砂の女
著者:安部公房
438円、237ページ、新潮文庫
ISBN-10-112115-X C0193
『砂の女』は長編小説のわりに、それほど長さを感じさせない稀有な作品だ。
砂を話の中心に据えており、砂と人間の営みとの係わり合いが読み手を引き込む。
長さを感じさせない理由は、読み手を話の中に引っ張っていく文章の牽引力だ。
気がつけば読み終わった本と予想を越えた時間を指す時計が目に入ることもあるだろう。
その牽引力の源は、文章を飽きさせないところと
話の流れを予測していない方向に展開するところにある。
その二点はつまるところ氏の手腕を物語っている。
そして、やはり面白くなければ読み手を引っ張っていく力を持つはずがないだろう。
文章の運び方が他の方とは角度が違っていて、
その事も飽きが来ないことに関係している。
また、小説内でのひとつの世界を非常にうまく書き上げている。
普通に考えればありえない世界さえも、
違和感無くすんなりと受け入れさせてしまう。
受け入れさせるのもうまいが、終わらせるのもなかなかのものだ。
ごちゃごちゃと場を濁さず、すっと筆を置いている。
引き際をわきまえており気持ちがすっきりするくらいの終わりっぷりである。
この作品を○○小説といった見方をするよりは
ただ漠然と小説として見たほうがよっぽどいいだろう。
そのほうが読むときに余計な力が入らないだろうし、
○○小説と決め付けて読むのはこの作品に対して失礼に思われるからだ。
この作品を何小説と思うと聞かれると返答に困る。
作品としてのまとまりも素晴らしく、氏の力がどこにも逃げることなく十分に生かされている。
無条件でおすすめできる一作である。
(平成十四年十一月十日改訂)