---------  M.M.O  --------- 「どうにも、胡散臭いシロモノです〜…」  ぼやきながら、珠美は玄関の戸を開けた。  左手には、よく占いに使われるような、丸い水晶玉を持っている。 「まったく、こんなモノさっさと処分してしまうに限るです…」  ぶつぶつと文句を垂れながら、自分の部屋――1号室に向かう。  この時、スカートのポケットから紙切れが1枚抜け落ちたことを、彼女はまだ知らない。 「できましたよ〜♪」  嬉しそうに言いながら、梢は皆を振り返った。  この炊事場……いや、鳴滝荘全体に、食欲をそそる匂いが漂っている。 「よっしゃ、カレーだ〜!」  恵が大げさなガッツポーズ。直後、ぐうっと腹の虫が鳴いた。 「いや〜、お腹空いてる時にはしゃぐモンじゃないわね……」  反省反省、と頭をかきながら席に着く。 「あれ? 灰原さんは…」 「呼んだカ?」  見ると、部屋の入り口に由起夫が立っていた。 「バラさん、おっそ〜い!」 「悪い悪い、ちょっと本に読み入っててナ」  そう言いながら、空いているイスに座る。  タイミング良く、梢がカレーの盛られた皿を配り始めた。 「わあ、今日は大盛りだよ、お母さん!」 「…大盛り……」 「おいしそうです〜♪」  やがて全員に配膳され、梢は台所に近い席に座った。 「それでは、みなさん…」  7人全員が声を揃えて、 『いっただっきま〜す!』  そう言って、夕食を食べ始めた。 「あっと言う間に食べちゃったわね〜」  食後の、至福のひと時を満喫しながら恵が言う。 「本当、美味しかったよ、梢ちゃん」  隆士も、満足そうに声をかける。対する梢もまた、 「お粗末さまです♪」と、嬉しそうな声で答えた。 「なあ、さっき廊下でこんなモン見つけたんだけどヨ」  突然、由起夫が切り出した。皆、自然と彼を見る。  由起夫は懐から紙切れらしきものを取り出し、テーブルに置いた。 「何ですか?」 「さあ、色々書いてあるけど全然意味がわからねーゼ」 「なになに…?」  恵がそれを手に取り、読み上げる。 「えーと…1、取扱いについて。…何これ、説明書? でも手書きだし…っつーか、何でこんなにカタカナ混じってんの?」 「いいから、早く読んでみてくださいよ」興味があるのか、隆士が急かす。 「わかってるわよ。…この取扱いには、十分に気をつけてくださいね。特に、使用中に壊してしまうと取り返しのつかないことになります…」  ぴく、と珠美が反応する。席を立ち、 「すぐに戻ります〜」と言って、炊事場を出て行ってしまった。 「2、使用方法。使用方法は至って単純で、これを見つめながら、自分の心に『うたかたの幻想を見せよ』と働きかけるだけ…」  彼女が読み進めるのに伴って、それぞれが疑念の眼差しを紙切れに送り始める。 「うたかたの幻想?」  皆、首をかしげる。 「梢お姉ちゃん、『うたかた』って何?」 「…う〜ん、ごめんね朝美ちゃん、私にはわからないの…」 「『うたかた』ってのはだナ、もとは『水の上に浮かぶ泡』って意味だ。それが転じて、『消えやすいもの』って意味で使われるんだヨ」 「へえ〜、そうなんですか」 「ちょっと…アタシが読んでるんだから聞いてよ」  雑談を始める周囲に待ったをかける。 「その必要はないです〜」  大きな水晶玉を抱えた珠美が、そう声をかけた。 「珠美ちゃん、それは?」  ため息をつきながら、彼女は答える。 「部長に持たされたんです〜。しばらくの間預かってほしいと言われまして〜」 「この説明書、それの付属品?」 「部長の手書きですけどね〜」  言いながら、珠美はテーブルの中央に水晶玉を置く。 「…で?」  一番訝っているのは恵だった。 「まあ、物は試しと言いますし〜」  いつもの笑顔のまま、もといた席に座りなおす。 「どっちにしろ、暇つぶしにはなりますからね〜」 「…本当にやるの?」  相変わらずこの手のものが苦手な恵は、水晶玉を見ようともしない。 「でも、もし本当に幻想の世界に入れたら、楽しそうですよね!」  梢はすでにやる気まんまんだ。 「幻想の中なら……内職、しなくてもいいのね……」  眠そうな瞳で、沙夜子が呟く。 「私、それならやりたいな!」朝美も乗り気だ。 「桃さ〜ん、ここはみんなに合わせるべきですよ〜」  ふっと短くため息をつき、 「ま、やってやりますか」そう言って水晶玉に目をやる。 「白鳥さんも、やってみますよね〜?」 「そうだね、面白そうだし」隆士も笑顔でそう答えた。 「さて〜、それではいきますよ〜?」  珠美が音頭を取り、全員が目の前の水晶玉を見つめる。 「今宵、うたかたの幻想を我らに〜…」  十数秒もじっと見続けていると、やがてそれぞれに眠気が訪れ、 「………………」  皆、テーブルに顔を預けて夢の中へと落ちていった。 『貴方たチニ、幸あらンことヲ』  紙切れの最後には、そう綴られていた。  ……目を覚ますと、視界いっぱいに抜けるような青空が広がっていた。 「……え……」  当然、すぐに状況を判断できるはずもなく、 「……昼……?」  そうとだけ、彼は呟いた。  やがて、意識がはっきりとしてきた。  自分のいる場所を確認するために、隆士は体を起こす。動きに伴って、かちゃりと金属音が聞こえた。 「あれ、重い……」  異変を感じ、自分の体を見る。 「……な、何、これ!?」  驚くのも無理はない。知らぬ間に、彼は鎧らしき物を着せられていたのだ。 (まさか、千百合ちゃん…!?)  咄嗟に周囲の状況を確認すると、その考えがおそらく正しくないということはすぐに理解できた。  周りで倒れ、眠っている他の住人たちも、まるでゲームに出てくるような服装をしている。梢も例外ではない。しかし… (珠実ちゃんと…灰原さん)  2人の姿が見えない。不安を覚えながらも、隆士は他の人たちを起こし始めた。  そして、20分後。  ようやく全員が落ち着きを取り戻し、円になって座っていた。  起こされるとまず自分の格好で混乱し、他の人たちの姿を見て混乱し、現在の状況を知って混乱する。  ひとりが取り乱し、その騒ぎでひとりが目を覚まし、また取り乱す…それが連鎖し、隆士が全員を落ち着かせるのにこれだけの時間がかかったのであった。 「……で」  難しい顔をしながら、恵は切り出した。 「アタシたち、かなりヤバい状況だと思う」  皆、一様に頷く。…いや、沙夜子ひとりを除いて。 「まさか、本当に幻想の中に入っちゃうなんてね…」  オカルトもバカにしたもんじゃないわ、そう付け足す。 「白鳥さん、珠実ちゃんと灰原さんは…」  訊かれるが、隆士は首を横に振る。 「そう…ですか」  悲しそうに、梢は目を伏せた。 「ここは…」  今度は、沙夜子が呟く。 「鳴滝荘じゃ、ないのね……」  中でも重要な問題だった。  ここまでの状況、彼らのいる場所が鳴滝荘だったら、一応色々と説明はつく。  だが、見た限りでは、ここは住み慣れたアパートではなかった。  広く、地平線の向こうまで続く草原。彼らの近くには、まるで巨大なブロッコリーのような森。  少なくとも、ここが東京でないことは火を見るより明らかだ。それどころか、自分たちのいる場所が日本であるという自信すら、この場の誰も持ってはいない。 「……あれ?」  突然、朝美が声を上げた。 「どうしたの?」  彼女は、じっとしたまま動かない。 「何か……聞こえる」  その言葉を聞き、皆が耳をそばだてる。 「……何も聞こえないけど」  恵が言い、隆士と梢も彼女に同意する。沙夜子は何も答えず、耳の後ろに手を当てて音を聞き取ろうとするだけだ。 「でも……こっちに近付いてきてるよ」  朝美は意見を曲げようとしない。  何となく、沈黙の空気が流れる。やがて―― 「……来たよ」  彼女がそう言うのと同時に、見覚えのある顔が森から現れた。 「珠実ちゃん!!」梢が立ち上がる。彼女に続いて、全員が珠実に駆け寄った。 「珠実ちゃん……良かった……」  今にも泣き出しそうな梢を、珠実はそっと抱きしめる。 「梢ちゃん、心配させてごめんなさいです…」 184 名前: M.M.O [sage] 投稿日: 2005/06/02(木) 21:05:22 ID:U+Tr2BZ1 「ちょっと周りを見てきましたけど、やっぱりここは幻想の世界に間違いないようです〜」  彼女は、開口一番そう言った。やっぱり、と全員が再認識する。 「それで、バラさんは?」  腕組みをしながら、恵が尋ねる。誰もが聞きたかった質問だ。 「私たちが目を覚ました場所の辺りにはいなかったです〜。先に起きて1人で行っちゃったか、もしくは最初から違う場所に出たか、どっちかでしょうねぇ〜」 「灰原さんが僕たちを置いていくっていうのはちょっと考えられないから…」 「じゃあ、灰原さんだけ…」 「ま〜、これはあくまで夢の中ということですし、目が覚めたらそれまでなんでしょうけどね〜」  でも、と梢が手を上げる。 「やっぱり心配ですし、捜した方が…」 「梢ちゃんがそう言うなら、私は大賛成です〜」  他も、異論はない。 「珠美ちゃん、僕たちの格好は…?」  これも、全員が持っている疑問だ。当たり前である。 「曲がりなりにも幻想世界、相応しい服装というのはあるものです〜」  即答だ。しかし、これだけでは納得がいくわけもない。 「相応しい服装って言っても…」 「RPGにはモンスターが付き物というコトですよ〜」  モンスター? 5人は目を丸くする。 「何でもありってワケ?」 「近いものはありますね〜」  今度は顔を見合わせた。それから、それぞれの格好を。  隆士は上半身を守る軽鎧が何よりも目立つ。腰に差された鞘から、聖柄が顔を出している。  梢は白を基調として、明色で彩られたローブを纏っている。所々、十字の染め上げが見られる。  恵が着ているのはチャイナ服の面影がある、動きやすい服だ。二の腕にはタトゥーが刻まれているが、書いてある文字は読み取れない。  朝美の服装も動きやすさを重視したものらしい。少し地味な色合いではあるが、髪の結び目に差された虹色の羽根がそれを打ち消している。  沙夜子のものは、何よりも「魅せる」ことに重点を置いているようだ。腰に備え付けられた毛皮付きの扇を見てもそれがわかる。  そして、珠実は梢とは対照的に暗色で染め上げられたローブ。途中から折れたとんがり帽子が、いかにもな雰囲気をかもし出している。 「確かに、それっぽい服だけど…あ、装備って言うの?」 「と言った方がしっくり来ますね…」  恵の疑問に、隆士が頷く。 「梢ちゃん、とっても似合ってるです〜♪」 「そ、そうかな…?」  珠実は、角度を次々と変えて彼女の姿を堪能している。梢は照れながらも少し嬉しそうだ。 「それに引き換え〜」  今度は隆士の装備をジロジロ。 「白鳥さんは、全っ然似合わないですねぇ〜」  全然…は言い過ぎだろうが、確かに似合っているとは言いがたい。 「で…でも、これ僕が選んだものじゃないし…」 「まあ、一応は前線向けのようですし〜」  言いながら、腰の鞘に目をやる。そこに全員の視線が集中した。 「あ〜、確かに装備だけならバリバリの『剣士』って感じだわね…」 「け、剣士!?」 「桃さんは、さしずめ武闘家といったトコロですかね〜」  それを聞いて、恵はうんうんと納得する。 「なるほどね……そうなると、梢ちゃんが僧侶で、珠ちゃんは魔法使い? プッ、似合いすぎだわ」 「…桃さ〜ん、聞き捨てならないですよ〜?」 「ねえ、じゃあ私たちは何かなぁ?」と朝美。  珠実は少しの間前後左右から2人を観察し、やがて答えた。 「…あ〜、微妙ですねぇ〜……沙夜子さんは踊り子じゃないかと思うんですけど〜」 「踊り子ねぇ…沙夜ちゃん、ダンスはできる?」  間があってから、眠そうな顔でこくりと首を縦に動かした。 「大丈夫かな……」 「結局、朝美ちゃんの職業はわからないまま、か」 「職業?」  珠実と恵以外の頭上に、疑問符が現れた。 「RPGの世界では、こういうのを『職業』とか『ジョブ』とか言うんです〜」  ふーん…と、わかったようなわからないような表情。続いて、朝美が声をかけた。 「…あのね、珠実お姉ちゃん。さっき、お姉ちゃんの足音が私にだけ聞こえたんだけど……」 「そうそう、珠実ちゃん! 朝美ちゃん、とっても耳が良いんだよ」  ほうほう〜、と考え込むそぶりを見せ、やがて顔を上げて珠実は答える。 「きっと、朝美ちゃんはこの世界に順応してきてるんでしょうねぇ〜」 「じゅん…のう?」 「平たく言えば、この世界に慣れてきたってコトです〜。年齢が低いと順応のスピードも速いみたいですねぇ〜」 「ってことは……」  恵の言葉から、隆士が続ける。 「これから先、僕たちも耳が良くなったりするの?」 「白鳥さんの耳が良くなることはないでしょうね〜」  即答。隆士は軽く落ち込んだ。 「朝美ちゃんの感覚が鋭くなってきているのは、職業のおかげでしょうから〜」 「職業、わかったの?」  珠実は自信ありげに頷く。 「その装備と感覚、狩人のセンが濃いですねぇ〜」 「と言うと?」  先程からの質問攻めに、わざとらしくため息をついてみせる。 「桃さん、ちょっとは自分で考えてくださいです〜」 「狩人って…弓とか銃で狩りをする、あの?」  恵の質問には、隆士が答えた。 「おお〜、白鳥さんの答えでほぼ正解です〜。まあ、これぐらいは常識ですか〜?」 「はは……」  RPG経験者の珠実と恵がいたのは、何も知らない隆士たちにとってかなりの助けになった。  しばらくの間、2人はたっぷりと質問を浴びせられたのであった。 「さて……もう質問はないわよね?」  恵が4人に確認を取る。皆、どうやら納得できたらしい。 「あ〜、最後にひとつだけ〜」  珠実が手を挙げる。そして、隆士に向き直った。 「白鳥さん、ちょっと剣を抜いてみてもらえますか〜?」 「…え?」  突然何を…と言いたげな隆士だが、珠実には考えがあった。 「いざモンスターと戦う時に、剣も満足に抜けないフヌケでは困りますからねぇ〜」 「…フヌケ……」  その言葉がぐさりと心に刺さる。これまで、彼女には色々言われてきたものだ。  珠実は彼の心境を知ってか知らずか、周りに離れるように指示している。  隆士が顔を上げる頃には、全員が彼から一定の距離を保っていた。 「さあ、どうぞ〜」 「わかったよ……」  諦めたように、右手で柄を握る。  すっと息を吸い込み、一気に右腕を持ち上げた。が―― 「うわっとと…」  剣は思いの外重量があった。刃は鉄なのでそれは当然だ。  隆士は重みによってバランスを崩し、抜き身は地面にさくりと刺さった。 「…これは〜……」  腕組みをする珠実と恵。 「期待薄…かもねぇ……」  特に何の反応も示していない沙夜子の隣で、梢と朝美が心配そうに彼を見つめていた…… 「まったく、本っ当に頼りにならない剣士ですねぇ〜」  うう、と嘆きながら、隆士は両手で剣を支える。 「ほっといてよ…剣道もフェンシングもやったことなんてないんだから……」 「剣とは、こうやって扱うのですよ〜」  言いながら、珠実は柄に手をかける。 「よく見ておくです〜」  そして、くっと腕に軽く力を入れた。が―― 「あ〜…?」  重力に逆らうこともなく、切っ先は再び大地に突き刺さった。 「…珠実、ちゃん?」 「……おかしいですねぇ〜…」  いざ実践する直前の自信に満ちた言動から察するに、彼女は片手で軽く持ち上げてみせるつもりだったのだろう。  隆士も、彼女の能力の一角として、自分よりもはるかに強い筋力を何度も見せつけられてきた。  ほんの数秒前までは、彼もその力を信じて疑わなかったのだが…… 「力が入らないです〜…」  演技ではないのだろう。先程までの自信は明らかに翳っている。 「どーしちゃったの、珠ちゃん…」  恵も、心配そうに彼女を見守っている。  珠実は隆士に剣を返し、ため息をついてから話し始めた。 「…どうやら、順応が本格的に始まってきたみたいです〜」 「それって、珠実お姉ちゃんが魔法使いだから?」  さすが、子供は飲み込みが早い。珠実は頷き、 「実際、魔法使いに力は必要ないですからねぇ〜…」  さも残念そうにそう答えた。隆士を見、続ける。 「ああ、安心してください、白鳥さん〜。今後、遅からず白鳥さんの運動能力は高くなっていくと思いますよ〜」 「そ、そう…? だったら安心かな…」 「まあ、最後にモノを言うのは技術なわけですけど〜」  がっくりと、隆士は肩を落とした。 「さって……」  うーんと、恵が伸びをした。 「そろそろ行くですか〜?」 「ずっとここにいたって、ラチがあかないもんねぇ」 「でも、」  不安そうな顔の隆士。 「行くって言っても、どこに…」 「そんなの、後から決めればいいことよ。このまま立ち止まってるより、よっぽど建設的だと思わない?」  確かに、と梢や朝美は首を縦に振る。  そこに珠実が口を挟んだ。 「まあ、ある程度行き先の目星をつける必要はありますけど〜」  言い終えてから、彼女はやや遠くにある丘を見やった。 「高いところから見下ろす、ってワケね」  出発するにしても、当てもなくさまよい続けるよりもはるかにいい。  隆士も納得し、6人は腰を上げた。 「とりあえず、当分の目的は町を見つけることよね」  恵の言葉に、全員が頷く。 「早めに装備を調達しなきゃなりませんねぇ〜」 「やっぱり…お金、かかるんだよね」  朝美らしい心配である。 「灰原さん、ご無事だといいんですけど…」  こちらも梢らしい気遣い。どちらも優先すべき問題なのだ。  ようやく自分の出番が来たとでも言うように、恵は声を張り上げた。 「諸君! 我々が考慮せねばならぬ課題は3つ! ひとつは行動拠点の確保、ひとつは資金の調達、そしてもうひとつは灰原隊員を救出することである!」 「まぁた始まったです〜」  そうは言いながらも、珠実が浮かべているのは楽しそうな表情だ。 「これらの課題に共通する解決策とは〜……」 「解決策とは?」  隆士がオウム返しに訊くと、恵は得意げに自分の腿をぱしっと叩き、 「昔から言うでしょ、『何事も足で稼げ』って!」  そう、自信たっぷりに言ってみせた。 「あ……」  ぴく、と朝美が何かに反応したのはその時だった。  他の面々、特に沙夜子がすぐに彼女の様子に気付く。 「朝美…どうしたの?」  彼女の視線は、どこにも定まっていないように見える。 「……何か、来るみたいなの」  何か? 「もしかして…灰原さんかな」  当てずっぽうに隆士は呟くが、朝美は首を横に振る。 「よくわかんないけど……人じゃ、ない感じなんだ」 「人じゃない…」  つまり、それは―― 「さっきのお話の…モンスター、なんですか?」  梢に尋ねられるが、恵は首を傾げるばかりだ。 「さあ…あたしは音も気配も何も感じないからねぇ…」 「ともかく〜、何があっても不思議じゃないわけですからねぇ〜」  その一言に、彼らは何となく身を構える。 「…あ……来るよ」  間もなく、先程珠実が出てきた森の茂みががさりと動いた。 「………………」  自然と、緊張が走る。  そこから現れたのは――  果たして、それは日常では到底見ることなどあり得ないモノ。  …それは大げさな表現だろうか?  適度にデフォルメされた狼の頭部にそのまま尻尾が付いただけの、どちらかと言うと愛嬌がある存在。  しかし、その存在が現実にいるはずのないことは誰の目にも明らかだった。 「…あれが、モンスター……」  ごく、と固唾を呑む。  いよいよ冗談ではないのだ――そう思うのは当然だろう。 「モンスター…って言うからには、襲ってきたりするんでしょうか?」 「十分に考えられることではありますねぇ〜」  即答。なぜここまで平静を保っていられるのだろうと、隆士は疑問に思う。 「戦って…倒すんですよね……」  モンスターを見つめながら、梢は誰にともなく尋ねた。  生き物を傷つけることが心優しい彼女にとってどれだけ酷なことであるか、隆士たちには手に取るようにわかる。だが、それでも…… 「…梢ちゃん、これは…仕方のないことなんです〜…」  珠実に続き、恵も彼女を諭す。 「ねえ、梢ちゃん。今、あたしたちがいるのは夢の中なわけでさ…だから何してもいいって言うわけじゃないけど…」  自分を納得させるように梢は首を縦に動かし、笑顔を作ってみせた。 「…そうですよね。これは、夢…なんですよね」  そう、自分に言い聞かせる。 「……白鳥さん」 「えっ…なに?」  突然名を呼ばれ、隆士は少し驚いた。 「…頑張って…ください」 「あ……う、うん」 「……って、頑張る?」  隆士は梢を見た。彼女はきょとんとしている。 「え? だって、今からモンスターと戦うんじゃ…」 「ぼ、僕が…!?」  彼らのやり取りを見、珠実と恵はニヤリとあくどい笑みを浮かべた。 「それじゃあ、白鳥さん〜」 「…な、何、珠実ちゃん…?」 「白鳥クン、頑張って…ね!」  どん、と背中を押され、隆士は前に出た。 「な、何で僕が…」  文句を口にした瞬間、モンスターは彼の存在に気が付いた。 「あ……」  ウル が 1体出た! 『――!?』 「…い、今の……」 「文字がいきなり飛び出してきた……」 「…ホント、何でもアリだわね……」 「これはちょっとこだわり過ぎですねぇ〜…」  コマンド? 「うわっ、また…」 「…戦闘が始まると、あの文字が出てくるみたいですねぇ〜」 「お母さん、びっくりしたよね…」 「……びっくりね……」 「それで…」 「ん〜…まあ、ガンバよ!」 「えぇ!?」 「白鳥さんしか、武器を持ってる人はいないですし〜」 「そ、そんな…」 「さあさあ、じっくり見せてもらうわよ、戦いぶり!」 「…お兄ちゃん、頑張ってね…」 「……うん……」 「あ…こっちに走ってきますよ!?」  ウル の こうげき! 「うわあっ!?」  しかし ウル の こうげきは はずれた! 「反撃よ、白鳥くん!」 「うぅ…わかりました…」  リュウシ の こうげき! 「く…てやあっ!!」  しかし リュウシ の こうげきは はずれた! 「白鳥さ〜ん、ちゃんと当ててくださいです〜」 「無茶…言わないでよ…」  リュウシ の こうげき! 「やあっ!」  しかし リュウシ の こうげきは はずれた! 「ちょっとちょっと、当たってないわよ〜!」 「ていうか桃乃さん! 武闘家って武器なしでも戦えるんじゃないんですか!?」  ウル の こうげき! 「わわっ!」  リュウシ は こうげきを かわした! 「あたし、今回は様子見ってコトでさ〜」 「そんなぁ……」 「…し、白鳥さん! 後ろっ!」  ウル は たいあたり を しかけた! 「え…っ!?」  リュウシ の こうげき! 「おやぁ〜…」 「お、おおぅ…」  あいぬき が きまった!  リュウシ に 10 の ダメージ!  ウル に 38 の ダメージ!  ウル を たおした! 「…あ、あれ? 今……」 「あ〜…倒しちゃったですねぇ〜…」 「完全なマグレだわね…」 「お兄ちゃん、かっこいい…」 「あのー、僕……」 「まあ、とりあえずはおめでとうございますです〜」 「運が良かったからとは言え、こりゃ幸先がいいわねぇ…お?」  メグミ は せんりひんとして 30チョイ てにいれた! 「これ…お金だわ」  恵は3枚の銀貨をまじまじと見ながらそう言った。 「なるほど、モンスターを倒して貯まるならおサイフの心配は少ないですねぇ〜」 「それはいいんだけど…『チョイ』って?」  先程の“文字”に疑問を持ったらしい隆士が誰にともなく訊く。 「コレの価値が30ちょいってコトかしらねぇ?」 「随分とアバウトな表示です〜」  銀貨の片面には、月と星がひとつずつ描かれている。  その裏を見ると、日本の硬貨のように大きく『10』と書かれていた。 「だったらこれ、正確じゃない表記ってことですか…」 「ああ、価値の変動が激しいのかもしれないわね」 「お金というのは価値がある程度一定だから成り立っているんです〜」  などと、この貨幣を巡ってひと時、論議が交わされた。 「あーもう、わからんわ…」  それは数分続いたが、結局大した結論も出ず、恵は諦めたように伸びをした。 「……お金の…単位じゃないかしら……」  突然、沙夜子が呟く。 「…あ…言われてみれば」  それなら別段、価値の変動が大きいわけでは(おそらく)ないと言える。  考えるほど、彼女の発言が正しいもののように思えてきた。 「にしても『チョイ』って…」 「センスがあるのかないのか、よくわかりませんね…」  隆士が、不慣れな手つきで剣を鞘に収める。  それを見届けた後、恵は天に向かって思い切り拳を突き出した。 「さあ、出発するぞ野郎共ぉ!!」 「お〜いえ〜」 「おー!」 「…お〜……」  かけ声一発で盛り上がる4人の横で、隆士は梢の肩をポンと叩いた。 「梢ちゃん、そろそろ出発…」  ……しかし、反応がない。がっくりとうなだれているようで、顔が見えない。 「…梢ちゃん?」  異変を感じ取り、珠実が近寄る。 「白鳥さん、ま〜た何かしたんですか〜?」 「え、いや、違うけど…」  全員が彼女を見、心なしか不安げに眉をひそめる。 「…やっぱりさ、動物を傷つけることは梢ちゃんにとってショックが大きかったのかもね……」 「かわいかったよね…。私も、ちょっとかわいそうだなって思ったもん…」 「梢ちゃん…健気です〜…」  もっとも、『とても心配している』節はそれほど見えない。これから起こることを何となく予想しているためだろうか。 「…ぅん……」  やがて、彼女は小さな声を発した。 「大丈夫?」  隆士が尋ねる。その瞬間、彼女の体はぴくりと強張った。 「…………?」  無言で、彼は後ろを振り向く。しかし、恵たちはそろって首を傾げるばかりだ。 「…ねぇ、こず」 「ホ……」  再び、彼女の声。だが、明らかに様子がおかしい。 「……ほ?」  隆士が訝しげに反芻した直後、彼女は首をバッと上げた。 163 名前: ↑書いた人 [sage 改行規制テラウザスorz] 投稿日: 2005/06/20(月) 22:50:36 ID:8xi/VhqX 最後の方がぐちゃぐちゃorz ってか、本当に遅くなりました。楽しみにしていただいた方、申し訳も面目もありません…。 …とりあえず、次回は誰よりも早くあの人が登場です。乞うご期待。 それと、今回の文中にはとあるゲームのパロディが含まれていたりします。 「ここはアレを使おう」と考えながら入れた部分が合計で5つ。どれも違うゲームから使わせていただきました。 それほどコアなパロディではありませんが、一人で全部はわからないかと…多分。 次にどなたか投下されるまで、ちびちびと考えてやってください。 えーと、次回は今週中にできるか微妙ですね…orz