―― アメノミハシラの独立 ――
第一次汎地球圏大戦(ユニウス戦役)のオーブ本土壊滅から数日間、それはオーブ国民にとってまさに悪夢の連続だった。 居場所を失い、肝心の政府は機能しておらず、信用していたウズミはすでに亡い。 本来新たなよりどころになるべきだったはずのカガリは、愚かにも戦場へ飛び出していた。 受け皿も、心のよりどころすら無くした彼らオーブ国民を救ったのが、ロンド=ミナ=サハクだった。 ジャンク屋ロウ達から教わった「国とは民」。 この言葉で変わったミナの治める軌道ステーション「アメノミハシラ」の存在は、まさに地獄に仏であった。 巧みな外交戦略によってアメノミハシラの自立を守っていたミナ。 彼女はオーブ壊滅で行き場を失った企業や国民をアメノミハシラに受け入れた。 人の心は移りゆく。心が変われば、理想もそれに応じて変化することもある。 また自分達を守るための兵器を作り、運営を助け、僅かばかりの税を治め、代価として所得と食料と安息の場所を得る。 彼らにとって不条理な死を恐れることもなく、生きる気力を再び養えるアメノミハシラは、この時点ではまさに理想郷であった。 命に関わるほどの災難にあい、さらに信じていたものに裏切られたショックは並大抵ではない。 だからこそ受け入れ、守ってくれたアメノミハシラは彼らの心に大きな影響を与えたのである。 そして彼らの傷がある程度癒え、元の居場所に戻ろうとするものが出始めた頃、ミナは彼らにこう言い残して送り出した。 「立ち上がることがあればできれば力になって欲しい。強制はしない。」と。 この言葉を心に刻み彼らは、再び混沌の世界へ戻っていった。 一旦は歴史の表舞台から去ろうとしたアメノミハシラだったが、現実問題としてごく少数の人間でステーションを運営するのは不可能だった。 そのためアメノミハシラに残りたいと希望する人々を中心に、再びこの場所は動き出す。 世界的大企業モルゲンレーテ社が、戦災を嫌ってこの地に拠点を移したのも大きな要因のひとつだった。 各地に散ったアメノミハシラの人々からもたらされた情報で、さらに行き場を失っていた人々が大量に難民として受け入れを求めてくる。 そのため徐々に人口増加して行き、次第にかつてのような賑わいと活気を見せてゆくこととなった。 アメノミハシラは兵器製造部門で躍進を続けていたが、第一次汎地球圏大戦後、平和になって宇宙開発が再開されるときのこと。 ミナは再び戦乱が起きた時、難民収容先の確保のことも考え、新たなコロニー建造に着手していた。 もともとアメノミハシラは一介の軌道ステーションに過ぎない。 収容人数にはおのずと限界があり、早晩それは危機的状況を迎えることが容易に予想できたからである。 実は第二次汎地球圏大戦(ロゴス戦役)が勃発する以前、オーブ本国からオーブの『世界安全保障条約機構』の加盟に伴い、アメノミハシラを一国家として立ち上げ、そこをオーブ在住のコーディネイターの移住先としたいとの提案がある。 連合との同盟で唯一問題となるのが、オーブ在住のコーディネイターの存在だった。 プラントと対決する都合上、コーディネイターはオーブの厄介者だ。 オーブ本国はアメノミハシラを体のいい「姨捨山」にしようと考えたのである。 オーブ本国にしてみれば独立国が受け入れるのであれば自分達と関わりはないと主張できるし、アメノミハシラにしてみれば元自国民を見捨てないわけにはいかない。 ミナは反発をおぼえながらも、オーブの国民のことを考え了承する。 この時、ミナが所有していた企業体は国営企業となり国家の財政を支える基盤となった。 対して自国の一部を独立国家としただけでオーブは、反コーディネイター志向の連合へかなり苦しい言い訳をするとなったが、目の前の戦線が近いこともあり、あまり追求されずにすんだ。 進行中だったアメノミハシラの新たな居住地建造については、月への移住地建設の案もあったが、現在の危険な政治状況、ならびに連合月基地の存在から、戦場になる事が予想されたので、旧ヘリオポリス跡地にコロニー建造を決定。 試作コロニーの製作は、0からつくるのではなく廃棄コロニーを利用して改造をおこなうとして急ピッチで進むこととなる。 コロニーの完成は第二次汎地球圏大戦には間に合わなかったものの、大戦終了後も建造計画は着々と進行する。 資金源は実に潤沢であった。 拠点を置く巨大国際企業モルゲンレーテ社やプラント系新興企業マス・インダストリー社等のMS企業からの税収はもちろん、ジャンク屋ギルドとの技術提携。 さらに自由経済都市である点や、地球への港湾航路ステーションである地の利を生かした様々な国家・企業を誘致。 また自国では様々な規制や政治的事情で出来ない実験・技術開発なども受け入れた。 中立を保っていたことで戦争の災禍も免れた。 安定した環境は自然と優秀な技術者・職能者を集め、彼らもまた自分たちの国は自分たちで支えるんだ、とモチベーションも高かった。 かくてアメノミハシラは奇跡的な経済成長をとげていく。 しかし一方で問題も発生する。 特に増える難民・国民の居住環境の問題は極めて深刻で、予想以上に進行が早かった。 無茶な増改築はもちろん、ステーション側面に宇宙船やコンテナ等をはりつけ整備、急場をしのいでいたほどで、事件・事故も多発。 居住・福祉環境は一時危機的レベルにまでなり、入国制限・出国奨励を検討せざるをえないまでに陥った。 しかし他国に比べ政治的混乱や戦災復興といった大きな負担も無く、経済・技術に優れた自由経済都市国家として成長していく中、かねてより問題だった居住問題も、ついに旧ヘリオポリス跡に新たなコロニー「イザナギ」の完成を見ることで、一応の解決を見た。 ここにようやく一国家としての体裁が整ったといえよう。 その頃、世界では第二次汎地球圏大戦後、戦乱から平和へと歩みだそうと「統一地球圏連合」が発足していた。 そして、月面に新しく統一連合の基礎となる都市郡をつくる計画が持ち上がり、アメノミハシラはそのための中継地点として更なる経済成長を遂げる。 独立をしたばかりの国であったが、短期間でコロニーを作り上げた実績や最先端の技術力、二度に渡る大戦の中で、自立を維持し続けた政治的安定力など、これらを高く評価した各国は安心して投資を行った。 またアメノミハシラも法人税等を低く抑える事で、投資や企業進出環境を整える。 節税対策としてこれを逃さず名目上の本社籍を置く 企業が爆発的に増える。 そして月面都市が出来上がり、各国の目はそちらに移ったが、アメノミハシラには富が残った。 この頃、独立国として一応の地位を築いたアメノミハシラは、平和への道を生み出そうとする「統一地球圏連合」に、ついに参加する事になる。 ところが、その後の「統一地球圏連合」政府、ラクスの立場・行動を見るにつれ、ロンド=ミナ=サハクは表向き恭順の意を示すも、この体制に懸念を持つ。 「理想」の名の下に「現実」を打ち倒す政治体制に。 そしてミナの危惧どおり、世界は「平和」の名の下、血で血を洗う粛清の嵐が吹き荒れた。 そんな中、治安警察省の長官ゲルハルト=ライヒは、親オーブではない首長ミナに警戒感を抱いていた。 監視の目の届きにくい宇宙に独立国家を構え、潤沢な国家予算を持ち、かつ「統一地球圏連合」と一定の距離を保ち続ける。 しかも抜群の外交・交渉力によりその人脈は世界中に広がっており、主席カガリ=ユラ=アスハとは比較にならぬ政治力の持ち主。 治安警察はことある事に、アメノミハシラへの監視・介入を試みる。 しかし相手は一筋縄でいかないロンド=ミナ=サハク。 ここにキツネとタヌキの化かしあいが水面下で繰り広げられることとなる。 そんなアメノミハシラは状況の中、密かにレジスタンスに援助をし、反オーブ国家を束ね、地下で暗躍することとなる。 オーブ政権を追い落とし、「理想」から「現実」を取り戻すために、雌豹は虎視眈々と牙を研いでいる。 決起するその日まで。 |