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理科の神様

 このホームページを作り始めて4ヶ月になりました。
 考えていたより多くの皆様のアクセスをいただき、ここまで続けてくることが出来ました。
 本当にありがとうございます。

 色々偉そうなことを書き流していますが、本当は天文・野外観察とも経験1年足らずの初心者です。
 皆様には笑われてしまいそうですが、夜空でメシエ天体探しをはじめたのすら今年の夏からなのです。
 M6・M7・M8・M13・M31・M33・M41・M42・M43と収穫を増やしてきましたが、これら入門編の星団すら生まれて初めて見たものばかりでした。

 もちろん、双眼鏡での視野ですから、天体写真のようには見えません。
 球状星団のはずが恒星状でしかなかったり、大銀河のはずが光害に沈んで迫力が無かったりと がっかりすることも少なくありませんでした。
 それでも今なお双眼鏡を手放せないのは、自分が直接宇宙の一部に触れる気分になれるからでしょう。

 こんなサイトを作っているせいでしょうか、星に詳しいと思われているようで手に余る相談を受けることが少なくありません。
 夏に最も多いのが天体望遠鏡に関する相談です。
 「子供といっしょに星が見たいけど、どんな望遠鏡がいいでしょう」とか「星の綺麗な写真が取りたいけど何が必要でしょうか」といった類いのもので、私は返事に困ってしまいます。
 双眼鏡は詳しくなりましたが、天体望遠鏡は高校時代に一度触っただけの素人です。
 本当は「初めてなら双眼鏡から練習したほうがいいですよ」と答えたいのですが、夢をぶち壊すようで歯切れのいい返事が出来ないでいます。

 双眼鏡はともかく、厄介なのは「望遠鏡を手にすれば写真のように星が見える」という思い込みです。
 月のクレーターや木星の模様は簡単に見れて感動しやすい対象ですが、それ以上の星雲星団は一筋縄では行きません。
 場所の見当をつけるだけでも一苦労ですし、視野に導入するのも大変なはずです。
 がんばって明るい星雲を導入しても、見えはガイドブックの写真に遠く及ばないことでしょう。

 天体望遠鏡がベランダ望遠鏡になり、やがて押入れ望遠鏡になっていくことは珍しくないようです。
 使い手の飽き易さ、光害など環境の悪さ、機材の使い勝手の悪さなど、原因は私などが述べるまでも無くいくつも考えられています。
 望遠鏡メーカーの回答として機材の小型化や安価な自動導入装置などの流れは出ていますが、これで本当に星見人は増えていくのでしょうか。
 私はあまり楽観的になれないのです。

 実は 私がこの数ヶ月で体験した天体も、本当の意味で、初めて見た訳ではありません。
 双眼鏡で見るより何倍も素晴らしい姿が、天文雑誌はもちろん初心者向けのガイドブックにまで掲載されています。
 ひょっとしたら、実物を体験することなく 学校の教科書で星空を習ったことがあるかもしれません。
 双眼鏡を抱え右往左往している私ですら、有名な天体は既に知識として見知っています。
 標準的な日本人であれば、実体験よりもはるかに巨大な疑似体験をすでに所有しているはずです。
 重い機材を抱えて真夜中に作業しなくても、何倍も優れた画像がいつでも見ることが出来る。
 科学メディアは望遠鏡の最大のライバルになってしまっているのです。

 身近の望遠鏡を、さらに分が悪くしているのは科学技術の進歩です。
 ハッブル望遠鏡をはじめ最先端の装置は信じられないような絵を、さも現実のように、描いて見せます。
 想像すら難しい技術で得られた真実が、その結果だけを私たちの前に突きつけられます。

 ことは星空だけにとどまりません。
 身の回りは科学技術の結晶が溢れています。
 コンピューターや携帯電話といった電子技術に限らず巨大建築物から農業生産技術まで、生活の中には高度な科学の結晶に溢れています。
 どれも私たちが使いこなし身近に親しんでいるにもかかわらず、その原理すら説明することは困難です。
 今の携帯電話を見せ付けられると、昔必死で設計した鉱石ラジオのなんと原始的なこと。

 どんなに技術が進歩しても、それが魔法でない以上 すべては小学校の理科(死語!)の延長線にあるはずなのに、今はその連続性すら疑われてしまいます。
 星空と同じく、科学が先に進めば進むほど、身近な理科が色あせていくのは皮肉なことです。

 「理科離れ」なんて言葉が当たり前になる中で、私たちが数センチの双眼鏡に熱中するのはなぜなのでしょう。
 何十メートルという巨大双眼鏡が夜空を睨み、鮮明な鳥たちの動画がいつでも見られる中で、巡礼者のように微かな光を探し求めるのでしょう。

 それが楽しいのは、ちっぽけな視野の中に科学の深淵を感じるからではないでしょうか。
 街の光にかき消されそうな星雲、街路樹をわたる小鳥たち、それらは小さな破片に過ぎなくても、大きなつながりを思い出させてはくれませんか。

 瞬く星空、野鳥の歌声、草木の囁き、どんなに科学が進歩しても あなたの隣に理科の神様が隠れていませんか。
 私たちを楽しませてくれる理科の神様も、先端科学を支配する神様も、本当は同じ神様のはずですから。

 ちなみに、双眼鏡にも物理の神様が住んでいるって知っていました?
 本当は、原子核から宇宙論まで支配している神様ですけど、こんな所にも生きているんですよ。
 どんなに技術が優れていても、物理の神様に逆らうと真っ当な双眼鏡にはなりません。
 そうやら、算数の神様も同居しているようですけど。


 

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