石造りの階段を登りきったツクモを待っていたのは、昼間とは別の顔を見せる神社の風景だった。
夜の神社はけして静寂に包まれていたわけではない。風は悲しげな唄を歌いあげていたし、
草木は互いに擦れ合いおしゃべりをして、虫は求愛のための合奏曲を奏でていた。
深夜0時。
薄い雲の向こう側で、フィルターを掛けられたように月の光量は絞られ境内をボンヤリと色づかせている。
「やよいママ、こんな時間に呼び出していったい何の用だろう?」
その夜、床につこうとしていたツクモはやよいに携帯電話で呼び出された。
曰く、「今すぐ神社に来て。ただし、ひとりだけでね」
それだけ言うと、事情を尋ねる間もなく電話は切れてしまった。
「まさか、深夜のデートってワケでもないだろうけど……」
秋になって闇の濃くなった夜の神社は、寂しさと薄気味悪さを同居させていた。
昼に来てみると気にはならないが、夜、この場所には確実に霊気が漂流している。
そういえば、西洋では「森」を悪魔や妖精が住む場所として『恐れ』るだけだが、日本では「森(杜)」は神の住むところとして『畏れ』る。
キリスト教が自分たちの権威を示すために設定した悪魔と違って、
日本の自然はつねに八百万の神と共にあり、畏敬と崇拝の対象であったのだ。
ざわ……
風がはためき、ツクモのそばを駆け抜け樹木を揺らす。
ここにいれば古い時代の人々の自然への『畏れ』がわかるというものだ。普通の人間には理解できない神秘は確かに存在する。
少し肌寒くなってツクモは両脇を引き締めた。
「―――ツクモクン」
「あ、やよいママ……」
月夜の薄闇の中、いつもとかわらない黒髪と白と緋色の巫女装束に身を包んだやよいの姿を見て、
ツクモはほっと安堵の溜息を漏らした。見知らぬ世界に迷い込んだような夜の神社で、
見慣れたやよいの美しい顔は心を落ち着かせてくれる。
「どうしたの?こんな夜更けに」
「詳しい話は中でするわ。とりあえず、風が強いから中に入って」
見ると社の扉からぼうと淡い光が漏れている。ここの社には電気は通っていないから、たぶん蝋燭の灯りだろう。
やよいに誘われるまま、ツクモは歩くとコンコンと音のする木のステップを昇った。
社の床には、まだ真新しい畳が敷き詰められていた。だから、靴下であがってもそんなに冷たくはない。
予想通り蝋燭が何本も灯され中は明るく照らされていた。
やよいがしっかりと扉に鍵を掛けると、すきま風も入らないようで蝋燭の炎は微塵も揺らがない。
えっ、鍵――――?
「やよいママ、どうしてわざわざ鍵を閉めるの?」
「…………」
ツクモの問いには答えず、やよいは押し入れから布団を取り出して畳の上に敷いた。
(まさか……)
ツクモの頭にある予感がよぎる。
やよいはツクモの方を振り向くと、事も無げにこう言った。
「ツクモクン、服、脱いでくれる?」
「――――ええっ!?」
心臓が飛び出しそうな衝撃だった。
巫女装束のやよいと神社でセックスする――――なんと背徳的かつ魅惑的な行為か。
「やよいママ、とても嬉しいんだけど、その……こういうことをこういう場所でしちゃうのはやっぱりまずいんじゃないかな……」
そんなこと言っても、すでにツクモの体は熱く火照りだし顔も紅葉のように赤く染まっているのだが。
「……ツクモクン、勘違いしてるのね。ごめんなさい。ちゃんと説明してなかったものね」
やよいは真剣な眼差しでツクモの目をとらえて言った。
「ツクモクン、あなたにかなり危険な悪霊が取り憑こうとしているの。早く手を打たなければあなたは取り殺されてしまうわ」
「いいっ!?」
予想だにしなかったことを言われ、ツクモは間の抜けた声を上げた。
「悪霊を祓う準備はできたんだけど、そのあいだ悪霊の目からあなたの姿を隠さなければならないのよ。
耳無し法一の話は知ってるわよね?今からあなたの身体に法一が悪霊から姿を隠すのに用いたものと同じお経を書くから、
服を脱いで裸になってほしいの」
「でも、それだとぼく、耳を引きちぎられちゃうんじゃないの?」
「それは法一にお経を書いたお坊さんが耳にお経を書き忘れたからよ。
大丈夫、ちゃんと全身にくまなく書けば悪霊に対してはほぼ完璧な防御陣になるから」
やよいは押し入れから筆とすずりを取り出す。
「さあ、早く服を脱いで!余り時間はないわ」
「う……うん!」
有無を言わせぬやよいの強い調子に気圧されて、ツクモは素直に服を脱ぎだした。
ジャンパーを畳の上に置いて上着を脱ぎ、ズボンのベルトをはずし……
いざパンツに手がかかると、さすがにツクモの手が止まった。
「こっ、これも脱がなきゃダメ?」
「当たり前でしょ!」
(う…仕方ないよなぁ……)
やよいの視線を避けるように、ツクモはくるりと後ろを向いてトランクスを脱いだ。
頼りなさと羞恥心で、身体がぶるっと震える。
「はい、それじゃあ、そこの布団の上でうつぶせになってちょうだい」
言われるままに布団に寝そべる。綿繊維の感触が素肌に心地よかった。
やよいは筆を墨に浸すとツクモのうなじに経を書き込む。
(んっ…冷たくてくすぐったい……)
筆はうなじから背中、肩、腕、腰、尻、太股、ふくらはぎ、足の裏に至るまでびっしりと文字を書き込んでいく。
「後ろはこれでいいわね。今度は仰向けになってちょうだい」
「……え?」
「ほら、恥ずかしがっている場合じゃないの!ツクモクンの命にも関わることなんだから!」
やよいの言葉に強引に押し切られる形で、ツクモはごろんと仰向けになった。
「……あら」
「――――っ!」
恥ずかしさのあまり脳が沸騰しそうになった。
筆が体の表面を走る刺激と興奮で、ツクモのペニスははち切れんばかりに膨張していたのだ。
「ふーん……結構、大きいじゃない?」
言いながら、やよいはツクモの頬を手で押さえて顔に経を書き込む。目を閉じさせると瞼にも文字を書き込んだ。
そして首筋、胸、腕、手の平、腹、脚、つま先と、ツクモがいま一番触れて欲しいと考えている部分を残して、
身体の表側も文字で埋め尽くされた。そうしている間にも、期待はどんどん高まっていく。
「ふふ、いよいよツクモクンお待ちかねのところよ」
「…………」
思っていたことを口にされ、ツクモは耳たぶが熱くなるのを覚えた。
やよいはツクモのペニスに顔を近づけ、陰嚢を優しく手で包みこむと睾丸を動かさないように押さえて文字を書く。
それから竿をふんわり優しく握ると根本から経を書いて肉の柱に筆を登らせていく。
「ツクモクンのコレ、すごく熱い……ドクン、ドクンって脈打ってる……筆で感じてるの?うふふ、いやらしいわね……」
抗議したいところだが、言葉がない。
やよいの吐息がツクモのペニスにかかる。
繊毛によるささやかな愛撫がもどかしかった。もっともっと激しく触れて欲しい。しかし、そのもどかしさが逆に情念に油を注ぐ。
柔らかな筆先がペニスを這う感触にツクモの背はのけぞった。
「ン!む……はぅッ!」
「ほらほら、動いちゃダメよ」
子供をあやしているような口振り。
「で、でも…いくら何でも、これはちょっと…まずいんじゃない……?」
あまりの気持ちよさに後ろめたさも感じてしまう。
「もう、しょうがないでしょう?しっかり書き込まないと耳無し法一になっちゃうわよ」
「だからって、何もそんなところまで書かなくったって……」
「あら、じゃあツクモクンは“ここ”を悪霊に引きちぎられてもいいの?」
と、熱くたぎったツクモのペニスを指でツンツンつつく。
「……わ、わかったよ……」
「もう少しで終わるから、ガマンしててね」
ペニス全体に経を書き込むため、やよいは親指と人差し指で亀頭を挟み込んだ。
「あら、ツクモクンおもらししてるの?」
すでにしとどに溢れた先走り汁を、尿道口に指先を付けては離し、付けては離しを繰り返して
透明な糸を引かせニチャニチャもてあそびクスクスと笑う。
「……いじわる」
筆先が亀頭付近の青筋の浮いた包皮を撫で上げる。熱いものが尿道管の中程まで込み上げ、びくっと肉棒が跳ねた。
ペニスを押さえたやよいの指は、ツクモ自身が垂らした透明な粘液でナメクジが這ったように濡れている。
あの白い指で少しでもしごかれたら……きっと自分はやよいの顔にかかるまでの勢いで精液を放出してしまうのではないか。
熱に浮かされたような頭で、そんなことを考える。
ツクモは沸き上がってくる射精感に耐え、やがて肉の柱全体にも経が書き込まれた。
(やっと終わった……)
ようやくこの生殺し状態から解放されると思った。そのとき。
ぐいっ。
やよいの指がペニスの包皮を剥いた。
赤黒い亀頭がむき出しになってひんやりとした空気にさらされる。
「な……」
「ちゃんとここにも書かないとね?」
妖しく笑いながら、やよいはツクモの一番敏感な部分に筆をのばした。
カチカチに固くなった亀頭の熱を冷まそうとするかのように墨が腫れた亀頭を覆っていく。
しかし、筆が亀頭の上を走るたびにむしろ熱は高まっていった。
「んふ…、ぁあンッ、はぁああァッ!!」
イきそうになってツクモはぐっとアナルに力を込めた。精液がペニスの根本に集まってきているのがわかる。
「ふふっ、少しだけサービスしてあげるわね……」
やよいは妖女ように笑った。
尿道口から溢れた先走りを筆ですくい、粘液を亀頭に塗り込むように筆が動く。
さらに墨と先走りでベタベタになった筆先をカリに沿わせ、くぼんだ筋の内側に潜り込ませるように毛先を左右に動かした。
「そんな…んンッ、はあぅうッ、ダメ、ぃん!」
ずちゃ、ずちゃ、ずちゃ、ずちゃ、ずちゃ、ずちゃ……
少しずつ筆を動かすスピードがあがっていく。特殊な墨を使っているのか書かれた経は消えなかったが、
亀頭全体がてらてらとぬめり輝いていた。
「あふッ、やよいママ……ぼく、もう……!」
「イきたいの?」
と、やよいは人差し指と親指で亀頭に触れ、尿道口をいっぱいに押し広げてその穴に筆先を突っ込んだ。
「ほら、イッていいのよ!たくさん出して!」
毛が肉の中に侵入するむず痒いような痛いような感覚に、快感は極限まで高められ、ツクモは絶頂を迎えた。
「が……っ、くぅッ!」
びゅくっ。びゅくっ。びゅくっ。びゅく。びゅく。びゅ。びゅ。
毛筆を押し退け、吹き出した白い粘液がどろりと竿(さお)に垂れた。
「はあっ、はぁっ、はあっ、はぁ……」
ツクモは汗を額に浮かべ、呼吸を整えている。
やよいは竿に垂れた白濁液を指ですくい舌で舐め取ると、
「ンふ……すっごく濃い。ツクモクン、溜まってたのね。筆でイッちゃうなんて……可愛いわね」
と、満足そうな笑みを浮かべた。
「それじゃ、私はこれから祓いに行って来るけど、ツクモクンは絶対にここから出ちゃダメよ」
ツクモのペニスに付着した精液をティッシュでふき取ったあと、やよいは霊に関わるときに見せるあの真剣な表情をして言った。
「ぼくが行っても足手まといになるだけだから?」
不満げなツクモ。彼としてはやよいを助けることができず、安全な場所で待つというのが悔しいのだろう。
好きな女ひとり守れず―――
やよいとしてはその気持ちは本当に嬉しいのだが。
「そうよ。霊感のないツクモクンが行っても悪霊の姿は見えないし、無意味な危険を冒すことになるの。
今回のお祓いは私ひとりでも大丈夫だから、おとなしく待っててね」
と、厳重に言い含めて外に出た。
台風の目に入ったかのように風は完全にやみ、世界はいっさいの音を失っていた。
風の音も虫の声も草木の囁きも、歩くたびに履いている草履が土を擦る音さえ聞こえない。
神社の周辺はさながらバックミュージックのない無声映画のワンシーンのように不自然な静寂に包まれていた。
やよいは目の前に広がる森から強烈な圧迫感を感じていた。それは悪意や殺意といったものではなく、
悲しみと切なさの入り交じった思念の奔流だったが。
黒一色に塗り潰された森の奥に、ぼんやりと緑色の不気味な光が漂っている。
光はじょじょに人の形に合わさり、雲の切れ間から差した月の光を浴びると男の姿に変わった。
カーキ色の国民服と戦闘帽、足には包帯のようなゲートルを巻いている。
この国の歴史を少しでも学んだことがあるものは、それが大戦時における男性の一般的服装であったことに気付くはずだ。
男が唯一それと違う点は、腰に軍刀らしき装飾された剣を帯びていたことである。
『―――女、このあたりに学徒出陣の義務から逃げ出した非国民が潜伏しているはずだ。今すぐ探し出せ』
横柄に男は言った。血の通っていないような白い顔。地の底から響くような低い声。
目は赤い光を発してぎらついていた。それこそ、血眼になって探し続けたがために目の色が変色してしまったかのように。
「残念だけど、今の時代に非国民なんていないわ。戦争はもう終わっているのよ」
『……今なんて言った?』
怪訝そうに眉をひそめる男。
やよいは少しだけ悲しい顔を見せたが、表情を引き締めると彷徨える霊を正面に見据えて言った。
「戦争はもう50年以上も前に終わっているの。そしてあなたもすでにこの世の人ではない―――たぶん終戦間際に命を落としたのね。
あなたはいまだに自分が死んだことさえ気付かずに、ずっと兵役に送る男性を捜し続けているんだわ」
『はっ!何を訳のわからないことを……俺が死人だと?戦争が終わっているだと?』
「そうよ。自分の胸をよくご覧なさい」
言われて、男は自分の胸を見る。
『―――あ?』
そこには血を流し続ける銃創が三つあった。夏がもうすぐにせまったあの日、突如飛来したB−29の機銃掃射にやられたものだった。
「わかってもらえたかしら。私はあなたを強引に消したくはないの。おとなしくあるべき場所へお行きなさい」
『嘘だ……そんなことがあるものかっ!』
男はだだをここねる子供のように首を振る。
『戦争が終わったと言ったな!なら、どのように俺たちは勝利したんだ!?』
「いいえ、広島と長崎に新型の爆弾が投下されて……多くの死人が出たわ。結果として、私たちの国は負けてしまったの」
――――っシャアああああァァァァぁぁッッッ!!!
突然、男は蛇のように呼気を吐き出し、獣じみたスピードでやよいに飛びかかった。
空中で抜き放たれた軍刀がきらめき闇に鋭角的な閃光を走らせる。
キィィィィン!
鋼と鋼のぶつかり合う音。
飛び散る青白い火花。
上段から振り下ろし体重を乗せた一撃は、しかし、的確なやよいの剣さばきに軽やかに受け流されていた。
後ろ向きの人間離れした跳躍で間合いをとり、男は憎々しげにやよいを睨み付ける。
『ふざけるな!俺たちが負けるはずがあるか!流言を吐く貴様も非国民だ!斬り殺してやる!』
(やっぱりダメみたいね……)
説得は不可能と判断し、脚をわずかに開き、やよいは剣を正眼に構える。
『まだ戦争は終わっていないっ!日本は必ず勝つ!』
「認めようともせず、あなたはっ!」
だん!
地面が振動するほど強く、互いが踏み込んだ。
確かに力やスピードは圧倒的に男の方が上だろう。しかし、足運びや太刀筋はやよいの技量から見れば素人も同然だ。
相手が亡霊だろうと人の形をしている以上、真剣勝負でやよいが負ける理由はなかった。
「はあっ!」
袈裟懸けに放った男の一撃を上体を逸らしてかわし、横薙ぎに一閃。
刀身は男の身体をなめらかに滑り込むように通り抜けていった。
『愚おオオお!!?』
鮮やかな動作でやよいは剣を鞘に戻し、両手で印(いん)をくみ祝詞を唱える。
掛(か)けまくも畏(かしこ)き伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)