------- 雨の日 ------- 夕方。 梢は食事の支度のためキッチンにいた。 鼻歌を歌いながら振り返る。 「珠実ちゃん、今日の夕食は何がいいかなぁ?」 「そうですねぇ〜…オムライスなんてどうですか〜?」 側には珠実もいる。今日の夕食の相談をしているのだ。 「オムライスかぁ…美味しそうだね♪それじゃあ早速準備しなくちゃ」 梢が冷蔵庫を開けようとしたとき、朝美が帰ってきた。 「お姉ちゃん、ただいま!」 「おかえりです〜…あら〜?」 帰ってきた朝美の制服はびしょびしょに濡れていた。 梢がタオルを持ってくる。 「ありがとうお姉ちゃん。急に雨が降ってきちゃって、大変だったよ〜」 雨。そういえばさっきからぽつぽつと連続した音が聞こえていた。 「そういえば白鳥さんも傘持ってませんでしたねぇ〜…」 珠実が思い出したように言う。 朝は晴れていたのだから持っていなくても不思議ではない。 「じゃあ私が白鳥さんを迎えに行ってくるよ。珠実ちゃん、夕食の用意頼めるかな?」 エプロンの紐を外しつつ梢が言う。 「分かりました〜。朝美ちゃんにも手伝ってもらいますよ〜」 「うん!私にできることがあったら言ってね、珠実おねえちゃん!」 「というわけで梢ちゃん、こっちは心配なく〜」 珠実が梢に向かってにっこりと笑う。 「ありがとう。それじゃあ行って来るよ」 パタンと扉が閉まる。 珠実はふぅと溜息一つ。 「どうしたの?お姉ちゃん?」 「いや〜…梢ちゃんは本当に白鳥さんのことが好きなんだなぁ…と」 「そっか…わたしもあんなふうに思われたいなぁ…」 雨の中。 パシャパシャと濡れた歩道を歩く音。傘に振る雨の音。通っていく車の水しぶきの音。 どれも心地よいものだ。雨の日はそんなに嫌いじゃない。 街中に移るものは全て灰色に見える。 しかし、普段見えないものが見える。普段とは違った見方ができる。 いつもはただ雑然と生えている草木も、雨の日は緑色を取り戻して映えて見える。 公園の近くを通ればカエルの鳴く声。アジサイにカタツムリ。 葉の影に身を休める昆虫。そしてその鳴き声。 いろいろな物が見える。聞こえる。 そんな雨の中を通る。 心は弾んでいる。大好きな人に会えるのだ。 雨の日の陰鬱な空とは対照的に心は明るい。 「ふふふっ♪」 思わず笑みがこぼれる。 駅に着いて辺りを見回す。たくさんの人が雨の中で目線を下げつつ歩いている。 その中で一組の男女を見つけた。 「白鳥さん、桃乃さん!」 「あ、梢ちゃん」 隆士と恵はそろって言った。 「迎えに来ましたよ。桃乃さんも一緒だったんですね」 「うん。さっき電車の中であってね」 隆士が答える。 「梢ちゃんがお出迎えとは白鳥君が羨ましいわねぇ〜」 「も、桃乃さん…あまり、からかわないで下さいよ…」 「恥ずかしがること無いでしょ。それじゃ帰りましょ」 「はい♪…あ」 そのとき梢はあることに気がついた。 「ん?どうしたの?梢ちゃん」 「えっと…その……傘が…一つしかないんです」 そう。梢の手には来た時にさしていた傘一つしか握られていなかった。 「…梢お姉ちゃん、傘忘れてるよ〜…」 鳴滝荘にて朝美がつぶやく。 「…まぁ、梢ちゃんらしいですけどね〜」 珠実も一緒だった。 「しかし…白鳥さんと相合傘してくる可能性大ですね〜」 「お姉ちゃん、顔が怖いよ…」 「帰ってきたら白鳥さんをどうしてやるですかねぇ…」 フフフとほく笑みながらそんなことを言っていた。 が、隆士と梢が相合傘で帰ってくることは無かった。 「いいの?私が傘使っちゃて?」 恵に傘を渡したからだ。 「いいですよ。私達は後から行きますから」 梢が言う。 申し訳無さそうにする恵。 「そう?悪いわね…今度何かお礼するわね。…それじゃお先〜」 傘を差して雨の中を恵が帰っていった。 棒立ちしている二人。 「……梢ちゃん、どうするの?」 隆士が尋ねる。 「…ちょっと濡れてしまいますけどこのまま帰りましょう」 「傘くらいなら僕が買って来るよ?」 「あ、いえ。いいんです。その…」 「?」 梢が少し恥ずかしそうにする。 「…白鳥さんのコートの中に入れてもらえますか?」 「え…」 確かに隆士の着ているロングコートなら、なんとか二人くらいのスペースがあった。 「…ダメですか?」 「い、いや、全然問題ないよ。えっと、はいどうぞ」 コートを開いて梢を入れる。体が密着。「一度こうしてみたかったんですよね」 「そう…なんだ」 「うふふ♪」 嬉しそうにする梢。 多少窮屈ではあるが、これなら寒くないし、あまり濡れないだろう。 歩きにくいけどそこは我慢。 「それじゃ行こうか」 「はい♪」 二人は雨の中をよたよたと歩きながら帰っていった。 (やっぱり雨が降ってよかった) と梢は思った。 蛇足 イチャイチャしながら帰った二人を珠実が目撃。 「天国と地獄を味あわせてあげるですよ…」 「た、珠実ちゃん…これは、えっと…」 たじろく隆士。珠実はなぜかやたらとでかい金色のピコハンを取り出し振り上げる。 「問答無用〜。光になれぇぇぇぇぇえ!!!!!です〜」 「ええ!!?なんでそんな急にネタに走ろうとギャァァァァッァ!!!!!」 「今日はそんな気分だったんです〜」 白鳥隆士は光の粒子となって散った。 完。 831 名前: あとがき [sage] 投稿日: 2005/07/04(月) 02:04:09 ID:fWPz+Hz9 とまぁ、話の変化の少ない話でした。 自分はギャグに走れないんですよね。小説だと。 別にシリアスでもないですし。エロでもないですし。 そんなにほのぼのでもないかなぁ…