-------- 〜ゆめ〜 -------- 「あれ……」  ――あいつ、どこ行ったんだ? 「……おーい」  最初は、少し遠慮がちに。でも、多分聞こえてもいないと思う。 「どこ行ったー?」  今度は少し大声で。  ……まだ、返事は返ってこない。 「ったく……」  小さく悪態をつきながら、俺はその中へ足を踏み入れた。  この場所を初めて訪れたのは、高校の修学旅行だった。  ……こんなのを、廃墟って言うんだな。  初見でそう思うくらい、この場所は文句なしに廃墟だった。  壁や天井は所々崩れ落ち、日の当たらない場所は例外なく苔むしている。  名も知らない細い木が、ちょうど朝顔が支柱に沿って育っていくように、この建物に張り付いて天へとその幹を伸ばしている。  誰もいない、誰も訪れることのない、山の麓にひっそりと佇むこの建物を、俺はあの時に初めて見たんだ。  ……あいつも、修学旅行の時にこの場所を初めて見た。見上げるために首を上に向けすぎて、バランスを崩したっけ。  俺たちはこの場所をいっぺんに気に入った。そして、今またここを訪れている。 「……どこだよ、まったく」  片手で真っ赤なリンゴをもてあそびながら、俺は周りを見回した。……何かが動く気配すらない。いや、それは当然なのだけど。  ――ほんと、いつまで経ってもガキなんだもんな。 ふう、とため息をつき、俺は廊下だったらしい所へ入っていく。  ずんずん歩き、角を折れると、そこには階段があった。……ただし、もう利用はできなさそうな。  諦めて、もと来た道を戻る。途中、から、という音と共に頭に何かがぶつかった。  石の欠片だった。ふーん、と呟き、そのまま最初の広間に戻る。 「つーか、さっさと出て来いよな……」  近くにいれば聞こえるように、わざと大声で独り言を言う。……だが、やっぱり反応はない。この辺りにいないわけはないんだけど。 「……食っちまうかなー、これ」  がたん、と今度は反応があった。しかも、相当近い。  食い意地だけは隠せないのな、と心の中で小馬鹿にしながら、音の出た場所へ向かう。 「おい、さっさと降りてこいって」 頭上にぽっかりと空いた、上の階に繋がっているらしき穴。どうやって上がったのかは知らないけど、降りてもらわなきゃ話にならない。 「……あーあ、最悪」 上から呟きが聞こえ、すぐに顔をのぞかせた。 「何やってんだ、お前」 少しだけバツの悪そうな笑みと共に、 「ちょっと困らせてやろうと思ったんだけどね。失敗しちゃったわ」 そう言った。 「で?」 「ん?」 ん、じゃないっての。 「何で降りてこないんだよ?」 「………………」 答えろって。 「……ホントに食っちまうぞ、リンゴ」 そう言うと、また上から顔が出てくる。 「カンベンしてよ」 「じゃあ降りろって」 ……まだ来ない。何となく理由は察したけど、このままにしておくのも面白いかな。 右手のリンゴを、口まで持っていく。 「ちょ、ちょっと! 食べないでっての!」 「だったら降りろって言ってるだろ」 うう、とうめき声のようなものが聞こえ、 「……降りられなくなっちゃったのよ!」  ――ホント、世話が焼ける。 「……何で降りられない場所に上れるんだよ」 そう訊くと、俺の足元の辺りをあごでしゃくる。 下を見ると、なるほど、こいつが足場に使ったらしい柱の残骸が転がっている。 「これ崩したのか?」 「もともとボロボロだったの!」  はあ、とわざとらしくため息をついて見せる。 「……降りろよ、手貸してやるから」  そう言って、リンゴを持ち替えて右手を伸ばす。 「うん……」 お互いの手が触れるか触れないかという所で、  がら…… と、あいつが乗っているあたりはあっけなく崩れた。 「え――!?」 「んのっ、バカ……!」  咄嗟にリンゴを放り捨て、落ちてくる体を受け止める。崩れた天井の石が次々と体に当たる。そんなに痛くはない。 「――いでっ」  最後の一個が、顔に直撃した…… 「……だっ、大丈夫!?」 「……じゃねー……かな」  なんて言えるってことは、割と大丈夫だったらしい。 「あの……ゴメン」 「ホントだよ、このバカ」 「……ごめん」  見る見るうちにしょげていく顔。あまり見たくない顔だ。 「いいから……そろそろ降りてくれないか?」  今の体勢は、両腕でこいつの背中と足を支えている状態。つまり―― 「……あ、あ〜〜っ!!」  ――よりにもよって、お姫様だっこかよ―― 「はぁ……どうなるかと思った」  廃墟の外壁に二人でもたれ、座っている。 「……あたしも、びっくりした」  それで済んだから、いいけどさ。 「……リンゴ……」  別に、一個ダメになったくらいで…… 「向こうの木に、まだいくらでもなってるって」  突然、きょとんとした顔で俺を見る。 「へ……あるの?」 「はあ?」  ……知らなかったのか? 「……なーんだ。じゃ、採りに行こ?」  すくっと立ち上がる。 「反省しろ、少しは」 「いいじゃん、お互い無事だったんだし」  頼む、本当に反省してくれ。 「フレームが曲がった」 「そんなの、二千円もあれば直るじゃん。それに、メガネ外しても見れるカオだし」 「そういう問題じゃないっての……」  言いながら、俺も腰を上げる。 「ほら……こっちだぞ、リンゴの木」 「おーっ♪」  ――夢か。見慣れた天井が視界に入ってから、そう理解する。  去年……いや、もうすぐ二年になるか。  早いもんだな――呟きながら、体を起こす。 「……そろそろ……顔、見に行くかな」  メガネをかけ、カレンダーに目をやる。  ――二月くらいには、向こうに行けそうかな。  ペンを取る。白いシンプルな便箋に、スラスラと文を綴っていく。近況報告なんかじゃなく、  “一度、帰ろうと思うんだ”  この一言から始めて。  ――十二月のその日、俺はエアメールを投函した。日本にいる、あいつへの手紙を。 10 :〜ゆめ〜:2005/05/29(日) 21:16:42 ID:spQaM792 というわけで、新スレ記念のSS投下でした。 >>1氏、乙&GJです! さて…今回はこの2人の話を書いてみたわけですが、何というか、鳴滝荘より書きやすいんですね… ネタが縛られてないからかも知れません。 で、あえて名前を出さなかったのは、 読み手の皆さんがどこで「ああ、この2人か」と気づくのかが知りたかったからです。 それにもお答えしていただければ幸いです。では。