しろばんば
著者:井上靖
705円、531ページ、新潮文庫
ISBN4-10-106312-5 C0193
この作品はある村にすむ人達を題材とした長編小説となっている。
村といえば自然を連想するけれども、その自然を誇張せずに極めて簡潔に手短に書いている。
地味ではあるがその簡潔さが、自然の描写に現実味を帯びさせる。
この小説の注目すべきところは、どうだという自分の文章を見せびらかせて
自慢するようなところもなく、文章を難しく書いたりもしないところである。
ひたすら分かりやすい文章に徹し、読み手にやさしい作りとなっている。
あまり癖が強くなく、飾り気のある文章が好きな人にはあまり馴染めないかもしれない。
しかし、そういう文章に挑戦するのには悪くない作品だ。
村というものにはとりわけ、子供と老人という存在が重要だ。
老人は受け継がれてきた知恵を伝え、経験に裏付けられた助言を与える。
子供はその村で育ち、村の将来を担う。ゆくゆくは老人となり老人の役割を果たす。
これの繰り返しで村は成り立ってきたわけであるが、
一つの周期を形成する上で両者というのはなくてはならない。
この小説は子供、老人というのをなかなか良く書けていて、
老人は会話における文章が秀逸である。
年をとると現れる我の強さがうまく出て、言葉の背景には優しさが見受けられ、どことなく味がある。
子供は文章の素直さというものが子供本来の素直さとなって現れている。
また、心の動きというものもきちんととらえられており、納得のいくものとなっている。
両者の生み出す村の持つ雰囲気というものがこちらにも伝わってくる。
それがこの小説を面白く感じるための一つの鍵となっている。
この作品は前編と後編が存在し、温かみがあるのが特徴でもある。
(平成十四年七月七日作成)