------------------------ We'd get there someday ------------------------ 「う……〜ん」 朝。 窓から差し込む光と小鳥たちの囀りによって僕は目を覚ました。 布団から起きあがった僕はカーテンを開け、朝の空気を吸い込む。 「今日から夏休みかぁ…」 僕がここに来て2年目の夏。 鳴滝荘もずいぶんと変わっていた。 桃乃さんはアメリカの恋人の元へ旅立った。 別れ際、珠実ちゃんが本気で泣き出したのには驚いたけどみんな笑顔で見送った。 この間届いたエアメールに同封されていた写真の桃乃さんは自慢げに指輪を見せていた。 なんでも来年の春には結婚するらしい。 黒崎親子は実家にいることの方が多くなった。 沙夜子さんはその才能を認められ、先日は個展を開いていた。 沙夜子さんが朝美ちゃんを助け、朝美ちゃんが沙夜子さんを支える。 そんなふたりの姿はとても幸せそうだった。 灰原さんは小説がヒットしたのもあるが、その独特のパペット芸が受けたのか 最近ではテレビ出演しているところをよく見るようになった。 そんな多忙の中、鳴滝荘に帰る日もだんだん減っていった。 今───。 この鳴滝荘の住人は実質3人。 梢ちゃん、珠実ちゃん、そして僕だけだった。 出会いがあるから別れもある。 それは悲しいことだけど、僕と梢ちゃんは共に手を取り歩んでいく。 ずっと、ずっと。 そう、誓い合った。 珠実ちゃんはそんな僕たちを影ながら支えていてくれた。 桃乃さんたちが巣立っていき確かに寂しくなったけど、僕たちはこうして暮らしている。 僕たちの鳴滝荘がここにある限り。 「さて、と。 着替えなくっちゃ」 僕は着ていたパジャマを脱ぎ、下着を代え、服を着替えた。 長い髪をクシでとかし、いつものように梢ちゃんとおそろいのリボンで三つ編みをまとめる。 ノースリーブにミニスカートとちょっと大胆な格好だったけど折角のお出かけだから張り切ってみた。 自分で言うのもなんだけど、鏡に映る僕はとても可愛───。 「……アレ?」 可愛い? 「…………えっ?」 鏡に映る僕はどう見ても男の姿じゃなかった。 「たまたまたまたまたまたまたまたまみちゃあああああん!!!!」 異変に気付き、猛ダッシュでキッチンに駆け込んだ。 「なんですか〜、白鳥さん。 朝っぱらからうるさいですよ〜?」 「おはようございます、隆士さん……あら?」 「あれ〜? どうしたんですか、そんな格好して」 「どうもこうもないよ! 朝起きたらこうなってたんだよ!!」 僕はわけのわからないまま珠実ちゃんに食って掛かった。 こんな悪戯する人間はほかにいないからだ。 「今回は私は何もしてませんよ〜? っていうか、ずいぶんしっかり着替えてますね〜」 「他にこんなことする人いないでしょ!? いや、服は自分で着たんだけど!」 「私は何もしてませんってば〜。 それに解除呪文教えたでしょう〜?」 「あ、そっか! えっと…『パポップ・ペプッポ・ピペッポ』!」 慌てていてすっかり忘れていたけど、一通りの呪文は教えてもらっていた。 気を取り直して呪文を唱える…が変化がない。 「違います〜。それは変身呪文です〜」 「えっと、そうだっけ? 『ペプッポ・パポップ・プピッパ』!」 「それは男女の中間になる呪文ですよ〜」 「あれ、そうだっけ? 紛らわしいなぁ…」 「隆士さん、『パ・ポ・パ』ですよ」 「あ、そっか! 『パポップ・ポペッピ・パプッペ』!」 梢ちゃんに助け船を出してもらって今度はちゃんと解除呪文を唱えた。 ……し〜〜ん。 「おや〜〜〜〜?」 「…アレ? もう一回! 『パポップ・ポペッピ・パプッペ』!」 何度やっても反応なし。 僕の体は一向に男に戻る気配はなかった。 「どうなってるの!? 珠実ちゃん!」 「さぁ〜、私に聞かれても〜…」 「どうしましょう、困りましたねぇ…」 「ドウやら魔力の暴走のようデスね」 食堂の片隅で今まで様子を見守っていた人物が口を開いた。 「えっ……いつからそこに!?」 「サッきからイまシタよ、タマなしサン」 「なんで部長がいるんですかー!?」 「あっ、私が呼んだんだよ、珠実ちゃん」 「梢ちゃ〜ん……」 「皆サン、ご機嫌ヨう」 彼女───元オカルト研究部部長は優雅にお茶をすすっていた。 「最後に変身シタのはイつデスか、タマなしサン」 「え? えっと……3ヶ月くらい前かな?」 「ゴールデンウィーク中だったからだいたい2ヶ月半ですね〜」 「チョっと失礼しマスよ」 聞いているのかいないのか、部長さんはスクと立ち上がると僕の顔をのぞき込んできた。 吐息が触れるほど顔を近づけて僕の目をのぞき込んでくる。 生気のない瞳が迫ってくる様はホラー映画のよう…。 部長さんはまじまじと僕を観察した後、スッと離れた。 「フ〜ム……やっパリ思っタ通りデスね」 「えっと…どういうこと?」 「マァ、端的に言ウとサッき言っタよウニ魔力の暴走デス」 「暴走……?」 「長期間、術を行使セずにイると蓄積シタ魔力があふレ出てシまうのデスよ」 コップに水を入れるような仕草で説明する。 知識をひけらかせるのが嬉しいのか部長さんは喜々として語り始めた。 「私のヨうに卓越シタ魔女ッ子なラ自力で処置出来るのデスがタマなしサンのような人だとソうなってシマうわけデス」 「何となく理屈はわかったけど……。 どうすればいいの?」 「普段からトキどき放出すレばよイのデスが、そうナってシマっては普通には解除出来マせん」 「ええええぇぇっ!?」 「自然に抜ケルのを待つシカないデスがドれくらイ持続スルのかも予想出来マせんネ。 ご愁傷様デス」 「そんな……。 これから旅行だっていうのに…」 「困りましたねえ…」 そう。 さっきもいったようにこれからみんなで一泊二日の旅行に出かけることになっていたのだ。 第3回鳴滝荘水泳大会。 立案者の桃乃さんはもういないし人数は減ったけど規模は大きくしよう、と今回は泊まりがけの予定だった。 「まぁ、支障があるわけじゃないからいいんじゃないですか〜?」 何となく嬉しそうに珠実ちゃんは言った。 悔しいけれど、実際のところ変身することにはもう慣れてしまって問題がないと言えばなかったりする。 珠実ちゃんはどことなく梢ちゃんに似ているこの姿が気に入ってるらしかった。 「支障がないからいいってわけでもないよ〜…」 「そうデスね。 私も一緒に行きマスので特に大キな問題はナイでしょウ」 さらりと重大なことを言ってのける部長さん。 「………えええぇぇぇ!? 部長さんも来るの!?」 「オヤ、聞イテいなカッたんデスか?」 「なんで部長も来るですかー!?」 「あっ、私が誘ったんです。 …いけませんでしたか?」 「こっ、梢ちゃ〜ん……」 「アァ、ご心配なく。 車は私が出しマスのデ」 「はぁ……」 こうして今年の夏───。 前途多難な一泊二日の旅が始まったのでした。 「……なんですか? 部長。 このいかにも曰くありげな車は?」 「私の愛車『カール』デスよ」 鳴滝荘の玄関を出ると一目でわかる年代物の高級車が停車していた。 部長さんが誇らしげに紹介する自動車だが珠実ちゃんがいうように異様なオーラを放っていた。 内部にお札が貼ってあったりマズそうな雰囲気がぷんぷんする。 「え、と…これに乗っていくの?」 「勿論デス。 そのタメに屈服さセたんデスから」 「く、屈服!?」 「チョッと骨が折れマしたが今でハすっカリ従順デスよ。クッ」 不穏な発言と含み笑いでますます不安にさせるが、車自体はかなりの高級車のようで彼女が自慢するのも分かる気がする。 分かる気はするけど、本能的にやばいと感じさせる車だった。 「サァ、ドウぞ。 荷物を積み込んデくだサイね」 「あ、うん」 「…っていうか、部長〜。 免許あるんですか〜?」 「失礼ナ」 ちょっと心外だったのか部長さんはいつものぬいぐるみから免許証を取り出して見せてくれた。 それは確かに正規のものらしく、さすがの珠実ちゃんも納得せざるをえないようだ。 「むぅぅ〜〜…」 「……あの、この写真の右上のは?」 それはともかく、やたらに気になっておそるおそる免許証の写真を指さす。 そこには半透明な顔のようなモノが写っていたからだ。 「アァ、そレは教習中に事故で亡くナった方デスね」 「…………」 それはそれは彼女らしい心霊写真付き免許証でした。 そんなこんなで部長さんの運転する車は一路海を目指して高速を走っていた。 意外と言っては失礼だけど、部長さんの運転はとても安定していた。 「部長さん、運転お上手なんですね〜」 「物事ヲ冷静に見ル目を持てバ運転など容易いモノでス」 「ところで部長〜、短大のサークルの方はいいんですか〜?」 「愚問デスね、珠実サン。 サークルは一時のモノ、パートナーは一生のモノでスよ」 「…聞いた私がバカでした」 珠実ちゃんはやれやれと大きくため息をついた。 実は部長さんはもう高校を卒業し、珠実ちゃんたちとは部長と部員の間柄ではなくなっていた。 部長さんはそれに伴い呼び名から「部員」を抜いている。 しかし、珠実ちゃんはあくまで自分は部長代理だ、と言い張り部長と呼び続けていた。 こんな珠実ちゃんでも一応、部長さんに敬意を払っているらしい。 なんというか、ふたりとも妙に律儀な性格だった。 というか、僕は未だに部長さんの本名を知らなかったりする…。 「ちナミに私の所属はミステリーサークルでス。クッ」 「マ゛ー…」 「はは……」 「ほら、梢ちゃん、海が見えてきましたです〜」 「あっ、ホントだ」 「オヤ、あンなとコロに自縛霊が。 クッ」 「部長さん、前見て! 前!」 出発前に危惧したほどのこともなく、僕たちは夏の太陽の降り注ぐ海岸通りを進んでいた。 因果関係はどうあれ、部長さんの車は順調に目的地へ向かっていく。 年代物の車だったからと思っていたけど、中はしっかりエアコンもありカーナビまでついている。 スピーカーからたまにうなり声のようなモノが聞こえるけどもう気にしないことにした。 「隆士さん、潮の香りがしますねえ」 「そうだね…」 「ココからしバラく行ったトころに自殺の名所の吊り橋がアッて…」 「どうして部長はそういう雰囲気を壊すようなこというですかー!」 「そう言えば去年もここ通りましたね…」 「あ……」 梢ちゃんが寂しそうに呟いた。 桃乃さん、沙夜子さん、朝美ちゃん、灰原さん……。 梢ちゃんが賑やかだった去年の夏を思い出し、ちょっとセンチメンタルになるのもムリはない。 「梢ちゃん」 「えっ……?」 「今年も思い出に残る夏にしようね!」 「……。 はいっ!」 僕はそんな梢ちゃんを励ますように笑顔を向けた。 過ぎた日々を懐かしんでも立ち止まらずに。 それが楽しかった思い出をくれた人たちへの一番のお返しになるから。 「梢ちゃん、私たちもいるです〜」 「一緒に一夏の思イ出を作るデスよ、珠実サン。 クッ」 「冗談じゃないです〜!」 白い雲。 輝く太陽。 蒼い空。 蒼い海───。 「海よ〜、私は帰ってきた〜!です〜」 「やめなよ、珠実ちゃん! 恥ずかしいってば!」 「桃さんの代理です〜」 太平洋に面した広い海岸───。 今年もまたこの場所へやってきた。 「ふ〜、今年もいっぱい人がいるな〜」 浜辺はたくさんの海水浴客で賑わっている。 「それじゃさっそく拠点を作るです〜」 「珠実ちゃん、荷物持ったよ」 「サ、さすガに炎天下はキつイものガありマスね…」 「こんなくそ暑い中でもマントなんかつけてるからです〜」 「これハ魔女の嗜みとシテ…」 僕たちは車から荷物を下ろし、拠点になりそうな場所を探して歩いた。 大きい荷物は珠実ちゃんがまとめて抱えている。 「男手が少ないと苦労するですね〜」 「うぅ、ゴメン……」 「いえ〜、端から白鳥さんは男手と思ってませんから〜」 「がーん」 今は変身しているせいで男の時よりも随分力が落ちていた。 元々あんまり自信がある方じゃないけど、それに輪をかけて…。 「白鳥さんももう少し頑張らないとダメですよ〜」 「うぅ……」 「梢ちゃんに腕相撲で負けるなんて男としてちょっと情けないです〜」 「そ、それを言わないでよ〜…」 「ま、まあまあ、隆士さん。 これから頑張ればいいじゃないですか」 前に変身したときに露呈したこと。 それは変身中は誰よりも筋力が低かったことだ。 身体能力的には早紀ちゃんと同じ梢ちゃんはともかく、朝美ちゃんや沙夜子さんにも負けたことはかなりショックだった。 「普段ペンしか持ってないからです〜」 「…頑張ります」 程なく歩いてようやく拠点を作るスペースを見つけて腰を落ち着けた。 「パラソルセットオーン!」 「珠実ちゃん、お疲れ様」 「お安い御用です〜」 「ハァハァ……コの陽射しにハ私の信念モ負けソウでスよ……」 「さっさとその暑苦しいマントを脱ぐです〜」 「アァ!? お、オやめなサイっ!」 「とりあえずさっさと水着に着替えればいいんです〜」 「ハッ、そウ言えばソウでスね」 「……水着?」 僕は出かけるときから引っかかっていたことをようやく思い出す。 「あぁ!!」 「どうしたんですか、白鳥さん〜……あ〜」 慌てて荷物を見てみるとそこにあったのはやっぱり男物の海水パンツだった。 「ど、どうしよう……」 「白鳥さん、トップレスで泳ぐつもりですか〜?」 「そっ、そんなことするわけないよ!」 男ならともかく女の状態でそんなこと出来るわけがない。 なんで恥ずかしいのかわからないけど、とにかく恥ずかしいものは恥ずかしい。 「あの…隆士さん、私、予備持ってきてますよ」 「えっ、ホント!? 梢ちゃん!」 「はい、ちょっとまってくださいね」 と言って梢ちゃんが出してきたのは(千)と描かれた巾着だった。 (梢ちゃん、それって予備じゃないんじゃ……) 僕の心配を余所に何故か梢ちゃんは嬉しそうにごそごそと袋の仲を物色している。 「ん〜っと……隆士さんにはこれがいいと思いますよ♪」 「あ、うん…。 ありがとう、梢ちゃん」 「白鳥さん、私たちは下に着ちゃってるんで脱ぐだけですからマッハで着替えてくるです〜」 「じゃ、行ってくるよ」 僕は梢ちゃんが出してくれた水着を受け取ると急いで更衣室へ向かった。 「ハァハァ…手間取っちゃった」 「お帰りなさい、隆士さん」 「遅いですよ〜」 「ああいうところはまだ慣れてないんだよ〜…」 いつもの癖で慌てて男子更衣室に飛び込むというハプニングもあったけど、 なんとか着替えを済ませてみんなのところに戻ってきた。 「やっぱり、外の更衣室はまだダメだよ…」 「まぁ、白鳥さんじゃ仕方ないですね〜」 着替えに時間がかかったのは他の女の人の着替えを見るのにどうしても慣れないからだ。 他の人から見れば同性なんだろうけど、本来男の僕はどうしても罪悪感を感じてしまう。 「マサに真のタマなしデスね。 クッ」 「ひ、ひどいよ…」 「そんなことじゃ女としてやっていけませんよ〜?」 「いや、やっていくつもりはないから…」 「隆士さん、水着のサイズは大丈夫でしたか?」 「あっ、うん。 ちゃんとサイズはあったよ。 でも……」 「どうかしましたか?」 「これ、ちょっと大胆すぎないかな…」 そう言って自分の体を見下ろす。 梢ちゃんから受け取ったのはいわゆるビキニタイプの水着でだいぶ露出が多かったのだ。 しかも、紐を結ぶような形で下手をすればほどけてしまいそうな水着だ。 「そうですか? 可愛いと思うんですが…」 「あ、いや。 か、可愛いことは可愛いと思うけど…」 「白鳥さん、よく似合ってますよ〜。 モデルさんみたいです〜」 「た、珠実ちゃん、恥ずかしいからあんまりじろじろ見ないで…。 ってカメラ! カメラはダメ!」 「え〜、桃さんや朝美ちゃんたちにも見せてあげるですよ〜」 「余計にダメーーー!!」 ちなみに───。 梢ちゃんは去年と同じく清楚な白のワンピース。 珠実ちゃんも去年と似たような動きやすそうなスポーツタイプ。 そして部長さんは……大胆な黒のビキニだった。 いつも長袖+マントでわからなかったけど、意外に高いプロポーションを誇っている。 白い肌と黒のビキニのコントラストがまぶしい…。 「…タマなしサン、梢サンの前デ他ノ女性にジロジロ色目を使ウノはよクないデスね」 「ふぇ!? い、いや、そんなつもりは!」 「そリゃ、私はセクシィでミステリアスな魔女ッ子デスけども…」 「ええっ!?」 「…部長〜、いつも思ってたんですがその年で魔女っ子は辛いと思いますよ〜?」 「アァ!? 皆が思ってイテ敢エて言わナイその事実を!? グッジョブでス、珠実サン!」 「マ゛ー…」 波打ち際ではふたりの闘士がにらみ合っていた。 「こんなところまで来てやりたくなかったんですが…」 「フッ、私ニ勝てルとお思イでスか」 「いざ、勝負! 出でよ、クラーケン!」 「大海魔デスか。 ナかなかイイ選択デスがまだ未熟…。 出デよ、ニャラルトホテプ!!」 「くっ…。 そんな邪神を呼ぶなんてー!」 「言ッタはずデス、アナたはまダマだ未熟、と」 「そうそう勝てると思うなですー! いけー、テンタクルスパイラル!」 「テンタクル…? ショ、触手!? イケません、イけマセん、珠実サン!! 太イのが、細イノがッ!!」 「一気に攻め落とすですよー!」 「ハフゥゥゥン! ソ、そんナニ激シクされたラ昇天シテしまイそうデス!」 「ワハハハハー!! 思い知ったかですー!!」 「ふたりとも元気だなぁ…」 「とっても仲がよろしいんですね」 「そ、そうかな…」 ひとしきり遊んだ後、僕と梢ちゃんはビーチパラソルの下で休憩していた。 珠実ちゃんと部長さんはまだまだ元気なのか波打ち際で遊んで?いる。 (よく考えたらこの格好のまま日焼けの跡が残ったらまずいなぁ…) 「あの…隆士さん…」 「なに? 梢ちゃん」 梢ちゃんは急に声のトーンを落として僕をじっと見つめた。 正確には僕の右手を。 「その傷…もう大丈夫なんですか?」 「ああ…うん、平気だよ」 梢ちゃんが気にしていたもの、それは前に早紀ちゃんを庇ったときに出来た傷だった。 さいわい、腕を動かすには影響がないけど傷痕は消えずに残ってしまっている。 彼女としてもやっぱり負い目になっているんだろうか…。 「大丈夫だよ、梢ちゃん。 この通りなんともないから」 「……」 「僕はもう気にしてないから、そんな申し訳なさそうな顔しないでよ」 「はい…」 「ふたりともなーにまったりしてるですかー」 「あっ、珠実ちゃん」 さっきまで浜辺にいた珠実ちゃんがいつの間にか帰ってきていた。 小脇にはぐったりした部長さんを抱えている。 「休んでばっかりじゃせっかくの水着が台無しですよ〜」 「うん、そうだね。 いこっか、梢ちゃん」 「あ、でも荷物が…」 「それなら、コレ置いておくから大丈夫です〜」 「ハフぅン…」 「隆士さん、頑張って!」 「ハァハァ…」 僕は必死で泳いでいた。 ゴールには梢ちゃんが待ってくれている。 「も、もうちょっとだ!」 「相変わらずヘタレですね〜」 「そ、そんなこと…いったって…ハァハァ」 少し沖に出た僕は梢ちゃんたちと泳ぐ練習をしていた。 いや、練習というかスパルタ特訓といったほうがいいかも…。 「たかが10m泳ぐのに大げさです〜」 「波が…あるのに…急にそんな…泳げって…言われても…」 「あとちょっとです、ファイト!」 「喋る元気があるならまだ行けます〜」 「ああっ!?」 あとちょっとでゴールというところで珠実ちゃんは『さめざめたまみ号』で梢ちゃんを連れて行ってしまった。 さっきからこの繰り返しだ…。 「た〜ま〜み〜ちゃ〜ん〜……」 「さぁ、お姫様はここですよ〜。 頑張るです〜」 「隆士さん、ホントに大丈夫ですか…?」 「梢ちゃんのためなら…これくらい……!」 そうやってまた泳ぎ出す。 梢ちゃんの見ている前で弱音は吐いていられない。 「ハァハァ…」 「隆士さん…」 「…なんだか、私が悪役みたいです〜」 僕は必死で泳いだ。 求めるゴールまでもうすぐそこだ。 「隆士さん、あとちょっと!」 「ゴ、ゴール……っ!」 「きゃっ!?」 やっとの思いで梢ちゃんのところに辿り着いた…と思った瞬間。 突然大きな波が僕の背中を押していた。 当然、僕は勢いに押され、その先にいるのは梢ちゃん。 「………」 「………あっ」 波が去ったとき、僕たちは密着するような格好になっていた。 間近に身を寄せ合い、視線を合わせたまま時間が止まる。 「こ、梢ちゃん、ごめ…って、うわわわっ!」 「……。えっ? きゃっ!?」 ぶつかったときのショックのせいだろうか。 水着がずれてめくれてしまったところに手が触れていた。 梢ちゃんの手が、僕の胸に。 しばらくふたりとも硬直して動けずにいたが、我に返った梢ちゃんは慌てて手を引っ込めた。 「ごっ、ごめんなさいっ!!」 「い、いやっ、そのっ!」 「白鳥さん、さっさとその胸しまうですー」 「ああっ!?」 珠実ちゃんに言われてパニックになりつつも水着を直そうとすると、さらなる不幸が僕を襲う。 ぴしぃぃぃぃぃぃっ (!?!?!? 足がっ!!!?) 「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」 突然足が激痛と共に言うことをきかなくなり、僕はジタバタともがきながら波間に沈んでいく。 「がぼがぼがぼがぼ…」 「なにやってんですか、白鳥さん〜。 …おや〜?」 「隆士さんっ!?」 ろくに泳げない僕が足をつったなんてことを理解出来るわけもなく、あっさりと波にのまれた。 ───。 なんか、柔らかくて暖かい…。 そんな感覚がした瞬間、僕は激しい嘔吐感に襲われ大量の水を吐きだした。 「───ッ! げほっごほっ!!」 「梢ちゃん、反応があったです〜」 「げほっ……ハァ…ハァ…」 「隆士さん、大丈夫ですか!?」 「ハァ…ハァ…あれ? …梢…ちゃん?」 はっきりしない意識とぼやけた視界で周りを確認しようとしたが体は鉛のように重かった。 「あっ、まだ動かないでください!」 「僕は…いったい…」 「足つって溺れたんですよ〜。 まだしばらく大人しくしてるです〜」 「……そっか。 そうだっけ」 何となく状況を思い出したが、僕の意識はまた遠のいていった。 それからしばらく経って再び僕は目を覚ました。 ぼやける視界のなか、梢ちゃんが顔をのぞき込んでいるのは理解出来た。 「…うっ」 「あっ、隆士さん。 気がつきました?」 「梢ちゃん…」 「タマなしサン、コレは何本デスか?」 僕をのぞき込んでいた部長さんが片手を広げて質問してきた。 1,2,3…。 「6本…ってえええぇっ!?」 「フム、意識ハはっキリしたヨウでスね」 「やれやれです〜」 「よかった…」 「とりあえず目が覚めたならさっさとそこから退くです〜」 「えっ?」 「…と言いたいところですが、今回は特別に許可するです」 珠実ちゃんに言われてようやく気がついたけど、僕は梢ちゃんに膝枕されていた。 …ひょっとしてずっと? 「くっ…こ、梢ちゃんごめ…っ!」 「あっ、まだ急に起きあがっちゃダメです!」 慌てて起きあがろうとしたが梢ちゃんに押しとどめられた。 「まだ無茶しちゃダメですよ」 「ゴメン…」 「謝るのは私の方です…。 隆士さんにムリさせちゃって…本当にごめんなさい」 「あっ、いや、そんなことは…」 「今回は私も調子に乗り過ぎちゃったです。 ごめんなさい、白鳥さん」 「珠実ちゃん…」 「タマなしサン、水をドウぞ」 部長さんがくれた水を一気に呷る。 冷たい水が疲れた体にじんわりと染みていった。 「ありがとう、部長さん」 「イえ、礼ニは及びマセん」 「隆士さん、大丈夫ですか?」 「うん。 だいぶ楽になったよ、もう大丈夫」 ちょっと名残惜しいけど、僕はゆっくりと半身を起こした。 「白鳥さんも起きたことですし、そろそろ撤収作業を開始しますかね〜」 「えっ…もうそんな時間?」 「白鳥さん、どれくらい時間が経ったと思ってるんですか〜」 「えっ…」 ようやく気がついたけど日はだいぶ傾いていた。 「白鳥さんは着替えるのはまだムリだと思うのでとりあえずシャツを着ておくです」 「あっ、うん」 「じゃあ、隆士さん、私たちは行ってきますね」 「うん、行ってらっしゃい」 僕の無事を確認すると梢ちゃんと珠実ちゃんは更衣室の方へと駆けていった。 「…あれ? 部長さんは?」 「私はタマなしサンが寝テイる間に着替エてキていマスよ」 確かに彼女の言うとおり、もう水着から着替えていた。 でも、いつものマントをしていないラフな格好なので何か不思議な感じだ。 「…さっキモ言いマシたがレディをジロジロ見ルのはヨクないデスよ、タマなしサン」 「いや、そんなつもりは…ただ、部長さんが綺麗だなって…」 「アら、嫌デスわ。 あナタとの交際は前にオ断りシタはずデスが」 「えぇ!? そんなこといってないよ!?」 梢ちゃんが帰ってくるまでの間に部長さんは僕の様子を調べていた。 朝と同じように顔を近づけて瞳をのぞき込んでくる。 「フム…だイブ魔力が抜ケてきたヨウでスね」 「えっ、ホント!?」 「エぇ、思っタよりモ随分早イでス。 コレなら数日経たズに元に戻るでショウ」 「よ、よかった…」 どこまで信用出来るかはわからないけど、改善に向かっていると言われ胸をなで下ろした。 「滅多になイ体験デスから、女心ヲ知るイイ機会だト割り切りルことデス」 「はは…」 根拠のない励ましでも、僕の心を幾分楽にしてくれた。 どうせ僕がいくら考えたところでわかりはしないんだから。 「とりあえず着替えないと…」 まだふらつく体をなんとか動かし着替え終わった頃、梢ちゃんたちも帰ってきた。 浜辺を後にした僕たちは海に沈み行く夕日を眺めながら海岸通りを走っていた。 まだ少し体がだるいけど、思ったよりもだいぶ回復していた。 「ところで梢ちゃん、旅館の方は大丈夫なの?」 「あ、はい。 ちゃんと予約取ってありますから大丈夫ですよ」 「そっか。 この時期だと大変だろうからね」 「いえ、町内会の方の紹介なんです」 「そうだったんだ」 そういえば、どういうところなのかまるで聞いていないんだった。 「露天温泉と美味しい料理が売りだそうです〜。 楽しみですね〜」 「へぇ〜」 「ほホゥ」 「和風旅館なので陰湿オカルトマニアには場違いもいいところですけどね〜」 「アァ! 運転中ニモ関わらズその暴言! 私、我ヲ失ってシマいソウでスよ!」 「いいから前を見て運転するです〜!」 「前見て、前! ハンドル離さないで〜!」 そんなこんなで日暮れ前にはなんとか宿にたどり着くことが出来た。 「車内で部長を煽るのはやめにするです…」 「オヤ、珠実サン。放置プレイでスか」 「梢ちゃんの身の安全の方が大事です〜」 (僕も免許くらい取った方がいいかな…) 荷物を車から降ろし、僕たちは旅館の中にやってきた。 なかなかに立派な建物で歴史を感じさせる、風情のある建物だった。 「ようこそお越しくださいました。 蒼葉様4名様でのお泊まりですね?」 「はい、そうです」 梢ちゃんがフロントでチェックインを済ませて戻ってきた。 「フム…こノ建物にハ特に私の気ヲ引くモノはなさソウでスね。残念デス」 「…ナニを期待してたんですか、部長?」 「イエいエ…。 クッ」 「お帰り、梢ちゃん」 「あの…大部屋の空きがなくて部屋2つに別れちゃうんですけど、いいですよね?」 「えぇ〜〜!?」 「そ、そうなの? まあ、僕は構わないけど…」 「私モ別に構イマせんヨ」 梢ちゃんの知らせにただひとり珠実ちゃんだけは不満そうだった。 「どうしても空いてないんですか〜?」 「今日は家族連れが多いそうで、満室だそうなんです」 「う〜…。 不本意ですけど部屋がないなら仕方ないですね…」 「マァ、イイじゃナいデスか」 まあ、なんとなく彼女の不満の理由も分かる気がするけど…。 「は〜…。 どうせ梢ちゃんと白鳥さん、私と部長なんですよね…。 まっ、白鳥さんも今の状態じゃ過ちも起こらないでしょう〜」 「あ、過ちって…」 「楽しイ夜にナリそうデスね。 クッ」 「は〜……」 その後は部屋が別々なこともあったので座敷の方へ行き、みんなで夕食を食べた。 「魚ハ目が美味シイのデスよ」 「そ、そうなんですか?」 「マ゛ー…。 ゲテモノ好きには好きなだけあげるです〜」 「オォ、珠実サン…」 「美味しいですね、隆士さん」 「そうだね。 たまには外で食べるのもいいね」 「代わりにこっちいただきです〜」 「アァ!? 私のアワビが、アワビがッ!」 「部長〜、人前で卑猥なこと叫ばないで欲しいです〜」 「隆士さん、あ〜んしてください」 「えぇ!?」 食後は一部屋に集まってみんなでトランプに興じた。 「それでは本場ヨーロピアン地獄魔術をお見せしましょうか。クッ」 「そんなもの見たくないです〜。 滝壺に落ちやがれです〜」 「ふゥ、私は小アルカナより大アルカナのほウが得意ナノでデスがね…」 「そんなことより、5と8止めてるの誰!? さっきから出せないよ!」 「さ〜、なんのことですかね〜」 「でハ、私はココを」 「ごめんなさい、隆士さん」 「じゃあ、繋いであげるのでジョーカー持っていくです〜」 「そんな、ひどいよ!」 「ククッ」 「勝負は勝負…かも」 「敗者にはスペシャル罰ゲームです〜」 「聞いてないよ〜!」 ───鳴滝荘住人同士での旅の夜。 遠くに潮騒を聞きながら、それぞれに旅行気分を満喫した。 「みなさん、そろそろお風呂にしませんか?」 ひとしきり遊んで夜9時を回った頃、梢ちゃんは僕たちを温泉へ誘った。 「うん、そうだね」 「それはいいんですけど〜…白鳥さんはどうするつもりなんですか〜?」 「えっ?」 「まさかそのまま男湯に入るつもりで〜?」 「…ああっ! そうだった!!」 すっかり忘れていたけど、僕は変身していたんだ。 確かにこのまま入るわけにもいかないし、かといってみんなと入るのも…。 「えっ? 隆士さん、一緒に入らないんですか?」 「別ニ気にスルこともなイでショウ。 女同士デスし」 「えぇっ!? いや、でも僕、一応男だし!」 「じゃあ、男湯に行きますか〜?」 「いや、それは…」 なんだか知らないけど、みんな一緒に入る気満々だった…。 「…ねぇ、ホントにいいのかなぁ…」 「くどいです〜。 男は度胸、なんでもやってみるもんです〜」 「はぁ…」 結局、僕は三人(主に珠実ちゃん)に引っ張られるような格好で温泉まで来てしまった。 「硫黄のニオイがしマスね」 「まー、温泉ですから〜」 「楽しみですね、隆士さん♪」 「あ、うん…」 僕の眼前には大きく「女」と書かれたのれんが掛かっている。 ああ、ココを過ぎてしまうともう戻れない…。 「いいからさっさといくです〜」 「あっ! いや、ちょっとっ、まって!」 「ぱ〜らだいすぅ〜、です〜」 「フフフ…」 「も〜、白鳥さん、いつまで恥ずかしがってるですか〜」 「そ、そんなこと言ったって…」 僕は珠実ちゃんに強引に浴衣を脱がされ、タオル一枚の姿になっていた。 当然、他の三人も同じように裸になっている。 「コの状況デも及び腰とハさすがタマなしサンでスね」 「隆士さん、私たちは気にしてませんから…」 「い、いくらいいって言われても急には無理だよ…」 「突っ立ってないでさっさと入るです〜」 いつもそんなことを考えないで過ごしている三人といきなり裸になって平然と接しろなんて無茶な話だった。 とりあえず穏便に済ますため、極力他の子たちを見ないようにするという方法をとることにした。 しかし、そう簡単に済むわけがない。 「隆士さん、お背中流しますね♪」 「えぇ!?」 最初の刺客は梢ちゃん。 初っ端からボスキャラ登場で大ピンチって感じだ。 いや、戦う前から負けているっていうか。 「…いけませんか?」 「えっ、いや、でも!?」 「実は一度やってみたかったんです。 …ダメでしょうか?」 「あっ、うん…ありがとう」 そんな彼女のお願いを無碍に出来るわけがない。 結局、僕は梢ちゃんの申し出を受けることにした。 「どうですか?」 「うん、もうちょっと強くお願い出来るかな?」 「はい♪ うんしょうんしょ…」 自分の彼女が一生懸命背中を流してくれる…。 考えてみれば悪くないどころか、かなり嬉しい状況だった。 ただ、鏡に映る梢ちゃんは体を隠そうともせずに目のやり場に困るのが難点だ。 (うぅ、魚子ちゃんの天国地獄攻撃にも匹敵するよ…) ひょっとしたら梢ちゃんは僕のことを普通に「女の子」と扱っているのかもしれない。 なら、無闇に狼狽えたり拒否するのこともないのかも…。 「…ふあっ!?」 「あっ、ごめんなさい。 痛かったですか?」 ぼんやり考え事をしていたらいつの間にか梢ちゃんの手が胸の方に来ていた。 不意打ちされたような格好になり、思わず声を上げてしまった。 「い、いや、ちょっとビックリしただけ」 「すいません、ちょっと失礼しますね」 「うん…」 梢ちゃんはまた手を動かし始めた。 彼女の手が僕の胸をむにむにと触っている…。 なんだか鼓動が早くなって、不思議な感覚が胸にうずき始めた。 (って何考えてんだ、僕は! 梢ちゃんは体を洗ってくれているだけだろう!?) 「…胸、大きいですね」 「えっ!?」 背後からぽつりと呟く声が聞こえた。 「実は前から気になってたんです。 ちょっと羨ましいなぁって…」 「こっ梢ちゃん!?」 「背も高くてスタイルも良くて…憧れちゃいます」 「そ、そうだったんだ…」 梢ちゃんはちょっと複雑な表情を見せて笑った。 確かに、普通じゃない僕がモデル並みのスタイルだったら納得出来ないかもしれない…。 「ゴメンね、梢ちゃん…」 「いえ、私が勝手に感じていることなので謝らないでください」 「でも僕は梢ちゃんも十分綺麗だと思うよ」 「えっ…あ、ありがとう…ございます」 体をだいたい洗い終わった頃、梢ちゃんはその手を止めた。 「えっと…隆士さん、海水浴から出てシャワー浴びてないんですよね?」 「えっ? あ、うん」 遠慮がちに聞いてくる梢ちゃんだったが、僕の返答を聞くと意を決したように迫ってきた。 「そうですか…。 で、では、失礼しますね…」 「えっ、なに…? って、そこは!?」 戸惑う僕を意に介さないかのように梢ちゃんの手が僕の股間に滑り込んできた。 シャワーを浴びせながらゆっくりと指を動かしていく。 「えっ? ええっ!? なにをっ!?」 「か、海水浴の後は、こ、こうしないとダメなんです…」 「そ、そうなの…っ?」 「す、砂が入ると体に悪いので…我慢してくださいっ!」 「で、でもっ!?」 梢ちゃんは真っ赤になりながらも僕のそこで丹念に指を動かした。 僕がそれを意識せずにいられようはずがない。 さっきから胸をいじられたりされていたこともあり、僕の体は梢ちゃんの行為を受け流すことなど出来なかった。 梢ちゃんの細い指が動くたびに電撃が走ったかのように全身に刺激が駆け上る。 「ふぁっ…ダメ…だよ、こず、えちゃん…!」 「が、我慢してください!」 「そ、そんっなこと…いっ、たって…くぅっ!」 ───結局、洗い終わるまでそんな拷問のような状態が続いたのだった。 「隆士さん、ごめんなさい…」 「あ、いや…。 梢ちゃんは悪くないから…」 「いえ…なんか隆士さんを見てたら急に悪戯したくなっちゃって…本当にごめんなさい…」 梢ちゃんは少し強引にしてしまったことを謝っていた。 確かに、普段の梢ちゃんからは想像出来ない部分もあったけど…。 「今度は私が梢ちゃんの背中を流すです〜」 「あっ…珠実ちゃんいたの!?」 「いたのとはご挨拶ですね〜。 さっきからそばにいたですよ〜?」 「み、見てた!?」 「一部始終をばっちりと〜。 まぁ、私も恋人たちの情事に割り込むほど野暮じゃないですから〜」 「た、珠実ちゃん…」 「はぁ〜…」 とりあえず体を洗い終わった僕はふたりを残して露天の方にやってきた。 ふらふらとおぼつかない足取りで湯船に足を入れようとすると呼び止める声がした。 「湯に浸カル前に髪をマとめなサイ、タマなしサン」 「あ…そっか」 言われるままに洗い濡れた髪をタオルでまとめる。 どうも勝手が違うと忘れがちになる…。 「って、部長さん!?」 「ククッ」 慌てて声がした方へ振り向くと露天の縁石に腰掛けて部長さんが笑っていた。 髪をまとめていたせいで気がつかなかったのか…。 「ビックリしたなぁ」 「ソンなに驚かレルのも心外デスね」 言葉とは裏腹にあまり気にした様子もない。 と言うより元々驚かすつもりだったんだ、そういう人だし。 それにしても…彼女はその体を隠そうともせずに悠然とくつろいでいた。 水着の時も思ったけど、その端正の取れた体と白い肌には不思議な魅力があった。 「何度も言ウヨうデスが、余りジロジロ見なイデ頂けマスか」 「あ、いや、つい見とれちゃって…」 「ハァ…。 まッタくアナたはタマなしのクセに言ウことダケは一人前デスね」 「そ、そうかな…気がつくと口に出ちゃってるっていうか…」 部長さんは呆れたようにため息をついた。 「シカし、タマなしサン、さっキのザマはなんデスか」 「えっ?」 「本来、彼女でアル梢サンにイイよウに手玉に取ラれて。 海デは逆に助ケラれる始末」 「う……」 「あナタはモウ少し心身共に男らシくなッタほうがヨいデスね」 「う、ぅう…」 部長さんの言うことももっともだった。 このところずっと梢ちゃんに守られていることの方が多い。 「優シさは確かに大事デス。 ガ、言葉や気持ちダケではどウにもならナイことがアることハ知ってイルでショウ」 「………」 僕は彼女の言葉の意味を考えるように右手の傷痕を見た。 この傷は確かに梢ちゃんを守って出来たものだ。 でも、結果的に守れただけであって、僕の力ではない。 「イつマでも珠実サンの支エを当てにシテいるヨウではイけマセんヨ」 「うん…」 「アの子が未だニ梢サンから離れらレズに執着スルのもアなタの責任でもアルのデス」 珠実ちゃんのことを引き合いに出されて、あの夜の事を思い出した。 『でなければ私が安心して手を引けないでしょう?』 誰よりも梢ちゃんのことを想い、僕にその道を託した珠実ちゃん…。 彼女の言うように僕は…あの約束を守れていない。 「………」 なんだかんだ言って、部長さんは僕たちのことをよく見ている。 一歩離れたところから見ているからだろうか、改めて考えさせられる事ばかりだった。 (僕は強くなれるんだろうか…いや、ならなきゃいけないんだろうな) 「ふう、いい湯でしたね♪」 「うん、そうだね」 「満足満足、です〜」 入るときは散々渋った僕だけど、出る頃にはもう吹っ切っていた。 顔見知りの三人しかいなかったからというのも大きいけど。 「これで白鳥さんもまた一歩女の子に近づけたです〜」 「そ、それはちょっと…」 「タマには湯に浸カッて心の洗濯とイウのも悪クなイ物デスね」 「なに不似合いなこと言ってるんですか、このモジャモジャオバケ〜」 「モ、モジャ!? 私のドこがモジャモジャだト!?」 反論する部長さんだったが、フルーツ牛乳を呷る珠実ちゃんは聞いていなかった。 談笑する僕たちだったが突然梢ちゃんが急に体の力が抜けたように僕に倒れかかってきた。 「えっ……?」 「あ、あら……? 力が……」 「ど、どうしたの、梢ちゃん!?」 「ゆ、湯当たりでしょうか…なにか、急にめまいが…」 湯当たりにしてはあまりにも息が荒い。 返事をすることも出来ないのか、うつろに目を開き汗を流している。 「どうしたの、梢ちゃん!? しっかり!!」 「梢ちゃん、大丈夫ですか!?」 「フム…。やはりデスか」 「やはりって、部長さん!?」 「また部長の仕業ですか〜!?」 「説明は後デス。 とにカく梢サンを急イデ部屋へ」 こうなることがわかっていたような部長さん…。 でも、今は梢ちゃんを連れて行くのが先決だった。 梢ちゃんを部屋に連れ行った頃には彼女はすっかり意識を失っていた。 布団に横たえた今も目を閉じ荒い息を立てている。 「そ、それで部長さん! 梢ちゃんは一体!?」 「口デ説明スるよりモ実際に見タ方が早いでショウ」 「え…?」 部長さんは戸惑う僕たちを尻目に梢ちゃんに近づくと、浴衣の胸元を躊躇なく開いた。 彼女の行動にも驚いたが、それよりも梢ちゃんのほうが問題だった。 「こ、これはっ!?」 「───!? 部長、梢ちゃんに何をしたですか!?」 開け放たれた浴衣からは梢ちゃんの豊かな胸がなくなっていた。 「私はナニもシていマセんよ。 シタのはタマなしサンでス」 「っ!? 僕が!?」 「白鳥さん、梢ちゃんに何をしたんですか!!」 「えっええっ!?」 僕のせいだと言われたからか、珠実ちゃんは矛先を変え僕の胸ぐらを掴みかかってきた。 「そ、そんな、僕にもさっぱり!?」 「珠実サン、少シ落ち着キなさイ」 部長さんがいきり立つ珠実ちゃんを軽く小突くと脱力したように座り込んでしまった。 「ぶ、部長…なにを」 「スミませんネ。 暴れラれテも説明シにくイノで」 部長さんは改めて座り直すと僕たちの方に向き直った。 「マズ…結果的に言ウと現在梢サンはタマなしサンと同じ状態にナってイマす」 「どういうことですか…!?」 「ツマり、変身シテいるわけデス」 そう言って、梢ちゃんの胸元を指さす。 「一体どうして…」 「タマなしサン、アなたデスよ」 「えっ?」 ふたりの視線が僕に集まる。 「わカリやすイ例で言ウと…放射性物質を放置しタラどウなると思イまスか?」 「!?」 「メルトダウンした原発…ソれが今のあナタでス」 「そ、そんな…」 「壊レた器かラ溢れダシた魔力はアなタの意志トは関係なク他人を侵蝕シテいくわケでス」 愕然とする僕たちを余所に部長さんは淡々と説明する。 更に彼女はビー玉のようなものがいくつか入った瓶を取り出して僕に見せてくれた。 「…これは?」 「コレが漏れダシた魔力を結晶化シたものデス」 部長さんが胸元で手を組むと鈍い光が手に集まり、その手の中に小さな玉が乗っていた。 「一番最初に言ったヨウに私ハこうしテ自力で処置出来マス。  シカし、普通の人でハ体内に蓄積サれてシまイやがて梢サンのよウになってシまうのデス」 「そんな…」 部長さんは同じように珠実ちゃんにも手をかざし、意識を集中した。 さっきよりも大きな光が集まり、彼女の手にはいくつもの玉が乗っている。 「こ、こんなに…」 「周囲にイた我々がコレだけの影響ヲ受ケるのデス」 「………」 「後は言ワなくてもオわかりデしょウ」 与えられた情報一つ一つによって僕は愕然となった。 「じゃあ、僕の体から魔力が抜けるのが早いっていったのも…」 「ソレだけ周囲にマキ散らシテいた、と言うことデス」 近くにいた珠実ちゃんや部長さんですら、あれだけの影響を受けていた。 と言うことはずっとそばにいた梢ちゃんがその何倍もの影響を受けているのも当然だ。 「なら、梢ちゃんからもそうやって抜き取れば…」 「残念なガらそウもいかナイのデスよ」 部長さんは珠実ちゃんから抜き取った玉を瓶にしまいながら淡々と語った。 「梢サンは常人トは異なりマスので」 「───ッ! どうしてそれを!?」 「コレだけつキ合いが長くナッて気付かなイとオ思イでスか?」 「そ、それは…」 学校にいたときも珠実ちゃんが隠蔽工作をしていたようだけど、それだって個人の力じゃ限界がある。 たまたまふたりが離れたときに人格が変わって部長さんに知られても不思議ではない。 「とモかク、下手に手ヲ出せばどンな影響を与エルかわからナイ…なのデ手がつケられなイのデスよ」 「……」 「マァ、サいわイ一時的なモノでタマなしサンのよウに定着スルことはなイと思イまスがネ」 「そ、そうなんですか…」 部長さんは梢ちゃんの状態と僕とでは根本的な状況が違う、と付け加えた。 「…じゃあ、なんで最初から教えてくれなかったんですか…?」 「タマなしサンは危険ナ状態なのデ近寄ルな、と注意を促シタところデ梢サンがソの通りにスルとデも?」 「それは…」 「コンな時彼女がドウいう行動を取ルか、アなタならよクご存ジのハズでス」 「……」 その後、日付が変わっても梢ちゃんは目覚めることもなく部長さんたちは自分たちの部屋へ帰っていった。 「梢ちゃん…」 僕は眠り続ける彼女の手を取り、じっと考えていた。 『私タチは部屋に戻りマス。 梢サンにはアナたから伝エてくだサイね、白鳥サン』 脳裏に部長さんの言葉が響く。 また梢ちゃんに迷惑をかけてしまった…。 守るどころか逆に迷惑かけっぱなしじゃないか…。 今だってそばにいるだけで梢ちゃんに悪い影響を与えているのに。 こんな僕に彼女にしてあげられることなんてあるんだろうか…。 「梢ちゃん……」 「…さん。 隆士さん」 「……ん」 あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。 僕は誰かに呼ばれる声を聞き、目を覚ました。 「………梢ちゃん!?」 「おはようございます、隆士さん」 あのまま眠ってしまったのだろうか、梢ちゃんは半身を起こし僕に微笑んでいた。 「梢ちゃん………ッ!」 「…ずっと、そばに居てくれてたんですね」 「…梢ちゃん」 彼女はちょっと照れたように繋ぎ合った手を見て目を細めた。 眠ってしまっていても手は離していなかったらしい。 「……」 「……」 彼女にかける言葉が見つからなかった。 やるせなくて、情けなくて、梢ちゃんの顔すらまともに見れなかった。 ただ、握った手をじっと見るのが精一杯…。 「ごめんね、梢ちゃん…ごめんね……」 「……」 ただ、懺悔の言葉を繰り返すしか僕には出来なかった…。 「目を覚ました後…隆士さんが目を覚ます前に私に何があったか確かめました」 「……」 「…話して貰えますか?」 梢ちゃんは僕の態度で気付いたんだろう。 僕が全てを知っていることを。 僕は部長さんから聞いたことを途切れ途切れに説明した。 梢ちゃんはそれを何も言わずじっと聞いていた。 その沈黙がかえって僕には怖かった。 「…そう、でしたか」 全てを話し終えた後、彼女はただそう呟いただけだった。 「私、隆士さんと同じになってしまったんですね」 「……」 梢ちゃんは確認するように呟いた。 僕はそれを無言の肯定で返すしかできない。 僕たちの間に沈黙が続いた。 「…隆士さん、一つだけ…答えてください」 「……」 沈黙を破り、梢ちゃんの凛とした声が響いた。 今まででもっとも決意に満ちた声で。 「女ではない私は……嫌いですか?」 「……!?」 梢ちゃんの口から発せられた言葉は僕が予期したものとはまったく違っていた。 でも、この問いには彼女の全ての想いが詰まっているはず…。 なら答えなんてとっくに決まっている。 「そんなこと……そんなことないッ!!」 僕は梢ちゃんの問いを全力で否定してた。 「たとえ姿が変わったって…そんなことはどうだっていいんだ!!」 僕が彼女に負い目に思っていたこと…。 それはいつも迷惑をかけてしまう不甲斐ない自分に対して。 彼女の優しさに甘えてしまう自分に対して…。 「僕はただ…キミに迷惑をかけて…嫌われたくなかったんだ……」 守るって誓ったのに…。 そんな情けない自分に俯くことしかできなかった 「…なら、いいじゃないですか」 「えっ…?」 僕が顔を上げたとき、彼女は微笑んでいた。 いつものように優しい笑顔で僕を見つめていた。 「『そんなこと』はどうでもいいんでしょう? …ならそれでいいじゃないですか」 「梢…ちゃん…」 「私は隆士さんが女だって気にしません…隆士さんも私が男だって気にしないなら…何も問題ないですよね?」 「……」 最初からわかっていたじゃないか、彼女ならこういうだろうってことは。 梢ちゃんはずっと僕を信じてくれているのに…。 「私は隆士さんのことを嫌いになんてなりませんよ。 まして迷惑だなんて思いもしません」 「………」 「あなたが私のことを想ってくれている限り…私はあなたのことを信じ続けられるんです…」 「でも…僕は、僕は……」 「そんなにすぐには人は変われませんよ…。 なら、あなたのスピードで行けばいいじゃないですか」 「こず、え…ちゃん……」 「あなたと、私と……ふたりで……」 僕は梢ちゃんの胸の中で泣いていた。 梢ちゃんは撲を優しく抱きとめ、包み込んでくれた。 涙のわけはもうわからなかった。 ただ、ひたすら…。 僕はただただ彼女の愛の大きさに涙するしかなかった───。 「…落ち着きましたか?」 「うん……」 梢ちゃんの腕に抱かれたまま、僕はようやく落ち着きを取り戻した。 その温もりと優しさに撲は安らぎを覚えていた。 「…本当を言えば、自分がどうなったか知ったとき驚きました」 「……」 「でも…よくよく考えたらそんなに驚くことでもなかったです」 そう言って梢ちゃんは僕を抱きしめる力を強めた。 「隆士さんが女で…私が男なら釣り合いも取れてますしね」 「梢ちゃん…?」 「こんな風に言っちゃうとなんですが…実は隆士さんのこと羨ましく思ってたんです」 「え……?」 僕は彼女の思わぬ発言に驚いて、彼女の顔を見上げて。 梢ちゃんは恥ずかしそうに照れながらも言葉を続ける。 「私なんかよりずっと美人で…スタイルもよくって。 なんだか守ってあげたくなるって言うか…」 「は、はは……」 「さっきも言いましたが同じ女として、ちょっと悔しいな、って思ったりしてます」 梢ちゃんの発言で僕はお風呂場でのやりとりを思い出していた。 確か、さっきもそんなことをいっていたっけ…。 そう言えば今日の梢ちゃんはいつにも増して積極的だったというか、ちょっと様子が違っていた。 ひょっとしたら僕のときと同じように精神的なバランスが乱れているのかもしれない。 「なんだか不思議な気分です…」 「僕も…」 「隆士さんって、ホントに可愛いです…」 「そ、そう? あ、ありがとう…」 梢ちゃんは褒めてくれるけど、僕にとってはちょっと複雑な気分…。 「あの、隆士さん…」 「何? 梢ちゃん」 「実は…さっきからずっと思ってたんですけど……」 そう言いつつ梢ちゃんは僕を抱く手を緩めて、僕と向き直った。 梢ちゃんは頬を染め、視線を泳がせている。 「どうしたの? 梢ちゃん」 「あの…その……」 「……?」 「実は、その……さっきからお風呂の時のことが頭から離れなくって……」 お風呂の時……。 何のことかと思案する必要もなく、梢ちゃんの態度の理由は察しがついた。 「えっ!? えっと…それって…」 「なんか、今日は変なんです…。 お風呂の時も、ご飯の時も、海で人工呼吸したときも…」 「…じ、じんこうこきゅう!?」 「あっ……」 そう言えば、溺れたとき柔らかい感覚がした後、目が覚めたけど…。 「その…しちゃいました。 なりふり構っていられなくて…」 「………そっか」 むしろ適切な処理だったなら僕は感謝すべき事だった。 梢ちゃんが申し訳なさそうにすることはない。 「ありがとう、梢ちゃん」 「いえ…ホントは珠実ちゃんがやろうとしたんですけど無理言って私がしたんです」 「そ、そうなの?」 「慣れないことだったんで余計に手間取っちゃったんですけどね…」 そう言って梢ちゃんは苦笑いした 「あ、あの…それで……」 「う、うん…」 梢ちゃんの言いたいことはもう察しがついていた。 彼女の態度、男になった影響を考えればある意味当然かもしれないけど…。 「その…いいですか?」 普段控えめな彼女の要求。 それだけその欲求が強いって事なんだろうけど、気になっていたことが一つ。 本来とは男女が逆になってるのにしてしまって大丈夫なんだろうか? 「でも…いいのかなぁ…」 「えっ…あ、そういえば隆士さん、初めてなんでしたよね」 「…初めて?」 「あっ、いや、その…お風呂の時…確かめましたから…」 「……? …………っ!?」 なんだか論点が異なっているけど、僕は口籠もる彼女の様子でようやく気がついた。 僕たちが普通の状態では既に経験済みなのは確かだった。 でも僕が女の状態で経験したことはない…つまり僕は未経験、ということになる。 さすがに僕も動揺を隠せなかった。 「ええええっ!?」 「や、やっぱりダメですか…?」 「い、いや…」 僕はしばらく考え込んだ。 本来、僕は男なのに大丈夫なのか───? いや、梢ちゃんだってそもそも女なのに出来るんだろうか───? もし途中で魔法が切れたりしたら───。 あれこれ考えていたけど、僕も梢ちゃんの初めてをもらっているじゃないか。 なら…僕の選択は決まってるも同じ。 「梢ちゃん…いいよ」 「…っ! 隆士さん…本当にいいんですか?」 「梢ちゃんとおあいこだからね」 「隆士…さん…」 そう言ってふたりで微笑み合う。 僕たちはゆっくりと近づき、深い口づけを交わした。 「ん…ふ……ん……」 「……っ、はぁ…」 余韻を味わうかのようにゆっくりと唇を離す。 ふたりの唇に細く光る橋が架かり、不思議と興奮した。 「なんだか、不思議な気分…何でこんなにドキドキするんだろう」 「私もです…」 僕たちはすでに何度か経験済みだった。 でも今はこれまでにないような高揚感を感じている。 「梢ちゃんも初めての時はこんな風にドキドキしてたのかな…」 「正直…よくわかりません…」 ひょっとしたら、また魔法の影響を受けているのかもしれない。 「あの…隆士さん、触って…いいですか?」 「あ…うん、ちょっとまって」 梢ちゃんに請われるようにして僕は浴衣を脱いでいった。 逆の立場だったときのことを思い浮かべてゆっくり服を脱いでいく。 梢ちゃんがじっと見守り、僕は彼女に見せつけるようにブラジャーも外し、その身を晒した 「……こ、こんなにドキドキするのは初めてです」 「ぼ、僕も…」 男だったときとはまた違う興奮が胸に溢れてくる。 それは梢ちゃんも同じなんだろう。 「それじゃ、触りますね…」 「ん……」 梢ちゃんの手が僕の胸に重なり、その熱が伝わってくる。 その指がゆっくりと動き、優しく包み込んだ。 「柔らかくて…隆士さんの鼓動が伝わってきます…」 「へ、変じゃない?」 「いえ、そんなことないですよ」 梢ちゃんの手は胸を包み込んだまま、ゆっくりと指を動かす。 その動きが体の芯まで伝わり、ますます胸が熱くなった。 「ん…なんか…胸が……」 「切なくなってきましたか…?」 「うん……」 「大丈夫ですよ、私もそうでしたから」 彼女はそう言うともう片方の手でも胸を触り始めた。 異なるタイミングで刺激が走り、僕はあっという間に翻弄された。 「んっくっ……な、なにこれ……!」 「これが気持ちいいって事ですよ……」 「そ、そうなの…? …っは…ん……」 「隆士さん……可愛い……」 「っ…はぁ…っ!!」 梢ちゃんはそう言うと乳首を口に含み、歯を立て舌で転がし弄ぶ。 僕は身をよじり、もう完全に梢ちゃんの為すがままだった。 「はぁ…はぁ…っん……はぁ…はぁ……」 「隆士さん、大丈夫ですか?」 「わかん…ない……」 梢ちゃんの手から解放された頃にはもう何も考えられなくなっていた。 ただただ、大きく息をつくことしか出来ない。 「ちょっと失礼しますね」 「……? こっこずえちゃん!?」 僕の思考が回らないうちに梢ちゃんは僕の股間へと潜り込んでいた。 気付いたときには彼女の眼前に大事なところを晒すような格好にされていた。 お気に入りのストライプの下着越しに彼女の吐息が吹きかかる。 「…隆士さん、恥ずかしいですか?」 「は、恥ずかしいに決まってるよっ!!」 「ふふ…でも私も恥ずかしかったんですよ」 「〜〜!?!?」 「すっかり濡れちゃってますね?」 「んっ! くっ」 梢ちゃんは鼻の頭をこすりつけながらそう言った。 裂け目に沿って刺激がどんどん駆け上がってくる。 自分の意志とは裏腹に下着がじんわりと濡れていくのがわかった。 「これ、お気に入りでしたよね? でも、もうびっしょりですね…」 「あ、あぁ……」 そう言いつつも、梢ちゃんは下着越しに舌を這わせた。 なんだか、梢ちゃんがどんどん変わっていく…。 ぴちゃぴちゃと水音が響く。 「んっくぅっ、やだっ…あっあぁ!」 いつの間にか下着は脱がされ、梢ちゃんの為すがまま僕は身を仰け反らせていた。 彼女の舌がクレバスを蹂躙し、溢れ出る雫を吸い上げる。 本来、女である梢ちゃんだからこそどこが一番刺激を受けるか、よく知っているんだろう。 それに対して僕は無防備に身を委ねるしか出来なかった。 「ふぁ…あっあああああぁぁぁぁっ!!!」 突き抜けるような衝撃が腰から頭に駆け上がり、目の前が真っ白になった。 人生初めての女性としての、絶頂。 僕の全身から力が抜け、ぐったりとして息をついた。 「はぁっはぁはぁはぁ……」 「気持ちよかったですか…?」 「よく…わかんない…よ…ハァ…」 「隆士さん…可愛かったですよ」 梢ちゃんは悪戯っぽく笑うと僕の唇を奪い、舌を絡めた。 「…いいですか?」 「うん…」 いったん休憩を挟んで僕たちはまた向かい合っていた。 おそるおそる梢ちゃんの股間にあるものに目をやる。 ホントにこんなのが入っちゃうんだ…。 「あの…隆士さん。 初めては多分辛いと思うんですが」 「あ、そうだっけ…」 「はい。 だから、なるべく全身の力を抜いた方がいいです」 「力を…」 「と言っても難しいと思いますけど…」 経験者の言うことは参考にするべきだけど、梢ちゃんの言うように難しいんだろう。 僕も梢ちゃんとの初めてのときを思い出し、その覚悟をした。 「うん、頑張るよ」 「いえ、頑張らないでリラックスを…」 「あ、うん」 「それじゃ、行きます…」 梢ちゃんはゆっくりと僕の上に覆い被さる。 数回裂け目の上を滑らせた後狙いを定めて僕のそこに熱いモノを押し当てた。 十分に濡れているとは言え、異物が裂け入ってくるのは耐え難い痛みを伴った。 「んっ! 痛っ!!」 「力んじゃダメです、大きく息を吐いてリラックスしてください!」 「う、うん…!」 言われたように脱力しようとするけど、本能的に力んでしまうのはそう簡単に抑えられない。 「くうっ!」 「隆士さん、頑張って!」 痛みに耐えながら、梢ちゃんの顔を見た。 …そうだ、彼女だってこの痛みに耐えたんだ…。 だったら、僕だって泣き言は言ってられない。 梢ちゃんの手を握り、覚悟を決めた。 「だ、いじょう、ぶ……!」 「…はい! ゆっくり行きますよ…」 「…くっ!」 歯を食いしばりじっと痛みに耐える。 メリメリと裂けるような痛みが続き、ギュッと閉じた目から思わず涙が溢れる。 梢ちゃんがぐぐっと力を込めるとやがて最深部に到達した感触が伝わってきた。 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ……」 「奥まで、入りましたよ」 「っ…ん、うん……」 繋いだ手から伝わる温もり、下半身から伝わる痺れるような熱さ、結合部から溢れる朱い雫───。 僕たちはやっと一つになれた。 僕たちは繋がったまま抱き合っていた。 僕が落ち着くまで梢ちゃんは待っていてくれたのだ。 「はぁ…はぁ…」 「隆士さん、大丈夫ですか?」 「うん、だいぶ…慣れてきた感じ…」 「では…」 梢ちゃんは抱き合う腕をほどき、ゆっくりと動きやすい姿勢に変えた。 互いを正面に見据え、彼女は小さく腰を一振りした。 その瞬間、また傷口を触られるような痛みが走る。 「くぅっ!」 「我慢してください…次第に慣れてきますから」 「う、うん…くっ!」 梢ちゃんは僕を気遣うようにゆっくりゆっくりと腰を動かし続けた。 僕は目を閉じ、歯を食いしばってそれに耐えた。 手に自然と力が入り、シーツを握りしめる。 「うっんっうぅっくっ!」 しばらく耐え続けると結合部から血以外のものが溢れ始め、だんだん痛みも和らいできた。 「んっ……ちょっと…慣れてきた…かも」 「はい…」 梢ちゃんは僕の様子で察したのか、少しペースを上げる。 さっきよりだいぶスムーズに出入りするようになりだんだん痛み以外の感覚が増してきた。 「んっんっ……あっんくっはぁ……」 「どうですか…?」 「うん…続けて……」 梢ちゃんがスピードを上げると徐々に粘着質な水音が大きくなっていった。 熱いモノが出入りするたびに僕の内部をこすり、何かがじりじりと下半身をせり上がってくる。 いつしかそれは痛みではなくなり、ジンジンと痺れるような快感へと変わっていった。 「あっ! あっんっ、ああっはっ!」 「隆士さん、もう平気ですか…?」 「うっうんっ! なん、かっすごっ、いっ!」 梢ちゃんの腰が動くたび、快感の波紋が全身を駆けめぐる。 もうすっかり痛みはなくなっていた。 予想していたよりも遙かに大きな快感に理性は飛びそうになっていた。 「なにっこれっ、こん、なっすごいっ! あぁっ!」 「隆士さん…もうこんなに感じちゃってる…」 「だ、だってっ! こんなのっ…!」 「隆子ちゃんのえっち♪」 「えっ、ええっ!? そ、そんなっことっ……!」 更にスピードが増し、快感が加速する。 「ひっ!? あっああああっ!?」 「初めてなのにこんな感じちゃって…私はそんなじゃなかったですよ?」 「だ、だって…くっ、ああんっ!」 「隆子ちゃん、気持ちいい…?」 いつの間にか呼び名が変わっているけど、そんなことはもうどうでもよかった。 梢ちゃんは空いている両手で更に胸を揉み、腰を動かし続けた。 僕はもう快感の波に飲まれるだけ…。 「きっ、気持ち、気持ちいぃ、いいよぉっ! こずえちゃんっ!」 「隆子ちゃん…可愛い…」 「すっすごいっすごいよぉっ!!」 「はぁはぁ、はぁはぁ…梢ちゃん…もうっ……」 「うん…隆子ちゃん、いい…?」 「うん…いいよ…」 互いに限界近くまで来ていることを知り、僕たちは確かめ合った。 僕が頷くのを確認すると梢ちゃんはラストスパートをかけるようにスピードを速めた。 結合部が捲れ上がり、血の混じった潤滑液が卑猥な音を立て飛び散る。 「あっあっあっあっあっああっ!!!」 「はぁはぁはぁ…!」 梢ちゃんは痙攣しているような早さで突き入れ、僕はつま先立ちで腰を浮かせそれを受け入れた。 軽い絶頂が何度も押し寄せ、ガクガクと体が揺れる。 「隆子ちゃん……!」 「うんっ……来て……!」 「ううっ…!」 梢ちゃんがうめいたその瞬間。 ひときわ熱い濁流が僕の胎内に迸った。 繋がった部分から伝わる熱が僕のお腹の中に染みこんでいくのがわかる…。 「あっああああああああああああぁぁぁぁぁっっ!!!!」 激しい絶頂に僕の内側は収縮し、梢ちゃんから出た物を逃すまいと蠢く。 梢ちゃんから放たれたものは何度も何度も僕の胎内に注ぎ込まれていった。 「あっ……ああ……」 「りゅうこ……ちゃん……」 僕たちはぐったりと脱力し、折り重なるように倒れ込んだ。 荒い息を吐き出しながらも僕たちは唇を貪りあう。 「こずえ…ちゃん……」 「んっ……」 ずるりと結合部から梢ちゃんのものが引き抜かれると、入りきらなかった白濁と血がどろりとこぼれ落ちた。 「ふう……」 「隆士さん、無茶しちゃってごめんなさい…」 「あっ、いいよ、平気だから…」 その後、2回ほど繰り返して僕たちはようやく一息ついた。 さすがに初めてで連戦はきつかった…。 「まぁ…滅多に体験出来ないことだしね……」 「はい…隆子ちゃん、可愛かったです」 「あ、あはは……」 何というか、している最中の梢ちゃんの性格は随分変わっていた。 「なんか、隆子ちゃんが凄く可愛くって…意地悪したくなっちゃって…」 「そ、そうなのかな…」 自覚はないけど、あんまり嬉しい気はしない…。 「珠実ちゃんの気持ちがわかった気がします」 「あ、あまり嬉しくないなぁ…」 「ふふ…でも、もうさすがにこれ以上は無理そうです…」 「うん…腰が抜けそう…」 「すいません、無茶しちゃって…」 梢ちゃんは申し訳なさそうにしているけど、まあ満足してくれたならいいか…。 「それにしても大丈夫なんですかね…」 「えっ…?」 「その…中にいっぱい出しちゃいましたから…」 「あっ……」 そう言えば、3回とも…。 最後はほとんど入らなかったけど、それでもこれだけ入れば万が一のことがあってもおかしくない。 というか、そもそもこの状態でして大丈夫なのか、それが問題だった。 「う〜ん…まあ、考えても仕方ないし、僕は梢ちゃんとなら構わないよ」 「そう言う気楽な問題でも…」 「もし赤ちゃんが出来ちゃっても僕は梢ちゃんの子供なら嬉しいよ」 「……」 「何があったってふたりならきっと大丈夫だから、ね?」 「…そう、ですね。 いざとなったら私がパパになりますから♪」 「あははっ」 僕たちは笑い、そしてまたキスをした。 未来はどうなるかわからないけど、ふたりならきっと大丈夫。 僕は胎内に残る熱さを感じながらそう誓った。 「…コレでヨカったのデスか? 珠実サン」 「はい…部長の協力には感謝しています…」 彼女の問いに珠実は伏し目がちに答えた。 「マったク、アなタも損な性分デスね」 「いいんです。 こうすることがふたりにとって最良なら私はそうするまでです」 「ソれは自虐カラでスか? それトも自己犠牲の心とデも…?」 「どう…なんでしょうね…」 ふたりいる部屋のドアをじっと見つめて考えていた。 「ケジメ…ですかね」 「……」 「梢ちゃんの心にはずっと白鳥さんがいた…そして、私たちは女同士だった…」 珠実は一瞬、遠い目をしてドアから背を向ける。 「報われないことと知りながら私は想いを募らせてしまったんです…」 背を向け、そして歩み出す。 「なら、私はいつかその想いを断ち切らなければならなかった…それだけです」 「フム……」 ずっと同じ道を歩けないのなら、より良き道を選ぶ道しるべになる…。 それが珠実の選んだ選択。 「部長は…」 「…? ナンでスか?」 「…部長はいつまで私と一緒にいるつもりなんですか?」 そんな珠実と寄り添うように彼女も歩いていた。 「ソウでスね…。 私ハ愛だの恋ダのには興味ハありマセんが…」 「……」 「他を求メ合うノは生キ物トシての本能でアリ摂理。 私はソレに逆ラウつもりはアりセンんヨ」 同じ道を歩むために。 「部長らしい考えですね〜」 「ソうデスか? 私は合理的ニ物事を考えテいるダケでスから」 「女同士でも求め合う術があるなら手段は選ばない、ですか〜?」 「オヤ……」 彼女の答えに珠実は小瓶を見せながら不敵に笑う。 いつの間にか、隆士から溢れ出た魔力を集めた瓶を珠実はその手に取っていた。 「部長〜、今夜はちょっと長くなりそうなんですが、よろしいですか〜?」 「……。 望ムところデスよ、珠実サン」 「ならば情け無用〜、です〜」 「クッ」 そして彼女もまた、別の道を歩み始めていた。 翌朝───。 僕と梢ちゃんは一緒に温泉に浸かっていた。 「はぁ〜…」 「気持ちいいですね…」 露天から一望出来る海を眺めながらふたりで息をつく。 梢ちゃんの体は一晩で元に戻っていた。 やっぱり僕の体と違って、一時的な変身でしかなかったらしい。 「…こうして変身しているのも悪くないのかもしれないなぁ」 「そうですね…」 「こうやって、梢ちゃんと肩を並べて一緒にお風呂に入るって…普段じゃ経験出来ないしね」 「もう、隆士さんったら…」 僕の隣で梢ちゃんははにかむように微笑んでいた。 ただ、それだけで僕はたまらなく幸せになれた。 「隆士さん…体、大丈夫なんですか?」 「えっ…? ああ、うん。 大丈夫だよ、梢ちゃん」 「そ、そうですか…」 梢ちゃんは夕べのことを思い出したのか、赤くなって俯いた。 僕はそんな梢ちゃんの方を抱き寄せ、強く抱きしめた。 「大丈夫だよ、梢ちゃん。 何があったってふたりなら平気、でしょ?」 「はい…そうですね」 僕たちはどんな未来に進むのかまだわからないけれど、きっとふたりなら大丈夫。 そう誓い合ったふたりの契り。 どんな困難があったってきっとふたりなら乗り越えていける───。 お風呂を出た僕たちは廊下で珠実ちゃんたちと出くわした。 どうやら僕たちと入れ違いで温泉にはいるらしい。 「あ〜、ふたりとも〜おはようです〜」 「おはよう、珠実ちゃん、部長さん」 「オや、梢サンはもウ元に戻ってオらレルのデスね」 「あっ、はい。 ご迷惑おかけしました」 そう言ってふたりにぺこりと頭を下げる梢ちゃん。 「何ハともアレ梢サンも元ニ戻っテ一安心デス」 「まったく白鳥さんも人騒がせです〜。 でも今日のところは感謝してあげるです〜」 「…感謝?」 「なんでもないです〜。 部長相手で疲れたからさっさとお風呂に入ってくるです〜」 「??」 「ソレではご機嫌ヨウ」 呆気にとられる僕たちを置いて彼女たちは行ってしまった。 「どうしたんだろ、珠実ちゃん…」 「さぁ……」 みんなで朝食を済ませた後、荷物をまとめて旅館からチェックアウトした。 外に出るともうすっかり真夏の太陽が降り注いでいた。 「今日も暑くなりそうですね」 「うん」 「さっさと車に乗るです〜」 「オマちなサイ、珠実サン。 タイが曲ガッていマスよ」 「あれ…? 部長さん、マントは?」 「アァ、サすがに暑イので外シテいるのデスよ」 「それもそうですね」 「さっさと乗〜る〜で〜す〜」 空には高く高く輝く真夏の太陽。 今日もまた、新しい思い出を作るために僕たちは走り出した。 「あっ、部長さん。 そこ寄って貰えますか?」 「…イイでスよ」 「「あっ…」」 「珠実ちゃ〜ん♪」 「マ゛ー……」 「梢ちゃん、どうしてまたここに?」 僕たちはまた恋人岬に来ていた。 梢ちゃんはそのわけは言わずにまっすぐ展望台を目指していた。 「やっぱり…今日は綺麗に見えてます♪」 「ホントだ…」 昨日とは違い、今日は雲一つない空に富士山が綺麗にその姿を見せ鎮座していた。 「綺麗だね〜、珠実ちゃ〜ん」 「暑いからくっつかないで欲しいです〜…」 「うぅ、珠実ちゃん、私のこと嫌い?」 「マ゛ー……」 「そっか、梢ちゃんはこのために来たんだ」 「あっ、いえ、そうではないんです」 「えっ?」 梢ちゃんは不思議に思う僕の手を引くとまた台座の上に立った。 「また皆さんに伝えたいことが出来ちゃいましたから」 「伝えたいこと…?」 「えへへ…」 彼女は恥ずかしそうに笑うとすぅと大きく息を吸い込んで大きく叫んだ。 「みなさーん、幸せですかーー!!」 遠く離れた”仲間”たちへ。 「私たちは、幸せでーーーーす!!!」 遠く幸せに暮らす”家族”たちへ。 「もーーーーっと幸せに、なりましょーーーー!!!!」 この幸せを今は遠い、あの人たちに届けるために。 それから───。 この旅行の後、部長さんが鳴滝荘の新しい住人になった。 珠実ちゃんはこれを機会に部長さんのオカルト趣味を改善させると張り切っていた。 去年よりも人数は少ないけれど、鳴滝荘は少し賑やかになった。 散々苦労したけど、僕の体にかかっていた魔法も取り除かれた。 季節は流れ。 紅葉の秋を過ぎ。 雪の降る冬を過ぎ。 また桜咲く春が巡ってきた。 高校卒業を機に、珠実ちゃんは鳴滝荘を去ることになった。 僕も梢ちゃんも突然の出来事に驚き懸命に引き留めたが、彼女は笑顔で答えるだけだった。 ───私も自分の道を進むために頑張るです。 そして、珠実ちゃんを追いかけるように部長さんも鳴滝荘を去っていった───。 「…寂しくなっちゃったね」 「…はい」 今、この鳴滝荘にいるのは僕と梢ちゃんのふたり。 桃乃が宴会をやっていた廊下も、灰原さんが釣りをしていた池もその主はいない。 黒崎親子が内職にてんてこ舞いになる声も聞こえない。 「いつか…こうなることはわかっていたんです」 梢ちゃんは親友がプレゼントしてくれた大きなクマの遊具を愛おしそうに撫でた。 それは風雨にさらされ、あちこち痛み始めていた。 「ここがアパートである限り、いつか、みんな……」 梢ちゃんは寂しそうに呟いた。 「そんなことはないよ」 「隆士さん…」 「僕はここにいる。 ここにいてずっと梢ちゃんと暮らしていく」 僕は中庭に降りて、梢ちゃんの脇を通り過ぎていく。 向かった先には一本の若い木が芽をつけていた。 「それにほら、一緒に食べるんでしょ?」 「……!」 「桃だったら3年、柿だったら8年…梨だったら18年だっけ。 楽しみだね」 「隆士…さん」 まだまだ実をつけるほど大きくはない木だし、何の実が付くかもわからない。 それでも僕はその木をそっと優しく撫でてあげた。 「…ずっと一緒だよ、梢ちゃん」 「りゅうし…さん……」 桜の舞い散る庭で僕たちは優しく抱き合った。 たとえ時は流れても、変わらない絆。 未来はわからないけど、ふたりだったら大丈夫…。 僕たちはゆっくりと唇を近づけて…… ぴんぽーん♪ 「あ、あれ?」 「だ、だれかしら。 お客さんですかね」 「う、うん」 「どなたですか〜?」 小走りに玄関に走っていく梢ちゃんを追いかけて僕もゆっくりと玄関に行った。 「……です」 遠巻きに見ると見たことのない僕より少し上くらいの男女が玄関先にやってきていた。 「では、入居希望で?」 「はい!」 そのやりとりを聞き僕の足は自然と玄関先へと向かっていた。 「あ、隆士さん…」 「お二人とも入居希望ですか?」 「あ、そうです。 学校の友人が勧めてくれたので…」 「そうですか。 では…」 僕は梢ちゃんの方に目配せした。 僕たちは声を合わせて新しい住人たちを歓迎した。 『ようこそ、鳴滝荘へ!!』 アパートだから別れもある。 ───だけど。 アパートだから出会いもある。 ───別れを恐れず、出会うために。 僕たちは手を取り合って歩いていく。 僕たちのまほらば───鳴滝荘で。 <We'd get there someday> Fin. 272 名前: We'd get there someday あとがき [sage] 投稿日: 2005/06/21(火) 23:57:12 ID:Qsne7BXG 難産…。 そんな言葉がぴったりでした。 そもそも、恋のマホウの続編を書く予定はなかったのでろくな構想もなかったのです。 おかげで倍近くの労力がかかりました…。 まあ、それなりにネタはあったのですが何より途中でネタを予想されたと言うのがダメージでかかったです。 えちシーンは基本的にすっぱり切っちゃってもよかったんですが、そこはエロパロスレってことで。 全体的にパワー不足&悪のりしすぎな感じですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 っていうか、〆の部分反則技ですねorz さて、力尽きたからしばらく筆安めしよ…。