
むかし女王さまがお姫さまだったころ
お姫さまはたいくつでした
お城にはいつもありあまるほどの
ほうせきやどれすと
ごうかなしょくじとあたたかいべっど
うわさばなしやわるぐちがだいすきなめしつかい
きむずかしいかおをしたおうさまと
いつもふきげんなおきさきさまたち
きょうだいたちはいじわるばかり
お姫さまはおしろのすべてがたいくつでした
おひめさまのこころをおどらせたのは
いつもまどからみえる
とおいちへいせんのむこうと
とおいちへいせんのむこうにあるであろうせかいの
おとぎはなしだけでした
そんなあるひお姫さまはこっそりおしろをぬけだして
ぜんりょくではしりだしました
ねぐりじぇとへやばきのまま うしろをふりかえることなく
きんいろのかみをゆらして
はしってはしって
ひとつもりをぬけると
もうおしろはみえなくなっていました
そうげんをぬけて かわをわたり
もりをぬけても ちへいせんにはたどりつきません
あしにはたくさんのまめができ
たいようはしずみかけて きぎのおとすかげもやみにとけだし
ほとほとつかれてしまったお姫さまですが
おいしげるきぎのむこうに わずかなあかりをみつけました
そこには
えほんのなかでみたような
きでつくられたちいさなおうちがひしめきあい
おとなもこどもも いそがしそうにはたらいていました
どこをみまわしても
どれすやほうせきやきんかはみあたりません
ひとびとがみにつけるいふくは
ドロやあせでひどくよごれているのに
たのしそうにわらっていて
お姫さまにはふしぎでなりませんでした
ひとびとのかおは
うわさばなしやわるぐちがだいすきなめしつかいや
あまりくちをきいてくれない王さまや
いつもふきげんなおきさきさまや
いじわるな兄弟たちの
そのどれでもないかおだったからです
ひとりの少年がお姫さまにきがつくと
どこからきたのかたずねました
お姫さまはもりのむこうからやってきたとだけこたえました
赤いかみの少年はこうきしんいっぱいの
ひすいのようなきれいないろのめをしていました
さっきからしきりに足をきにしているようすのお姫さまと
ぼろぼろになったくつにきがついた少年は
お姫さまをおぶっておうちにかえりました
おうちのなかには とりとはーぶをにこんだような
おいしそうなにおいがしていました
お姫さまの足にできたたくさんのまめを
きれいにしょうどくしてくれたおかあさんの手は
おきさきさまの手とちがって
かわはあつくなり つめはかけ 指はあかぎれていました
おかあさんは少年やむらの人たちと同じように
きれいなひすい色のひとみでお姫さまにやさしくほほえみます
お姫さまがおなかをならすと
おかあさんと少年は じぶんのパンとスープを
はんぶんずつお姫さまにわけてくれました
スープはけっしておいしいとはいえませんでした
しかしおかあさんの手とスープのおんどはちがうのによくにていました
それはおひめさまがおしろのなかで
いちどもかんじたことのないおんどでした
少年はひとみをきらきらとさせて
お姫さまのあおいひとみをのぞきこみます
もりのむこうのせかいについてお姫さまにたずねると
お姫さまは森のむこうにはたのしいものなどなにもないとこたえますが
森のむこうにあるお城のはなしにおよぶと
少年はますます目をきらきらとさせて
お城にある、きれいな宝石や金貨や
おいしいしょくじや、王さまのつよいへいたいについてや
おうさまのへいたいになった、きしのおとぎばなしをはなしてくれました
じぶんのしっているかぎりのことを
おひめさまにたのしそうにはなしてくれました
お姫さまはふしぎなきもちでした
このときお姫さまはちへいせんのむこうにいくことなど
もうすっかりわすれていたのです
おかあさんはお姫さまに
おうちはどこにあるのとたずねました
お姫さまはもりのむこうにあるとこたえました
おかさんはいいました
いっしょにおうちまでいきましょう
お姫さまは、しばらくおかあさんをみつめたあと
「ここにいたい」とおねがいしました
おかあさんはすこしおどろいたかおをして
ひっくりかえっていたネグリジェのえりを
なおしてくれてからやさしくわらって
あすおうちにかえりましょうといいました
ちかづいたおかあさんのかおからは
おきさきさまたちとおなじようなおけしょうの
においはしませんでした
わらうとめもとがしわしわになりましたが
そのえがおは少年とよくにていて
あかいゆたかなかみと
ひすいいろのきれいなひとみをしていました
それからおかあさんはだんろのまえで、
お姫さまのぐしゃぐしゃにからんでしまったネコのけのような
かみにくしをあてて、やさしくすいてくれました
そのてはまいにちかみをすいてくれたメイドよりもずっと
お姫さまのかみをいたわるようにやさしく
ゆっくりとこんがらがったかみをといていきました
おかあさんは、きれいなかみねといいました
つづけて、おかあさんがいつもといてくれているのね ともいいました
お姫さまはなにもいいませんでした
お姫さまは、少年のおかあさんが、まいにちかみをすいてくれたら
いいのになとおもいながらだんろの火をみつめていました
お姫さまのひえたからだは、
スープとだんろですっかりあたたまっていました
からだがぽかぽかしていて、「からだ」いがいのどこかが
ぽかぽかするのもかんじていましたが
そのばしょがどこにあるのか、このときのお姫さまには
まだよくわかりませんでした
それから少年は大きなちずをテーブルにひろげて
お姫さまにおしろのばしょをおしえてくれました
お姫さまはおしろからきたことをなんとなく少年にはいえずに
少年のはなしをだまってきいていました
ちずはふるぼけていて、ところどころきれたりやぶけたりしていましたが
とても大きくて、お姫さまがりょうていっぱいひろげても
はしとはしにはとどきませんでした
お姫さまはむねがわくわくしていました
あっちこっちをゆびさしては少年にいろんなことをたずねました
お姫さまがちへいせんがどこにあるのかたずねると
ひとこきゅうしてから少年はわらいだしました
お姫さまがちへいせんということばをおぼえたのは
いつもまどのそとばかりみているお姫さまに
ちへいせんのむこうにはたくさんのせかいがあると
王さまがおしえてくれたからでした
そしてちへいせんのむこうにも、お姫さまのおかあさんは
いないこともおしえてくれました
少年がわらうと、お姫さまは目をまんまるくさせたあと
すこしむっとしてだまってしまいました
少年はちずといっしょにもってきた「せきたん」と
ふるぼけたかみをひろげて、ひとつまるをかきました。
少年はお姫さまにちきゅうがまるいことと、ちへいせんはせんではなく
ちきゅうのまるいそくめんがみえていることをおしえてくれました
少年はお姫さまよりすこしだけ大きく
お姫さまより少しだけいろんなことをしっていました
ちへいせんのむこうにいったことがあるかと
お姫さまは少年にたずねました
少年は、おかあさんがいるからちへいせんのむこうにはいかない
とこたえました
それから少年は口もとにいっぽんゆびをそえて
お姫さまにないしょのやくそくをしました
おかあさんにきこえないように
お姫さまのみみもとでちいさなこえでおしえてくれました
いつか王さまのへいたいになり
そのお城にあるおいしいしょくじや宝石や金貨を
おかあさんにぷれぜんとすることが少年の夢でした
少年はたくさんの夢やきぼうを
お姫さまにはなしてくれました
お姫さまはあおいひとみをらんらんとさせて
にっこりわらいました
お姫さまは おかあさんと少年と
おとぎばなしのような きでできたいえと
よごれたようふくをきてはたらくひとびとが
宝石やどれすやおいしいしょくじよりも
すきになりました
しかしちいさなお姫さまもしっていました
このいえにはぱんやスープがふたりぶんしかないこと
遠くから王さまのへいたいのふえのねがきこえること
進む