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キムンカムイ・沢田さんを語る




第一部:概要

 キムンカムイとは20世紀の終わり頃に週刊少年マガジンにて連載された漫画である。曰く「自然パニックドラマ」だとか。作者は、劣化ウラン弾の漫画を書いたりとやや左向きな傾向のある三枝義浩。全四巻。沢田さんはその漫画の登場人物の一人なのだが、沢田さんについて語るにはまずキムンカムイについて語らねばならない。

「キムンカムイ」導入部の大雑把な説明

 主人公片瀬遼とその幼馴染み松本幸雄と中竹宏斗の三人は連休を利用して北海道は黒土山に釣りに出かける。しかし山に着いたはいいが、雨により川の流れが激しく釣りを断念。近くにあった山小屋で休むことになる。そんな中、山小屋にTV局の一行がやってくる。北海道の自然に関する番組を撮影しようとしていたのだが、仲間の一人が怪我をしたため彼らも山小屋に休憩にきたのであった。
 で、三人とTV局一行は山小屋の中で一夜を過ごすのだが、夜が明けてみたらカメラマンが一人いない。皆で捜索したところ山の中にそいつのカメラが落ちていた。そのカメラには、カメラマンの死体がヒグマに引きずられる様子が映されていた……


 そんなわけで、「キムンカムイ」はヒグマのいる山で一週間を過ごさざるを得なくなった一行の様子を描いたサバイバル漫画です。基本的に笑い要素は皆無です。このコーナーもネタ的ではありますがギャグとは無縁ということを念頭に置いておいてください。
 サバイバル漫画だけあっていろいろと容赦ないです。多少不自然な展開はあっても基本的にリアル路線なんで終盤まで、都合のいい嘘くささなんて殆どありません。特に一巻付近は嫌と言うほどの救いがありません。例のカメラを見た一行が山小屋に逃げ帰ろうとしたら、山小屋に置いてきた怪我人がヒグマに襲われてたり(当然一行は助けられるはずもなく逃げます)、山から逃げようとしたら吊り橋が切れてたり、川沿いを歩いて帰ろうとするも途中で滝になってて進めなかったり、ロッククライミング経験者が崖を降りて救助を求めに行くも、崖から降りたところでまたヒグマに食われたりと、これでもかと希望が次々に打ち砕かれていきます。

 では、キムンカムイの展開を、沢田さんに焦点を当てつつなぞっていくことにしましょう。




第二部:あらすじ

簡単な人物紹介

主人公一味
片瀬:主人公。中一。漫画の主人公にありがちなピュアな性格。
松本:主人公の幼馴染み。ノロいデブ。
中竹:主人公の幼馴染み。年齢は一個上で兄貴分。

TV局一行(主な人物)
沢田:このコーナーの主役。他の人物に比べ圧倒的に掴み所がない。
井上:カメラマン。沢田よりも年上なためか、妙に沢田に突っかかる。比較的冷静、冷徹、切れ者っぽいキャラであり汗をあまりかかない。
近藤:仲間思いの好漢。
福田:永遠のヘタレ。自分に甘く、下の者に厳しく、上の者に弱い。

その他
菊沢:殺人犯
※なお、これらの顔画像はサイズが74×94になっているためカードワース用にお使いになれます。



・一日目

 主人公たちと同じ山小屋にやってきたTV局一行。沢田さんはその中のリーダーであるディレクターであった。TV局のクルーの一人である野田が足を怪我したため、彼らも小屋に休憩に来たのだった。





・二日目

 小屋で一緒に寝ていたはずのカメラマン中野が見あたらない。一行は中野を探しに行く。
そして発見した中野のカメラにはヒグマに引きずられる中野の死体が映されていた。



混乱した一行は慌てて逃げようとする。


リーダーとして山小屋に避難することを指示する沢田さん

だが、山小屋では、怪我のため待機していた野田がヒグマに襲われていた

助けに行こうとする熱血漢近藤さんと、それを止める沢田さん


小屋からも離れ、山から逃げようとする一行だったが、向こう岸への唯一の移動手段である吊り橋が切れてしまっていた。



 山の周りは断崖絶壁であり、吊り橋がない今、向こう岸にわたることは出来ない。それでもあきらめずに一行は川沿いに山を下ろうとするが、川は途中で滝になっていた。



責められる沢田さん


 進退窮まる一行であったが、ロッククライミングの経験のある高木が崖から降りて救助を呼ぶことを提案。福田らの反対もあったが、沢田らの賛同により実行されることになる。

反対する福田さん。生粋のヘタレ。

渋い顔で文句ばかり言う井上さん。


 岸から降りた高木はヒグマに食われるのだが、一行はそのことを知らず、滝の付近で一夜を過ごすことになる。
その夜、小屋でヒグマに襲われて死んだと思われていた野田が何とか生きていることが判明する。が、野田は、自分を山に連れてくる原因となり、尚かつ自分を助けようとした近藤を止めた沢田をひどく恨んでいた。


沢田さんを殴打しに掛かる野田さん

かくしてギスギスしたまま三日目を迎える。



・三日目

 救助隊が来るはずの場所である、吊り橋のあった所に一行は移動する。瀕死の野田は好漢近藤が連れて行くことに。
しかし、いつになっても救助隊は来ず(救助を呼ぶはずの高木はヒグマに食われていた)、ラジオでも自分たちの遭難の事は全く報道されなかった。一行の苛立ちがつのる中、体力の限界が来た野田はとうとう息を引き取ってしまう。


責められる沢田さん

 この辺から暗雲の中心が「人間関係」にシフトしていく。
野田を歩かせた事で近藤が沢田を責めたことをきっかけに、皆の不満が沢田に向けられる。そんな中、全ては沢田が仕組んだ事なのではという疑惑が向けられる。


「下請けのペーペーなので意見なんて出来ない」と言う割には饒舌に語る原さん

 その疑惑を信じたTV局の数人は激昂のあまり凶器を持って沢田さんに襲いかかろうとするが、主人公達三人のなだめで何とか流血沙汰は避けられる。しかし、このゴタゴタの結果、パーティーは井上を中心とするグループと沢田を中心とするグループの二つに分裂してしまう。ちなみに、主人公達は「沢田さんみたいないい人」と発言しており、全面的に沢田を信用している。
 沢田を中心とするグループは、沢田、近藤、あとそれなりに沢田を慕っている片山、主人公ら三人の計六人である。
この後、一行はテントを張り野営をすることになる。
のだが、この辺から沢田の行動に妙な点が見られるようになる。言葉にすると味が損なわれるので画像にて紹介する。









 そして場面は前半のハイライトを迎える。
場面はテント内での三人と沢田の会話のシーンある。テントの周囲には、ヒグマが近づけば音がなる罠が仕掛けられているのだが、沢田はヒグマの方が足が速いから音が鳴ってから逃げても遅いだろうと言う。
それに対して主人公はでは罠を仕掛けた意味がないのではと聞くのだが、沢田は心配しなくていいと返す。







 ちなみにこの回のタイトルは「壊れる」である。
また、二個上の沢田の画像は単行本二巻の裏表紙にも使われている。


そしてその夜、主人公達のテント(沢田は別のテントにいる)がヒグマに襲われる。


そのころの沢田さん

 結果的に快漢近藤の助けによって主人公らは九死に一生を得る。が、助かった後も沢田は「ヒグマの次の餌は君たちに決まった」といった事を言って一行を不安に陥れる。この辺からの沢田の態度には余所余所しいものが見れないこともない。



・四日目

 前日のヒグマの襲来によって再び精神的に参ってくる一行。主人公ら三人も沢田に対し不穏な感情を抱くようになる。
そんな中、一行は空を飛ぶヘリの姿を発見する。もしあれが自分たちを捜索しに来たものならばヘリに自分たちの事を知らせる事が出来れば助かる可能性が高い。主人公一味の一人、中竹は倒木を並べてSOSの文字を作ってヘリに知らせること提案する。
沢田は、雨が降ってる中で倒木を並べるのは労力を必要とする上、そのヘリは捜索のヘリとは限らないと、中竹の案に反対する。しかし近藤の後押しもあって一行は倒木を並べてSOSを作ることにした。


中竹の案に反対する沢田さん

結局案に渋々従う沢田さん

 しかし、件のヘリは通り過ぎて以来自分たちを捜しに来る気配がない。その頃ラジオでは、ヘリからの捜索を中止することを告げる放送が流れていた。
と言うのも、殺人容疑で拘留中に脱走し、銃砲店でライフルを奪って逃走中の菊沢という男が近隣の山に逃げ込んだことが判明したのだ。警察側としては少年達が人質になっている可能性がある事を考慮して、安全性を重視するため、犯人を刺激する可能性がある空からの捜索を打ち切ったのであった。
 そして昼頃、雨の中で作業をしていた近藤の体調が悪化する(近藤は昨日の夜主人公達を襲ったヒグマを追い払った際、足をくじいていた)。一行はテントで休もうとするが、主人公らのテントは前日のヒグマの襲来で破壊されていた。仕方ないので主人公ら三人は例の山小屋で休む事にする。










そのときのやりとり

 さて、三人で行動することになった主人公一味だが、主人公の片瀬は父親仕込みのサバイバル術を持っていることが発覚する。また、デブ松本は余分に持ってきたお菓子で皆を元気づけ、一方メガネ野郎中竹は、落ちていた黒曜石がヒグマに対抗しうる武器になることを発見する。このようにして三人は互いに協力しつつ何とか希望を求め頑張っていた。
 その後、自分たちと同じくヒグマに襲われて避難していた大学生二人と合流し、山小屋で休んでいた三人+大学生二人だったが、夜中に来訪者が現れる。それは、井上について行ったはずの福田ら三人であった。彼ら曰く、井上は山を登って林道に出ようとしたのだが、山の頂上部は雪が降っており、林道まで歩くのはとても無理なことだった。そんなことに加え井上の非人道的な行動もあり、彼らは井上を見限って主人公達(というか沢田)の元へやってきたのだった。
 しかし、三人は一度沢田を殺そうとした者達である。沢田としても心中穏やかではないだろう。だが、沢田は三人を許すことにする。こうして主人公ら三人+沢田ら三人+大学生二人+帰参組三人の計11人は沢田の指揮下で再び生きるために活動することになる。

三人を許す沢田さん

沢田は皆に食料を取りに行かせ、自身は熱を出して寝込んでいる近藤の看病をすることになる。







・五日目

 主人公達は槍よりも強力な弓矢を作る事を提案する。更に、メガネ野郎中竹は、山の中にあるトリカブトから毒を抽出して矢に塗ればより強力な武器になる事を発見する。このようにして少しずつ希望が見えてくるのだった。

が、相変わらず子供達を不安にさせる表情をする沢田さんであった。


 そして昼頃、一行はラジオで、ヘリによる上空からの捜索が再開されたことを知る。例の倒木で作ったSOSを見つけてもらえば救助されるだろうと、一行はSOSの字の元に向かう。だが、一行が向かった先では、逃走中の殺人犯、菊沢が待ち受けていた。



 菊沢は武力で一行を恫喝し、自分のために奴隷となって働くことを強要する。ライフルを所持している菊沢に、一行は従うしかなかった。圧倒的な威圧感を誇る菊沢の出現によって、ドロドロした人間関係は一気にどうでも良くなってしまう。


沢田さんもただの人に。



・六日目

 その後主人公片瀬は、その主人公的行動のせいで菊沢とトラブルを起こしてしまい、目をつけられることになる。その後も色々あったせいで、片瀬は菊沢を怒らせてしまう。

すっかり菊沢の手下になった福田さん。

 あわや殺されるかという場面で沢田が小屋に割り入ってくる。魚が釣れたので菊沢に捧げたいというのだ。実はこれは沢田の罠であり、魚にはトリカブトの毒が仕込まれているのだった。だが、菊沢はその事を見抜き、主人公片瀬にその魚を食べろという。



 魚を食えと言われた主人公片瀬だが、沢田の様子を見て、毒が入れられていることに何となく気づく。もし魚を食べなければ沢田が菊沢に殺される。しかし食べたら自分が無事でいられる保証はない。そんな張りつめた空気の中、沢田は突如主人公片瀬に渡されていた魚を奪い、自分で食べてしまう。


こうして主人公片瀬は何とか難を逃れるが、沢田はトリカブトの毒により倒れてしまう。




・七日目

 最終日。この辺はクライマックスのネタバレになってしまうので詳細は述べないが、沢田に目立った動きは見られない。恐らく体調が悪く倒れていたのだろうと思われる。

 そして色々あった末に一行は救助されることになる。
あとはヘリでの救出を待つのみであったが、近藤は沢田に先にヘリに乗れという。物語全編を通して疎まれ続けた沢田であったが、この近藤の心遣いに涙するのであった。




その後、クライマックスその2が訪れるのだが、沢田とは関係がないので省略する。

〜終わり〜




第三部:沢田さんを語る

さて、散々「善人ぶった危ない人」扱いされてる沢田さんですが、結局沢田さんとはどのような人物だったのでしょう。
沢田さんという人物を見るに大事なことがあります。それはまず、「漫画のキャラ」として見るのではなく、「感情と意志をもった人間」として見ることです。さすれば自ずと沢田さんがいかなる人物かが見えてきます。
結論から言うと、その正体は「ただの人」である、と言えます。自分の身が一番大切な、そして責任をとるのが嫌な、どこにでもいるただの人です。
漫画においては自己中心的なキャラはあからさまにそういう振る舞いをしますが、現実ではそんな事はあまりありません。自分の身が一番大事な人間なんか腐るほどいます(と言うか大部分の人間は自分の身が大事でしょう)が、現実世界の人間はそんな事をわわざわざ明示しませんし、他人の目を考えるとそういう人間であることを隠そうともするでしょう。
そして沢田さんの言動は、漫画のキャラと言うよりも現実世界の人間のそれに近いのです。他のキャラに比べ圧倒的にリアルであるが故に、見方によっては中途半端にも見えてしまうのです。

以上のことを念頭に置いて沢田さんの言動を振り返ってみましょう。
まず、沢田さんが「実際にしたこと」とは何でしょう。
・ヒグマに殺された中野の映像を見た後、山小屋に帰ることを指示する
・ヒグマがいる小屋の中に助けに行こうとする近藤を止める
・川に沿って下ることを提案する
・野田を連れて吊り橋のあった所に移動しようと提案する。
・SOSを作ることに反対する
・中竹を遠回しに虐める
・帰参した三人を許す
・菊沢を毒殺しようとする
主なものは大体こんなものです。最後のは物騒ですが、本編で描かれている「危ない人」のイメージに合致するような事は何一つしていません。
三日目の夜に「囮の餌」云々の発言が出てきますが、実際に何をしたかと言えば自分の意志で外にいる近藤を放っといただけ。自分の心の内を主人公達にバラす(+表情が危ない)というヘマをしたから不気味がられていますが、その不気味さの根拠は表情と発言のみであって、実際の行動には大して表れていないのです。

では、次に、沢田さんが受けた仕打ちを見てみましょう。
・井上さんに馬鹿にされる(部下のくせに)
・井上さんに悪態をつかれる(コイツは何もしないくせに)
・野田さんに恨まれる(ほとんど逆恨み)
・野田さんに石で殴られる(流血。だけど誰も構ってくれず)
・野田さんを無理矢理歩かせたとして近藤さんに人殺しにされる(野田は自分で歩くって言ったのに)
・黒幕疑惑をかけられる(無実)
・殺されかける(無実)
とまあ、かなり悲惨な目に遭っていることがわかります。自分に非があるとは言い難いものが殆どです。只でさえ死と隣り合わせで精神的に不安定なときに無実の罪でここまでされちゃあ、そりゃ誰だって精神的に参るでしょう。それでも自分はリーダーなので一応は紳士的である必要があるわけです。自分が受けた理不尽な仕打ちに対して、実際に行ったことはどうでしょう。「した事」と「された事」を比べると、かなり寛容な人物であるとすら言えます。

前述したように、沢田さんは自分の身が一番かわいい人間です。しかし、一方で彼は仮にもリーダーであるため、一応表面上はそれ相応の振る舞いが求められます。その振る舞いと内心の齟齬が不気味さを生んだと言っても良いでしょう。



では、沢田さんの言動を具体的に詳しく見ていきましょう。

野田を助けに行く近藤を止めています。これはきわめて常識的な行動と言えるでしょう。



少し危ない表情でなにか考え込んでいます。前後の文脈から判断して、恐らく近藤さんらを「囮の餌」にする計画を考えているのでしょう。
しかし、他人を囮にしないと自分が食われるかもしれない状況です。彼の立場に立って考えれば責められるものでは無いでしょうし、似たような状況でこっそりと保身的な事をたくらむタイプの人はさほど珍しくないと思います(僕もその一人ですし)。
そしてもう一つ忘れてはならないのが、近藤さんは自分を人殺しに仕立て上げようとした人間という事です。その流れの結果自分は殺されそうになったわけですから、恨むなという方が無理です。それに上で挙げたような仕打ちを受けたのですから精神的に少し疲れていてもおかしくはありません。



「ここに残って本当に良かったのか」と聞く主人公に対して興奮する沢田さん。
逆に言うと井上達について行った方が良かったのだろうかと言っている事になります。井上一派は、自分を黒幕と決め込んで殺そうとしたり、散々自分に悪態つきまくって挙げ句に自分を見限って勝手にどっか行っちゃったという人間の集まりです。そいつらのほうが良かったのではという趣旨の事を目の前で言われたら誰だって腹が立つでしょう。これはむしろ主人公達の方が無神経であると言えます。ただし物語は主人公視点なのでその辺はスルーされ、興奮する沢田さんの奇妙さだけが取り上げられることになるわけです。











そして沢田さんの真骨頂。
本来は胸の内にしまっておくべき、「囮の計画」を子供達にバラしてしまいます。
自分たちについてきてくれた子供達を前にしてつい気がゆるんでしまったのでしょうか。口元がうれしそうなのは、近藤さんに対する恨みからでしょうか。
画像ではわかりませんが、実はこのコマの時点で沢田さんは少年達に背を向けています。故に、この表情は少年達に見られる必要はないわけです。普段はリーダーとしての言動を強いられている沢田さんですが、見られない=自由な表情を出来るようになった瞬間に今までたまっていた感情が顔に吹き出た、と見るのが自然かもしれません。
また、この一連の表情は、他人を囮にするという行為に対する葛藤から出たものと見ることも出来ます。そうすると、他人を犠牲にする保身的な心と良心との呵責に苦しむ沢田さんの姿が見えてきます。多分。


そこまで言わんでも・・



実際に少年達がヒグマに襲われたときの様子。
この表情は、恐怖でイッパイイッパイの人間の表情であり狂気の陰は見えません。寧ろ、少年達を見捨てている事の言い訳を自分に言い聞かせていたりと庶民的です。これが下っ端ならただガタガタ震えていればいいのですが、何しろリーダーであるため、見捨てている自分に対して色々言い訳をする必要が出てくるわけです。その言動は実にリアルであると言えます。そりゃ確かに保身的ですが、実際にこういう目に遭ったときに別な行動をとることは難しいでしょう。



SOSを作るという案に対して珍しく人をけなす沢田さん。なぜこういう行動に出たのかはわかりませんが、個人的には「疲れていたから重いものを運びたく無い」というのが本音だと思っています。


結局SOS作りが決定され、嫌そうな顔をする沢田さん。




そしてここからが沢田さんの真骨頂その2。



中竹を虐める沢田さん。
「誰のアイデアか知らんが」って、隣の少年のアイデアに決まってるのに、わざと遠回しにチクチク責める沢田さん。実にいやらしい。


そしてテントに全員は入れない事を知るや否や、


白々しくも「リーダー君」などと呼びつつ、敢えて中竹に聞く沢田さん。


そして譲歩を引き出すことに成功。


沢田さんの言動にはちゃんと意味があります。
まず、中竹を遠回しに責めたのは簡単です。働きたくもないのに自分を働かせた中竹が憎いからです。その憎い中竹の案が失敗に終わったので、ここぞとばかりに言いたい放題言ってるわけです。
そして次にテントに全員は入れないと知ったときの行動。
大の大人であり実質リーダーである沢田さんが、中二の中竹を「リーダー君」などと呼んだのはなぜでしょうか。これも答えは簡単です。嫌味でしょう。しかし只の嫌味ではありません。中竹から譲歩を引き出すべく、中竹の自責の念に付け込んだと言えます。
中竹は、「自分の案のせいで余計な苦労を負わせ、さらには近藤さんが体調を崩したと」という自責の念に駆られています(これは劇中での後のセリフより明らか)。その自責の念のそもそもの原因は沢田さんの遠回しな虐めだったりするのですが、ともかくその自責の念を見抜いた沢田さんは「コイツに言えば譲歩を引き出せるだろう」と考えたわけです。何しろ中竹としては、自分の失態が責められまくりで針のムシロです。この状況で自分の利を強く主張することなど常人にはできません。そんなわけで、更に自責の念を大きくさせるためにわざわざ「リーダー君」と呼び、中竹に突っかかった沢田さん。そして見事譲歩を引き出す事に成功します。
譲歩を引き出そうとしたのはなぜか。これも簡単。全ては「テントで休みたい」がためです。
普通にいったら子供である主人公達を優先してテントに入れるという流れになってもおかしくない。しかし、自分は大人であるしリーダーでもあるという都合上、「俺に休ませろ」と主張するわけにもいかない。それ故、中竹に付け込んだわけです。
何というみみっちさでしょう! 中学生相手に、大人げないにも程があります。保身的の面目躍如です。
流石にこのあたりは「ただの人」の中でも「嫌な奴」の部類に入ると思うのですが、しかしながら、こうも大人げないものかはさておき、こういう謀略自体はそれほど珍しいものではないと思います。

この辺を見ると、一つのことがわかってきます。
沢田さんは「囮の餌」のあたりで、普段の言動の裏で何か色々企んでいるのではないかという疑念が出てくるのですが、この人は普段からこんな感じの人のようなのです。その本質は、「自分の身がかわいい」「けど体面上それを表に出すわけにもいかない」というものです。この二つの意志の故に、沢田さんは時として不気味に思えるような回りくどい言動に走るのです。そしてそれは、人間が持っているさして珍しくもない思いでしょう。(ひょっとして、僕の人間観って歪んでます?)


では次に行きます。

一度は自分を殺そうとした三人を許す沢田さん。



でも実は全然許してなかった沢田さん。
これもそれほど変なことではないでしょう。
沢田さんは、自分を殺しかけた三人が実は滅茶苦茶憎かったのです。ですが、土下座までされ許しを請われた以上、許さないわけにもいきません。故に許した。けど、やっぱり憎いので二人きりになったときに色々と語っているわけです。
そうした表の態度と裏の態度を端から見れば不気味な人間にも見えると言うものです。でもその中身は人並みの負の感情を持った普通の人です。



再び怪しい表情(by主人公)で、トリカブトの毒で死んだ魚を見つめる沢田さん。
でもこれってそんなに変な表情ですかね。むしろ目を輝かせてるとも表現できそうな気が…



魂の抜けた沢田さん(とリーゼント)。何しろただの人ですから菊沢の横暴に心底疲れてしまったようです。







そして沢田さんの真骨頂その3。
迷いに迷った挙げ句、主人公をかばって毒入りの魚を自分で食う!
この行動は今までの、自分を大切にする言動とは一変して自己犠牲的です。
もちろん、これは沢田さんの中に人並みの良心があることの証拠にもなるのですが、それ以外にも見て取れることがあります。
それは、沢田さんの常人的習性、悪人になるのを嫌がるという特徴です。
考えてみれば、近藤さんを囮の餌にしたというのも、中竹から譲歩を勝ち取ったのも、皆、直接自分の望む結果を作るのではなく、間接的に、自分の望む結果になるように「仕向ける」という共通点があります。
例えば囮の餌。
このときは、自分の意志で外にいた近藤さんをテントに入れずに放っといていました。このまま近藤さんがずっと外にいてくれれば、ヒグマがやって来ても自分は襲われないで素敵だな、という発想です。
これは言ってみれば未必の故意というものです。

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みひつ‐の‐こい【未必の故意】
〔法〕行為者が、罪となる事実の発生を積極的に意図・希望したわけではないが、自己の行為から、ある事実が発生するかもしれないと思いながら、発生しても仕方がないと認めて、行為する
心理状態。故意の一種。
(by広辞苑)
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その辺を考えると、沢田さん的には「直接手を下す」のはNGで、「結果的にそうなるようにする」のはOKのようです。
これは、直接手を下せば悪人にされるという社会的な要因もあるでしょうが、それ以外にも、自分自身への言い訳の余地の確保という、人間的かつ心的な要因も見過ごせないでしょう。要は沢田さんは、自分が汚れ物になるのを嫌うという極々普通の思考回路を持っていたという事です。
これをふまえて再び魚を食う場面を見てみましょう。もし、沢田さんが持ってきた魚を主人公が食べて死んだら。直接自分の意図では無いとはいえ、「おまえのせいで死んだ」と言われてもなかなか弁解のしようがありません。これは沢田さん的にはNGと言えるでしょう。それが故に、自分の身を犠牲にして毒入りの魚を食べた、と。
もちろんそれが全てでは無いでしょう。目の前での悲劇には弱いタイプだったとか、保身に走った今までの自分を反省していたとか、主人公が死んだら話が進まないとか、劇中からは読みとれない様々な要因があったという想像は出来ますが。
ちなみに沢田さん的には菊沢を毒殺するのはOKのようです。まあ、あのまま放っといたら殺されてたかもしれませんしね。





最後。ひどい仕打ちをしたにもかかわらず自分に気を遣ってくれる近藤に涙する沢田さん。
ですが、沢田さんの記憶の断片(上画像の四コマ目のこと)には
・野田さんが死んで近藤さんに責められるシーン
・「囮の餌」発言をするシーン
・ヒグマ来襲後に、子供達がヒグマの標的になった事を告げるシーン
が挙げられています。
ひとつめはどうでしょう。確かに怪我人の野田さんを歩かせた結果の野田さんは死に、友であった近藤さんを大いに嘆かせたのは事実です。しかし、野田さん自身は歩くことを納得していた、というより、「沢田さんの命令ではなく自分の意志で」歩くと本人が言ってたので、沢田さんを責めるのは少々筋が違うような気もします。それに前に述べたように、近藤さんが沢田さんを犯人扱いしたせいで流れ的に沢田さんは殺されかけたわけですから、この件はどっちもどっちと言えるでしょう。しかし沢田さん本人は自分に非があるように認識していたようです。
二つ目。囮の餌発言のシーン。これは、沢田さんが子供達に言っただけのことであって、近藤さん本人はもちろんそんな事は知らないし、沢田さんは近藤さんにとって害が及ぶような行為はしていません。実際「囮の餌」は未遂におわるわけで、近藤さんからしてみれば「囮の餌? なにそれ?」てなもんです。つまり、沢田さんは、近藤さんを犠牲に「しようとした」という「意図」だけで、近藤さんに対して謝罪の念を抱いたいたようです。
三つ目。これも、子供達を不安にさせている事に対して近藤さんが怒りはしましたが、それにしたって結果的に怒ったという事であって、沢田さんが近藤さんに負い目を感じる筋合いは無いはずです。

結局の所、沢田さんは近藤さんに対して負い目を感じるような事はあまりしていないのです。それなのに、まるで自分がひどいことをしてきたかのような事を言っています。これは、沢田さんが人並みに、いや、人並み以上に良心を持っている証拠と言えましょう。
また、記憶の断片の中に「囮の餌」発言が含まれているあたりからわかるのですが、実は沢田さんは人一倍保身的でありながら、その事で常に良心の呵責に苛まれていたのです。
そう。沢田さんは決して自分の身がかわいいだけの人ではなく、その事を恥じる精神も持ち合わせていたのです。清濁併せ持つ、ごく普通の人間だったのです。




あまりにもリアルであるが故に時に誤解され、時にあやふやな言動をとるように見られた沢田さん。
しかし、この物語における最も素敵なキャラは、沢田さんをおいて他にはいない。私はそう確信しています。


おまけ:一つの魚を十六回使いまわす力技