双眼鏡の性能(5)
双眼鏡のレンズを考える
オペラグラスやおもちゃの双眼鏡は片側たった2枚のレンズでできていますが、プリズム双眼鏡は少なくても片側5枚のレンズと2個のプリズムを使っています。
レンズ自体もオペラグラスがプラスチック成型品なのに対して、本格的な双眼鏡は光学ガラスが使用されています。
外から見て分かるのは対物レンズ・接眼レンズの最外面だけですが、どのようなレンズが入っているのか見てみましょう。
光学ガラスって?
ガラス屋さんの店先で窓用のガラスが何枚も重ねられているのを見たことはありませんか。
一枚一枚は透明に見えても何枚も重なると反対側が見えなくなることからも、普通のガラスの透明度はさほど高くないことが分かると思います。
双眼鏡のレンズやプリズムは光の通り道にして約10cmほどあるといわれています。
この間に光が弱まるようでは暗い双眼鏡になりますから、できる限り透明度の高いガラスが望ましいことになります。
また、双眼鏡のレンズやプリズムには屈折や反射といった光学的機能が求められますから、一定の屈折率を持った材料でなければなりません。
このような光学ガラスは、珪酸・バリウム・鉛・砒素・ジルコニウム・ランタンといった物質から作られます。
光学ガラスはその組成ごとに屈折率とアッベ数といった光学諸元が定められ、材料メーカーごとに商品名がつけられ光学機器メーカーに売られています。
双眼鏡では「BK7」や「BaK4」といった材質名がカタログに記載されていますが、これは光学ガラスの商品名なのです。
これらの光学ガラスは双眼鏡メーカーが自製しているのではなく、ほとんどの場合は専門メーカーから買い入れられています。
光学ガラスのメーカーというと日本ではオハラ、HOYA、ニコン、住田光学。
海外ではドイツのショット社が大手で、他には米国イーストマン・コダック社が有名どころでしょう。
オハラの光学ガラス材料一覧
(株)オハラのサイトより引用
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住田光学の製品表
住田光学より引用
詳細はこちら
対物レンズ
双眼鏡の最前面に位置するレンズで、双眼鏡ではもっとも大きいレンズになるでしょう。
一般の方はこの対物レンズが1枚の凸レンズから出来ていると思われているのですが、実際は凸レンズと凹レンズを1枚ずつ張り合わせたレンズが使われています。
これは「色消しレンズ」または「アクロマートレンズ」といわれているものです。
なぜこんな手間のかかった構造になっているのでしょうか。
凸レンズは光を中心部に収束させる機能を持っています。
これを図式化すると・・・
となります。
すべての光が焦点に収束しているように見えるのですが、それは高校生レベルでのお話です。
レンズの端を模式的に拡大してみると、光はガラスの境界面に対して斜めに入社していることが分かるでしょう。
そこでは、プリズムの原理と同じく分光作用が働きます。
図にすると・・・
赤い光は遠くに焦点を結び、青い光は近くに焦点を結ぶことになります。
これは色収差と呼ばれる現象で双眼鏡のような屈折式望遠鏡の最大の弱点になってしまいます。
そこで考案されたのが光の分散率の異なる凸レンズ(クラウンガラス・BK7など)と凹レンズ(フリントガラス・F2など)を組み合わせて色収差を抑える方法です。
この方法だと2色の波長を同一焦点に持ってくることが出来ますから、人間の視覚にあわせて色収差を感じにくいように設計されます。
これが現在の双眼鏡の主流を占める「アクロマートレンズ」というわけです。
色収差はレンズの大きさ(口径)と屈折の強さ(倍率)に比例しますから、大口径の双眼望遠鏡や高倍率を求められるフィールドスコープでは「アクロマートレンズ」でも補正しきれない色収差が出ることがあります。
特に可視波長のはずれにある紫などが問題になり、夜間など月の辺縁に色のにじみとして見えてきます。
実用上どこまで気にするかは個人差があるのですが、更に色収差を減らすように設計されたのが特に分散率の少ないED・LD・UD・フローライトといったレンズを用いる「アポクロマートレンズ」です。
一般的なアクロマートレンズ(左)と3枚球アポクロマートレンズの模式図
個人的には低倍率小口径の手持ち双眼鏡ではアクロマートで十分だと思っていますが、高倍率で使われるフィールドスコープでは高倍率時に比べてみれば分かる程度の差はあるようです。
双眼鏡の大半はアクロマートレンズなのですが、大型の対空双眼鏡ではアクロマート仕様とアポクロマート仕様が設定されていることがあります。
あとは個人のお好みと御予算の絡みなのですが、価格には2倍以上の開きがあるようです。
ちなみに、一般的な光学ガラスと異常低分散ガラスでは原料自体で数十倍から200倍もの価格差があるといわれています。
加えてEDレンズや蛍石は加工や取り扱いも難しく、そのコストが価格に反映されているのでしょう。
接眼レンズ
天体望遠鏡をお使いの方はお分かりと思いますが、望遠鏡の視野と倍率は最終的には接眼レンズの設計によって決められます。
ここまで述べてきたように接眼レンズの理想は「広角・アイアイポイント」ですが、コストの兼ね合いからすべてが理想どおりに実現するわけではありません。
天体望遠鏡用の接眼レンズでは1本で5万円(!)を超える商品すら存在するのです。
双眼鏡は安価な商品が多いですし1台で2つの接眼レンズが必要になりますから、安価なレンズが必要になります。
最も簡単に製造されるのは、ケーニッヒ型と呼ばれる方式で2群3枚の構成です。
見掛視界で45度と他の形式に比べ見劣りしますが、同径のレンズのみから製造できるため安価な双眼鏡の多くがこの方式をとっています。
ケーニッヒ型接眼鏡
同じ径のレンズだけで構成できるがアイレリーフが短く視野が狭い。
標準的な双眼鏡の多くで採用されているのが、ケルナー型といわれる方式です。
こちらも2群3枚構成ですが、レンズ枚数が少ない割に見かけ視野50度前後と広いため好んで採用されます。
ケルナー型接眼鏡
レンズ枚数が少ない割に視野が広くアイレリーフも長め
更に広角双眼鏡になると、エルフレ式と呼ばれる3群5枚の方式が使われます。
見掛視界は60度を越えハイアイポイントとなります。
今では標準クラスの双眼鏡でも見られるようになりました。
エルフレ型接眼鏡
視野が広くアイレリーフも長い
高級機になると更に構成枚数が増え、各メーカーごとに独自の設計を競っています。
ツァイスの4群6枚やニコンの4群5枚・4群6枚など、高価な価格がうかがえる接眼鏡も多く存在します。
ただ、実際の双眼鏡がどのような接眼レンズ形式を採用しているかは公表されていることが少なく、私たちは視野とアイレリーフから推測するに過ぎません。
もっとも、視野が広く見えがよければどのような形式でもよいわけですから、普通は気にしないことなんでしょうが。
高倍率の双眼鏡ではアイピースが交換できるようになっている機種も存在します。
そして、そんな双眼鏡用の別売りアイピースは小型双眼鏡が買えるほどのお値段になっています。
天体望遠鏡用のアイピースも高級なものになると1本で数万円なんて珍しくありません。
次の回ではレンズと並んで双眼鏡では重要な部品、プリズムを取り上げることにいたしましょう。