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「first jealousy」



雪が右に左に戸惑い踊り、見る者を幻惑の世界へと誘う。
修学旅行で訪れた雪山は、どこか夢のようだった。
「本当にきれいだね」
さくらは空を仰ぎ、降りそそぐ粉雪に顔をさらしたままで、側にいる小狼に語りかけた。
だが、小狼はなにも答えずじっとたたずんでいる。その瞳になにをうつしているのかも判らない。たださくらの側にいるだけで、心は遠く物思いに耽っているようだ。
(…小狼君、なにを考えてるのかな?)
ついさっきまではめずらしくいろいろお話してくれたのに…。
ひょとしてわたしがあんなことを聞いちゃったから、それで…さくらは気が咎めた。

「だれ?」
小狼の突然の告白に、思わず聞いてしまった。
雪兎さんじゃない別の誰かを好きだと言った小狼君。
だれ?わたしの知らない人…?それとも…?
心の中で聞きたいことがせめぎ合った。
でも、聞けなかった。
とっさに出たのはたった一言。
「だれ?」

小狼の答えを待つほんのわずかな時間、それまで気づかなかった寒さが身にしみてきた。
時間の重みに耐えかねて、何かを話そうとした小狼をさくらは遮ってしまった。
「ごめんね。わたしなんかが聞いちゃだめだよね…」
その一言で、なんともいえない複雑な表情を見せる小狼の心を置き去りにして、さくらは 話を打ち切った。
やっぱり、聞いちゃダメだよ、そんなこと…
自分の知らない想いを秘めていた小狼を知って、さくらは怯えた。
足下が急に崩れていくようなこの不安感はなんだろう?
それに、そんなこと聞きたくないの、やっぱり…。
「本当にきれいだね」
凍てつくような時を解放しようと、やっとの思いで明るい声を上げたのに、小狼は答えてくれなかったのだった。

ごめんね、小狼君…さくらは心の中でわびた。
ふと、小狼が顔を上げさくらの方を見返した。その大きな瞳にはさくらがうつっていた。
そんな些細なことが嬉しいかったのに、先に目をそらしたのはさくら。
わたし…どうして?自分でもなにをやっているのか判らない。なにも言葉が出てこないことも歯がゆい。
「ああ、きれいだな」
穏やかな声に我にかえると、表情を取り戻した小狼がそこにはいて、さくらはそれだけのことでいつもの世界を取り戻した。

けれど、先ほど感じたさくらの不安は、いつまでも埋み火のようにくすぶり続けることになるだろう。
当のさくらも気づかない精神の奥底で。

「もう遅い、戻ろう」
「うん」
お互いにそう言いつつも、さくらと小狼はその場を動かなかった。
無音の世界にたたずむ二人の心は、どこかまだ怯えていた。



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