暖かい夢
窓辺に置いてある目覚し時計がけたたましく鳴った。 白いシーツに包まれた生き物が蠢く。 そこからそろそろと手が伸びて、目覚し時計を止めようと動いているが、どこにあるのか判らないようだ。 キッチンから覗いた俺はつい笑顔になってしまった。天下の蔵馬サマも、寝起きは悪いらしい。 やっと探りあててベルを止めた手は、またそろそろと布団に戻ってゆく。 俺は5分後にまた見てみようと思い、キッチンへ戻った。 俺の部屋に置いてある時計は5分経つとまた鳴り出し、蔵馬を起こすはずだ。 二人分のコーヒーを淹れていると、ジリリリと鳴る音がした。 「おはよう」
「お前、寝起き悪いよなあ」 「にしても、今日は例外ですよ。昨日あれだけ飲まされたんだから」 「飲むって言ったのは蔵馬じゃねーか。大体、そんなに強くないのにガバガバ飲むから、家に帰れなくなっちまうんだよ」 コーヒーのマグを手渡しながらそう言うと、蔵馬は「ありがとう」と言って苦笑した。 「まさか幽助の世話になるとは…」 やってしまった、という風に蔵馬は目を瞑ってこめかみを指で押した。しかしあながちポーズだけでも無さそうで、覚醒しない頭を持て余し、ダルそうに頬杖をつく。 「何言ってんだ。おふくろさんには連絡しといたから問題ないだろ」 「えぇ。次からは幽助のペースで飲まないことにします」 「二日酔いは?」 「ぎりぎり免れたみたいです」 目を細めていたずらっぽく笑うと、蔵馬はそのまま立ち上がって、マグカップを持ったままベランダに出ようとする。 「おい、危ねーぞ」 俺は一応止めた。寝起きの悪い男がベランダから落ちたら大変だ。 「外の日差しがあたたかくて気持ち良さそうだから、ちょっと出てみたいんです」 俺は朝食の用意をしながら、パンをトースターに入れて焼き始めると、気になってベランダをうかがった。良かった、落ちてない。 「パン焼けたぞ。メシにしようぜ」
有り合わせではあるが、パンにサラダ、卵焼き、そんな朝食を食べている時に蔵馬に尋ねてみた。 「え?何のこと?」 不思議そうな顔をして、蔵馬が聞き返す。 「さっきさ、お前、景色見ながら少し笑ってただろ」 「やだな、見てたんですか」 やだなと言いつつ、そんなに嫌そうな顔をするでもなく、蔵馬はパンを齧りながら答えた。 「そんなに面白い景色でもないだろ、うちから見るのなんて」 「まぁそうですけど」 「何見てたんだよ」 もう一度聞くと、蔵馬はふふっと笑った。 「見ている風景が面白かったわけじゃないんです。なんかね…“人間”っぽいな、って。それが何だかイイなぁと」 「お前が?」 「いや、幽助が」 あっけにとられた。俺は既に魔族だというのに、何を言っているんだこいつは。 「潰れたら介抱してくれる、部屋に寝かせてくれる、寝坊したら起こしてくれる、起きたらコーヒーを淹れてくれる、おなか空いたらご飯用意してくれる、声をかけてくれる…」 蔵馬は楽しそうに、指折りながら数え上げた。 「そういうのが、人間っぽいなって思ったんですよ」 俺たちが出会ってからもう何年も経つ。恐らく、蔵馬の身体は既に妖化しているに違いない。そういう俺だってもう人間の体じゃない。 「人間か妖怪かなんて関係ねーだろ。俺は俺、お前はお前、あるがままでいいじゃねーか。」 そう言うと、俺の考えを見透かしたかのように蔵馬は笑顔で「違う違う、俺がイイなと言ったのは人間の体じゃなくて、幽助の姿勢ですよ」と言った後、 「自ら与えようとするでしょう、それってすごく幸せにつながりやすいことですよ」 と続けた。「俺はそれが羨ましい」とも。 「さ、はやく食べないと冷めちゃいますよ。」 俺がつくった朝メシなのに反対に促されてしまった。
蔵馬が帰る頃になって、俺はある事を思い出した。 「おい蔵馬、この前うちに泊まっていった後、なんだか判んねー種がベッドのあたりに散乱してたぞ。」 振りかえった蔵馬が怪訝な顔をする。 「種…?どんな種でした?」 「覚えてねー。蒔いちまったからな」 「エッ?( ̄□ ̄;)」 「ベランダのはじの方にあっただろ、プランターが」 「気づかなかった…」 「景色ばっかり見てっからだよ」 と俺が笑うと、蔵馬もつられて笑った。 「何が出てくるかわかりませんけど、そんなに変な種は持ってませんから、大丈夫でしょう」 「その言い方…なんか不安になるな」 と軽口を叩きながら、お互いに出かける用意をする。 「あ、もうこんな時間だ。ごめん、先に出るよ」 蔵馬がちょっと焦った風に玄関から声をかけてきた。 「今度芽が出たら電話するからさ、そうしたらうちに来て、どんな花が咲くか教えてくれよ」 「OK。多分芽が出るより先に、また遊びに来ます」 じゃ、と蔵馬は笑顔で出ていった。
「またか…今度は一体何の種なんだろなぁ」 一人で呟きながら種を大事に左手に握り締めると、シーツを洗濯機にほうり込むついでに、ベランダに出て、空いているプランターに蒔いて水をやる。日課ともなれば手際も良い。 一方、会社に向かう電車の中、蔵馬は悩んでいた。 果たして幽助のベランダには何が咲き乱れるのだろう。 |