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  「では、引き続き昭和生まれの知名度も低いものを。」

天空×字拳

平成生まれ
0%
(0/7人)

昭和生まれ
21%
(5/24人)

「背中からバットがーっ!?」

平成生まれ
0%
(0/7人)

昭和生まれ
25%
(6/24人)

鬼塚勝也

平成生まれ
0%
(0/7人)

昭和生まれ
25%
(6/24人)

★天空×字拳 (てんくうぺけじけん)

漫画「ドラゴンボール」のキャラクター、ナムの必殺技。
空中高く跳び上がり、手をクロスさせ×字を作り、そのまま相手の喉に猛スピードでぶつかる。
これを食らうと10間は目を覚まさないと言われるほどの強力な技。
さらに上空高くからこの技を出すと「超天空×字拳」となる。
天下一武闘会で悟空を相手に繰り出すが、悟空に自分より高く跳ばれ敗れる。
ジャンプ本誌で登場したのは1986年頃。

 「ドラゴンボールから1つ出そうと思ったんだけど、
     この技はちょっとマイナーすぎたみたいだニャ(笑)。」
  「「ギニュー特戦隊」あたりにしておけばよかったかもしれませんね。」
 「この技、名前に記号(×)が入っているってので、妙にインパクトを受けたのを覚えているニャ。」
  「で、次も「ジャンプ」ですが。」

★「背中からバットがーっ!?」

1992年〜1999年にかけてジャンプで連載された、漫画「BφY−ボーイ−」の代表的なセリフのひとつ。
主人公・日々野晴矢は、背中からバット、フライパンなど自在に取り出す事ができ、
ケンカ相手はもれなくこのセリフを吐いて驚く。

参考画像はこちら

 「事前にTBで「BφY」ネタを使ってみるなど、複線は張ったんだけど、知名度は低いニャ。」
  「まあ、あなたの好みだけで選んだネタですが。」

(ソニックウイングスさん)
ジャンプあんま見てないからなあ…

 「ゴメンだニャ。でもこの頃ジャンプの人気はホント凄かったんだニャ。」

★鬼塚勝也 (おにづか・かつや)

ボクシング選手。本名・鬼塚隆。1988年、プロデビュー。
1991年にタイのタノムサク・シスボーベーを判定で破り、WBA世界Jr.バンタム級王座を獲得
以後5度の王座防衛に成功するが、1994年、韓国の李炯哲に9回TKO負けし王座陥落。
試合後、網膜剥離である事を表明し引退。通算成績は25戦24勝(17KO)1敗。
現在は故郷の福岡でボクシングジムを開き、未来の王者を育てている。

公式サイト http://www.onizukakatsuya.com/

  「で、鬼塚さんは微妙な知名度ですが。」
 「90年代の日本のチャンピオンって、辰吉丈一郎ぐらいかニャ、有名なのは?」
  「日本のジムの所属では、勇利アルバチャコフなんてのもいましたけど。」
 「キャプリンちゃんは、ボクサーと言うと誰を思い浮かべるかニャ?」
「うーんと、支那虎かな?」
 
「『リングにかけろ』ですか!?」

 

  「次は、知名度半数以下のこちらを。」

アバンテJr.

平成生まれ
0%
(0/7人)

昭和生まれ
29%
(7/24人)

L.L BROTHERS

平成生まれ
0%
(0/7人)

昭和生まれ
33%
(8/24人)


★アバンテJr.

田宮模型より発売された、ミニ四駆の車種。1988年発売。
ラジコンで人気のあったアバンテをミニ四駆化したもの。
数あるミニ四駆の中でも人気が高く、代表格とも言えるマシン。
初のタイプ2シャーシを使用し、よりレース向きのマシンになっている。
その後「アバンテJr. ブラックスペシャル」「アバンテ2001Jr.」「スーパーアバンテ」などが発売されている。

参考URL http://www.tamiya.com/japan/products/list/32racer_m4/html/18052.htm

 「管理人もボディはダンシングドールのやつだったけど、
      ボディはアバンテのクリアボディを乗せてたニャ。」
  「ミニ四駆第1次ブームの頃ですね。」
 「最近は「ダンガンレーサー」とか言うのが流行ってるみたいだけどニャ。」
  「平成生まれが知っているのは、せいぜい「レッツ&ゴー」まででしょうね。」
 「ワイルドミニ四駆やコミカルミニ四駆なんてのは知らないだろうニャ(笑)。」

★L.L BROTHERS

日本テレビ系「天才たけしの元気が出るTV」の企画「高校生ダンス甲子園」で
第1回(1991年)・第2回(1992年)と2連覇を達成した兄弟。
高校卒業後もダンサーとして活動を続け、音楽活動も精力的に行っている。

公式サイト http://www8.plala.or.jp/llb/

 「アバンテよりLLブラザーズの方が知名度が高いとは。」
  「3分の1が覚えてるってのは意外でしたね・・・。」
 「今でいえば「ハモネプ」とか「B−RAP」のノリなんだろうニャ。」
  「番組主導と言う点では似てるかと。」

(ひろぴー♂さん)
L.L. BROTHERS、この前中古ショップのワゴンで20円でした。(買いました)

 「ハハハ、買ったのかニャ(笑)。」
  「20円て安すぎ・・・。ダンス甲子園のメンバーは今、何してるんだか。」
 「山本太郎さんが「キュー!」とか言いながら水着で踊ってたのを、
     平成生まれは知らないだろうニャ(笑)。」
  「「いまきた加藤」さんとかいましたね。」
 「なんか補導されたみたいだけど・・・。」
  「うわぁ・・・。」

 

  「残り僅かですね。次は昭和生まれの知名度が半数を超えたものを。」

冬彦さん

平成生まれ
0%
(0/7人)

昭和生まれ
58%
(14/24人)

あげ玉ボンバー

平成生まれ
0%
(0/7人)

昭和生まれ
67%
(16/24人)

ウィッキーさん

平成生まれ
0%
(0/7人)

昭和生まれ
67%
(16/24人)

★冬彦さん

1992年のTBS系のドラマ「ずっとあなたが好きだった」の登場人物・桂田冬彦。
東大卒のエリート銀行員だが、強烈なマザコン。
演じた佐野史郎の演技はインパクトがあり、一時期マザコンの代名詞として「冬彦さん」という言葉が使われた。
部屋の影から顔を半分出して覗く姿と、おもちゃの木馬に乗って揺れていた姿が印象的。

 「ドラマを観てはいなかったけど、
     冬彦さんが木馬に乗っていた姿だけは脳裏に焼きついているニャ。」
  「この後しばらく佐野史郎さんはこのイメージがつきましたよね・・・。」
 「で、「あげ玉ボンバー」はちょっと知名度が低いような・・・。」

★あげ玉ボンバー

1993年から登場した、日清食品の焼きそば「U.F.O.」のCMキャラクター「UFO仮面ヤキソバン」の必殺技。
大量のあげ玉を放出し、ピンポイント攻撃で相手を倒す。
他の必殺技には「ソースビーム」「青のりフラッシュ」「麺アタック」などがある。

参考URL http://zenimati.hp.infoseek.co.jp/yakisoban.htm

  「「ヤキソバン」は覚えてると思いますが、流石にその技までは覚えていないかもしれませんね。」
 「「ヤキソバン一輪車」とか「ヤキソバン寝袋」、欲しかったんだけどニャあ・・・。」
  「マイケル富岡さんが「ヤキソバン」で、「ケトラー」がデーブ・スペクター、
     で、松雪泰子さんが「ヤキソバニー」をやってましたね・・・。」

★ウィッキーさん

本名アントン・ウイッキー(Anton Wicky)。
1979年から1994年まで、日本テレビ系「ズームイン朝」のコーナー「ワンポイント英会話」を担当する。
朝の忙しい時間帯に、通行人を捕まえ英会話を指導するという大変な事をしていた。
本職は奥羽大学教授。出身はスリランカ。

参考URL http://www.tvland.co.jp/wicky/

 「ウィッキーさんはこんなもんかニャ。」
  「ズームインの視聴率を考えるとこんな所かと。」
 「「Have a nice day.」とか、これで覚えたニャ。」
  「ウイッキーさんに捕まらないように、逃げる人が面白かったですね(笑)。」
 「ホントは今回「早見優のアメリカンキッズ」とかも、聞いてみたかったけど・・・。」
  「誰も知りませんよ・・・東海地方だけみたいですし。」

  「いよいよ最後の3つです。」

坂本一生

平成生まれ
0%
(0/7人)

昭和生まれ
71%
(17/24人)

ボンボン坂高校演劇部

平成生まれ
0%
(0/7人)

昭和生まれ
71%
(17/24人)

H jungle with t

平成生まれ
0%
(0/7人)

昭和生まれ
75%
(18/24人)


★坂本一生 (さかもと・いっせい)

タレント。1992年、俳優の加勢大周が所属事務所から抜ける際、
事務所の社長が「加勢大周の芸名の使用権はウチにある」と言い出し、
別の新人に「加勢大周」と言う名前をつけて売り出そうとしたのが、この「新・加勢大周」こと坂本一生。
筋肉質の体を生かし、錦野旦と走り高跳びで対決するなど活躍したが、次第に過去の人に。
1999年にプロレスに挑戦し驚かせたが、現在は試合に出ていない模様。
なお、芸名は「坂本一世」に変わっているらしい。

 「ぶっちゃけ、坂本一生は知名度高すぎだニャ(笑)。」
  「新・加勢大周騒動を覚えてるんですかね・・・てゆーか、当の加勢大周さんは今どこへ・・・。」
 「台湾で人気が出たあとは・・・どうしちゃったんだろニャ?」

★ボンボン坂高校演劇部

ジャンプ黄金期の1992年〜1995年に連載されていたギャグ+ラブコメ漫画。全12巻。作者は高橋ゆたか。
主人公・順菜正太郎は、学園のアイドル日比野真琴に一目惚れし、
彼女の所属する演劇部に入部しようとするが、部長の徳大寺ヒロミに捕まり、丸裸にされ、
その現場を真琴に見られホモと勘違いされ、以後ドタバタの騒動に巻き込まれる。
なお、「ボンボン坂高校」は正しくは「時計坂高校」という名前。
ちなみに作者の高橋ゆたか先生は、現在「Oh SUPER JUMP」で「世界一さお師な男伊達千蔵」を連載中。

  「これも予想以上に知名度が高いような・・・。」
 「それだけジャンプが凄かったって事なのかニャ。
     今も売れてるけど、この漫画が連載されていた頃は600万部を記録した頃だからニャ。」
  「ちなみにこの漫画が連載している時に、同時に連載していたのが、
     「DORAGON BALL」「SLAM DUNK」「幽☆遊☆白書」「こち亀」「ダイの大冒険」
     「新ジャングルの王者ターちゃん」「ろくでなしブルース」「るろうに剣心」・・・。」
 「ジャンプ黄金期の末期だニャ。」
  「このあと一時的にマガジンに抜かれますが、女性ファンを取り込んでトップに返り咲きますね。」
 「キャプリンちゃんはジャンプの漫画と言うと何かニャ?」
「うーん、ジャンプはあんまり読んでないけど・・・アニメで「マキバオー」は観てたかな。」
  「やっぱりその辺ですかね。」

★H jungle with t

ダウンタウンの浜田雅功と小室哲哉のユニット。
フジテレビ系「HEY!HEY!HEY!」で、浜田が当時プロデューサーとして大成功を収めていた小室に対し、
「すごい儲けてますね。ボクにも曲を作ってくれませんか。」と言った所、本当に曲を作ってしまいリリース。
1995年のデビューシングル「WOW WOW TONIGHT〜時には起こせよムーヴメント」は、
いきなり213万枚の大ヒット。オリコン7週連続1位を記録しその年のシングル売上げ枚数2位を記録。
その年の紅白歌合戦に出場を果たす。
その後、「WOW〜」のリミックス盤、シングル「GOING GOING HOME」を出したが、
1996年に発売されたシングル「フレンドシップ」を最後に自然消滅となった。

  「で、平成生まれが知らない中では一番知名度が高かったのはこちらですが。」
 「95年じゃ、まだ平成生まれはわからないかニャ?」
  「子供が覚えやすい歌じゃないですからね・・・。」

 

  「さて、いよいよ40個の紹介がすべて終わりました。」
 「1番ギャップが激しいのは何かニャ?」


☆いよいよ結果発表。
果たして頂点に立つのは?