----- AIR ----- 今日の講義が終わった。 外はすっかり茜色だ。 「はぁ〜……課題がないから、週末はのんびり出来る〜……」 「ホント、週末まで銀先生の顔に怯えながら課題をするのはご免ね……」 「やったー!銀先生を忘れてお祭に行けるー!!」 「白鳥ー、お前週末は?」 「特に予定なし。本でも読んで過ごすかもね」 「悠々自適だな……夢水清志郎みたくなるなよ」 「僕は食事を忘れるほど馬鹿じゃないよ」 「ははは……」 まあ、そんな事を話したりして。 帰ったら、とりあえず、寝るか……。 みんなと別れて、電車に乗り。 双葉台駅で降りて。 阿甘堂のお姉さんに声を掛けて。 八百長の親父さんに挨拶して。 いつもの鳴滝荘に、帰って来た。 「ただいま〜……」 「あ!!」 そこにいたのは。 「お帰りなさい、隆ちゃん!!!」 どーん、と、ボディ。 なんとか衝撃を和らげる。 え…… 魚子ちゃん……? いや、さっき「隆ちゃん」って呼んだよな…… 髪型を見ると、横に束ねた独特のポニーテール。 という事で。 「……ただいま、千百合ちゃん」 というか。 なんで、梢ちゃんじゃなくて千百合ちゃんな訳? 「あ〜ん、隆ちゃ〜ん……幸せ〜……」 僕の腕にほおずりする千百合ちゃん。 すごく幸せそうだ…… 「珍しいね、千百合ちゃんとは……ん?」 よく見ると、かけている眼鏡が見た事の無いものになっていた。 ライトグリーンのメタルフレーム。 「千百合ちゃん、その眼鏡は買ったの?」 「ええ、帰りがけに寄ったお店で買ったのです。  どうですか、隆ちゃん。Correctでしょう?」 「うん、とっても似合うよ」 「流石にいつまでも桃乃さんのものを借りるわけにはいきませんから……  最近、どうにも視力が落ちているみたいで」 「…………」 「だから、これは度無しです」 そういや、梢ちゃんがそんな事を言っていたか。 『白鳥さん、最近視力が落ちているみたいなんです……』 『え?どうして?』 『よく分からないんです……なんでかしら……』 ………… 原因は千百合ちゃんでした。 ここのところ、千百合ちゃん率高かったから…… って、詰まる所自分の身体なのだけど。 自業自得、と言うには何か違う。 「ねえねえ、隆ちゃん」 千百合ちゃんが訊いてくる。 「……なあに、千百合ちゃん」 千百合ちゃんはちょっと照れた顔をして。 そして、あの名言を言う。 「ご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも――――」 「わ・た・し?」 「…………」 突然の精神攻撃に、立ち尽くしてしまった。 … …… ……… ズギューーーーーーン!!! まずい、千百合ちゃん、ものすごく可愛い……… あんな照れた顔で『わ・た・し?』だなんて、僕は幸せだ…… 一度は言われてみたいって、本当だったんだな…… 萌えですか? これが最近流行りの『萌え』ってヤツですか? なんか、分かる気がする…… 「うーん……ここで千百合ちゃんって選択肢も悪くないんだけど……ご飯、かな」 「分かりました!隆ちゃん、楽しみに待っていて下さい!」 千百合ちゃんは台所に向かう。 その顔は幸せそのものだ。 ……ん? こんなことをしていれば、いつもならあのツッコミが――――― 「千百合ちゃん、珠実ちゃんはどうしたの?」 「珠実さんですか?彼女なら部活ですよ。何でも、今日は降霊会をするのだとか」 「降霊会……なんか、いわくありげだな……」 同時刻。 青短大オカルト研究会部室。 「あら、どうしたのですか珠実さん?」 「…………」 「なんですの、その憎たらしい顔は?」 「うう…………」 そこにいるのは、珠実と部長。 もっとも、今現在は部長ではない。 降霊会で呼んだ幽霊に身体と精神の一部を乗っ取られ、女王様と化してしまった。 服装は、黒革ミニのSM女王様。 珠実は、有無を言われず全身を縛られてしまった。 「両手両足を縛られていながら、どうしてそんな顔が出来るのかしらね……」 「……放して、下さい、部長……」 「ああ?誰にモノを言っているのかしらこの娘は?」 「……うう……」 「それに部長じゃないでしょう?ええ?」 「…………」 「私の事は、女王様とお呼び!!このメス豚!!」 「はぅぅぅ…………(どうして、女王様になるですかぁ……?)」 「どうした?女王様の命令に従いなさいメス豚が!!!」 「はいぃぃぃぃ……分かりましたです女王様〜……」 そこは、オカルトな部屋ではなくアブノーマルとなってしまった。 「なんだい、その無様な格好は!豚に相応しいとは思わないかしら!!」 「はいぃぃぃぃ、その通りです女王様〜……」 「ホーッホッホッホ!!!」 マ゙ー……この屈辱……いつか返してやるです〜……うぅ…… 今日は、梢ちゃんではなく千百合ちゃんの手料理と相成った。 というか、千百合ちゃんの手料理は初めてだ。 ……って、料理出来るのかな…… 台所に立つ千百合ちゃんなんて想像も出来ない。 早紀ちゃんや魚子ちゃんなら尚更なのだけど。 「何を言っているのです隆ちゃん。私だって料理は嗜みます」 「え、そう?」 「料理は、服飾に似ているのです。見た目をいかに美しくするか、  そして中身をいかに美しく、美味しく調理するかなのです。  要は、美しい外見、中身があって初めてCorrectな料理になるのです」 「へぇ…………」 千百合ちゃんの料理哲学を初めて聞いた。 なるほど、確かに千百合ちゃんの感性に合うんだろうな…… でも、なんか、今までのイメージと違う。 「千百合ちゃんって、結構家庭的なんだね」 「何を言っているのです隆ちゃん。料理は女子の嗜みですよ」 「…………」 それ、沙夜子さんが聞いたら逃げ出すだろうな…… あの人、温室育ちだし。 そも、料理をしたことすらないか。 そして、何故かボロボロになって帰ってきた珠実ちゃん達を交えて、 みんなで夕食をとる事になった。 ……実は、今現在梢ちゃんが千百合ちゃんである事実にみんなが震えてしまったのだが、 僕にベタ惚れ状態というわけで、自分達に危害は無いと思ったようだ。 それはそれでありがたい。 ちなみに今日のメニューは、豚キムチに高野豆腐だ。 「はい、隆ちゃん、あーん」 「ええ!!??み、みんな見てるって!!」 「大丈夫です隆ちゃん。こうしていく事こそが清く正しいラブライフへの第一歩ですよ」 「そんな事言われたって……」 ちらり、と向かいを見る。 みんなが注目していた。 「…………」 一人、我関せずと言わんばかりに灰原さんは黙々と食事中。 ……大人だ……この人こそ真の大人だ…… 高倉健もびっくりするぞ。 「わ、分かったよ………」 「はい、あーん」 ぱくっ。 もぐもぐ。 … …… ……… …………おいしい。 このピリ辛感が何とも言えないハーモニー。 ご飯が進むとは正に豚キムチのために用意された言葉である。 これ格言。 「おいしい……すごくおいしいよ、千百合ちゃん」 「わあ、ありがとうございます、隆ちゃん!!とてもCorrectです!!」 「幸せそうねぇ………それに引き換え私は……(ブツブツ)」 「まあまあ桃さん〜そう言わずに一杯〜」 「よっしゃーー!!今日はトコトン飲むぞーーー!」 「桃、お前もホドホドにしとけヨ?彼氏が見たらどう思うか……」 「いーのよ気にしなーい。豚キムがいい酒の肴だわ……」 「うわー、二人とも大人だね!!」 「……朝美……(あーん)」 「はいはい、お母さん。はい」 「(ぱくっ)……おいしいわ、朝美……」 「うん!!」 そうして、いつもの夕食が過ぎていった。 夕食後。 「ふうー……食後のお茶って美味しいわね」 「桃、それがさっきまで酒をあおってた奴の言う言葉か?」 「いいじゃないバラさん〜、日本人なんだからお茶ぐらい美味しく飲まなきゃ」 「まあ、それもそうだがナ……」 「桃さん、水ぶくれ〜」 「ああ、なんだって珠キチ〜!!??」 「桃さん怒ったです〜」 「隆ちゃん、ちょっとそこの食器を戸棚に仕舞って頂けますか?」 「うん、いいよ」 「お母さん、今日は内職頑張ってね」 「……ええ……頑張って内職するわね、朝美……あ」 つるっ。 ごろり。 沙夜子さんの湯呑が、滑ってテーブルに転がってしまった。 「ああ、お母さん、何してるのー!!」 「はうぅぅ…………」 「お洋服がびしょびしょになってるじゃないのー!!」 「――――――服?」 千百合ちゃんが反応する。 ――――――まずい。 何か、嫌な事が起こる気がするぞ―――― 「――――隆ちゃんに目が入っちゃって気付きませんでしたが、良く見ると、  皆さん服飾が正しくありませんね……早急に是正する必要があります!!」 「―――――!!!」 やっぱり。 やっぱりこうなりますか。 今日はこのまま何も無いと思ってたのに…… もしもいるなら神様に問いたい。 神様、あなたは馬鹿ですか? 「――――――ああ、千百合ちゃん!!!」 桃乃さんが素っ頓狂な声を上げる。 「なんですの?桃乃さん」 「あそこに澄百合学園の制服が!!」 「ええ!!??」 千百合ちゃんが振り向く。 そこにはやかんがあった。 「もう、何を言うのですか桃乃さん。ここは台所ですよ、制服があるわけ―――」 千百合ちゃんがもう一度振り向くと。 桃乃さん。 沙夜子さん。 朝美ちゃん。 脱兎の如く、消えていた。 残された僕達。 「―――――どうして」 その言葉を呟いたのは、何と千百合ちゃんだった。 その表情は、どこか寂しげで。 どこか悲しげで。 そして、とても儚そうに見えて―――― 「どうして、こうなるのでしょう――」 「千百合ちゃん……?」 「どうして、私が服飾の事を言い出すと、みんなが逃げ出すのでしょう……  私は、皆さんのためを思ってやっているのに……」 「それは違うぞ、千百合」 返答したのは灰原さんだった。 「お前はそう思っているかもしれないが、俺達からしちゃただの有難迷惑だ」 「灰原さん、いきなり何を言い出すんですか!?」 「白鳥は黙ってろ」 ぴしゃり、と切り返された。 「千百合―――行き過ぎた親切はただの押し付けでしかないんだよ。  お前は―――それを、判っていない」 「違う―――私はただ―――」 「判ってないさ」 千百合ちゃんの言葉を制するように、灰原さんは言う。 「お前は、判っていない」 「………」 「だから、もう少し自分を抑えろ。俺が言えるのは、それだけだ」 「―――――!!!」 「あ、千百合ちゃん!!」 だっと、千百合ちゃんは炊事場から出て行った。 僕は―――― 僕は、何も、言えなかった。 千百合ちゃんのあの表情に、何も言えなかった。 僕は。 ぼくは。 ぼくは―――――― 彼女に、何が出来る。 780 名前: テイル [sage 西尾維新万歳] 投稿日: 2005/07/03(日) 22:39:49 ID:hekf/Aro 今回はここまでです。 バラさん、なんか違う。 言って欲しい言葉……これ、個人的なものですが、王道過ぎますかね…… 使い古されたかもしれませんが。 あと、責める部長。どうしたら珠実を責められるかという事で、 結局女王様です。 何か違います。 ただのバカです。 次回は、物語の佳境です。 これからどうなることやら……(まだ出来てないPAM)