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あえてNAを選ぶということ

 私の愛車はJZX100チェイサー。グレードはツアラーSである。チェイサーと一口に言っても、大きく「アバンテ」と「ツアラー」の2つのグレードに分けられる。アバンテは快適性を充実させたラグジュアリー系、ツアラーは走りに振ったスポーツ系である。専門書や個人のホームページで取り上げられているのは、圧倒的にこのツアラーシリーズを取り上げたものが多い。

 ツアラー系は、さらに3つのグレードに分けられる。2リッター、160馬力(後期型)のエンジンを搭載した、ツアラー。2.5リッター、200馬力のエンジンを搭載する、ツアラーS。そして国内自主規制枠一杯の280馬力を発揮するターボエンジンを搭載した、ツアラーV。この中では、やはりツアラーVの人気が圧倒的に高いと思われる。では、ターボでなければ、チェイサーの「旨味」は味わえないのか?そのへんを、私自身の車選びの経験から分析してみよう。

 私の場合、FFの4気筒エンジン車に乗っているときから、「次はFRで直6エンジンの車が欲しいな」と漠然と考えていた。が、90のチェイサーはスタイルが好みではなく、具体的な購入計画もなかった。そこに100の登場である。クリーンで硬質なスタイルと、「強い高級車」のキャッチフレーズに参ってしまった。本当に一目惚れだったのである。その時から、猛然とローンの頭金を貯め始めた。

 さて、本気で買うとなると、問題になるのはグレード選び。最初は「ツアラーでいいや」と思っていたのだが、試乗してパワー感の不足に候補から外した。あとは、ツアラーSか、V。最終的にはノンターボのSにした。

 理由はいくつかある。まず、資金的に苦しかったこと。これは間違いない。が、オプションやら初期のモディファイやらで、結局はツアラーVが買えるぐらいのお金はかかったので、これが決定的な理由ということにはならないだろう。

 もっとも大きな理由は、私自身の求める理想のスポーツセダン像にあった。FRというパッケージングは、車とドライバーの対話の中で楽しむことができるという意味では、最高のものだと思う。そこには、他者・他車の存在は必要ない。つまり、勝った・負けたではなく、「気持ちいいかどうか」が大切なのだ。そして、「チェイサーの良さを味わい尽くす」ことも大切だと考えた結果である。そのときに浮かび上がってきたのが、必要にして十分なパワーの自然吸気エンジンなのだ。  個人的な考えになるが、ことチェイサーにおいては、ターボを選ぶということは「エンジンを味わう」こととほぼ同義であると思う。ハイパワーエンジンの良さをさらに引き出すためにブーストアップをし、タービンを交換する。そのパワーを生かすために、ハードな足回りを組む。セダンボディの弱点を補うために、補強を入れ、時にはロールバーを室内に巡らす。そうして仕上がった車は、確かに一級のスポーツカーになるだろう。だが、それはよく仕上がった「チェイサー」なのだろうか。さらに言えば、チェイサーがベースでなくてはならないという必然性があるのだろうか。

 無論、好きな車でライバルに勝ちたいから手を入れる、というのは納得できる。速いクルマが欲しい、好きな車には速くあってほしい、というのは自然な感情だ。ただ私の場合、そうやって手を入れることで、自分が惚れたチェイサーが別のクルマになってしまうのが嫌だっただけだ。せっかく選んだクルマなのだから、素の状態でもっている味わいを殺してまで、絶対的な性能の向上を望みはしない。私が求めているのは、「私が」気持ちいいと感じることなのだから。ただ速ければいいというのなら、私はインプレッサやランサーを選ぶ。

 パワーでは劣るツアラーSのエンジンだが、感覚的な気持ちよさでは勝っている、と感じている。「回せばパワーが出る」という感覚は、私の感性に合っている。3000回転から俄然元気になり、軽快に吹け上がる。レッドゾーンがあと1000回転ほど上にあればと思うと少々惜しい。レースであれば、迷うことなく「少々かったるく感じても、現実にタイムが出る」エンジンを選ぶ。が、ストリートユースでは「少々遅くても、感覚的に『速い』と感じるエンジン」の方が性に合っているのだ。

 また、ターボと補機類が無い分、ノーズが軽くなることも見逃せない。ハンドリングに大きく影響するのだ。もちろん、重さが無くなることで軽快なハンドリングとなり、ノーズの入りは良くなる。  パワーの違いは、足回りの設定やボディ補強の面でも大きな違いを生む。比較的おとなしめのパワーであれば、足回りもしなやかなものにできる。車重のあるチェイサーは、しっかりとストロークする足でその重量を受け止める方がいいように思う。適度に姿勢変化が感じられる方が、姿勢をコントロールするときに安心感があるのもメリットの1つ。

 極論をいえば、ハイパワーFRに硬い足を組み、ボディをガチガチに補強すると、どんな車種でもあまり違いはなくなる。レーシングカーの感覚に近づくわけだ。公道を走れるレーシングカーが欲しい人は、それでいいだろうし、そういう方向のモディファイが間違っているとは私も思わない。ただ、私が「新鮮な魚はフレンチじゃなくて刺身で食いたい」と思う人間だというだけのことである。

 とうとう、チェイサーもトヨタのラインナップからなくなってしまった。10年後、たぶん私は別のクルマに乗っているだろう。だが、現オーナーとして、チェイサーの中古車が別のオーナーの元で可愛がられている姿を見たいと思う。今はイタ車に心惹かれている私だが、チェイサーにも依然愛情を感じているからである。

 今回、ずいぶんとツアラーVオーナーの方には失礼なことを書いた。それは、日頃から、「ツアラーVオーナーの中には、ただハイパワーなクルマが欲しかっただけで、チェイサーに対する愛情はそれほどでもない人がいるのではないか」と不安を感じていたことも原因の1つだ。チェイサーは、これから消えゆくモデルだ。市場にある車両は、時とともに廃棄されていくだろう。その流れを少しでも遅らせることができるのは、「チェイサーでなければイヤなんだ」というオーナー(予備軍も含めて)の熱意だけである。だからこそ、失礼を承知で書かせていただいた。この文章を読んで怒ってくれるツアラーVオーナーが大勢いてくれれば、まだまだチェイサーは消えたりしない。

 そして、NAオーナーのみなさん。または「NAで我慢するか」と考えているオーナー予備軍のみなさん。「金がないから」なんて言っていないで、積極的にNAを選んで楽しんで欲しい。もはや「1番(高い・速い)のを、くれ」という時代ではないのだから。主流じゃないかもしれない、自慢できないかもしれない。でも反面、マイナーだからこそのディープな楽しみがあるんだよ。それも、チェイサーの楽しみ方の1つだ。

 最後に、私が考えるもっともマニアックなグレードを紹介しておこう。それは、もっとも鼻先が軽く、下りではもっとも俊敏なハンドリングマシンとなる、ツアラー。それも5速MT!オーナーの方、私はあなた方のクルマ選びの趣味に脱帽します。