---------------------------  We form in the crystals --------------------------- ・・・何かおかしい。 俺がそのことに気付いたのは、晩春もうららかな昼下がり、通い慣れはじめた学校の、校門前の広場でだった。 いつも一緒にいるあいつらがぎこちない。特に、一歳年不だからっていつも俺たちを引っ張りまわすアイツが、だ。 今も、ヤツが待っているっていうのに、アイツはヤツの前に出てこようともしない。 チラチラと姿を目にするし、学校には来ているようだけれど。 思えば、様子がおかしかったのは一週間前、まだ酒を飲んじゃ行けないはずの俺達を酒盛りに連れていった翌日だった。 酒盛りは綾乃のいつもは見れない様な姿が見れたりだの、いつもはうっとおしいだけのヤツの映画薀蓄が、 酔った頭には意外に面白かっただのでアイツもむしろ楽しんでいただろうと思う。 問題はその後、俺と綾乃がほろ酔い気分で公園で星を見ていた時間におこったにちがいない。 二次会にも行かず俺たちとアイツ、つまり桃乃たちと別れたのは、紫羽がアイツだけに話すことがあるといっていたからだ。 その話が・・・きっと原因なんだろうな。 二次会にも行かず俺たちとアイツ、つまり桃乃たちと別れたのは、紫羽がアイツだけに話すことがあるといっていたからだ。 その話が・・・きっと原因なんだろうな。 「本条君!」 ぼ〜っと考えていると、聞きなれた声がした。ぱたぱたと小走りの足音は、もはや弁当を持ってくるときの合図になっている。 「いつも悪いな、綾乃。今日は何だ?・・・あ、コレ、もしかして」 「うん、コレ。コロッケだよ〜。本条君、昨日言っていたでしょ?食べたいって。今日は授業が午後からだから、家で揚げてきたんだよ。」 いつもの通り二人並んでベンチに腰掛け、いつものとおりクロスを広げる。大学に入ってからも、ずっと変わらない昼下がりだ。 でも、きっとそれこそが・・・ 「どうしたの?本条君。」 そう、俺たちの関係は・・・ 昔すれ違いがあったものの、俺と綾野はとても宜しくやっている。文字どおり何も変わらずに。お互いに隠し事はしない。それは、俺たちの間では大切な約束のままだ。 だけど、それ以不踏み込めない。隠し事をしない代わり、今度は逆に相手に重荷を負わせたくないと言う考えが渦巻いてしまう。 今のままでいいと思いつつ、このまま変わらなければ、いつまでも本当のパートナーになれないんじゃ無いだろうか。そういう思いがあるのも確かなのだ。 俺は臆病だな。 だからこそ、アイツらに、おそらく変わっていくことを告げた紫羽と、それに戸惑っているのかもしれない桃乃が気にかかるんだ。 「・・・うくん?・・・本条君?」 「うわあっ」 「きゃ・・・び、びっくりしたぁ。」 「あ・・・ご、ごめん綾乃っ!ちょっと考え事してて。」 あーもう、俺のバカ!せっかく綾乃が来てくれたってのに! 「ふあ〜、いいよ。でも、珍しいね。本庄君が私と話しているときに考え込むなんて。・・・何を、考えていたの?星のこと?来週に見に行くときは、晴れるといいね〜」 ・・・いつも、気を使ってくれてありがとうな、綾乃。でも、今日はそうじゃ無くて、 「いや、アイツらのことなんだけど・・・何か、聞いていないかな?」 俺が親指で示した先には、眼鏡をかけた影が一つ。紫羽が校門の前で佇んでいる。 桃乃を待っているんだろうか。 「あ・・・もしかして、メグちゃん達のこと、だよ、ね。」 とたんに綾乃が表情をかえる。 重くはないけれど、静かな雰囲気が辺りを包む。 言うべきなのかどうか、しばらく迷った後、綾乃はゆっくりといった。 「・・・実は、メグちゃんが言っていたんだけど、なんかね、紫羽君、海外へ行きたいんだって。それで、メグちゃんが・・・」 綾乃が悲痛な顔つきになってしまう。俺は慌てて、 「あ、それ以不は言わなくていいから!綾乃が哀しむことは・・・」 「ん、分かってる。私がどうにかできることじゃ無いって言うのは。けど・・・」 参ったな。こういうところは綾乃のいいところだけれど、どうにもできないことに対してもこういう態度を取ってしまう。 ・・・ここは、気分転換を計った方がいいかな? 「っと、コロッケがあったな。貰ってもいいか?」 綾乃の表情が綻ぶ。 「うん、今日のコロッケは自信作だよ〜。ついさっき揚げたばかりだから、まだ温かいと思う。」 その後、俺と綾乃は綾乃謹製コロッケを食べつつ、いろいろなことを話した後で、授業へと向かった。 けど、綾乃は俺との会話を喜ぶ一方で、どうしても視線が紫羽と、そして、この場にはいない桃乃の方へ向いてしまうのは隠しきれていなかった。 この顔は見たくないな。どうにかできるなら、どうにかしたいと思う。 ・・・俺、綾乃に感化されているのだろうか。 授業の後、まだ講義が残っていると言う綾乃を待ちつつ、俺は校舎をぶらついていた。大学都市っていうのは、まあ、散歩に最適の都市でもあるし、本屋などを巡りつつ、時間を潰していた。 と、その中の一つ、学術系の本の充実度合いに関しては定評のある、大きな書店で天文雑誌を買ったとき、俺は桃乃が映画関連書籍の棚にいるのを見る。 やっぱり、ヤツを嫌いになった訳では無いんだろうな・・・ そんな事を思い、俺は好機だと考えた。俺はアイツらのために、ひいては綾乃のために、どうにかしたいと思っていたところだったから、アイツが動き始めるまで様子を見て、その後、アイツに近付いたのは当然のことだった。 だけど・・・ 「放っといてよ・・・あたしたちの問題なんだからさ。」 後ろも振り向かず、桃乃は言った。 あなたはエスパーですか? 「あんな天文書に何時間も食らい付いているのは、あんたくらいのもんよ。顔見ないでも分かるって。」 う・・・見られてたのか。そんな俺を尻目に、アイツはそのままスタスタと本屋を出て、駅に向かう。 俺はとりあえず、無難な言葉をかけた。 「放っておけないよ。俺と綾野にまで心配かけて・・・アイツも、多分話したがっていると思う。今日だって・・・」 「授業にも出ず、あたしを待っていたんでしょ。おかげでガッコ、入れなかったわよ。」 そんなことまでしていたのか・・・俺ですら、昼に軽く見ただけだったのに。 そう思ったとき、俺は気付いた。そんなことは、『コイツからも』ヤツを見ていないと分からない、と言うことに。 ヤツも、そしてやっぱりコイツも・・・ 「なおさら放っておけないって。」 そう、素直に思った。 「なんでなのよ・・・おせっかいでしか無いわよ。あんたは、あんたの好きな事やってればいいでしょ!  あたしはあたしで、あたしの望むペースで・・・」 その言葉を聞いたとたん、俺は激昂した。 「それで、本当に自分が満足できると思っているのか?」 気付いたときには俺は口に出していた。 正直、なんでこうなったのか、よく分からない。 もしかしたら、変わる勇気を持てた紫羽に対して、変わる決心を持てていない俺と桃乃。その事がフラッシュバックしたのかもしれない。 これは、俺の、俺に対する本心だ。 果たして、桃乃はぴくりと震え、足を止めた。 こちらを向く。その顔は、涙で真っ赤に腫れていた。俺と出会ってからのものじゃない。多分、もうずっと、何日も・・・ コイツは、まくしたてた。 「あたしがどう思うか、じゃないでしょ!あいつが、あいつの満足する事をする。あいつがこれからの関係に満足する!  そっちのが・・・ずっと大切でしょ!あんたに言われる事じゃないわよ!」 綾乃は、本当に、今の関係に満足しているのか? ・・そう問われた気が、した。俺の心を抉る。 だから、かっとなった俺は、いきなり桃乃の手首をつかんだ。左の手首を。 そして、俺は見た。 「ッッッ!」 「・・・見たわね。」 顔を歪め、下を見て、桃乃が呟く。 「・・・コレを見ても、あいつは私を受け入れてくれた。そして、必要としてくれた。どこにもなかった私の居場所は、あいつが来てからこそ・・・」 桃乃の独白は、俺にはよく分からない。おれにわかるのは、今のコイツらの関係の由来であろうと言う事と、俺が踏み込んではいけないと言う事だけだ。 だけど、次の言葉だけは、俺にも間違いだと分かった。 「だから・・・私が、あいつの枷になるなら、私は離れるべきなんだよ!」 「そんな事して、紫羽が好きなようにできると思うか?満足できるか?」 言わずにはいられなかった。 臆病なはずの、自分らしくないな、とは思う。でも、 「俺たちの場合なら、少なくとも俺なら、綾乃が俺の邪魔になると思って離れていったら、何やっても満足しないよ。」 ・・・ずっと前にも、似た様な事を考えた事を思い出した。 ただ、あのときは、綾乃が二股をかける、つまり、俺が綾乃を満足させられないならと言う事だった。今回は、それの裏返しだ。 あのとき、俺は自分が何をやっても満足させられないならと思ったけど、 こいつは自分が何をやっても満足させられないと言う事を前提においている。 ・・・本当に、そうなのだろうか。俺も、綾乃を・・・  「・・・あたしは」 「・・・本条・・・君?」 桃乃の台詞を、別の声が中断させた。 「綾・・・乃っ?」 綾乃は目を見開き、俺たちを見ている。 今の俺たちは手を繋ぎ、向かい合っている。桃乃は泣き腫らしている。こんな状況は,果たして,周りからはどう見えるのだろうか。 「これは・・・違う!そうじゃない!綾乃!」 「あ・・・」 俺と、桃乃の声が重なる。くそ,よりによって・・・まずい。 綾乃が下を向く。顔が見えない。 「そっか・・・」 そんな・・・そんなバカな。 俺は・・・そもそも,誰のために,何のためにこうしていたんだ? 矛盾している。俺は,綾乃のために・・・ 沈黙が続く。 綾乃が背を向けた。何も言わず、向こうへと。 このまま終わるのか?明日から、俺は、綾乃に・・・ 綾乃に・・・どうすべきなんだろう。 果たして,俺はこういう形でも,「変わること」を望んでいたのだろうか? 分からない。でも・・・ 少なくとも,俺は,「変わらないこと」も望んでいたのも,確かな事だ。 そうだ、分かるか分からないか、理解できるかできないかは今、どうでもいい。 大切なのは,今,俺が何をしたいかを認める事だ! そして,認めた通り、変わらないでいるために,俺の体は動く。 無我夢中で、俺は去ろうとする綾乃を捕まえた。 「綾乃っ!」 「あ・・・」 綾乃を背後から抱き締めた。 綾乃は動かない。生暖かい風が一陣、吹く。 綾乃は、震えている。 綾乃は、震えている。 どの位経ったんだろうか。 不意に綾乃がぎゅ、と自分自身を抱き締める。 そして、言った。 その一言,それは 「・・・ごめんね。」 「・・・へ?」 我ながら情けない声が漏れる。 「ごめんね・・・今、一瞬だけど、本条君の事、疑っちゃった。隠し事はしないって約束、本庄君が破ったって。」 涙をぽろぽろこぼしながら、綾乃が言う。 「あ・・・」 俺,どうかしてたな。 今,綾乃が考えた事は、俺の考えた事と殆ど同じだった。「相手を信用しきれなかった」と言う事。でも・・・ 嬉しいと思った。あんな状況でも、印象に捕われず、綾乃が『約束を思い出して』俺を信じてくれた事が。 だから,これだけは言わなきゃならない。 「こっちこそ,ごめん。俺も,今,綾乃が・・・」 言わないで,と綾乃が釘をさす。 お互い,考えている事が何となく分かる。 だから,次の綾乃の言葉を先取りした。 「「許して,くれる?」」 綾乃と俺の言葉が重なる。 綾乃が真っ赤になる。 「あの、その・・・」 はは,と苦笑いしながら,綾乃の方に手を置く。 良かった,いつもの俺たちだ。 同時に,慌てた様な,いつも通りの綾乃の声を聞き、自然に言葉が漏れていた。 「・・・言いたい事が,あるんだ。」 「・・・え?」 俺は綾乃をひとときでも信じきれなかったけれど,それは綾乃も同じだった。 だけど,信じられなかったと言う事を通して,お互いの言いたい事も,分かった。 そう、形はどうあれ,今の俺たちは,相手の事を理解しあえた。 そして・・・ふと、思い不がりかもしれないけれど、俺がこの所綾乃に対して思っていた事も、きっと綾乃も感じていただろうとなんとなく考える。 俺は思う。昔、噛み合ない事を恐れた歯車は、もう今は噛み合っているんじゃないか。いや,それは,昔から噛み合っていたんだ。 ただ・・・昔は,噛み合った歯車を,「隠し事」と言う回転数の違いで動かせなくなる事を恐れていた。もう,俺たちにそれはない。 ・・・だけど,回転数が同じでも,歯車は,ふとした事で外れそうになってしまう、不安定なもののように思えた。今のように。 だから,俺は焦っていた。それを崩さないように,変えないようにする一方で,どうにかしようと,変えようとしていたんだ。 だけど,今,歯車が揺らいでしまった。俺は,それを直すためにもう一度設計図を,俺たちの関係を見直したんだ。 ・・・そして、認めてはいたけれど,分からなかったもの・・・それが何であるのかを理解した。 だから,俺は今の言葉を口にした。 それは、歯車を「変わらない」様なものに「変える」ための言葉だ。 「鈴原綾乃さん,どうか,俺の恋人になって下さい。」 「え、あ、???」 綾乃が呆気にとられる。 「・・・何となく一緒に居たけど,今まで口に出して言った事はなかったよな。」 俺が誓う事。変わらないために,変わる。ずっとそのままでいるために。 これこそが俺の望んだ事だ。 綾乃の顔が徐々に朱に染まる。黙りこくってしまう。 それでも、 「あ・・・は・・・はいっ。」 返事をしてくれた。 そのまま,俺にしがみつく。 顔が真っ赤になっているが,いつのまにか,満面の笑みがそこにある。 だが,疑問は残ったようで 「・・・でも,何で?今までも・・・」 「その為だよ。今まで通り,変わらないでいるために,変わる。・・・俺は,ずっとおまえと居たいから,だから・・・」 「ぷ・・・あは,あは、あははははははははははははははは!あっはっはっはっはっはっは!」 俺の言葉を笑い声が中断した。 ・・・せっかく決めていたのに。 声の主は,当然,桃乃だ。何がおかしいんだ,全く。いつもながら遠慮なく笑いやがって・・・ ・・・いつもながら? 「あ,あははははは,そう・・・だよね。変わらない為に変わる,そういう事でも・・・いいんだよね。変にセンチになってもしゃーないか。・・・あいつが,夢を果たして帰ってきたときの為に,あたしが変わらない様に変わる。」 気が付くと,コイツはすっかりいつも通りになっている。 「・・・ありがとね。アタシを無視してラブラブモード入ってるあんたたち見てたら,悩んでるのバカバカしくなっちゃった。やりたいようにやる為に,自分を変わらないように変える。そんなテキトーな考え方もアリってことか。」 「オイ,テキトーって何だよ。俺は真剣に・・・」 だが,にゃははとオレをあしらいつつ,コイツは学校に向かって歩き出していた。 「・・・もう一度,話してみるかね。アイツと。」 ・・・何なんだ全く。勝手に自己完結しやがって。 「ねえ・・・メグちゃんたち,大丈夫になったのかな。」 「大丈夫だろ。明日にはヤツのお別れ会とか称して飲み会開いてるかもしれないな。」 実際,そうだったらいいけど・・・な。 「うん。・・・あ,そういえば,一つ,私からもいい?」 何だろう。・・・もしかして,さっきの事,咎められるのか? 「いいけど・・・」 まあ,しょうがないか。成りゆきとは言え,桃乃と手,繋いじまったもんな。 「うん。・・・これからも,よろしくね。巧君。」 ・・・なんだ。 「当たり前だろ。こちらこそよろしくな、綾乃。・・・え?今・・・」 俺の,名前。 「これも,変わる事・・・だよね?」 綾乃がはにかみ、微笑みながらこちらを見ている。 夕暮れの中でも,俺は紅潮した顔を隠せている自信がない。 はあ・・・参ったな。当分の間,今まで通りにいかないかもしれないな・・・ FIN 429 名前: We form in the crystals {あとがき}:presents by日斗 [sage] 投稿日: 2005/06/07(火) 23:46:02 ID:dJ+ORi/2 ふう・・・なんとか形になりました。つくづく自分の文才のなさが目に付きます・・・ ちなみに,どうでもいい事ですが,タイトルはとあるゲームのED曲が由来です。 執筆中にも聞いていたので,この駄作のBGMとして考えていただけたらなあ・・・と思います。