--------  笑顔 -------- 「ありがとうございました〜」 ここは、双葉銀座。 色々な商店が軒を連ねる、ちょっとしたショッピングセンター。 そして、私がいる阿甘堂。 ただの雇われ店員の私はよく判らないが、それなりに歴史のある 古い和菓子屋なのだとか。 そんな我らが阿甘堂の看板メニューは、鯛焼き。 …鯛焼きは本来和菓子ではないらしい(ウソか本当かは私も分からない)が、 国民食となった今、広く和菓子と認識されているようだ。確かにあんこを使うし… 「鯛焼き、いかがかヨ〜」 私の隣で声出しする後輩。 中国人のような発音をする。 実際、大陸の出身だと言う。(故郷には18人の弟がいるというから怖い) そんな彼女を、私は「ヨ〜ちゃん」と呼んでいる。 あまり自分の事は話さないが、知り合いの客曰く、 「今までに色々な仕事をしている」、いや、していたらしい。 彼女がこの店にやってきた頃を思い出す。 「お願いヨ〜、私を雇ってくれヨ〜」 「雇ってと言われても…」 渋る店長。 「いいんじゃないですか、丁度人手も足りてない事だし」 助け舟を出したのは、私。 「…分かった、雇うことにしよう」 かくして、彼女はバイトとなった。 私の、初めての後輩。 でも。 問題が一つ。 いつも、怪しげな商品を掴まされるのだ。 「先物取引で一旗揚げるヨ〜」と言っていたら、まんまと罠に掛かった。 しかも、彼女を騙した人物も中国人だったと言う。 それでよく不渡りを出さないで生活しているものだ。 何か裏技でもあるのだろうか… でも。 これだけは言える。 …ヨ〜ちゃん、商売人としては不向きかもね… 「あ〜、一段落」 客の列もようやく捌き終えた。束の間の休息。 日もそろそろ傾き始めている。 「今日もたくさん人が来たヨ〜」 「本当に…でも、同じ事の繰り返しって、なんだか退屈だわ」 「そうかヨ〜?」 なんで、というような口振りでヨ〜ちゃんは言う。 「あんたは退屈じゃないの?この商売」 「全然楽しいヨ〜、今までの苦労に比べれば随分楽だし〜」 「…今まで?」 「ああ、こっちの話だヨ〜」 そう言えば、ここに来る前に色々な職を転々としていたとか… それはともかく。 商売が、楽しい、か… 「商売は面白いヨ〜、売れれば儲けが出るし、お金持ちになれるし」 「恐ろしく即物的ね…」 「でも、それだけじゃないヨ〜」 「?」 「やっぱり、お客の喜ぶ顔が嬉しいヨ〜。今まで色々な商売に手を出してきたけど、  あまり喜ぶ顔を見る事は無かったヨ〜。でも、ここの仕事は最高だヨ〜。  旭さんにも出会えたし、商品はおいしいし、何より…」 「ここには、沢山の笑顔が集まるからヨ〜」 笑顔…スマイル、か… 英語で言っても変わらないけど。 「例えば、あの女の子みたいな男の子ヨ〜。彼には何度もお世話になってるヨ〜。  迷惑もかけたけど、それでもあの子は笑っているヨ〜」 あの子はむしろお人好しと言うのだろうが… ヨ〜ちゃんは続ける。 「笑顔を見るのって、売り手としてやっぱり嬉しいヨ〜」 「まあ、そうだね」 「笑顔がある店って繁盛するヨ〜。だから、この店は大好きだヨ〜」 …そっか。 金が絡むけど、やっぱり原点は、そこなのか… なんとなく、気持ちがすっきりしたようになる。 やっぱり、この繰り返しが大切なんだろうな… と。 店の前に車が停まった。 この付近では珍しい、黒塗りの車が一台。 「……?」「……?」 私とヨ〜ちゃんは、顔を見合わせる。 大口注文をするような客は、阿甘堂にはいない。 男が数人降りてきた。かなり事務的な顔だ。 「すみません、黄有麗さんはいらっしゃいますか」 「…?私だけど、何か用かヨ〜?」 「入国管理局の者です」 そして。 「ヨ〜……」 ヨ〜ちゃんは、車に乗せられた。 あるいは、連行させられた。 「…えーと」 こういう時は、どう対応すればいいの…? 仕方なく、職員の一人に話しかけてみる。 「…鯛焼きはいかがですか」 「いえ、結構」 あしらわれた。 つうか、冷徹過ぎるぞこの人。 「それでは、失礼します」 ヨ〜ちゃんを乗せた車は、走って行った。 「…あれ?」 私は首を傾げる。 「…………ヨ〜ちゃんって、不法入国者だったっけ?」 翌日。 ヨ〜ちゃんは帰ってきた。 どうも、人違いだったようだ。 「日本の公務員は仕事が雑で困るヨ〜」 「だったらあんたも真面目に仕事しな」 「ヨ〜…ゾンナ、アザヒザーン…」 そんなこんなで、阿甘堂の日常は今日も続く。 <>is the end. 418 名前: 笑顔(アトガキ) [sage] 投稿日: 2005/06/07(火) 23:34:35 ID:wL4fbmKd ヨ〜ちゃんを随分いじっちゃったかな… まあ、短編なのでこんな感じです。 一部、どこかで見たようなモノがありますが、それはそれ。 気分転換になった…ような、気がします。 それでは…明日も早いな…orz