-------- 鍋の中 -------- 「ここは…」 まだ外が薄暗い明け方、梢は宴会場と化した隆士の部屋で一人、目を覚ました。 「まぁ、私としたことがこんな所で…」 ふと下をみると珠美が恍惚の表情を浮かべて眠っている。 梢がふとした事で珠美の膝の上で寝てしまい、 『梢ちゃんラブリーです〜』とか言いながら動けずに珠美も眠ってしまった事は想像するに容易い。 まぁ、その時の梢は梢であっても梢では無かったわけだが…。 (折角早く起きたのですから皆さんの朝食の支度をしてしまいましょう) そう思い皆がまだ寝静まっている中、無意識にポニーテールをストレートに直しつつ、 ふらふらと一人台所に向かった。 「まずはお味噌汁から作りましょうか」 そう言うと梢は手際よく料理に取り掛かった。 だしを取り、具に火が通り、後は味噌を入れるだけとなった。 (あとはお味噌とねぎを入れて完成ですね) そう思い、戸棚の奥の味噌を取ろうとしたその時、 『ごん』という鈍い効果音を出して梢は頭をぶつけてしまった。 普段の彼女なら流石にこんな失敗はしないのだが、眠気眼に早紀の飲酒による二日酔いのせいもあって彼女は思わず頭をぶつけてしまったのである。  ……………… 「…いたーい。ここどこー?」 それはともかく、頭をぶつけた拍子に彼女の人格は又入れ替わってしまったのである。 「…魚子お腹すいたぁー」 と言っても周りには誰も居ないので仕方なく魚子は自分で食べ物を探し始めた。 「あー!なんだろーこれー?」 魚子は梢がまだ作りかけだった味噌抜き味噌汁を見つけた。 鍋に入っている物は食べ物だろう。と、魚子はお椀を出し、その味噌抜き味噌汁を食べてみたのだが…。 「味薄〜〜い」 当然の事ながら味噌がまだ入っていないので鍋の中の物はただ野菜や海藻をだし汁で煮込んだ物だった。 ふと魚子が開けっ放しの戸棚を見ると中には醤油や酢などの調味料が入っているのが目についた。 魚子は目を輝かせつつおもむろに調味料に手をのばし… 「魚子が美味しくしてあげる〜」 と言うやいなや、魚子は戸棚に入ってた調味料を片っ端から取り出し、 「お醤油〜どばどばぁ〜 お酢〜じょぼじょぼ〜 ラー油〜ポトポト〜 お砂糖〜ざ〜 梅干し〜ぼとぼと〜………」 なんということでしょう!料理の匠もびっくりな劇的ビフォーアフター! 「できたー!!!」 満面の笑みでっゃっゃになる魚子。 目の前には味の想像もつかない黒っぽい濁った色をした未確認流動物体。 「そうだ!お兄ちゃんにも食べさせてあげよう!」 そう言うと魚子はお兄ちゃん、もとい隆士を呼びに行った。    「ぉ兄〜ちゃ〜ん」 突然隆士の部屋の沈黙を破る ガチャ 「お兄ちゃん!」 魚子の声。 呼ばれた本人はこれから起こる悲劇を知るはずも無く気持ちよさそうに眠っていた。 「おにぃいちゃあーん!!」 がたがたと乱暴に隆士の体を揺さぶる魚子。 しばらくしてやっと目を覚ます隆士。 「あ…れ…梢ちゃん?おはよう…」 寝た後の梢の人格は元に戻るの法則に従って目の前に居るのは梢と判断した隆士であったが、 「ねぇ!魚子お料理作ったの!お兄ちゃんも食べてみて!」 あてが外れた。 眠い目を擦りつつ台所に向かった隆士であったが、 台所でお椀に入れられて出された物を見て  なんだこれは。  昔どこかで聞いた事が有る。  こういう食べ物であり食べ物にあらざる液体をジャイアンシチューと呼ぶのだ。と 甘酸っぱい匂いと見た目だけで危険だと本能が言うその代物を見て一発で目が覚めた。 「あの魚子ちゃん、これ…」 「魚子が一生懸命作ったの!まだ味見してないけど、お兄ちゃんにも食べさせてあげる!」 それは毒見ではないのか、というかむしろ罰ゲームじゃないんだろうか と思ったが口には出さない。 彼女の作った食べ物である。 食べてあげたいのは山々だったが、食べて吐いてしまうと彼女と料理に最低最悪の侮辱をする事になる。 なので、なんとかして食べない方向に持っていきたかった。 がしかし、少し考えたが古典的な言い訳しか思いつかなかった。 「いまちょっとお腹一杯で…」 嘘も嘘。 大人にはばればれの大嘘である。 「え!…じゃあ食べれないね…」 だが魚子は純粋ゆえに疑う事を知らない。 魚子ががっかりしながら諦めかけたその時、 「あれあれ〜食べないんですか〜白鳥さん〜?」 『がちゃり』と効果音を立てて扉が開くと外から珠美が入ってきた。 先程魚子が起こしに来た時に目が覚めたのだろう。 隆士と魚子が台所に入ったのを見計らって部屋を出て、後からつけて台所の中の様子をずっと今までうかがっていたのだ。 天使で悪魔な微笑みをした珠美を目の前にして隆士は見て分かるほどに狼狽した。 「あ…え?…珠美ちゃん?」 なんでここに居るの?と続けようと思ったが彼女の威圧により言葉が出ない。 「まさか魚子ちゃんが一生懸命丹精込めて作った手料理が食べられないとでも〜?」 珠美は微笑みながらゆっくりと隆士に近づいていく。 「今まで寝ていて起きたばかりですから〜何も食べれないって事は無いでしょうし〜」 一歩また一歩と。 「まさかそんなはずないですよね〜白鳥さん〜」 隆士の目の前まで来てそう言い切った。 「そ…それは…」 なんとか反論したい隆士であったが、相手は珠美。勝ち目は無い。 それならば無駄な反論はせず、むしろ墓穴を掘る前に潔く食べてしまった方が良いと そう隆士は判断した。 「わー、そ、そういわれてみるとなんだかお腹が空いてきたよー」 もちろん思いっきり棒読みである。 「え!じゃあ魚子のお料理食べれるの!?」 今まで落ち込んでいたのが嘘のように目が輝く魚子。 「う、うん、もちろんだよ」 隆士の顔は銀先生に折檻される前かのごとく青ざめている。 「大丈夫ですよ〜いざという時のためにほら〜」 手には洗面器。 吐いてしまっては彼女と料理を侮辱してしまうのには変わらない。 洗面器が有っても床を汚さないだけで隆士にとって何の保健にもなぐさめにもならない。 「そ、それじゃあいただきます…」 隆士はこうなりゃヤケだと思い一気に胃に流し込んだ。 …………… 隆士は気がつくと部屋で皆と寝ていた。 (夢…か?) 少し安堵を覚えたその時 「まったくだらしないですね〜白鳥さんは〜」 夢が現実だった事を証明する声が聞こえてきた。 「でも、吐き出しませんでしたし〜気絶する瞬間に『美味しかった』って言いましたから、まぁ次第点って所ですかね〜」 珠美は膝の上に寝ている梢の頭を乗せながら言った。 最悪の事態は避けれたが、気絶するというのは彼女にとってどう思われるのかが気がかりだった。 「魚子ちゃんには『気絶するほど美味しかったんでしょうね〜』って言ってちゃんとフォローしておいてあげましたから喜んでいましたよ〜」 ああ、良かった。と思ったと同時に珠美に感謝した、が原因は彼女にあるのだからそれぐらいはして当然とも思った。 「良かった…。ありがとう珠美ちゃん」 「いえいえ〜当然の事をしたまでですよ〜それに白鳥さんのためじゃ無くて魚子ちゃんのためにしたんですからね〜」 珠美ちゃんは相変わらずだなとは思いつつも隆士はもう一度深い眠りに 「あ〜!そういえば『 あれ 』はまだ残ってますから〜ちゃんと残さず食べて下さいね〜」 隆士は二度と目覚めたくないと思いながら眠りについた。 「まぁ〜ちょっとした軽い冗談ですけどね〜」 97 名前: 名無しさん@ピンキー [sage] 投稿日: 2005/06/19(日) 17:21:44 ID:cLRzbBuC 誰も居ない…晒すならイマノウチ…。 こういう魚子とこういう珠美が書きたくてやった。 今は反芻している。