---------- コイゴコロ ----------  双葉台。  通っている専門学校は、この街にはない。  それでも、彼はこの駅で一度電車を降りる。  向かうのは、公園。 「……おはよ」 「お、おはようございます…わ」  お互い、友達と交わすものとは少し違う、ぎこちなさの残る挨拶。  二人の一日は、ここから始まる。 「これ…」  彼女は、何かが入った可愛らしい袋を差し出し、彼はそれを受け取る。 「なんか…いつも悪いな」 「このくらい、朝飯前ですわ!」  扇子を広げ、少し自慢げに扇いでみせる。 「…確かに朝飯の前に作るモンだよな」 「そういう意味じゃ…まあ、そうなんですけど…」  少し見当外れな答えじゃないかと、彼女は思う。 「大事に食うよ」  彼はそう言って微笑み、彼女もそれにつられて顔をほころばせる。 「今日もお互い、頑張ろうぜ」 「そ、そうですわね…」 「それじゃ、また夕方にな」  そう言い残して、彼は踵を返した。 「まさか、あいつが風邪だなんてな〜」 「去年は一回も休んだことなかったのにね」  そんな会話を交わしながら、三人は食堂へ入る。 「まあ、私たちも皆勤だけどね」 「アレだな、バカは風邪引かないってやつ?」 「…あんた、言ってて悲しくなんない?」  テーブルに着き、それぞれの昼食を取り出す。 「あ、今日も彼女のお弁当?」 「エローリ…」 「バーカ、そんなんじゃねぇって言ってるだろ」  ハエにまとわりつかれたような顔をしながら、彼は弁当箱のフタを開ける。  色とりどり、と言うには少し足りないかもしれない。でも、真心はひしひしと伝わってくる。そんな弁当だ。 「お弁当作って渡すなんて、恋人じゃなきゃ何なのよ」 「いいから、サッサと食おうぜ」 「あ、ちょっとだけ食べさせてよ」  言いながら、弁当をのぞき込む。 「おい、駄目だって!」 「いいじゃない、減るもんじゃないんだし〜」 「食えば減るだろ!」  弁当箱を高く持ち上げ、“絶対にやらん”体勢を決め込む。 「…はぁ、本当にちょっとだけだからな」  結局、二人が相手では守りきれるわけもなく、彼は諦めて弁当箱をテーブルに置いた。 「やった♪」  彼女は嬉しそうにそう言い、小さい唐揚げをひとつ口に入れる。 「…どう? おいしいの?」 「…うん、おいしい。ちょっと味付けが濃い目だけど…何て言うか、『頑張って作ったんだ』って感じがする」 「そう…か?」  少しだけ照れ臭そうに、彼は呟いた。 「……またお昼抜きなの?」  空の牛乳パックにささったストローをくわえたまま、彼女はベコベコと呼吸する。 「それ、返事かいな…」  友人は、片や心配そうに、片や変なものを見る目つきで彼女を見ている。 「ホントに、どうしちゃったの?」  小柄な、碧髪の友人が尋ねてくる。 「ふっ……」  彼女は突然ストローから口を離して立ち上がり、 「お気遣いはご無用でしてよ! 私はようやく」  ゴッ、  鈍い音が響き、次の瞬間には彼女は頭を抱えてうずくまっていた。 「〜〜〜〜〜っぁ……」 「いきなり叫ぶな、恥ずかしゅうてかなわんわ」大阪弁を操る友人の左手には、漢語林が一冊。 「だ、大丈夫……?」  しかし、今の彼女はこの程度ではへこたれなかった。 「…ふ、ふふ……」 「……壊れよったか?」  間もなく立ち直り、再び… 「オーッホッホ! あなたたちが今の私の心境を知ることなどできはしませんわ! せめてあと十年ばッ!?」  再び、床に崩れ落ちた。 「ホンマに、うるさい言うてるやないか」  そう呟く彼女の右手には、広辞苑(ケース入り)が光っていた…… 「じゃあ、また来週ね」 「おう」 「またね〜」  別れの挨拶を交わしながら、二人は賑やかな教室を出た。  廊下を歩いていると、銀雅が向こうから歩いてくる。 「先生、さようなら〜」そう声を揃えて一礼する。 「はいはい、また来週〜♪」  駅までの近道、二人は人通りのまばらな道路を歩いていた。 「な〜んか…幸せそうよねー、あいつ」  隣の友人に、話しかける。 「そうだね…」  ……それきり、会話は途切れる。  また、道を歩く。 「もしかして、ヤキモチ?」  少し経って、彼女はそう尋ねた。 「そうかも。…あんたは? うらやましいとか、思わないの?」 「私は絵を描いてるだけで楽しいからね。恋人って、いなくちゃ困るってわけでもないし」 「そっか……いいよね、絵の才能があるのって」  そう呟いて、彼女は少しうつむく。 「そ、そうかな?」 「私なんて、絵がそんなに上手いわけじゃないしさ。あんたとか…あいつも、いつもはああだけど、絵は凄く上手いし」  もう一人の友人は、言うまでもないし――口には出さないけれど、心の中でそう言う。 「昔から付き合いがある友達も、気がついたらみんな恋人できちゃってるしね。…あんただけよ、例外」  ――ほんと、妬ける。 「………………」 「……こうやって周りを見るとさ、ちょっと孤独だなって感じるんだ……」  また、沈黙が訪れる。  二人は、黙ったまま道を歩いていく。 「……好きな人、いないの?」  先に口を開いたのは、またしても友人だった。 「好き…って言うか、ちょっといいなって思う人はいるけど」 「じゃあ、その人に会ってみたらいいじゃない」  それを聞いて、彼女は苦笑いを浮かべる。 「…結構、年の差あるんだよね」 「それって、あの腹話術のおじさん?」  友人の住む――鳴滝荘の住人だ。 「…何でわかったの?」 「あのアパートに遊びに行った時はいつも顔を見てるからね〜」  友人の目は、誤魔化せないってことかな――心の中で、そう呟く。 「別に、年の差あったっていいと思うけどね。あの人、シブくてカッコイイと思うよ?」 「あんたもそう思う?」自然と、彼女の声は明るさを帯びる。 「……やっぱり」  うん、と一人で頷き、 「チャレンジあるのみ、だもんね」 「そうそう! 私は全力で応援するからね!」 「待ったか?」  訊きながら、彼は公園に足を踏み入れる。視線の先には、彼女が。 「…そんなに、待ってはいないですわ」 「なら、いいんだけど」  ――嘘、なんだろうな。彼はそう判断する。 「…風邪引くぞ、お前」  ぶっきらぼうに言いながらも、着ていた薄手のジャケットを渡す。 「……ありがと……」  聞き取れるか聞き取れないかの小さな声で礼を言い、彼女はそれを羽織る。 「美味かったぞ、弁当」  朝よりは軽くなった、袋を差し出す。 「あ、当たり前ですわ! この私が作ったんですから」  ホホホと、それを受け取りながら高笑いの仕草をする。彼はその様子を見、静かに尋ねた。 「…お前、ちょっとやせたか?」 「え?」 「やせたろ?」  自覚がないのか、彼女は首をかしげる。  軽くため息をつき、彼は言った。 「飯抜いたら、成長もしないだろ。やめとけよ」 「あ……」 「一日三食ちゃんと食って、俺は何をするにもそれからだと思うぜ」  しばらくの間、彼女はぼうっと彼の言葉を反芻していた。あまり他の人の言うことを聞くのは気が進まない。でも…… 「…そう、ですわね。まずは三食摂って、牛乳はそのついでに飲めば…」 「牛乳?」  聞き返され、口を滑らせたことに気づく。 「なっ……何でもないですわ!!」  顔を真っ赤にして大声を上げる彼女を見て、ふっと笑いをこぼす。 「まあ、牛乳の成果が出る日を楽しみにしといてやるよ」 「〜〜っ……」  顔は赤いまま、彼女は怒鳴るのをやめる。 「…ゼッタイに、見返してやるんだからぁ……」 「ん? 何か言ったか?」  彼が近寄る。はっと顔を上げ、彼女は一歩後退した。 「ななな、何でもありませんわ!! それより、そろそろ帰らないと!」 「ああ、そうだな……それじゃ」  彼女の肩からジャケットをつかみ上げ、袖を通す。 「気、つけろよ」  そのまま、公園の出口へと向かう。 「…ちょっと!」  後ろから彼女の声が聞こえ、足を止める。 「……また、来週も……」  最後の方は良く聞こえなかった。来週も待ってる、みたいなことを言ったんだろうと、彼は勝手に解釈する。 「…またな」  後ろ向きに、右手を振った。ちゃんと毎日来るさ。そう言ってやる代わりに。 53 :名無しさん@ピンキー:2005/05/30(月) 22:54:53 ID:vgkXb5tG と、サクッと書いた短編でした。いかがでしたか? 途中、釘バットメインのシーンを作ってしまったのは自分でも疑問で(PAM エロールとみっちゃんって、そんなにラブラブじゃないんですね。書いてて「クド…」とかは思わなかったです。 …先に言っておくべきでしたが、WING4&7月号を読まなきゃあまり内容がわからないかも… まだ読んでいない人、すみません。