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10年前の私へ

(「友よ」シリーズ@) 2002.1.11

 今から10年も前の事だ。いや、もっと前か。友人にTというヤツがいた。私は貧乏大学生。Tは花のプーである。そのTから、ある時相談を受けた。「今度クルマを買おう(買ってもらおう)と思う。ロードスターと、ビートと、シルビア(S13)のうちどれがいいか」ということであった。

 当時、免許はあってバイクにも乗っていた私だが、クルマは持っていなかった。クルマを買ってもらうという話に多少の不快感(というか妬み心か)を覚えたものの、そこは自分の懐を痛めずに買い物に参加する楽しさ。嬉々として相談に乗るのであった。

 この3台、当時はまだ新しく、人気もあったが高価でもあった。考えた末、「やっぱりシルビアだろ。クローズドボディのほうが丈夫だし、ターボ付きならパワーだってあるし」という、ごくごくまっとうな提案をした。ビートはミッドシップとはいえ軽のエンジンはいかにも非力。ロードスターもスペック的に見るべきところが無く、オープンボディがいかにも軟弱な遊び人のクルマに見えたものだ。

 そう、当時の私はオープンボディのクルマが非常に嫌いだったのだ。まず、屋根がないということは、絶対的にボディの強度で劣る。剛性を保とうとすれば重量がかさむ。安全性も不安が残る。当時の私ははパワー至上主義だったので、頑丈でハイパワーなクルマ以外に眼中になかったのだ。・・・と理論的に語りたいところだが、単純に形で選んだだけのことである。それにリヤシートがあれば何かと便利だし、という所帯じみた考えもあった。なにより、オープンボディのもつ軟派な雰囲気、おバカな感じが気に障って仕方なかったのだ。

 ところが、私のアドバイスにもかかわらず、Tが購入したのは登場したばかりのロードスターだった。なぜそういう結論に達したのか。当時の私にはまったく理解不能であった。何しろ、FFやFRといった駆動方式にも無関心で、剛性なんて「ナニそれ?」といった具合だったのだから、我ながらウブだったものよ。

 シルビアについては、友人が所有していたこともあり、助手席に乗せてもらうことも度々あった。ロングノーズ&ショートデッキのスタイリングは美しく、室内は非常に狭かったが、包まれ感があって心地よかった。「スポーツカーは、狭い室内が気持ちいい」ということを教えてくれたクルマである。そういうわけで、好印象を持っていたのだ。もっとも私は、座高が売るほどあるので、その点だけは辛かったかな。

 そんな私なので、Tからロードスターでドライブに行こうと誘われたときも、正直言ってあまり気乗りがしなかった。が、話題の新車でもあり、興味がないこともない。偏見も手伝って、「この眼で欠点を見極めちゃる!(見極めてやる)」という気持ちもムクムクとわいてきて、OKした。冬の晴れた日のことであった。

 Tは、真っ赤なロードスターと共にやって来た。ボディ同色のハードトップを被った姿は、女の子の靴のように可愛らしい・・・ような気もするな。空力云々といっても、リトラクタブルヘッドライトはスポーツカーのお約束。へえ、かっこいいじゃん。でも、所詮格好だけのクルマでしょ。自分もスタイルだけでクルマを選んでいたことを棚に上げて、内心批判する私。

 やはりオープンで走らないと、ということで途中T宅に立ち寄りハードトップを外した(実は私のリクエスト)。いよいよ出発。そういえばTよ、私には理解できないセンスだが、君は妙にファッショナブルだね。私なんてオープンということで、スポーツ用のウインドブレーカー上下を着込んで、もうモコモコなのに。

T:「帽子屋に寄るよ」

ああ、いいともさ。Tは帽子屋さんの近くの路上にロードスターを停めた。話題の新車、しかも真っ赤っか。目立たないはずはない。しかもフルオープンにしている。通行人の視線が集中し、助手席で待っている私は非常に恥ずかしい。別に私のことを見ているワケじゃないんだけどね。

 戻ってきたTは、買ったばかりの帽子を被っていた。ベースボールキャップではない。何というか、ハンチングというか・・・ちょっと日本人で日常的に被っているのが少なそうなヤツ。それを恥ずかしげもなく被っているわけ。クルマをスタートさせながら、「やっぱりステッキも必要だよなぁ。自分で作ってみるんだけど難しいんだ・・・」などとつぶやいている。何なんだコイツ!?

 そうこうしているうちに、クルマは山深くのワインディングへ。寒さが、ピリッと引き締まったものになってくる。サイドのウインドウを上げて、ヒーター全開。足下は暖かく、巻き込む風が頬に心地よい。音楽はなく、小気味よくシフトを繰り返すTが歌わせる、エンジンの音のみ。見上げれば、真っ青な空。葉を落とした木々の枝が、空をギザギザに切り取っている。下界は黒っぽく色のない、枯れた世界。その中を、小さくて真っ赤なオープンカーが軽やかに走り抜けていく。

 なんだか、楽しいな。

 ふと、そう思った。軟弱だと思いたい人には思わせておけばいい。スピードやパワー、カタログスペックにこだわりたい人は、放っておけばいい。こと「楽しい」ということに関しては、このクルマは一級品だ。その後、ロードスターはスポーツカーとしても一級のポテンシャルを秘めていることを知った。ライト派からカリカリのフルチューンレース仕様まで、実に幅広く楽しむことができる、日本を代表する趣味車なのだ。

 思うに、Tは「ライフスタイルのあるクルマ」を求めていたのだろう。だからこその帽子であり、ステッキなのだろう。伝統的ブリティッシュスポーツの世界が、彼の憧れだったのかな。そういえばTはNHKで放映されていた「シャーロックホームズの冒険」のファンだったから、英国のライフスタイル自体に関心があったのかもしれない。

 だが、当時の私にそんなことを考えるセンスはなく、後にTがロードスターを弟に譲って「今度はゴルフの中古車でも買おうかな」と言ったときも、「こいつバ○じゃねえの」と思ったものである。・・・今は、古いゴルフが格好良く見えて仕方がない。

 Tよ、すまん。君は、たしかに私の10年先を行くセンスを持っていた。君のおかげで、いろんな事に気づくこともできた。だから、感謝しているんだよ。

しかし、考えてみるとTはいつもハードトップを被せた状態で、ロードスターに乗っていたような気がする。やっぱり、単に「コンパクトなFR」というポイントだけが彼を引きつけたのか!?今となっては謎である。もう10年近くも連絡が取れないが・・・・生きてるかな。