桃の子桃太郎(六)
家に帰ってきた桃太郎、早く洗濯に出さないとカビが生える下着がぎゅうぎゅうに詰まったカバンを置くと、特にこれといってやることがなかったので部屋をウロウロ。ちょっと小腹が空いたと思えば台所をガサゴソ。まるでゴキブリです。
それを見ていた母親は、お腹が空いてもいないのに煎餅を口に運び続けていた手を止めて、
「少し落ち着きなさい。」
とたしなめました。負けじと桃太郎、
「だってヒマなんだもん。」
そこへ、近くで寝そべってスポーツ紙をテレビ欄から読んでいた父親が、
「テレビでも見ておれ。」
と助け舟を出しました。
そこで桃太郎がテレビをつけると、時は折しも平日の昼下がり、ブラウン管の中では嫁と姑が泥沼の愛憎劇を演じていました。しかし桃太郎にはそんな人情の機微がわかるはずもありません。
母親がこれに少しは興味を示しました。でも、元は老婆ですので姑はとっくの昔にくたばって久しく記憶は薄れ、また自らの嫁いびりの経験もありません。
そこで桃太郎がチャンネルを変えると、画面いっぱいにヤマンバと見紛うばかりの老女優が、涙ながらの離婚会見。涙は女の武器というけれど、年を取れば老廃物が付着して、毒素を帯びて有害です。しかし桃太郎には女の涙の魅力(妖力)などわかるはずもありません。
父親がこれに少しは興味を示しました。彼は第一の人生の青春時代、老女優の若かりし頃、かくも妖怪化して老醜をさらすことになろうとは誰も思わなかったセクシー女優時代、父親はあらぬところをたぎらせていたという記憶が甦ったからです。けれども、あらぬところの方は甦りませんでした。
そこで桃太郎が再びチャンネルを変えると、食うにも困る若手芸人たちがテレビの中で料理をおいしそうに食べていました。しかし桃太郎には、このテの番組では死ぬほどまずい料理でも死ぬほどおいしそうに食べられるという業界の仕組みなどわかるはずもありません。
桃太郎がこれには大いに興味を示しました。桃太郎は人の何倍も食べるからです。
芸人たちが馬鹿騒ぎをしながら、中国産で香りの飛んだ松茸をたいそうありがたそうに押し戴いて、泣くまねをして喜びの表現をしているのを見た桃太郎、自分も松茸を食べてみたくなり、
「アレ食いたい。」
と駄々をこねました。
それを聞いた母親は、通信講座の山水画作りの手を止めて、
「少し落ち着きなさい。」
とたしなめました。負けじと桃太郎、
「だって食いたいんだもん。」
そこへ、寝そべってスポーツ紙の三面に掲載されている山での遭難事故の記事を読んでいた父親が、
「山へ行って取ってこい。」
と助け舟を出しました。
そこで桃太郎は座布団を暖めるいとまもなく、松茸をとりに山へと出かけてゆきました。
(続く)
(C)IZUMI_Kawauso
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