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防振双眼鏡を考える

 手持ちで使う光学機器は、双眼鏡に限らず、手ブレの問題はつきものです。
 暗いところで撮影した写真がピンぼけでもないのにお化けみたいな出来になった経験はありませんか。

 たしかに手ブレの問題は三脚に固定することで防ぐことが出来ます。
 しかし、双眼鏡の本来の魅力は持ち運びの手軽さと汎用性ですから、三脚を持ち運びその都度固定して使用するのではフィールドスコープと同じになってしまいます。

 双眼鏡で手持ちで快適に使える限界は10倍あたりで、それ以上は手ブレで細部がスポイルされてしまいます。
 一般的には8倍程度で十分な倍率がえられるのですが、バードウォッチングで遠くの鳥を観察する際には倍率不足です。
 また、夜間に使用する大口径の双眼鏡では、重さのために低倍率でも手ブレによる影響が無視できません。

 最近、幾つかの会社から 手ブレを電気機械的に補正する双眼鏡が発売されてきました。
 それまでの防振双眼鏡はとても個人で買える代物ではなかったのですが、今ではがんばれば私のような勤め人でも買える所まで安くなっています。

 今回は一般向けに市販されている防振双眼鏡について考えてみましょう。

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    防振双眼鏡の登場

 防振双眼鏡が一般の愛好家に手に届くようになってきたのはここ5年ほどのことです。
 それ以前にも手ブレを補正する機能は一眼レフの大型レンズや業務用ビデオカメラに採用されていましたが、双眼鏡への採用は軍用品や海事・航空管制用品に限られていました。
 そのような双眼鏡は当時で100万円程度といわれていましたから、そう手が出せる品でもなかったのでしょう。

 ところがキャノンから発売されたISシリーズは、最高級機でも20万円を切る価格で登場。
 当初は口径が36mmと小さめでしたが、気軽に高倍率を味わえるとあってバードウォッチャーに絶大な人気を誇ることになります。
 その後、大口径機や普及小型機が追加され、去年には50mmの新型にモデルチェンジしています。
 「18X50」や「15X50」は天文向けにも十分な口径でしょう。

 さらに今年に入って、フジノンからも個人向けの防振双眼鏡「テクノスタビ」が発売され、この分野に注目が集まるようになりました。
 このような超高性能双眼鏡が中級天体望遠鏡より安く買えるのですから技術の進歩は恐ろしいものです。

 天文雑誌などですでにこの2台は何度も取り上げられていて、皆さんもすでに読まれたことがあるかもしれません。
 概して「プリズム双眼鏡発明以来の快挙」だとか「もう三脚は要らない」といった絶賛が目立つのですが、本当にそうなのでしょうか。

 フジノンとキャノン、それぞれについて見ていきましょう。


    フジノン「テクノ スタビ」

 フジノン防振双眼鏡「テクノスタビ」は、それまで軍用・探索用に作られていた「スタビスコープ」を一般向けに改修したものとされています。
 定価17000円(実売13万円程度)と双眼鏡としては極めて高価ですが、「スタビスコープ」が100万円を超えていたことを考えると革新的な価格設定といえるでしょう。

 光学的には ダハプリズム方式14倍40mmで実視野4度・アイレリーフ13mm。
 接眼レンズおよび対物レンズの方式は発表された資料には記載がありません。
 単三電池4本で作動し、連続3時間使用可能とされています。
 振動補償は正立プリズムをリニアモーター駆動で制御し、補償角度は±5度と記されています。

 私のような人間はメーカーから試用機を借りることが出来ないので、JTBショーと専門店のデモ機での体験から検討してみましょう。
 そのため、夜間星を見ながらのトライアルが出来なかったことをお断りしておきます。

 まず、この双眼鏡を持って感じるのは これまでのどんな製品とも異なる特別な風体です。
 双眼鏡というよりはレーザー距離計や暗視装置といった外観でしょう。
 重さも双眼鏡離れしていて、1300gのカタログ表記より重く感じるのは その形状のせいもあるのでしょう。
 双眼鏡というより旧型のビデオカメラといった重量感です。

 肝心の防振機能は右手のボタンを押して起動させます。
 スイッチを入れてから数秒間があり、スタンバイが完了します。
 防振機能が動作すると低い作動音がありますが、ツァイスの20X60と比べるとはるかに静かです。
 そしていったん防振機能が作動すると、本体の重さが嘘のような安定した視野が得られます。

 防振性能は元が軍用に使われていたものだけあって完璧な作動といえるでしょう。
 JTBショーで振動式ダイエット器を使いながら双眼鏡を使うデモがされていましたが、全く問題がありませんでした。
 「歩きながらでも観察が可能な双眼鏡」というのは全く過言ではありません。
 飛行機や自動車に乗りながらであっても高度な観察が可能でしょう。
 実視野が4度しかないのに、5度の振動を補償できる機能は伊達ではありません。

 ただ、一般人が普通に使うシチュエーションの中では いくつか問題がありそうです。
 防振機能では、その大きな補償範囲ゆえに動目標の追尾や目標の導入に習熟が必要です。

 たとえば泳いでいる水鳥を見ようとします。
 双眼鏡を転じて目標の方向に動かしても、防振機能が働き視野を元のままに固定しようとしてしまいます。
 双眼鏡を動かし導入を続けると 視野の2/3を過ぎたあたりで補償機能が限界になり 初めて視野の移動が始まります。
 さらには、どうにか目標が視野に入ったときに双眼鏡の動きを止めたとします。
 この段階ではプリズムは動きに対して補償状態にありますから、今度は静止状態になろうとして視野だけが移動を続けます(双眼鏡は動いていないのにもかかわらずです)。

 ここで慌てずゆっくりと双眼鏡を微調整していけば一秒ちょっとで視野が再度安定に戻るのですが、ここで慌てて本体を反転させると更にプリズムの揺り戻しが生じ 振り子状の視野に苦しめられることになります。
 歩いている人や水面の水鳥レベルでしたら慣れによって対処できそうですが、飛び回る小鳥を導入・追尾するのはかなりの困難や予想されます。

 星や風景などに使用を限ればその防振機能も生きるのでしょうが、それならキャノンの防振機構でも対応可能ですし、レンズ口径の差と何よりその重すぎる重量がネックになるでしょう。

 光学的にも優れた双眼鏡ですし、現時点では防振機能も最高の双眼鏡であることは間違いなさそうですが、そのあまりに高度な防振機能ゆえに一般用途での使用には適応障害をおこすでしょう。

 対策としては使いやすい場所にすぐ使える防振機能キャンセルスイッチを付けることが考えられますが、メーカーの方はどう考えているのでしょうか。
 キャノンの競合品と比べて 不備は理解しているでしょうから、早急な対策を期待したいと思います。
 更にはアイレリーフが13mmでは眼鏡のままでは周辺が明らかにケラられます。
 超高額機なのですから 最低でも15mmは確保して欲しいものです。

 軽量・大口径機の登場を楽しみにしています。


    キャノン 「ISシリーズ」

 対する、キャノンの防振双眼鏡「ISシリーズ」を見てみましょう。
 最新型は「18X50IS」や「15X50IS」といったところなのですが、こちらは人気が高く最近まで店頭で実物を見る機械すらありませんでした。
 両者とも月産50台といわれ、「18X50IS」は3ヶ月待ちといわれていた時期もあったほどです。

 最近は初期需要が満たされたのか 専門店の店頭でも「15X50IS」が見かけられるようになりました。
 今回は、店頭で使用した「15X50IS」と我が家の「10X30IS」、更に友人所有の「15X45IS」をあわせて見てみましょう。

       

 皆さんの注目の「15X50IS」はポロプリズム方式で、実視野4.5度・アイレリーフ15mm。
 対物レンズはUDレンズを含む2群3枚構成、接眼レンズはエルフレ風の3群5枚構成。
 単3電池2本で約2時間起動、振動補償は正立プリズムとは別に配置された液体封入プリズムによって行われます。
 補正角度は±0.7度と公表されていますから、「テクノスタビ」の7分の1に過ぎません。

 この双眼鏡を持ってみると、鏡筒は大柄なものの手になじむデザインで「テクノスタビ」ほどは重さを感じません。
 ただ鏡筒全体が大柄なため手が小さいとピント操作がしにくいかもしれません。

 スイッチは本体右側にあり、「15X50IS」では一度押すと次に押すまで作動状態になります。
 作動音は「テクノスタビ」より静かで、ほとんど気にならないでしょう。
 旧型の「10X30IS」や「15X45IS」ではスイッチを押している間だけ防振機能が作動します。

 肝心の防振補償ですが、カタログスペックからも予想されたとおりに控えめです。
 10倍機では片手でも実用的な視野が得られますし、15倍機では両手を添えれば問題ないでしょう。

 ただ、気を抜くと 体幹の揺れや大きめの手ブレが補正しきれず 視野が揺れてしまいます。
 それでも高倍率を手持ちで使うことを考えれば非常に素晴らしいのですが、「テクノスタビ」の完璧な防振とは一線を隔しています。
 もちろん、乗り物の上では十分な視野は実現できないでしょう。

 動目標を追いかけても、「テクノスタビ」で見られた視野の遅れはわずかで 詳細に観察しなければ実感できないでしょう。
 フジノンより補償角度が小さいことに加えて、プリズムの復帰速度も速いように思います。
 実用上は通常の低倍率機のように自在に追尾・観察が可能です。

 現在、キャノンの防振双眼鏡は10倍・12倍・15倍・18倍とラインナップされており、人気は18倍に集まっているようです。
 最小の10倍でも防振機能の働きを実感できますし、価格的にも割安感があります。
 また、15倍・18倍機は極めて高価で、同程度の定価の「スタビスコープ」より実売価格が高く、加えて品薄状態になっています。
 15万円というと非常に高額ですが、15倍を超える高倍率が手ブレによる像の悪化を気にせず使える利点を考えると価値のある出費でしょう。


    防振双眼鏡の現在

 フジノンとキャノン、同じ防振双眼鏡ながら出発点が違えば、出来た製品も異なる性格のものです。
 まだ両者とも完璧な双眼鏡とはいえないものの、旧来の双眼鏡の概念を打ち破る優れた製品であることは間違いありません。

 フジノン「テクノスタビ」が軍用から引き継いだ完璧な防振機能を備えたがゆえに一般用途では使いにくくなっています。
 対してキャノン「ISシリーズ」は安価の防振装置として開発されたため補償限界はひかえめですが、実用では全く違和感のない仕上がりとなっています。

 今 私たちが防振双眼鏡を買う贅沢が許されるのなら、クルーザーや自家用ヘリを持っているのでない限り、キャノン「ISシリーズ」のどれかを選ぶしかないでしょう。
 わずかな揺れが残るとしても、高倍率なその視野はこれまでの双眼鏡から見れば 異次元のものとしか思えません。

 また、今回は辛い評価になった「テクノスタビ」も小さな改良で使いやすくなる可能性があります。
 目標導入時の動きを防振機能からキャンセルできれば、格段に使い勝手が向上するでしょう。
 重さの面で改良が進めば、一般用途の中でその性能が生かせる機会は少なくないのですから。
 現在 最も価格性能比の高い防振機構でしょうから、今後の改良に期待したいと思います。


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