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鶯谷

 鳥は走るのが遅い。魚は飛ぶことができない。 象は泳ぐことができない。猫は人になじめない。 犬は強いものにすぐ服従する。木は動くことがで きない。花はすぐ枯れる。星は夜にしか輝けない。 それは、恥ずべきことなのか? 灰皿に使われた紙コップ。ドアを開けたままにし ておくために置かれている椅子。飾られている日 本刀。窓を拭くために使われた新聞紙。それを見 た時にふと湧き上がる、この気持ちはなんなのか?  マズレイ氏はそんなことを考えながら、サンド ウィッチをほおばり、口をもごもごさせて、手札 の中から「スペードの2」を切った。プルクは、 渋い顔をして言った。 「マズレイ様。ここでスペードの2を切られると は…なんとも…悪いお人だ」  マズレイ氏はその言葉が耳に入らないふうな顔 をしている。どこか、目の焦点があっていないよ うな様子である。 「プルク君…」 「はい?」 「ジグソーパズルの、正しい楽しみ方を知ってい るかい?」  暖かい日差しの中を、ふわりと風がぬけた。幾 何学的なまでに見事に手入れされた庭園は、少し だけ草のいい匂いをさせている。 「ジグソーパズル…ですか」 「ジグソーパズルを買うとね、その箱の表紙に、 完成したときの絵が何か描いてあるだろう?あれ を見てしまってはダメなんだ。だから、ジグソー パズルは誰かに買ってきてもらった上で、箱を捨 ててもらって、ピースだけ頂くんだ。」 「…はあ。そうすると、どのようにいいのでしょ うか」 「わからんかね。そうすると、作っている間、こ の先いったい何が完成するのかがわからないから、 ワクワクするんじゃないか。これは、なんなんだ って。」 「ずいぶんと、完成させるのに手間取りそうです がねえ」」 「確かに。しかし、手間取ることを楽しめないよ うじゃあアレだよ」 「はい」 「そうだろう?私はね。そのことに気づいてから ようやく救われた気がしたんだよ」  プルクにはなんのことだかわからなかった。  マズレイ氏はその後、貴族をやめて寿司屋にな り、またやめて谷底で暮らし、それもやめて配管 工になり…そんなことを繰り返したらしい。7年 が過ぎた。 「マズレイ様…今、なにをしているんでしょうね」  プルクが庭を掃除しながら独り言をつぶやいた。 「ホーホケキョ」  鶯が鳴いた。それはちょっとびっくりするぐら い、美しく喜びに満ちた声だった。 みなさんはお気づきでしょうが、あえて説明して おきましょう。 そう、この鶯こそが、マズレイ氏です。