人形館の殺人
著者:綾辻行人
629円、384ページ、講談社文庫
ISBN4-06-185388-0 C0193
この作品は館シリーズと呼ばれる長編ミステリー小説の四作目である。
シリーズ化に伴う利点と欠点を併せ持つ作品でもある。
この作品における欠点とは、これまでのシリーズの作品にでてきた固有名詞が出てくるという事だ。
これまでのを読んだことがない人を取り残しかねない。
また注釈として、参照と書かれているのが、
いかにも買ってくださいと言っているようでよろしくない。
ともすると読み手を選別しかねない。
利点は「人形館」という現実にありえなさそうな建物を違和感なく登場させることができる点にある。
一作目は「十角館」であり、二作目は「水車館」である。
シリーズによる時制は同じらしく、これらのような奇妙な「館」があるのなら、
同じく「人形館」があってもおかしくないだろうということになる。
この小説ではシリーズ化による欠点のほうが目立っているように思われる。
欠点は読み進めていたとしても後々までひびいてくる可能性があるからだ。
それまでのシリーズをきちんと読んでいる人にとってはなんでもないことだが。
仮に前作の登場人物が登場してきたとして、前作に出たことを理由に
十分な説明を与えられなかったとしたら読み手としては読みづらくは無いだろうか。
もう少しこのシリーズを順番どおりに読んでいない人に対する文章の心配りがほしいところだ。
中にはシリーズの途中から読み始める人もいる。
『人形館の殺人』はトリックがあまり工夫されていないのが、トリック好きの人には残念だろう。
話の始めのほうは後々のための地盤固めになっており、それ以上にはなりえていない。
殺人のトリックもそうなのだが、読み手を本にとどまらせる要素が少ないようだ。
その代わりに終盤の展開がうまく、実に鮮やかな手際で読み手を欺く。
裏の裏をかいて実は表でした、というような、いい意味でしてやられたという気持ちを感じさせる。
それくらいうまいのである。
それを支えるのは構成の緻密さであり、
容易に話の展開を読ませないように読み手を操作する氏の文章である。
構造が本当によくできていて、読み返してみたり思い返してみたりすると、
こういう所はこういう所に関係しているのか、
こう書いてあるのはこういうためだったのか、
と色々気付かされることもあり、なかなか油断ならない。
さながらからくり人形みたいなもので、複雑な構造をうちに秘め、
その構造は人を楽しませるためだけに作られ、そして動く。
からくりが糸や歯車から文章に変わっただけで人を楽しませるという姿勢は
からくり人形となんら違いはない。それ以上でもそれ以下でもない。
ただ言える事は、この作品は楽しませるものなのだ、という事である。
(平成十四年十二月十五日作成)