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生きものたちの部屋

著者:宮本輝
400円、212ページ、新潮文庫
ISBN4-10-130711-3 C0195

この作品は平成六年から七年あたりに執筆されたエッセイである。 とは言っても、書いた時期に関連がある話というのはわずかで、 大抵はいつのことだかこだわっていないものばかりだ。 つまり時事に関するものではなくいつ読んでも通用するものばかりで、 発刊してから時間がたつほど文章に伝える力がなくなるということはない。
氏の作品を一度も読んだことのない方にはこの作品を読むことを薦めることはできない。 エッセイというのは、作者に近づくための本であり、 生活ないし好みなど小説を読んでいるだけでは知ることのできない部分を覗いて見る行為に近い。 一種の、作者から読み手への一方通行の会話に近いかもしれない。 作者への興味があったほうが身を入れて読むことができるだろう。 初めて読む作家の作品がエッセイであったら、 読みに気持ちが入らずなかなか困るものではないだろうか。 この作品も作者への興味があったほうが楽しく読むことができる内容になっている。 氏の作品を数多く読んでいて、かつ氏に興味を持てているならば、 満足のいくものだろう。
いたるところに作者の考えや価値観が書かれてあり、 一般的なエッセイという感じはする。 話題を殺さない程度にうまく展開されており、文のバランスが考えられている。 また、惜しまずに手の内を見せるのでどこかしら好感が持てる。 普通はあまり不用意に舞台の裏側を見せるようなことはしないと思うのだが、 この作品はあえて見せている。そのあたりが他のエッセイとは一味違うようだ。
注目すべきは話の締めだ。 なんでもそうなのだが、締めくくりというのはなかなか難しいものである。 話でも日記でもなんでもいいので文章を書いてみるとよく分かるのではないかと思われる。 最後の一文がうまくまとまらないのだ。 その点この作品の締めはうまくできている。 ちょうどいい具合に話が集約され、読み終わった後にさっぱりとした余韻が残る。 一つ一つがちゃんと切れているため、存在感がありそれぞれが独立している。
エッセイを読んで作家に親しさを感じたり、 人間味を感じてほっとするのは気のせいだろうか。 それは作家と読み手の距離からくるものであろう。 『生きものたちの部屋』もそういう作品の一つなのだが、 よりよい効果を得るためにはやはり氏の小説を一度でも読んでおくことを今一度提案しておきたい。
(平成十四年十二月十二日作成)


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