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『 引力 』


何が大陸一の冒険者だ。
何が剣聖だ。竜殺しだ。
そんな名は今、何の役にも立ちはしない。

指一本、動かすことができない。
そのもどかしさの中、ただ目の前に浮かぶ魔人を睨みつけた。

「いい瞳だ」
幾人もの人が同じように私にそう言い、そして消えていった。
だからもう、目の前で誰も死なせたくない。
後ろにいるはずのアイリーンを思い、強くそう思う。

それなのにどうして。
私は動けない?
・・・恐怖ではない。この魔人が魔力で縛っているわけでもない。
それなのに今、ただ目の前の存在に魅入られて、私は動けなかった。

「これが意思する女というものか」
ヴァシュタール・・・開け放つものの名を持つ魔人は、そう呟いた。

「美しいぞ・・・もっと顔を見せてくれ・・・」
人とは違う色をした、だが優美な手が、私の耳に触れ頤を持ち上げる。

ぞくりと、背筋を何かが駆け抜けた。
抗えない。私を惹きつけるこの引力に。
堕ちてしまう。きっと世界の底までも。

「これは美しい女だ」
まるで品定めでもするようにそういうと、ヴァシュタールはゆっくりと私の唇を親指でなぞっていく。
「・・・さらばだ。お前に勝利する必要がないことは、時に幸福な事実だ」
そして、あっさりとその手を離すと、そのまま溶けるように宙に消えた。

ぷつりと操り人形の糸が切れたように、その場に崩れ落ちる。
もう、駄目だと思った。
声が出ていたら、行かないでと。連れて行ってと口走っていたかもしれない。
「大丈夫!?」
駆け寄ってくる仲間に辛うじて頷きながら、私は不安におののいていた。

きっとまた、あの魔人に会うことになるだろう。
その時私は、抗えるだろうか。
あの引力に抗って、自分の足で立ち続けることができるだろうか。
アイリーンが差し出した手に微笑んで掴まりながら、ゆっくりと立ちあがる。

抗えぬ引力を持った魔人の消えた宙を見つめながら、その痕跡を消すように、ぐいと手の甲で自分の唇をぬぐった。


*ヴァシュタール×女主。ゲームしながら、このシーンめっちゃエロいと思ったので捏造。破壊神降臨女主×ヴァシュタール主従モノを読みたい。