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俺の前でだけ

 

 蔵馬はオレの前でしか煙草を吸わない。いつも、吸いたい気分なんだ、と言いオレから煙草を欲しがる。 螢子が少しは控えろと愚痴るのでマルボロのメンソールに変えた、オレの煙草をだ。
 そんなことが度々あって、自分で買えば好きな時に吸えるじゃねーかと言ったことがあったが、まぁまぁというわけの分からない言葉と笑顔でうやむやにされた。
 その話はそれきりでおしまいになった。

 ふいにやって来るたびに、二人で会うたびに、俺にも一本、と言う。自分ではけして買おうとしない蔵馬に、オレは何も言わずに煙草を差し出す。
 別に理由なんてないのだろうし、あっても言うつもりはなさそうだ。
 そしてオレがそう思っていることだって言わずとも判っているだろう。そういう奴だ。

 もっとも蔵馬に会うのだって、お互いの忙しさに取り紛れて月イチがせいぜいだ。
 だから蔵馬が煙草臭いなんてことはなく。
 オレ以外の多分誰も、蔵馬が煙草を吸うことを知らない。

 ずいぶんと馴れた手つきで煙草をくわえ、オレのさし出す安物ライターの小さな火に煙草の先端を近づける。両手で揺れる火を守るかのように包み込み、大事の一息を静かに吸い込む。紫煙が漂い、夜が淡く煙った。
 口から吐き出す煙をなんとか輪の形にしようと苦心している横顔は、いつもよりも少しだけ子供っぽい。

 自分から煙草をくれと言うくせに、うまそうに煙草を吸うわけでもない。
 それでも毎回、蔵馬はオレから煙草を欲しがる。
 オレはいつでも、切らすことのない煙草を蔵馬にやる。

 真昼の屋上や、夜の土手、特に意味もない煙草と火のやりとり。オレは何も聞かないし、蔵馬もそれが当然のように振る舞う。
 初めは少し驚いたが今では割と回数の多い、オレ達の日常風景だ。