財政金融基本方策要綱
昭和16年7月11日 閣議決定
第一 方針
戦時諸国策遂行ノ経済的基礎ヲ強化確立シ高度国防国家体制ノ完成ヲ促進スル為メ財政金融ニ関シ所要ノ改革ヲ行ヒ国家資金力ヲ計画的ニ動員配分スルト共ニ資金運用ノ方針機構及方法ヲ改善シ総合計画経済ノ円滑ナル運営ノ下ニ国家経済力ノ最高度ノ発揮ヲ期ス
第二、要領
一、国家資金動員計画ノ設定
(一) 国民経済ノ総生産額其ノ他ヲ総合的ニ勘案シテ毎年度ノ国民資力ヲ画定ス
(二) 右国民資力ニ基キ国民ガ国家総力戦下ニ於テ必要ナル限度ノ生活ヲ維持スル為メ消費ニ充ツベキ部分(国民消費資金)ト租税及国民貯蓄ノ形態ニ依リ動員スベキ部分トヲ画定ス
(三) 右国民貯蓄ニ付テハ消費規正ト照応シ毎年度目標額ヲ定メ強力ナル国民貯蓄計画ヲ樹立実施シテ預金、保険、有価証券等各種ノ態様ニ依リ動員可能ノ状態ニ完全ニ集積セラルルコトヲ確保スルモノトス
(四) 租税及国民貯蓄ヲ根幹トシ企業ニ属スル剰余資金、外国トノ間ノ資本移動等ニ付テモ適当ナル見積ヲ為シ以テ毎年度ニ於ケル国家資金動員総量ヲ画定ス
(五) 右動員資金ノ総量ヲ物資動員計画等ト照応シ軍備其ノ他ノ政府ノ所要、生産上ノ所要等ヲ彼此勘案シ国家総力ヲ最高ニ発揮スル如ク政府(地方庁ヲ含ム)ノ使用スル部分(財政資金)ト民間産業及外国投資ノ為メニ使用スル部分(産業資金)トニ配分シ以テ毎年度ノ国家資金動員計画ヲ設定ス
右国家資金動員計画ノ設定及国民消費資金ノ画定ニ当リテハ国民経済ニ供給セラルル物資ガ国家総戦力ノ見地ヨリシテ最モ効率良キ均衡ニ於テ消費用、貯蔵用、生産用ニ配分セラルルコトヲ本旨トスベキモノトス
(六) 毎年度ノ国家資金動員計画ノ外大体同様ノ方法ニ依リ将来数ケ年度間ニ付国家資金動員期間計画ヲ概定ス
(七) 国家資金動員計画及国家資金動員期間計画ノ基礎的資料トシテ生産及国民所得等ニ関スル統計其ノ他国家経済力ノ指標トナルベキ各種統計ヲ整備ス
(八) 国家資金動員計画及国家資金動員期間計画ヲ定ムル為メニハ其ノ基礎トシテ相当期間ニ亘ル基準国防費計画及生産計画ノ樹立ヲ必要トスルヲ以テ物資需給ノ状況等ヲ勘案シ将来数ケ年度間ノ基準国防費計画及生産計画ヲ概定スルモノトス
(九) 国家資金動員計画及国家資金動員期間計画ヲ定ムルニ付テハ満洲国初メ自存圏内ニ於ケル資金需給ト密接ナル連絡ヲ保持スルモノトシ之ガ為メ必要ナル措置ヲ講ズ
二、財政政策ノ改革
(一) 財政資金計画ノ設定
国家資金動員計画ニ於テハ産業資金及国民消費資金トノ関係ニ於テ国家経済力ガ最高効率ヲ発揮スル如ク物資及労力ノ供給ニ関スル計画等ト見合ヒテ軍備其ノ他ノ施設ノ為メ政府ノ使用スベキ資金総量ヲ規正シ以テ毎年度ノ財政資金計画ヲ設定ス
尚将来数ケ年度間ニ付財政資金期間計画ヲ概定ス
(二) 会計制度ノ改革
財政ノ運用ヲ合理化シ計画経済運営トノ関係ヲ明確且緊密ナラシム如ク左記各項ニ依リ会計制度ヲ改革ス
(イ) 現在一般会計ガ性質ノ全ク異ル各種ノ支出ヲ包含シ従テ計画経済運営トノ関係ヲ明確ニシ得ザルニ顧ミ支出ノ性質ガ一般的経費ナルカ資産ヲ構成スル経費ナルカ等其ノ性質ニ従ヒテ経理ノ調整ヲ工夫スルコト
(ロ) 特別会計ニ付テモ上記ノ趣旨ニ従ヒ必要ナル整理ヲ行フコト
(ハ) 予算ノ形式ニ改善ヲ加ヘテ一層理解シ易キモノタラシムルト共ニ国家ガ事態ノ必要ニ応ジテ敏活ニ行動シ得ル様弾力性アル予算ノ編成ヲ為スコト
(ニ) 其ノ他時勢ノ変遷ニ即応シ又ハ戦時ノ必要ニ応ズル為メ現行会計制度全般ニ付再検討ヲ加へ必要ナル改善ヲ行フコト
(三) 予算編成方法ノ改革
歳出予算ハ財政資金計画、物資動員計画等ニ準拠シテ先ヅ其ノ総額ヲ概定シ重点主義ニ依リ政府ノ最高方針ニ則リ之ヲ編成ス之ガ為メニハ特ニ左記事項ヲ実行ス
(イ) 毎年度予算ノ編成ニ際シテハ予メ行政各部ノ首脳者相協力シテ政府ノ実行スベキ重要国策ヲ先議画定スルコト
(ロ) 重要国策費卜其ノ他ノ経費ガ財政資金計画ニ基ク歳出ノ総額ヲ超過スルコトナカラシムル為メ行政各部ハ毎年度既定経費ニ付徹底的ニ検討整理ヲ行フコト
歳入ハ歳出ノ性質ニ照応シテ其ノ財源ヲ按配シ公債財源ニ依ルモノハ歳出ノ性質ガ之ヲ許容スルモノニ限ルモノトス尚租税及公債以外ノ方法ニ依ル歳入増加ニ関シ所要ノ措置ヲ講ズ
(四) 税制ノ改革
租税ハ国家資金動員計画ニ照応シテ財政資金ノ所要ニ応ジ必要ナル収入ヲ確保スルモノトシ計画経済運営トノ関係ヲ稽ヘ一層合理的ナル税制ヲ設定ス之ニ関シ特ニ重要ナル所左ノ如シ
(イ) 国民各階各層ガ負担ヲ分担スル如ク税種ノ新設及改廃ヲ為シ又税率ヲ改定スルコト
(ロ) 戦時利得ニ対スル課税ヲ合理化シ又従来課税ノ対象トセラレザリシ部面ニ対スル課税ヲ為スコト
(ハ) 時局下必要ナル生産ノ助長、消費ノ規正、貯蓄ノ増強購買力ノ吸収其ノ他諸政策ノ遂行ニ資スル如ク租税政策ヲ活用スルコト
(ニ) 財政資金ノ所要ニ応ジ毎年度租税ヲ増減スル方針ヲ採ルコト
(ホ) 課税及徴税方法ヲ合理化スルコト
(五) 公債ノ発行及消化ノ計画化
公債ハ財政資金計画ニ準拠シテ公債財源ニ依ルベキ限度ヲ定メテ其ノ発行予定額ヲ規正シ之ガ発行及消化ニ関シテハ金融統制ト見合ヒテ之ヲ計画化シ且ツ公債整理ニ関スル合理的ナル措置ヲ講ズ
(イ) 単純ナル歳入補填公債ハ之ヲ発行セザルコト
(ロ) 具体的ナル公債消化計画及其ノ実行方策ヲ設定スルコト
(ハ) 公債ノ価格維持ノ方策ヲ講ズルコト
(六) 地方財政ノ改革
地方財政ニ関シテモ国家財政ノ改革ニ即応シ全国民経済運営ノ見地ヨリ之ヲ統制スルト共ニ地方的特色ヲ発揮セシメ地方民力ノ強弱ノ差ヲ補正シテ全国的ニ冗費ヲ節約シ且ツ中央ヨリノ委任事務又ハ中央ト協力スル事業ノ財源等ニ関シテ必要ナル調整ヲ行フ
三、金融政策ノ改革
(一) 産業資金計画ノ設定
国家資金動員計画ニ於テハ財政資金及国民消費資金トノ関係ニ於テ国家経済力ガ最高効率ヲ発揮スル如ク生産計画、物資、労力ノ供給ニ関スル計画等ト見合ヒテ民間産業及外国投資ノ為メ使用スベキ資金総量ヲ規正シ以テ毎年度ノ産業資金計画ヲ設定ス
尚将来数ケ年度間ニ付産業資金期間計画ヲ概定ス
(二) 金融制度ノ改革
金融ハ国家資金動員計画ニ基キ計画経済ノ運営ヲ確保スル為メ資金ガ公債消化及物資、動力、労力ノ確保ヲ可能ナラシムルコトヲ主眼トシテ流通スルガ如ク公益的ニ計画的ニ且ツ統一的ニ行ハルベキモノトス
(イ) 日本銀行ノ機能整備
政府ノ金融統制ノ実施ニ関スル機関タル機能ヲ一層整備充実スル如ク日本銀行ヲ改組シ各金融機関トノ資金上ノ関係ヲ緊密ニシ金融ノ情勢ニ応ジ金融資金ヲ能動的ニ引上又ハ放出シ具体的ニ金融ヲ調整スル機能ヲ拡充ス
(ロ) 金融機関ニ対スル統制ノ強化
金融機関ノ投資、融資及回収ヲ政府ノ金融統制ノ方針ニ厳格ニ即応セシムルガ如キ機構ヲ整備シ日本銀行トノ資金的関係ヲ緊密ナラシムルト共ニ同業連帯ノ精神ヲ一層昂揚セシメ共同的投資融資ノ方法ヲ活用セシム
金融機関ニ対スル監督ニ関シテハ金融機関ガ計画経済ノ運営上担当スル責任ヲ果セルヤ否ヤヲ監査スルコトニ努ムルモノトス
(ハ) 金融機関ノ組職化
金融機関ヲシテ日本銀行ヲ中核トシテ組織体ヲ結成セシメ政府指導ノ下ニ同業連帯一体的ニ其ノ機能ヲ発揮シ金融統制ノ実施ニ協力シ且ツ金融ト産業トノ連絡ノ緊密ヲ図ラシム
右組織体ハ原則トシテ日本銀行及各種業態別団体ヲ以テ構成シ全国的統轄団体ト為ス
尚要スレバ各種ノ金融機関ヲ包含スル地域団体ヲ設ク
(ニ) 金融機関ノ整理統合
金融機関ノ合併ヲ促進シ店舗ノ配置、営業ノ分野ヲ調整シ金融機関ノ組織化ト相俟ツテ無用ノ競争ヲ根絶シ経営ヲ合理化シ金融資金原価ノ低下ヲ図ル尚之ニ伴ヒ要スレバ新ナル機関ノ設置ヲ考慮スルト共ニ特殊銀行及金融業務ヲ営ム特殊会社ニ付テモ所要ノ整備ヲ行フ
(ホ) 金融資金ノ蒐集及運用ニ関スル措置
各金融機関ノ経営ハ政府ノ金融統制ノ方向ニ沿ヒテ自ラノ責任ニ於テ行ハルベキ処之ト相俟ツテ金融統制ノ円滑ナル遂行ニ資スル為メ要スレバ金融資金ノ蒐集及其ノ払戻ノ責任ニ付国家ノ信用ヲ参与セシメ又投資、融資ニ付国家ノ信用ニ於テ保証又ハ債権ノ肩代リヲ為ス途ヲ開キテ其ノ回収性ヲ補強スル等ノ方策ヲ講ズ
(ヘ) 金融ノ各種系統間ノ調和
一般金融機関系統、組合系統其ノ他ノ各種ノ系統ノ金融機関相互間ノ連繋ヲ緊密ナラシメ各系統ノ金融ガ同一ノ指導方針ニ沿ヒテ調和シテ行ハレ金融市場ヲ一体トシテ金融統制ノ実ヲ挙グル如ク措置ス
(ト) 政府資金及政府関係資金運用ノ統一
預金部、簡易保険、特定ノ社会保険、政府関係共済組合等ニ集積セラルル資金ハ全金融統制ト一体的関係ニ於テ統一的ニ運用スルモノトス
(三) 有価証券取引機構ノ合理化
有価証券ノ価格ノ適正及安定ヲ図リ又時局下必要ナル有価証券ノ取引ヲ円滑ナラシメ以テ産業資金ノ疎通ト国民貯蓄ノ保護ニ資スル為メノ措置ヲ講ズルト共ニ其ノ取引ノ方法及機構ヲ合理化ス尚有価証券事業者ノ業務ニ関スル監督ヲ一層厳重ニス
(四) 企業資本ノ活用
企業ヲシテ努メテ資産ノ償却及利益ノ内部留保ヲ為サシメ以テ自己金融能力ヲ増加スルト共ニ企業ノ経営ヲ合理化シ人的物的資源ノ効率ヲ一層発揮セシメ又企業ニ属スル剰余資金ノ集約ヲ図ル為メ企業ニ対スル資金統制ヲ強化ス
生産拡充等国策上必要ナル企業ノ資金調達ヲ円滑ナラシムル為メノ措置ヲ講ズルト共ニ企業中遊休設備ヲ生ジタル場合ニ於テ国家的見地ニ於テ之ガ資金化ヲ必要ト認ムルトキハ国家ニ於テ之ニ信用ヲ供与シ又設備ノ有無相通ノ斡旋ヲ行ヒ要スレバ国家管理的措置ヲ講ズル等攻究ヲ為スモノトス
(五) 企業設備ニ対スル国家ノ資本的援助
国家ノ要請ニ基キ設備ヲ新設拡張スル場合要スレバ国家ニ於テ企業ニ対シ出資若クハ信用ノ供与ヲ為シ又ハ国家ニ於テ直接建設ヲ為シ其ノ経営ヲ企業ニ委任スル等ノ途ヲ開ク
(六) 外国為替政策ノ改革
外国為替政策ハ外貨資金ヲ活用シ貿易政策ト表裏一体ヲ為シ皇国及自存圏内ノ必需物資ノ獲得ヲ確保スルコトヲ目標トスルト共ニ国際決済ニ於ケル円貨ノ使用部面ヲ拡充強化シ皇国対外経済ノ伸張ヲ図ルモノトス
之ニ関シ特ニ注意スベキモノ左ノ如シ
(イ) 円貨ノ対外為替相場ハ自主的ニ之ヲ決定スル方針ヲ採ルコト
(ロ) 為替相場ノ変動ノ危険ヲ必要ニ応ジ国家ニ於テ負担処理スル制度ヲ確立スルコト
(ハ) 諸外国トノ決済並ニ金融関係ヲ円滑ナラシムル如キ協定ノ締結二努ムルコト
(ニ) 毎年度貿易計画ト照応シ国際収支計画ヲ定メ之カ適実ナル実施ヲ図ルコト
(ホ) 外国為替取引ノ一元的ナル運営ヲ図ルコト
(七) 満支ニ対スル投資ノ調整
満洲及支那ノ財政資金及産業資金ハ努メテ現地ニ於ケル蓄積資金ニ依ルベキモ当分ハ我方ヨリ之ヲ補給スルノ要アルヲ以テ之ガ為メ物資労力ノ交流ト相照合シテ国家資金動員計画ニ基キ一元的計画的ニ必要ナル金融ヲ実施スルモノトシ之ガ為メ必要ナル措置ヲ講ズ
(八) 東亜共栄圏ニ対スル金融政策ノ確立
東亜共栄圏ニ於ケル皇国ノ地位ニ鑑ミ同圏内ノ通貨、金融及為替ハ皇国ヲ中心トシテ運営セラルルガ如ク指導スルト共ニ東亜共栄圏ト世界ノ他ノ経済圏トノ間ノ所要ノ経済交通ヲ円滑ナラシムル為メ必要ナル方策ヲ講ズ
四、行政機構ノ改革
本要綱ノ実施ヲ円滑ナラシムル為メ所要ノ行政機構ノ改革又ハ運用ノ調整ヲ行フ
了解事項
本基本方策ハ、其ノ運用ノ如何ニヨリ生産力拡充、物資ノ配給及消費並ニ一般産業二関スル処大ナルヘキヲ以テ之カ運用ニ当リテハ大蔵省ハ関係各庁ト渾然一体共ノ実施ニ任スルモノトス