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文章の書き方

著者:辰濃和男
640円、239ページ、岩波新書
ISBN4-00-430328-1 C0295

 『文章の書き方』、全くひねりのない本の題だけれども、あたかも自分は文章の達人だ、 だからこの私が書いた本は優れているから読んでみなさい、といった本の題よりは よっぽど良いのではないだろうか。この本にはそういった高慢なところが一切ない。
 この本は三つの巻に分けられており、それぞれに「広場無欲感」「平均遊具品」「整正新選流」 という名前が付けられている。名前が何の事だかさっぱりだが、 これは巻の主題に使われている単語を1文字づつ、出てくる主題の順に並べたものだ。 つまり、一つの巻の中に五つの主題が存在する。 「広場無欲感」というこの未知の単語は 「広い円、場(現場)、無(無心、白紙)、良く(意欲)、感覚」の五つの単語から来ているようだ。 三つの巻の名前がこうなるようにわざわざ色々並び替えたりして決めたらしいのだが、 それを可能にしたのはどこからでも読んでもらえるようにした氏の手腕だ。 どこから読んでもいいというのは少し嬉しい。 どこから読んでもいいという本はなかなか無いし、また堅苦しさも感じられない。 巻の名前からも、興味を持ってこの本を呼んでいただけたらなという姿勢の低さがうかがえる。
 項をめくると、これでもかこれでもかというくらいに著名な方の文章が引用されている。 引用しすぎではないかと危惧を抱くことはある。しかしこれがまた適切な文をうまく引用していて、 氏が教えようとする内容に説得力がついてくる。ただ引用の量は人によって好みがあって、 引用の量が多いことを快く思わない人もいるかもしれない。 準備の大切さを説くために池波正太郎氏のおいしそうな食べ物の文を出す、 また時には具体的に物を見ることの大切さを見ることの大切さを教えるために 幸田文氏の文を引っ張ってくる。 多少挿話に近いものもあって、色々な人の文章が次々と出てくるため退屈しない。
 肝心の氏の文章はどうなのかというと、余計な単語や文をあまり書いていない。 ともすれば味気ないけれども、自分が伝えようとしていることを分かってほしいという 気持ちは伝わってくる。余計なものが書かれていないのは書こうとしているものが はっきりとらえられていて、氏がそれをしっかり理解しているからに違いない。 好きな人に恋文を書いても気持ちが定まっていないと、余計なことばかり書いてしまって、 まったく清書ができないということになりはしないだろうか。 とかくこういう、人に物を教える本では力んだり見栄を張ったりして、捉えた物の映像がぶれ、 余計なものを書いてしまうことが多い。
 作品中で分かりやすい文章を、と言っているだけのことはあり、 作品はよくわかる文章でとてもさっぱりしている。 押し付けがましくなく、内容がすんなりと頭の中に入り込んでくる。 内容は非常に的を得ている。特に具体性と現場を見ることの大切さが文章に必要だというのが、 氏の朝日新聞社に勤務していたという経験によってよく伝わってくる。
 読んでみると結構勉強になる。 自分の文章に納得がいかなかったり改善したいと思ったりしたときに この本を読んでみれば力になるだろう。 またそれだけのことがこの本には書いてある。 『文章の書き方』は意外と、読み物として読んでも悪くない。
(平成十四年十月二十五日作成)


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