----------------- The last moment ----------------- 彼女と出会ったその日。 彼女と再開したあの日。 彼女と恋人同士になった日。 あっという間に時は過ぎていった。 そして、今日がやってきた。 四月のとある日曜日。 僕は今日、世界で一番大切な人を失った。 『The last moment』 「あっ」 四月某日、日曜日。時は十時三十分。 課題も一息ついて、休憩がてら炊事場でお茶を飲んでいたときに、同じく炊事場にいた梢ちゃんが声を上げた。 「?どうしたの?梢ちゃん」 突然声を出した梢ちゃんに、僕は首を傾げて尋ねる。 「あ、いえ、ちょっと…」 そういって冷蔵庫の中を二、三度見渡す梢ちゃん。 「………?」 ますます首を傾げる僕。 「ちょっと、お昼ご飯に使う野菜が足りなくて…」 「野菜?」 「はい、お昼は野菜炒めとチャーハンにしようと思ってたんですけど…」 「へぇ、何が足りないの?」 「え?あ、にんじんともやし…ですけど…?」 「にんじんともやしだね?よし、僕が買ってくるよ。」 「え?いいですよ!私が…」 「いいって。ちょうど僕も本屋に用があったからさ。そのついでに、おつかいを、ね?」 にこっ、と、微笑む。 「あ、そ、そうですか?えっと、じゃあ、お願いできますか?」 少しだけ顔を赤らめ、言う梢ちゃん。 「うん。それじゃ、そんなに時間はかからないと思うけど、本屋によってから帰るね」 「はいっ、よろしくお願いします!」 「うん。いってきます」 「いってらっしゃい、白鳥さんっ!」 梢ちゃんの嬉しそうな声を背に、僕は鳴滝荘を出て、商店街に向かうこととなった。 双葉銀座。 阿甘堂や、目的地でもある八百長、本屋『book on』もある、駅前の賑やかな商店街。 「まずは、本屋かな…」 つぶやき、本屋に足を向ける。 入り口から一、二分歩いてついた本屋は、雑誌から絵本までしっかりとした品揃え。 この店なら大体の資料や欲しい本はそろっている。 「お、あったあった」 目当ての絵本を見つけ、会計を済ませると、早速次の目的地、八百屋の八百長に向かう。 「こんにちわ」 八百長に着き、店主のおじさんに声をかける。 「おう兄ちゃん!いらっしゃい!どうでい?梢ちゃんとは仲良くやってっか?」 おじさんは今日も威勢の良い声をだしながら、僕の背中をバンバンと思いっきり叩く。 「は、はい…おかげさまで……」 手加減なしのスキンシップに背中をさすりながら答える。 「おーおー、そいつぁ何よりだ!で?何だ?今日はなんか買っていくのか?」 「あ、はい、もやし…と、にんじんを」 「もやしとにんじんだな?おっし、良いもん選んでやるよ!」 「あ、ありがとうございます」 「いいって事よ!何たって梢ちゃんの彼氏だからな!サービスの一つや二つや百八つぐれぇ…」 「そ、それは多すぎですよ…」 「わっはっは!それもそうか!ホレ、もやしとにんじん!オマケに梅干しだ!梢ちゃんに食わしてやりな!」 「あ、いえそんな……」 「いいから受け取れって!おっちゃんからの気持ちだよ!!」 「じゃ、じゃあ遠慮なく…」 「おう!!またこいよ!!」 「はい、ありがとうございました」 「毎度ありー!!」 もやしとにんじん、おまけに梅干しまで貰い、僕は鳴滝荘への帰路につく。 時間は恐らく12時より少し前、といったところか。 昼食時には間に合ったので、しっかり昼食はとれそうだ。 これなら珠美ちゃんにもどやされる事は無いな、等と思っていた。 そこで、鳴滝荘の玄関先で、ふと、気がついた。 「…………静か…すぎる…?」 そう、今の鳴滝荘は、あまりのも『静か』なのだ。 今はさすがの桃乃さんでも起きているはずだし、しかも今日は日曜日だ。 あの騒ぎ好きな住人が日曜の昼間に静かなハズがない。 じゃあ、何故・・・? その瞬間から、日頃の経験からか、多少、嫌な予感はした。 その予感が確信に変わるのに、時間は要らなかった。 「ただい―――」 がらりと玄関を開けた瞬間、一人の人物が目に入った。 朝美ちゃんだ。 だが、多少普段と違うところがある。 服だ。 普段の制服ではなく、妙な―看護婦のような―服を着ている。 こんな服を着せるのは… 玄関の朝美ちゃんの他にも、廊下に出ると、柱にもたれかかる様に、沙夜子さんが、メイド服の様な物を着て気を失っていた。 そしてその側では桃乃さんがチャイナドレスを着て倒れていた。 この三人がこんな格好をして倒れている、というのは過去何度もあった。 この場合、殆ど、いや、確実に梢ちゃん…『彼女』が関わっている。 と、なると、『彼女』は今何処に?となる。 『彼女』を探そうとしたその時だった。 「ホーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」 真昼の空に、轟く咆哮。 この奇妙な雄たけびを上げるのは、唯一人。 そう、世界で唯一人。 「……あ」 声の聞こえたほうを見る。中庭をはさみ、向こうの廊下。 そこに『彼女』はいた。 蒼葉 梢ちゃんの姿をした彼女。 梢ちゃんの深緑の瞳より、多少薄い緑の瞳をした彼女。 長い髪を、横で一つに縛った少し変わった髪形をした彼女。 緑川 千百合。それが彼女の名前。 今日は、長くなりそうだ。 「ホーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」 もう一度大きな雄叫びを上げて、廊下の真ん中に立っていた千百合ちゃんは、壁にぴたりと背中をくっつけ 「ホーーーーー……………」 何か気合を込めるように息を吐き 「ホーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」 壁側から中庭側までの廊下の短い助走で、ジャンプ一番、千百合ちゃんは宙に舞った。 「ええっ!?」 当然、彼女の突然の行動に驚きを隠せない僕は、声を上げる。 「隆っちゃーーーーーーーーんっ!!!」 空中で僕の名前を呼び、そのまま 「Ωυ*$%#δ"&!!」 僕の腹部に直撃し、僕に声にならない声を上げさせる。 コレで何度目か、僕は千百合ちゃんに押し倒される形になった。 と、いうか向こうの廊下からこちらの廊下まで跳んで来れる千百合ちゃんの跳躍力には目を見張る物があった。 「ん〜〜、隆ちゃぁ〜ん〜」 当の千百合ちゃんは、魚子ちゃんの様に甘い声で僕にすりよってくる。 「ちょ、ちょっと、千百合ちゃん!?」 「はぁ〜っ、隆ちゃんの匂い、感触、温もり!どれをとってもSランク!!さすがはマイダーリン!完璧です!!correct!!」 と、言って手でOKの丸を作る千百合ちゃん。 だけど僕にとっては苦しいものでもあり、色んな所が僕に押し付けられ、恥ずかしい物でもある、というのが悲しい現状。 「ち、千百合ちゃんっ!苦し…離れ…て…色々…あたってる…っ!!」 「ホーーーーーー!!!」 「ギブギブギブギブギブギブブギウギごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい  ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん…なさい…ごめ…い…ゴメ…ス…………」                          かゆ…                      うま… 「……コホン、えー、取り乱してすみませんでした、隆ちゃん」 咳払いを一つして、先の奇行に少し頬を赤らめる。 「いや、何とか大丈夫だったし…平気平気」 軽く握りこぶしを上げ、小さくガッツポーズをして見せる。 「そ、そうですか?それなら何よりですが……」 ふと、千百合ちゃんの表情が曇った気がした。 何か思いつめているような表情で、 何か考え込んでいるような表情で、 そして何かを決心したような表情で、言った。 「隆、ちゃん」 「何?」 「今日一日…」 少し、ほんの少し間を置き、息をつき、 「…今日一日、私のワガママに付き合ってもらえませんか?」 そう言った。 でも、そう言った彼女の表情は…ほんの少し…だから、 「…ワガ…ママ?」 「ええ…でも、無理にとは言いませんよ?隆ちゃんにも都合が……」 だから千百合ちゃんが言葉を言い切る前に、僕は言う。 「いいよ?」 「え?」 「いいよ。ちょうどさ、今日は恋人の頼みごとより大事な予定は入って無いから。僕でよければ好きに使って?」 「隆ちゃん……」 顔を一気に紅潮させ、うつむく千百合ちゃん。 「…ありがとう、ございます…」 うつむいたまま、ぽつりと、そう呟く。 「うん。どういたしまして」 彼女には見えないけど、笑顔で答える。 数分後、出かける準備を終えた僕と千百合ちゃんは、玄関にいた。 まだ朝美ちゃんも沙夜子さんも桃乃さんも気を失っているようだった。 珠実ちゃんを探したが、千百合ちゃんの話によると、朝美ちゃんに手をかけ、沙夜子さんに手をかけ、桃乃さんに手をかけようとした時に、 部長さんが訪れ、珠実ちゃんを連れて行ったそうだ。 灰原さんは、中庭の池ではなく、部屋にいたので、桃乃さん達が目覚めたらよろしくお願いします、と言っておいた。 一応桃乃さんの髪の触覚部分に『千百合ちゃんと出かけてきます。お大事に。白鳥』と、メモをテープで貼り付けておいた。 「隆ちゃん、準備、出来ました?」 「うん、いつでも出れるよ」 「そ、それじゃ、行きましょうか」 「そうだね。行こうか」 ―今の僕はまだ知らない。 ―今日、この日が、僕と、千百合ちゃんの― でも、今の僕はまだ知らないから、ただ、こう思った。 ―今日は、やっぱり長くなりそうだ― 624 名前: アトガキ ジゴク [sage] 投稿日: 2005/07/01(金) 00:04:21 ID:S9YHPhRf 今回はここまで〜。 いっそ全編完成してから一日ごとに投下とか考えたけどスレをあたためるには早急に投下が必要なので。 今回は白鳥君の独白をまるで他人事のように書いてみました。 いつもどおりにすると皆さんお気に召さないようで!! 現在中編は半分…ほど出来上がっているんでそんなに時間はかからないと。 次回はお出かけ先〜怒涛の急展開な中編。 ではでは。