連れていた男はこんなにも……
美姫は笑い続ける。
讃歌し、歓喜し、笑い続ける。

     * * *


182 名前:間隙の契約(17/17) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:40:43 ID:G2sunfSb
「何を呆けているの、リナ?」
打ちのめされていたリナは、唐突な言葉にビクりと震えた。
「怯えているの? 震えているの? 馬鹿じゃない、情けなくってよ」
(――好き勝手言ってくれるじゃない!)
リナは一度俯き、歯を噛み締め、改めて声の主を睨み付ける。
空元気を充填し、無理矢理心を燃焼させる。
「誰が情けないって? この高飛車女王様!
 言っとくけど天才美少女魔道士リナ・インバース様はへこたれないわよ!」
その言葉に応じ、彼女は幾人かを引き連れ霧の向こうから歩み出た。
「そう、ならいいわ」
彼女の姿を見て、リナもまた気が付いた。
ダナティアの心にも大きく傷が付いている事に。
(当然じゃない。テッサは死に、最も大切だった仲間だろうサラも死んだ)
にも関わらず、ダナティアはそれを顔に出さずに決然と立っている。
剰りにも硬く、僅かに見せていた緩みすらも凍らして。
確かにリナも、ダナティアより多くの仲間を失った。
だが時間は経ったし、そもそも今のこの怯みはそれとは別の物だ。
負けるか。
リナは心に意地を継ぎ足して心を更に燃焼させた。
「後ろの連中は誰?」
「仲間よ。紹介は後でするわ」
更にリナを指しその仲間達に言う。
「仲間よ」
今の紹介はただそれだけ。
「シャナは何処?」
「向こうよ。もう止められてるはずだけど暴走してたわ」
「そう。急ぐわよ」
「ええ」
彼女達は再び霧の中を急ぐ。
それらは間隙に起きた事。


183 名前:間隙の契約(1/報告2) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:41:42 ID:G2sunfSb
【D-6/公園/1日目/18:20】
【創楽園の魔界様が見てるDスレイヤーズ】
【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし/衣服は石油製品
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:コキュートス/UCAT戦闘服(胸元破損、メフィストの針金で修復)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る

【Dr メフィスト】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:不明/針金
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1700ml)/弾薬
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る

【竜堂終】
[状態]:打撲/上半身裸/生物兵器感染
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し祐巳を助ける

【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識(姉の面影を重ねています)
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。まずはシャナ対応組と合流する。


184 名前:間隙の契約(2/報告2) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/04(日) 23:42:20 ID:G2sunfSb
【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

【D-6/公園/1日目/18:20】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:島を遊び歩いてみる/アシュラムをどうするか

【アシュラム】
[状態]:健康/術から解放
[装備]:青龍堰月刀
[道具]:デイパック、冠
[思考]:美姫に同情や憐憫有り。死が安らぎと見ればそれも考慮する。

【相良宗介】
[状態]:健康、ただし左腕喪失
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る/かなめを死守する

【千鳥かなめ】
[状態]:通常?
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも/?

185 名前:我ら、炎によりて世界を更新せん ◆ozOtJW9BFA 投稿日:2006/06/07(水) 01:56:02 ID:ZN53voXh

「………退屈」

人形使いは今の現状に退屈していた。こんなにも面白いゲームなのに想像を越えるアクシデントがなに1つ起きないのだ。
最初の退屈がきた時は暇を潰す物が落ちていたのでよかった。ホールで魔術師に殺された二人を拾い、死体兵士を造りながら時間を潰した。

186 名前:我ら、炎によりて世界を更新せん ◆ozOtJW9BFA 投稿日:2006/06/07(水) 01:57:50 ID:ZN53voXh
しかし、いつもは吸血鬼相手を兵士にしているせいか、只の人間二人は時間もかからず作れてしまい、少しの時間しか潰せず直ぐに退屈になってしまった。こんな事ならモニタールームで参加者達の会話を聞いたほうがよかったかもしれない。
そう思いモニタールームに行くとワインを片手にモニターを見ている先客がいた。

「それでどんな感じ、イザーク?」

「今のところは予定通りさ、人形使い。参加者は群れを作りだした。ついでに私自慢の刻印も解除されようとしている」



187 名前:我ら、炎によりて世界を更新せん ◆ozOtJW9BFA 投稿日:2006/06/07(水) 02:00:34 ID:ZN53voXh

「嘘を言わないでよ。あんなチャチな物が自慢の品なんて君も皮肉がきいてるね。」

「“われわれの最も誠実な努力はすべて無意識な瞬間に成就される━━━ゲーテ………酷い言われようだな。あんなモノでも私が作った刻印だ。頑張って解いてくれることを、おや?」

そのままワインを飲もうとしている黒髪の紳士の手からワインを没収すると、鳶色の髪の若者は悪戯っぽく唇を尖らせた。

「ワインを飲みながら管理は出来ないでしょ」

ワインをとられて非難がましい色を湛えて上がった相手の視線は無視して、沢山の参加者が映すモニターに眼をむける。その様子を見ながら魔術師はとられたワインのかわりに細葉巻(シガリロ)を口にくわえる

「人形使い、君の賭けた参加者は死んでしまったようだね。」

「それって僕に人を見る目が無いっていう皮肉かい、イザーク?」


188 名前:我ら、炎によりて世界を更新せん ◆ozOtJW9BFA 投稿日:2006/06/07(水) 02:02:50 ID:ZN53voXh
あらゆる機械類が所狭しと設置してあるモニタールームには魔術師と人形使いしかいない。部屋に響く音は二人の会話と端に置いてあるコーヒーメーカーのコポコポというBGMが響いている。

「そういえばさ外の方がなんだか騒がしいんだけど何か知らない?」

「騒がしい?何がかね、人形使い?」

「とぼけないでよ、知ってるんだろ。外でいろんなのが集まっているってことをさ。」

人形遣いはまるで愉快と言わんばかりの笑みをする。その様子に魔術師は興味なさげにモニターを見るばかりだ。
魔術師にとって外にいる組織のことは興味や好奇心が湧く相手ではない。興味があるのは塔に眠るあの男のみ。そして、参加者や参加者を助けにきたであろう組織も眼中にはないようだ。妨害等取るにたらない要素。

189 名前:我ら、炎によりて世界を更新せん ◆ozOtJW9BFA 投稿日:2006/06/07(水) 02:04:02 ID:ZN53voXh
ま、いつもいつも作戦の度に妨害されている身だからから、馴れちゃってるんだろうね。実際問題、外の連中は何回か空間に穴を開けようと努力しているらしいけど効果はあがってはいないらしいし。
それにしてもと人形使いは思う。この邪悪な魔術師のことだから、ろくでもないことか、さもなくばよからぬことを企んでいるのだろうが、いずれにせよこの魔術師が次にすることはすぐに予想がついた。

「ねぇ魔術師、君がこれからすることを当ててみせようか?もっとひどいことをするんだろ」

「その通りだ人形使い。もっと、もっとひどいことをするんだよ」

そう言うと魔術師は細葉巻を灰皿に押し付けた。


【一日目 18:25】



190 名前:ほんの些細な代償行為 1/2  ◆MXjjRBLcoQ 投稿日:2006/06/07(水) 22:33:32 ID:0S1uw97V
 砂浜で出会ったのは赤い髪の男だった。
 一見したところは何の変哲もない青年。
 爽やかな気配、威圧感を伴う重厚な生気。どちらかというと、ハーヴェイとは反対側の気配。
 男はこっちに向かってる。というよりハーヴェイの後ろにある「どこか」を目指してる。
 ハーヴェイの存在にも頓着する様子はなく、ただ真っ直ぐにハーヴェイの脇を抜けるコースを、自身の道の上を往く。
「なぁ」
 すれ違いざまに、声をかけていた。
 背中に立ち止まる気配がして、それはほんの少しだけ意外な気がした。
「この島に大切な人はいるか?」
 そんな言葉が流れるように口をついた。
 返事は期待していない。自分ならそのまま無視する。この男も多分そうする。
「あぁ」
 だから返事が返ってきたことには、ほんのもう少しだけ、意外な感じがした。
「逢いにゆく途中だ」
 言葉に、確固たる自信が漲っていた。
 鏡を見てるような違和感があった。同じものなのに一致しない、そういう違和感だ。
 そうだ、今までは「同じところ」が引っかかってたからで。
「なら、何でまだこんなところをうろついてる?」
 ここからは、ひどく、本当にひどく珍しく、癇に障ったからだ。
「ゲームが始まって、もう半日以上が過ぎてるんだぜ、なんでそばに居てやらない?」
 だからこんな疑問が口をついたんだ。
「探しちゃいるんだけどな。島中割と隈なくだ」
 そりゃだめだ。 相手のことが見えてない。
「自分の行きたいところにいけよ。
 あんたの大切な人は、あんたの助けをじっと待っているのか?」
 キーリはこの危険の島で、ハーヴェイを探して回り、そして死んだ。
「行けよ」

191 名前:ほんの些細な代償行為 2/2  ◆MXjjRBLcoQ 投稿日:2006/06/07(水) 22:34:27 ID:0S1uw97V
 それだけ言って、すっきりした。何かに憑かれたような時間はココで仕舞いだ。
 後は自分のやるべきをやる。ウルペンは倒す。
 復讐とは違う。熱がない。これと同じの、ほんとに単なる代償行為だ。
 後ろで何か言われたが、もう気にならなかった。
 いつもどおりの無関心に、いつもどおりに無気力だった。
 ポケットに手を入れて歩き出す、最後まで男のほうを振り返ることはしなかった。

【G-8/砂浜/1日目/16:44】

【ハーヴェイ】
[状態]:精神的にかなりのダメージ。濡れ鼠。
左腕は動かせるまでには回復。(完治までは後1時間半ほど)
[装備]:Eマグ
[道具]:なし
[思考]:ウルペンの殺害
キーリを一人にしておきたくはない、と漠然と考えている(明確な自殺の意思があるかは不明)
[備考]:ウルペンからアマワの名を聞いています。服が自分の血で汚れています。

【クレア・スタンフィールド】
[状態]:不明
[装備]:大型ハンティングナイフx2
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:シャーネに会いに行く。海洋遊園地へ
[備考]:城を脱出後島中を回っていました。何人かとはすれ違いましたが気づかれることなくやり過ごしています。


192 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/06/11(日) 11:47:16 ID:5ssn1529
捕囚

193 名前:虚 (1/8)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/06/13(火) 09:37:00 ID:VYRaRU3H
 小屋の中には暗闇が立ち込めている。
 何の感情も感覚も伝えさせない──虚無そのものの暗闇だ。
 あらゆるものを潰し飲み込み同化させ、後には何も残さない。
『見ての通りって、ここは……おい、しずく!? くそ、一体何があった!』
『だから見ての通りだよ。あんたがぶつ切れてから色々あったんだ』
 その闇を、ただ茉衣子はその目に映していた。映すだけで、見てはいない。
 澱んだ沼の中にいるような錯覚を覚えながらも、働いているのは思考のみだった。
 内側に留まり溜まっていく澱みを掻き混ぜるように、あるいはさらに奥へと沈めるように、ただ思いを巡らす。
『あの騎士と女はどうなった!? 宮野の姿も見えねえが……』
『あいつがその騎士に殺られたんだよ。それでここまで逃げてきた。奴らが今どこにいるのかは知らねーよ』
『……』
 対魔班。なぜかセットで見られる日々。鬱陶しいと思った。思っていた。
 何が起ころうと余裕の笑みで片付けてしまう彼。何かと自分に構う彼。世界の外側を求める彼。覚えていてほしいと照れた彼。
 そして無断でいなくならないでほしいと願い、共にあることを望んだ自分。
『じゃあしずくは、何でこうなった?』
『残ってる役者の数を考えればわかるだろ? ……まさか意識が回復した途端、こうなっちまうとはな』
 彼がそれに応え、受け入れてくれたとき、確かに嬉しいと感じられた。
 その後も彼にいつもと変わらず引っぱり回され、予想通り願ったことを思い切り後悔したが。
 それでも今なら、あの時の判断は間違っていなかったと断言できる。
 そう、本当に嬉しかったのだ。
『…………、おい茉衣子! お前自分が何やったか分かってるのか!?』
『何を言っても無駄だろうよ。さっきからずっとあんなんだ』
 その死ぬはずがない彼が死んだ。
 物語を勝手に掻き回し改変してしまうはずの彼が死んだ。
 決して消え去りはしないと約束してくれたはずの彼が死んだ。
 しぶとい害虫を徹底的に潰すかのように、何度も何度も何度も殺された。
 だから──


194 名前:虚 (2/8)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/06/13(火) 09:38:11 ID:VYRaRU3H
「……少し、静かにしていただけませんか? 騒がれると耳に響きますので」
 先程から聞き流していた声二つに対して、茉衣子は億劫そうに口を開いた。視線は未だ闇に投げたままだった。
 その突然の発言に十字架とラジオが押し黙ると、それ以上は何も言わずにふたたび思考に沈んでいく。
『……何でしずくを殺した?』
 それから少し間をおいて響いたラジオの声に対しても、何ら関心を持たぬまま即答を返す。
「正当な報復です。それ以外に何がありますか?」
 直後、身体が浮いた。
 そう感じた次の瞬間には、全身が小屋の壁に思い切り叩きつけられていた。後頭部にも衝撃を受け、視界と思考が歪む。
『おい!』
『加減はしてる。あの馬鹿みてえに丈夫じゃねえからな』
 何かを非難するような声と、それに反論する声。
 それらを認識できるほどに意識が回復したところで、やっとラジオの衝撃波を受けたのだと理解できた。
 加減したというのは本当だろう。全身鎧を着た男を飛ばすほどのものをぶつけられたら、こんなものでは済まない。
『頭は冷えたか?』
 静かな、しかし強い怒りが籠められた声が正面から響く。
 ゆっくりと頭を上げると、いつの間にか男が一人、暗闇の中に立って──いや、浮いているのが見えた。
 ラジオから溢れ出た暗緑色のノイズのような粒子が、不鮮明な人間の影を形成していた。
 鍔つき帽を目深に被った、頬の痩けた壮年の男の姿だ。血と泥まみれの兵服と膝から下が喪失している片足が、ある意味闇に映えている。
 その両眼は鮮やかな緑で固められ、異様な存在感を像に付加していた。
『正当、と言ったな?』
 ノイズの像──ラジオの憑依霊である兵長が、こちらを見据えて言った。
 その眼光は確かに鋭いものだったが、特に恐怖は感じなかった。彼の目には怒りはあるが、殺意はない。
 それを確認し、淡々と言葉を返す。


195 名前:虚 (3/8)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/06/13(火) 09:38:59 ID:VYRaRU3H
「ええ。わたくしは彼女の責で、班長を失いました」
『殺したのはあの騎士だろう? しずくはただ助けを求めただけじゃねえか!』
「彼女が助けを求めなければ、班長が殺される必要はありませんでした」
『じゃあ見捨てた方がよかったって言うのか!?
……最初にあいつを落ち着かせて休ませたとき、一番世話を焼いていたのはお前だったろうが』
 確かにそれは事実だった。しずくの必死な姿が、以前助けを求めて縋ってきた類に似ていたからだ。
 彼女は今どうしているだろう。いつも誰かのために泣いていた少女は、今は自分と宮野のために泣いてくれているのだろうか。
『……俺はそれを見て、お前らに付き合うことにしたんだがな』
 沈思の間を言葉に詰まったものと思ったのか、彼は若干怒気を収めて呟いた。
 やりきれないといった感情──過ちを咎めるような表情を新たにノイズが形成し、続ける。
『ここまで逃げてこられたのはしずくのおかげなんだろう?
お前とここの状態を見るに……色々と気を遣って、今度は逆にお前の世話をしてたんじゃねえか』
「…………」
 彼女は確かに、自分をここまで連れてきてくれた。──彼はまだ教会にいるのに。
 彼女は確かに、自分の身体を拭くなどしてくれた。──彼は血塗れのままなのに。
 彼女は確かに、自分を見て嬉しそうに笑っていた。──彼は二度と笑えないのに。
「そう、ですわね」
 彼女は確かに、自分の隣にいてくれた。────そこは彼の場所なのに。


196 名前:虚 (4/8)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/06/13(火) 09:40:12 ID:VYRaRU3H
「ええ、本当にその通りですわ」
 呟き、ゆっくりと立ち上がった。数十分ぶりに四肢を動かし、身体を小屋の壁から離していく。
『わかっているのなら、どうして、』
「どうして彼女は生きているのだろう、という疑問に思い至っただけです」
『なっ──』
 喋りながら、前方に一歩踏み出した。黒い靴が床板を噛む。
 彼は何もわかっていない。彼には何もわからない。
 もとより他者の理解など期待はしていないし、求めてもいないが。
「確かに彼女は、わたくしをここまで退避させました。──なぜでしょう?」
 一歩。
 足音が鳴る代わりに、何かを踏みつけた感覚が伝わる。柔らかく、少し弾力がある筒状の何か。さながら人間の腕のような。
 しかしどうでもよかったので、そのまま強く踏みつけて歩みを進める。
『なぜって、』
「もちろん班長が死んだからです。──なぜでしょう?」
 さらに一歩。今度はぎぃ、と音が響いた。
 ラジオとそのノイズに視線を留めたまま、密かに右指に意識を集中し始める。
「アシュラムと言う方に殺されたからです。──なぜでしょう?」
『お前、また──』
「あなたはお黙りなさい」
 ぎぃ。
 意図に気づいたらしいエンブリオの声を、さらに声と足音で遮る。
 そして少し腰を下げて左手で彼の本体を掴み、引き抜いた。
 彼が刺さっていた場所から液体か何かが飛び散ったが、特に気にしない。
「彼と戦ったからです。──なぜでしょう?」
『……茉衣子』
 ぎぃ。
「力を顕す必要があったためです。──なぜでしょう? 千鳥かなめを助け出すためです。──なぜでしょう?」
 ぎぃ。ぎぃ。
「助けてほしい、と言われたからです。──誰に?」
 ぎぃ。
 そこで、足を止めた。
「そこに転がっている方に、です」

197 名前:虚 (5/8)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/06/13(火) 09:40:57 ID:VYRaRU3H
 一息ついた後、続ける。
「ですから彼女は当然代価を支払うべき存在であり、しかし彼女は生存しているために、わたくしは彼女の生に疑問を持ちました。
これで、おわかりになりました?」
『……ああ』
 唸るような低い声が、スピーカーから絞り出される。それに呼応してノイズの像が歪み、怒気を放つ表情を一層いびつにさせた。
 一歩踏み出せばラジオに触れられる距離。それを確認した後、タイミングを計るための言葉を付け加える。
「何か他に仰りたいことはありますか?」
『ねえよ。……もう何も言うことはねえ』
「そうですか」
 そして呟きと同時に指先に蛍火を灯らせ、ラジオに向けて放った。
『っ──!?』
 何の兆候も躊躇もない動作は、怒号と同時に衝撃波を出すつもりだったでだろう彼よりも速かった。
 複数の光球が螺旋を描いてラジオの筐体とノイズの像に打ち込まれる。そして、破裂。
 同時に足を踏み出し、右指をラジオの側面──にあるスイッチに引っかけ、思い切り下げた。



                           ○




198 名前:虚 (6/8)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/06/13(火) 09:41:53 ID:VYRaRU3H
 霧が晴れた後も視界の悪さは変わらず、眼前に開ける森の入口は、吸い込まれそうなほどの黒い闇を保っていた。
 小屋の入口からその鬱蒼とした木々を見つめ、茉衣子は溜め息をついた。
(まぁ、夜になってしまったのですから当然ですわね。あまり気は進みませんが、明かりはどうしても必要になります)
 蛍火は長続きしないし、懐中電灯の光は強すぎ、人を呼び寄せる。
 しかし光源なしで夜の森を横切るのは、歩き慣れていない人間にとっては自殺行為に近い。
(でも森のない隣のエリアは既に立入禁止。迂回するには距離がありすぎます。
何かあれば、二十三時には間に合わないかもしれません)
 この森を無理にでも横切らなければいけない理由はそこにあった。
 ここから北東にある教会──宮野の遺体がある場所は、二十三時をもって禁止エリアとなる。
 そこに一歩でも足を踏み入れた参加者は、刻印が発動して無惨な肉塊と成り果ててしまう。
 そこに元からあった死体も、例外ではないかもしれないのだ。
 刻印が発動しなくとも宮野は既に相当ひどい状態になっていたが、それでも彼があの最初の犠牲者達と同じになってしまうことには抵抗を覚えた。
(……そうでなくても、班長をあのままにしておくのは、嫌ですもの)
 放送で彼の名前が呼ばれたとき、悲嘆に暮れたり絶望を覚えたりはしなかった。そんな感情はもう使い果たしていた。
 感じたのは、途方もない喪失感だった。胸と言わず全身に穴が空いたような。
 ここでは誰かが死んでしまっても、その名が淡々と呼ばれるだけで済まされる。死という現象に数としての価値しか与えられない。
 その空虚さを、彼のために行動することで埋めたかった。少なくとも自分だけは、彼のことを記憶し、思っていなければならない。
 覚えておいてもらいたい──と、他でもない彼に言われたのだから。


199 名前:虚 (7/8)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/06/13(火) 09:42:49 ID:VYRaRU3H
『……これからどうすんだ?』
 と。
 あれからずっと沈黙を保っていた、首にかけたエジプト十字架──エンブリオが、小さな声で呼びかけてきた。
「教会へ戻ります」
『そうか』
「あら、理由は聞きませんの?」
 反応の薄さに疑問を持つと、彼は投げやり気味な口調で、
『聞いたところで何も変わらねえだろうしな。オレが何を言ったって、どうせあんたは行くだろうよ」
「よくわかってますわね」
『それに、どうせこの分だとオレのことも殺──』
「あなたは誰にも殺させません」
『……そーかい』
 ぴしゃりと即答すると、エンブリオはまた黙り込んだ。
 彼は班長が遺してくれたものだ。手放す気はないし、彼の願いを叶えてやることなど論外だ。
(それもすべて、わたくしに生のある間の話ですけれど)
 生き延びること──というよりも宮野に関すること以外のすべてについては、半ば諦めていた。
 もちろん、帰りたいとは思っていた。
 しかし生存するための能力が何もないこの状況では、そんな願いは到底叶えられないものだと理解していた。
(小屋の時は、たまたまうまくいっただけと考えた方がいいですわね)
 しずくはまだしも、兵長のときはぎりぎりのタイミングだった。
 筐体のスイッチを切る際には、今にも爆発しそうな空気の震えが頬に感じられた。
 あの時行ったこと──会話の主導権を握り、相手に隙を生じさせるタイミングを計る──も、たまたまうまくいっただけだろう。
 宮野がいつもやっていることを、単に真似しただけなのだから。
(……意外と現実的に、物事を考えられますのね)
 思考は割と冷静だった。
 少なくとも、隙をつくって機械知性体と亡霊憑きのラジオを行動不能に出来る程度には。
 あるいは、その程度でしかないとも言えるが。
(とにかく歩きましょう。ここにいたって寒いだけですわ)
 思考の迷走を溜め息一つで切り上げ、茉衣子は懐中電灯のスイッチを入れた。
 木々の合間に現れた鮮やかな光は、しかしすぐにでも闇に喰われてしまいそうなほど頼りなく見えた。


200 名前:虚 (8/8)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/06/13(火) 09:45:03 ID:VYRaRU3H
【E-5/森の入口/1日目・19:00頃】

【光明寺茉衣子】
[状態]:体温低下。生乾き。服の一部に血が付着。
    精神面にかなりの歪み(宮野関連以外はまだ冷静に物事を処理出来る)
[装備]:エンブリオ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:森を越えて教会へ。宮野を埋葬したい。
    エンブリオを死守。帰りたいとは思っているが、半ば諦め気味。
[備考]:夢(478話)の内容と現実とを一部混同させています。

※ラジオの兵長(電源がオフになっているため意識が停止している。オンにした途端衝撃波が飛ぶ)が小屋の中に放置されています。


201 名前:永久ならぬ眠り ◆E1UswHhuQc 投稿日:2006/06/17(土) 22:11:47 ID:cWNSZXfr
 人間は休息なしに生きていくことはできない。
 疲労は染み入るように身体を蝕む。体力と置き換わる疲労は筋肉に、骨格に、血管に、神経に回り、体中を支配する。
 痛みに耐えるのと同じように、疲れにも耐えることは出来る。
 が――人間は無尽蔵の忍耐力など持ち合わせていない。持っているとしたらそれは人間ではない。人間ではないとすれば、それは精霊だ。
「俺はまだ人間か――」
 うめいて、ウルペンは地に身体を預けた。
 霧の中を進んだせいで、身体は湿っていた。水気を含んだ黒衣が煩わしい。
 失った――いや、奪われた左腕に右手を当てる。火球で焼き千切られたそこからは血は流れていない。
 疲労が身体に渦巻いていた。身体が重い。自力で立っていることすら億劫なほどに。
(怨念かもしれんな)
 ここに来て殺した者の数を考える――三人。
 一人目は、左腕を奪っていった少女の姉妹。妙な術を使う、金髪の少女。
 リリア。彼女の首を折ったのは右腕だったろうか、左腕だったろうか。多分左腕だろうとウルペンは見当づけた。
(だから奪われたのだろうな)
 皮肉げに笑い、二人目の顔を思い出す。
 凡庸な少年だった。近くにいるとなぜか心が苛立つような、妙な感じを受けた。
 戯言遣い。本名ではないだろうが、その呼び名が一番ふさわしいだろう。彼は確かなものなどないと言った。
(賢明だったな。本当に……賢明だった)
 三人目。おそらくあの精霊の新しい契約者であろう男――ハーベイ、といったか?――の、知り合いか何か。
 キーリ。彼女は自分の意思だけは確かなもので、信じられるのだと言った。
(俺はそれを奪った――奪っただけだ。俺にはもはや自分の意思すら信じられない)
 ここに来てから、三人。
 来る前の人数は覚えていない。
 怨念などというものに質量があれば、確かに立ってはいられないだろう。
 とはいえ――いつまでも座っているわけにはいかない。やることがある。
 チサトを殺す。

202 名前:永久ならぬ眠り ◆E1UswHhuQc 投稿日:2006/06/17(土) 22:12:55 ID:cWNSZXfr
 あの男が信じられる確かなものを、奪う。
 チサトだけではない。この島にいる全員の確かなもの――それを奪う。
 自分以外のあらゆるすべてに、教えてやりたかった。何かを信じられる者達に。
 信じられるものなど、信じるに値するものなど何も無いのだと、それを教えてやりたい。
(それが絶望だ――アマワ。俺は貴様にも絶望を教えてやる)
 顔を撫でる。眼帯を失って露出している、義妹に奪われた左眼。
 同じく義妹に奪われて正常な数ではない右の手指で、撫でる。
 そこには小さな火傷がある。獣精霊の炎が最後に遺した傷が。
「……アマワめ!」
 小さく叫び、眼を閉じた。疲労が眠気を誘っている。
 どれだけ意思で身体を動かそうとも、それには限界がある。次の放送までここで休もうと、彼は決めた。
(眠るか)
 幸いにも霧で視界は閉ざされ、日も沈みかけている。黒衣は闇に紛れ込む。見つかることはそうそうないだろう。
 沈んでいく意識の中で、忘れずにあの男の信じる者の名を刻み込む。チサト。姓があったような気がするが、なんだったか。
(ササミ……アザミ……いや、ガザミ、か……?)
 ガザミ、というのが一番強そうだったので、彼はその名を心に刻んで意識を沈めた。

【E-5/北端の森/1日目・16:00】
【ウルペン】
[状態]:疲労
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:参加者全員に絶望を。アマワにも絶望を。
[備考]:第二回の放送を冒頭しか聞いていません。
    黒幕=アマワを知覚しています。風見の名をガザミ・チサトだと思ってます。

203 名前:暗き天蓋、悠久の海原  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/06/23(金) 07:46:57 ID:PIUDgpWP
火乃香がヘイズを尋問しようとした寸前、それは姿を現した。
「あれ?」
「ん、どーした火乃香? 棚から落ちたボタ餅をよく見たら、蟻がついていたという悲劇に気付いて
泣いているガキを指差して笑っている女の髪にも蟻がついているという事実を発見した
とある通行人A、みたいな顔してるぞ――がっ」
 突然、首を捻られたコミクロンの目に、遠くから接近してくる巨大な何かが映った。
 下部が炭化して折れたマスト、見る者を圧倒して畏怖を与える雄大な船首、
 俯瞰すれば、それはあまりにもゴツく、大雑把ながらも力強く海面を切り裂いて進んでくる。
 海面を照らす陽光は既に無く、海上を行く巨大なそれはまるで建築物の威容だった。
「……何だあれは。城が動いてるのか?」
「違う、コミクロン。あれは――乗り物じゃないかな」
 感嘆の声を上げながらコミクロンは身体を捻って、身体の向きを首に合わせた。
 やはり、科学者を自称していても、年相応の好奇心が頭を満たすのだろう。
 
「船……か」
 それは船だった。全長三百m程度の船がゆっくりと海岸沿いを移動していた。
 B-8の難破船が何らかの理由により動き出したものだろうか。船は明かりを灯して移動している。
「知ってるのか、ヴァーミリオン?」
「火乃香の推測は当たってるぜ。遠距離と残霧で分かりづらいが、ありゃあ木造船だな。
型からして十五世紀前後の骨董品ってとこじゃねえか?」
 もっとも、ヘイズは木造船など見たことは無い。
 彼の世界の海は常時、猛烈なブリザードが吹き荒れる極寒領域だ。
 航空艦の技術が発達した世界で、流氷だらけ海を進むバカは存在しなかった。
「あれが、船……実際に見るのは始めてだね」
「そういや、火乃香の故郷は砂漠だらけだったな。俺だって遠洋航海用の船なんぞは初めてだ」
 流美なフォルムだ――、とコミクロンは呟く。
 新たな玩具を与えられた少年のような瞳と、船へと向けられた仲間の視線。
 ヘイズはコミクロンが発明好きなのだと喋っていたのを思い出した。
 その記憶は、少しだけ、ヘイズの世話焼きな心を刺激した。

204 名前:暗き天蓋、悠久の海原  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/06/23(金) 07:48:03 ID:PIUDgpWP
「乗って、みたいか?」
「何?」
「あの船に乗ってみたいかよ?」
 ヘイズの問いに二人の仲間はしばしの間、沈黙する。
 こりゃスカしたか――? などと思い、ヘイズが頭をかき始めた時、
 コミクロンが歓声をあげた。
 当然、返って来た答えは一つだった。

「じゃあやるぜ。俺が破砕の領域で攻撃場所を指示するから、お前が
魔術を何発かぶち当てて船の航路を修正しろ」
「構わんが、俺の魔術のレベルはたかが知れてるぞ? 船を止める威力は出せん。
この制限下だと先生だって三百m級の大質量を止めるのは不可能だ」
 自信なさげなコミクロンの肩を火乃香が叩く。
 そのまま指を突き出して、海に突き出す岸壁と海面に突き出た岩礁を示した。
「あんたらしくないね、しゃきっとしなって。あそこの岩に向かって航路を変えれば
船は止まるってコトだよ。そうでしょ、ヘイズ?」
「ビンゴ。船ってのは座礁に弱いもんなんだよ。岩に挟まるか浅瀬に乗れば、
オレ達だって余裕で乗り移れるだろ」
 そう言いながら、足で地面を打ち鳴らしてヘイズはタイミングを計り始めた。
 座礁させるための最適な位置と攻撃箇所はすでに予測したのだろう。
 あとはコミクロンがタイミング良く魔術を放てるように、
 ヘイズが都合に合わせて指を鳴らすだけだ。

 船との距離がだいぶ詰まってきた時、ヘイズが指を鳴らした。
 軽やかに響いた音は、まだ少し霧の残る海面を渡り、船の壁面付近の空気分子を揺るがす。
 たったそれだけの微弱な力。それがヘイズの切り札だ。
 極小な空気分子達は、まるで誘導されたかのように進路を変更し、
 任意の地点へ移動する。
 その運動が連鎖して一つの幾何学模様を形成した時、ヘイズの思いは
 論理回路の形となって具現することとなる。
 望んだ力は、情報面からの無慈悲な解体。
 瞬間、つやのある船壁はその効力に一秒たりとも耐えられず、無残な虚となっていた。

205 名前:暗き天蓋、悠久の海原  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/06/23(金) 07:48:51 ID:PIUDgpWP
「コンビネーション4−4−1!」
 しばらくの間を持って、破砕の領域が展開した空間にコミクロンの魔術が炸裂する。
 ヘイズのI-ブレインが起動すると、コミクロンの魔術構成が不安定になることを
 両者は共に熟知していた。
 だからヘイズは余裕を持って破砕の領域を展開し、コミクロンの魔術がベストタイミングで
 命中するように、足を踏み鳴らして最適な瞬間を計ったのだろう。
 今更になって、火乃香はそれを理解した。
 論理的で器用なコミクロンと、
 未来予測で正確なアシストができるヘイズ。
 何だかんだ言って、この二人はウマが合っているようだ。ツボにはまると、強い。
 反面、直感的な思考と、意外性の高さを持ち合わせた相手には脆弱だ。
 そこらは自分が補うことになるのだろうか、と火乃香は一人、考えた。
 図に乗ると厄介なので、手綱はちゃんと握っておこう、とも。


 そうこうする間に、魔術士二人は船の十数箇所に衝撃を与えて
 進路修正に成功した。
 貨物船の巨体はゆっくりと、しかし確実に岩礁に向かって直進していく。
 舵をきらない限り、座礁は時間の問題だろう。
「今思うんだが、乗組員がいたらオレ達の行為は無意味だよな」
「愚問だぞヴァーミリオン。禁止エリアを抜けてきた船に生きた乗員がいると思うか?
まあ、主催者どもの禁止エリア宣言がハッタリなら、エリアにいても無事だろうがな。
何はともあれ、俺は無人船論を強く推奨するぞ。動いてるのは漂流だからだろ」
「その自信はどっから沸いてくるんだか……でも今回はあたしもコミク論に賛成しとく」
 なんだそれは! と絶叫する白衣を火乃香とヘイズは無視した。
 未成年の主張より、船の行方が遥かに気になったからだ。

 三人が見守る中、船は岩にぶつかって盛大な不協和音を奏でて進み、
 ヘイズの予想どおりに岸壁と岩礁に挟まって動きを止めた。
 所々から木の軋む音が聞こえてきたが、船体は完璧に座礁したようで、
 貨物船が進む事は不可能に見える。
 更に、何のアクションも起こらないことから、無人船であるというコミク論は肯定された。

206 名前:暗き天蓋、悠久の海原  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/06/23(金) 07:49:32 ID:PIUDgpWP
「ビンゴ……だな」
「ふっ、この俺の大天才たる証が、また一つ歴史として刻まれたまでのことだ
――おぶえぁ! 何をする火乃香!」
「はいはい、バカは踊る前にそれを持っといて。あたしが最初に飛び移るから
あんたは後から船に荷物投げ込むまで、デイパックを運ぶ役」
「むう……」
 自画自賛モードに突入しかけたコミクロンに自分の荷物を投げつけて、
 火乃香は岸壁をよじ登った。
 腕の不自由なコミクロンは身体のバランスをとるのが難しい。
 先に自分が楽な跳躍ポイントを見つけておく必要がある、と考えての行動だった。
 投げたデイパックがコミクロンの顔面に当たったことはこの際、忘れておこう。
 
「いよっ、と」
 上手い跳躍ポイントを見つけて飛び移った先は、船の操舵付近だった。
 甲板からの高さの分だけ落差が少ないので、素人が降りても安全な場所だろう。
 火乃香はそのまま周囲の安全を確認し、船首甲板へと降り立った。
 長時間の雨で多少すべるようだったが、鍛えられた剣士の下半身には
 何の障害にもならない。
 それより、眼前に広がる海原と独特の潮風が心地良かった。
 霧間から降り注ぐ星光は海面で揺らめきながら煌いて、火乃香の網膜を刺激した。
 星と霧以外はどちらも、火乃香の生活圏には存在しない興味深い自然である。
「ボギーがいたら何て言うかな?」
 あの機械知生体はきっと、潮風で遮蔽モードに微妙な支障が出る、とか
 キャビンに臭いが着いて傷む、などとロマンもへったくれもない感想を述べるかもしれない。
 それでも、今は傍にいて欲しかった。

 しばらく感傷に浸っていた火乃香は、つと、手すりに触れてみた。
「呼吸。木片の、呼吸……」
 コミク論に賛同したのは正解だったようだ。
 この船は完璧に無人だった。違和感のある大規模な気の流れを感知できない。
 船の明かりが燈っているのは少々気に掛かったが、後で調べれば済む事だ。
 ファントムだらけの幽霊船でも無い限り、確たる危険も無いはずだろう。

207 名前:暗き天蓋、悠久の海原  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/06/23(金) 07:50:23 ID:PIUDgpWP
「なかなかいい景色じゃねえか?」
 火乃香が上げた視線の先、左右色違いの瞳を持った男が覗き込んでいた。
 ヘイズにとっても、霧の晴れ行くこの光景は鮮烈なはずである。
 いつの間にか太陽は沈んでいたが、それでも海はたゆとう原野の如く存在し、
 昼の光景にも決して劣らない。
 しかも、明度ゆえか夜の闇と水平線が同化していて、世界が一つに繋がって
 いるかのように錯覚させた。
「――見慣れた砂丘よりは楽しいかな。コミクロンは?」
「デイパック持ってヨタヨタしてるぜ。荷物はオレが投げ込むから中身傷めないように
取ってくれっか?」
「ん、おっけ」
 じゃあいくぜ、とヘイズは岸壁から荷物を甲板に落とし始めた。

 キャラバンで荷物の運搬をこなしてきた火乃香には苦でも無い作業のあとに、
 ヘイズ自身が飛び降りて来る。
 便利屋を自称するだけあって、こちらもなかなか手際が良い。
 躊躇無く直接甲板に降り立っても、その姿勢は全く崩れていなかった。
「ふっふっふ、見るがいい! この大天才の華麗なる跳躍を――!」
 続けてコミクロンが、飛距離に余裕を持たせる為に助走をつけて空を舞う。
 火乃香が選んだ地点で誤差無く踏み切るのは感心ものだが、いかんせん
 加速をつけ過ぎだ。
「おいバカ、甲板は濡れて――」
 ヘイズのとっさの忠告は既に遅く、白衣とお下げをなびかせたコミクロンは
 滑らかな放物線を描いていた。
 そのまま火乃香が定めた着地地点を華麗に飛び越えて――、
「ごあっ! 頭蓋がっ……こんなところで未来の偉人の知性に危機が訪れるとは……!
そもそも俺だけ着地に失敗するなどと――何だこの不条理な世界は!」
 着地地点が濡れていたため、当然の如く摩擦の力は働かず、
 白衣の天才は、不条理の具現者たる甲板に華麗に頭を打ち付けた。

208 名前:暗き天蓋、悠久の海原  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/06/23(金) 07:51:04 ID:PIUDgpWP
 その後、片腕が動かず、ろくな受身が取れない状態から瞬時に復活してくるのは
 なかなかのタフさと言えるだろう。
 しかし、
「どう考えてもあんたが悪い」
「下手に格好つけるからだろ」
 何でも屋達の評価は条理にかなった酷評だった。
 エレガントな科学者への道はどうやら遠く、険しいものらしい。
 ともあれ、三人は比較的無事に貨物船に乗り移ることに成功した。
 その後の会議で、無人船の明かりなどの原因が不明なので
 とりあえず調査してみることと、船室を漁って何か使えそうな物を発見する
 ことを目的として、船内の捜索を開始することが採択された。

「この俺が船倉を調査する! 重要物を底に隠すのはセオリーだからな。
ふっふっふ、待ってろよ。楔一本に至るまで徹底的に構造解析してやる!」
 言うが早いかコミクロンはハッチを潜って船内に侵入していった。
 木造船とはいえ科学技術の結晶だ。
 コミクロンは船から得られた情報を元に新型人造人間の開発計画を
 練るのだろうか、とヘイズは邪推した。

「じゃあ、あたしが船首から、あんたは船尾から探索するってことでいいよね?」
「妥当な案だな。けどよ、これだけデカい船だと船室だけで幾つあるんだか」
「あんた今、ものすごくやる気無さそうな表情してるんだけど」
「ほっとけ。こーゆー性分なんだ。そう言うお前こそ海見てふにゃけてただろうが」
「むー……不覚をとった」
 実際、火乃香が夜空と海に見とれていたのは確かだった。
 何とかしてヘイズを斬り返してやろう、と過去の記憶を掘り起こすうちに、
「あ、そうだ」
 会心の一撃を思い出した。以前、この船に気付いてうやむやにしてしまった
 一つの問いだ。

209 名前:暗き天蓋、悠久の海原  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/06/23(金) 07:51:35 ID:PIUDgpWP
「ねぇ、ヘイズって歳い――」
「さてと、お宝探しに行くとするか」
 火乃香の言葉を遮り、ヘイズはドアを蹴飛ばして船内に突入していった。
 ついでに酒瓶とか落ちてねえかな、などとわざとらしく呟いて火乃香の声を
 聴いてないふりをしているところから、逃走したのだと簡単に推測できる。
「……ま、いっか」
 辺境では、他人の事情に首を突っ込むと痛い目に遭うというのは常識だ。
 ましてやヘイズは露骨に嫌がっているし、今の火乃香には別の目的があった。
「もう少しくらい眺めても、減るもんじゃないしね」
 誰にともなく呟いて、火乃香は再び手すりに寄りかかった。

 手を乗せた木目の向こうには、先程まで見ていた海が変わらぬ雄大さを
 保ったままで歌っていた。
 寄せては引いて、引いては返して、砂のざわめきとは異なる音調を奏でる波。
 ロクゴウ砂漠には無い光景。エンポリウムには無い香り。
 ゲームが始まった時は、シャーネと筆談していて感じそびれた感覚だ。
 船のことは二人に任せて、もう少しだけここに居ようと火乃香は決めた。



【G−1/難破船/1日目・19:00】

『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:船室を捜索。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

210 名前:暗き天蓋、悠久の海原  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/06/23(金) 07:52:35 ID:PIUDgpWP
【火乃香】
[状態]:健康。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:甲板から海を眺める。

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
     刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:ふははは! 歯車様はどこだ!?  船倉を捜索。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。左回りに島上部を回って刻印の情報を集める。

211 名前:灯台へ向かう前に(1/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/06/23(金) 20:37:43 ID:Wo0dHkq9
 地下通路から地上へ出た直後に、子爵はEDに呼び止められた。
「さっきの蒼くて大きな方――BBさんが、この狭い出入口から出る準備をしています。
 少し待っているように頼まれました」
 言われてみれば、大きな機体が普通に通過できそうな広さなど、出入口にはない。
【それくらいはお安い御用だ! しかし、どうやって通るつもりなのだろうか?】
 地上まで背負ってきた風見の様子を見ながら、EDは子爵の疑問に答える。
「整備作業の要領で装甲を分割し、関節や接合部の固定を一時的に解除するそうです。
 体内が剥き出しになってしまうため、雨が止むまで実行できなかったと聞きました」
 ちなみに、EDと風見の荷物は子爵が地上まで運んできてある。
【つまり、荷物と同行者を預けて隙だらけの状態になってくれるほどに信じてもらえた
 わけか! おお……もしも涙腺があったなら、感激のあまり泣いていたところだ!】
 文字通り歓喜に震える子爵に対し、飄々とEDは言う。
「“裏切ったって利点よりも危険の方が大きくて割に合わない”という状況ですから、
 関係者全員が状況を的確に把握しているなら、必然的にこうなりますよ」
【そういうものかね?】
「そういうものです」
 地下通路からは金属音が響き続けている。移動には、まだ時間がかかりそうだ。
【この様子では、湖跡地から出る前に放送が始まってしまうな。遮蔽物がほとんどなく
 足場の悪い地点で、放送に気を取られ、隙が生じてしまうかもしれない】
「こんなに濃い霧の中で、普通の人間に襲われるとは思えません。しかし、逆に言えば
 “普通の人間ではない敵”になら襲われてもおかしくはありませんね」
 子爵は目玉で周囲を見ているわけではないし、蒼い殺戮者は暗い地下通路を難なく
歩ける。そんな実例が存在する以上、同じことのできる敵がいないとは限らない。

212 名前:灯台へ向かう前に(2/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/06/23(金) 20:38:41 ID:Wo0dHkq9
 蒼い殺戮者が地上に姿を現し、外した関節を繋ぎ直し始めたのを見計らって、子爵と
EDは自動歩兵とも打ち合わせを始めた。
【……というわけで、“すぐに灯台へ向かうべきではない”という話になった】
「かつて小島だった丘が近くにあります。とりあえずそこへ移動して、放送後に灯台を
 目指したいと考えていますが、どうでしょう? その丘にはいくらか遮蔽物があり、
 ここに比べれば足場は悪くありません。他の参加者が隠れたくなるような地形でも
 ないので、短期間の滞在には適した場所です」
「それで構わない」
 手際よく機体の各部を再結合させながら、蒼い殺戮者は即答した。無茶な荒技を実行
したせいで故障する可能性が高くなったが、今のところ異常はないらしかった。
 火乃香に関わって以来、蒼い殺戮者は、不可思議な事柄をありのままに受け入れて
納得できるようになった。おかげで異世界の液状吸血鬼とも普通に会話できる。
「それにしても、器用なものですね」
【うむ! 自分の体を思い通りに操るというのは、簡単なようでいて意外に難しい。
 誰にでも上手くできることではあるまい!】
「ただ単に、こういう動作ができるように設計されただけだ」
 EDと子爵は、蒼い殺戮者の無愛想さを気にすることなく、しばし感心し続けた。
【ところで、麗芳嬢はまだ現れないようだね。……待ち合わせの時刻は数分後だから
 遅刻だと決まったわけではないし、ただの遅刻ならば別にそれでもいいが……】
 心ゆくまで感嘆した子爵が、今度はどことなく心配そうな書体で言葉を紡いだ。

213 名前:灯台へ向かう前に(3/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/06/23(金) 20:39:32 ID:Wo0dHkq9
 仮面の下に様々な思いを隠し、淡々とEDが応じる。
「問題はそこです。僕が拠点として灯台を勧めたのは、彼女が探索しにいったはずの
 建物だから、という事情をふまえた結果なんですが……最悪の場合、“とんでもなく
 強い殺人者が灯台に潜伏していて麗芳さんを殺してしまった”とも考えられます。
 あまり考えたくはありませんが、可能性の一つとして考えないわけにはいきません。
 灯台以外に、風見さんを休ませられそうな場所の心当たりはありませんか?」
 EDの問いに、子爵は港町で会った佐藤聖の様子を思い出す。
【港町に風見嬢を連れていくのは、少々都合が悪いかもしれない。すぐ危なくなるわけ
 ではないが、いずれ彼女に対して困ったことをしかねない参加者がいる。……いや、
 その参加者本人に悪気はないのだが……しかし、無邪気だからこそ歯止めがきかなく
 なるということもある。ついさっきまで対話していた相手だ。できることならば、
 敵同士になりたくはないのだよ】
 聖なら、弱って寝ている風見を見たら、強引に吸血鬼化させたがるかもしれない。
“吸血鬼化すれば元気になるから”とか、そういった親切心から風見の意思を無視して
しまうかもしれない。そうなれば、争いの火種がまた増えてしまう。
「ついさっきまで港町にいたということは……子爵さん、よっぽど大急ぎでここまで
 来てくれたんですね」
【うむ、急いでいたので水の流れに乗ってきた。判りやすく例えるならば、追い風を
 背に受けながら走ってきたようなものか。下流以外に向かう場合は、それほど素速く
 移動できたりはしない。それに、この“吸血鬼の川流れ”をやると非常に疲れる】
 そんなEDと子爵の会話を、蒼い殺戮者の声が遮る。
「移動の準備が完了した。続きは移動中に話すべきだ」
 一同は、丘の上へ向かいながら、今後の方針を相談することになった。

214 名前:灯台へ向かう前に(4/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/06/23(金) 20:40:18 ID:Wo0dHkq9
 列を成し、濃霧を突っ切る一団に、統一感は微塵もない。
 先頭は子爵でEDが二番手だ。最後尾では蒼い殺戮者が風見を運搬している。
「では、灯台以外の拠点候補地について意見する」
 背後にも注意を払いながら、蒼い殺戮者は言う。
「C-6にある小市街は、島の中心部に近く、すぐそばに道があり、作戦行動に向いた
 立地条件を備えている。このような要所には参加者が集まりやすい。そんな場所で
 今まで生き残り続けている者がいるとすれば、戦闘能力の比較的高い参加者である
 可能性が高い。戦力外の人員を護衛しながら向かいたい地点ではない」
 念入りに左右を警戒しながら、EDは溜息をついた。
「やはり、行き先には灯台を選ぶしかありませんか」
 遠くまで歩を進める余裕はない。しかし、港町も小市街も安全だとは言い難い。
 丘の上や森の中では、風見を充分に休息させられそうにない。
 灯台と港町の間に難破船があると地図には記されているが、そこも麗芳が探索すると
言っていた場所だ。危険度は灯台と変わらない。
 意図的に感情を排した口調で、EDは語る。
「仮に麗芳さんが殺されていたとしても、殺人者と相討ちになったかもしれないなら、
 灯台の様子を見てくるだけの価値は充分にあります。移動の際に速度を優先するのか
 警戒を優先するのかは、放送を聞いてから決めましょう」
「同意する」
【妥当な案だろうね。無論、この会話が杞憂に終わるなら、それが一番いいわけだが】
 何の根拠もなく状況を楽観視するほど、この一団は呑気ではなかった。

215 名前:灯台へ向かう前に(5/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/06/23(金) 20:41:05 ID:Wo0dHkq9
 そうこう話しているうちに、一同は丘の上へ到達していた。
「覚……」
 風見の寝言に、三名がそれぞれ意識を向ける。
「仲間の夢を見ているようだ」
 蒼い殺戮者の声には、兵士らしからぬ揺らぎが、かすかに含まれていた。
【風見嬢の仲間は、無事でいるのだろうか】
 子爵の血文字は、どことなく憂いを帯びているように見える。
「放送が始まっても目覚めないようなら、そのまま彼女には眠っていてもらいましょう」
 EDの提案に、誰からも反対意見はない。
「……だからエロス全開の言動は慎みなさいって言ってるでしょ!?」
 不意に風見が叫び、空中に向かって拳を突き出した。
 すさまじい寝言と寝相だったが、三名ともそれは無視した。

216 名前:灯台へ向かう前に(6/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/06/23(金) 20:42:09 ID:Wo0dHkq9
【B-7/かつて小島だった丘の上/1日目・17:59頃】
『奇妙なサーカス』
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:健康
[装備]:仮面
[道具]:支給品一式(パン3食分・水1400ml)、手描きの地下地図、飲み薬セット+α
[思考]:同盟を結成してこの『ゲーム』を潰す/この『ゲーム』の謎を解く
    /ヒースロゥ、藤花、淑芳、鳳月、緑麗、リナの捜索/風見の看護
    /第三回放送後に灯台へ移動する予定/麗芳のことが心配
    /暇が出来たらBBを激しく問い詰めたい。小一時間問い詰めたい
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ

【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:やや疲労/戦闘や行軍が多ければ、朝までにエネルギーが不足する可能性がある
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最期を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている
    /EDらと協力してこの『ゲーム』を潰す/仲間を集める
    /第三回放送後に灯台までEDとBBを誘導する予定
    /DVDの感想や港で遭った吸血鬼と魔女その他の事を小一時間語りたい
[備考]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    アメリアの名前は聖から教えてもらったので知っています。
    キーリの特徴(虚空に向かってしゃべりだす等)を知っています。

217 名前:灯台へ向かう前に(7/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/06/23(金) 20:43:05 ID:Wo0dHkq9
【風見千里】
[状態]:風邪/熟睡/右足に切り傷/あちこちに打撲/表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり
[装備]:グロック19(残弾0・予備マガジンなし)/カプセル(ポケットに四錠)
    /頑丈な腕時計/クロスのペンダント
[道具]:支給品一式/缶詰四個/ロープ/救急箱/朝食入りのタッパー/弾薬セット
[思考]:BBと協力/地下を探索/出雲・佐山・千絵の捜索/とりあえずシバく対象が欲しい
[備考]:濡れた服は、脱いでしぼってから再び着ています。

【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:少々の弾痕はあるが、今のところ異常なし
[装備]:梳牙
[道具]:なし(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:風見と協力/しずく・火乃香・パイフウの捜索/脱出のために必要な行動は全て行う心積もり
    /第三回放送後に灯台へ風見を運ぶ予定

218 名前:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(01/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/24(土) 03:33:08 ID:ysLYb8YC
「ここ……です……」
震える指が、男子トイレの奥を指差した。
もっとも、指差す必要は無かった。
そこまで案内された時点で、転々と続く滓かな血痕はそこへと続き、
周囲にはまだ乾ききらない濃厚な血の匂いが漂っていたからだ。
「男性用の厠ですか。では私が……」
「こんな時にそんな事を意識してどーすんのよ。固まって動くわよ」
一人で踏み込もうとした保胤をリナが制止する。
「それに、男性というなら私でも良いだろう。
 検視もしなければならない、先に入るとしよう」
そう言ってメフィストがすたすたと踏み込んだ。
「あ、待ちなさいよ!」
続いてリナが。慶滋保胤、藤堂志摩子、海野千絵がその男子トイレに踏み込んだ。
その5人が、この地下の死体を検分に来た総勢だった。
集団の残り4名はこのマンションの屋上で別の死体を検分している。
「ふむ、これが佐藤聖が殺害したという青年か」
メフィストは男子トイレの床に屈み込み、その青年の死体を検分していた。
メフィストの言葉に志摩子はキュッと歯を噛み締める。
義姉のした罪から目を逸らすまいとするかのように。
「右腕はどこだね?」
「その……その人は、ここに現れた時、既に右腕を無くしていて……
 聖の付けた傷は、首筋の切り傷だけだと……」
千絵は途切れ途切れにその時の事を語った。
恐怖とトラウマは根強く残っていたが、それでも何とかパニックを起こさずにいた。
メフィストの姿を見ているおかげで。
魔界医師メフィストの絶世の美貌はそれそのものが最高級の秘薬なのだ。
魔界都市においては末期癌の患者さえ彼を一目見ただけで自然快復を達成する。
「…………なるほど」
僅か数秒の検分を終え、メフィストは天上の音色もかくやという呟きを発した。
その呟きも彼女を抑える一欠片だ。
だからメフィストは海野千絵と共に行動していた。

219 名前:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(02/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/24(土) 03:34:08 ID:ysLYb8YC
「死因は出血死。だが、首筋のそれが決定的とは言えないだろう」
「それはどういう事ですか?」
志摩子が尋ねる。
「ここまで生きていただけで奇跡的という事だ。
 右腕切断、胸部は銃弾により重要器官が複数損傷、両足骨折、背部に裂傷、その詳細は……」
メフィストが羅列する傷の数々に皆が息を呑んだ。
その傷は人を3回は殺してお釣りが来るだろう。
「これに首筋の切り傷が加わらずとも数分と保たずに絶命していただろう。
 死ぬ前に私に出会っていれば話は別だっただろうが、私はこの地に居なかった」
どう足掻いても生き残る見込みのない致命傷の数々。
聖の行為は安楽死を与えたと見る事も出来る。
「ですが、それでも……」
「そう、死の最終的原因が佐藤聖で有った事は変わらない」
聖が自らの意志で人を殺めた事実は変わらない。
聖がその時にどんな事を考えたのかは判らない。
しかし吸血鬼として暴れ回った事実から見るに、それが如何なる優しさから来たものでもない事は明白だった。
「聖お姉様……」
聖の殺害を決意しても、それでもなお、いや、それ故に聖への想いは変わらない。
その大切な人が犯した殺人の痕跡は志摩子の胸を締め付ける。
「それで、その後はどうしたの?」
「その後……?」
「この男を殺した後よ」
リナの問いに海野千絵は少し記憶を掘り返し…………

フラッシュバック。
「佐藤さん飲まないの? おいしいのに」
四つんばいになってぴちゃぴちゃと青年の血を啜る千絵は、
壁や路面にこぼれた血も丁寧に舐め取っていった。
舌に広がる極上の美味。鼻腔に充満する芳醇な芳香。
壁や路面なんて汚いのにそれさえも浅ましく舐め取った。
勿体ないからペットボトルの中に血を詰めて持ち運んだ。

220 名前:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(03/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/24(土) 03:34:51 ID:ysLYb8YC
聖にそれを勧めまでした身も心も染まりきった吸血鬼の思考。
忌まわしい美味。怖ろしい芳香。
おぞましくておぞましくておぞましくておぞましくておぞましくておぞましくて

「ちょっと、どうしたのよ? その後、どうしたの?」
「ぁ……」
声が漏れ。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!」
それに繋がって絶叫が迸った。
「な……」
「千絵さん!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!」
まるで地の底から吹き出すかのように溢れる絶叫。
その中を繊手が伸び、千絵の目の前でピタリと止まった。
「落ち着きたまえ」
「アッ」
それだけで千絵の悲鳴は始まった時と同じく唐突に止まった。
だがそれでも、響いた悲鳴の残滓は衝撃を残す。
「ふむ、やはり吸血鬼であった時の記憶は大きなトラウマとなっているようだ」
千絵は粗い息を吐き、その瞳は恐怖と罪に濁っていた。
痛ましくてとても見ていられず、保胤は提案する。
「メフィストさん、吸血鬼の記憶を消せるならそうした方が良いのでは?
 このままでは彼女があまりに不憫です」
「常ならそれも一つの療法なのだがね」
だが、そうも行かない理由が有った、
「まず、美姫は彼女にこう言い残したという。
 『次に私に会った時、記憶を失っていれば殺す』と」
千絵がびくりと反応する。
それは誰の目にも明白な恐怖だったが、実はもう一つの言葉を隠している怯えでもあった。
『だが、おまえが私を見つけだして望んだならば、再び吸血鬼にしてやろう』
(そんな事、望まない)

221 名前:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(04/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/24(土) 03:35:30 ID:ysLYb8YC
当然だ、あんなおぞましい存在に立ち戻るなど考えただけで吐き気がする。
それでもその条件を他の者達に言えないのは単に疑われないためでしかない。
……そのはずだ。
「もちろん、我々で彼女を護る事は出来るだろう。
 だが積極的な敵を増やすという問題も有るせいか、彼女はそれを望んでいない」
千絵は記憶を捨てる事を望まなかった。
ならば医師としてそれを行うわけにはいかない。
「加えて我々としても彼女から得られる情報は貴重なのだ。
 それは判ってもらえるだろう?」
「それはそうですが……」
保胤には心に深い傷を負った少女の傷を抉って利用しているように思えてならない。
本人も許しているとはいえ、それが耐え難い苦痛である事は明白なのだ。
「…………良いんです」
保胤の迷いに気づいたかのように千絵が呟く。
「だって、私はあんなにおぞましい事をしていた。
 アメリアと誓ったはずなのに、そのアメリアの死すら……裏切って……
 こんな事くらいで赦されるはずもないけど……」
それは一見すると前向きな進歩に取れるが、その実は前方への逃避だ。
罪の意識や恐怖から逃げる方向が前であるにすぎない。
それでも怯え震えながらも言葉を紡ぐ千絵を見て、リナは彼女に問い掛けた。
「……アメリアについて、訊いても良い?」
「リナさん!!」
「吸血鬼になる前の話だけで良いわ」
保胤の制止にリナは注釈を付け足す。
リナにしても彼女が不安定で危険な状態という事は見て取れる。
だから慎重に行った問い掛けに、千絵はゆっくりと頷いた。
「アメリアは、私がこのゲームで最初に出会った……参加者よ。
 ……開口一番で正義の為に戦いましょうなんて言い出した時は驚いたわ。
 だけど……すぐに、友達になれた……」

222 名前:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(05/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/24(土) 03:36:09 ID:ysLYb8YC
「こんなゲームの中なのに?」
アメリアは判る。そういう娘だ。
だが目の前の、錯乱状態でなければ理知的な少女がすぐにその友達になった事に少し疑問を抱く。
返ってきた答えは簡潔なものだ。
「正義の為に悪と戦うのは当然の事だと思うわ」
剰りに簡潔なその返答に考えを改める。
彼女は一見理知的で知性派でも有るようだが、その根っ子はアメリアに極めて近しい。
「あなたの事も、アメリアに聞いていて……」
ぽつりぽつりと彼女と居た僅かな時間を語る。
その時間は過酷なゲームの中でも希望を見出した物だっただろう。
「でも……」
その続きに何が来るかに気づき、端で聞いていた志摩子は身を強張らせた。
「そこで、聖が来た」

「聖はいきなり襲ってきて……最初は私が狙われたけど、アメリアが助けてくれて……」
「アメリアは、それでやられたの?」
「いいえ」
千絵は頭を振った。
「アメリアはすぐに対応して……聖は、すぐに倒された」
「え……どういう事?」
アメリアは聖に襲われ殺されたのではなかったのか?
千絵は話を続ける。
「アメリアは聖に勝ったけど、聖が吸血鬼になっていた事に気づいて……
 その……『今なら私でも治せるかもしれない』って言って…………」
リナはようやく何が起きたかを理解した。
「でもその途中で聖が目を覚まして……アメリアを、剃刀で……!!」
そしてその後、千絵も聖に噛まれて……
「彼女はそれで死んだのかね?」
「判らない……判らない……!!」
メフィストの問いに返る答えはうわごとのようだ。
それはおぞましい時間に入る僅か一歩前の惨劇の記憶なのだから。
「あのままだったら……それで死んだとしてもおかしくないと思う……」

223 名前:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(06/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/24(土) 03:36:45 ID:ysLYb8YC
そう、とリナと志摩子は頷いた。
それは確定ではなかったが、殆ど確定に近い事実だった。
アメリアは佐藤聖によって殺された。
「………………あの子らしいわ」
憎しみよりも悲しみや切なさが沸き上がり、まるで呆れたような言葉を紡ぐ。
アメリア・ウィル・テスラ・セイルーンは本当に『彼女らしい』正義感のままに動き、
それにより仲間を作り、敵を撃退しても殺せず、人を救おうとして散った。
アメリアはこんな残酷なゲームの中でも変わらなかった。
だからリナは誰にも届かない声で小さく、本当に小さく呟いた。
それは彼女への手向けの言葉。
「あなたは間違ってなかったわ、アメリア」
――その言葉が届く先は、もう無い。


「そろそろ戻るとしよう」
メフィストは名も知らぬ青年の死体をシーツで包むと言った。
「上の組も今頃は死体を回収しているだろう。
 墓は作ってやらねばなるまい」
その為に彼らは死体を回収した。
目を覚まし、何とか正気を維持する千絵の言葉によって判明した地下の死体と、
合流の間際にシャナを捜したダナティアの透視に掛かった屋上の死体。
この二つを回収し、検分し、坂井悠二の死体に加えて埋葬するのが彼らの目的だった。
メフィストが先頭に立ち、リナが殿。
保胤、志摩子、千絵を中心に帰りの途に着く。

その短い帰途の途中で、千絵は何気なしに呟いた。
「聖は、あなたの姉だったの?」
「はい。義理の姉です」
志摩子は応える。
彼女もまた、本当なら深い傷を抱えた少女だ。
だけども、彼女はそんな中でも相手を気遣う。
「……辛いならお姉様の事も思い出さないでください。まだ、苦しいのでしょう?」

224 名前:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(07/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/24(土) 03:37:22 ID:ysLYb8YC
その通り、千絵は思い出したくなかった。
吸血鬼であった時のおぞましい記憶に蓋をして忘れてしまう事が出来ればどんなにいいか。
しかし、それは出来ないのだ。
美姫の言葉に怖れ揺らぐが故。
罪の意識から何かをしなければいけないと思うが故。
彼女が吸血鬼であった時の情報には重要な物も含まれていただろう。
まだ20時間も経っていないこのゲームの中で、半日以上も過ごした時間なのだから。
そう思うと、せめて全てをぶちまけるまでは忘れる事もできない。
その意識が何度も何度も彼女の記憶を掘り返す。だから。
「色々、どうしても思い出してしまうから……黙っているのも辛いの。
 ……話せる事は、聞いて欲しいわ」
その方が気が紛れると言われれば志摩子も聞かざるをえない。
そもそも志摩子も聞きたいし、聞かなければならないとも思っている。
最愛の義姉と戦う事を決意したのだから。
「……判りました。私で良ければ、聞かせてください」
「それじゃ……」
千絵はぽつりぽつりと話し出した。
聖と遭遇した時の事。聖の語った言葉。
聖にとって忘れられない少女、栞の名を呼び求めた事。
自らに関わる事は出来るだけ意識の外に出して触れないようにしながら、
佐藤聖の事だけを出来る限り多く語った。
聖を(邪悪にも)煩わしいと考え出すその前まで。
それ以上は彼女にとって最大の罪に差し掛かる。
自らの仲間である聖さえも『煩わしいから切り捨てよう』と考えた挙げ句に、
アメリアの仲間のリナを、アメリアの情報を餌に餌食にしようと罠を張り、
結果としてその仲間のシャナが聖の毒牙に掛かったあの出来事。
名も知らぬ青年の血を浅ましいまでに啜った事と並ぶ、彼女の最大のトラウマだった。
思い浮かべるだけで怖れて、怯えて、叫いてしまう。
「…………これで、話は終わり」
それが判っていたから、半ば無意識に触れないようにその前に話を打ち切った。
話はそれほど長いわけではなかったが、それでも帰り着くには十分だ。
『上の組』がまだ帰らない一室で死体を置いて帰りを待ち、言葉を交わす。

225 名前:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(08/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/24(土) 03:38:24 ID:ysLYb8YC
「そうですか。…………ありがとうございました」
志摩子は礼を言い、千絵の話を反芻する。
聖がどのように生き、苦しみ、楽しみ、堕ち、栄えていたか。
聖は確かに吸血鬼だろう。
最早、人の倫理は忘れ去り、自らの喜びの為に奔放に任せて生き遊ぶ。
血に飢えてアメリアを殺め、更に千絵を毒牙に掛けた。
理由は判らずも死にかけた青年にとどめを刺した。
闇に生き、ダナティアの仲間だという少女シャナにも牙を突き立てた。
その生き様は最早佐藤聖で在るべきものではない。
なのにどうして……
(なのにどうして、お姉様なの……)
血に飢えて倫理を忘れた『吸血鬼になった』事。
聖の変化はその一言で片づいた。
他は何一つ変わっていない。
勿論その一言が人の善性を尽く否定しつくし塗り替える悪しき一言なのは間違いない。
しかし言葉にすると、あまりに短くて呆気ない一言になってしまう。
「聖お姉様……」
戦わなくてはいけない。
戦うつもりだ、人間だった聖と共に生きた人間である志摩子として。
だけど……
(……私は、本当に戦えるの?
 聖お姉様を………………………………殺せる、の?)
物理的な圧倒的戦力差は問題ではない。
志摩子の心には迷いが芽生えつつあった。

もう一人、彼女達の話を耳に挟み、思い悩む者が居た。
彼は藤堂志摩子に問い掛ける。
「藤堂さん。…………島津由乃さんには会いませんでしたか?」
「……いいえ。由乃さんはそもそも、最初の放送で名前を呼ばれて……
 まさか、その前に由乃さんに会ったのですか?」
「そういうわけでは無いのですが……」

226 名前:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(09/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/24(土) 03:39:23 ID:ysLYb8YC
保胤は静かに語り始めた。
「私が彼女に遭ったのは、既に殺されてしまった後です。
 彼女の魄は強い未練に引かれて地に縛られていました。
 あ、魄とは……」
「白骨に宿り地へと還る人の意志ですね。どうぞ続きを」
単語への説明が必要かと思い付け加えようとするが、志摩子はそれを制して続きを促す。
伝統的なミッション系の女子校に通っていながら、実は志摩子の実家は寺である。
流石に陰陽道には詳しくないが、保胤の居た平安京の死生観は知っていた。
保胤は頷くと話を続ける。
「無理矢理にでも成仏させるべきだったのかもしれません。
 ですが、出来れば納得して自ら成仏を選んで欲しいと思い……」
言葉に詰まる。
「……いえ、言い訳は止しましょう。
 私は術を知る者として彼女を弔い、確実に成仏させる義務を負いながら、
 自らの甘さ故に彼女に仮の人型を与えてしまいました」
「仮の人型……?」
「実体の無い霊体と思ってもらえばよろしいでしょう。
 歩き回り、人と言葉を交わす事も出来ます」
「っ!?」
息を呑む。
「それでは由乃さんは、今も何処かで……」
「いいえ」
保胤はそれを否定する。
「霊体のままで在る事は感情の抑制が効かなくなる極めて危険な事です。
 だから私は、彼女に10時間の制限時間を与えました。
 ……それだけ有れば、誰か知人を見つけて遺言を残す事が出来ると考えたからです」
「………………」
志摩子は出会わなかった。
佐藤聖も出会っていない。
小笠原祥子は死に、福沢祐巳は灰色の魔女に意識を奪われているという。
彼女達と同じ世界から来た者は、他には居ない。


227 名前:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(10/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/24(土) 03:39:59 ID:ysLYb8YC
「すみません。私はきっと、彼女を余計に傷つけてしまいました」
「そんな…………保胤さんは由乃さんの為を思ってやったのでしょう?」
「ですが……」
保胤は気まずく口を閉ざす。
たとえ如何なる理由が有ったとしても、彼が自責の念を感じている事は明白だった。
ふと気づいて訊ねる。
「どうしてその話を?」
「せめて、知ってもらうためです」
保胤は言う。
「島津さんが何を言い残したかったのか、私は知りません。
 彼女本人が言い残せると思いこんでいました。
 ですがせめて、彼女が未練に思うほどに誰かに言い残したい事が有った。
 同じ地から来たあなたやあなたのご友人達に、何か言い残し、あるいは託したかった。
 その事だけでも知っておいて欲しい。そう思いました」
「言い残したかった事……」
二つ、想像は出来た。
一つは自らの死への恨み言。
どんな聖人君子でも、死という生者には判らない苦痛の中で誰かを恨んでも仕方がない。
自分を殺した誰かへの復讐を言い残したとしてもおかしくはない。
しかし意識的にその可能性を切り捨てて考える。
もう一つは、生者に進んでもらう為に託す言葉。
自らの死が大切な人達を傷つけ、その心を壊してしまうのが怖く、悲しく、苦しくて。
だから生者に遺した言葉。
(もしそうだとすれば、由乃さんは誰に何を言い残そうとしたの?)
何かを遺そうとした事を知った今ならば、それを考える事が出来る。
それが本物の遺志かは判らなくても、想いを受け継いで繋げられる。
「保胤さん、ありがとうございます」
それはきっと大切な事だから。

     * * *


228 名前:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(11/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/24(土) 03:41:19 ID:ysLYb8YC
「…………畜生」
夜空は薄雲に覆われ、静かな月の光も、優しい星の光も届かない。
「ちくしょう。ちくしょう、ちくしょう! ちくしょうっ!!」
闇夜には天の光さえ差し込まず、懐中電灯の無機質な明かりが闇を切り裂いている。
その闇夜から切り取られた一角に、赤い血溜まりと一つの死体が転がっていた。
無数の銃創が全身を穿ち、苦痛と絶望で固められた死に顔はただ闇夜を見つめていた。
「茉理ちゃん……痛かっただろうな……」
鳥羽茉理の死は随分と前から判っていた。
放送で呼ばれた事でその死は間違いのない事になっていたし、
あの島中に響きわたった悲鳴で、その死に様が恐怖と苦痛を伴う物だった事も判っていた。
だけどだからって、こうして目にしてみるとそれはどんな想像よりも悲痛な光景だった。
どうしてこんな事になったのか。
理由は幾つも有るけれど、その殆どが理不尽だ。
ただ、こうして放っておくわけにいかないのは間違いなかった。
「ダナティア、茉理ちゃんを……」
「ええ。……セルティだったかしら。お願いするわ」
ダナティアの要求に応えてシーツを持ったセルティが茉理の前に屈み込む。
あの奇妙なバクテリアは未だに終やダナティアに付着したままだ。
メフィスト医師は駆除出来ると言うが、制限のせいで少し時間が掛かるらしく後回しになっている。
だから今の終やダナティアが茉理の体に触れれば、その身を冷たい夜風に晒してしまう。
それに茉理という少女とて、友人である異性に無惨な体を曝されるのは嫌だろう。
終、ダナティア、セルティ、ベルガーという狙撃に強いこの人選の中ではセルティが一番適任だ。
(首の無い女に触られるのも嫌かもしれないがな。……それにしても、無惨な物だ)
肩口、脇腹、腹部、太股、そして額に穿たれた銃創……。
セルティは哀れみと共に茉理の遺体をシーツで包み、その傷を覆い隠していく。
額にはシーツの端を破った包帯を巻いた。
最後に茉理の顔に触れて、その瞳を優しく閉じてやった。
絶望を映して闇夜を見続ける瞳が、静かな眠りに就けるように。
終はその作業が終わるのを待って、一言だけの言葉を掛けた。
「…………おやすみ、茉理ちゃん」
夜は更けていく。


229 名前:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(12/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/24(土) 03:42:08 ID:ysLYb8YC
………………。
「……あの昼前の放送を行ったのが彼女なら、これがその道具かしらね」
ダナティアは屋上の床からメガホンを拾い上げた。
落ちた時にスイッチがオフになったようだが、オンにしてみるとブツという音が遠く響いた。
すぐにオフにする。
雨に濡れもしただろうに、どうやら問題なく使えるらしい。
「ああ、そのようだな」
そういうベルガーの手には奇妙な物体が握られていた。
金の装飾をあしらった刃の無い黒い柄だ。
「それは何?」
「俺の得物さ。……こんな所で出会うとは思わなかったがね」
強臓式武剣”運命”と精燃槽一式。
死の運命さえをも断ち切る強大な力。
「力は集まってきたわね。武器を生き残りが持っていくのだから当然だけれど」
「その一方で今も参加者達は殺されている。何より強い本当の力が失われていく」
「……結局、追いつめられているわけね」
「そうだな。…………ああ、そうだ」
ダウゲ・ベルガーはダナティアを見つめ、問い掛けた。
「ダナティア皇女、二つ訊いておきたい事がある。
 彼女は、テレサ・テスタロッサは何故死んだ?」
「……誤殺よ。あたくしの領分のミスだわ」
ダナティアは返答する。
テッサの事など、別れていた間の事は、互いにまだ詳しくは話していない。
先に埋葬などの別の作業を済ませた後で、改めて詳しい情報交換を行う予定なのだ。
「そうね、あなたには先に話しておくわ。
 あなたはあたくし達と会う前から彼女と居たのだから。
 彼女は相良宗介を庇って死んだ。そして相良宗介は生き残った。
 あたくしの放った力がテッサを殺し、助けられず、死んだ。
 挙げ句に後で必要になって、その死体からも物を奪う事になったわ」
その言葉から感情は測れない。ダナティアの心は冷たく硬く凍り付いている。

230 名前:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(13/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/24(土) 03:43:00 ID:ysLYb8YC
「君は、これからどうするつもりだ?」
「前に進むわ。……それしかしてやれないもの」
残るのは意志だ。
凍る心の一角で、その意志が蒼く静かに燃えている。
「テッサが生かした相良宗介は、片腕を失ったけれどある程度の安定を得たわ。
 千鳥かなめが同行している間、彼がゲームに乗る可能性は低くなったでしょうね。
 本当は同行させて護りたかったのだけれど、それは拒否された。
 テッサの為に他にしてやれる事はこのゲームの打倒を目指す事だけ。違うかしら?」
「さあね。けど、それが正解の一つである事は間違いないだろう」
ベルガーもその事は認めた。
この狂ったゲームの破壊は、ゲームを望まずに死んだ全ての者に対する弔いとなるだろう。
「……君も変わったな。まるで燃える氷だ」
「そうかしら?」
「ああ。最後に会った時は氷を隠して燃えているようだった」
思い返す。そういえば彼とは10時過ぎに別れて以来だ。
「……そう、あなたと会うのは随分と久しぶりだったわね」
「顔を会わせたのは8時間前だったな」
「ええ、随分と前よ」
その後に二度の放送が有り、そしてテレサ・テスタロッサが死んだ。
ダナティアの最大の友であるサラ・バーリンが死んだ。
「それじゃ、二つ目の質問だ。
 ……君はさっき、力は集まってきたと言った。それはそのメガホンも含んでの事だな?」
「ええ、そうよ」
「君はそれをどう使う?」
メガホンでの島中への呼びかけは極めて危険な行為だ。
もしそれで仲間を集めようと言い出すならば、彼女は冷静さを失っていると言わざるをえない。
ダナティアはベルガーを見つめ返す。氷のように、硝子のように揺らがぬ瞳で。
「そうね、あたくしならこれで島中に呼び掛けるわ。そして……」
その内から噴出したのは確かに炎だった。
「あたくしという存在を宣言するわ。
 ゲームに乗ったバカ達が大勢集まる事も前提にして」

231 名前:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(14/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/24(土) 03:44:21 ID:ysLYb8YC
「……正気か?」
「正気も正気、大真面目よ。安心して、この場でやる程バカでもないわ。
 あたくし、負ける準備をするつもりはなくてよ」
ダナティアはメガホンの危険性を正しく認識していた。
その上でそれを行うという選択肢を視野に入れていた。
「……焦ってやしないだろうな?」
「焦る? まさか」
――最も失いたくなかった存在を失った今、彼女が焦る理由など有りはしない。
「自棄になってもいないな?」
「当然よ」
――やるべき事、為したい事が有る以上、自棄になる理由も有りはしない。
「あたくしは勝ちに行くわ。求めるのは必生にして必勝」
失った者達の為に。サラ・バーリンの残したであろう想いを継ぐ為に。
そしてまだ失われていない者達の為に。
その意志を知ってベルガーは小さく息を吐く。
彼女はまだ、何一つ壊れてはいない。
ただ凄みを増した、それだけだ。
「それじゃ、やるべき事は山のようにあるな」
「ええ。埋葬に、体勢の立て直し。ゲームを打ち倒すための前進。
 灰色の魔女カーラの事に、吸血鬼達の事……そしてシャナの事」
「……ああ。皇女よ、頼む」
ダナティアの胸元でコキュートスが煌めく。
ベルガーは午前中に小耳に挟んだ話を思い出した。
「それがコキュートス、そしてアラストールの声か」
「そうだ、ダウゲ・ベルガー。あの子が世話になったそうだな。礼を言う」
「いや。……結局、俺はシャナの荷を降ろしてやる事は出来なかったよ」
焦りから全てを排斥してしまった孤独。
吸血鬼化の進行に伴う汚辱。
坂井悠二の死。
そして、血塗られた遺品を手に霧の彼方へと飛翔したシャナ。
ベルガーの言葉は届かず、ダナティアは間に合わなかった。

232 名前:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(15/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/24(土) 03:45:09 ID:ysLYb8YC
「……歯痒いわ」
「まったくだ」
「………………」
三者は口を閉ざした。
想いが重い、短い沈黙。
「…………皇女はかつて、あの子を生かすと言った。だが、まだあの子を……」
「当然よ、アラストール。少なくとも命と魂は救うわ。例えそれが残酷な事でも」
命と魂は救う。生かして吸血鬼の汚染から解放する。
ならばとベルガーは問う。
「心はどうするつもりだ?」
「生き残りさえすれば、改めて時間を掛けて癒す事も出来るわ。
 だいたい、一日二日で癒える傷なわけはないでしょう」
「………………そうだな。まったくもってその通りだよ」

第三回放送までに呼ばれた死者の数は60にも及ぶ。
藤堂志摩子の大切な友人であり、保胤により与えられた幽霊の時間の末に果てた島津由乃。
ベルガーの友であり、あまりに早い時期に死体で再会したへラード・シュバイツァー。
ダナティアと出会い、短い間だけ共に歩み、そして僅かな隙に死んだ朝比奈みくる。
竜堂終の兄、竜堂家を束ねる頼れる家長であったが早くに殺された竜堂始。

海野千絵の親友の幼なじみで、仲間だった物部景。
海野千絵と共に正義の心を燃やして燃え尽きた、リナの仲間アメリア。
藤堂志摩子の大切な友人の義姉で、出会う事なく何処かで死んだ小笠原祥子。
竜堂終が灰色の魔女カーラに操られて殺害してしまったオドーという男。
竜堂終の大切な友で、仲間で、参加者への結束を呼び掛けた為に殺された鳥羽茉理。

藤堂志摩子を護り、護られ、少しの間だけ共に歩み、そして再会叶わずに死んだ袁鳳月。
藤堂志摩子に祐巳を護った事、聖の事を伝え、その後にやはり再会叶わなかった趙緑麗。
ベルガーと出会いダナティアと歩み、宗介を庇って事故死したテレサ・テスタロッサ。
ダナティアと出会い、喋るモトラドを残してはぐれ、何処かで死んだいーちゃん。
シャナにとって最も大切だった、残酷なゲームに一人挑み続けて惨死した坂井悠二。
ダナティアの掛け替えのない親友で、夜闇の魔王に宣戦を布告するも散ったサラ・バーリン。

233 名前:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(16/16) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/24(土) 03:46:45 ID:ysLYb8YC

今ここにいる彼らと関わりのある者達だけでも、こんなにたくさんの人々が死んでいる。
朝比奈みくるやテレサ・テスタロッサ、シャナの知人は更にもう少し居たはずだ。
その死者達が失われて出来た隙間は埋まらない。
どれだけ新たな絆を繋げても、どれだけ記憶の闇に封じても、その隙間は埋まらない。
例え時間が傷を癒しても、そこには消えない痕が残る。
いや、それ以前に……
「だけど、独りぽっちじゃ傷の痛みを忘れる事もできはしない」
「……そうね、まったくもってその通りだわ」
シャナは今、どこでどうしているのだろう。
それは判らない。
判らないが、きっと独りぽっちで居るのだろう。
コキュートスも仲間も無くして、ほんとうに初めて独りぽっちで居るのだろう。
坂井悠二の居なくなった隙間を誤魔化すことさえ出来ないで。
「……あの、馬鹿者。あの子の心を占めて死ぬなど……」
アラストールの声は夜に溶けた。
死者達の命と生者達の想いを包み込み、夜は静かに更けていく。

やがて彼らは死体と遺された物の回収を終えて、マンションの中庭に集まった。
三人分の穴を掘り、三人分の死体を埋めた。
そこに三つの墓標を立てた。
名も知らない青年と、鳥羽茉理、それと坂井悠二の三つの墓標。
そして彼らと多くの死者達に冥福を祈り、再びマンションへと入っていった。
情報を纏め、体勢を整え、反撃を始めるために。
この狂ったゲームを攻略し、粉砕するために。




234 名前:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(報告1/2) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/24(土) 03:48:20 ID:ysLYb8YC
【C-6/マンション/1日目・19:30】
【大集団】
【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:行動する事で吸血鬼の記憶を思い出さないようにしたい。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。メフィストの美貌で理性維持。

【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は大分回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 シャナの吸血鬼化の進行が気になる。

【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:平常
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:平常。
[装備]:強臓式武剣”運命”、精燃槽一式、鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
    PSG−1(残弾ゼロ)
    悠二のレポートその1(異界化について)
    悠二のレポートその3(黒幕関連の情報(未読))
[思考]:シャナを助けたいが……
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。


235 名前:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(報告2/2) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/06/24(土) 03:49:03 ID:ysLYb8YC
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:コキュートス/UCAT戦闘服(胸元破損、メフィストの針金で修復)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル/メガホン
[思考]:救いが必要な者達を救う/集団を維持する/ゲーム破壊/メガホンは慎重に

【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし/衣服は石油製品
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける/由乃の遺そうとした言葉について考える

【Dr メフィスト】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:不明/針金
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1700ml)/弾薬
[思考]:生物兵器駆除/病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る

【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識(姉の面影を重ねています)
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存/管理者を殺害する

【竜堂終】
[状態]:打撲/上半身裸/生物兵器感染
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し祐巳を助ける

※:マンションの中庭に坂井悠二、鳥羽茉理、シズの遺体が埋葬されました。

236 名前:・──雨は全てを裏返す。 (1/7)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/07/01(土) 21:09:56 ID:tHx6oSfL
 彼は走っていた。
 四方が濃霧に包まれた島の中を、彼は正面を見据えて走っていた。
 全身を雨に濡らしたまま、同じく雨を吸った不安定な大地の上を力強く蹴っていく。
 ぬかるみに足を取られることなく、立ちはだかった木々や崖はすべて軽く登り飛び越え、所々に建てられた建造物をすべて無視し、彼は走り続けた。
 十八時の放送を耳に入れたときから、彼は全力で駆けていた。
(空耳だ)
 否定の言葉を、何度も何度も胸中で繰り返す。
 あんな放送で──死者の名前を呼ぶ放送などで、彼女の名が告げられることなどありえない。
 彼女は死なない。なぜなら彼女は強く、そして自分の恋人だからだ。
 しかしそうなると、こともあろうに死者の名前を呼ぶ放送で、恋人の名前を聞き間違えてしまったことになる。
 聴覚には自信がある。表裏どちらの職業でも求められるものなので、視力同様最大限の努力をしてきた。
 あいにくその能力が彼女の声を聞くために使われることはなかったが、彼女に関することを聞き間違えることなど一度もなかった。
 ならば彼女はやはり──いや、そんなことが起こるわけがない。
 彼女が死ぬということは、自分と共有していた彼女の世界が壊されたということだ。世界の半身が破壊されるわけがない。
 こんな殺人ゲームに自分と彼女を巻き込んだこと自体が世界に対する侮辱だ。さらに傷つけられることなど、あってはいけない。
 もちろん放送自体がはったりであることも考えられた。強者をゲームに乗せるための策と考えれば、納得がいく。
 だがそんな風に楽観することが出来ないほどの胸騒ぎを、先程からずっと感じていた。
 それは彼女に出会うこととなったあの列車の中で、車掌仲間の死を告げられる直前に感じたものとひどく似ていた。
 ゆえに彼は走る。
 自らの思考の矛盾と不安を解消させるために。恋人の安否をこの目で確かめるために。
 彼女を捜し、彼女が待っているであろう場所へと。
 遊園地へと向けて、クレア・スタンフィールドは走り続けた。


                           ○




237 名前:・──雨は全てを裏返す。 (2/7)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/07/01(土) 21:11:29 ID:tHx6oSfL
 たどり着いた島の西端は、早朝訪れたときとは違いかなり荒れていた。
 いくつかの建造物が倒れ、所々に焦げ跡が残っている。さらにバスが瓦礫に突っ込んでいたりと、かなり派手だ。
 血の臭いは雨にほとんど塗りつぶされていたが、ここで争いが起きたことは間違いない。
(……シャーネか? ああ見えて元テロリストだし、支給品が爆弾とかだったらこれくらいはするだろうな)
 思考を巡らせ、しかし彼女の痕跡を一片たりとも見逃さぬよう神経を尖らせて奥へと進む。
 荒れた建造物の山を超えると、落ち着いた雰囲気の場所に出た。
 椅子とテーブルが並べられ、小さな売店が設置されている。壊されているものは何もない。
(休めそうなのはここだが……再会の場としてはやはりあの観覧車の方がふさわしいな。
あそこならこの周辺を見渡せるし、もう一度登ってみる価値はある)
 そう結論づけ、エリアの最奥へと方向転換し、
「……ん?」
 それに気づいた。


238 名前:・──雨は全てを裏返す。 (3/7)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/07/01(土) 21:13:48 ID:tHx6oSfL
 売店の死角になり見えなかった場所に、いくつかのベンチが並んでいた。
 それは円を描いて並べられ、中央にある円形の花壇を囲っている。
 その花壇の中央に。
 様々な花々の上に、シャーネ・ラフォレットは横たわっていた。
「シャーネっ──」
 ──ドレスの鮮やかな赤が痩躯を包み、そこから伸ばされた四肢が白く瑞々しい肌を外気に晒している。
 艶やかな黒髪は花々の精彩にも劣らず、むしろ際立った強い影をそこに落としている。
 言葉を紡がない朱唇と、言葉よりも正確に意思を紡ぐ金の瞳は軽く閉じられ、まるで童話に出てくる王子のキスを待っている姫君のような、
 そんな彼が予想していた光景はどこにも存在しなかった。
「……シャー、ネ?」
 紫に変色した唇。白といわず青白くなった頬。硬く強ばって投げ出された四肢。
 髪の黒は雨に穿たれ蹂躙された花の残骸と、土の濁った色の中に埋没している。
 水を吸って彩度を失ったドレスは所々が切り裂かれ、さらにより暗い赤の染みが布地を侵していた。
 それらを覆うように泥水となった土が飛び散り、彼女の全身を汚す。
「シャーネっ!」
 知らず止まっていた足を叱咤して、クレアは花壇へと駆け寄った。
 彼女を抱えて地面から引き離すと、ドレスから覗く背中が暗い紫に染まっているのが見えた。
 死斑、という言葉が浮かぶよりも先に、触れた肌の冷たさに指が震えた。
 それでも冷たい身体を思い切り抱きしめ、顔に掛かっていた泥を拭い、何度も何度も名を呼んだ。
 しかし身体に熱は戻らず、肌に生気は返らず、声に反応してその目が開くこともなかった。
 いつまで経ってもどれだけ呼んでもどんなに信じても、彼女の死が覆ることはなかった。





239 名前:・──雨は全てを裏返す。 (4/7)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/07/01(土) 21:15:29 ID:tHx6oSfL


                           ○


 観覧車の頂上から見た景色も、やはり早朝に見たものとはだいぶ変わっていた。
 荒れ果てたアトラクション。その向こうには切り倒された木々と割れたコンクリート。北の方には爆破でもされたかのように派手に全壊した建造物も見えた。
「走ってるときは気にならなかったが……どこも結構派手にやってるんだな」
 稼働するゴンドラの屋根の上からそれらを捉え、早朝と同じようにクレアは呟く。
 今まで特に意識していなかったが、やはりここは異常な世界だった。
 殺人を求め、拒否する者には死を与える理不尽な状況。能動的か受動的かはさておき、それに応えざるを得ない参加者達。
 自分が午前中に戦った二人や、早朝すれ違った異質な雰囲気を持った青年などは積極的に“参加”するタイプだろう。
 もちろん何が何でも殺し合いを拒否して抗う者もいるだろうが、その力が及んでいないのは今回の放送で明らかだ。
 だが、今まではそのすべてがどうでもよかった。
 殺し合いだろうが何だろうが、そんなちっぽけな世界ごときに自分と彼女が飲まれるはずがないと思っていた。
 彼女以外に知り合いがいないことは最初の会場で視認済だったので、彼女にさえ再会出来れば後はどうでもよかった。
 しかし、彼女は死んだ。
(いや……殺された)
 ポケットにしまい込んだ一枚のメモのことを思い出し、そのことを強く心に刻みつける。
 シャーネの遺体の隣には、おそらく彼女のものであろうデイパックが放置されていた。略奪されたのか、それらしき支給武器や食料は入っていなかった。
 だがその荷物を重しにするように、何かが書かれた紙片がデイパックと地面の間に斜めに挟まれて残っていた。鉛筆もそばに落ちていた。
 内容の大半は雨に濡れて読めず、解読出来たのはデイパックに挟まっていた部分に書かれたごく一部の文字だけだった。
 ──【クレアへ】という短い一文と、おそらく人名を指している“ホノカ”と“CD”という二つの単語。
 それ以外の文字の意味は、断片的すぎてわからない。

240 名前:・──雨は全てを裏返す。 (5/7)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/07/01(土) 21:19:47 ID:tHx6oSfL
(多分シャーネは、この名前の奴らに騙されたかして殺された。それで、何とか最後にこれだけを書き残した)
 単に襲われただけであれば、他人の名前はわからない。
 彼女は強いが、一度心を開いた仲間を大切にする。そこを利用されて不意を討たれてしまったのだろう。
 もっとも、これが彼女によって書かれたものなのかの確証はない。──彼女の筆跡を知らないためだ。
 シャーネは喋ることが出来ないが、意思疎通はその目を見れば容易だった。筆談などしたことがない。
 そうはいかない他の仲間とも、筆談は必要最低限しか行っていないらしい。手話はそもそも覚えていないと言っていた。
 唯一の例外はあの列車の屋根のものだが、ナイフで刻まれたものなので丁寧な言葉遣いという特徴以外はまったくわからない。
 自分の魂の名に宛ててくれたということだけが、これがシャーネの書いたものだと信じるに足る唯一にして最大の根拠だった。
(しかし、具体的には何が起こってこうなったんだ?)
 シャーネが倒れていたのは確かに花壇だったが、そこに争いの跡や血痕はなかった。
 彼女のドレスとすぐそばにあるベンチ以外に、血の跡がついているものが存在していなかった。
 少なくともベンチ周辺の石畳には痕跡があっただろうが、すべてが雨で押し流されてしまっている。
 ベンチで殺害され、そこからメモを残すためにデイパックに手を伸ばし、花壇に転げ落ちたと考えれば辻褄は合う。
 だがそもそも彼女には、出血するような傷跡が一つも残されていなかった。まるで、魔法でも使って傷口を塞いでしまったかのように。
「……いや、どうでもいいか」
 ただシャーネが死んだことと、彼女の命を奪った誰かがここにいること。それだけが確かだとわかれば十分だった。それと、
「俺が、お前を──お前の世界を守ってやれなかったってことも、だ。
お前の世界を決して壊さないと約束したのに、俺はそれを破ってしまった」
 悔恨の言葉を、横抱きにしている彼女の遺体に向けて、静かに言った。
 泥などを丁寧に拭きとっても、彼女が生前の美しさを取り戻すことはなかった。ただ硬くなりかけた肉の塊としての重さだけが、両腕に伝わっている。
 埋葬はしなかった。火葬にも水葬にもしない。こんな世界に恋人を葬ることなど出来るわけがない。


241 名前:・──雨は全てを裏返す。 (6/7)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/07/01(土) 21:23:59 ID:tHx6oSfL
「お前が朽ち果てる前に、必ずここからジャグジー達のところまで連れて帰る。
ただその前に、お前の世界を壊したこの世界すべてを、特にお前を殺した奴らをぶち壊す。それが約束を破った俺に出来る、唯一の償いだ」
 そう宣言し、クレアはゴンドラの上から飛び降りた。まだ地上からある程度距離があったものの、難なく衝撃を殺し着地する。
 足下にあった水たまりに靴が沈み、水音が小さく響き、ふと視線を下にやった。
 水面に映った、意気込んだ自分の顔。目に入ったそれに、何となく既視感を覚えた。
(……ああ、似てるな)
 揺らぐ鏡面をしばらく眺めて気づき、苦笑する。
 少し前にすれ違った、機械の腕を持った赤毛の青年。胸騒ぎが始まった原因。
 その表情や雰囲気が、今の自分に酷似していた。先程とは異なり、相違点がほとんどない。
 おそらく彼も、求めていたものを失ったのだろう。そして新たにその代償を求めて、彷徨っている。
「……だが、やはり俺は俺だ」
 しかしすぐに、重なった幻影を振り切った。
 赤毛。体格。雰囲気。表情。そして、感情を自分自身に閉じこめたその目。確かにどれも似ていた。
 だがその感情の温度だけが、決定的に違っていた。
 彼はひどく冷めていた。荒野を思わせる、虚無を帯びた錆びた血の色の目をしていた。
 自分はひどく熱かった。戦場を思わせる、激情を帯びた燃える黒の炎の目をしている。
 彼と自分の道は交わらない。それを確信し、独り言を続ける。
「俺は、お前らにとっての怪物だ。お前らをすべて喰らい尽くす怪物だ。
この島も世界も参加者も管理者も、黒幕がいるのならそいつも含めて、この世界のすべてに対しての怪物になってやる」
 そのどす黒い両眼で水面に移るもう一対の目を睨み、言った。
「──お楽しみは、これからだ」




242 名前:・──雨は全てを裏返す。 (7/7)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/07/01(土) 21:26:53 ID:tHx6oSfL
【E-1/海洋遊園地・観覧車前/1日目・18:30】
【クレア・スタンフィールド】
[状態]:健康。濡れ鼠。激しい怒り
[装備]:大型ハンティングナイフx2、シャーネの遺体(横抱きにしている)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)、コミクロンが残したメモ
[思考]:この世界のすべてを破壊し尽くす。
    “ホノカ”と“CD”に対する復讐(似た名称は誤認する可能性あり)
    シャーネの遺体が朽ちる前に元の世界に帰る。
[備考]:コミクロンが残したメモを、シャーネが書いたものと考えています。


243 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/07/09(日) 00:40:39 ID:9R5gYem4
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244 名前:折れない牙でありますように 1  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/07/09(日) 20:57:21 ID:Xas7wNUq
「確かここの角を左に曲がって……」
「そこの通りは十分前に通った」
「そ、それなら右に――」
「市外に出るぞ」
「はっはっは、このボルカノ・ボルカン様を惑わすとは……
小癪すぎるぞこの霧めがぁぁぁ!」
屍は舌を鳴らした。
 放送が始まってから二十分ほど経過していたが、未だに『怪物』を発見できない。
 市街地の中心で戦闘が終結してから随分と時間が経ってしまった。
 ボルカンの証言では壁にめり込んだそうだが、脱出していても可笑しくはないだろう。

 そもそもボルカンに道案内を任せたのが失敗だった。
 屍自らが検討をつけて市外をうろついた方がまだ効率的だったかもしれない。
「おまえ、実は怪物から逃げるために時間を稼いでいるんじゃないだろうな?」
「そそそそんな滅相もない! 俺はあの乱暴な連中から逃げるのに精一杯すぎて、
記憶が清く正しく食い違っているだけだと激しく主張したいっ!」
屍の一睨みを正面から受けて、ボルカンは激しく焦っていた。
先ほどまで、霧の所為だと叫んでいたのは何処の誰だったのだろうか。
いい加減、痺れを切らしかけてきた屍がボルカンを引っつかんで、
自ら怪物探しに乗り出そうとしたその時、

「よお、そこのお前ら。――ヒマしてるなら俺に付き合えよ」

即座に身構えた屍の視線の先、霧の中からゆっくりと男が出てくる。
同時にボルカンは脱兎の如く逃走を開始。
屍に言われた『いざとなったら俺を置いて逃げても構わん』という言葉を忠実に実行したのだ。
屍はボルカンの逃亡っぷりから、この男が『怪物』と戦闘したとされる
リュードーなる人物ではないかと推測した。
 相手はまだシルエットしか表していないが、少年といった所だろう。
情報元がボルカン一人なので明確な断定はできないが、男の言動から察するに
友好的な人物では無さそうだ。
 とりあえず、剣のような目立った武器は持っていないように思える。

245 名前:折れない牙でありますように 2  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/07/09(日) 21:00:39 ID:Xas7wNUq
 屍の沈黙に対して、
「あぁ? 無視かよ。つれねえ野郎だな。まあ、どうでもいいさ」
言って、男はポケットに手を突っ込む。無駄のない動きだった。
 とっさに屍は電柱の影に身を潜める。
相手の飛び道具を警戒しての行動だ。いくら屍でもこの距離では避けづらい。
「お前、乗っているな……何人殺した?」
「どうでもいいだろうが、そんな事は。たとえ何人死のうが、殺そうが、
今の俺は知ったこっちゃねえ!」
「正真正銘の屑だな――叩き潰すぞ」
相手の背筋どころか魂の底までも凍りつかせる屍の威圧感。
魔界都市<新宿>一の刑事。<凍らせ屋>の異名は伊達ではない。

正面から屍の気を受けて、しかし少年は屈することなく相対する。
そして、ゆっくりとポケットからカプセル大の物を取り出し、口に含む。
少年の顔が狂気に歪んだ。まるで、この状況を心の底から願って
 いたとでも言うかのように。
 そして、狂相を通り越して死相に近くなっていく。
 死ぬほど嬉しいという想いが、文字どおり顔に出ている。

「……ジャンキーか」
「おうよ。俺はただのラリったジャンキーさ。この瞬間のみを
感じて生きる。後にも先にも何も無え。最高にハイってやつだ――!」
言うが早いか、屍の眼前に一匹の鮫が現出した。
その全長は10メートルを越え、全身に力を湛えている。
光を吸い取るかのような黒い表皮と、雄大に動く背ビレが印象的だった。
人間を一呑みにし、驕り高ぶる全ての獣の上に君臨する神獣の放つが如き圧迫感。
その鮫は少年――甲斐氷太が召喚した悪魔だった。

246 名前:折れない牙でありますように 3  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/07/09(日) 21:03:35 ID:Xas7wNUq
100人が見たらその九割が仰天するであろう鮫の悪魔。
それを眼前にしても屍の心は揺るがなかった。
魔界と呼ばれる新宿は、変人奇人を超越する魔人が跳梁跋扈している。
それらを取り締まるのが刑事・屍刑四郎であり、当然この程度の怪物には屈しない。
「遅い」
短く叫んで鮫の鼻先を蹴り上げる。
しかしながら鮫もさるもの、一瞬だけ堪えた後に地獄の釜のような
大口を開けて、魔界刑事を呑まんと突進してきた。
屍はそれを避けようと、電柱を蹴って斜め上方へ跳躍し、
「ちい」
まるで待ち伏せたかのように空中に浮かぶもう一匹の鮫を睨みつけた。

ツー・パターン。これが甲斐の選択した戦術だった。
白と黒の二匹の鮫を駆使して死角を減らし、同時に相手の反撃を
許さない。今回は完璧だった。
空中ならばもう方向転換は利かない。これであえなくジ・エンドかと思われたが、
「詰めが甘いな」
魔界刑事は器用に空中で体を捻って鮫に足を向けた。
鮫は躊躇無く突っ込んでいくが、餌である屍の顔には余裕がうかがえる。
そして、大きく開かれた鮫の口が閉じられようとした瞬間、
屍は足を思い切り縮めて一撃を避け、鋭い前歯の前面部に足先を当てて
猛烈な蹴りを打ち込んだ。

 屍が狙っていたのは鮫の歯そのものだったのだ。
 鮫の歯自体は頑丈で折れも砕けもしなかったが、
 蹴りの反作用で屍の体は後方へと吹き飛んでゆく。超人の技量のみが成しえる脱出方法だった。
 そのまま屍は流れた体を再び捻って、甲斐から離れた場所の電柱を蹴る。
 まさしく空中移動だ。
「ほう、避けやがったか。おもしれえ」
 甲斐がつぶやいた時には、すでに屍は地面へ着地していた。
 そして先ほどの推測を撤回する。ボルカンの証言と異なり、
 この男は奇妙な術を使う。リュードーなる人物では無さそうだ。

247 名前:折れない牙でありますように 4  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/07/09(日) 21:04:33 ID:Xas7wNUq
数秒の攻防が終わり、二人が視線をぶつけ合ったその時、
「をーっほほほほほ!」
空を切り裂かんばかりの哄笑が当たり一面に広がった。
声の発信源はちょうどボルカンが逃げていった方角に等しい。
哀れな地人は再び女傑と遭遇してしまったのだろう。
「なんだぁ?」
興がさめて大層不機嫌そうな甲斐とは対照に、
「あれが、怪物か」
眉をひそめた屍は身をひるがえして、哄笑の方角へと駆け出した。
屍にとっては目の前のジャンキーを潰すより、ゲームの被害者を救う方が
重要に思えたからだ。

しかし、その行為は甲斐のプライドを深く傷つけた。
「おいっ! 逃げんのかよっ!」
目の前のご馳走が掻き消えたかのような表情を浮かべて甲斐は叫んだ。
相手は自分より怪物を選んだ、その事実が火種となって爆発する。
「なめやがって……逃がしやしねえ!」
猛然と、二匹の鮫が屍を追い、甲斐自身も駆け出した。
激情の中で、甲斐はウィザードとの闘争を思い出す。
あの高揚感、あの緊張感、あの歓喜に満ちた時間をもう一度……。
余計なものを切り捨てて、この幻覚のような世界の中で唯一、
間違いなく手ごたえのあるもの。
甲斐の進む先にはそれがある。この手で掴みたかった。
絶対に。

248 名前:折れない牙でありますように 5  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/07/09(日) 21:05:36 ID:Xas7wNUq
【A-3/市街地/一日目/18:30】

【屍刑四郎】
[状態]健康、生物兵器感染
[装備]なし
[道具]デイパック(支給品一式、パン五食分、水1800ml)
[思考]ボルカンを救出し、怪物と甲斐を打ちのめす
[備考]服は石油製品ではないので、影響なし

【ボルカノ・ボルカン】
[状態]たんこぶ、左腕骨折、生物兵器感染
[装備]かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)、ブルートザオガー(灼眼のシャナ)
[道具] デイパック(支給品一式、パン四食分、水1600ml)
[思考]とにかく逃げたい
[備考] 服は石油製品ではないので、影響なし

【甲斐氷太】
[状態]肩の出血は止まった、あちこちに打撲、最高にハイ、生物兵器感染
[装備]カプセル(ポケットに十数錠)、煙草(湿気たが気づいていない)
[道具]デイパック(支給品一式、パン五食分、水1500ml)
煙草(残り十一本)、カプセル(大量)
[思考]屍や怪物と戦う
[備考]生物兵器の効果が出るのはしばらく先、
かなりの戦気高揚のために痛覚・冷静な判断力の低下

249 名前:折れない牙でありますように 6  ◆CDh8kojB1Q 投稿日:2006/07/09(日) 21:06:17 ID:Xas7wNUq
【小早川奈津子】
[状態]右腕損傷(完治まで二日)、たんこぶ、生物兵器感染
[装備]なし
[道具]デイパック(支給品一式、パン三食分、水1500ml)
[思考]自分の武器を持って逃げたボルカンを成敗する
[備考]服は石油製品ではないので、生物兵器の影響なし
約九時間後までなっちゃんに接触した人物の服が分解されます
九時間以内に再着用した服も、石油製品なら分解されます
感染者は肩こり・腰痛・疲労が回復します

250 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/07/14(金) 12:39:28 ID:aFx8dui9
h

251 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/07/20(木) 22:16:58 ID:dtHfTTW0
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252 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/07/25(火) 08:03:44 ID:LzllpDSK
s

253 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/07/30(日) 00:54:04 ID:e4rEwuAD
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254 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/07/30(日) 20:30:04 ID:YgnXZIhg
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255 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/08/01(火) 04:56:11 ID:4XbF/o77
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256 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/08/05(土) 23:04:27 ID:o8bSkmyg


257 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/08/09(水) 08:33:36 ID:qneQ5g9c


258 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/08/13(日) 22:26:22 ID:p0VdAHGp
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259 名前:弱さの矛先 (1/17)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/08/15(火) 09:04:58 ID:hEwKzTgM
  第五百十四話
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
               『弱さの矛先』
                ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


            前方穿ち招くは加速
            後方抉り掴むは安定
           下に向けても何も得られず
       ────────────────


260 名前:弱さの矛先 (2/17)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/08/15(火) 09:05:30 ID:hEwKzTgM
(何っかなぁー……死にすぎじゃねえ?)
 死者の名の羅列が終わった際、匂宮出夢が抱いた感想はそんなものだった。
 既に知っていた戯言遣いの他にも、四人の知り合いの名前があっさりと告げられていた。
 戯言遣いや霧間凪はともかく、萩原子荻や哀川潤などはどうやって殺されたのか見当も付かない。
 知らない人間も名前を呼ばれ過ぎていた。これで全体の半分以上の死体が、島内に転がったことになる。
 しかし何よりも苛立たしいのは──
(……ったく、人がせっかく探してやってんのに勝手に死ぬんじゃねーよ)
 別れてからずっと行方を追っていた少年の名前も、最後の最後で呼ばれてしまっていた。
 こんな場所で半日も生き残ったのはむしろ健闘した方かもしれないが、それでも苛立ちが募った。
(まぁ、今更何考えてもしょうがねえ。それよりも問題は……)
 倉庫の中自分の隣で眠っていた、彼を捜していたもう一人──長門有希の姿を見る。
 いつの間にか身を起こし、ただ正面の壁を見つめる無表情は、平常とまったく変わっていない。
 その双眸が、ほんのわずかに見開かれていること以外は。
(あーくそ、何てフォローすりゃいいんだ? 思いつかねえ)
 硬い表情に小さな亀裂を生じさせている彼女に対して、何と声を掛ければいいのかわからない。彼女の抱く感情が想像できなかった。
 何か大切なものを失った経験は自分にもあったが、状況が特異すぎるし、自分と彼女とではだいぶ感覚が違う。
 自分は身近な人間の死に徒労と空虚さを覚えることはあっても、彼女のように泣くようなことはない。現に今も、苛立ちしか感じていない。
(さっさと復活させて早く出発しねえと、最後の一人も死んじまうし──)
 と。
 思案を巡らしていると、突然その長門が立ち上がった。
 無駄のない動きで隅まで移動し、そこに置いてあったデイパックを手に取る。
 その表情は放送前とまったく同じの、表情筋が硬直しきった感情の読めないものに戻っていた。
 どんな葛藤があったかは知らないが、何とかショックから復帰したらしい。

261 名前:弱さの矛先 (3/17)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/08/15(火) 09:06:42 ID:hEwKzTgM
「もう行くのか? 雨は止んだが、さっき確認したら今度は霧がたちこめてたぞ」
 その動きに同じく倉庫に滞在していた、紛らわしい名前の青年──出雲が疑問を投げる。
「霧なんて僕たちには関係ねえな。休憩も十分過ぎるほどとったし、これ以上ここに居座る理由はねえ」
 殺し合いは加速している。もう一人の探し人である古泉一樹も、長門によれば戦闘能力はないらしい。急ぐ必要があった。
 出発の準備を整えるために、こちらも立ち上がると、
「あなたとは、別」
「は?」
 直後、訳のわからないことを言われた。
「別々に捜すってことか? だがこんな状況じゃあ、一旦別れちまったら合流場所を決めてもなかなか──」
「違う」
 否定の言葉で遮った後、彼女は足を止めて振り向き、続ける。
「後はわたし一人で古泉一樹を捜索する。あなたとは、ここで別れる」
「何でいきなりそうなるんだよ? ……ああ、あのノイズがどうたらって奴か? 僕は大丈夫だってさっき言ったばかりだろ?」
「そのノイズの侵蝕が先程から急速に進行している。おそらく、坂井悠二の死が原因。
いつ思考が支配され、暴走状態に陥ってもおかしくない状態。抗うのは困難。わたしの意志とは関係なく、あなたを害してしまうおそれがある。
たとえば彼やわたしの仲間を殺害した人物が判明すれば、あなたを巻き込んででもその人物に危害を加えるかもしれない」
 まるで他人事のように、彼女は淡々と己の現状を語る。
「じゃあ古泉と再会した後はどうすんだよ? そいつは絶対に傷つけねえっていう自信でもあるのか?」
「あなた同様に、ない。だから事情を説明後、早朝構築途中だったシェルターを形成、そこに彼を保護する。
その後蓄積したデータを元にこの空間に対して情報結合の解除を申請、脱出口の作成を試みる」
「脱出口って……そんなもんがつくれるのか?」
「確率は低い。それ以前にノイズにより暴走する可能性の方が高い。でも代替手段は皆無」
 出雲の問いにも即答し、長門は荷物を取って今にも扉に向かおうとする。
 彼女の案はどう考えても無謀だ。しかも、こちらの意思をまったく考えていない。


262 名前:弱さの矛先 (4/17)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/08/15(火) 09:07:23 ID:hEwKzTgM
「これじゃ坂井のときとまったく同じじゃねーか!」
「違う。……今度は殺される前に、終わらせる」
 響いた言葉は、ある意味頼もしげに聞こえた。悲壮な覚悟とでも呼べそうなものが、彼女から感じ取れていた。
 しかし、納得できるわけがない。
「少しはこっちの意思ってもんを──っ!?」
 罵りと同時に腕を取り引き留めようとして、しかし出夢はその動きを止めた。
 いや、止まってしまった。
「…………何しやがった?」
 息はできる。首も回せる。身を乗り出すことも多少は。
 だが腰から下の半身と四肢が、まるでコンクリートにでも埋まってしまったかのようにまったく動かせない。
 首を動かして出雲の方を見ると、彼も惑いの表情を浮かべ、座ったまま身体を不自然に硬直させていた。
 彼が羽織るコートの裾も、まるで時間が止まったかのように、重力に逆らった虚空に停止している。
「空気中の分子の結合情報を操作した」
 事態を引き起こした張本人は、やはり意味不明の説明しかしない。
「ここでは恒久的な変質はできない。しばらくすれば元に戻る。安心して」
「できるわけねえだろ!」
 強い抗議にも、長門は表情を変えない。
 停止してしまった面々を一通り見回し、その後もう一度視線をこちらへと戻す。
 静かに自分を見据えるその瞳を思い切り睨み付けてやっても、彼女の反応は変わらない。
 やがて、彼女は自分から視線を外した。わずかに目を伏せ、ゆっくりと二回瞬く。
 そして小さく口を開いて、呟く。
「さよなら」
「──おねーさんっ!」
 思わず叫んだ声にも、反応は返らなかった。
 彼女は伏せた目をあげることなく顔を背け、倉庫の出口へと振り向く。そして、
 その動きを止めた。
 わずかな驚きを無表情に付加し、今の自分のようにその動作を止めている。
 また知り合いが死んだわけではない。自身を停止させることなどもちろんないだろう。
 疑問だけが浮かぶ思考に応え、彼女の目線の先を追うと、

263 名前:弱さの矛先 (5/17)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/08/15(火) 09:08:18 ID:hEwKzTgM
「……は?」
 思わず間抜けな声が漏れた。
 長門の視線の先にあったのは、何の変哲もない灰色のコンクリートの壁だった。それだけしかなかった。
 つまり、扉が消えていた。
 豪雨の中、開きっぱなしだった鉄扉をくぐったことはよく覚えている。
 こともあろうに服を乾かしている途中で、出雲が勢いよく扉を開けて入ってきたことももちろん忘れていない。
 だが、今やそれがあった痕跡はまったく残されていない。ここには窓がないため、完全な密室になったことになる。
「…………」
 動けないこちらを尻目に、長門は表情を無に戻して出口──のあったはずの場所へと足を運ぶ。
 そして鉄扉だったはずの壁面に何度か触れると、何かを物凄い早口で呟いた。
 だが、何も変わらない。
 しばらく壁を凝視し続けた後、彼女はゆっくりとこちらに振り向いた。
 何かを探るような目をまず出夢に、次に出雲へと向ける。最後にさらに奥へと視線を投げ、止まる。
 そして、ふたたび短く言葉を告げた。
「通して」
「お断りします」
 声を投げられた、今までずっと黙っていた、自分と同じく片割れを失ったらしい出雲の同行者。
 アリュセと名乗っていた幼い少女は、長門の要求を間髪入れずに拒絶した。



「あなたの行為は無意味」
 しばしの沈黙の後、靴音を室内に響かせながら、長門はふたたび口を開く。
「わたしの行動を阻害しても、あなたには何の益もない。あなたには関係ない」
「あたしに関係あるかないかはあたしが決めること。あなたに判断される筋合いはありませんわ」
 その進む先に座るアリュセは、やはり突き放すように即答した。
 反論を許さない毅然とした態度を崩さぬまま、前方の長門を見上げている。
(……見た目通りのガキじゃあ、こんなとこには呼ばれねえってことか)
 自由な上半身を二人に向け、出夢は何も言わずに事態を見守っていた。口が挟めそうな状況ではない。
 もちろん好機ができればすぐに長門を押さえるつもりだったが、その注意は主にアリュセに向けていた。
 彼女は白い外衣に包んだ小さな体躯をさらに折り、倉庫の奥に座り込んでいた。やはり長門によって拘束されているのか、まったく動かない。
 ただ首だけを上向かせ、幼さを強調させるような大きな薄藍の瞳を長門に向けている。

264 名前:弱さの矛先 (6/17)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/08/15(火) 09:09:15 ID:hEwKzTgM
 しかしその雰囲気は、その声は、その視線は。
 放送前は確かにそこに存在していた無邪気さや無垢さは、今や微塵も残っていなかった。
 あるのは温度を感じさせない、大人びるのを通り越してひどく超然とした無機質さ。ある意味、長門に似ているともいえる。
 その長門の歩みが彼女の数歩手前で止まると、彼女はふたたび淡々とした声で言い放つ。
「自他を顧みない無謀な行動をする方を行かせてしまうのは──あなたの言い方で返すのなら、あたしの精神面において不利益ですの。
一時の感情に振り回されて無謀な行動に走ることは、ただ状況を悪化させるだけだとどうして気づかないんですの?」
「無謀ではない。わたしには力がある。
本来の出力よりも相当抑えられているが、自衛しつつ目的を遂行するには十分。あなたの遮蔽空間も、いずれ破ることができる」
「いずれ? 今すぐにではありませんのね」
 感情のこもらない、だが挑発めいたアリュセの言動に対しても、長門は自分のペースを崩さない。
「扉は消えていない。分子構造は鉄のまま。
倉庫全体に内向きに展開されたフィールドが、観測及び干渉を妨害している。解除しなければ壁面の破壊も不可能。
しかしそのフィールドの情報がデータベースには存在せず、また論理構造が皆無のため解析が困難」
「論理が皆無って失礼ですわね。人の魔術をデタラメみたいに」
「いや、端から見れば二人ともトンデモなんだが」
 かなり同意できる出雲の突っ込みは、しかし無視され長門が続ける。
「でも、ただそれだけ。時間をかければ完全解析は可能。そして構造情報さえ把握できれば解除できる。だから、無意味」
「そんなにのんびりと構えていて大丈夫なんですの? あなたの金縛りにも、時間制限があるのでしょう?」
「……それよりは早い」
 わずかな間をおいた長門の返答に、アリュセは呆れたように息をついた。
「先程あなたは、無謀ではない、と言いましたわね? 自分には力があるから、目的を達成できる、と」
「そう」
 短い返答に対し、アリュセは固い無表情の中に一瞬憤りに近い感情を見せ、
「あたしに足止めされて時間を無駄にする程度の力で──そもそも何もできないまま仲間を殺されてしまう程度の力で、一体何が成せますの?」

265 名前:弱さの矛先 (7/17)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/08/15(火) 09:11:03 ID:hEwKzTgM
 容赦のない糾弾の言葉が、場の空気を完全に凍らせた。
 吐き捨てた本人だけが平静を保ったまま、言い放った先を見据えている。
「……おいおいおいおいおじょーちゃんよお、ちぃぃぃっとばかし言わせてもらってもいいか?」
「何ですの?」
 その態度にひどく不快感を覚え、出夢は口を挟んだ。
 それに対しても感情のこもらない声が、視線を向けられることなく返され、さらに苛立ちが増す。
「その言い分は理不尽すぎやしねえか? 身内に起こった不幸は全部自分のせいになるのかよ?」
「少なくとも、彼女はそう思っていたようですわね」
 アリュセの視線の先、目を見開き身体を硬直させ、動揺を露わにする長門を見やり、出夢は舌打ちする。
 もちろん彼女も、アリュセが言ったそのままの極端なことは考えていないだろう。
 しかし手の打ちようもなく理不尽に起こってしまった知り合いの死を、うまく割り切れていないのは確からしい。
「だがそもそも、何もできないまま仲間を……ってのはよ、誰にでも当てはまるんじゃねえか?
僕もまぁそうだし……あんた自身にも、な」
「そうですわね」
「……ああ?」
 即答して、アリュセは自らに返ってくる論理を容易に受け入れた。
「あなたの言うとおり、あたしにも、誰にでも当てはまることですわ。
だからこそ、たった一人で行動するのは──今このとき隣にいる方のことを顧みずに行動するのは無謀だと言っているんですの。
その方の思いを無駄にしてしまい、それゆえにその方に危険な行動を取らせてしまうかもしれないのに。
無謀な行為に時間を費やしている間に、また手掛かりを得られないまま仲間が殺されてしまうかもしれないのに」
 ふたたび感情──今度はわずかな悲哀が彼女の表情に浮かぶ。
 しかし先程と同じくすぐに消え、彼女は口を閉ざす。出夢も結局反論が浮かばず黙り込み、ふたたび沈黙が場に満ちた。


266 名前:弱さの矛先 (8/17)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/08/15(火) 09:12:31 ID:hEwKzTgM
「……わたしは」
 しばらく経った後に室内に響いた声は、ひどく弱々しく聞こえた。
 長門はアリュセではなく出夢の方に向いて、ゆっくりと言葉を綴る。
「わたしは、あなたに危害を加えたくない。あなたに、生きていて欲しいと感じて……思って、いる」
 一句一句言葉を選ぶように、あるいは躊躇するかように、彼女は続ける。
「でもわたしは、わたしの意思に反してあなたを傷つけてしまうかもしれない。
その可能性と危険度が、先程よりも高くなってしまった。わたしと一緒にいない方が、あなたは安全。……だから」
 言葉を切り、長門はふたたびアリュセに向き直る。
 弱々しさが消え去った、強い意志のみが宿る瞳で前方を見据え、続ける。
「だからわたしは、あなたに多少の危害を加えてでも脱出する。そして事態の打開を試みる。
たとえそれが無謀だとしても、わたし自身によって被害が拡大するよりはまし。
わたしはわたし自身に賭けることに決めた。それが、わたしの意志」
 そう言い切った姿は、痛々しくも凛としていた。
 心情を吐露しきり、彼女は完全に覚悟を決めてしまっている。
「……あなたは少し、自信過剰すぎますわ。決意だけが立派でも、何にもならないのに」
 だからこそ淡々と返されるアリュセの言葉に、今回ばかりは出夢も同感だった。
 結局のところ彼女が賭けている──信用しているのは、徹頭徹尾自身の“力”だけだ。
 どこまでも自分自身と、そして出夢を信頼していない。
「たとえば──」
 続く言葉と共に、アリュセの指先に光が灯った。
 それに対する長門の反応は早かった。滑らかなバックステップでアリュセから音もなく身を離し、こちらの隣へと着地する。
 その直後、光が人の頭ほどの大きさとなり、彼女が先程まで立っていた場所に強大な熱量として飛来した。
 金色の火球と言えるそれはコンクリートの床を灼き、熱気と焦げ跡だけを残して消えた。
「止められているのは身体の動きだけ。結界と同じように、自身の理解が及ばないものには対策が打てていない。
いっそのこと、喉の動きを止めて酸欠にさせればよかったのに。甘すぎますわ」
 攻撃を外したことは気にも留めず、アリュセは瑕疵の指摘を続ける。
 そして思い出したかのようにふと、

267 名前:弱さの矛先 (9/17)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/08/15(火) 09:13:25 ID:hEwKzTgM
「ところでその金縛りも、そろそろ解けるんじゃありませんの?」
 初めて笑顔──悪戯めいた少女の笑みを彼女は見せた。
 さらにその視線を長門から反らし、こちらに思わせぶりに流してみせる。
(……今までのが全部、時間潰しだったってのか?)
 確かに長門の足止めは、時間が経てば無効になるものだと本人が言っていた。
 そして彼女を閉じこめるアリュセの術は、彼女の動揺を誘えば、その解除を遅らせることができるだろう。
 後者が解ける前に前者が解ければ、こちらが無抵抗のまま彼女を行かせる理由はなくなる──
「……なら説教なんていらねえから、最初からその火の球を飛ばせよ!」
 ぼやきと共に出夢は、自由な上半身ごと首を伸ばした。目標は、術の回避のため隣に移動していた長門の二の腕。
 その白い肌に、思い切り噛みついた。
 食いちぎらない程度に犬歯を食い込ませ、勢いを殺さぬまま彼女を捕捉する。小柄な体躯が宙に浮いた。
 直後、今度は首を逆方向に振り、その身体を倉庫の隅へと投げ飛ばした。
 放られた身体は無造作に積まれたダンボールの山に向かい、派手な音を立てて激突する。
 それと同時に、予想通り身体の硬直が解けた。自由になった足で、すぐに彼女の方向へと走り出す。
 崩れたダンボールに埋まった長門を見つけると、有無を言わせず腕を掴んで引きずり出した。
「《人喰い》を止めるには、ちぃっと中途半端だったな。距離さえどうにかなれば、身体が半分止まったくらい何の問題もねえ。
この程度で僕を引き離そうとするなんて甘すぎるんだよ、おねーさん」
 状況が飲み込めないままこちらを見つめる彼女を、怒気を収斂させて睨みつける。
「暴走? んなもんする前に全部終わらせればいいじゃねーか。わざわざ僕と別れる意味はねえだろ。
連れ戻したときから最後までついてってやるつもりだったし、もし坂井やらおねーさんの仲間を殺した奴らに報復したいってんなら付き合ってやるぜ?
いい加減、本人の意思を尊重しろよ」
「……だから、もしその前にわたしが制御できなくなってしまえば、あなたは、」
「僕は死なねえ」
 腕を掴む力を強め、断言する。

268 名前:弱さの矛先 (10/17)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/08/15(火) 09:14:17 ID:hEwKzTgM
「万一おねーさんが襲いかかってくるような事態になっても僕は死なねーよ。
暴走しようが何しようが、おねーさんは僕より弱い。それはさっきここに来たときにも言ったし、今だってそうだったじゃねえか。だから何も問題ねえ」
「…………」
「どうしてもって言うんなら、僕をちゃんと倒してから行くんだな。今みたいに動き止めるだけじゃあ、またこうなるだけだぜ?
まぁ、明らかに戦力が後五十九億九千九百九十九万九千九百九十九人分足りてねえが────
それでもやるっつーんなら、取って置いた一時間をおねーさんのために使ってやるよ」
 本気で殺気を向けて、言った。
 気の利いた気遣い方などもはや考えなかった。多少強引でも何かしなければ、彼女の無駄に固い意志は崩せない。
 流血する二の腕はカーディガンを黒く染め、腕を握りしめている部分は青白くなるほどだったが、緩めるつもりはなかった。
 それでも長門は黙り込み、元の平坦な表情でこちらをじっと見つめ続けている。
 胸中で葛藤しているのか、あるいはこちらの隙を狙っているのかはわからないが、とにかく彼女の反応を待つ。
「……そう」
 やはり一度本気で実力行使した方がいいのかと思い始めた頃になって初めて、長門はいつもの短い返答を発した。
 そして、
「了解した、やめる」
 続いた言葉と共に、彼女は首を小さく縦に振った。


                           ○


「一つだけ」
 一連の騒動が終わり、やっと倉庫から出ようとしたとき、長門はふたたび口を開いた。
「あなたの、それを」
「? これのことか?」
 彼女が二人称で呼びかけたのは、出夢ではなく出雲の方だった。
 彼のそばに置いてあるアリュセの支給品──にはとても見えないバニースーツ一式を指さし、彼の方をじっと窺っている。
「渡してほしい」
「……おねーさん?」
 無表情のままの長門を、怪訝そうに出夢は覗き込む。
 冗談を言っているような顔ではないし、そもそも言う人間でもないだろう。
 だが彼女が真剣にこんな場違いなものを欲しがる理由がわからない。

269 名前:弱さの矛先 (11/17)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/08/15(火) 09:15:06 ID:hEwKzTgM
「これはわたしの世界に存在していたもの。SOS団の備品。涼宮ハルヒがよく着用していた」
「涼宮……って、おねーさんの仲間だっけか? なるほど、形見ってことか」
「……そう、かもしれない」
 そこまでは考えていなかったのか、彼女はわずかに首をかしげる。
 涙をノイズなどと言う人間だ。おそらく、無意識に思い出の品を取り戻したかっただけなのだろう。
「いいんじゃないですの? 別にあたし達が持っていても、覚の暴走率があがるだけですもの」
「俺は暴走なんて物騒なことはしねえぞ? 妄想はいつでも自覚的に具体化させるもんだからな」
「それは余計タチが悪いですわ」
 不本意そうに言い返す出雲に対し、アリュセは呆れと諦念の混じった視線を返した。その動作に、先程までの異質な雰囲気は存在しない。
 彼女はあの後長門と、そしてこちらにも言い過ぎた件を謝っていた。
 不満はもちろんあったが、彼女がいなければ長門を引き留められなかったことは確かなので、我慢することにした。
「まぁ、俺も渡すのは別にかまわんぞ。ただ少し気になる点があるんだが」
「何だよ? 妄想ぶちまけたらまた殴るぞ?」
「いや、単なる事実から見て心配になったんだ」
「……事実?」
 疑問符を浮かべると出雲は長門を指さし、至極真面目な顔で、
「お前の場合、色々と足りてないんじゃないか? 特に胸がぐおっ!?」
 妄想よりもひどかったので、本気で殴った後投げを追加した。
「ほらよ」
 派手に吹っ飛んだそれを見やることなく、放置された床のバニースーツを拾い、長門の方へと戻る。
 彼女はこくりとうなずくとそれを受け取り、両手で抱え込んだ。
「…………」
 そしてそのまま、動きを止めた。視線をそれに固定したまま、彫像のように動かない。
 表情こそ硬いままだったが、その姿からは、何かを懐かしむような、あるいは悼むような感情がわずかに感じられた。

270 名前:弱さの矛先 (12/17)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/08/15(火) 09:15:44 ID:hEwKzTgM
(……理澄には、絶対持てねぇ感情だろうな)
 最初こそ、彼女は妹と同じ空っぽの人形のように思えた。だからこそ興味を持ち、行動を共にすることに決めた。
 しかし彼女に理澄を重ねたくはなかったので、同年代であろうこの少女を、わざわざ“おねーさん”と呼んだ。
「そういえば平気そうにしてますけど、その怪我は大丈夫なんですの?」
「へいき。……修復するのを忘れていただけ」
 意味不明な言葉を口早に呟く姿や、自分がつけた噛み跡が血痕ごと一瞬にして消え去るという現象を見ると、それこそ機械のように思われたが。
 それでも彼女は、確固たる心を持っていた。妹とは違い、簡単に弄くれない中身がある。
 人形──代理品ではない、一個体の人間だ。
(感傷的すぎやしねえか? 物思いにふけるなんて、僕の柄じゃなかったはずだが)
 長門の件もむきになり過ぎの気がした。以前の自分ならば、二人が勝手に別れてしまった時点で見捨てていただろう。
 そう、以前は──理澄を失う以前は、そこまで世話焼きではなかったはずだ。妹に抱いていた分の愛情が回ってきたと言うべきか。
 だが、妹を思うことはむしろ多くなっている。それこそ長門の件や、早朝三塚井ドクロに付き合ったときに感じた追慕の念がそれだ。
 妹への拘泥と過剰な世話焼き。
 あるいは、妹が抱いていた分の弱さが自分に生まれたとも言えるかもしれない。
「……まぁ、どうでもいいか」
 どちらにしろ行動方針は変わらないし、その弱さに足を取られてやるつもりはない。考えるだけ無駄だ。
 そう結論づけ、未だバニースーツを眺める長門へと向き直る。
 声に出して呟いたためか、彼女はわずかに首をかしげてこちらを見ていた。
 その腕には、先程強く握った部分が鬱血した赤い跡が残っている。
「行くぞ、長門」
 そこから離れた部分を掴み、出夢は倉庫の外へと歩き出す。出口はいつの間にか復活していた。
 振り返ることなく彼女の腕を握ったまま、片手で重い鉄扉を開け放った。


                           ○




271 名前:弱さの矛先 (13/17)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/08/15(火) 09:16:39 ID:hEwKzTgM
「ぐ……さすが元殺し屋、マジ切れした千里に比肩する突っ込みだ……思わず懐かしさを覚えたぞ」
「……雨降る前のエロ本の話から思ってましたけど、あなたどういう環境で生活してますの?」
「不条理度で言えばお前や長門んとこと同レベルだと思うぞ。詳しく話すと十八禁になるからやめておくが」
 天井から声の方へと視線を移すと、呆れ顔をしたアリュセがダンボールに埋まった自分を見下ろしていた。
 出雲は返事を投げつつ腰を上げ、箱の山を押しのけた。
「少なくとも倫理面の不条理度は、確実にあなたの世界の方が上だと思いますわ」
「あー、それは否定できねえな」
 ひとまずコンクリートの床に座ると、アリュセも隣に腰を下ろした。
 先程あの二人が出ていった扉の先は、未だ濃い霧に包まれていた。もう少し様子を見た方がいいだろう。
「にしても、いきなりドアが消えてたときには驚いたぞ。
実際にやる気はないが、あれを使えば最後の一人になるまで籠城できるのか?」
「力が制限されていなければ一年以上も余裕ですけど、今は二十分も持ちませんの。
実はさっきのも、あまり余裕はありませんでしたの」
「そんな風には見えなかったが」
「演技は割と得意ですのよ?」
 舌を出し、悪戯っぽくアリュセは笑う。
「天使のフリなんてやり飽きてるくらいですし、必要なら悪魔にだっていくらでもなってみせますわ。
方法は何であれ、人々の希望になるのがウルト・ヒケウの役割ですもの」
 続いた言葉は、確固たる信念を持った気高いものだった。
 そこに先程までの超然とした冷淡さは微塵もない。純粋な心強さだけが感じられた。
「さながら逆佐山ってとこか。……でもよ、あいつほどとは言わんがもう少し自己愛精神は持った方がいいと思うぞ?」
 しかしそれゆえに先程の出来事で感じた違和感が気になり、出雲は真面目な表情でアリュセを見据えた。
「……どういう意味ですの?」
「悪役やるのはいいが、それと同時に自分を貶めるのはやめとけってことだ」


272 名前:弱さの矛先 (14/17)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/08/15(火) 09:17:21 ID:hEwKzTgM
「…………、ええ、見苦しかったと思っていますわ」
 表情に影を落とし、アリュセは重い息を吐いた。
 先程彼女が長門を追いつめた言葉は、すべて彼女自身にも当てはまることだった。
 何の手掛かりも得られぬまま姉妹の死を殺害した本人から知らされ、その直後にもう一人の仲間の死を放送で聞かされている。
 その肉親の殺害者の姿を捉えたときは、こちらを置いてすぐさま走り出していた。
 追いついて止め、自分が間に入って彼と対峙したが、彼女は途中明確な殺意をもって彼に攻撃を加えていた。
 結局彼には逃げられ、その際自分が陥らされた脱水症状のために、ここでの雨宿りも含めた六時間の大半を、休息に費やさなければならなかった。
 そして今回の放送で、やはり何もできぬままに、何の力もない子供だと言っていた最後の一人の名も呼ばれてしまった。
「リリアやイルダーナフ様、それに王子まで死んでしまって。
そんなときにあんな言い合いが始まって……感情を押し殺そうとしたのが、逆に八つ当たりのようになってしまいましたわね。
それでもあの二人をあのまま別れさせるのは、どうしても嫌だったんですの。ここでの別離は、今生の別れになりかねませんもの」
 午前中に出会った集団も今は瓦解し、内二人は死体になっていたことを思い出す。
「それに、ウルト・ヒケウとして何かを成したかった──いえ、ウルト・ヒケウという役割に縋りたかった、と言った方が適切ですわね。
“ウルト・ヒケウとして”じゃないと、多分あたしは何もできなくなってしまう。……リリアのときの失神が、いい例ですわ」
 固い自嘲の笑みをアリュセは見せた。
 老成した大人がつくるようなその表情は、先程のものと別の意味でまったく似合っていない。ただ痛々しいだけだった。
「別にいいじゃねえか? 縋るくらい」
 だから出雲は声と共に、アリュセの小さな頭を思い切り撫でた。黒髪と表情が崩れ、彼女は身をよじる。
 顔を覗き込むように下げて視線を合わせ、言葉を続ける。

273 名前:弱さの矛先 (15/17)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/08/15(火) 09:18:08 ID:hEwKzTgM
「寄りかかりたい何かってのは誰にでもあるもんだし、それを取っかかりにやる気出すのは当然だろ。
俺にとっては千里がそれだし、今もあいつと合流した後の、愛でる撫でる掴む揉むその他諸々の行為お預け喰らってた分上乗せバージョンを希望に頑張ってるから同じだ」
「い、今あたしの矜持の品位を最低ランクにまでぶち落としましたわね?」
「価値観の違いじゃね? まぁ、とにかく辛かったらそういうものに思いっきりもたれればいい。せっかくあるもん頼りにしなくてどうするよ。
寄りかかることでお前の負担が減って、誰かがその分辛くなくなるならそれでいいじゃねえか。
その誰かが辛くない分、さらにお前も辛くならない。大団円だ」
「…………」
 動きを止め、アリュセはただこちらを見上げる。
「お前もあの二人も、考えすぎだと俺は思うんだがな。
わざわざ自分で作らなくとも、重荷ってのは突然勝手に降ってくるもんだ。こんな状況ならなおさらな。
それなら、できるだけ身軽に構えておいた方が楽だろ?」
 戸惑い、何かを躊躇う視線を向けたままアリュセは言い淀む。
 沈黙がしばらく続き──やがておずおずと返ってきたのは、短い疑問の声だった。
「……覚は、辛くならないんですの?」
「お前が楽になってくれればな」
「そうじゃなくて、……覚は仲間が死んでしまっても、辛くないんですの?」
「辛くはねえ」
 彼らの死を聞いたときに抱いた感覚は、確かに辛さとは異なるものだった。
 しかしそれをうまく表せず、言葉が続かない。
 改めて回想されるのは、新庄の佐山に弄くられてころころと変わる表情や、オドーの正義を貫き孤高に戦う姿。
 どちらも代替できるものがない、有り難いものだった。
 それゆえに、浮かぶ感情は。
「辛くはねえが、寂しいもんだな」
「…………」

274 名前:弱さの矛先 (16/17)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/08/15(火) 09:20:21 ID:hEwKzTgM
「だがよ、ずっと寂しがってたら何もできねえまま昇天するだけだぜ?
そしたらあいつらから絞殺圧殺コンボを延々と繰り返されるわけだ。死んでも死にまくるぞ?」
「……覚の仲間って、みんなやたらバイオレンスですのね」
「ああ、一般人としては時たまついて行けなくなるな」
 ただの本音を言うと、なぜかアリュセは吹き出すように笑い出した。何の裏もない、楽しみを覚えて頬を緩める自然な笑顔を浮かべている。
 彼女はひとしきり声を出して笑うと、ゆっくりと顔を上げて、
「そう、ですわね。確かに、終わったことを責めたり、失くしたものを寂しがったりするのは、全部終わった後に回すべきですわ。
いくら嘆いても今のあたしには、この馬鹿なのかいい人なのかよくわからない人しかいてくれませんもの」
「俺は全会一致で後者だと思うんだがなぁ」
「そう即答できるところがダメだと思いますの」
 笑みと共に発された言葉は、やや不本意なものではあったが。
「でも、ありがとうございますわ。今のあたしのそばにいてくれて」
「おう」
 その後に続いた感謝の言葉に、出雲はただ破顔の笑みを返した。
 彼女はそれに元の穏やかな微笑を見せると、ゆっくりと立ち上がる。
「それじゃあ、あなたの仲間捜しに戻りましょう。
……これ以上誰かを辛くさせないためにも。早く元の世界に戻って、思う存分寂しがるためにも」
「ああ、霧もだいぶ晴れてきたしな」
 開けっ放しの鉄扉の外は、仄白い鈍色から夜の黒に変わりつつあった。
 視界は悪いことに変わりはないが、これくらいで妥協するしかないだろう。
 そう考え同じく立ち上がり、置いてあった荷物を手に取って中身を再確認しようとして──ふと、気づく。
「……すまんアリュセ、辛いことが一つできたんだが、何か縋れるものはないか?」
「? 何か、ありましたの?」
 荷物を持ってこちらを覗き込むアリュセに対し、深く溜め息をついて答える。
「千里の生バニーが見られなくなってしまったことに気づいてな……この情熱をどこにぶちまけるべきかと」
「捨てなさいそんな煩悩」
 アリュセはペットボトルの残りを出雲にぶちまけた。






275 名前:弱さの矛先 (17/17)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/08/15(火) 09:21:11 ID:hEwKzTgM
【E-4/倉庫外/1日目・18:20】
『生き残りコンビ』
【匂宮出夢】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(パン4食分:水1500mm)
[思考]:長門と共に古泉の捜索。多少強引にでもついていく。
    生き残る。あまり殺したくは無いが、長門が敵討ちするつもりなら協力してもいい

【長門有希】
[状態]:健康
    思考に激しいノイズ(何かのきっかけで暴走する可能性あり)。僅かに感情らしきモノが芽生える
[装備]:なし
[道具]:デイパック(パン5食分:水1000mm)、ライター、バニースーツ一式
[思考]:出夢と共に古泉の捜索及び情報収集。
    仲間を殺した者に対しての復讐?(積極的に捜そうとはしていない


【E-4/倉庫内/1日目・18:30】
『覚とアリュセ』
【出雲・覚】
[状態]:左腕に銃創(止血済)
[装備]:スペツナズナイフ
[道具]:デイパック(パン4食分:水500mm)、炭化銃、うまか棒50本セット
[思考]:千里、ついでに馬鹿佐山と合流。ウルペンを追う。アリュセの面倒を見る

【アリュセ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(パン5食分:水1000mm)
[思考]:覚の人捜しに付き合う。ウルペンを追う。覚の面倒を見る。
    できる限り他の参加者を救いたい。

276 名前:導き    ◆AInrN85iiA 投稿日:2006/08/21(月) 19:38:23 ID:BS5gBLVL
『――その調子で励んでくれたまえ』


「うう・・桜くんうるさい・・・・」
 スクール水着を着て休憩室で眠っていたドクロちゃんは、眠い目をこすりながら起き上がりました。
 近くにある乾燥機はその役目を終えて、静かに眠っています。
 それに気がつくとドクロちゃんは、スクール水着を乱暴に脱ぎ捨てて、乾燥機の中にある服に着替えました。
 ドクロちゃんは結構着痩せするタイプです。痛、だれですか鉛筆をぶつけたのは!?

「もっと遊びたいけど、その前にエスカリボルグを見つけないと!」
 ドクロちゃんは休憩室を出ると、海洋遊園地地下の中心地に向かいました。そこには大きな案内板がありました。
「どこにもない・・・・僕のエスカリボルグ・・・」
 さすがの案内板にも、この天使の凶悪な武器のありかについては書いてありませんでした。
 このあと海洋遊園地地下内を探してみたものの、どこにもありませんでした。
 約一秒間、絶望に打ちひしがれたのち地上に出ることを決意しました。
 そういえば、オンボロ船の事についてはどうしたのでしょうか。20時頃に到着するんだよね?
「ばいばい、良い子にしてるんだよ」
 駄目です。忘れてます。
 ドクロちゃんにたくさんの思い出を、プレゼントしてくれた海洋遊園地地下に別れを告げると出入り口へと向かいました。
 その右手には、エスカリボルグの代用であるシームレスパイアスが握られていました。
「あれ?」
 出入り口の扉が開きません。

 ぴぴる ぴる ぴる ぴぴるぴ〜♪

 反応なし

 ぴぴる ぴる ぴる ぴぴるぴ〜♪

 反応なし

 ・・・・・・・・嫌な予感がします。

277 名前:導き    ◆AInrN85iiA 投稿日:2006/08/21(月) 19:40:40 ID:BS5gBLVL
「ばかあああああああ!」
 ドクロちゃんは、シームレスパイアスで扉を殴りつけました。
 扉はまたたくまに崩れ落ちました。もはや行くてを阻むものはなにもありません
「うわあ・・・・・・」
 そこに広がっている風景は、地獄絵図そのものでした。
 多くの建物が破壊され、燃えてる場所さえあります。
 もしかしたら、死体が埋まっているかもしれません。有名心霊スポットになりそうです。
 ドクロちゃんは忘れてるかもしれませんが、生きて帰れるのは1人だけなのです。
 いつ殺されるか分からないのです。あんなことやこんなことを、されちゃうかもしれません。

「…………ッ!」
 ドクロちゃんの表情が険しくなりました。狼でも見つけたのでしょうか。
「木工ボンドの精霊さん!」
 追いかけるように走りだしました。
「まってよー」
 鉄の塊を振り回しながら、どんどん加速しています。
 今のドクロちゃんは危険です。ドクロちゃんにだけ見えるという、木工ボンドの精霊を追いかけることに夢中なのですから。
 遠くに人影が見えようが、気にしません。前進あるのみです!
 今の姿を人に見られたらお嫁にいけなくなるかもしれません
「どこいったのー?」
 どうやら、精霊を見失ったようです。目の前にはとても大きな木が一本ありました。
 ドクロちゃんは木にもたれるようにして座りました。


【E−3/草原・巨木の下/1日目・18:20頃】

【ドクロちゃん】
[状態]:健康。足は大体完治。
[装備]:愚神礼賛(シームレスパイアス)
[道具]:無し
[思考]:少し休息してエスカリボルグを探そう!
[備考]:誰かとかすれ違ったかも

278 名前: ◆PM/YvWa3/6 投稿日:2006/08/24(木) 13:48:32 ID:JNGj10UT
 鬱蒼とした霧が徐々に晴れていった空は、夕闇に赤く染まり始めている。
 そろそろ動き出すには最適な時間になるな、と頭の片隅で考えて、キノはゆっくりと立ち上がった。
「ボクは、殺人鬼になる……」
 黒いパンツに付いた埃を払い、深呼吸をしながら、もう何度目になるか分からない言葉をもう一度呟く。
 何度も何度も繰り返される台詞は、いつの間にか頭の中にこびりついて離れなくなっていた。
 自分自身に暗示を掛けるように、じわじわと意識を侵食していく。
 もう同じような失態を晒さないように。
 今度は獲物を逃さないように。
 師匠の死を無駄にはしないように。
 掌に掻いた汗を、無造作に拭き取って、ようやく扉の取っ手に触れることが出来た。
 此処から出て行けば、自分はもう殺人鬼だ。
 どんな相手――例えあの零崎が相手だったとしても、確実に殺さなければならない。
 だが、自分は普通の人間だ。零崎や他の参加者の何人かのように、特別な力など持っていない。
 所詮はただの少女。例え少年に間違われたとしても、本当の男との体力差は一目瞭然。

279 名前:正しいことをするために(2/7) ◆PM/YvWa3/6 投稿日:2006/08/24(木) 13:50:19 ID:JNGj10UT
 所詮はただの人間。どんなに射撃の腕が優れていても、人外の力には敵わない。
 真正面から向かっていけば、すぐに殺されてしまうのは目に見えている。
「恐怖を捨てろ。理性を捨てろ。……楽しむんだ、あの零崎みたいに」
 何もない無力な自分が生き残るには、奇襲しかない。
 遠くの方から相手を狙うか、近付いてから油断させる。あるいは唐突に襲い掛かる。
 卑怯だと誰かは言うのかもしれない。それでも、自分にはそれだけしか方法が残されていない。
 もう一度、キノは深く深く息を吸い込み、意識しながらゆっくりと吐き出した。
 落ち着いている。心の何処かが、ふっと醒めていくような気がする。冷めていく。
「ボクはあなたの正しさを証明してみせます。だから、師匠……どうか……」
 どうか。
 その祈りが届いたのか、少女は知らない。
 ただ、開け放たれた扉の向こうには息を飲むほどに美しい夕焼けが広がっていて。
 キノは改めて、この世界は美しいと思った。
 ゆえに、醜い側面が浮き彫りになる。だからこそ、同時に世界は美しくなどないのだろう。

280 名前:正しいことをするために(3/7) ◆PM/YvWa3/6 投稿日:2006/08/24(木) 13:51:19 ID:JNGj10UT
 生きなければ。生き残らなければ、意味がなくなる。師匠の死に、意味がなくなってしまう。
「ボクは、殺人鬼になる」
 正しいことをするために。正しさを証明するために。

 自分の命を守ろうとすることは、我儘なんかじゃない。
 我儘なのだと言うのなら、なんて世の中に生きる全部の生き物(モノ)は、みんな我儘で傲慢なのだろう。
 生きるために、犠牲は必要なんだ。少なくとも、この世界では。

 ボクは正しくなんかない。
 それゆえに、誰よりも正しい。
 正しいという自信がある。


281 名前:正しいことをするために(4/7) ◆PM/YvWa3/6 投稿日:2006/08/24(木) 13:51:54 ID:JNGj10UT
 キノは大きく深呼吸をした。心臓の音は、まだ続いている。
 此処で終わらせるつもりもない。
「とりあえず、何処を目指すか……」
 悪夢を見た時にあった動揺も焦りも、今はない。驚くほど冷静に頭が回った。
 死にたくないなら、生き残るためには、冷静にならなければならないと思う。
 怒りも悲しみも憎しみも迷いも戸惑いも躊躇いも、冷静さを欠くような感情は必要ない。
 人殺しには不要なモノだ。ただ、視界に映る全ての物を確実に壊していくだけ。
 壊していくために、非力な自分は思考し、知略を張り巡らせなければならない。生き残れない。
「問題はこの商店街に人が居るかどうか……さっきみたいに隠れてる人が居るかもしれないけれど」
 可能性は極めて低い。居たとしても相手が団体だった場合、確実に返り討ちに遭うだろう。
 奇襲を念頭に置いた場合、高台に潜伏して通りかかる人間を撃ち殺していくのが確実なのだろうが、生憎手元にはフルートなどといったライフルがない上、遠距離に適した武器すらない。
 カノンや森の人では射程距離に限界があるし、高台からの奇襲には明らかに向いていない。
 それでも、森の人やカノンなどがあるだけ自分は恵まれているのだろう。
 銃器は命綱だ。なければのたれ死ぬしかない。その点では圧倒的に恵まれている。


282 名前:正しいことをするために(5/7) ◆PM/YvWa3/6 投稿日:2006/08/24(木) 13:52:44 ID:JNGj10UT
 キノは今回の放送を聞いていないため、禁止区域が分からない。
 闇雲に移動すれば、禁止区域に足を踏み入れてお終いだ。そんなまぬけな死に方は嫌だ。
 問題は山積みになっている。
 それでも生き残るために、確実に殺していくために、どうすればいいのか。
 答えなどない。誰も教えてくれない。応えてくれない。
 エルメスも居ない。師匠も居ない。誰も居ない。ジブンダケシカイナイ。
「……少しだけ商店街を回ってみるか」
 誰も居なければ、ほかの場所を目指せばいい。
 目指せなければ、障害になるモノを壊せばいい。
 片っ端から壊していけばいいのだ。何も恐れることはない。
 もう一度深呼吸をしながら、パースエイダーを胸元に押し当て、キノは祈るように目を閉じた。
「ボクは、殺人鬼になるんだ……」
 ならなければ。
 死んでしまうのは、此処で終わってしまうのは、絶対に嫌だから。
 死にたくない。
 まだ、生きていたい。


283 名前:正しいことをするために(6/7) ◆PM/YvWa3/6 投稿日:2006/08/24(木) 13:53:25 ID:JNGj10UT
 いつの間にか思考に歪みが生じ始めていることに、黒髪の少女は気付かなかった。
 気付けないまま、彼女は颯爽とした足取りで歩き始める。
 少女は正しくなんかない。
 それでもただ、生きていたかっただけ。

 いつの間にか霧は晴れ、血塗られた赫に彩られた空が。
 哂ったような、気がした。


284 名前:正しいことをするために(7/7) ◆PM/YvWa3/6 投稿日:2006/08/24(木) 13:55:05 ID:JNGj10UT
【C―3/商店街民家/1日目・18:45】
【キノ】
[状態]:体中に擦り傷(ほとんど影響はなくなっている)
[装備]:ヘイルストーム(出典:オーフェン/残弾6)/折りたたみナイフ
カノン(残弾4)/師匠の形見のパチンコ/ショットガン(残弾3) ソーコムピストル(残弾9)/森の人(残弾2)
[道具]:支給品一式×4(内一つはパンが無くなりました)
[思考]:最後まで生き残る(ただし、人殺しよりも生き残ることが最優先)
もう少しだけ商店街を回り、その後潜伏場所を探す。
[備考]:キノは18時の第三回放送を聞き逃しました。

285 名前:どうしてこんなに痛いの(1/13) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/08/25(金) 19:15:33 ID:9u5T6YKr
その味は甘く、その香は芳しく、その欲は狂おしい。
吸血鬼の肉体。
犯される心。
魂の汚辱。
すがれるものはもう誰も居なくて。
「人は、襲わない。人喰いの怪物になんか、ならない」
残ったものは少女がフレイムヘイズに選ばれた理由、気高く強い自尊心。
それと、坂井悠二と過ごした過去の記憶だけだった。
他にはもう誰も居ない。
独りぼっちの少女は、ひどく寒い孤独の中で震える体を抱き締める。
一人で居る事が心細かった。
一人で居る事が悲しかった。
どうしてこんなにも心細くなるのだろう。
どうしてこんなにも弱くなったのだろう。
(……だって、いつも誰かが居た)
坂井悠二が居た。
その母である坂井千草や、悠二を賭けたライバルである吉田和美が居た。
悠二と出会う前も天道宮を出る前はシロが、出た後は長く離れたけれどヴィルヘルミナが、
そして天道宮を出る前から出た後もずっと、アラストールが居た。
フレイムヘイズとしての契約を行った、シャナの中に住まう紅世の王。
彼はきっと――間違いなく――シャナにとって家族だったのだ。
(アラストールはまだ、私の中に居る)
彼女の身に力が漲り、炎を自在に操れる事がその証拠。
だけど言葉が聞こえない。姿が見えない。
心の痛みを和らげてくれない。
だから居ないのと同じこと。ここには誰も居ないのだ。
胸を突き刺すような傷みは一向に消えてくれはしなかった。
痛みにもだえ、逃れる術を求めた。
(……悠二の手記を読もう)
だから悠二の足跡に想いを馳せてみようと、そう思った。
そうすれば少しは悠二を、悠二の言葉や温かさを感じる事が出来るかも知れない。
シャナは坂井悠二の手記を取りだして読み始めた。

286 名前:どうしてこんなに痛いの(2/13) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/08/25(金) 19:16:38 ID:9u5T6YKr

そしてシャナは、またもや打ちのめされた。

もう絶望し、痛みと渇きに苦しんで、これより底なんて無いと思っていた。
それでも悲劇とは往々にして予想を超えた角度から襲い来る。

『管理者の謎の警告の後、僕は長門さんと出夢さんと共に城を脱出した。
 あの時、僕を呼ぶ声が聞こえた事は少しだけ気になった。
 赤い髪の女が襲撃してきた、という言葉も。
 だけどシャナはフレイムヘイズだ。無差別に人を襲ったりはしない、はずだ』
ゲームが始まった時、もっと落ち着いて行動していれば何かが違ったのか。
全て、自らを見失っていたせいなのか。
手記は更に続きを綴る。
『通りすがりの強そうな人に食料と水を交換に化け物を引き受けて貰った。
 その後に走りながら時計を見たら、確か7時過ぎだったと思う』
(あの時に……!)
丁度7時、リナの提案に乗ってあの小屋に留まらなければどうだっただろう。
その時に悠二が居た場所は隣のエリアだ。
もしもあそこで留まらず、そして調べ終わった東や、狭い南と西を無視すれば……
(考えすぎだ、そんな事)
そんな“もしも”を考えて何の意味が有るのだろう。
そうは思うのに。
『メフィスト医師により人より一つ多かった制限を外してもらった。
 ようやくまた、存在の力を感じ取れるようになった。
 これならきっと、シャナが近くを通れば感じ取れるだろう』
『あまりに僕自身の格好が不審だったのと異様な気配を感じて物陰に隠れた。
 通り過ぎたのはサイドカー付のバイクに乗った首の無いライダー――』
もしもシャナがベルガーと共に行っていれば。
(そんな仮定に意味なんか無い! 有るわけが無い!)
そう、思うのに。

287 名前:どうしてこんなに痛いの(3/13) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/08/25(金) 19:18:15 ID:9u5T6YKr
『紅世の従ではないようだけれどあの気配は警戒すべきかもしれない。
 港を目指していたルートを変更してここは北回りに――』
(どうしてこんなに“もしも”が続くの!)
シャナは声のない悲鳴を上げた。
目の前に居たのに。
ひどい偶然がなければシャナと悠二は出会えていたのに。
『4時半。階下に居るのが何者かは判らない。見つからないように離れる事にする』
それなのに、悠二と生きて再会する事は遂に無かった。

シャナは悲劇の再上映に打ちのめされる。
どうしてこんなにひどい事ばかりなのか。
疑問も悲鳴も哀惜も、全ては闇に呑まれるだけ。
何処にも光など有りはしない。
「ひどいよ、悠二」
悠二が死を覚悟していたと聞いたおかげで、しっかりしようと思う事が出来た。
何処へ進めば良いかはまるで判らないけれど、辛うじて立っていられた。
なのに歩き出せば何処を踏んでも針の山。
足の踏み場は何処にも無い。
「どうしてこんなものばかり遺していくの」
無惨な死体。
覚悟の残滓。
血に濡れたメロンパン。
悲劇を再上映する手記。
抱き締めてくれる誰かも優しい言葉も失ったこの世界。
「――ひどいよ」
シャナの側には誰も居なくて。
ただ、冷たい夜風が吹きつけた。





288 名前:どうしてこんなに痛いの(4/13) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/08/25(金) 19:18:49 ID:9u5T6YKr
シャナはハッと顔を上げた。
冷たい風は、シャナに覚えの有る気配を届けた。
「これは……あの女!」
すぐさまそちらに意識を向ける。
気配がする。
あの、彼女に牙を突き立てた吸血鬼の存在を感じ取れる。
「見つけた、見つけたんだ!」
瞳に戻るのは微かな灯火。
それは最後の希望だ。
多くを失ったシャナが自らの尊厳だけでも取り戻す最後の機会。
悠二と出会った、フレイムヘイズである少女に戻れる機会。
吸血鬼化が終わる前に佐藤聖を殺す事が出来れば、吸血鬼から回復できる。
「戻る! あいつを仕留めて……戻るんだ!」
シャナは駆け出した。

     * * *

「ああ、『影』の人は死んじゃったんだねぇ」
放送を聞き、十叶詠子は呟いた。
「誰なの、その人。女の子? 男の子? 詠子ちゃんの気になる人?」
「男の子だよ、『カルンシュタイン』さん。気になる人ではあったかなぁ。
 死んでしまったのは、とっても残念」
残念という言葉は心から、なのにくすくすと無邪気な笑みを浮かべている。
詠子は空目恭一やその仲間達の味方のつもりだったが、彼らにとって詠子は敵だった。
きっとこのゲームの中でも、彼女に敵対していただろう。
そうは思うが、空目恭一の味方であるつもりの詠子としては残念な事には違いなかった。
彼の魂のカタチはとても綺麗だったのだから。
それでも詠子が笑うのは、その事を残念で悲しく想いながらも心から笑っているだけの事だ。

289 名前:どうしてこんなに痛いの(5/13) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/08/25(金) 19:19:41 ID:9u5T6YKr
「うーん、詠子ちゃんはよく判らないな」
それは見知らぬ者の死ならどうとも思わなくなった吸血鬼の佐藤聖でも理解できない。
もっとも佐藤聖は狂気などとはまた違う精神状態なのだから狂気を理解しえないのは当然なのだが。
「他に死んだ人は……うん……うん……」
詠子は放送の続きを聞いて知った名が有るかを確認する。
一つ、知った名が有った。
(『ジグソーパズル』さんも死んじゃったんだね)
夜会で出会った、詠子より少し年上の女性。
夜闇の魔王に挑み戦うと宣誓した力有る魔術師、楽園の魔女サラ・バーリン。
彼女の死はゲームに抗する力の損失を意味する。
更に詠子が仕掛けた刻印を破る物語は偶然と、時空の秘宝によって防がれてしまった。
神野陰之とその友アマワが支配するこの世界は未だ攻略の糸口すら掴めない。
(でも、『法典』君や『女帝』さんは生きてるみたい)
そして佐山御言とダナティア・アリール・アンクルージュの生存を知る。
参加者を解放する術は見つからなくて、だけども結束する術だけは残された。
それは確かに希望だけれど、光差し込まぬ闇を駆けるとても危険な脱出口。
「うん。他にはこれといって居ないみたい」
「そっか。私も知り合いは死んでないかな」
そんな理由も有るから、世界に挑む者達の名はあげなかった。
単に佐藤聖が獲物に狙ったら困るからでもある。
『次に禁止エリアを発表する。
 19:00にC−8、21:00にA−3、23:00にD−6が禁止エリアとなる。』
「……ここはどこだったかな?」
「D−8の北端辺りだよ、『カルンシュタイン』さん」
「そう、それじゃなんとか平気だね」
そこまでを聞き終えて、吸血鬼と魔女はようやくの一息を吐いた。
「じゃあさっき言った通り、何か滋養の有る物を作ってあげる。
 詠子ちゃんは何が良いかな? 鉄分を多目に取る事を推奨するよ」
「血の材料だね。太らせて食べちゃうつもりなんだ、吸血鬼さんは」
「冗談だって。何か温かい物が良いね。おかゆで良いかな?」
「うん、それで良いよ」
本音は本気だった事は言うまでもない。

290 名前:どうしてこんなに痛いの(6/13) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/08/25(金) 19:21:24 ID:9u5T6YKr

     * * *

微かに感じ取ったその場までは思ったよりも距離があった。
(悠二が死んだあの場所の近く……)
同じ島の東端の港町。
もうじき禁止エリアとなるC−8よりは若干南のD−8エリアだ。
たまたま近くを彷徨っていたとはいえ、それでも丸1エリアは離れていた。
これまでこの島で、これほど遠くの気配を感じ取れた事は無い。
(……まだ吸血鬼にはなりきってない。だからそれで判ったんじゃない)
風に乗って飛び火したようなほんの僅かな気配を偶然感知した。
きっとそういう事なのだろうと自分を納得させる。
そして物陰から覗き見たその場所は一件の民宿だった。
(ここがあの女の根城?)
明かりの灯った部屋も暗い部屋も有ったが、どうやら個室には居ないようだ。
回り込み、他の部屋を捜す。明かりのついている部屋を重点的に。
浴場にも居ない。厨房にも居ない。
――食堂で、その姿を見つけた。

     * * *

「はい、詠子ちゃんあーん♪」
「…………うーん」
にこにこ顔で差し出されたスプーンを前に困り笑顔を浮かべる。
「『カルンシュタイン』さん、いちおう言っておくけれど。
 私は、普通に食事ができる位には大丈夫だよ?」
「判ってるって。だからこれは、お姉さんのちょっとした好意」
(好意、というより遊び心だよねぇ)
まあ考えてみれば、少なくとも悪意や敵意は無いし、危険が有るわけでもない。
となれば詠子にとって断るほどの理由もなかった。

291 名前:どうしてこんなに痛いの(7/13) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/08/25(金) 19:22:30 ID:9u5T6YKr
「仕方ないなあ。あーん」
詠子が開けた口に聖がそっとスプーンを差し入れる。
口を閉じてお粥を咀嚼。
「うん、温かくて美味しいよ、『カルンシュタイン』さん」
「そりゃ良かった。それじゃどんどん食べてね。はい、あーん」
「あーん」
奇妙な関係の奇妙な夕食が続いていた。

     * * *

………………どうしてだろう。
どうしてこんなにも悲しいのだろう。
どうしてこんなにも悔しいのだろう。
どうしてこんなにも……理不尽なのか。
(おまえは人喰いの怪物じゃないか。
 それなのにどうして……どうしてそんなに暖かい場所にいるの!!)
人の血を啜る吸血鬼と、見たところおそらく人間である少女。
2人の団欒は暖かく心癒されるもので、だからこそシャナの心を凍え傷つけた。
人のために、人を護るために戦って、何もかもを失った孤独に凍えた。
それなのにあの女は、人を傷つける化け物なのにあんなに暖かい場所にいる。
この違いは何だというのか。
どうして。
どうして。どうして。
どうして。どうして。どうして。

……答えは、とても簡単な物だった。
これまでもずっとそうだったのだ。
フレイムヘイズはみんなそんな場所にいて、人喰いの紅世の従共はみんなそうしていた。
紅世の王達にとって愛とは喪失の悲しみに狂う事もある危険な物だった。
アラストールはかつて、道は外れなかったが最愛の契約者を失った。
愛や絆など戦いには不要なものだった。


292 名前:どうしてこんなに痛いの(8/13) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/08/25(金) 19:23:59 ID:9u5T6YKr
そして紅世の従どもは、愛に生きて愛に死んでいた。
狩人フリアグネは最愛の従者に確たる肉体を与える為に戦った。
愛染の兄妹、あのティリエルという紅世の従は、最初から最後まで最愛の兄と共に在った。
アラストールは言った。
「フレイムヘイズとて人を愛していい」のだと。
けれどアラストールは最愛の前契約者と死に別れた。
シャナもまた最愛の少年と死に別れた。
(望む事は許されるのかもしれない。だけどきっと……)
きっと、フレイムヘイズが得られる幸福など全て儚い夢なのだ。
そう思うと悲痛な感情が怒濤の如く押し寄せて……逃れようと前に走った。
「死ねえぇっ!!」
絶叫と共に振り下ろした刃は食堂のテーブルを叩き割った。

「シャナちゃん!?」
直前で自らの血の気配を感じた聖は詠子を抱えて距離を取っていた。
目の前に居るのは4時間くらい前に血を吸った少女。
間には真っ二つに砕けたテーブルの残骸と転けた椅子が転がっていた。
シャナは無言で聖に向けて刃を構える。
その瞳に滾るのは怒りと焦り、そしてようやく彼女を見つけたという僅かな希望。
吸血痕は確認していないが、全力で耐え続ければあと10時間後まで保ったはずだった。
心が折れて一気に進行したからといって、まだ完了はしていないはず。
(ここで仕留めれば吸血鬼にはならない!)

293 名前:どうしてこんなに痛いの(9/13) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/08/25(金) 19:24:50 ID:9u5T6YKr
その目に明らかな殺意を感じ取り、聖はくるりときびすを返すと詠子を抱えて走り出す!
「逃さない!」
跳躍。
僅かな距離を咄嗟に生やした炎の翼で滑空し散らばる残骸を飛び越える。
聖は食堂を出てエントランスに飛び込み四足飛ばしで階段を駆け上がる。
追撃するシャナは手すりを蹴り翼で羽ばたき二階に上る。
客室の並ぶ長い通路。
聖は全速で駆ける。
シャナは全速で翔る。
一度は聖が勝った競争は、しかし荷物のせいか見る間に距離が詰まっていく。
「ヤバイ……!!」
聖はそのまま加速し詠子をしっかりと抱え込んで窓に突っ込んだ!
硝子の割れる音と共に夜空を舞う聖を、シャナは遂に射程に捉える。
加速。跳躍。飛翔。
「もらったっ」
斬撃。
――墜落。

     * * *

「いたた……」
足を押さえて蹲る聖。
足には大きく刀傷が開いていた。
尋常ではない肉体能力と再生速度を持つ美姫の直の眷属である聖だ、再生はすぐに済む。
「ここまでよ」
「ひ……っ」
だが顔を上げた聖の目の前には贄殿遮那の刃が有った。
今はその短い再生時間すら与えられない事は明白だった。

294 名前:どうしてこんなに痛いの(10/13) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/08/25(金) 19:25:35 ID:9u5T6YKr
這いずって逃げようとするが、その腕さえも落下の打撲で今しばらくは動かない。
(ここまでって事なの……?)
横目で見ると、幸い詠子に大した怪我は無いようだ。
だが聖は死ぬ。
殺される。
どうしようもなく殺される。
その恐怖にギュッと瞼を閉じて……
「ねえ、どうして『カルンシュタイン』さんを殺すの? 元『誇り高き炎』さん」
――“魔女”十叶詠子の言葉が聞こえた。

(なんだ、こいつは)
聖と共に居る少女の言葉に、振り上げていた刃を止めた。
「……人喰いの怪物に、吸血鬼にならない為よ。決まってるじゃない」
なぜそんな当然の事を聞くのか。
そして、元『誇り高き炎』。
どうして私がフレイムヘイズである事を知っているのか。
「それと訂正して。私はまだ……ううん。私はフレイムヘイズよ。今も昔も、これからも」
その事に迷ってはならないと、そう思う。
だけど。
「でもあなたは吸血鬼だよ。もう人には戻れない」
魔女の一言はそんな薄っぺらい思いを微塵に粉砕した。

「……………………………………………………そんなはず、ない」
長い沈黙の後に必死の言葉を絞り出す。
「まだ噛まれて5時間も経ってない!
 耐え続ければ明日の朝日だって見れたかもしれない!
 もう終わってるはずがない!
 そんな事あるわけがない!」
「本当だよ」
「うそだ!」
「本当。吸血鬼の噛み痕だってもう残ってないってカタカタさんが言ってるよ」
「うそ!!」

295 名前:どうしてこんなに痛いの(11/13) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/08/25(金) 19:26:49 ID:9u5T6YKr
「じゃあ確かめてみたらどうかなあ。はい、手鏡」
詠子はポケットから小さな手鏡を差し出すと、シャナを鏡に映した。
明かりのない森の中だったけれど、紅い瞳は鏡の向こうに鮮明に、自らの姿を見て取った。
その肌は僅かに青白く、そして聖に噛みつかれた首筋は……
「貸して!」
「きゃっ」
詠子から手鏡を奪い取り食い入るように覗き込む。
毛穴一つ見逃すまいと必死に傷跡を探す。
だけど何度見ても、その肌には痕一つ残ってはいなかった。
吸血痕は消えていた。

「どうして!? なんで、どうして!!」
悲鳴のような声を上げる。
有り得ない。そんな事、あるはずがない。
そんな事……
「それはきっと、あなたが望んでしまったからだよ」
魔女は親切にもその理由を教えた。
「あなたは自らの力と精神で吸血鬼になるのを遅らせる事ができた。
 でもそれは諸刃の刃なんだよ。
 もしもあなたがそうある事を望んでしまえば、変わる事に時間は要らない」
優しさで少女の心にナイフを刺した。
――シャナはその意味を理解した。
『きっと、フレイムヘイズが得られる幸福など全て儚い夢なのだ』
『…………それなら、いっそ』
一瞬の、しかし完全な過ちが、少女の道筋を定めてしまったのだ。
シャナは呆然と立ちつくす。
そしてそんなシャナに魔女は繰り返し問い掛けた。
「それで、『カルンシュタイン』さんは殺さなくて良いのかな?」
「それは……」
シャナは言葉に詰まる。
(もう、そんな事に意味は無い)
思った。そう思ってしまった。

296 名前:どうしてこんなに痛いの(12/13) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/08/25(金) 19:28:05 ID:9u5T6YKr
すると詠子はにっこりと笑ってこう言った。
「だからあなたは『誇り高き炎』じゃなくなったんだよ。
 炎は悪い罪人を裁くものだけど、あなたはもうその役目に縛られないものね」
「え…………あ……!!!」
更なる慈愛がシャナの心を打ち砕いた。
人喰いの怪物を滅ぼし世界のバランスを守るのがフレイムヘイズの役目。
その役目すらも忘れ去り、自らの為だけに生かし殺そうとした。
誰かにすがる事なくただ共に在るという誓いを忘れ、すがるものを求めて泣いた。
「さしずめ、今のあなたは『痛み』の人かな。
 あなたはとても傷付いてしまった。
 誰かの牙で、絆で傷付いて。
 そして自らの真っ直ぐな想いと情熱で焼き焦がしてしまった。
 あなたに残る傷はもう無いけれど、熱い痛みが消える事は無い。
 あなたの魂のカタチは『痛み』で埋め尽くされた。
 それはとても悲しい事だけど、でもそれが、あなたの新しい魂のカタチ」
その言葉はどこまでも優しくて、新たなカタチをも祝福する想いに満ちていた。
優しいのにこれほど残酷なものはなかった。
全てが絶望よりも鋭い痛みに染まる。
「……あ…………ぁ………………」
そう、全ては魔女の言葉の通り。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!!」




      シャナの心は『痛んで』いた。




     * * *


297 名前:どうしてこんなに痛いの(13/13) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/08/25(金) 19:29:10 ID:9u5T6YKr
「ふう…………恐かった、死ぬかと思った。詠子ちゃん、ありがとね」
「どういたしまして、『カルンシュタイン』さん。
 でも私は、あの『痛み』の子が自分のカタチに気づけるように教えてあげただけだよ?」
もっともそれが聖が殺される前だったのは、シャナがあのまま聖を殺していれば、
それでも吸血鬼から治らないシャナが暴走して殺されるかもしれないという考えと。
「それに『カルンシュタイン』さんも庇ってくれてありがとう」
「あはは、どういたしまして」
墜落時に聖に庇われた恩返しという意味合いも有った。
シャナに襲われたのは聖のせいだが、巻き込んでも怪我をさせないように誠意を見せもしたのだ。
それに報いるのは別に変な事ではない。
「あー、でもお腹が減ってきちゃった。どうしようかな」
「……できるだけ、他の人を捜して欲しいかなあ」
「うん、出来るだけね。…………出来るだけ」
聖の視線は見るからに『おいしそうだなあ』という気配に満ちていた。
詠子は早くも、ほんの少しだけ後悔した。


298 名前:どうしてこんなに痛いの(報告) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/08/25(金) 19:30:21 ID:9u5T6YKr
【E-7/森/1日目/19:30】
【吸血鬼と魔女】
【十叶詠子】
[状態]:やや体調不良、感染症の疑いあり。
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:新デイパック(パン5食分、水1000ml、魔女の短剣)
[思考]:どうしたものか。
[備考]:右手と聖の左手を数mの革紐で繋がれています。

【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼(身体能力大幅向上)
[装備]:剃刀
[道具]:デイパック(支給品一式、シズの血1000ml)
[思考]:身体能力が大幅に向上した事に気づき、多少強気になっている。
     詠子は連れ歩いて保存食兼色々、他に美味しそうな血にありつければそちら優先
     詠子には様々な欲望を抱いているが、だからこそ壊さないように慎重に。
     祐巳(カーラ)の事が気になるが、状況によってはしばらくそのままでも良いと考えている。
[備考]:詠子に暗示をかけられた為、詠子の血を吸うと従えられる危険有り(一応、吸血鬼感染は起きる)。
     詠子の右手と自身の左手を数mの革紐で繋いでいます。半ば雰囲気


【D-8/住宅地/1日目/19:30】
【シャナ】
[状態]:吸血鬼(身体能力向上)
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
     悠二の血に濡れたメロンパン4個&保存食3食分、濡れていない保存食2食分、眠気覚ましガム
     悠二のレポートその2(大雑把な日記形式)
[思考]:――――痛い
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼の再生能力と相まって高速で再生する。

299 名前:友達の知り合いと知り合いの友達(1/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/08/30(水) 11:58:35 ID:SoGF0UtK
 島津由乃は最期に何を伝えようとしていたのか――答えの出ない自問を繰り返し、
怒りに拳を震わせながら、平和島静雄は放送を聞き終えた。
(あんなに頼りにされてたのに、俺は、由乃に何もしてやれなかった……!)
 聞き覚えのある名前は告げられなかったが、24人もの参加者が死んでいた。
 ほとんど話さぬまま別れ、浜辺で死人になっていた少女の名前を、静雄は知らない。
 名前を知らない他の面々は、生きているのか死んだのか確かめることすらできない。
 額に血管を浮かべながらも、頭の片隅で静雄は思う。
(セルティも、由乃の友達も生きてる)
 それは、とても嬉しいことだ。
(臨也も生きてやがる。自分勝手に由乃を消した平安野郎も、たぶん生きてやがる)
 それは、喜ぶべきことだ。
(あの赤毛ナイフ男も、クソッタレの臨也も、会ったら死なす。問答無用で殺す)
 怒りをぶつけるべき相手がいるのは、幸いなことだ。
(だが、まずは平安野郎をぶん殴る……殴って殴って殴って殴る!)
 死者に死を追体験させた男の行為を、偽善以外の何でもないと静雄は断定する。
 顔も知らぬ平安時代風の男に対して、最悪な印象を静雄は感じた。
 行動を共にしていた間に、由乃は静雄へ情報を伝えていた。自分を幽霊にしてくれた
男のそばには、黒いライダースーツ姿で首のない何者かが付き従っていた、と。
 由乃が見たのは間違いなくセルティだ、と静雄は確信している。
(平安野郎は、本当に、セルティのことを対等な仲間だと思ってんのか?)
 善人気取りの平安野郎が言葉巧みにセルティを騙し、自分や仲間の護衛をさせる――
そんな光景を静雄は思い描いた。
 バケモノを利用して何が悪い、と言いたげな顔で平安野郎がこっそりと舌を出す――
そんな想像が静雄を苛立たせた。
 傷だらけになって倒れ伏したセルティの後ろで、平安野郎が元気そうにしている――
そんな妄想が静雄の血圧を上げていく。
 霧の中に、奥歯の軋む音が小さく響いた。

300 名前:友達の知り合いと知り合いの友達(2/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/08/30(水) 12:00:09 ID:SoGF0UtK
 煮えくりかえった腸の熱を吐き出すように、つぶやきが漏れる。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!」
 いつもと同じ単語の羅列だが、込められた意味はいつもと違っていた。
 殺さないように、できるだけ殺意を放散して薄めるための文句ではなかった。
 殺したい相手と会う前に怒りすぎて発狂してしまわないように、それだけのために
連なっていく言葉だった。
(……早く、セルティを見つけねえとな)
 ゆっくりと、神鉄如意を杖代わりにして、静雄は歩きだした。
 血まみれで「殺す」とつぶやきながら進む姿は、どう見ても不審人物だ。
 やがて、霧が晴れ始めた。けれど、雲が空を覆っていて相変わらず視界は悪い。
 ろくに灯りのない場所で夜中にサングラスをかけたままでは、少々危ない。
 静雄はサングラスを外してポケットに入れ、デイパックから懐中電灯を取り出して、
ついでに水を飲んでから、周囲の探索を再開した。
 探索の途中で立ち寄ったF-6の砂浜からは、倒れていた人影が二つとも消えていた。
 誰かが死体を持っていかない限り、こんな状況にはならないはずだった。
 少女の亡骸があった場所には、ロザリオだけが残されている。
 浜辺を去る前に由乃から少女へ贈られ、静雄が少女の手に握らせた物だった。
 大切な宝物を置いていっていいのか、という問いに、由乃は「この子も友達だから」
と答え、寂しげにうつむいていた。
 そんな弔いの品を、今、静雄の手が拾い上げる。
 由乃の想いを踏みにじるような結末だった。
(どうやら、この島には、癪に障るクズどもが山ほどいるらしいな……!)
 静雄は由乃のロザリオを、すぐにデイパックの中へ入れる。
 そのまま手に持っていたら、うっかり握り潰してしまいそうな気がしたからだった。

301 名前:友達の知り合いと知り合いの友達(3/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/08/30(水) 12:00:58 ID:SoGF0UtK
 しばらく静雄は歩き続けたが、結局、誰にも会えなかった。
(かなり人数が減ったせいか? っと)
 地面から突き出た石につまづきかけ、静雄は足を止める。
 静雄の消耗は激しい。サングラスを今さら外したのは、目が霞み始めたせいだった。
 気休め程度の止血だけしかやらずに動き回っていた以上、当然の結果だろう。
 このままの状態では、これから誰とも戦わなくても、あまり長くは生きられまい。
 大怪我をしているというのに、ここまで動けたこと自体が奇跡だった。
 しかし、ただの奇跡では足りない。その程度では希望に手が届かない。
 この島から生きて出るには、幾つもの奇跡を重ね合わせねばならない。
 時計の針が19:25を指した頃、港町の方から少女の絶叫が聞こえてきた。
 静雄の現在地からそう遠くない場所で、何かがあったようだった。
 声の主は絶対にセルティではないが、セルティを見た誰かが叫んだのかもしれない。
 セルティとは無関係でも、由乃の友達が死にかけていたりするのかもしれない。
 面倒くさそうに舌打ちして神鉄如意を肩に担ぎ、静雄は走りだした。
(痛くねえ、痛くねえったら痛くねえんだよ……!)
 人間離れした耐久力を発揮し、静雄は痛みを無視してのけた。

302 名前:友達の知り合いと知り合いの友達(4/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/08/30(水) 12:01:47 ID:SoGF0UtK
 美しく輝いていた髪と眼からは、炎の色が消えていた。
 力なくうずくまり、小刻みに震えながらシャナは涙を堪えている。
“でもあなたは吸血鬼だよ。もう人には戻れない”
 魔女の宣告に、フレイムヘイズとしての決意は粉々に打ち砕かれてしまった。
「いや……」
 頭の中で残響する言葉に、弱々しくシャナは抗う。
 けれど心の奥底では、既に理解してしまっている。
 今のシャナは、もはや世界を守る者ではなかった。
“それはきっと、あなたが望んでしまったからだよ”
「いや、いや……」
 人喰いの怪物と同じものに、なりはててしまった。
“だからあなたは『誇り高き炎』じゃなくなったんだよ”
「いや、いや、いや……」
 空回りする思いだけが、辛うじて拒絶の言葉を紡いでいる。
“あなたに残る傷はもう無いけれど、熱い痛みが消える事は無い”
 どんなに悔やんでも真実は変わらない。
“あなたの魂のカタチは『痛み』で埋め尽くされた”
 どんなに願っても時間は巻き戻せない。
“それはとても悲しい事だけど、でもそれが、あなたの新しい魂のカタチ”
 何もかもが手遅れだ。
「うるさいうるさいうるさいっ!」
 頭を抱えて、シャナは体を縮める。徒労でしかない、無駄な努力だった。
 精神的に衰弱しきったまま、シャナは涙を堪え続けた。
 使命も矜持も仲間も失って残ったのは、浅ましい衝動と、穢れた力だけだった。
 誰かの足音を、鋭敏化した聴覚が捕らえる。
 血の匂いが近づいてくる、と嗅覚が告げる。
 意思とは関係なく、唾液が分泌され始める。
 血を啜れ、と吸血鬼の本能がささやく。
 一線を越えたら、もう後戻りはできない。
 体だけでなく心まで、正真正銘の吸血鬼になってしまう。

303 名前:友達の知り合いと知り合いの友達(5/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/08/30(水) 12:02:58 ID:SoGF0UtK
 ありったけの理性を振り絞って、シャナは胸の疼きを抑えた。その場から離れようと
して、体に力を漲らせた。炎髪灼眼の鮮やかな赤が、闇の中に煌めく。
 そして、シャナは気づいてしまう。血の匂いの主が宝具を持っている、と。
(……回収、しなきゃ)
 宝具には、多かれ少なかれ超常の力が秘められている。
 悪用されれば数多くの悲劇を生む、恐るべき道具だ。
 フレイムヘイズとして戦う資格がなかったとしても、見過ごせる物ではない。
 逃げずに待ち、場合によっては戦うことを、シャナは選んだ。
(でも……戦って、相手を斬って血を見ても、私は正気でいられるの……?)
 足音が近づき、目視できる距離に人影が現れ、やや離れた位置で立ち止まった。
 懐中電灯の光がシャナを照らす。刀が光を反射して、鈍く輝いた。
 来訪者の青年には、濃密な血臭が染みついていた。腹を怪我しているようだ。
 血を求める衝動に逆らわねばならないため、シャナの顔が不快そうに歪む。
 シャナの視線が少しも友好的ではないと確認し、青年は眉をひそめた。
「あぁ? 何だ手前は? さっきの悲鳴は手前の仕業か?」
 不機嫌さを隠そうともしない青年の態度に、シャナは警戒を強めた。
 青年は、明らかに術師でも策士でもなさそうな気配を漂わせている。
 だが、それでもシャナは油断しない。
「その武器を、渡してちょうだい」
 口下手は承知の上なので、むしろシャナは開き直り、単刀直入に言う。
「はぁっ!? 手前、ふざけてんのか!?」
 案の定、いきなり交渉は決裂寸前になった。
「そうすれば、代わりに情報を教えてあげる」
「あぁん? ……なるほど、そういうつもりか」
 だが、交渉は決裂寸前のまま、奇妙な均衡を保って続いていく。
 一触即発といった様子ではあるが、まだ、どうにか会話はできそうな雰囲気だ。
「こっちの害にならない情報なら、全部教えてもいい」
 坂井悠二の遺品と贄殿遮那を除けば、交換できそうな品物をシャナは持っていない。
 武器を手放すに値するほどの見返りを用意するためには、こうするしかない。

304 名前:友達の知り合いと知り合いの友達(6/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/08/30(水) 12:03:51 ID:SoGF0UtK
 腹立たしげに頬を引きつらせながら、青年が口を開く。
「情報提供が先だ。役に立つ情報があればコレをくれてやる。あと、嘘ついたら殺す」
 心の底から本気で言っているようにしか聞こえない声音と口調だった。
 青年の胸中では、武器よりも情報の方が優先順位は上だったらしい。
 例えば、この島にいる誰かを捜索中だとか、そういった事情があるのだろう。
 演技ではない、と判断して、シャナは頷く。争いを避けられるなら、その方がいい。
「手前の名前は?」
「……シャナ」
 フレイムヘイズとしての名乗りは、今さら口に出せない。
「念のために訊いとくが、手前は島津由乃とは無関係だよな?」
 青年の問いにシャナは片眉を上げ、少し考えてから、結局は正直に答える。
「会ったことはない。でも、保胤から話は聞いてる。術で幽霊にしたって言ってた」
 その言葉が、きっかけになった。
「おい……その保胤って、もしかして平安時代っぽい格好した男か? 黒いライダー
 スーツを着た、首のない女を連れてなかったか?」
 尋常ではなく激烈な殺気が、青年から発せられた。
「手前、ひょっとして、そいつの仲間なのか? なぁ、どうなんだ? 答えろ」
 青年は、鬼神のような憤怒の形相で、シャナを睨みつけていた。
(この男は、敵だ)
 呆然とシャナは思う。
(保胤の、敵だ)
 かつて保胤は、シャナの世話を焼き、救おうと苦心し、根気強く励まし続けた。
(この男は、保胤を殺そうとしてる)
 保胤は、シャナを支えようと手をさしのべた人間だった。
(きっと、この男は保胤を……あの人たちを襲おうとする)
 無意識のうちに、シャナの手は得物を構えていた。
(あの人たちとは一緒にいられないけど、でも、私は……私は――)
 フレイムヘイズとしてではなく、ただのシャナとして、少女は戦おうとしていた。

305 名前:友達の知り合いと知り合いの友達(7/7) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/08/30(水) 12:05:41 ID:SoGF0UtK
【D-8/住宅地/1日目・19:40頃】

【平和島静雄】
[状態]:頭に血が上っている/肉体的に疲労/下腹部に二箇所刺傷(未貫通・止血済)
[装備]:懐中電灯/神鉄如意
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン6食分・水1500ml/デイパックに小さな穴が空いている)
    /由乃のロザリオ
[思考]:何が何でもシャナから保胤の情報を聞き出したい/セルティを捜し守る
    /保胤を見つけてぶん殴る(由乃からは平安時代風の男の人とだけ聞いている)
    /保胤はセルティを騙して利用しているんじゃないのか、と疑っている
    /由乃の伝言を伝える/赤毛ナイフ男(クレア)や臨也は見つけ次第殺す
[備考]:サングラスはポケットの中にあり、バーテン服は血まみれで袖がない(止血するために
    破って腹に巻いて縛った)ので、服装を手掛かりにセルティの仲間だと判断するのは難しい。

【シャナ】
[状態]:吸血鬼(身体能力向上)/精神的に不安定
[装備]:贄殿遮那
[道具]:支給品一式(パン6食分・水2000ml)
    /悠二の血に濡れたメロンパン4個&保存食3食分/濡れていない保存食2食分/眠気覚ましガム
    /悠二のレポートその2(大雑把な日記形式)
[思考]:目の前の男(静雄)を倒して、宝具を回収する
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
    手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
    吸血鬼の再生能力と相まって高速で再生する。
    目の前の男がセルティの探していた相手だとは、今のところ気づいていない。

306 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/09/05(火) 16:35:47 ID:byMY/tYe
h

307 名前:されど、竜は踊り続ける ◆ozOtJW9BFA 投稿日:2006/09/08(金) 22:13:55 ID:NDMla4xB
「本当に言いたいこと」は、言った後に「その言葉では掴みきれない」という否定形で現れる、奇妙な消失点である。それはすべての事象の先に存在する。
物事が終わった後の否定形でしか、人は生きられない。

コズ・グランデン 「幻想の非線形」 皇暦三七七年




E―4に入りD―4に行こうとする途中で放送が流れ出した。
放送が流れ、名前に線を引いてゆく。ガユス・レウ゛ィナ・ソレル━━━━━━相棒にも。24人の中にアイツは入っていた。
悲しみは無い。なのに、何故、こんなにも空虚なのだろう……。
仲間が死ぬことは馴れるものではないとギギナは思った。
放送は終わった。
それと同時に自分の『何か』の終わりを感じた。

そしてまた歩き出す。
頼みごとを済ませねばならない。
真に強き者との死合いもまだまだ足りない。


308 名前:されど、竜は踊り続ける ◆ozOtJW9BFA 投稿日:2006/09/08(金) 22:15:23 ID:NDMla4xB
自分が感じていたほど精神的ダメージはないみたいだ。眼鏡は立派に戦い、そして気高く逝ったのであろう。悲しみは一切、無い。
剣を握る力が入りすぎだとかは気のせいであろう。唇から血がでているのもまた………
悲しみなど、悲しみなど……
あるのは、苛立ち。何故、死んだのかッ………!!
胸の中に怒りが静かに湧いてくる。

ここでギギナは自分でも驚く程の冷静な思考を始める。普通の者ならギギナを異常な思考を持つ戦闘狂だと思いがちだが、実際には違う。咒式師、最高の13階梯を持つということは正常な判断力をもつ戦闘狂だということなのだ。



309 名前:されど、竜は踊り続ける ◆ozOtJW9BFA 投稿日:2006/09/08(金) 22:16:40 ID:NDMla4xB
ガユスを殺したのはクエロ・ラディーン!?いや、違う。クエロはこんな状況下でガユスを殺しはしない。不思議な感覚だがそれだけは確信できた。では、誰が!?

「少し情報を集める必要があるようだな。丁度いい、日が落ちる。…………………ガユスを………弔ってやるか………」
自分で口にするとしっかり感じられた。相棒がもういないことを。



数分後、E―4北西に位置する倉庫を目指していた。
先程、眩い光りが倉庫から発していたのを目撃したからだ。森の中を枝から枝へと疾走している内に倉庫から出ようとしている二人組を発見。眼前に降り立つ。そして、自分には一生、縁の無い言葉を。相棒が得意とした交渉の言葉で問掛けた。

「我が名はギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフ。情報交換を所望するッ!」

自分でも似合わないと苦笑した





310 名前:されど、竜は踊り続ける ◆ozOtJW9BFA 投稿日:2006/09/08(金) 22:18:25 ID:NDMla4xB
【E―4/倉庫入口前/1日目・18:33】
【ギギナ】
[状態]:冷静・静かなる怒り
[装備]:屠竜刀ネレトー、魂砕き
[道具]:デイパック1(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
デイパック2(ヒルルカ、咒弾(生体強化系5発分、生体変化系5発分))
[思考]:クエロとガユスとクリーオウの情報収集。ガユスを弔ってやるか。ガユスの仇を………!?。強き者と戦うのを少し控える(望まればする)。クエロを警戒。





311 名前:疑心の芽生え(1/8) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/09/11(月) 22:47:42 ID:5sDI1CNK
坂井悠二、鳥羽茉理と名も知らぬ青年の埋葬を終え、マンションに戻った後で。
藤堂志摩子は考えていた。
由乃が言い残そうとした事を。
それは私達に向けた言葉だろうか。
それともこのゲームには連れられていない由乃最愛の義姉、支倉令に遺した言葉だろうか。
たとえそれがどんな内容でも間違いない事は一つ。
彼女はそれほど切に何かを言い残そうとしたのだ。
もしそれがたった一言の言葉だったとしても、それは大切な意味を持つ事になる。
……そこまで考えて、ふと思った。
彼の方を見ると、たまたまこちらを見ていた目が合った。
「保胤さん、少し構いませんか?」
「なんでしょうか?」
志摩子は保胤に問い掛ける。
「先ほど埋葬された方々は、何か言い残していましたか?」
保胤に一瞬の動揺が走る。
「なぜ、そんな事を?」
その様子に尋ねた志摩子の方が少し戸惑い、答える。
「ただ、気になっただけです。
 彼らも由乃さんのように何か大切な事を言い残そうとしたのでしょうか。
 もしそうなら……その言葉を知って、出来る事をしたい。そう思います」
「…………そうですか。では、話せる事だけでも話しましょう」
保胤は頷き、語り始めた。
「坂井悠二くんについては以前に……いえ、あなたは居ませんでしたね。
 彼はただ、このゲームに必死に抗する事と、それとシャナさんの事を考えていました。
 自らの死を無念に思いながらも、心のどこかでそれを覚悟し、受け入れていました。
 そして不幸にも……皮肉な幸いにも、彼はシャナさんの苦境は知りません。
 骸は包まれ、埋葬の時にシャナさんはもう居なかったからです」
志摩子は神妙に頷く。
遺体は『状態が悪いため』包まれたまま埋葬されたが、彼は志摩子よりも若い少年だという。
彼女のように平和な世界に居たのではないだろう。
それでも自らに当てはめて考えると、自分の覚悟がそこまで貫けるか自信が無かった。

312 名前:疑心の芽生え(2/8) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/09/11(月) 22:48:15 ID:5sDI1CNK
(それでも、そうしなければならない)
生を諦めず、しかし死をも覚悟する、二律背反の決意。
それさえも出来ないようでは、無力な自分は他の足を引っ張る事しか出来ないだろう。
「鳥羽茉理さんについては……」
話そうとし、保胤の視線が別室のドアへと泳ぐ。
竜堂終は今、別室でメフィストの治療を受けている。
「…………藤堂さん。あなたは、竜堂終くんの事をどう思いますか?」
これはきっと、少年の心に関する事だろう。
志摩子は少し考え、答える。
「……とても真っ直ぐで、元気で、強い男の子だと思います。
 こんなにもひどい殺し合いの中で、たくさん失って、たくさん泣いただろうに、
 それでもまだ笑う事ができる……強い男の子です」
でも、と付け加える。
「あんなにも真っ直ぐだから、とても辛いはずなのに」
保胤は頷いた。
きっとそれが彼の望んだ返答だったのだろう。
「では、お話しします。
 ……鳥羽茉理さんは、大きな未練を残して死にました」
その言葉は、話すと決めてもなお躊躇いに満ちていた。
「大切な人……終くんの兄の竜堂始さんを失った事。
 殺し合いに抵抗しようとして叶わなかった事。
 そして逃れようもなく殺される恐怖と絶望に」
志摩子はあの“放送”を思い出す。
響きわたる恐怖に満ちた悲鳴、悲しくも恐ろしいあの“放送”を。
「この事は彼には話していません。
 ですが……あの“放送”を聞き、死体を見たからには想像もできる事でしょう」
志摩子は保胤の言葉の意図を理解した。それはつまり。
「保胤さんは、私に彼を守れというのですか」
「頼めませんか?」
「……………………」

313 名前:疑心の芽生え(3/8) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/09/11(月) 22:49:37 ID:5sDI1CNK
志摩子は言葉に詰まる。
しかし沈黙はそう長い物ではなかった。
死者の言葉を知って、出来ることをしたいと言ったのは志摩子自身だ。
「…………私にそこまでを背負えるかは自信がありません」
その内の想い――それでも良ければ。
それを見て取って、保胤は静かに言った。
「それでも、為そうとすれば為る事は有ります」
「……はい」
志摩子は頷いた。
為せるならば、為そう。

そして志摩子は再び問い掛けた。
「では……あの男の人の死体は、霊は、何を言い残したのですか?」
「…………共にいた鳥羽茉理さんを護れなかった事。
 それとこのゲームへの憤りを含んだ、無念です。
 あとは自らの名前を……シズ、と」
志摩子は少し待ち、問い直した。
「それだけですか?」
「…………え?」
これだけでは意味が伝わらない。少し改めて訊きなおす。
「同じ世界から連れてこられた友人の方などは居ないのでしょうか」
「……居たのかもしれません。けれど目の前の一人に構う事で精一杯だったのでしょう」
「そうですか、それならいいんです」
志摩子の方から聞く事は、他にはなかった。

     * * *


314 名前:疑心の芽生え(4/8) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/09/11(月) 22:50:26 ID:5sDI1CNK
坂井悠二、鳥羽茉理と共に居た青年の埋葬を終え、マンションに戻った後で。
慶滋保胤は考えていた。
青年の遺した言葉を。

埋葬の時、彼はひっそりと語りかけた保胤に、言った。
『私は、君の後ろに居る少女と同じ服を着た少女を殺してしまった』
現世に注意を引いた死者の魄は、保胤の背後の少女、志摩子の姿を捉えていた。
保胤は彼にだけ届くように小さな声で、言った。
「それはまさか、島の北西端の事ですか」
『そうです』
短い肯定。
『彼女は恐怖に錯乱していた。だけど私が殺した事には変わりない。
 もしあの少女が彼女の友であるなら、赦されるとは思わない。
 だけどもし良ければ、せめて謝らしてほしい。すまないと』
青年との会話は本当に短い物だった。
『それと屋上で殺された彼女とその友人にも謝らせてほしい。守れなくて、すまない』
「判りました。……あなたの、名前は?」
『…………シズ』

それだけの会話だった。
彼が鳥羽茉理を守ろうとした事は竜堂終に伝えても良いだろう。
彼はその遺志も自らの意志として前に歩く力にするだろう。
しかし志摩子に対する謝罪はどうするのか。
(憐れみ埋葬した青年が親友を殺した仇だったと知れば、彼女はどうするでしょうか)
道を外れた事はしないと信じたい。
彼女の心には強く優しい仏が住まうのだから。
だが人は誰しもが仏であり、鬼なのだ。
どんな悪鬼の心にもささやかな仏が住まい、そしてその逆もまた真である。
それは逃れえぬ人の業だ。
ましてや業深き殺し合いの島ともなれば、安らかに生きてきたか弱き者には辛かろう。
そこまで考えて、何か違和感を感じた。

315 名前:疑心の芽生え(5/8) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/09/11(月) 22:51:06 ID:5sDI1CNK
志摩子を見つめた。
何かを見落としている、そんな気がする。
志摩子が顔を上げ、保胤に問い掛けた。
「保胤さん、少し構いませんか?」
「なんでしょうか?」
「先ほど埋葬された方々は、何か言い残していましたか?」
丁度その事について考えていただけに動揺してしまう。
(まさか……魄と交わした会話に、気づいていたのですか?)
動揺を極力抑えて訊き返す。
「なぜ、そんな事を?」
聞き返された志摩子も僅かに動揺を見せて返答する。
「ただ、気になっただけです。
 彼らも由乃さんのように何か大切な事を言い残そうとしたのでしょうか。
 もしそうなら……その言葉を知って、出来る事をしたい。そう思います」
(……そうか。由乃さんの言葉を伝えたから)
他の死者の話も聞いているかもしれない。
純粋にそう思った……だけ?
「…………そうですか。では、話せる事だけでも話しましょう」
戸惑いつつも保胤は語り始めた。
坂井悠二については隠すことも無い。僅かな事を出来るだけ教えた。
次に鳥羽茉理について。
そこでふと思いつき、竜堂終の居る別室を見る。
藤堂志摩子は保胤より竜堂終の方が、僅かに古くから居た仲間だ。
そして竜堂終は鳥羽茉理の親友で、シズ青年は鳥羽茉理の事を守ろうとした仲間。
「…………藤堂さん。あなたは、竜堂終くんの事をどう思いますか?」
言ってからこの言い方では語弊を招くかと思ったが、志摩子は真面目に返答する。
「……とても真っ直ぐで、元気で、強い男の子だと思います。
 こんなにもひどい殺し合いの中で、たくさん失って、たくさん泣いただろうに、
 それでもまだ笑う事ができる……強い男の子です」
一度言葉を切り。
「でも、あんなにも真っ直ぐだから、とても辛いはずなのに」

316 名前:疑心の芽生え(6/8) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/09/11(月) 22:52:51 ID:5sDI1CNK
その言葉を聞いて、保胤は彼自身の基準からすれば醜い打算を働かせた。
躊躇いながらも、鳥羽茉理の無念を志摩子に伝えた。
どれほど恐怖と絶望に殺されたのかを伝え、そして言った。
「この事は彼には話していません。
 ですが……あの“放送”を聞き、死体を見たからには想像もできる事でしょう」
藤堂志摩子は少し考え、すぐにその意味を理解した。
「保胤さんは、私に彼を護れというのですか」
「頼めませんか?」
もし、何かの拍子にシズ青年が由乃を殺したという事を知ったとしても、
竜堂終の心が彼女にとって護る対象で、シズ青年が鳥羽茉理を守ろうとしていたならば、
彼女の強すぎる責任感は事を荒立てようとはしないだろう。
そしてもちろん額面通り、竜堂終も傷付いているであろう心を護って欲しい頼みでもあった。
人の死すらも打算に使っている事に軽い自己嫌悪を覚える。
(それでも、私は一人でも傷付かない事を望みます)
「……………………」
志摩子はしばらくの沈黙の末に答える。
「…………私にそこまでを背負えるかは自信がありません」
それは一見すると否定にも聞こえる。心が弱いから出来ないと。
けれどその想いが有るならば、彼女ならそれを果たすだろう。
そう思い安堵し、静かに言った。
「それでも、為そうとすれば為る事は有ります」
「……はい」
志摩子は頷いた。
息を吐く。

そんな彼に、志摩子は再び問い掛けた。
「では……あの男の人の死体は、霊は、何を言い残したのですか?」
「…………共にいた鳥羽茉理さんを護れなかった事。
 それとこのゲームへの憤りを含んだ、無念です。
 あとは自らの名前を……シズ、と」
保胤はシズが由乃を殺した事を隠す事にした。

317 名前:疑心の芽生え(7/8) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/09/11(月) 22:53:32 ID:5sDI1CNK
彼の謝罪までも包み隠してしまう事はすまないと思うが、
そもそも志摩子がこの事に気づかなければ様々な打算を生んだ不安は全て杞憂となるのだ。
保胤が言わなければ、少なくともこの集団の中にそれを知る者は誰も居ない。
「それだけですか?」
「…………え?」
完全に虚を突かれ、呆とした声が出てしまう。
志摩子はすぐに言い直した。
「同じ世界から連れてこられた友人の方などは居ないのでしょうか」
「……居たのかもしれません。けれど目の前の一人に構う事で精一杯だったのでしょう」
「そうですか、それならいいんです」
志摩子はすぐに引き下がった。
保胤は違和感の正体に気づいた。

(まさか、彼女も死者の声が聞こえていたのでは?)
そう勘ぐってしまう。
気のせいだとは思う。
彼女は確かにただの一般人にしても心が強い。
しかし死者の声を聞ける者は、この島で出会った超常の者達を含めても保胤だけだ。
彼らは世界法則と技術体系がまるで違う複数の世界よりこの島に呼び込まれた。
同じ技術を知る者など……

  『私が彼女に遭ったのは、既に殺されてしまった後です。
   彼女の魄は強い未練に引かれて地に縛られていました。
   あ、魄とは……』
  『白骨に宿り地へと還る人の意志ですね。どうぞ続きを』

(あっ…………!)
彼女は保胤が居た世界の死生観を知っていた。
それはつまり……“そういう事”なのだろうか?

もしそうだとすれば、彼女は何を想うだろう。そう、例えば……

318 名前:疑心の芽生え(8/8) ◆eUaeu3dols 投稿日:2006/09/11(月) 22:55:14 ID:5sDI1CNK
(…………私を、恨むかもしれませんね)
親友を殺した仇が目の前の死体である事を知っていながらそれを隠そうとした。
自らの手で親友の仇の埋葬に伴ったという皮肉を止めようとしなかった。
『それだけですか?』
訊ねてきたのは、保胤に正直に話す最後のチャンスを与えたのではないか?
『そうですか、それならいいんです』
それを断った保胤に対して、それならいいと言ったのは……
貴方を許さない、そんな意味なのではないだろうか。

(…………考えすぎです)
そう自らに言い聞かせる。
疑心を杞憂だと拭い去ろうとする。
しかし一度芽生えた疑心は、既に保胤の心に根を張っていた。



【C-6/マンション/1日目・19:50】
【大集団】
【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は大分回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 シャナの吸血鬼化の進行が気になる。
    藤堂志摩子に対して『死者の声を聞ける?』『恨まれた?』という疑心を抱いた。

【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし/衣服は石油製品
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/聖を止める/祐巳を助ける/由乃の遺言について考える
    出来るならば竜堂終の心も心配

319 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/09/17(日) 18:17:40 ID:Bosb49EK
h

320 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/09/17(日) 19:11:02 ID:3WtcL/ab
保守

321 名前:打算、疑念、葛藤、不信(1/13) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/09/20(水) 13:07:47 ID:cD2offQc
 第三回放送が終わり、湖跡地の丘の上には、居心地の悪い静寂が訪れた。
 名簿と地図と筆記用具を収納しつつ、EDは嘆息する。
(状況が変わった。悪い方へ、想像以上の早さで)
 たった6時間で、24名もの犠牲者が亡くなった。
 まだ初日すら終わらぬうちから、参加者は半数以下にまで減った。
 それだけでも厄介だというのに、その上、聞き覚えのある名前が数多く呼ばれた。
 EDの協力者、李麗芳は死んでいた。
(彼女には、死ななければいけない理由などなかった)
 金色の力強いまなざしを思い出し、彼は静かに目を伏せる。
 麗芳と別行動すると決めた過去を、悔やんでいるわけではなかった。
 EDが麗芳に同行していても、死体が一つ増えていただけだった可能性の方が高い。
 彼にできることはそう多くない。そして、己を知らぬ者に戦地調停士は務まらない。
 麗芳の仲間、袁鳳月と趙緑麗も死んでいた。
(さぞかし無念だったろう)
 守るべき友を守れず、倒すべき敵を倒せず、神将たちは命を落とした。
 EDが個人的に関心を持っていた相手、霧間凪も死んだ。
(一度、会って話したかった)
 言いたかったことも、訊きたかったことも、諦めるしかなくなった。
 懐中電灯を取り出しながら、さらにEDは思索する。
 ヒースロゥ・クリストフが健在なのは幸いだ。
(だが、あいつは殺人者を――手駒にできるかもしれない参加者をきっと殺していく)
 仲間を一気に失った李淑芳は、もはや正気でいるかどうかすら怪しい。
(自殺するかもしれない。最悪の場合、無差別に他者を襲うようになるかもしれない)
 宮下藤花の生存は、喜ぶべきことなのか判断しかねる。
(目的は、優勝でも脱出でも復讐でも私闘でもなさそうな気がする。得体が知れない)
 ED以外の三名にとっては縁の薄い面々だが、その生死は島全体に影響する。
 影響の大小には差があるものの、どれ一つとして無視はできない。

322 名前:打算、疑念、葛藤、不信(2/13) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/09/20(水) 13:08:44 ID:cD2offQc
 他にも様々なことを考えながら、EDは周囲に視線を向けた。
 蒼い自動歩兵は、霧の中で、無言のまま天を仰いでいた。
 赤い血文字は、ただ【…………】と沈黙を表現している。
 彼らから得た情報と第三回放送の内容を頭の中で並べ、EDは決断する。
「灯台へ向かう前に、やるべきことが増えました」
 眠り続ける風見を起こさない程度の声で、仮面の男が言い放つ。

                   ○

 EDから用事を頼まれて、子爵は地下通路へ戻ろうとしていた。
 麗芳に宛てた置き手紙を処分してくること、それが用件だった。
 気持ちの整理をするための時間を、大義名分つきで与えられた形だ。
【……こうなった場合も考えて用意した置き手紙か】
 このまま子爵が誰かの仇討ちに向かい、戻ってこなくなる可能性も承知の上だろう。
 しかし、そうはならないとEDは見越しているはずだ。
 故郷にいた頃からの知人は早々に死んだこと、次の夜明けまでは活力を補充できない
こと、それに、自分は紳士であるということ――それらを子爵はEDに伝えていた。
 我を忘れて暴走したくなるほど特別な誰かはこの島におらず、自身の弱体化具合を
正確に理解しており、約束を破る不名誉を嫌っている、と告げたようなものだ。
 どことなく様子がおかしくなった自動歩兵と対話するなら一対一の方がやりやすい、
という思惑もEDにはあっただろう。
 彼が子爵を遠ざければ、それは“蒼い殺戮者に対する脅迫”という手段を捨てた証と
なる。実行する気はなくても、子爵の能力をもってすれば風見を人質として使うことが
可能ではあった。その選択肢をあえて潰してみせることで、誠意を示したわけだ。
 また、冷徹なまでに感情を封じる自制心こそが、あの丘の上では必要とされていた。
辛く苦しい役割を、EDは一人で引き受けようとしている。
【……今は、彼の厚意に甘え、任された仕事をしよう】
 移動しながら、多少なりとも関わった参加者たちのことを、子爵は回想する。
 EDたちと合流するまでに、悲嘆も憂慮も済ませておくべきだった。

323 名前:打算、疑念、葛藤、不信(3/13) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/09/20(水) 13:19:10 ID:cD2offQc
 凛々しく毅然としていた赤ずくめの美女、哀川潤は死んだ。
【おそらくは、誰かを守るために戦って死んだのだろう】
 最後に守ろうとした相手が誰だったのかは判らないが、それだけは確信できる。
 福沢祐巳は死んでいないが、それは祐巳自身の意思と力によってではない。
【あの子に、再び会わねばなるまい。何があったのか確かめる必要がある】
 紳士としての矜持と、力を与えた者としての責任感が、決意の源だった。
【それに、カーラとやらの目的も気になるところだ】
 一筋縄ではいかない存在なのだろう、と子爵はカーラを評する。
 キーリという少女は死に、彼女を探していた青年、ハーヴェイは生きている。
【彼は彼女に会えたのだろうか? 今、どこで何をしているのだろうか?】
 どんな想いで彼が放送を聞いたのか想像して、子爵はまた少し悲しくなった。
 ハーヴェイに教えてもらった危険人物、ウルペンは生きている。
【天敵、ということになるのだろうな】
 彼が使うという“乾かす力”は、子爵に致命傷を与えられる能力だと思われる。
 また、彼が持ち去ったという炭化銃は、すさまじい殺傷力を備えているそうだ。
 リナ・インバースも生きているが、その傍らに支え合う仲間がいるかは判らない。
【孤独と不安と憎悪に負けて、自暴自棄になっていてもおかしくはないか】
 会えたとしても、アメリアの最期を伝える前に、襲いかかってくるかもしれない。
 佐藤聖と十叶詠子の名前も、案の定、放送では呼ばれていない。
【どうにか上手く協力できればいいのだが】
 あの二人の在り方は、それぞれ他者と共存しづらい面がある。できることなら敵対は
避けたいところだが、皆が納得できそうな妥協点はなかなか見つかりそうにない。
 彼女たちと情報交換したときのことを思い出し、子爵の移動速度が鈍くなる。
 EDや麗芳をできるだけ襲わないでほしい、と子爵は頼んだが、EDや麗芳の知人に
関しては言及していない。麗芳のことも信じていなかったが、彼女を疑っていなかった
EDの判断を子爵は信じた。EDが最後に麗芳と会ってから長い時間が経っていたわけ
ではなく、その時点で麗芳が敵である可能性は低かった。だから盟友として認めた。

324 名前:打算、疑念、葛藤、不信(4/13) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/09/20(水) 13:20:33 ID:cD2offQc
【……見知らぬ盟友候補者を、無条件に信じることはできない】
 子爵にとっては、信用できない盟友候補者たちよりも、聖と詠子の方が大切だった。
 こんな状況下では、温和だった人物が他者を襲ったとしても、驚愕には値しない。
【誰か一人への好意は、それ以外の全員に対する悪意と表裏一体であるが故に】
 誰か一人を救うため、それ以外の全員を殺す――そんな決着を望む者もいるだろう。
【盟友候補者の誰かが血塗られた道を選んでいたとしても、不思議ではない】
 異常な早さで命が奪われているこの島で、敵かもしれない相手を信じるのは難しい。
 詠子の語った、佐山御言とダナティア・アリール・アンクルージュは存命中だ。
【さて、その二人は本当に先導者なのか、それともただの煽動者なのか】
 伝聞のみを根拠にした憶測ではどちらとも断定できないが、会えば判ることだろう。
 祐巳や聖の友人だという藤堂志摩子も、生き残っている。
 話を聞いた限りでは、じっと隠れているよりも友人を助けに行くことを選ぶ性格の
少女らしいが、最弱に近い程度の力しかないそうだ。ならば独力での生存は難しい。
【十中八九、かなりの実力者と一緒にいるのだろう。いや、実力者“たち”か?】
 だが、彼女の庇護者が必ずしも善良であるとは限らない。他者を油断させるために
利用されているのかもしれないし、24時間以内に誰も死ななそうなとき殺せるように
保護されているだけなのかもしれない。
 また、善良なのか判らないという点では、志摩子も同じだ。
 今の彼女が普段と同じ彼女であるという保証は、どこにもない。
 他者を利用しているのは彼女の方なのかもしれない。ひょっとしたら、騙し討ちで
幾人か殺していたりするのかもしれない。疑うことは、とても簡単だった。
 地下通路に到着した子爵は、手紙を念力で運び、水中に沈めて引き裂いた。
 休まず作業をこなしながら、子爵は追憶し続ける。
 ついさっきまで手紙だった物が、解読不能なほど細かく分割され、流されていく。

                   ○

 蒼い殺戮者は、『ゲーム』が開始された直後の記憶を思い出していた。

325 名前:打算、疑念、葛藤、不信(5/13) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/09/20(水) 13:21:42 ID:cD2offQc
 天を目指してどんなに飛んでも、一定以上の高度からは上昇が不可能になる。
 試さなくても、水平方向への飛翔にも限界が設定されていると想像はつく。
 視線を上げた先にあるのは、空の紛い物でしかなかった。
(あの空の彼方には、何者も飛んで行けない。ならば、この島で体を失った魂は、この
 箱庭じみた世界から決して出られないのではないか?)
 しずくを探しに行きたいという衝動が、培養脳の中で暴れている。
(せっかく得た協力者たちを置いて去り、この同盟から脱退してまで、しずくの捜索は
 今すぐにやるべきことか?)
 同時に頭の片隅では、行動方針の変更を拒絶する思考が延々と繰り返されている。
 結果として、一歩も動かず、一言も語らず、蒼い殺戮者は数分間を無為に過ごした。
「…………」
 放送でしずくの名前を聞いた瞬間に、蒼い殺戮者の中で、何かが変わった。
 その変化を、まだ彼は処理しきれていない。
 蓄積してきた記憶にはない、初めての感覚を、蒼い殺戮者は持て余していた。
 培養脳が軋んでいるかのようなその錯覚が何なのか、彼には判らなかった。
「念のために訊いておきますが」
 子爵を見送り、振り返ったEDの仮面が、蒼い殺戮者に向けられる。
「しずくさんという方は、あなたの大事な方なんですよね」
 質問ではなく確認だった。
 それくらいは、放送を聞きながら周囲を観察してさえいれば、誰にでも判ることだ。
 蒼い殺戮者の視線がEDの視線と交錯し、それだけでEDは事実を把握した。
「では、この島に間違いなくしずくさん本人がいたという確信はありますか?」
 こつこつと指先で仮面を叩きながら、EDが言葉を継ぎ足す。今度は質問している。
「……いや、同名の別人だったという可能性も一応はある」
 蒼い殺戮者の答えに、仮面を叩く指先が止まった。

326 名前:打算、疑念、葛藤、不信(6/13) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/09/20(水) 13:22:37 ID:cD2offQc
 興味深げな口調で、EDは問う。
「最初の、管理者たちと対面した場所では、しずくさんを見なかったんですか?」
 そんなことを訊いてどうするのかよく判らないまま、それでも自動歩兵は答えた。
「そうだ。あの場所では今以上に機能が制限されていて、ろくに行動できなかった」
 反抗を警戒して念入りに施された処置だと仮定すれば、つじつまは合う。
 指先が、また仮面を叩き始めた。
「しずくさんからはあなたの巨体が見えていたとしても、あの場所で勝手な真似をして
 殺されるくらいなら動かずにいたい、という心理は当然でしょうね。しずくさんが
 本当にいたとすれば、ですが」
「何が言いたい?」
「おかしいんですよ。たった18時間のうちに60名が死に、さっきの放送では24名も
 死んだと言っていましたけれど、いくらなんでも死にすぎているとは思いませんか?
 本当に、そんな大勢の参加者が亡くなっているんでしょうか?」
 かすかに怪訝そうな声音で、蒼い殺戮者は問答を続ける。
「参加者の大半が索敵能力を備えた戦闘狂だとするならば、ありえなくはない数字だ」
 蒼い殺戮者が出会った参加者のうち、彼に対して敵意を向けなかったのは、風見と
EDと子爵だけだ。それ以外の遭遇者たちは、多かれ少なかれ平和的ではなかった。
 世知辛い結論に至るのも仕方ないといえば仕方ない。
 だが、その意見をEDは即座に否定する。
「ありえません。まだあなたには教えていない情報を、僕は麗芳さんや子爵さんから
 得ていますが、その中には他の参加者についての情報も含まれています。どう見ても
 そんじょそこらの一般人でしかないような参加者もいたそうですよ。無益な争いを
 厭う方々だって結構いたようです」
「何故、その情報が真実だと判る?」
 誤報からは誤解しか生まれない。裏付けのない情報を鵜呑みにすることはできない。

327 名前:打算、疑念、葛藤、不信(7/13) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/09/20(水) 13:23:19 ID:cD2offQc
 大袈裟に肩をすくめて、戦地調停士は苦笑してみせた。
「これでも僕は交渉の専門家ですから、情報の分析は得意でして。それに、僕みたいな
 口先だけが取り柄の人間まで招かれているくらいですから、荒事が苦手な参加者も
 それなりにいると考えるべきですよ。まさか僕を戦士だとは思っていませんよね?」
 EDの度胸は並ではないが、それは文官の強さであって、武人の強さではない。
 実戦経験豊富な自動歩兵からすると、瞬殺できそうな相手にしかEDは見えない。
「…………」
 蒼い殺戮者の無反応を、黙認の表現だと理解し、戦地調停士は言葉を重ねていく。
「そういう方々の多くが殺し合いに耐えかねて自殺している、とは考えにくいですね。
 自殺志願者や戦闘狂を参加者として集めたというなら、どちらでもない例外ばかりが
 こうやって関わり合っていることになります。明らかに不自然でしょう」
「では、どう考えれば筋が通る?」
「参加していない人物を参加者であるかのように扱い、知人と再会できないまま死んだ
 ということにする。知人を殺されたと思い込んだ参加者は、復讐者となり仇を探す。
 けれど、いつまで探しても仇が見つかることはない。いずれ復讐者は生き残り全員を
 疑いの目で見るようになり、やがて仇でも何でもない参加者を襲い始める――あんな
 連中ならば、こういう筋書きを喜んで用意しそうですよね」
 目元を覆う仮面の下で、唇の端が歪められる。
「無論、生贄役に本人を用意した上で主催者側が直々に殺して回ったとしても、疑念を
 育てることはできます。しかし、手間暇かけて本物を使ったところで、劇的に効果が
 増すというわけではないでしょう。わざわざ本人を用意してまでそんなことをする
 くらいなら、ありのままの状況で殺し合わせた方が合理的だ、とは思いませんか?
 まぁ、実際は、何の作為もないとは考えにくいほど犠牲者が増え続けていますが」
 これは、しずくの名前を利用して蒼い殺戮者を暴れさせようとする陰謀ではないのか
――そんな可能性をEDは提示している。しずくは今も生きているのではないか、と。
「…………」
 蒼い殺戮者は、徐々にではあるが落ち着きを取り戻していった。

328 名前:打算、疑念、葛藤、不信(8/13) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/09/20(水) 13:24:38 ID:cD2offQc

                   ○

 内心の緊張を、EDは少しも態度に出さない。
 もっともらしく述べた仮説をED自身があまり信じていない、と気づかれるわけには
いかなかった。そんなことになれば、蒼い殺戮者が離反するおそれさえある。
 騙してでも、欺いてでも、今ここで戦力の分散を許すべきではなかった。
 もうすぐ子爵が戻ってくる。そうなれば出発の準備は終わる。
(まずは灯台へ向かい、先客がいれば交渉し、交渉が決裂すれば制圧を考え、勝ち目が
 ないと判断すれば逃亡する。誰もいなければ、そのまま灯台に潜伏すればいい)
 拠点を確保できれば、その後の活動は少しだけ楽になる。
 疲弊している風見の護衛として、活力の消費を抑えたがっている子爵に留守を任せ、
EDや蒼い殺戮者は単独行動ができるようになる。
(まぁ、僕が拠点に常駐していても大して役には立たないからな。手分けして動くべき
 だろう。人手も時間も無駄にしている余裕はない)
 体力に自信がないEDは、しばらく拠点で休息してから探索を再開するつもりだ。
 しかし、蒼い殺戮者はすぐにでも動きたがるに違いない。
(BBさんがいる間に風見さんを起こして、事情を説明しておく必要があるか。詳細な
 情報交換も、できればそのときに済ませてしまいたいが)
 そこから先のことは、臨機応変に決めていくしかないだろう。
 目先の問題についての思考が一段落し、大局を見据えて悩む時間が始まった。
(我々の生き死にを弄ぶ、何らかの作為が見え隠れしている。それは確かだ。しかし、
 その作為がいかなるものなのかは判らない。謎を探るための方法さえ判らない)
 赤い血溜まりが、丘の上へと登ってきた。
(今はただ堪え忍び、力を蓄えていくしかないということか)
 地面に降ろしていたデイパックを再び背負い、EDは口を開く。
「それでは、灯台へ行きましょうか」
 ごくわずかにではあったが、霧は薄くなり始めていた。

329 名前:打算、疑念、葛藤、不信(9/13) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/09/20(水) 13:25:19 ID:cD2offQc

                   ○

 時計の針は20:10を示している。
 時刻を確認し、懐中電灯のスイッチを切って、風見は溜息をつく。ベッドの上で体を
丸めて目を閉じても、睡魔は訪れてくれなかった。
(今は、さっさと元気にならないといけないのに)
 部屋の扉の向こうからは、寝ていた間に増えていた同行者の声が聞こえていた。
 増えた協力者の片方は声を出せないので、電話で話しているかのように聞こえる。
 どうやら、DVDが面白かったとかいう世間話をしているらしい。
(こんな状況下で雑談かぁ……現実逃避したくなってるのか、実は大物なのか、単に
 頭がおかしいのか……あー、ひょっとしたら、その全部かもしれないわね)
 仮面の変人やら自称吸血鬼の血溜まりやらが隣にいても、あまり風見は気にしない。
普段の環境が似たようなものだったせいだろう。
(参ったな)
 風見が蒼い殺戮者に起こされて、ここがA-7の灯台であることや、二名の参加者と
遭遇した末に協力していることなど、いろいろ説明され終わったのが数十分前だ。
 その後で、食事をしたり、EDから解熱沈痛薬やビタミン剤を譲られて服用したり、
四名そろって情報交換したり、そういった雑事を風見は済ませていた。
 風見が作って持ち歩いていた朝食の残りは、制作者自身の胃袋へ収まった。風見は
EDにも試食を勧めたが、「第三回放送の前にパンを食べたばかりですから」と言って
彼は丁重に辞退した。子爵が【病人なのだから、遠慮なく栄養を独占したまえ!】と
書き綴り、それを読んだ風見は思わず苦笑したものだった。
 今、休む時間と個室と寝床を与えられ、けれど風見は眠れないでいる。
(これから、どうなるんだろ)
 灯台には何者かが潜伏していた形跡があり、しかし滞在者はおらず、死体もなく、
罠の類や怪しい仕掛けも発見できなかった。一同は、この灯台を拠点として使うことに
なったわけだが、絶対に安全だという保証は当然ない。

330 名前:打算、疑念、葛藤、不信(10/13) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/09/20(水) 13:26:15 ID:cD2offQc
 19:00にC-8が禁止エリアになったため、そこにいた参加者が灯台を訪れるという
事態は充分にありえる。運が悪ければ戦闘になるはずだ。
(今のうちに覚悟しとこう)
 EDも子爵も悪人ではなさそうだったが、風見をどうしても助けなくてはならない
理由など彼らにはない。自分の命を危険に晒してまで風見を守らねばならないような
義務も彼らにはない。
 現時点でもEDや子爵は充分に親切だ。これ以上を望むのは傲慢というものだろう。
(私を置き去りにして、彼らが敵から逃げたとしても、それを恨むのは筋違いよね)
 また、襲撃者が吸血鬼だった場合、血に飢えることがどれほど苦しいのか知っている
子爵は、無意識のうちに手加減をしてしまうかもしれない。殺すつもりで襲ってくる
吸血鬼を、できるだけ殺さないつもりで倒そうとする子爵が躊躇しながら迎撃すれば、
結果的に風見やEDを守りきれなくなるかもしれない。
 蒼い殺戮者は、さっき灯台を去り、探索をしに行った。再会できるのは、早くても
第四回放送が始まる頃だ。心細いと風見は思う。しかし、仲間を集めて脱出するなら、
どうしても誰かが拠点から動かねばならない。
 しばらく休憩した後で周辺の様子を見に行く予定だとEDも言っていた。
 蒼い殺戮者がいない間に、EDや子爵が風見を殺そうとする――そんなことが起こる
確率は今のところ低い。EDも子爵も理知的な参加者だった。比較的簡単に殺せそうな
病人を殺すつもりなら、なるべく後で殺したがるだろう。“誰も死ななかった”という
放送が三回連続するまでは、殺害を急ぐ必要がないからだ。
 情報交換の際に、EDは「毒薬や睡眠薬も支給されました」と言って、付属していた
説明書を他の三名に公開していた。風見に毒を盛る気ならこんなことはしない、と皆に
確信してもらうための行動だろう。故に、風見は毒殺される心配をしていない。
 けれど、風見は、EDから睡眠薬をもらう気にはなれなかった。
 薬の力で眠ったら、敵が現れたときに起きられないかもしれない。
 風見はEDや子爵を殺人者だとは思っていないが、いざというとき頼りになる味方だ
とも思っていない。
 ――“今のところ敵対していない相手”は“仲間”と同じものではない。

331 名前:打算、疑念、葛藤、不信(11/13) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/09/20(水) 13:26:52 ID:cD2offQc
 蒼い殺戮者から聞いた第三回放送の内容を、風見は思い出す。
(覚も佐山も、それから海野千絵も、まだ生きてる。会えるといいんだけど)
 情報を大量に集めていた子爵でさえ、出雲の居場所や千絵の現状などについては何も
知らなかった。佐山についての情報はあったが、すぐに合流できるほど詳しくはない。
 佐山は新庄の死をも受け止め、進撃することを選んだという。
(なんとなく、そんな気はしてた)
 眉尻を下げ、風見は複雑な表情をした。
 生きていてほしい相手だけでなく、死んでほしい相手も生きている。
(甲斐も、ドクロとかいう自称天使も健在か。正直、あんまり関わりたくないわね)
 物部景の仇は生死不明だ。名前が判らない以上、放送では確認しようがない。
(もしも、あの銃使いと再会したら、そのとき私はどうするのかしら?)
 自問に自答は返らない。
 第二回放送の頃に機殻槍を持っていたという青年、ハーヴェイは死んでいない。
(G-Sp2が飛んだ理由を知ってるなら、私に対する印象は最悪でしょうね……)
 緋崎正介が死に、危険人物は一人減った。
(でも、緋崎を殺した参加者は、緋崎より危険かもしれない)
 蒼い殺戮者の探していた三名のうち、一人は亡くなり、二人は生きていたという。
 今ここにはいない自動歩兵の横顔を、風見は思い出す。
(大丈夫……なのかな)
 表面上は平然としているように見えても、苦悩を隠しているということもある。
 第三回放送で告げられた死者の総数は24名に及んだ。ひどく異様な状況だった。
(参ったな)
 EDの語った“主催者側による偽情報説”を信じていいのか否か、風見は迷う。
 顔をしかめて、風見は寝返りをうった。

332 名前:打算、疑念、葛藤、不信(12/13) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/09/20(水) 13:27:36 ID:cD2offQc
【A-7/灯台付近/1日目・20:05頃】

【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:精神的にやや不安定/少々の弾痕はあるが、今のところ身体機能に異常はない
[装備]:梳牙
[道具]:なし(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:この島で死んだという“しずく”が、己の片翼たる少女だったのか確認したい
    /風見・ED・子爵と協力/火乃香・パイフウの捜索/第四回放送までに灯台へ戻る予定
    /脱出のために必要な行動は全て行う心積もり

【A-7/灯台/1日目・20:15頃】
『灯台組』
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:健康
[装備]:仮面/懐中電灯
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン3食分・水1400ml)/手描きの地下地図
    /飲み薬セット+α(解熱鎮痛薬とビタミン剤が1錠減少)
[思考]:同盟を結成してこの『ゲーム』を潰す/この『ゲーム』の謎を解く
    /しばらく休憩した後、周辺の様子を探り、第四回放送までに灯台へ戻る予定
    /盟友候補者たちの捜索/風見の看護
    /暇が出来たらBBを激しく問い詰めたい。小一時間問い詰めたい
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ

333 名前:打算、疑念、葛藤、不信(13/13) ◆5KqBC89beU 投稿日:2006/09/20(水) 13:28:17 ID:cD2offQc
【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:やや疲労/戦闘や行軍が多ければ、朝までにエネルギーが不足する可能性がある
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最期を伝え、形見の品を渡す/祐巳のことが気になる
    /盟友を護衛する/灯台に滞在する/同盟を結成してこの『ゲーム』を潰す
    /いろいろ語れて嬉しいが、まだDVDの感想については語り足りない
[備考]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    会ったことがない盟友候補者たちをあまり信じてはいません。

【風見千里】
[状態]:風邪/右足に切り傷/あちこちに打撲/表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり
[装備]:懐中電灯/グロック19(残弾0・予備マガジンなし)/カプセル(ポケットに四錠)
    /頑丈な腕時計/クロスのペンダント
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式/缶詰四個/ロープ/救急箱/空のタッパー/弾薬セット
[思考]:早く体調を回復させたい/BB・ED・子爵と協力/出雲・佐山・千絵の捜索
    /とりあえずシバく対象が欲しい
[備考]:濡れた服は、脱いでしぼってから再び着ています。
    EDや子爵を敵だとは思っていませんが、仲間だとも思っていません。

※地下通路に残されていた麗芳宛ての置き手紙は処分されました。

334 名前:夜の道を往く者との対面 ◆ozOtJW9BFA 投稿日:2006/09/20(水) 23:55:09 ID:uHIWMxYq
 今夜のミラノは雷雨の様だ。
ここミラノにある剣の館の窓にも激しい雨が叩きつけられている。
その館の執務室で二人の女性による密談は一時間を過ぎようとしていた。

「つまり私達に救援を求めると、そういうことですか、バベル議長?」

執務室の椅子に持たれかかりながら紅い法衣を纏った“世界でもっとも美しい枢機卿”━━━━カテリーナ・スフォルツァは向かいに座る山羊の角が生えた天使に情報の確認をする。

「その通りじゃ、ミラノ公」



335 名前:夜の道を往く者との対面 ◆ozOtJW9BFA 投稿日:2006/09/21(木) 00:00:58 ID:uHIWMxYq
あの忌まわしき主催者を打倒するにはルルティエでは荷が重すぎる。他の打倒者達も同じ考えであった。主催者を倒し、参加者を助けるには生半可な戦力では不可能。しかも、あちらの状況も戦力も一切不明。参加者の生死すらもわからずじまい。

336 名前:夜の道を往く者との対面 ◆ozOtJW9BFA 投稿日:2006/09/21(木) 00:03:27 ID:zJfYpO8P
会議は止まり誰もが絶望する中、眼帯をした一人の天使が一つの希望を口にした。

「主催者を打倒するためには主催者に詳しい方をここに連れて来たほうがいいのではないでしょうか」

その提案はすぐさま賛成され、ルルティエ議長は主催者と闘っているという機関のトップとコンタクトを取ることに成功したのだった。


「わかりましたバベル議長。『ガンスリンガー』、『クルースニク』彼をこの部屋に」

「肯定(ポジティブ)」

それまで二人の会話を部屋の隅で聞いていた小柄な神父は主の言葉を聞き、部屋から音も無く出ていってしまった。




337 名前:夜の道を往く者との対面 ◆ozOtJW9BFA 投稿日:2006/09/21(木) 00:05:29 ID:zJfYpO8P


「ミラノ公!話を聞いておられなかったようじゃな!わらわは『戦力』と言ったはずじゃ!一人の力で何が出来るのじゃ!?」

ドクロやその他の参加者を助けるというのに一人だけじゃと!
この麗人は何を言っているのか……

今ここに『ガンスリンガー』がいたならばバベルに銃を向けていたであろう。だが、天使の責めを止めたのは麗人の一言だった。

「はい、聞きましたよ。議長」

「では何故…」

「手元にいて、なおかつこの任務に合っているのは彼しかいません。そして今ココにくるのはAx最高の派遣執行官です。それと同時に私が一番信頼している人物。お茶でもどうです?彼がくる時間までには、一杯の紅茶を飲む時間くらいはあるでしょう。」

……それではいただくとするかの……」



338 名前:夜の道を往く者との対面 ◆ozOtJW9BFA 投稿日:2006/09/21(木) 00:06:09 ID:zJfYpO8P

麗人が『クルースニク』とやらを話す時の顔を見ていたら、何故か怒れる気持ちも治まってしまった。話しをしている時の目が全てを語っているのを聡いバベルは悟った。

ホログラム姿のおっとりとしたシスターの出した紅茶(とても美味しい)を飲んで一息ついた頃、彼は現れた。
廊下をドタドタと走りながら入って来たのは、泥だらけの格好をした長身の神父。
王冠の様な銀髪には泥がつき、冬の湖色の瞳を隠すようにかけている牛乳瓶の蓋にも見える分厚いメガネにも泥がついていた。

「す、すいませ〜んカテリーナさん。雨のせいで道がぬかるんでいたせいかコケてしまいましてね、」
「ナイトロード神父、議長に自己紹介を……。」


339 名前:夜の道を往く者との対面 ◆ozOtJW9BFA 投稿日:2006/09/21(木) 00:06:56 ID:zJfYpO8P

「ナイトロード神父、議長に自己紹介を……。」

ノッポの神父のアホ話を切ったのは頭に青筋を浮かべた麗人だ。今にも噴火寸前の気配を感じるとナイトロード神父は、ずれたメガネを直し、軽い会釈をする。

「これは、これは。トレス君から話は聞いています。Ax派遣執行官アベル・ナイトロードです。どうぞよろしくバベル議長(ハート)」

この時の感情をなんと表現すればよいのじゃろう?
不安?裏切り?落胆?失望?
否!
無気力であった……倒れそうになった…………
このままルルティエに帰るとはどうじゃろう?
一瞬そんな考えが頭によぎったが背に腹は変えられない。こう見えてこの男は何かとんでもない能力でもあるのではないじゃろうか?………そうであってくれ!

珍しく泣きそうになるのを堪えながら、差し出された手に笑顔で握手をする。握り潰したくなるのを我慢しながら。

こうして、天使は“02”に出会った


【現地時間22:05】

【ロア内時間19:05】

バベルちゃん/アベル・ナイトロードは参加者ではありません

バベルちゃんは主催者を薔薇十字騎士団だけとしか知りません


340 名前:夜の道を往く者との対面 ◆ozOtJW9BFA 投稿日:2006/09/21(木) 00:13:14 ID:zJfYpO8P


ノッポの神父のアホ話を切ったのは頭に青筋を浮かべた麗人だ。今にも噴火寸前の気配を感じるとナイトロード神父は、ずれたメガネを直し、軽い会釈をする。

「これは、これは。トレス君から話は聞いています。Ax派遣執行官アベル・ナイトロードです。どうぞよろしくバベル議長(ハート)」

この時の感情をなんと表現すればよいのじゃろう?
不安?裏切り?落胆?失望?
否!
無気力であった……倒れそうになった…………
このままルルティエに帰るとはどうじゃろう?
一瞬そんな考えが頭によぎったが背に腹は変えられない。こう見えてこの男は何かとんでもない能力でもあるのではないじゃろうか?………そうであってくれ!

珍しく泣きそうになるのを堪えながら、差し出された手に笑顔で握手をする。握り潰したくなるのを我慢しながら。

こうして、天使は“02”に出会った


【現地時間22:05】

【ロア内時間19:05】

バベルちゃん/アベル・ナイトロードは参加者ではありません

バベルちゃんは主催者を薔薇十字騎士団だけとしか知りません


341 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/09/30(土) 21:12:25 ID:61zsJncg
保守

342 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/10/05(木) 20:53:20 ID:meMY3snG
保守

343 名前:半分の月さえのぼらない (1/12)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/10/07(土) 23:46:47 ID:lUz67/69
 家屋の探索を終えて外へ出ると、緩やかな夜風が肌を撫でた。少し冷えるが、ざわつく思考を鎮めるにはちょうどいい。
 左手の懐中電灯を闇に向け、一通り周囲を見渡した後、キノは小さく息をついた。
 空を緋色に塗り潰していた太陽は既に沈み、分厚い雲が空を覆っていた。自分の足音以外の音はなく、自分以外の人影は未だ見つからない。
(すれ違ってるだけかもしれないけど……早めに情報が欲しいのに、まずいなぁ)
 時計が示す時刻は十九時五分前。もうすぐ新たな禁止エリアが増える。その区域は、このC−3の可能性もある。
 確実な情報である放送を聞き逃してしまった代償は、不安と焦燥となって精神を削っていく。
 結局、他の参加者に直接尋ねるしかなかった。ゆえに闇に隠れることはせず、堂々と懐中電灯を使っていた。
 出来る限り友好的に振る舞い、必要な情報を得る。その後は空いている右手で携行した銃器を抜くだけだ。
(でも、その出会った参加者が零崎みたいな人間だったらどうすればいい?)
 胸中で自問し、同時に浮かんだ虚無の瞳をすぐさま首を振って打ち消す。
 出会えば、誰であろうと殺すしかない。ここでは生き残るためには誰かの犠牲が必要なのだ。
 殺せるか否かを考えるのではなく、殺さなくてはいけない。師匠の死が無駄になることだけは絶対に避けなくてはならない。
 恐れの残滓を振り切ると、キノは懐中電灯の照らす先へと一歩踏み出した。
 現在地であるC−3東端から、特に店舗が密集している中央へと移動。その後周囲の大規模な建造物を優先して回る。
 そんな予定を立てていた。が。
「……え?」
 二歩目を踏み出そうとした直後。
 遠方の黒の視界に、突如銀の色が混じった。
 ちょうど目的地にしていた商店街の中央辺り。そこに、白銀の塊があった。
 よく見ると人の形をした、ここからでも目立つ巨大な何か。先程までは絶対に存在していなかった異物。
 疑問符だけが溢れるこちらの思考を裂くように、それは泣き声ともつかない雄叫びを上げた。


                           ●





344 名前:半分の月さえのぼらない (2/12)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/10/07(土) 23:47:33 ID:lUz67/69
 叫びの後に叩きつけられた拳は、後方にあったはずの建造物を一瞬にして瓦礫の山にした。
 家の壁一枚隔てて迫る衝撃波に、パイフウは身を伏せて耐えた。窓ガラスが一斉に割れた音が、怒号に奇妙な彩りを加える。
 その音と振動が少し静まると、すぐに窓枠から身を投げた。防刃加工が施された外套がガラスの尖りを流し、硬い感触だけを肌に伝える。
 痛みを訴える左脚以外の四肢を無視して立ち上がり、しかしふたたび衝撃が生まれた。
 今度は少し離れていた。八百屋らしき建物が、地面に押し付けられてはぜる。
 陳列されていた一部の果物が転がり落ち、しかし空気の圧迫に耐えきれず汁をまき散らして潰れる。
 それをすべて見ることなく、全力で疾駆する。叫声と破壊音は途切れることなく続く。
 大地が震えるたび、身体が崩れそうになる。踏み締めた先の水溜まりから泥水が跳ね、靴に入る。
 髪が脂汗で頬に張り付く。身体を灼き、同時に凍えさせるような重圧が背中を蝕んだ。
(あれは、何?)
 答えのでない問いを胸中で繰り返す。
 店舗の列から外れた家屋に身を潜めていたときだった。突然何の兆候もなく、後方にあの巨人が現れた。
 まるで最初からそこにいたかのように自然に、しかし不自然すぎる銀色の巨体を隠そうともせずにそこに存在していた。
 それがつい先程自分に使われそうになった何かだと確信した直後、叫びを合図に蹂躙が始まった。
「っ──」
 飛んできたコンクリートの破片を紙一重で避け、動かない右脚を引き摺って前進する。
 銀の巨人はこちらなど見向きもせず、ただ目の前にある建物を手当たり次第に破壊し続けている。
 鎧のような滑らかな外殻が、夜に溶けることなく存在を主張している。その闇すら裂くように機敏に動き、まだ壊れていないものを見つけると両腕を振り上げる。
 その鉄槌に潰されるのが先か、あるいは建物の崩壊に巻き込まれるか。どちらも死ぬなら同じことだ。
 あの少女が放った糸と同じ異質な、しかし比較にならない程の強大な気が肌を粟立たせる。
 化け物としか形容できない、文字通り住む世界が違う怪物。
 その重圧に肩が僅かに震えているのがわかり、パイフウは少し笑った。こんな大怪我をするのも、恐怖を覚えるのも久しぶりだ。

345 名前:半分の月さえのぼらない (3/12)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/10/07(土) 23:48:08 ID:lUz67/69
 エンポリウムでの日常がどんなに温く甘く、そして愛おしいものだったかを知る。それを守るためにも、自分は生き残らなければならない。
 商店街の終端に辿り着き、雑貨屋らしき店の壁に身を寄せ、辺りを窺う。
 わざわざ探らなくとも感覚を塞ぐ気配は、先程からあまり動いていない。建ち並ぶ店舗を潰すのに没頭しているようだ。
 しかしその後方に目を向け、止まる。
 小柄な少女がそこにいた。自分が殺そうとして失敗し、今自分を殺そうとしている化け物の主。
 その表情は復讐の憎悪にも自暴自棄な狂気にも冒されていない。ただ足下の蟻でも眺めるように、熱を持たないぼんやりとした視線を巨人に向けている。
(あの子を殺せば、あれは止まる?)
 考えて、すぐに無駄な思考だと気づく。今の自分には彼女を殺傷出来る武器も力も残されていない。
 あの怪物はもとより、少女の謎の糸にすら自分は対抗する術を持っていない。逃げる以外の選択肢はなかった。
 と、ふいに少女の首が動いた。
 何も映さない白い左眼が弧を描くように移動し、こちらの前方にある建物付近で停止する。自分に気づいた様子はない。
 が。
「……っ!?」
 刹那、前方が銀色で塗りつぶされた。
 それなりに離れた位置から少女の視線の先へと、巨人が移動していた。音もなく、一瞬で。
 そして、咆哮。
 耳元を直接殴られたかのような轟音に、パイフウはただ唇を噛んで疾走した。裏口から雑貨屋内部へ滑り込み、衝撃波と飛来物を回避する。
 間近に迫った怪物の叫びが、こちらを急かすように空気を震わせる。刺すような重圧が肌を嬲った。
 軋む四肢を酷使して中庭に飛び込みかけ、しかしふたたび生まれた衝撃波が全身を打ち付けた。勢いのまま湿った大地に身体が突っ込む。
 頭部を打ち付け、世界が歪んだ。口に入った土の味と、立ち上がることを拒絶する両腕に不快を覚える。
 前方と、さらに後方に気配が近づいていたが、どうにもならない。耳に誰かの声のような反響を感じながら、銀の巨体を見上げることしか出来なかった。
 脳裏に浮かんだ最愛の人の名を乗せた喘ぎは、声にならずに大気に消えた。


                           ●




346 名前:半分の月さえのぼらない (4/12)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/10/07(土) 23:48:48 ID:lUz67/69
 閉門式を唱え破壊を終えると、ふたたび辺りに痛いほどの沈黙が訪れた。
 見通しが良くなった鈍色の大地に冷たい風が吹きつけ、フリウは無意識に肩を抱いた。壊された世界をぼんやりと見つめながら、ゆっくりと歩き出す。
(いつの間にか、真っ暗になっちゃったね)
 文字通り“全部”壊してしまえば追いかける必要すらないことに気づいたのは、霧が晴れ夕陽が沈んだ後だった。
 それでも、全壊までには時間が掛かりすぎている気がした。破壊精霊の動きが鈍く、力自体も弱くなっているように感じる。
 実際に舗装された大地は砕けておらず、完全に破壊したはずの建造物は瓦礫──それなりに大きな塊として残っている。普段なら、それすら塵になる。
 早朝男に拳が受け止められたのも、異質な剣と彼の膂力に加えて、この弱体化のせいもあるかもしれない。
(でも、これだけ壊しちゃったなら結局同じだよね)
 様々な店が並んでいた、人殺しの場にはふさわしくない街は、今やただの廃墟となった。
 あの女も、どこかに埋まっているだろう。四肢の大半が使い物にならない人間が、この場から逃げ切れるとは思えない。
 制限されていようが、結果が期待通りならば同じことだ。どうでもいい。
 破損した家具や建造物の破片が散乱している大通りを歩く。目的地はない。前方の視界すら覚束ない。
 歩くしかすることがないので、ただ脚を動かしているだけだ。思考の空白を埋めるものはなく、ただ進む。
 だから足下の何かに靴が滑り、身体がひび割れた地面へと落ちゆく時も、フリウがしたのは左眼をかばうことだけだった。
 それすら身体が勝手に行ったことで、自分の意思ではない。そもそもイシとはどんな意味だったか。
 硬い大地に肌が擦れる痛みよりも、それを包む生暖かい液体の感触に顔をしかめた。
 地面に手を突こうとしてもそれがぬめり、なかなか立ち上がれない。
 いっそこのまま倒れたままでいようかとも思ったとき、滑らない地面を求めて彷徨っていた手が何かに触れた。
 同じく濡れていたが、堅くて掴みやすい。取っ手にと強く引っぱって掴み、ゆっくりと身体を起こす。
 やっとのことで座り込んだときには、全身が濡れそぼっていた。何かを掴んだ左手には糸のようなものが絡まり、気持ち悪い。
 身体の下敷きになっていたマントの内側で顔だけは拭い、小さく息をつく。

347 名前:半分の月さえのぼらない (5/12)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/10/07(土) 23:49:36 ID:lUz67/69
(明かりは、必要だね……)
 今更そんなことを思い、デイパックを肩から下ろす。手探りで懐中電灯らしきものを取り出し、明かりを点けた。
 視界に映ったのは真紅だった。
 瓦礫の山の一端から染み出した赤い液体が、鈍色の地面を飲み込んでいる。
 今自分の全身を濡らし、溶かすようにまとわりついているのも同じものだった。
 血、という単語が浮かぶまでには、ひどく時間が掛かった。その濃厚な臭いにすら、今まで馴染みすぎていて気づかなかった。
 その液体の漏れる先を見ると、瓦礫に真っ赤な塊が押し潰されているのが見えた。
 先程自分が掴んだ何かが大きくはみ出している以外は、大半が瓦礫に埋もれている。
(……死体?)
 それにしては赤が鮮やかすぎる気がする。全身がほぼ均一に染まっているのにも違和感と、何故か既視感を覚えた。
 手を伸ばし、それに触れる。
 指を滑らせ血を拭っても、それの表面は赤く滑らかなままだった。
「あ」
 撫でるうちに、それが肌触りのいい赤色の布地だと気づく。
 眺めるうちに、それが赤いスーツを着た長身の人間だと気づく。
 動かすうちに、自分の指に絡まっているのが赤い毛髪だと気づく。
 見入るうちに、自分が先程掴んだものが誰かの潰された頭部だと気づき、
「じゅん、さん?」
 理解した。
 この島に来て初めて出会った、自分を殺そうとしない人間。ミズー・ビアンカと似て非なる、鮮烈な赤を持った女性。
 その身体は瓦礫と血に埋もれ、頭部は半分砕けていた。小さく白いものが二つ、こぼれかけている。
 ふと見れば自分の左手には、頭髪と血液の他に奇妙な色の液体も付いていた。
 気がつけば吐いていた。午後に彼女らと食べた野菜類が、すべて地面にぶちまけられる。
 酸味しか溢れるものがなくなった後も、胃の収縮は止まらなかった。息を整え、改めて状況を把握するまでには大分時間が掛かった。
 やったのは、自分だ。
(でも、潤さんは、あたしがこうする前に、もう)
 死んでいたはずだ。
 断末魔の咆哮を聞いた。放送で呼ばれた。自分が壊さなくとも、結果は既に決まっていた。
 アイザックとミリアの死体もここにあるはずだった。
 二人も家屋の瓦礫に埋もれているのだろうか。あるいは知らぬ間に破壊精霊の拳で潰したか。どちらも結果は同じだ。

348 名前:半分の月さえのぼらない (6/12)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/10/07(土) 23:50:07 ID:lUz67/69
 そう、皆既に死んでいる。自分がこの島で関わった人間はすべて。
 自分を殺そうとした人間も自分を暖かく迎えてくれた人間も、自分が希望を抱いた彼女も、すべて。
 それが何故なのか、もはや問うことなどしなかった。この理不尽な世界に意味など無い。
 ただ、決まっていることなのだ。何をしようが同じこと。
 左眼を閉じていようと、自分の眼前に広がるのは壊された、あるいはこれから壊される世界。
 ゆえに、そこには破滅しかない。
 ──お前は間違っていない。もし間違っていたのなら、ここまで生きられるはずは無い。だから嘆くな悔やむな謝るな。
 いきさつを話した際、潤はそう言って頭を撫でてくれた。
 何の根拠もなく自分を信用し、肯定し、救いを与えてくれた。とても嬉しかった。
 その彼女は、何故死んだのか。断言した本人である、間違っているはずのない彼女が死んだのは何故か。
(きっと、壊さなかったからだ)
 自分と違い彼女は壊すために戦ったのではなく、おそらくアイザックとミリアを助けようとして戦ったのだろう。だから死んだ。
 その二人もきっと互いを守るために死んだ。要は自分をかばって死んだ。チャッピーは自分を止めようとして死んだ。
 自分を殺そうとしたあの三人は、自分が壊そうと──あるいは殺そうとしたから死んだ。
 ここでは何かを壊さなければ死ぬ。さらに、自分が壊すか殺そうとすると死ぬ。
 つまり壊すか殺すかしか出来ない自分がいれば、皆死ぬ。
 ならば、最初からすべて壊してしまえばいい。
 ただ進み、壊す。それはとても簡単なことだった。
「……あは」
 だからそれがわかって、フリウは笑った。
 嬉しくて笑った。おかしくて笑った。いままでの自分が馬鹿らしくて笑った。
 そのうち何故笑っているのかわからなくなってきて笑った。ただ笑った。
 そして。
「行こっか」
 滑らないようゆっくりと立ち上がった後、やはり笑んだままでフリウは呟いた。先程とは違い、確固たる意図を持った言葉で。
 すべてを壊し、島を破壊で埋め尽くす。
 もしそれでも、残っているものがあったならば。
 それがきっと、自分を壊してくれるだろう。

                           ●



349 名前:半分の月さえのぼらない (7/12)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/10/07(土) 23:50:39 ID:lUz67/69
 唐突に現れた白銀の巨人は、やはり唐突にその姿を消した。
 異物のなくなった黒一色の闇を窓から眺めると、キノは大きく息をついた。
 遠方からでも感じる重圧に押し潰されそうになりながらも、逃亡のみに全力を注いだのが功を奏した。幸い禁止エリアも発動していない。
 避難先の近場のビルには誰もいなかった。役に立ちそうなものはなく、一通り探索した後はずっと窓の外を窺っていた。
(……今度はここが壊されるかもしれない)
 どちらにしろ禁止エリアの情報を得るために、人を探す必要があった。早めにこの周囲から離れるべきだろう。
 動くこと自体には、もはや不安を感じていなかった。
 思考は落ち着きを取り戻しており、あの巨人を見た際の恐怖も既になかった。振り切れたとも言うが。
(あんなもの、どうしようもない。……でも、だからこそどうにかなるかもしれない)
 頭部を潰しても死にそうにない、そもそも各部位が人と同じ働きをしているかどうかも怪しい化け物に、キノは一種の希望を抱いていた。
 あの存在ならば、零崎のような同じく“どうしようもない”存在に勝てるのではないか、と。
 化け物は化け物同士で殺し合ってくれるのが一番いい。自分が直接手を下す必要はない。
 このゲームの目的は“生き残る”事であって、“皆殺し”ではないのだから。
(確かに犠牲は必要だけれど、ボクが直接無理に生み出さなくたっていい)
 自分の被害は最小限に。降りかかる火の粉があれば振り払い、それが火の粉ではなく火の玉だったならさっさと逃げる。
 利になる機会があれば無駄にしない。猪突猛進に障害を壊すのではなく、冷静に頭を使って障害を利用する。
(なんだ、いつもと同じじゃないか)
 自分の命を守るためには、その場に即した最大限の努力をすること。
 昔師匠に教わったことであり、この島で彼女に遺言の形で残された言葉でもある。
 つまり、いつも実践していたことだ。
 常日頃の方針に、彼女の遺志という絶対的な楔が加わっただけでいつもの旅と何ら変わりない。もっと軽く考えればよかったのだ。
 そんな結論に小さく頷くと、キノはビルの入口からそっと滑り出た。
 再び吹いた冷たい夜風が、先の見えない暗闇が、自分を歓迎してくれている気がした。

                           ●

350 名前:半分の月さえのぼらない (8/12)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/10/07(土) 23:51:14 ID:lUz67/69
「……終わったようですね」
 安心してそんな呟きを漏らすことが出来たのは、地下に避難してからおよそ一時間が経過した後だった。
 天井からこぼれた細かい岩の破片を払うと思いの外砂ぼこりが立ち、古泉は小さく咳き込んだ。
 放送終了後に商店街に移動し周囲の探索をしていると、突然あの巨人が視界の隅に出現した。
 事前にこの地下へと繋がる階段を見つけていなければ、今ごろは瓦礫の下に埋まっていただろう。
 参加者の何らかの能力か、あるいは支給品か。結局あれが何だったのかまったくわからないが、無傷で切り抜けられただけで御の字と言える。
(もちろん当事者から話が聞けるのなら、大歓迎なんですが、ね)
 中央に置いた懐中電灯に照らされた対面の壁。そこにもたれて座る人影に目をやると、無感動な、しかし鋭い視線が返ってきた。
 巨人に追われ、衝撃波に倒れたところを助けた女性だった。
 怪物が雑貨屋を標的に定める前に半ば強引に地下に引き寄せ、このD−4まで誘導した。
 しかし避難してから今まで彼女は一度も喋らず、ただ何もせず周囲を──特に自分を強く警戒していた。
(まぁ、当然ですが)
 彼女とはこれが初対面ではなかった。もちろん親しい間柄ではないし、かといって忘れてしまう程どうでもいい繋がりでもない。
 早朝の城で、彼女は自分を含む四名を明確な殺意を持って襲撃していた。一番最初に狙われたのが自分だった。
 こんな状況下で仇を恩で返すような行為などありえない。何か裏があると考えるのが普通だ。
 まぁ、本当にあるのだが。
「そろそろ、何か反応をいただけるとありがたいのですが。あなたも睨み合いを続けて時間を浪費するのは本意ではないでしょう」
「…………」
「休息を取るにしても、もう少しまともな場所に移動した方が安息を得られますし」
「……この島にまともな場所なんてないわ」
「少なくとも、焼死体のない地区はそれなりに残っていると思いますよ」
 初めて得られた、しかし素っ気ない返答に苦笑して言葉を返すと、彼女は目を背けて黙り込んだ。
 その彼女の奥、地上への階段がある部分に闇に埋もれた死体があった。
 実際に視認はしていないが、周囲に漂う強烈すぎる臭いで何があるのかは嫌と言うほどわかる。
 それに一時間近く耐えることは、吐き気を通り越して目眩を覚えた。

351 名前:半分の月さえのぼらない (9/12)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/10/07(土) 23:52:20 ID:lUz67/69
「どちらにしろ、その怪我の応急処置は必要でしょう。東の市街地になら救急箱などが──」
「あなたは何故、外に出たの? 何故すぐに地下を通って商店街から離れなかった?」
 言葉を遮り、彼女は強い視線をこちらに向ける。
 いくらでも嘘がつける“助けた”動機ではなく、いきなり“助けることが出来た”理由を問う辺り容赦がない。
「あの怪物のことが少々気になったので、落ち着き次第地上に戻ってみようと思いまして。
ですがなかなか静まらないので、最後に一度様子を見たら離れようかと扉を開けましたら、そこにあなたが」
「違うわ。あなたはずっと見てた。ずっと外に出ていて、あれに追いかけられている誰かを探していたんでしょう」
 首を振って顔にかかった髪を払いつつ、彼女は無表情で即答した。どこまでも愛想がない。
 実際、その通りだったが。
 能力の減退が施されているこの場で、あんな大規模な力を使う状況は限られる。
 是が非でも殺したい誰かがいるのか、あるいは単に使用者の気が狂ったか。
 前者ならば、その目を付けられた人間と協力体制が取れる可能性があった。
 あまりに無差別な破壊行為のため、共通の敵として共に協力し合うという建前が容易になる。
 しかしその建前すら必要ない──自分と同じ目的の、顔見知りの人間がその誰かだったのは予想外だった。
 もちろん見られている気配を感じ取られる可能性は予測していたので、指摘自体は驚くに値しない。
「ええ、確かに仰るとおり、逃亡者と接触するために顔だけ外に出していました。
ですがあの怪物が気になった、というのは虚言ではありませんよ。少し懐かしさを覚えたものですから」
「…………」
 あっさりと肯定し、ついでに一つ付け加えると彼女は僅かに眉をひそめた。
 無差別に建造物を破壊する謎の巨人──《神人》を倒すための力があったために、自分はSOS団に引き込まれ、ここに拉致されている。
 その《神人》自体も最近はあまり見ることがなくなったため、元の世界への追慕と合わせてそんな感情が浮かんでいだ。
 人間が引き起こす現実的な危機には恐れが生じ、超常的な異物が暴れる惨状には驚きはするが動揺はしない。
 そんな自身に胸中で苦笑しつつ、続ける。

352 名前:半分の月さえのぼらない (10/12)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/10/07(土) 23:52:51 ID:lUz67/69
「本題に入りましょう。互いの利害が一致する間、行動を共にしませんか? この場合の“利害”は、“生き残る”という意味で。
あなたの折れた腕の、まぁ指三本分程度にはなれると思うのですが」
 媚びるわけではなく、若干冗談めいた口調で言う。それにも彼女は表情を変えず、強い疑念を抱いた目でこちらを見据えている。
 実際には、それ以前に足を引っぱる可能性の方が高いだろう。
 武器は一応、ナイフと雑貨屋の奥で見つけたライフルがあるが、どちらも“使える”と言うには程遠い。当然素手は論外。結局、頼れるのは頭の中身だけだ。
 だが、この状況において彼女がそう判断するのは難しい。
 あの巨人のように、ここには自身の世界の常識を越えた存在が多数存在している。
 そのためどこからどう見ても無力な人間に対しても、警戒を抱かざるを得ない。
 かつて殺されかけた相手にもかかわらず、何食わぬ顔で協力を申し出る人間などなおさらだ。胡散臭すぎるがゆえに、無下に切り捨てられない。
「……わたしは、誰であろうと殺すわ。
例えあなたの知人がいたとしても、わたしの──“知人”がいたとしても。いずれはあなたも、必ず。
わたしはさっきの化け物みたいに、壊す──殺すためにしか動かない」
「かまいませんよ。僕には幸か不幸か、捜すべき人はいませんし」
 決意した以上、長門には会わない方がいい。
 自分の極論行為に協力を求めることも考えたが、何となく彼女の場合、無謀であろうと最後まで抵抗を試みる気がした。
(探し人ではなく行きたい場所はあるんですが……時間をおかなければ危険でしょうね)
 島の西端にある学校。
 そこにハルヒの力によって生まれた空間が出現したことに、少し前から気づいていた。
 能力制限のせいか、感じ取れたのは周囲の地区に近づいてからだったが、彼女関連なのは間違いない。
 もちろんその事実が分かってすぐに移動を開始したが、その最中突然その建造物の一部が大爆発を起こした。
 ハルヒの力が干渉したものではない、人為的な現象。殺人者が暴れた可能性が極めて高い場所には足を運べず、やむなく後回しにしていた。

353 名前:半分の月さえのぼらない (11/12)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/10/07(土) 23:53:35 ID:lUz67/69
「わたしの怪我が治せる何かがあるなら、それを優先するわ」
「どうぞ。怪我の治療が出来るものは、他人には渡さない方がいいでしょうし」
「戦闘になったらあなたのことは考えないから」
「ええ。自分の身くらいは自分で守りますよ。作戦が事前に決まっているのなら、ぜひ教えていただきたいものですが」
 それに対する答えはなかった。
 彼女はしばらく沈黙した後、わずかにふらつきながらも立ち上がる。
「……なら、行くわ。潜り込めるチームがあるなら入るから」
 そして座ったままの自分を見下ろして、彼女は事実上の同盟成立を告げた。
「では、よろしくお願いします。
ああ、そう言えばまだお互い名乗っていませんでしたね。僕は古泉一樹と言います。あなたは?」
「パイフウ」
 それにも彼女は短く告げ、こちらが差し出した腕を一瞥もせず踵を返す。
 右脚を引きずりながら歩き出し、そのまま一言。
「最後に一つ。男はみんな嫌いなの。必要以上に馴れ合わないで」
「……了解しました」
 思わず苦笑混じりに肩をすくめると、古泉は闇へと消えゆく彼女に続いた。


【C-3/商店街跡/1日目・20:00】
【フリウ・ハリスコー】
[状態]: 全身血塗れ。右腕にヒビ。正常な判断が出来ていない
[装備]: 水晶眼(眼帯なし)、右腕と胸部に包帯
[道具]: デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500mm)、缶詰などの食糧
[思考]: 全部壊す。
※C-3全域の建物がすべて破壊されました。取り残された支給品等の状況は不明。

354 名前:半分の月さえのぼらない (12/12)  ◆l8jfhXC/BA 投稿日:2006/10/07(土) 23:54:11 ID:lUz67/69
【C-4/ビル前/1日目・20:00】
【キノ】
[状態]:健康。色々吹っ切れた。
[装備]:折りたたみナイフ、カノン(残弾4)、森の人(残弾2)
    ヘイルストーム(残弾6)、ショットガン(残弾3)、ソーコムピストル(残弾9)
[道具]:支給品一式×4(内一つはパンが無くなりました)、師匠の形見のパチンコ
[思考]:商店街から離れ、潜伏先を探す。禁止エリアの情報を得たい。
    零崎などの人外の性質を持つものはなるべく避けるが、可能ならば利用する
    最後まで生き残る(人殺しよりも生き残ることを優先)
[備考]:第三回放送をすべて聞き逃す。


【D-4/地底湖近辺/1日目・20:00】
【古泉一樹】
[状態]:左肩・右足に銃創(縫合し包帯が巻いてある)
[装備]:グルカナイフ、ライフル
[道具]:デイパック(支給品一式・パン10食分・水1800ml)
[思考]:ひとまずパイフウと共闘。出来れば学校に行きたい。
    手段を問わず生き残り、主催者に自らの世界への不干渉と、
    (参加者がコピーではなかった場合)SOS団の復活を交渉。
[備考]:学校にハルヒの力による空間があることに気づいている(中身の詳細は知らない

【パイフウ】
[状態]:不機嫌。両腕・右脚骨折。古泉を強く警戒
    ヒーリングによる左腕治療中(完治にはかなりの時間を要する
[装備]:外套(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:なし
[思考]:ひとまず古泉と共闘。傷の治療が最優先。潜り込めるチームがあるなら入り、隙を見て殺す。
    主催側の犬として火乃香を守るために殺戮を。
[備考]:外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
    さらに高速で運動したり、水や塵をかぶると迷彩に歪みが出来ます。

355 名前:イラストに騙された名無しさん 投稿日:2006/10/13(金) 21:36:53 ID:gjmtPtgu
ラノベ・ロワイアル 感想・議論スレPart.18
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次スレ移動に伴い、アドレス張り。

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