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上野

 俺、もう疲れましたよ。とゴリラは言った。そ の声を聞いて、隣りの檻のヘビは、しゅるしゅるり と枝から降りてきた。 「なにがだよ。夜中に辛気臭え声出しやがって」  だってね……とゴリラはせきを切ったようにま くしたてた。 「人間に、ほとほと疲れ果てましたよ。あいつら、 俺がウホウホ言って胸叩かないとすぐ罵声あびせ てくるんすよ。できるわけないじゃないですか、 一日中ウホウホ。見てくださいよ、この胸のアザ。 この動物園に来て俺まだ浅いですけど俺だって、 子供たちの笑顔大好きだし、この仕事に誇り持っ てやってますよ。でも無理ですよ。一日中、人目 にさらされてるだけでも激務なのに、俺が飯食っ てる時もちょっと移動する時もおかまいなしに写 メール撮られて。こっち向けだの笑えだのポーズ とれだの際限なく要求されて。俺おかしくなりそ うですよ、ヘビさん」 「我慢しろよ。それもお前のことみんなが愛してく れてるってことでもあるんだからよ」 「いや、それはもちろんありがたいと思ってますよ。 けど……」 「俺なんてあれだぞ? もう誰も写メールなんて撮 らねえぞ。最初は騒ぐんだよ。俺もウロコの模様 が変わってるから、最初お前みたいな感じだった けどさ。まあ、2、3年すりゃ落ち着くよ。頑張れ」 「いや、でも、もっとマナーあると思うんですよ。 疲れてそうな時は、そっとしといてくれるとか。 写メール撮るにしても勝手に撮るんじゃなくて、 挨拶するとか。もっと愛し方があると思うんすよ」 「あのな、この仕事ってのはな、たくさんの人から 喝采浴びて、脚光浴びて、いろんな綺麗なものを 手に入れることのできる仕事よ。外で暮らす動物 よりも何倍もの綺麗なものをな。でもそれと同じ ぐらい、おびただしい数の悪意や奇異の目にさら される仕事よ。いいものも、わるいものも、大量。 それがこの仕事よ。その覚悟をしなきゃいけない って話よ」 「いいものも、わるいものも、大量……」 「パンダさんやライオンさんを見てみろよ。笹食っ て、吠えて、もう10年だよ。善意も、悪意も、全 部ひっくるめて人間のこと受け入れてる。なあ、 ゴリラよ。愛という名の暴力と戦え。そして受け 入れろ。光が強ければ影も濃いけど、その強い光 はなにものにも代えがたい。なあ、ゴリラよ。そ う思わないか」  ヘビの声は、ゴリラの体に、優しい霧雨のよう に降った。  ゴリラは雄叫びをあげ、胸を何度も打ち鳴らし た。青いアザの上に、赤く血をにじませて。


コピペ元 「変人ラジオ書き起こし
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