たまには、こんな夜
市立図書館を出た時は、日はとうに暮れていた。ただぽつぽつとある街灯だけが白い蛍光灯の光を道に投げかけている。 「大分日も短くなってきましたね」 蔵馬が夜空を見上げてそう言ったので、桑原もつられて上空を仰いだ。 「そうだな。ちょっと前までは、こんな時間でもまだ余裕があったのにな」 夜ともなれば、外の空気は日中からは考えられない程涼しいものへと変わっていた。静かに吹く夜風が心地よい。 「悪ィな、こんな時間までつきあわせちまって」 「いいんですよ。桑原くんは今が大事な時期なんですから頑張ってもらわないと」 大学進学を希望する桑原のために、休日の一日をかけて勉強を教えていた蔵馬だった。 「最近は随分頑張っているみたいじゃないですか。この分だと、桑原君の行きたい大学も、夢じゃないですよ。実際、それだけの実力はあると思いますから」 「よせやい。あんま褒めると、気ィ抜いて勉強なんかしなくなっちまうぞ」 照れるでもなく、桑原は言った。 薄暗い住宅街を抜け、川べりの土手に出た。 さぁっと川を渡ってきた冷たい風に、蔵馬は気持ち良さそうに両手を広げ、風を一身に受けた。風は長い髪を揺らし、白いシャツのすそをはためかせる。 「ちょっと土手を降りてみませんか」 と、蔵馬は嬉しそうに自ら土手に足を踏み入れた。 「おい、危ねーぞ蔵馬!」 「大丈夫ですよ、ほら、暗いけど目が慣れればどうってことないし。涼しいから、こっち歩いて行きましょう」 返事も聞かずに歩いてゆく蔵馬の後を、仕方ねーなァと言いながら桑原も続いた。 向こう岸の立ち木が風を受けて大きくざわめいた。すこし経って、こちら側に強い風が渡ってくる。土手の草がさあっと音を立てて煽られなびいている中、うっひょ〜〜〜と叫びながら、桑原は嬉しそうに風を切って川べりを走り出した。 「元気だなあ…」 駆け出した桑原を見て、蔵馬は苦笑いした。 「本気で走ってんじゃねーよっ!」 「そっちこそっ!」 「よし、じゃあ、あの橋に先に着いた方が勝ちだ、行くぜ〜〜!一番はオレのもんだ〜〜!」 「ちょっと!勝手にゴールを作らないで下さいよっ!」 二人の声は川の流れにかき消され、土手の上にある住宅街にはほとんど響いていないようだった。それを良いことに叫びながら走りつづける二人だが、蔵馬はとうとう追い付いて、桑原の腕を掴んだ。 「いっててて…」 下敷きになってしまった桑原はどこかすりむいたらしく、痛ェ痛ェと大げさに騒ぎながら土を払った後、土手につっ伏した。蔵馬は桑原が下に居たおかげで傷はないようだが、それでも荒い息のまま桑原の隣に横になる。 「全く、ムキになるからこういう事になるんですよ」 「何言ってんだよ、おめーこそ負けず嫌いのくせして」 息の上がった二人は、しばらく起き上がらずにその場で倒れ伏していた。 「土手はいいですね。夏らしさが漂っていて」 言いながら、蔵馬は自分の腕に鼻を近づけて少し嗅いだ。青臭さがつぅんと染みる。先ほどのスライディング時に擦ったのだろう。 「今度ここで花火でもしようぜ。あいつら呼んでさ」 「どうでしょう、最近は花火禁止のところが多いですからね」 「なぁに、すこしくらいならバレねーって」 桑原も起き上がって、蔵馬の先に立って歩き出した。 「そろそろ行こうぜ。あんま遅くなると混んじまう」 いつもなら図書館を出て、土手の上の道を通って、橋のたもとで二人は別方向に分かれるのだが、今日は桑原も駅の方向に行くようだ。 「あれ?何か用事でもあるんですか?」 「なんかおごるぜ」 「ほー、珍しい」 「おうよ、たまにゃーな。いつも世話になってるし」 まかせろ、と桑原は胸をたたいた。 「浦飯の屋台でいいな?」 と先に立った桑原が言った。もちろん蔵馬も異存はなかった。 「久しぶりに行くな、幽助の屋台も」 「そうか?俺は結構行ってるぜ。一人で図書館に行った帰りとかに結構。あいつ、あんなかんじで相変わらずだよ」 「いや、会ってないわけじゃないんだけどね」 駅の方向から流れてくる帰宅を急ぐ人々とすれ違う。こりゃ、混んでるかもな、と桑原がボヤいた。 |