remove
powerd by nog twitter




御 徒 町

公園の陽だまりの中で、芝生に座っているときを 想像してほしい。ふと、手に触れていた大きめの 石を持ち上げてみたときに、その石の裏から無数 の虫がいっせいにほうぼうへ放たれたときのよう な。そんな、ぞっとする瞬間のこと。そういうこ とで人間社会は満ち溢れているんじゃないか?  ほのぼのとした空間をぺらりとめくると、そこに は黒い宇宙が口をあけている。人が闇を恐れ嫌う のは、きっと、同族嫌悪なのだ。自分の中の、薄 暗いそれを、見せられているような気分になるか らだ…。 謙太郎は、石段をゆっくりと上がりながらとりと めのない考えを巡らせていた。ようやく少し初夏 らしい暖かさを帯びてきた夜に、謙太郎は一人で 近所の神社へ来たのだ。どうしてこんな時間にな っても眠くならないのか、不思議だった。真夜中 と明け方の間に、しんとした空間は自分の体の輪 郭だけをくっきりと浮かび上がらせているようだ った。そういえば今日の昼間はまったく体に力が 入らなかった…。この国を取り巻く軽いウツに自 分も飲み込まれたのかと一瞬不安になったが、そ れも違う気がした。あれは、自分が空っぽになっ たような、感覚だった。(そうだ、かつてペスト やら結核やら、その時代に社会に蔓延した病があ ったが、それが今はウツなのかもしれない。どう でもいいけど…)。とにかく今は、この真夜中の 空気が自分にぴったりと「合っている」というこ とだけが、確かなことなのだ。 石段をあがりきると、境内をまっすぐ伸びる道。 そして、数え切れないほどの「鳥居」があった。 この、鳥居を見たときにいつも襲われる妙に落ち 着かない感じはなんなのだろう。くぐると、もう 戻ってはこれないような気にさせられるのだ。そ れが、いくつも、いくつも…。鳥居は確か縁起の いいものだったと思うが、びっしりと並ぶだけで、 こうまである種のマガマガしさをだせるものなの か。この、感覚的に恐れてしまう状態こそが「神 性」なのだろうか。得体の知れない…。朱色…。 ひたひたと、鳥居をくぐり行く謙太郎。雑念と名 づけられた、脳の中を行き交う電気信号たちが息 をひそめ始めた。謙太郎は白い狐の面をつけた。 いつの間にこんな面を持っていたのだろうか…。 いや、そもそもこんなところに神社なんてあった か…? 鳥居をくぐり終えたと同時に、全ての音が姿を消 した。月明かりに照らされて、ふと振り返ると狛 犬がついてきていた。謙太郎はぽろりと涙を流し、 狛犬を抱きしめた。