竜だ。
後で改めて考えてみればただの雷光だったような気もするけど、
少なくともその時は竜だと確信していた。いや、竜だった。
今まで何度かその存在を思った事はあったけど、
現実になる時はこんなに唐突なんて、ずるい。
「よ。久しぶり」
私が何かを考える前に竜は話しかけてきた。
「久しぶり?」
「そう。もう何度も会ってるがね」
竜と話をした覚えはない。でも頭に響く声とこの空気には既視感があった。
「…あなたは…?」
「竜だ。あんたがさっきそう名付けたんだろ」
「そう…言い方を変えるわ。あなたは何者なの?」
「んー。人の言葉を借りれば、理(ことわり)、精霊、偉大なるもの…そんなところかな」
「神様?」
「どうかな。ただ、あんたが感じてるのものが本質さ」
「説明になってない」
「じゃああんたは言葉で説明出来るかい? 自分とは? 人とは?」
「え……と、道具を使う……」
「………プッ」
「…………」
竜に馬鹿にされたような気がした。いや、間違いなく馬鹿にされた。
「ハハ。まぁ、そういうことだ」
「…ずるい」
何がずるいのかよくわからない。頭と口が纏まっていないようだ。
何か考えようとすると今度は口が動かなくなる。
「……」
「…………」
結局頭も口も止まってしまった。沈黙が心地いい。
竜の姿をぼんやりと眺めていると漸く頭が覚めてきた。そうだ。聞きたい事があった。
「何度も会ってるって言った?」
「ちゃんと会ったのは三度くらい。すれ違ったくらいならそれこそいくらでも」
「馬鹿な。全然記憶にない」
「忘れたんだろう」
「そんなわけない」
「万とは言わんが、あんたは数千は夢を見てる筈なんだな。そのうち、幾つを覚えている?」
「これも夢だって言うの?」
「例えだよ。あんたらが記憶にもとどめない、そんな存在さ」
「はあ」
「もう、殆ど人の眼に見える事もなくなってきた。竜とは忘れられ、隠れて生きる存在さ」
「じゃあ、今見えてるあなたは何なのよ」
「気にすんな。どうせすぐ忘れる」
「やだよ。せっかく会えたのに忘れるなんて。それにこの感じ、嫌いじゃない」
「定めじゃよ。あんたがこの世界に泣くとき、ひょっとしたらまた俺が見えるかもしれんがね」
「そんn
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竜はいなかった。
後で改めて考えてみると、やっぱりただの雷光だったような気がする。
そうだとすると、涙が止まらないことが妙に悔しかった。