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代々
 木

テーブルの上のマグカップが小刻みに揺れて、紅 茶の表面で波紋が揺れた。15分おきに来る地響 きにも、遠くのほうで聞こえるクレーンの軋む音 にも、もう所員は慣れた顔のようだった。新顔の マグラ君は耳栓を外してゴミ箱へ放り投げ、ため 息をついた。 「だから言ったでしょ、意味ないって」 ゴミ箱の中身をゴミ袋に移しながら、ミセルさん が言った。ミセルさんはどことなく陰気な雰囲気 だけれど、それは部屋が薄暗いからであって、よ くみると綺麗な顔立ちをした人だな、とマグラ君 はふと思った。 「いや、でもちょっと耐えられないです。このプ チ地震」 地響きは、クレーンが「穴」に岩を放り込んだと きの衝撃で起きる音だ。ヨツバル島の「穴」とい えばガイドブックの表紙になるほどの有名な観光 スポットであった。その直径2キロにわたる正体 不明の巨大な穴を一目見ようと、一時は学者や観 光客でごったがえし、周辺に宿泊施設やレジャー 施設もできたほどだった。しかし、今はクレーン 車が周囲を取り囲み、作業員が数十名、黙々と作 業をするばかりである。 「いいことよ。音がするのは。ちゃんと穴に底が あって、将来的には塞がれるっていう証拠だもの」 マグラ君はそうですけど、と返事をしながらブラ インドを指で広げて外を見た。ごつごつとした岩 地の果てに、ぼんやりとクレーン車の陰が見える。 今日は曇りだ。 「でも、もう20年もこんなこと続けてるんです よね?」 「正確には25年と4ヶ月、ね」 26年前、その穴から突如として有害なガスが噴 出した。それは無色無臭のガスであったために、 はじめは誰もその存在に気がつかなかった。しか し、そのガスが皮膚に軽度の異常を引き起こすこ とが判明し、ヨツバル島の政府により埋め立ての 計画が進められたのである。 「いつか塞がるんですかね。この穴」 マグラ君は無意味な質問を投げたなと思った。ミ セルさんは何も返事をせずにゴミ袋の口を結んで いる。いつの時代から、なんのためにあるのか。 多くの人々がそれを知ろうとしてできなかった 「穴」。それを塞ぐ仕事って、いったいなんなん だろう。 「でもね…」 マグラ君が振り向くと、ミセルさんはマグラくん の紅茶を一口飲んでから続けた。 「塞げるか、塞げないかじゃないと思うの。塞ご うとすることと、あの穴を見守ること。大事なの は、そういうことじゃないかと思うの」 また、地響きがした。マグラ君は目を閉じて、穴 の底のことを、思った。