何を今さら、と言われるかもしれないが、ネットオークションを始めました。
探していた物や「こんなのあればいいな」と思っていた物が、たいてい見つかる。この便利さは予想していた以上で、こんなことならもっと早くやってればよかったと思うくらいである。それはそれとして、オークションに参加するための手続きをクリアした事自体が、私にとっては大事件なのである。
参加に手数料のかかるオークションの場合、クレジットカードからの引き落としでそれを支払う場合が多い。しかし、私は基本的にカードを持たない人なのである。値引きの特典があったり、ポイントがたまったり、急な出費に対応できる便利さは十分認識しているつもり。だけど、現金無しで買い物ができてしまうことに、ある種の危険も感じているわけだ。
私は、欲が深い。実に深い。非常に深い。この上なく深い。
キリがなくなるのでこのくらいにするが、要するに財布の中にある分だけで済まさないと、歯止めがきかなくなりそうで恐いのである。パチンコをしないのも、他のギャンブルに手を出さないのも同じ理由だ。手持ちの現金が減っていくのを目視することで、何とか自分にブレーキをかけられる。
しかしまあ、もともとお金というのは富という「価値」を目に見える形で抽象的に表した物に過ぎないわけで、我々は初めから実体のない「価値」に振り回されて生きているのも事実だ。で、何かのきっかけで「価値」が失われてしまうと、お金は本来の単なる紙切れや金属片に戻ってしまうわけだ。財産を手堅くキープするには、ゴールドがいいのか?宝石がいいのか?それとも土地か?そもそも財産がない私にはよくわかりませんな。
実体がないといえば、ワケのわかんない迷信もなかなか無くならない。いまだに「仏滅」とか信じている人もいるので笑ってしまうが、信じている当人には笑い事ではないのだろう。友人の僧侶も言っていたが、アレは仏教には全く関係ありません。仏教関係者が否定しているのに信者が信じているというのも皮肉な話ではあるな。そもそも、中国の道教だったかの思想から来ているものだったと思う。いわゆる「六曜」というのは陰陽陰陽・・・というように、「陰」の日と「陽」の日が交互に並んでいるだけのことだと聞いた。漢字のイメージに振り回されるのもバカらしい。仏滅という言葉自体、はじめは「物滅」と書いたらしい・・・といえば私の言いたいことをご理解いただけるだろうか。道教の信者ならともかく、それ以外の宗教に属している人にとっては何の価値もない情報だといえる。それぞれの日の割り振り方も、単に機械的に割り振っているだけのこと。「六曜」で検索してみれば、あまりの単純さに驚くに違いない。
さて、先に「道教の信者ならともかく、それ以外の宗教に属している人にとっては何の価値もない情報だといえる」と書いたが、これも少し訂正が必要だ。そもそも、この六曜が生まれた頃、そして通用した頃の暦は太陰暦だった。現代はもちろん太陽歴。そこに、太陰暦のルールを当てはめて六曜を定めたとしてどんな意味があるか?日がズレちゃってるわけで、道教信者にとっても使えない暦になってしまっている。つまり、現代日本の「六曜」は、「情報」ですらない!
実は、暦が変わった時、この六曜がカレンダーから消えた時期があった。それが復活したのは何故か?驚くことに、ユーザーから復活の要望があったというのである。物滅→仏滅の変化も、そう書いた方がよく売れたから、というウソのような話を聞いたことがある。一方で迷信を笑いながら、他方で迷信を求める気持ちがあるのだろうか?実体のないことを理由にしておかしな習慣が続いていたり、いわれのない差別が続いているのを見るにつけ、「もうちょっと賢くなろうゼ」と言いたくなる。仏滅の日の結婚式場が安かったり、友引の日に市営の火葬場が休みなのを当然と思う自分の感覚を疑うことから始めたいものだと思う。
えーと、何の話だっけ?
一同「オークションの話じゃ!」
そうそう。オークションも、実際の品物がありながら、取引の大部分は実体のない「情報」のやり取りを主体とした売買だということが言いたくて、盛大に脱線してしまったのだった。脱線の内容はおおむね間違ってないと思うけど、ディテールは怪しいので興味のある人は調べてみて下さい。
幸いにして、これまで取引上のトラブルは経験していない。特に目利きというわけでもないが、怪しい出品者やうさんくさい出品者を避けているだけのことだ。これとは別に、「これじゃー売れねーよ」という出品の仕方を続けている人もいる。エラそうなことを言うようで口はばったいが、私の目から見た「こんな出品者は避けてしまう」というのをいくつか挙げてみようと思う。
実体の見えない情報のやり取りって本当に恐いですねぇ。相手の手の内を読みながらの騙し合い、みたいな状況を経験された方もいらっしゃるのでは?ですが、どんなに曖昧な情報であっても、その後には「実体」のある人間がいます。ネットであってもオークションであっても、常に自分が「人間」を相手にしているのだということを忘れずに、趣味を満喫していきたいものですね。
・・・どう?きれいにまとまった?