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<やきうコラム 第1回>

野口 茂樹(中日ドラゴンズ)


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やっぱり、スタートを飾るにふさわしい選手というコトで

セ・リーグを代表する左腕に成長した中日の野口 茂樹投手を取り上げます。

僕は、野手と投手とどちらが好きかというと投手なので、

必然的に投手を取り上げる事が多くなります。

 

入団当時の野口投手を知る人は、皆、現在を見ると感慨深いものがあります。

というのは、野口投手は凄まじいノーコンだったのです!

エピソードがイロイロありまして、

北谷(ちゃたん)の春季キャンプでのブルペンの事ですが、

ボールがミットに収まらずワンバウンドするので危なくて、

キャッチャーがみんな嫌がって取ってくれないとか、

余りのノーコンで試合にならないので、試合終了までベンチの横に立たされたりとか、

罰で坊主頭に2回させられたりとか、

それはもう、たくさん、たくさん、あります。

 

試合でも、コントロールがないため、キャッチャーのリードも(右バッターなら)外、一辺倒。

内角に投げさせると、真ん中に入ったり、ぶつけてしまうからでしょう。

起用方法も、敗戦の中継ぎでした。

ついでに、パワプロでもコントロールEで、僕はエディットで他の投手に変えてました。

使い物になりませんもの。

パワプロでコントロールが悪いというコトは、ど真ん中に失投する確率が上がるというコトで、

コンピュータはそれをホームランにする確率が高いのです。

 

転機は、天下の巨人戦でノーヒットノーランを決めてからでしょう。

それからすぐに劇的に変わったわけではないですが、

野口投手の野球人生を見ると、そう位置付けられます。

 

野口投手が飛躍した1998年。

中日では左腕のエース格の今中投手の故障による一軍離脱、

投壊している投手陣の立てなおしに宮田コーチの就任など

チーム内の投手の内容が変わりました。

狭いナゴヤ球場では、少々点を取られても打ち返して取り返せば良かったのですが、

ナゴヤドームではそう簡単には行きません。

星野監督もディフェンス重視のチーム構成への変更に取り組んでいて、

大豊・矢野選手と久慈・関川選手の大型トレードを断行しています。

この2人の他に桧山選手と中村捕手もトレードのメンバーに入っていたそうですけど。

 

まず、ストライクが取れるようになりました。

ワンツーとかノーツーなどカウントが投手に不利なとき、

右バッターのアウトロー(左バッターのインサイド)の真っ直ぐで

ストライクが取れるようになりました。

このアウトローの真っ直ぐが生命線になっています。

今は、変化球で入ったりしてますけどね。

 

ビデオなどの解析技術が進み、投手は何種類か変化球が投げれる事が

前提になっています。

変化球全盛の現在、なんと、野口投手は真っ直ぐとスライダーだけなのです。

解説者の方が『カーブ』と言ってますが、

アレは厳密には抜いたスライダーです。

解説者がカーブとスライダーの分け方は、

基本的にストレートと比べて球速が遅ければカーブと言ってるだけです。

で、野口投手は、140キロ半ばのストレート、130キロ前後のスライダー、

120キロ前後の抜いたスライダー(カーブ)を投げています。

 

さっき、アウトローの真っ直ぐが生命線と言いましたが、

バッターがスライダーを振るのは、あのストレートだと思って振っています。

スライダーは、ストレートと球筋が同じでベース付近でクッと落ちるのです。

だから、あの真っ直ぐが、意味があるのです。

意識させるという意味がね。

 

2001年度、野口投手は、1試合16三振(セ・リーグ、タイ記録)、

4試合連続無四球完投(プロ野球タイ記録)

と、名投手の記録にならんでしまいました。

野口投手を知る関係者は、みな「変われば変わるもんだ」と言ってます。

 

そうそう、テレビで野口投手を見ていて下さい。

次の事を必ずします。

ファウルされた時、審判がボールを投手に投げます。

その時、野口投手は帽子を取って、審判におじぎします。

あと、ヒーローインタビューに呼ばれた時、

「(捕手の)中村さんのリード通りに投げただけです。

中村さんのおかげです」って言います。

そりゃもう、いつも!!

最近は、アナウンサーも心得たもので、

「勝てたのは、中村さんのおかげですか(苦笑)?」って聞いてます。

 

2001年度は、最優秀防御率、最多奪三振のタイトルを取りました。

しかし、この程度ではもうファンは納得してくれません。

来年はコレに加えて、最多勝と沢村賞も取らないと、ね(笑)?