蛍川・泥の河
著者:宮本輝
362円、190ページ、新潮文庫
ISBN4-10-130709-1 C193
『蛍川』と『泥の河』、どちらも昭和三十年代を背景に描いた作品である。
それなのにあまり古さというものを感じない。
話一つは大体90ページくらいになる。
分類するならば中編小説という呼び方がふさわしい。
その時代にはまだ生を受けていないのでよく分からないが、その時代の雰囲気、
その時代に生きる人のある種の懸命さが伝わってくる。
昭和三十年代といえば戦争が終結して、徐々に日本が復興してゆく頃である。
街が焼け野原になり全てを失った人々がかつての生活を少しづつ取り戻し、
極めて希望のある時代であった。新しく商売や事業を始めたりする者が出て、
より良い生活を求めるもの達の活力によって街はすごく活気づいていた。
そんな雰囲気がこの作品に思いを託せば出てくる。
どちらかというと『泥の川』のほうがその頃特有の雰囲気が出ている。
『蛍川』はそういったものは比較的薄いものの、
決して話の面白さが『泥の川』に劣るわけではない。
『蛍川』には蛍川の良さがある。
文章は非常に分かりやすく、すらすらと読めてしまうのが
当たり前のように感じられてしまうのが怖い。
なんでもない感じなのだが、その何気なさに逆に力がある。
模試に出題されたこともあり、良さを裏打ちしている。
分かりにくい文章であるならばテストに出題されたりはしない。
模試のあとにこの作品を偶然読んだのだが、模試に出たことをはっきりと覚えている。
そのテストでは登場人物の心境を問うものが多かった。
両作品とも心境の変化などはとても分かりやすく、
読み返せば自分なりの解釈というのはいとも簡単に出来る。
『泥の川』は人情味があふれていて、人間の生活が妙に生々しい。
生活感がよく出ていて、人間をいきいきと描かれている。
『蛍川』は心理描写がしっかりととらえられている。
出来事をうまく消化して感情の変化へとつなげられている。
そのへんがおそらく氏の狙いだろう。
どちらも死というものときちんと向き合っていて、
うまく活用されているところも見逃してはならない。
そこがどこか軽々しい作品とおとしめられずに済んだ一因であるように思える。
(平成十四年十二月十日改訂)