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大塚

全てのプロジェクトは同時進行で処理しなければ ならない。頭の中でプログラムされたコードがル ープする。ビシュタウト少年はその真っ白くなっ てしまった自分の頭髪を自分の手で執拗になでて いた。自分の体の一部に触れる行為はなんらかの 精神的負荷を和らげる逃避行為の一種であること を昔。行動心理学か何かの本で読んだことを思い 出しながら。ESPカードをめくり、脳裏に浮か ぶ不可思議なイメージの出所をさぐっていた。 千手観音…。 千手観音は、その千本の腕をどのようにコントロ ールしていたのか。一見、千本も手であると何事 にも有利であると思いがちだが、それを有効に操 作するには尋常ならぬ脳の処理速度が要求される はずだ。現に、二本しか腕のない我々ですら、右 手と左手を同時に別行動させることは容易ではな い。たとえば、右手でTVゲームをしながら左手 づドラムを叩く。どちらもおろそかになるか、片 方だけに集中するか。である。翻って、千手観音 にしても、おそらく感嘆および畏怖すべき点は、 その形態や思想というよりも、その「脳」のスペ ックなのではないだろうか…。 自分がQZ五号のパイロットに任命されたときの ことをよく覚えている。その日、顔なじみのドク ターたつが妙にこわばった顔をしているので不思 議に思った。ドクターがエレベーターの中でパネ ルにIDキーを差し込むと、それまで48階建てだ と思っていたラボの49階へなボタンがパネルに現 れた。隠し階。一瞬、廃棄されるのではないかと いう不安がよぎったが、廃棄されるのならば22階 に一度搬送されるという噂からするとそうでもな さそうだった。そうして49階に着くと、その広間 にいたのは木崎専務であった。顔を直接見たのは 初めてだが、コブタクル社の実権を握るとされる 人物であることは知っていた。 「君か。君がビシュタウト・ジルルか…」 木崎専務は続けた。 「私は君のことをよく知らない。そして、私には 誰なのか選ぶ眼ももはらないだろう。だが、誰か いないのかと聞くと、周りのドクターたちがこぞ って君の名をあげた。だから、君なのだろう。せ いぜい、がんばれ」 それだけ聞かされて初めての謁見は終了した。エ レベーターを降りながら、ドクター・麦田は言っ た。 「えらい大きなもん背負わされたな。でも、それ は光栄なことだ。廃棄された仲間たちのぶんも、 がんばれ」 あの日のことを時々思い出す。 …疲れた。少し眠ろう。2時間後には、出動だ。