---------------------- The fateful decision ---------------------- ―――――――――― 女は自分の前で背を見せている男に訊ねる。 「なんでこんな所に連れ出すの?」 場所は夜の公園、居るのは男と女の二人だけ。 「あそこだと誰に聞かれるか分からないから・・・」 (皆に聞かれてはいけない話?) 女は少し不安になる。 「お前が・・・好きだ」 「!?・・・」 突然の事に、女は言葉を失う 「すまん・・いきなりで驚くよな・・・・・でも実は、初めて会った時から、こうなって欲しいと思っていたんだ。   俺と付き合ってくれないか・・な・・?」 女は否と即答しようとした、が、何かがそれを押し留める。 沈黙が続いた。 「――あの子の事か?」 女はこくりと頷く。 「どうして!だってあの子は・・・」 「分かってる・・・・でも私は、あの子を裏切ることなんてできない」 男は唇を噛み締める。  「最後に聞かせてほしい、お前は俺の事をどう思ってる?」 「・・・・・・・」 正直な気持ちを伝えてしまえば、誰かが傷つくことになる。 それに何より己の感情に歯止めが利かなくなりそうだった。 女はそれをひどく恐れていた。 (もしかして私、この人のことが・・・・・?) ―――――――――― もう、二週間近く経つだろうか。あの晩以降、僕は一度も変身はしていない。 あの事はそろそろ忘れてしまいたいのだけれど、皆で食事をする時なんかは、今でも あの時の僕についての話題で盛り上がってる。もちろん僕以外の皆がだけど。 珠実ちゃんはあの時いつのまにかメイク後の僕をデジカメに撮っていたらしく、 それをプリントアウトして学校にまで持っていってるらしい。 どうせ、『この人、こんな顔してるけど実は男なんですぅ〜♪』とかいって友達に 見せて廻ってるんだろうな。はあ〜; でもそれが梢ちゃんの写真といっしょに彼女の手帳に入っているのを 僕が知った時の、珠実ちゃんのあの慌てようは何だったんだろう? いずれにしても勝手に呪文を唱えて、僕を変身させるようないたずらはしなくなった。 桃乃さんといっしょに、早紀ちゃんに説教されたのが相当応えたのだろう。いくら人格が違うとはいえ 梢ちゃんと根本は同じなんだから。 ピピピピッ ピピピピッ がちゃ 目覚まし時計のアラームを止める。 うっすら目を開けると、カーテンの間から朝陽が差し込んできている。 僕はゆっくりと起き上がり、うんっと手を組んで伸びをする。そしてカーテンを開ける―――眩しい。 心なしか気分が軽い。そう、明日は休日、今日一日頑張れば明日はお休み。 久しぶりに梢ちゃんをデートに誘おうか。 そう思うと居ても立ってもいられず、急いで着替えてから部屋を出て、 梢ちゃんのいるだろう調理場に向かう。 (梢ちゃん・・・) あの晩の事は忘れたいなんて言ったけれど、やっぱり忘れたくない。 あの時の梢ちゃんの言葉は、僕の一番の宝物だ。 今でも一字一句憶えている。 『白鳥さん、私は白鳥さんに出会えて本当に幸せなんですよ?  白鳥さんは私の人生で抜け落ちていたモノを埋めてくれたんです。  私はもう、白鳥さん無しでは生きられません。  そばに居られるだけでいいんです。  そのためなら、たとえどんな事があろうと耐え抜く自信があります』 壊れかけていた僕を思い遣っての言葉だろうけど、その場で適当に繕ったのではない事が、 普段は見せることの無い、あの強くも暖かい視線から感じられた。 この言葉で、僕の梢ちゃんへの気持ちが一方通行でないことが分かった。 この時から僕達は本当に一つになれた気がする。 今僕達を引き離せば、二人とも血を流し死んでしまうだろう。 調理場の前まで来ると、味噌汁の良い香りがしてきた。 その匂いに誘われて中に入ろうとするけれど (――やっぱり顔ぐらい洗ってこなきゃ) 寝ぼけ眼でデートに誘われても嬉しくないだろう。 僕は思い直し、調理場を後にして洗面所に向かった。 洗面所に入ると予想していない人物がそこにいた。 いや、調理場にいると勝手に思い込んでいた梢ちゃんがいたのだ。 正確に言うと洗面所の奥のお風呂場でしゃがみ込んでいた。 「おはよう梢ちゃん」 「あっ、おはようございます」 「どうかしたの?」 「はい、お風呂場のお掃除をしようと思ったんですが、お水が出ないんです。」 こんな朝早くからお風呂掃除をしてたのか。 思えばこんなに広い建物をいつも一人で綺麗に保ってるのだ。 それが大家の仕事だと言えばそれまでだけど、彼女だって学生なのだ。 普段はそんなそぶりは見せないけれど、かなりの負担だと思う。 これからはいろいろと手伝ってあげよう。 「え、そうなの?――本当だ、出ないね・・・他の場所はどうなの?」 「ええ、それは大丈夫なんです。お水が出ないのはお風呂場だけみたいです」 「そうなんだ、じゃあ断水って訳じゃないのか。これは誰かに来てもらって直して貰うしかないね」 「ええ・・・ちょっと電話で頼んできます」 立ち上がって行きかける梢ちゃんを呼び止める。 「待って梢ちゃん!」 「はい?」 梢ちゃんは立ち止まって振り向く、 「あのさ、明日お休みだし、何処か出かけない?・・・忙しいんならいいけど・・・」 「――はい、行きたいです♪」 「良かった、じゃあどこに行きたいか考えといて。僕も考えとくから」 「はいっ♪」 笑顔を残して駆けていく梢ちゃん。ああなんて良い朝なんだ・・・。思わず顔が緩んでしまう。 と、緩んだ顔のまま固まってしまった。洗面所の入り口からこちらを覗いているのは、 「た、珠実ちゃん!」 ふふふ〜と不気味な笑いと共に近づいてくる。 「今の・・・聞いてたよね?・・・当然」 「もちろんですぅ〜。朝っぱらから発情中ですかぁ〜?」 「う・・・どうでもいいけどさ・・・明日は尾けてこないで、お願いだから・・・」 「さあ〜?それは白鳥さんの心掛け次第ですぅ〜」 うう、絶対尾けてくる・・・間違いない。 そのあと二人で洗顔をして調理場に向かった。 なんとも気まずい空気だったけど、そう感じてるのは僕だけみたいだ。 まあいいか、最初の目的は達成できた訳だし。 そういえば珠実ちゃんは、邪魔しようと思えば幾らでも出来た筈だけど、 それをしなかったのは気を利かせてくれてるんだろうか? 調理場に近づくと、さっきの味噌汁の匂いの他に色々なおかずの匂いが加わってる。 入ってみると、梢ちゃんが食器をテーブルに出しているところだった。 「梢ちゃん、おはようですぅ〜」 「珠実ちゃんおはよう。――白鳥さん、一緒でしたか」 「う、うん・・・洗面所でね・・・」 珠実ちゃんがニヤつきながら僕を見てくる。 梢ちゃんはそんな僕らを不思議そうに見ている。 「?・・・・・・食事の支度はもうすぐできますから、ちょっと待っててくださいね」 僕はさっきの事もあったから手伝うことにした。 「あ、いいんですよ白鳥さん。座っててください」 「いや、手伝わせてよ。普段お世話になってる感謝の気持ちだから」 「・・・はい♪」 なんだか嬉しそうだった。こんなことで喜んでくれるなら、幾らでもしてあげたい。 「こうして見ると、なんだか夫婦みたいですねぇ〜」 「「たっ、珠美ちゃん!///」」 「息もぴったりですぅ〜」 その言葉自体にも動揺してしまったのだけれど、 僕は珠実ちゃんが、僕と梢ちゃんの関係についてそんなことを言うのが、 軽口であったとしても信じられなかった。 「そっ、そんなこと言ってないで珠実ちゃんも手伝ってよ!」 「もう〜、冗談なんですからそう過剰に赤くならないでくださいですぅ〜」 梢ちゃんを見てみると僕同様に真っ赤になっていた。 ふと目が合う。梢ちゃんのその瞳は何かを訴え掛けてくる、が、すぐに照れ隠しの為に下を向いてしまう。 (えっ!今のは何だったの!?・・・・梢ちゃんはもしかして・・・・・・?) その後ほとんど熱に浮かされたまま、それでもなんとか手伝いをやり遂げた。 やがて食器を並べ終え、おかずを盛り付けると 桃乃さん、沙夜子さんと朝美ちゃん、灰原さんが起きて来て朝食になった。 しばらくわいわいと雑談しながら食事をした。いつもと変わらない平和な一日。 皆が食べ終わった頃に 「皆明日はヒマ?久しぶりにどこかに出掛けない?」 これもまた、いつもと変わらず桃乃さんが提案した。 「急に言ってもダメか。学生さん達は何かあンのかな?」 「桃さ〜ん」 「ん?何よ珠ちゃん」 「とりあえず、白鳥さんと梢ちゃんは用事があるですぅ〜」 桃乃さんはキョトンとしていたけれど、 「珠実ちゃんっ!どうして・・・!?」 と、赤い顔で驚いてる梢ちゃんを見て察したらしい。 「ああ・・・じゃあ二人は抜きってことね。他の皆はどう?」 朝美ちゃんが躊躇いがちに 「――私達、まひるちゃん家に遊びに行くことになってるの・・・ごめんね」 「ううん、いいのよ気にしないで。急に言い出した私が悪いんだし・・・楽しんできてね!」 「うんっ、ありがとう桃乃さんっ!」 「・・・ありがとう、お姉ちゃん・・・」 「さ・・沙夜ちゃん・・・オネエチャンテイッテナイシ・・・」 「ん?なんだよ、俺の用事は聞かネエのか?」 灰原さんがジョニーを駆使して言った。 「バラさ〜ん、アタシら3人でどっか行く気になるぅ?」 灰原さんは桃乃さんと珠実ちゃんを見た後、しばし考えて(ジョニーが腕組みして) 「まっ、それもそうだな。今回は無しってこった」 「そうなるわね、それにアタシも用事を思い出したような、出していないような・・・」 と言ってこちらをチラチラ見てくる。尾けてくる気満々だよ・・・ その話題が終わると皆それぞれの部屋に帰ろうとした。 「あっ!皆さん待ってください」 梢ちゃんが思い出したように立ち上がった。 「どうしたの梢ちゃん?」 桃乃さんが反応する。 「はい、実は今朝気付いたんですが、お風呂場の水道管が故障しているみたいで、  お水もお湯も出なくなってるんです」 「あらそうなの?夕べは何ともないようだったけど・・・」 「ええ・・・それで業者さんにお電話してみたんですが、  予約がいっぱいみたいで・・・明日にならないと来て貰えないようなんです。   ですので今日お風呂を使われたい方は、銭湯に行ってもらえませんか?――ご迷惑おかけしてすいません」 梢ちゃんはぺこりと頭を下げた。 こういうところはやっぱり大家さんなんだなぁと感心してしまう。 「仕方ないじゃない梢ちゃん、モノはいつか壊れるんだし。  それにたまには銭湯の大きい湯船に浸かるのも悪くないわ。  ああ、別にここの湯船が狭いって言ってるんじゃないわよ?」 「銭湯ですかぁ〜、久しぶりですぅ〜。梢ちゃんお背中流しっこしましょうねぇ〜♪」 う、ちょっと悔しいかも。 「・・・朝美、今日はフルーツ牛乳ね・・・」 「わぁ〜い!フルーツ牛乳〜」 「俺は別にいいや」 と灰原さん 「えぇ〜、バラさん不潔ぅ〜」 「俺はお前らほど代謝が良くネエから、一日風呂に入らなくたってどうってことネエの」 そういえば灰原さんは、入浴中はジョニーをどうするんだろう・・・?着けたままなのかな? というわけで皆の銭湯行きが決まった。 明日のお出かけの代わりみたいで、皆結構楽しみみたいだ。 でも僕はお風呂の中じゃ一人か・・・とほほ。 でも変身すれば―――ってイカンイカン何を考えてる。 今朝の朝食はこれでお開きになった。各々が部屋に戻っていく。 僕はふと気付いたことがあった。そういえば僕は変身の呪文を知らされてない。 一旦気になりだすと仕様が無くなってきた。 珠実ちゃんを追いかけて肩をたたく。 「珠実ちゃん、ちょっと聞きたい事があるんだけど・・・」 「うー、何ですかぁ〜?朝はあんまり時間が無いんですがぁ〜」 「ああごめん、そうだよね。いやちょっと変身の事について聞きたいな〜?なんて・・・アハハ」 [変身]という単語が出ると、珠実ちゃんの表情がみるみる硬いものに変わっていくのが分かった。 「あ、うん別に良いんだ。どうせ急ぎの用じゃないし、引き止めてごめんね」 「来てください」 そう言うと珠実ちゃんは僕の腕をぐいぐい引っぱって行く。 「な、何なの?何処に連れてくの?」 「ワタシの部屋に決まってるですぅ〜」 「なんで?別に此処で話してくれれば良いじゃない」 「機密漏えいは極力防ぐですぅ〜、こんな所じゃ誰が聞いてるか分かりません。  少なくともワタシの部屋が一番安全ですぅ〜」 少し神経質すぎやしないかとも思ったけど、そうしないと珠実ちゃんが話してくれそうにないので 素直に従うことにした。 「さあ、さっさと入ってください〜」 珠美ちゃんはドアを開けて僕を部屋に押し入れる。 そういえば珠実ちゃんの部屋なんて初めて入ったなぁ。 部屋をぐるりと見回す。芳香剤を使っていたりするところは女の子の部屋らしいけど、 それ以外は必要最低限の家具しか置いていない。 突っ立っていると珠実ちゃんは座布団を二枚敷いた。座れということらしい。 そこに座ってなんとなくそわそわしてると、珠実ちゃんは早速本題に入った。 「で、聞きたい事ってなんですかぁ〜」 「うん、あのね、呪文を教えてほしいんだ。変身の呪文。」 「変身の呪文〜?そんなこと知ってどうするんですかぁ〜」 「えっ・・・それは・・・その」 「さては今日は銭湯だから変身して女湯に入ろうとしてますねぇ〜?」 皆考える事は同じらしい。 「そんなことするつもりは無いよ」 「じゃあ何なんですかー、知りたい理由は」 そう言われてみると、はっきりとした理由は思い浮かばない。 とりあえず思いついた事を言ってみた。 「う〜んと、もし暴漢に襲われたりしたら・・・」 「男性のままの方が安全ですよね〜」 そ、そうだった・・・何を馬鹿なことを言ってるんだ僕は。 「い、いや、もし男を専門で襲う暴漢に襲われた時に、その・・・」 だんだんしどろもどろになっていく。 「はぁ〜、そんなレアなケース有るんですかぁ〜?   でも白鳥さんの場合、男女のどちらになってたとしても    危険度はあまり変わらない気がしますが〜」 それ酷いって珠実ちゃん・・・ 珠実ちゃんはしばらく考えていたようだけど 「う〜、悪用する気が無いならまあいいでしょう。  それに白鳥さんの言うように、本人が知ってないと危険かもしれない場面があるかもですぅ〜」 意外な言葉が返ってきた。 「じゃあ、教えてくれるの?」 「はい〜、じゃあ言いますよ。パポうぐぐぐぐぐうううううう!」 僕は慌てて珠実ちゃんの口を押さえた。 「だ!駄目だって珠実ちゃん!!口で言ったら変身しちゃうじゃないか!」 「ふふー、冗談ですよ白鳥さん。二度と勝手に変身させないって梢ちゃんと約束してますから。  安心してくださいですぅ〜」 いままでされてきた事を鑑みて、あっさり安心していいのか判断に苦しむ。 「じゃあ、紙に書いて見せてよ」 「はいですぅ〜」 珠実ちゃんは机の上にあった、メモ帳のようなものに呪文を書いている。 書き終わるとそのページを破いて渡してきた。 (変身呪文:  パポップ・ペプッポ・ピペッポ  ) ――なんだ、この便秘二週間目みたいな呪文は・・・・・ 「珠実ちゃん・・・これって・・・マジ?」 「もちろんマジですぅ〜♪」 珠実ちゃんは親指を立ててそう言った。 これは怒っていいんだろうか・・・いや怒るべきだ。 「珠実ちゃんっ!人が真面目に聞いてるのに巫山戯ないでよ!」 「巫山戯けてなんかいないです。お望みなら唱えてあげますよ」 そう言った珠実ちゃんの顔は、その言葉通り真剣な表情をしていた。 なんだかよく分からないけど、何者かにおちょくられてるようで腹立たしかった。 「呪文ってもっとなんか複雑で、分からない言葉が連なってるようなものを想像してたよ。いやこれも分からないけど・・・」 「まあ普通はそうなんですけどねぇ〜、  部長曰く『この呪文ハ、あクまデ変身経験者用ノものデス。   なニかヲ召喚スル時とは違イ、その人ノ体そのモのニ訴エ掛けルだけなのデ、   変身スる人ガ認識しやスイ言葉デいイのデス』ということだそうですぅ〜」 「――そ、そうなんだ・・・」 「そんなことより白鳥さん、その呪文は誰にも教えては駄目ですよ〜?」 珠実ちゃんは少し心配そうな顔をする。 「うん、それは分かってるよ。じゃあ聞きたかったのはそれだけだから。忙しい時間にありがとう」 僕はそう言うとメモ用紙を持って珠実ちゃんの部屋を出た。 縁側を自分の部屋に向かって歩きながら、もう一度メモを見る。 (  パポップ・ペプッポ・ピペッポ  ) うん、一応憶えたぞ。だけど短いわりにややこしいなこれ。 もう少ししっかり憶えてからメモを処分することにしよう。 部屋に戻り、学校へ行く仕度をする。 (このメモは・・・) 学校に持っていくのは危ないだろう。 かといって机の上に置きっぱなしというのもまずい。 しばらく隠し場所を探していたが時間が無いことに気付いて、 とりあえず洗濯済みの衣類の間に隠すことにした。 (隠すといえば・・・) 二週間ほど前に桃乃さんと珠実ちゃんからある物を進呈された。 ある物とは、あの金髪カツラだった。おそらく今更女装する必要も無いという意味なんだろう。 僕の部屋は家具が少ないから隠し場所が無くて困る。今はタンスの裏に押し込んである。 荷物を持って玄関に行くと梢ちゃん、珠実ちゃん、朝美ちゃんが待っていた。 四人でおしゃべりしながら歩いていく。皆それぞれ明日の予定が楽しみなんだろう。 表情が明るい。 駅で皆と別れ、電車に揺られてやがて学校に着く。 銀先生の講義が始まり、いつも通りの時間を過ごす。 徐々に集中力が切れていくと共に、頭の中は講義とは関係ない事でいっぱいになった。 それはもちろん明日のデートの事だ。 何を着ていこうか、何処に行こうか、何を食べようか、そんな事をつらつらと考える。 それから梢ちゃんの顔を思い浮かべる。ああ早く講義が終わらないだろうか。 終わればすぐに帰って、梢ちゃんと一緒にいられるのに・・・ 「というわけで、今日の講義はこれでお終いです」 ああまずい!ぼんやりしてる間に終わってしまった! こんなことじゃ絵本作家なんてなれやしないよ。 「なお、明日はお休みですが、その代わり課題を出しておきます。  課題の内容は配りましたプリントの通り、絵本のプロットです。   皆さん、今日明日を利用して、素晴らしい絵本を創るために構想を練ってきてください♪」 そういうと銀先生は退室していった。 「おーい白鳥、おまえ今日ずっとうわの空だったぞ?  俺がいなけりゃ、おまえが折檻部屋行きだったんだから感謝しろよな」 話し掛けてきたのは僕の友人の、ちょっと(?エッチな翼君だった。 「え、折檻部屋って・・・ああ」 彼の前の机の上をよく目を凝らして見ると、生々しい女体のデッサンがビリビリに破かれて散らばっていた。 銀先生に見咎められて、破られたうえに折檻か・・・・。 「それより白鳥ィ〜、今日一緒に課題やらないか?」 「ん?いいけどなんで?」 「ほら、おまえ絵本は得意分野だろ?色々とアイディア貰えないかなぁ〜?っと思ってさ」 それが建前だということが僕には分かっていた。いや、この友人の今の表情を見れば 誰だってそう思うだろう。にやけてる、半端じゃなく。 「だからさぁ〜、おまえのアパートに行っていいよなぁ〜?あはあはあは」 そう、この友人は鳴滝荘の女性達が大のお気に入りなのだ。 「うーん、来てもいいけど変なことはしないでよ?」 「しないしな〜い♪よし、決めた。今日は白鳥の部屋に泊まるからな」 「ええー!?勝手に決めないでよ。布団だって一組しかないし、それに今日はお風呂も使えないし・・・」 「そう気を使うなって白鳥ィ〜。俺はあのアパートの中で夜を過ごせるのなら  布団なんか無くたって構わないぜ。というか寝ないぞ、あの環境で寝るやつぁ〜男じゃねえ!   ああでもお姉さま達に膝枕されて眠るのもいいなあ。あはあはは」 物凄く不安だ・・・。でも駄目だと言っても付いてくるだろうし・・・。 しばらく二人で学校に残って、課題をやってから帰ることにした。 そういったわけで僕は不本意ながら、翼君を伴って鳴滝荘に帰ってきた。 翼くんはすでに飢えた狼のような目つきをしている。 「お邪魔しまーす!お姉さま方、いずこにおわしまするか〜!?」 ブンブンと首を左右に振って辺りを探している。 「ああ、皆今はいないと思うよ」 「え?なんでだよ」 「さっき学校で言ったけど、今日は此処のお風呂が壊れちゃってて  銭湯に行くしかないんだ。あの人たち夕飯前に皆で一緒に行こうって言ってたから。   って・・・え?」 見ると翼君は凄い形相で僕を睨んでいて、その体は細かく震えてる。 「――こ、この、大馬鹿野郎〜〜〜!!!なんでそれを早く言わないんだっ!!」 「なっ、何なんだよ、意味が分からないよ翼君」 突然叫ばれたせいで耳がキーンと鳴っている。 「かーっ!何も分かっちゃいねえな白鳥。いいか!銭湯の、あの上の開いた壁の向こうにいる、  生まれたままの姿の知り合いの女性を想像する興奮。 これぞ人類普遍の真理!最後のユートピア!」 「そんなに捲くし立てないでよ。一体何が言いたいんだよ」 「だ!か!ら!俺達もすぐに行くぞって言ってるんだよ!」 そう言うや否や僕の体を担ぎ上げて門の外に飛び出した。 「おい、白鳥!俺達の桃源郷はどっちだ?どっちなんだ!?」 「ちょっと落ち着いてよ!それに銭湯に行くにしても用意しなきゃ。  シャンプーとかリンスとか・・・」 「え?ああ、ん〜くそ、いらいらするなぁ。早く済ませろよ!?」 そういうと今度は僕の部屋に向かって驀進する。 「ほらほらはやくはやくはやく」 急かす翼君。色欲の塊になっていて何も見えてない。 僕はとりあえず僕と翼君の学校用の荷物を置いてから、部屋にあった着替えやタオルなんかを適当にバッグに詰めた。 詰め終わるとすぐに 「おし、行くぞ!」 翼君はまた、僕を担いで走り出した。 結局翼君は僕を担いだ状態で、 普段銭湯まで徒歩10分のところを2分で到着してしまった。 あまりに目まぐるしく変わる風景に僕は乗り物酔い気味になった。 「さあ〜着いたぞ白鳥!」 「うう・・・げろげろ・・・。一応言っとくけど、女湯に入ったり覗いたりしちゃ駄目だからね・・・」 「分かってるって、見損なうなよ。そこを越えちまえばロマンなんかじゃなくただの犯罪だからな」 ――その目は犯罪的なんですが・・・ 僕たちは料金を払い脱衣所に入った。 まだ営業開始時間から少ししか経ってないせいか、そこには誰も居なかった。 「おお、一番風呂だ。急いだ甲斐があったな」 「うん、そうだね」 それには同感だった。 ピカピカに磨かれたタイルに大きな富士山の一枚絵。 誰も居ない浴場。 今まで銭湯の一番風呂は経験した事が無かったので新鮮だった。 そんなことを考えてるうちに翼君はもう素っ裸になって浴場に入ろうとしていた。何も持たず、前も隠さずに。 僕も慌てて服を脱いで後を追った。 「ちょっと翼君。前ぐらい隠しなよ」 そう言ってタオルを渡す。 「おお悪い、まあ誰もいないんだし、気にすんなよ」 翼君はタオルを受け取って腰に巻く。 (ん?何だあれ?) 翼君の体とタオルの隙間に紙のようなものが挟まってる。 ああ!!まさかあれは!? 翼君もそれに気付き、手に取った。 「ん?なんだこのメモ・・・変身呪文――パポップ・ペプッポ・ピペッポ?」 「ん?なんだこのメモ・・・変身呪文――パポップ・ペプッポ・ピペッポ?」 迷っている暇は無かった。浴場の出入り口からは離れ過ぎてしまっている。 辺りを見回して姿を隠せる場所を探す。ああっ、あれだ! 「なあ白鳥、このメモどういう意味うげっ!!」 翼君の視線がメモから上がりきる前に体当たりを浴びせる。 そしてその勢いのまま走り切ってダイブ。 どぼ〜〜ん! 「いててて。おい白鳥!風呂場で走っちゃいけないって教わらなかったのかよ」 翼君は転んだ体勢のまま言う。 「あはは・・・ごめんごめん、あの僕、泡風呂に目が無くって・・・」 僕が隠れる場所として選択したのは、泡が吹き出してくるジェットバスのような浴槽だった。 位置関係から考えてベストチョイスだったと思う。 それにここなら泡に隠れて体を見られることは無い。 今の翼君の反応から見て、気付かれてはいないようだ。 僕は首までしっかりお湯に浸かって体を隠す。それにしてもかなり湯温が高いな・・・ 持っているものは前が隠せるぐらいのタオル1枚だけだった。 僕は今の状況を確認するために自分の胸を触ってみた。 《ぷにゅ・・・むにむに》 ああ〜、やっぱり〜;;; 下の方を探ってみる。 (無い・・・) 僕の体は正真正銘、生粋の女になっていた。 一体何だって選りにも選って、男湯の中でなんか変身しちゃうんだ〜〜!!! ひぃぃぃぃん;;;; そうだ・・・・ 朝、メモをタオルの中に隠しておいたのをすっかり忘れていた。 僕の不注意のせいだ・・・ 「おうどうした?泡風呂に入れたのがそんなに嬉しいか?」 僕は泣きながらカクカクと頷く。 「ふーん変わった奴だなおまえも・・・・ん?なんか顔つき変わってないか?」 (ドッキーン!) 「そ、そんなわけないでしょ!気のせいだよ気のせい!」 「?・・・まあいいや、そんなことより・・・・鳴滝荘のおねえさま達〜!!いらっしゃいますか〜!!?」 浴場の中を大音響が響き渡る。 これなら居れば一発で気がつくだろう。 しばらく沈黙が続いた後、 「だ!誰よあんた!!」 幾分警戒した様子の桃乃さんの声がした。いきなりこんな場所で呼び掛けられれば当然だろう。 「ああ!その美声はピンクの髪のセクシーなおねえさん!!」 「だから!誰だって聞いてるのよ!」 「僕は以前お会いした、白鳥の友人の翼という者です〜!!」 はあ〜とため息のような音が聞こえた。 「あんたなんでこんな所にいるのよ!」 「はい〜!今日は白鳥に部屋に泊まるように誘われまして!」 ――勝手に決めたくせに。 「ですから今日はよろしくお願いしま〜す!」 何やら相談するような声が聞こえる。 859 名前: The fateful decision [sage] 投稿日: 2005/07/04(月) 20:19:35 ID:XmsT3+qI 「白鳥さ〜ん!そこに居るですか〜?」 珠実ちゃんが聞いてくる。 「う、うん!居るよ!皆そこにいるの?」 「梢ちゃんも沙夜子さんと朝美ちゃんも居るですぅ〜、今、梢ちゃんとお背中流しっこし終わって、これからマッサージし合うところですぅ〜。  ――あふぅ!梢ちゃん駄目ですぅ!そんなところを触っちゃおかしくなっちゃうですぅーー!!!」 「珠実ちゃん!変な事言わないでっ!!」 梢ちゃんの声が聞こえた。 珠実ちゃんの言葉はあからさまな挑発だったけれど、今はそんなことにかまっていられない。 何とかこの状況を打開しなければ。 翼君を見ると、倒れたまま「生きてて良かった」と繰り返し言いながらぴくぴくしている。 倒れてない部分もあるけど・・・ 僕は翼君のそのモノを普段通り特に何も考えずに見てしまった。 (ドキン!) えっ?何これ? 頭は到って冷静なのに、心臓が激しく鼓動してる。顔もどんどん火照ってきた。 うわ〜!なな何なんだこのドキドキは! なんで男の僕が・・・マズイってば!――認めない!認めたくない! とりあえず今の状況を珠実ちゃん達に知らせないと! ああでもどう言えばいいんだろう。翼君に気付かれないようにしないと。 「珠実ちゃん!」 僕は壁の向こうに呼び掛けた。 「何ですか〜?想像して興奮しちゃいましたかぁ〜?」 「そんなんじゃないってば!―――えーと・・・・・パポップ・ペプッポ・ピペッポ!!」 気付いてくれただろうか? 「!!・・・・」 「珠実ちゃ〜ん!;;」 自然と哀願するような口調になってしまう。 「分かったですぅー!ちょっと待ってるですぅー!」 バシャっと水のはねる音がした後、ダダダダと駆けていく音が聞こえた。 よかった・・・気付いてくれたみたいだ。 後は珠実ちゃんが助けに来てくれるまで、何とか翼君に気付かれないように・・・ 「なあ白鳥、その変な呪文みたいなのは何なんだ?さっきのメモにも書いてあっただろ」 「えっ?い、いや〜、大した意味は無いんだ!うん!気にしないで」 翼君は一瞬怪しむような顔をしたけど、三歩歩いたら忘れたようだった。 今はサウナと水風呂に交互に入って遊んでいる。 それから10分ほど経っただろうか、まだ珠実ちゃんは現れない。 幸いな事に他のお客さんは一向に来ない。 これが混雑時や、珠実ちゃん達がいない時だったらと考えるとぞっとする。 水風呂から上がった翼君が話し掛けてきた。 「おい見ろよこれ!水風呂で冷やしたらキン○マ袋がこんなに縮まっちゃったよ!ハッハッハ!」 自慢げに腰に手を当てて見せてくる。 「うわッ!そんなの見せないでよ!」 普段なら苦笑いで済ますところだけれど、今は顔を真っ赤にして目を逸らしてしまう。 ジェットバス効果もあってか頭がだんだんクラクラしてくる。 「ちょっとあんた!こっちには純真無垢な乙女達がいるんだから、少しは言葉を慎みなさいよ!」 壁の向こうから桃乃さんが怒鳴る。 そういえばそうだった、梢ちゃんや朝美ちゃんはどんな顔をして聞いてるんだろう・・・ 「いいえ〜、それは違いますよおねえさま。僕はただ、さっきのサービスのお返しをしようと思って」 「サービスしたつもりもないし、お返しなんか要らないわよ!」 翼君は少し驚いた様子で言った。 「あれ、怒っちゃったよ・・・女心は分からねえなぁ」 「(女心は分からないけど、君がモテナイ理由は分かったよ)・・・」 「ん?なんか言った?」 もうかれこれ20分近く、ずっとジェットバスに入り続けている。 何とか隙をついて逃げ出そうとするのだけど、翼君が落ち着き無く動き回るのでそれも叶わない。 そうこうしてるうちに他のお客さんが数人入って来てしまった。 どうしよう、これは本当にマズイ、冗談じゃなく意識が朦朧としてきた。これが脱水症状というんだろうか。 もういっそのこと恥を捨てて出てしまおうかとも思ったけれど、もしこの体を翼君に見られて そのことが学校の人達なんかに知れ渡ってしまったら、僕はどう思われるのだろう・・・? ――ずっと男だと思わせていたけれど、実は女だった。 これほどセンセーショナルな話題はあっという間に広がってしまう。 学校を介して親にも噂が伝わってしまうかもしれない。 嫌だ、そんなことは絶対嫌だ。 今何とか我慢をする気になっているのは珠実ちゃんが来てくれる事を信じてるからだ。 ああ、早く来てくれ珠実ちゃん・・・・ 「白鳥ー、おまえ大丈夫か?顔真っ赤だぞ?・・・それにずーっとそこに入りっぱなしだろ?」 とうとう翼君に不信がられてしまう。 「うん・・だいじょぶ・・・それより、まだ・・あがらないの・・?」 頭が朦朧として、呂律が回らなくなってきた。 「ああ、じゃあそれに入ってからあがるわ」 翼君は僕が入ってる浴槽を指差して言った。 ああそう・・・・って、ええ〜!! 翼君はゆっくりと泡風呂の中に入ってきた。 「ふぅ〜、確かにマッサージされる感じがなかなか良いなぁ」 僕はもう居心地が悪くて仕様が無い。 「ところで白鳥、おまえ、どのくらいだ?」 翼君が何を言いたいのか分からなかった。 「・・どのくらいって・・・なにが・・?」 「だから、ナ・ニ・が・だよ」 これで理解した、翼君が言いたい事が。 そしてこの話題は、今の僕にとって致命的なものだ。 とりあえずこの話題を逸らすために惚ける事にした。 「・・ん・・・なんのこと・・かな・・」 「なんだよ水癖ぇな、俺とおまえの仲だろ?ちょっと見せてみろよ」 誤魔化すことはできなかった。それどころか翼君は無理やり手を突っ込んでこようとする。 「・・や・・・やめてって・・おねがいだから・・」 体力の限界にきている僕はそれを防ぎきれない! 「いいじゃねえか、減るもんじゃ無し・・・」 スカッ 「ん・・・・・?」 翼君は不思議そうな顔で自分の手を見詰めていた。 「白鳥・・・おまえ・・・・」 (ああっ、気付かれた!!これはもう言い逃れできない。どうなってしまうんだ僕の人生!?) 翼君は、ぽんと僕の肩を叩く。 「男の価値はナニの大きさで決まるんじゃねえ――――ハートのでっかさだぜっ!」 ニッ、と最高の笑顔で励ましてくれる翼君。 ありがとう・・・・君の鈍さに感謝する。 それだけ言うと満足したのか、翼君は少し僕から離れた。 「しっかしなぁ〜、勿体無いよな〜」 翼君は天井を見上げながら、そうつぶやいた。 「・・・なにが?」 「なんでおまえみたいな奴が女じゃねえんだよ」 「・・・・・・」 今度は何なんだろう、早く解放してよ・・・ 「ああ悪い、こんな事言われたって不愉快になるだけだよな。でもな、俺以外にもこう言う野郎共は結構いるんだぜ?   『もし白鳥が女だったとしたら、誰にも渡さねえ』ってな。――おい冗談だってば、そう赤くなるな。気味悪がるな」 何とも複雑な気分だった。 普段友達として接してきた人達にそんな目で見られていたなんて・・・。 僕ってそんなに女っぽいのか?それとも今の女の子に変身してしまう体質が何か影響してるんだろうか。 「じゃあ俺はこれであがるわ。おまえも幾ら好きだからって長すぎるのは体に良くないぞ」 「・・うん・・・わかった」 そういうと翼君は出入り口の方へ向かっていく。やがて人が出て行く気配がした。 さて、やっと翼君から解放された。もう少ししたら服を着て脱衣所からも出て行くだろう。 でもまだ問題は残っている。僕の他にこの浴場内にいるのは――4人。 思いきって、走って突っ切るのはどうか?いや余計に目立ってしまう。 ホフク前進はどうか――――今の女性の体でやるには卑猥すぎる。 もし見つかって襲われたとしても文句が言えない。 何か、何かないだろうか。視界が一定時間消えるような手段は。 照明を消す?どうやって? UFOだ!っとでも叫んでその隙に――馬鹿馬鹿しい。 そんなことを考えているうちにも、どんどんと症状が悪化していく。 頭はガンガンと痛くなり、視界が白く埋まっていく。 ――もう駄目だ、諦めよう。 そう思い立ち上がろうとした時だった。 服を着たままの少年が浴場内に入ってきた。 その少年は手に何か白い物と大きめのバッグを持っている。 そして迷わず一直線にこちらに向かってくる。 「白鳥さん、まるで茹ダコですぅ〜」 (珠実ちゃん!) やっと来てくれた。帽子やマスクで変装しているけれど、それは紛れもなく珠実ちゃんだった。 「・・ああ・・・もう・・おそいよ」 「男物の服が無かったんですぅ〜、さあ無駄口叩いてないでこれを着けてあがるですぅ〜」 珠実ちゃんが持っていた白い物は、大きめのバスタオルとバスローブだった。 「とりあえずタオルを巻いてその中から出て、バスローブを着るですぅ〜」 ああ、ちゃんと体を見られないように気を配ってくれてるんだ。その気遣いがありがたかった。 僕はタオルを受け取ると言われた通り体に巻いた。そして立ち上がろうとしたが グラッ 「わ!わ!」 「おっとぉ、そうとう脚にきてますね白鳥さん」 珠実ちゃんがバランスを崩した僕の腕を引っ張ってくれた。 「なんでこんなになるまで我慢したんですかぁ〜。下手したら命に関わってましたよ〜?」 「え、・・・だって珠実ちゃんが来てくれるって・・・信じてたから」 僕は思ってた事を素直に言った。助けが来ないと思っていたら、いくら僕でも恥を忍んで出ていただろう。 すると珠実ちゃんは何故か一瞬だけ悲しそうな表情をした。 僕は浴槽から出てバスローブを着ると、その中でバスタオルを取った。 いつもより長くなった髪はずっと浴槽の中に浸していたからずぶ濡れになっている。 珠実ちゃんは別のタオルを取り出すと、タオルをターバンのようにして髪の毛を纏めてくれた。 流石に女の子だけあって慣れた手つきだった。 「さあ、怪しまれないうちにさっさと出るですぅ〜」 今の状態は男湯の中ではそれなりに怪しいのだけれど、 他のお客さん達はそれぞれ頭を洗ったり体を洗ったりしていて、こちらに注目している人はいない。 僕は歩き出そうとしたが、また立ち眩みがして倒れそうになった。 「はぁ〜もう、危なっかしいですねぇ〜。頭を打ったら大変ですから、ほら、乗ってください」 珠実ちゃんは中腰になって僕を背負ってやると言う。 僕は女の子におんぶされるという事に抵抗があったけれど、 早くこの場から出たいという気持ちの方が強かったので、その言葉に甘える事にした。 「ありがとう、優しいんだね珠実ちゃん」 珠実ちゃんに身を委ねながら言う。 「そんなこと言ってると、梢ちゃんに言い付けちゃいますよ〜?」 「えっ、なんで?・・・梢ちゃんだって『珠実ちゃんは優しい子ですよ』って言うに決まってるじゃない」 「(ふぅ〜、流石梢ちゃんの彼氏ですぅ〜)・・・」 「?・・・」 脱衣所に出ると幸いな事にそこには誰も居なかった。 僕はとりあえず乾いた喉を水道水で潤す。 「で、なんでこうなっちゃったんですかぁ〜?」 珠実ちゃんが聞く。 「うん・・・朝貰ったメモをタオルの間に隠してて、それをすっかり忘れてたんだ・・・  それでそのタオルを運悪く使っちゃったんだ」 「見て憶えたら、さっさと処分しておけばよかったのに〜ですぅ〜」 「うん・・・・そうだね・・」 珠実ちゃんはそれ以上のことは言わなかった。 「一応誰が入ってくるか分からないので、トイレで着替えましょう」 そういうと珠実ちゃんは真っ赤なレースのパンティを手渡してきた。 「こ、これは?」 「毎回同じ事言わせないでください〜」 「いや、女性用の下着を着けるのは仕様が無いと思うけど、流石にこれは派手すぎない?」 お尻の部分なんかほとんどTバックと言っていいほどの急角度だ。 そういうと、珠実ちゃんは悪戯っぽい顔で 「そんなことないですぅ〜、今の女の子はそのくらい普通ですぅ〜。白鳥さんが知らないだけですぅ〜♪」 と言う。なんか楽しんでない珠実ちゃん? 僕は自分で持ってきた着替えを持ってトイレに入った。 思ったよりスペースが有って着替えるのに差し支えない。 と、何故か珠実ちゃんも一緒に入ってくる。 「なんで珠実ちゃんも一緒に入ってくるの!?」 「気にしないでくださいですぅ〜。ほら早くそれを穿くですぅ〜」 釈然としないながら下着を身に着ける。 穿いているんだか穿いてないんだか分かりゃしない。お尻なんかほとんど丸出しだ。 その時、 「それぇ〜!!ですぅ〜♪」 バッ! 突然バスローブを剥ぎ取られる僕。 何が起きたのか分からず、咄嗟に胸を両腕で隠す。 「なッ!何するんだよ珠実ちゃんッ!!」 パシャリ 「うふふ〜、白鳥さん、凄く色っぽいですぅ〜」 珠実ちゃんはいつの間に取り出していたのか、デジカメで僕の姿を撮っていた。 僕は今撮られた写真の構図を想像して暗澹とした気持ちになる。 赤い挑発的なパンティを身に着けた、上半身裸体の女性。 胸を両腕で隠し、その顔は羞恥で赤く染まっている・・・・ そして今の自分の置かれている状況に恐怖する。 三方は壁で正面には珠実ちゃん。逃げ場がないし、声も外に届かない。しかも今は抵抗できるほどの体力も無い。 さっきまで信頼していた珠実ちゃんの笑顔がどんどんと恐ろしいものに見えてくる。 「さあ、おとなしくしてくださいですぅー」 「な・・・何をするつもり・・なの・・・・?」 声が震えてしまうのを抑えきれなかった。 「さあ、おとなしくしてくださいですぅー」 「な・・・何をするつもり・・なの・・・・?」 声が震えてしまうのを抑えきれなかった。 「残念ながら、白鳥さんの期待するような事はしないですぅ〜」 そう言って珠美ちゃんが取り出したのは、白の長い布のような物だった。 それには僕も見覚えがあった。僕はそれで全て理解した。 「あっ!サラシ!」 そうだった、パンティを渡されて、ブラジャーを渡されない時点で疑問に思えよ、僕・・・ そう思うと、さっきまでの恐怖が恥ずかしさと怒りに変わっていく。 「そうですぅ〜、白鳥さんのあのお友達は今日は泊まるんでしょう?  だったらこれをしてないとバレてしまうですぅ〜」 僕はそう言う珠実ちゃんに食って掛かる。 「酷いじゃないか!サラシを巻くなら巻くって最初に言ってよ!どれだけ怖かったか分かってるの!?」 「変な想像を勝手に膨らませる方が悪いんですぅ〜。ワタシは別に疚しいことはしてないですぅ〜♪」 くっ・・・やっぱり全然優しくなんかない。前言撤回する。 サラシを巻いてもらい自分の服を着て、長くなった髪を隠す為に 珠実ちゃんから借りたキャップを被って脱衣所を出た。 休憩所のような場所に皆が座っていた。 沙夜子さんと朝美ちゃんは、もたれ合って眠っている。待たせちゃったみたいだ。 翼君は涙を流して桃乃さんの足に頬擦りしている。 桃乃さんは、ビールを飲みながらそれを笑って見ている。何やってんだこの二人は・・・? 梢ちゃんは心配そうな顔をして壁に掛かった時計を見ていた。 やがて男湯から出てきた僕達を見つけて駆け寄ってくる。 「白鳥さん、大丈夫でしたか!?」 珠実ちゃんから、僕が変身したらしいことを既に聞いていたのだろう。 「うん、ちょっとのぼせただけだから。心配掛けてごめんね」 「いえ、いいんです。――それで、変わってしまった・・んですよ・・ね・・・」 僕の顔や体の変化を見てとったのか、その問いかけは尻すぼみになった。 僕はそんな梢ちゃんを見て、罪悪感を感じた。 この前の事はともかく、今回は僕の不注意が原因だ。 「でも、ご無事で良かったです。珠実ちゃんも色々ありがとう」 「いいんですぅ〜、じゃあもう帰りましょう、梢ちゃん」 僕達は朝美ちゃんと沙夜子さんを起こして帰ることにした。 沙夜子さんに全く起きる気配が無いので皆が困っていると、 翼君が「自分が背負って帰る」と提案したので、当然僕は大反対した。 が、結局今の僕ではそんな肉体労働は無理なので、翼君の提案が通ってしまった。ごめんよ朝美ちゃん。 今は帰り道の途中。梢ちゃんと珠実ちゃんを先頭に、集団で歩いている。 僕はまだ少しフラつくのだけど、もう倒れるようなことはない。 「お兄ちゃ〜ん・・・お兄ちゃんのお友達の人、さっきからずーっとヘラヘラ笑っててちょっと怖いよぉ。お母さん大丈夫かなぁ・・・」 朝美ちゃんは不安そうに話し掛けてくる。 「う、うん。・・・ごめんね朝美ちゃん、僕が非力なばっかりに・・・。  できるだけあのお兄さんから目を離さないようにしてね・・・・」 僕は翼君と沙夜子さんの様子を見る。沙夜子さんは相変わらず安らかな顔で眠っているし、 翼君は涎を垂らすかの如く笑っている。今は背中の感触を味わうことに全身全霊を注いでいるんだろう。 いきなり乱暴に肩を組まれて、お酒クサイ息が顔に掛かってくる。 「し〜ら〜と〜り〜クンッ♪今日も大変だったわねぇ」 桃乃さんだ。 「ちょっと、こんなに早い時間から酔っ払っちゃって。ペースが速過ぎませんか?」 「湯上りに一杯と思ったら、止まらにゃくにゃっちゃったんだヨ〜ん♪」 果たして一杯で止めるつもりがあったのだろうか。 桃乃さんは急に顔を近づけて、声をひそめる。 「(それにしても今日もやってくれるわねぇ〜。まさか男湯の中で女の子になっちゃうだなんて  ぷぷっ・・・笑っちゃいけないけど・・・笑っちゃうわ・・・ぶぶぶ・・・)ぶわっはははははは!!」 腹を抱えて笑ってる。 「もう!こっちは必死だったんですから、笑わないでくださいよ!」 僕は何とかそれだけは抗議した。 夕食が終わり、僕と翼君は僕の部屋で課題をやることにする。 「白鳥、おまえいつまで帽子被ってんだ?」 「え?あ、いや髪形が決まんなくて・・・」 廊下を歩いて部屋に向かっていると桃乃さんに捕まってしまった。 「ねえ、あんた達も私の部屋で飲まない?珠ちゃんとバラさんは来るみたいだけど」 「あの、僕たち今日は課題をやらなくちゃいけなく・・」 「行きます行きます!絶対行きます!な、白鳥」 「だって課題はどうするの?明日は僕、用事があるから付き合ってあげられないよ?」 そうなのだ、何よりも優先されるべき用事がある。梢ちゃんとデート・・・ 「え?用事ってなんだよ?」 と、突っ込まなくていい所を突っ込まれてしまう。 「白鳥クンはね、明日は梢ちゃんとだ〜いじな御用事があるのよ、ね〜?」 「ちょっと桃乃さん!?」 「白鳥ー!そうだったのかーッ!おまえそうだったのかーッ!」 頭を押さえ絶叫する翼君。 「まあちょっと顔を出す程度でいいからさ白鳥クン、その後課題とやらをやっても大丈夫でしょ?」 「くそっ、白鳥!おまえだけ良い思いするなんて許せねぇ。ほら行くぞ!?」 「う〜ん・・・ちょっとだけだからね?」 940 名前: The fateful decision [sage] 投稿日: 2005/07/05(火) 23:07:30 ID:2PHZsWgP 桃乃さんの部屋には既に灰原さんと珠実ちゃんが待っていた。 「おう、おめえさんは確か白鳥の友達だったナ。おまえも飲むのか?」 と灰原さんは聞く。 「もちろん!今日はとことん飲みますよ〜」 翼君はそう答える。 「ちょっと翼君!課題があるんだからそんなに飲んじゃ駄目だよ!?」 「堅いこと言うなって。少しアルコールが入ったほうが、良いアイディアが浮かぶかもしれないだろ?」 「そうよ白鳥クン!才能ある芸術家は大抵ドラッグに溺れるものよ。だから今日は飲め!浴びるほど飲めぇ!」」 何だかよく分からない理屈で勧められる。 「でも、この性欲の塊みたいな人に酔っ払われたら、ワタシの貞操も危ういですぅ〜」 珠実ちゃんが翼君を見ながら言う。 「失敬な!俺は見る目は持ってるつもりだ」 「な、なんですとぉ〜!?」 なんだかんだで宴が始まった。翼君は、飲み始めるやいなや、いきなり裸踊りを始める。 皆はやんやと喝采する。この人達には徐々に打ち解けるとかそういった感性は無いのだろうか。 皆は缶ビールを飲んでいたのだけど、翼君は最初の15分ほどで飲んだ本数が二桁に届きそうな勢いだ。 「アンタなかなか良い飲みっぷリねぇ。アタシそういう男は嫌いじゃないわ。  ・・・そうだ!アタシより長く飲んでいられたら、ご褒美に何かしてあげよっかな〜?」 と、挑発するようなことを言う桃乃さん。 「うぉー燃えてきた!これだっ、俺が求めていたのはこの展開だッ!」 「翼君飲み過ぎだって。これから課題やること忘れないでよ!?」 「分かってるって、俺はまだまだ平気だから心配すんな」 確かにまだ酔っているというほどでもない。ほんのりと顔が赤くなる程度か。 なんでこんなに強いんだろう、僕と同い年の筈なのに。 「それより白鳥ィ〜、おまえももうちょっと景気良くやれよ?そんなちびちびやられると、こっちまでマズくなっちまう」 僕は一本目に口をつけたぐらいで、ほとんど飲んでない。 「ほら!ぐいっと」 翼君は僕の頭を掴んで無理やりビールを飲ませてきた。 「うわ!ゴボガボゴボボボボ・・・」 どんどんビールが注ぎ込まれる。鼻の中にも流れ込んで、ツーンとした刺激が襲う。 それでもその痛みもすぐに鈍くなっていって、頭がクラクラしてくる。今日はクラクラしてばっかりだ・・・ 「白鳥さんは下戸なんですから、無理やり飲ませちゃ危ないですぅ〜」 「あ〜あ、こいつもう此処で寝ちまうゼ?」 最後に聞こえたのはそんな珠実ちゃんと灰原さんの言葉だった。 942 名前: The fateful decision [sage] 投稿日: 2005/07/05(火) 23:08:41 ID:2PHZsWgP 「んん・・・、ここ、何処だっけ・・・?」 軽く頭痛のする頭を持ち上げる。 辺りは空き缶の海だった。 (そうだ、宴会の途中で無理やり飲まされて・・・) 視線を上げると桃乃さんと翼君が―――まだ飲んでいた。珠実ちゃんと灰原さんはダウンしている。 「う〜、ヒック、あんた、結構やるじゃない・・・ここまでアタシに、ヒック、張り合ったやつは初めてよ・・・」 「な、なんの、ご褒美を貰うまでは、ヒック、諦めないですよ・・・」 そんな二人から視線を更に上げ、時計を見る。 (11時半か・・・) えっ!じゅういちじはん〜!? そんなに寝た感覚は無いのだけど、もう3時間以上も寝てしまった。 僕は取れかかっていた帽子を直すと、翼君に言った。 「翼君!早く課題やらないと!」 「おう起きたか白鳥ィ〜。ヒック、駄目だ、まだ勝負が終わってない」 「そうよ。ここまで引っ張って、ヒック、無効試合はないわ!」 二人とも流石に酔いがまわっているようだけど、 どうしてもご褒美が欲しい翼君と、負けず嫌いの桃乃さんの勝負がそう簡単に終わる筈が無い。 そう思った僕は、翼君を無理やり引きずり出して僕の部屋に押し込んだ。 力が出ないので、体がまだ男に戻ってないのが分かった。 「ああもう、何すんだよ白鳥!おかげでご褒美がパアだ!」 「それは諦めた方がいいよ。一度桃乃さんが気絶しながらも飲んでるところを見たことあるから。」 「え・・・本当?」 「うん、本当」 翼君は蒼ざめた顔をしている。どうしてこんな馬鹿げた嘘を信じられるのだろうか、そっちの方が信じられない。 「さあ、そんなこと言ってないで早く課題をやらなきゃ!僕は明日は本当に駄目なんだからね!?」 「うぃ〜、分かったよ・・・」 こうしてやっと課題に取り組めたのは日付が変わる少し前だった。 僕はさっきまで眠っていた所為か頭が冴えていて、アイディアが結構浮かぶ。 今考えてるのは、男の子と女の子の二人が魔女に魔法を掛けられて、 一日性別が逆になってしまうという話だ。 え?どっかで聞いたことあるって?気にしない気にしない。 対して翼君は退屈と、眠気と、オアズケを喰らった煩悶の三重苦と闘っていた。 「う〜、近くにあんな美女達がいるってのに俺はなにをやってんだ・・・  これは結構辛い、まるで生殺しだ・・・・なあ白鳥、おまえ何か持ってないか?」 「何かってなに?」 「いやだからさ、何でも良いんだけど、その、エロ本とか・・・」 そういった物は生憎持ってなかった。全然そういったものに興味が無いわけじゃないけれど、 とりあえず今持ってないことには出しようが無い。 「そんなもの無いってば。それに人の部屋で変な事しないでくれる?」 「え?ああ、しないって。それよりおまえもそんなに恥ずかしがるような歳じゃないだろ?  俺はただ友人として、おまえがどんな性癖を持ってるのか知りたいだけだから。さあ出してみろよ」 やっぱり言っても分かってくれないようだ。 「だから無いものは無いんだって。そんなに気になるなら探してみれば?」 「お、言ったな?俺は人のエロ本探すのは得意なんだぜ?3分以内に見つけてやるよ」 そういって翼君はがさごそと探し始めた。僕は見てても仕様が無いので課題に戻る。 しばらくして、 「うわあぁ〜!!」 「ど、どうしたの翼君!?」 見ると翼君の手にはあの女装用のカツラが・・・! 「何だこれ・・・か、カツラ?」 誰だって探し物をしていて髪の毛が出てきたら驚くだろう。 カツラを隠している事をすっかり忘れていた。僕は再び自分の不注意さ加減を呪った。 「白鳥?・・・おまえ、これ着けたりするのか?・・・」 不信がるのも無理はない。それはリボンも着いていて明らかに女性用なのだ。 「い、いやその・・・・これには訳があって・・・」 僕達はしばらく呆然と立ち尽くした。 やがて、フッと翼君の表情が柔らかくなった。 「いや、こんなに驚いて悪かったな、あまりに突然のことでさ。  というか、俺が勝手に物色したのがいけないのか・・・悪い」 「あの、違うんだって!これはその・・・」 この状況では何を言っても無駄だ。けれどどうしても弁解したくなる。 「いいんだって、俺は気にしないから。おまえが女装しようが  おまえは俺の友達だよ。それにおまえならこういうの似合いそうじゃねえか」 急の事で避けられなかった。翼君は僕が被っていた帽子を取ると持っていたカツラを被せたのだ。 「あ・・・・・・」 「あ・・・・・・」 再び沈黙が二人を包む。 しかし今度の翼君は明らかにさっきとは違っていた、その目には怒りが満ちている―― 947 名前: 名無しさん@ピンキー [sage] 投稿日: 2005/07/05(火) 23:14:37 ID:2PHZsWgP 今日はここまでです。やっと半分に到達しました。 明日以降から若干スピードアップしますんで、どうかお付き合い下さい。